通臂猿猴が如く

作者:刑部

 山梨県の某山中。
「そこに居るのは何者だ?」
「ほう、この距離で気付くとはなかなか……」
 生い茂る木々の中、テントの隣で大木の幹相手に組み手をしていた男は、背後から感じる僅かな気配に誰何の声を上げ振り返る。
 値踏みする様に男を見上げ、木の影から現れたのは尊大な口調の小柄な少女。
「なんだ迷子か? それと大人相手の口のきき……」
「前の、最高の『武術』を見せてみな!」
 警戒を解き、やれやれと言った表情で近寄る男に少女が鋭い声を放つと、男の体は己の意志と関係なく、持てる技術の全てを以ってその少女に攻撃を仕掛ける。
「これは……いったい……」
 勝手に動く腕と脚、そしてその攻撃を防御もせずに受けながら微動だにしない少女の姿に、肩で息をしながら男が喘ぐ。
「残念ながら僕のモザイクは晴れなかったけど、お前の武術はそれはそれで素晴らしかったよ」
 口角を上げた少女が、腕に持った大きな鍵をくるっと回して男の胸を貫くと、男は意識を失って倒れ、傍らに男の姿を更に精悍にした様なドリームイーターが現れ、虚空に拳を繰り出すと、その腕が異様に伸び、大樹の幹を打つ。
「お前の武術を見せ付けてきなよ」
 笑みを浮かべた少女……幻武極に見送られ、街の灯り目指して山を下りてゆくのだった。

「武の極を目指し、山に籠って修行しとる武術家が襲われる事件が起こりよるみたいや」
 ケルベロス達を前に杠・千尋(浪速のヘリオライダー・en0044) が口を開く。
「武術家を襲うんはドリームイーターの『幻武極』。
 自分に欠損しとる『武術』を奪ってモザイクを晴らそうとしとるみたいやな。
 今回襲撃した武術家の武術ではモザイクは晴れへんみたいやけど、代わりに、この武術家のドリームイーターを生み出して、暴れさせよるみたいや。
 出れるドリームイーターは、襲われた武術家が目指す『究極の武術家』みたいな技を使いこなすみたいやから、なかなかの強敵っちゅー事になりよる。
 どうヘリオンかっ飛ばしても武術家の人が襲われんのには間に合えへんけど、この生み出されたドリームイーターが人里を襲う前に到着する事は出来る筈や、この辺りの山道で補足できる筈やから、周囲の被害を気にせずに戦う事が出来るやろ」
 広げた地図上の点を指した人差し指を、説明しながら動かした千尋は、等高線に沿う様に描かれた山道を指して顔を上げる。

「迎え撃って欲しいドリームイーターは、中国拳法使いみたいなドリームイーターや。
 こう、腕が一本で綱がっとるみたいに、左手が短くなると右手が長くなる様で、素早い手の動きと、予測を越えて伸びる拳に要注意や」
 手の伸びる様を表現しようとしているのだろうが、千尋の体がそういう構造な訳もなく、その動作から言葉以上の効果は得られ無さそうだ。
「撃撃できる場所は緩やかなカーブを描く山道や。
 広い道やないけど、広い場所もあるからその辺りで迎撃したらえぇと思うで」
 と、また地図をなぞった千尋。
「武術家の人は、この先のここら辺で気絶しとる。ドリームイーターを倒せば意識が戻る筈や。まー元々一人で山籠りしとるひとやから、別にほっといてもかまへんと思うわ」
 と悪戯っぽく笑って舌を出す。

「このドリームイーターは、自らの武道を披露したいと考えとるみたいやから、戦いの場を用意すれば、向こうから挑んでくる筈やから、油断だけはせんとしっかり倒したってや」
 と締め括り、千尋とケルベロスを載せたヘリオンは、現場に向いかって風を切のだった。


参加者
蛇荷・カイリ(暗夜切り裂く雷光となりて・e00608)
辰・麟太郎(臥煙斎・e02039)
マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・e02729)
志藤・巌(壊し屋・e10136)
ウェイン・デッカード(鋼鉄殲機・e22756)
ヒビスクム・ロザシネンシス(地中の赤花・e27366)
カーラ・バハル(ガジェット使われ・e52477)

■リプレイ


「通備拳のベースは劈掛拳だぜ。手は鷹の羽根のごとく身は蛇のごとくと、真っ直ぐではなく曲線で動き、腕は鞭の様に撓らせ遠心力を加えた打撃だな。それで腕が伸びるとなると、本当に鞭みたいに厄介だ」
 カーラ・バハル(ガジェット使われ・e52477)が、フワッと覚えている通備拳について蘊蓄を傾けていると、
「けど、紛い物。努力した訳でもなく写し取っただけ……そんな力は本物じゃねー、偽物だ。偽物の力なんかで俺達が倒れるかよ」
 ボクスドラゴン『ガブリン』の頭を撫でたヒビスクム・ロザシネンシス(地中の赤花・e27366)がそう気勢を上げる。
「然り、時間をかけて鍛錬して磨き上げたものだからこそ、その強さに心惹かれるというもの」
 そのヒビスクムの言葉に大きく頷いたレティシア・アークライト(月燈・e22396)が、
「それを横からかすめ取って利用しようなどと、お灸を据えてあげなければなりませんね」
 と微笑んで、相棒であるウイングキャットの『ルーチェ』に緑瞳を向け微笑む。
「……本物でも偽物でも構わないけどね。けど、人の理想を破壊しようとするなら懺悔してもらわないとね…………それは僕もだけど」
 なんとはなしに、ガブリンを見ながらその話を聞いていたウェイン・デッカード(鋼鉄殲機・e22756)が、喋りながら首を降ると、長いマフラーの先が揺れ、最後の言葉は唇が動いただけで人の耳には届かない。
「それにしても、息が長いな幻武極」
「腕が伸びる……ねェ……武術の中には腕を振り、遠くまで拳を届かせる技法もあるそうだが……」
 マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・e02729)が、今から相手するドリームイーターを造り出した『幻武極』に思いを馳せると、ウイングキャット『ネコキャット』が同意を示す様に小さく鳴き、隣で顎を撫でた志藤・巌(壊し屋・e10136)が思案気に呟く。
「……来たな」
 腕を組み山道の奥を凝視していた辰・麟太郎(臥煙斎・e02039)が腕を解き、紫煙を棚引かせていた煙管を口から外すと、くるっと回して火種を落として足でもみ消し、煙管を袖口へとしまう。その動作の間に向こうも此方を認識したのだろう。
 一瞬立ち止まると腰を落とし、地面を蹴ると一気にその距離を詰めに掛って来た。
「ま、思惑でどうであれ、戦いたいなら私たちが相手してやんわよ!」
 その動きに目を凝らした蛇荷・カイリ(暗夜切り裂く雷光となりて・e00608)が、声を上げて霊力を宿した木刀を肩に担ぎ、
「行こうみんな! 巌アニキ!」
「おう。行くぜ、ディケンズ!」
 マサムネの声に促され巌たちケルベロスが迎撃態勢を敷く。
 その動きに対し、勢いを殺す事無く突っ込み、薙ぎ払う様に伸びる腕が戦闘の開始を告げたのである。


「千里眼の如く疾く狙え!」
「ニャァア!」
 マサムネが掻き鳴らすギターに合わせ朗々と歌声を響かせ、ネコキャットが踊る様に翼をはためかせて起す風が前衛陣を勇気づける中、
「さぁ、かかってきなさいっ!」
 殺界を形成し飛び出したカイリが薙がれた腕を木刀で受けるが、遠心力も加えたその一撃を堪え切れず、横っ跳びに吹っ飛ばされる。……が、敵の伸びた腕による間隙を突く様に、ヒビスクムとウェインが一気に距離を詰める。
 もっとも、カイリは抗しきれないと判断した瞬間小さく跳び、その勢いを横に逃がす事で派手に転がってはいるものの、ダメージは見た目ほど受けてはいない。
「ここまで極端になるか。まさに通臂猿猴の如し」
 思いの外伸びる敵の腕をそう評した巌が手首を動かすと、呼応したケルベロスチェインが、蛇の如く地を這い仲間達を守る様に展開する。
 レティシアの放った竜砲弾と共に、迅雷の如く駆けた麟太郎が正確な刺突を見舞うと、敵は円を描く様に腕を動かし麟太郎を襲う。その横合いからカイリ。
「最初から全力なのは褒めてあげるわね。貰った分はちゃんとお返ししないとだわ!」
 そう言って歯を見せて笑うと、大きく振り被った木刀を渾身の力を込めて叩き込む。
 直ぐ様、麟太郎に向って伸びていた腕が引っ込み、カイリ目掛けて弾丸の如く飛び出す逆側の拳。……をルーチェが引っ掻き、その隙に上体を沈め懐に潜り込むカイリ。
 更にその背後で次々と爆発して上がる派手な色の煙。
「仲間を守ることだって戦いだって見せてあげるんだよ!」
 マサムネの起したその爆風にネコキャットの起す清浄の風。その2つの風にカーラの放ったオウガ粒子が乗り、更に味方を後押しすると、
「更に……速さを削ぐッ!」
 追い風を受けて踏み込んだ巌の足が、ガブリンのブレスにより一呼吸動作の遅れた敵の足ごと地面を踏み、後ろへ逃れようとした敵の動きを縛る。
 帽子の鍔の下から覗く鋭い赤眼とは対照的な柔和な笑みを口元に浮かべて飛び退く巌。
 その巌と入れ代わる形でウェインら仲間達が、追撃しようとした敵に殺到する。

「ぶち込む!」
「人の理想を僕に破壊する権利はないけれど、君に奪う権利もないよ」
 巌と入れ代わる形で、スピンしながら仕寄ったヒビスクムが斧頭を叩き込み、懐に潜り込んだカイリの繰り出す溜め斬りに合わせ、頭上で振り回したドラゴニックハンマー『海竜の頸椎』を叩き込むウェイン。その一撃に崩れそうになった体勢を、伸ばした腕で支えた敵は、
「破ッ!」
 その腕を軸に脚を延ばし下段に鋭い旋脚を放つと、そのまま体を回転させて遠心力を加えた上段回し蹴りで前衛陣を蹴り払う。
 直ぐに前衛陣を援護する様に麟太郎とレティシアの攻撃が飛ぶ中、
「……足も伸びるなんて聞いてなかったよね?」
 ガブリンに庇われその一撃を逃れたウェインが、誰とはなしに問うと、
「鴛鴦腿の亜種かな? 脚だと片方が短くなってバランスが悪くなるけど、カポエラみたいにすれば技を繰り出せる訳だ」
 タップダンスを踊る様にステップを踏み、蹴り払われた前衛陣に花びらのオーラを降らせたカーラが、敵の動きをそう評す。
 その花弁で麻痺を払い、ネコキャットの援護も受けつつ後退するマサムネ。彼を庇う様に前に出る巌と共に、
「そのままぶっとべ!」
 ガブリンのインストールにより、属性を得て赤いマフラーを棚引かせたヒビスクムが、思いっきりルーンアックスを振り下ろす。
 ……が、敵はその一撃を受けながらも腕を伸ばしヒビスクムの首を掴むと、
「何しやがる!」
 その手が縮む事で引寄せられ、庇おうとしたガブリン共々唇を尖らせたヒビスクムは、敵の伸びた側の拳で吹っ飛ばされた。
「あの一撃を喰らいながら吹っ飛ばされるのか!」
 目を見開いたカーラから噴き出した蒸気が、吹っ飛ばされたヒビスクムを包んで癒す間に、カイリとレティシアとアイコンタクトをかわしたウェインが、
「気は済んだかな? そろそろ懺悔の時間だ」
 無表情のまま2人の攻撃に合わせ、虚無球体を撃ち放った。

 振るわれた拳から仲間を庇うヒビスクムとマサムネの間。
「腕が伸びるのは結構ですが、逆側が縮むのであればその隙を突いた攻撃には対応しきれないでしょう」
 地面を蹴ったレティシアが宙を舞い、敵の顔面に重い飛び蹴りを見舞うと、その顔を蹴り薔薇の残り香とピンヒールの跡だけを土産に跳び退く。
 敵も直ぐに反応し拳を見舞おうとするも、割って入ったルーチェが主を庇い、
「然り然り、アンタの能力は味方が居る事で発揮されるタイプのものだ。1対多数には向いてないぜ」
 今度はルーチェを拳が打った隙を突く形で、敵の能力をそう評した麟太郎の鋭い突きが見舞われ、カイリとウェインがそれに続く。
 畳み掛けられる波状攻撃にたまらず後退する敵を追う形で、ガブリンとネコキャットが宙を舞う下、逃すまいと巌が縋り、それを追う形で仲間達が仕寄るが、次の瞬間体を回転させて薙がれた敵の裏拳が前衛陣を押し返す。
 だが、間髪入れずカーラが放出したオウガ粒子がその前衛陣を後押しし、
「それだけ重ね塗られてもその動きが出来る事は感心します」
 バッドステータス漬けになった敵が的確に反撃してきた事に、レティシアが僅かにその緑の瞳を見開いて竜砲弾を撃ち放つ。
 迫る竜砲弾に対し回避行動をとる敵だったが、重ね塗られた足止めの効果により回避し損ね、
「致命傷を与える前に四肢を封じられたアンタの負けだ」
 ルーチェの起す風の後押しを受けた麟太郎の持つ槍の穂先が、レティシアの竜砲弾によって穿たれた敵の傷目掛け突き入れられた。


 麟太郎の一撃が決まった瞬間、後ろからガブリンが吐くブレスが敵の肌を灼き、
「ここが要諦ですね。もう一歩も動けなくしてあげます。蛇荷さん!」
 レティシアの掲げた『Scheherazade』がその姿を変じて射出され、先程のブレスと共に敵に重ね塗られた各種バッドステータスが、一気に増大して敵の身を縛ると、
「ナイスやレティちゃん。この一撃で消し飛ぶのだわ。我が身模するは神の雷ッ! 白光にッ、飲み込まれろぉッ!」
 カイリの体が発光するとそのまま霊子分解し、迅雷となって敵目掛けて降り注いだ。
 その雷に体を焦がされながらも、更に苦し紛れに繰り出された伸びる腕に、ルーチェとネコキャットの飛ばしたリングがぶつかり、その動きが止まると、
「ここだっ!」
 ここまで回復に専念していたカーラが拳を打ち鳴らして歯を見せ、踏鳴を起してその拳を敵の鳩尾に叩き込む。
 ギリッと奥歯を噛み、ギロリとカーラを睨み付ける敵であったが、
「ほらほら、背後がお留守だぜ、頂を穿て!」
 麟太郎の顎門から言の葉と共に放たれた月白色の光線が、敵の右側背から襲い、
「畳み掛けるぞディケンズ!」
「OK、巌アニキ!」
 ケルベロスPコートの裾を翻した巌が、左から地獄の炎を纏った鎖を叩き付け、呼応したマサムネが放ったトラウマボールが、横に跳んだカーラの背後から突然現れかの様に、敵の正面に爆ぜた。
「……ギッ!」
 何が見えるのか左右かの攻撃による傷にも構わず、正面の虚空に拳を叩き付ける敵。
 その拳も重い鎖が絡まっているかの如く遅く、その拳の下を光速で薙がれる影。
 己に向かってくるその影に敵が視線を落とした時には、その影の正体……ヒビスクムの振るうルーンアックスの斧刃が己の腹に叩き込まれるところであった。
「そのまま……ふっとびやがれ!」
 渾身の力を込めたヒビスクムの一撃に、体をくの字に曲げて吹っ飛ばされる敵が飛ばされる先に、大きく腕を広げたウェイン。
「懺悔の時間は終わった。その身に、終わりの始まりを――――」
 飛んで来た敵の体に合わせウェインが合掌する様に掌を合わせると、その動きに合わせて見えざる空気の壁が敵の体を圧し潰す。
 天秤座を冠したダモクレスの技術『天秤の圧刑』の圧搾力は、度重なる攻撃で力を削がれたドリームイーターに抗しきれるものではなく、ドリームイーターは、最後に恨めしそうな視線を向けると、呻き声すら上げる暇なく、空気の壁に圧し潰されたのだった。

 こうしてドリームイーターを駆逐した一行は、気絶していた武道家を助け、一部の者が教えを請うなど僅ながらの交流を経て帰路についたのである。

作者:刑部 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年4月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。