菩薩累乗会~剣を捨てよ!

作者:蘇我真

 とある中学校、グラウンド裏の柔剣道場の、そのまた裏。
 ひとり竹刀で素振りを繰り返していた男子中学生は、疲れ果てた様子で持っていた竹刀を放り投げた。
「はぁ、はぁ……こんだけ努力したって、また大会1回戦負けなんだろうな……」
 男子は壁に寄りかかると、沈もうとしている夕日を睨む。
「だいたい、剣道なんて何の意味があるんだよ。パパがちょっと有名な剣士だったからって、僕まで剣道やらされるなんてめちゃくちゃだ。それもこれも、剣道なんかあるからいけないんだ……もう戦争なんかも無いんだから、こんな競技無くなっちまえばいいんだ……」
 誰にも聞かれないはずの彼の愚痴は、届いてしまう。
「その通り! いやはやホウホウ素晴らしい!」
 それも最悪の相手に。
「だ、誰!?」
 男子が声のする方に顔を向けると、そこにはフクロウ型のビルシャナがいた。木魚をポクポクと鳴らしながら、ビルシャナは男子へと呼びかけていく。
「君の考えは、闘争封殺絶対平和菩薩の心に通じるものがあります」
 明らかな異形なのだが、彼の言葉が頭の中いっぱいに広がって、少年の判断能力を失わせていく。
「戦いや競争がなければ、人は戦う事も競争する事もなくなり、心穏やかに生きそして死に絶える事ができるのです」
「うん……うん……」
 心地良さげに目を細める男子。フクロウのビルシャナはトドメにこうささやいた。
「さぁ、闘争封殺絶対平和菩薩の教えを受け入れ、共に戦争と競争の化身、暴虐たるケルベロス達を迎え撃ちましょう」
「うん……僕、戦うよ! 戦いを無くすために!!」
 男子が声を張り上げると同時に、彼の体毛を鳥の羽毛が覆い尽くしていく。
 新たなビルシャナ誕生の瞬間だ。
 フクロウビルシャナは満足気に頭を上下に動かすと、手羽を広げる。
「おそらく、すぐに、ケルベロスが襲撃してくるでしょう。ケルベロスこそ、平和の敵、必ず打ち倒さねばならない、悪の権化なのです」
「悪の……権化……」
 ひな鳥が最初に見たものを親と思うように、行動理念を刷り込まれていく男子。
「勿論、闘争封殺絶対平和菩薩の配下であるワシと、恵縁耶悌菩薩の呼びかけに応えて強力してくれた、この者もお前を守るだろう。さあ!」
 フクロウビルシャナが呼びかけると、一つの影が出現する。魔導書のような豪華な装飾のなされた分厚い本を持つ、機械仕掛けの天使……ダモクレスだ。
「この機械は……?」
「輝きの軍勢というダモクレスです。今は目的を同じとして、行動を共にしているのです」
「なるほど、戦いを無くそうという闘争封殺絶対平和菩薩さまの理念に共感されたのですね!」
 男子の言葉に、ダモクレスは曖昧に頷いた。
「……まあ、そんなものだ」
 それ以上言葉は必要ないとばかりに黙りこくるダモクレス。
 ケルベロス迎撃の体勢が、整いつつあった。
「戦いを止めるために戦う……我々の理念とも被るので一見否定しづらい話ではなるが……」
 集められたケルベロスたちへ、星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)は首を振った。
「戦いが無くなれば剣道も無くなる、という理由となると非常に薄っぺらい主張と言わざるを得ないな」
 それでも、警戒する必要があると瞬は続ける。
「それは『菩薩累乗会』。強力な菩薩を次々に地上に出現させ、その力を利用して、更に強大な菩薩を出現させ続け、最終的には地球全てを菩薩の力で制圧するというものだ」
 今のところ、具体的な阻止方法は見つかっていない。菩薩を地道に潰していくしかないのだが……。
「今回相手をするのは『闘争封殺絶対平和菩薩』。世界平和や競争の無い世界を求める人間を標的にし、人間の生存本能まで無くさせて人類を滅亡させようとする、恐ろしい菩薩だ」
 人間が戦いを放棄し続ければ、ただその場に漂い息をするだけの生物となってしまう。末恐ろしいビルシャナだ。
「ビルシャナ化させられた一般人は、自分を導いた闘争封殺絶対平和菩薩の配下であるフクロウ型ビルシャナ『カムイカル法師』と共に校庭に留まり続け、ケルベロスの襲撃を待ち構えているようだ。この戦いでケルベロスが撃退されてしまえば、平和の名を借りて人類を滅亡させようとする教義が急速に広まってしまうだろう。そうさせない為にも、出来るだけ早く事件を解決する必要がある」
 続いて、瞬は今回相手をするビルシャナたちについての情報を提供する。
「敵はビルシャナ化した男子中学生、剣道部所属で父は全国大会にも出場したことがある剣道家だが……剣の腕はからっきしなようだ。それなのに、ビルシャナと化した今でも刀を使うようだな」
 もしかしたら剣道に未練があるのかもしれない、と付け加えつつ瞬は説明を続ける。
「男子のほかにカムイカル法師、そして輝きの軍勢を名乗るダモクレスの計3体だな。カムイカル法師はビルシャナらしく炎と氷、そして経文を読んで催眠攻撃を仕掛けてくる。ダモクレスは……本を持っている個体ということもあり、キャスターもしくはジャマーだろうか。中衛でビルシャナ2体のサポートに回ることが予想される」
 1体でも強敵だが、今度の敵は3体だ。大変な仕事になりそうだが、ビルシャナの作戦を阻むためにはやるしかない。
「どうか、よろしく頼む」
 瞬は、そう締めくくって頭を下げた。


参加者
佐竹・勇華(は駆け出し勇者・e00771)
アルディマ・アルシャーヴィン(リェーズヴィエ・e01880)
神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023)
四方堂・幽梨(義狂剣鬼・e25168)
黒岩・白(すーぱーぽりす・e28474)
一比古・アヤメ(信じる者の幸福・e36948)
オリビア・ローガン(加州柳生の伝承者・e43050)
ナイン・クローバー(青薔薇と歯車・e51019)

■リプレイ

●逢魔が時
 夕暮れの中学校、グラウンド裏の柔剣道場。
 大気を震わせて、竜のオーラが放たれた。
「ッ!」
 反射的に反応した少年が横っ飛びに避ける。近くに生えていた大木が轟音と共に打ち倒されていく。
「今のを避けるか……才能ねぇのを、ビルシャナでお手軽に補強したって意味ねぇだろうによ」
 掌を突き出し、轟竜方を放った姿勢のまま毒づく神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023)。
「ホウホウ! 来ましたねケルベロス共!」
 カムイカル法師は少年やダモクレスの後ろに隠れるように布陣し、奇襲してきたケルベロスたちを迎え撃つ。
 前衛に少年、中衛にダモクレス、後衛に法師と各列に1体ずつの配置。
「同じフクロウに縁があるものとして、許してはおけないスよ!」
 黒岩・白(すーぱーぽりす・e28474)の足元、牙を剥いて今にも飛びかからんとするオルトロス。
 しかし、狙いは法師ではない。ケルベロスたちはとりあえずダモクレスを攻撃し、その動き方を見極めようとする。
 白が放った轟竜砲と共にオルトロスの刃がダモクレスを狙う。少年はダモクレスを庇おうとする姿勢はない。
「なるほど、攻撃一辺倒ね」
 一比古・アヤメ(信じる者の幸福・e36948)も鎖を作り出し、ダモクレスを縛るべく飛ばしていく。
 ダモクレスは身をよじって避けようとするが、それは叶わず足首を絡めとられた。
 攻撃を集中されたダモクレスは手にした魔導書を開く。呼び出された禍々しい緑の粘菌がアルディマ・アルシャーヴィン(リェーズヴィエ・e01880)の頭部へと飛びかかっていく。
「ぐ、これは……」
 気道と視界が塞がれて、耳に異物が入り込んでくる。不快な感覚と共に、自らの忌まわしい記憶が蘇っていく。
 ダモクレスに敗北したときの光景。アルディマはきつく奥歯を噛みしめると、バスタードソードで自らに付着した粘菌を払っていく。
 霧散する粘菌。痛みがアルディマを現実へと引き戻していく。だが、あの時に味わった苦渋に比べれば気にならなかった。
「ダモクレス……まずは貴様からだ」
 気合を入れ直すように宣言するアルディマ。ダモクレスによる精神攻撃、その浸食の度合いは深い。
「大丈夫ですか?」
 ナイン・クローバー(青薔薇と歯車・e51019)の放出したオウガ粒子が受けた傷を塞いでいく。
「ああ。まずはあの厄介な攻撃をしてくるダモクレスから倒そう」
 心の中によどもうとしていたトラウマの残滓もオウガ粒子が洗い流す。ケルベロスたちは事前に決めてあった通りに動く。
 ダモクレスがキャスターなら法師、ジャマーならダモクレスから。
「切り裂けっ!」
 佐竹・勇華(は駆け出し勇者・e00771)が投げつけた聖光鎌が、まっすぐダモクレスへと向かう。鋭利な刃がダモクレスの魔導書を切り裂き、紙片を夕焼け空に舞わせた。
「これで……!」
 四方堂・幽梨(義狂剣鬼・e25168)は木の葉をアルディマへ舞わせて、視覚的な有利を取らせる。援護を受けたアルディマはダモクレスの死角、地を這うように滑らせた鎖でダモクレスを足から縛り上げていく。
「新影流のシンズイ、見せてやりマース!」
 ダモクレスの身体が傾いだのを見て、オリビア・ローガン(加州柳生の伝承者・e43050)は日本刀からチェーンソー剣に持ち変える。
 捕縛している鎖を斬らないように、その肉体だけを回転する刃が切り裂いていく。鮮血の花と共に傷口が潰し開かれていく。その繊細かつ鮮やかな手並みに追従する煉。
「これが親父から受け継いだ!」
 地に残るは蒼炎の軌跡。疾走する煉、その右手は蒼き狼と化した烈火の闘気を纏っている。
「俺の牙だっ!!」
 夕焼けを受けて伸びる影。煉の右腕が、傷だらけのダモクレスの腹をぶち抜いていた。
 装甲が剥がれ、ダモクレスを縛っていた鎖も、千々に舞う。腹を打ち抜かれたダモクレスは糸が切れた人形のように全身の力を抜き、煉へともたれかかる。
「へっ―――」
「煉くん!!」
 倒した手ごたえを感じ、煉に生じたわずかな隙。そこへ勇華が飛び込んでくる。ダモクレスごと蒼い狼の気をも凍らせる氷の一撃を、勇華が代わりに受け止めていた。
「ホウホウ、イヤハヤ今のを通しませんか。やりますのう」
 経文を広げながら、超然と構えている法師。フクロウの無機質な瞳が、くるくるとせわしなく動いてケルベロスたちを観察していた。

●計画倒れ
「いよいよ許せないっス!」
 白は、斃れた仲間ごと攻撃する法師のその在り方ごと否定する。
 目にも止まらぬ早撃ちで堅実に攻撃を当て、オルトロスが焔で支援する。
「許していただこうとは思っておりませぬ故!」
 法師は身を焼く炎を更なる炎で上書きする。絡みつく鎖をものともせずに灼熱の業火をケルベロスたちへ正確に当てていく。
「くっ、厄介デース……!」
 更にそこへ少年が刀を携え肉薄してくる。前傾姿勢、狼のように飛びかかる剣は、ビルシャナの力で鋭く速い。露出度が高いオリビアの肌を切り裂いていく。
「修復します」
 舞い散る花とかぐわしい香り。受けた傷を少しでも癒そうとするナイン。治りは浅い、回復が間に合わなくなりつつある。
「勇華! 俺はいいからオリビアのほうを重点的に庇ってくれ!」
 少年がメインアタッカーだろうと予想していた煉は斬撃への耐性を高めて戦いに臨んでいた。同じ前衛でもダメージは少なく抑えられるから、という点で指示を出す。
「了解だよ!」
 勇華は攻撃の手を減らし、ナインを助けるべく回復に移る。オリビアへ気力を分け与え、傷を塞いでいく。
「動きは封じた、その隙に!」
 アルディマは作り出した黒鎖を引き搾り、大きく息を吸う。
「受け継ぎし魂の炎を今此処に! 竜の火よ、不死なる神をも灼き払え!」
 見切りを考慮して放たれた焔の息吹が法師を焼く。焦げる肉と、羽毛の嫌な臭い。
「オオ熱い熱い! 冷やさなければ!!」
 法師が羽ばたくと、生み出された氷塊がアヤメを狙って飛んでいく。
「させないっス!」
 飛びついた白が日本刀を一閃する。氷塊が砕け、白へと降り注ぐ。
「そんなに冷たいのがいいなら、冷やしてあげる」
 目の前で展開された光景へ対抗するように、アヤメは氷を練りだし、波にして放つ。
「な―――」
 先ほど法師が作り出したそれを上回る量と大きさの氷塊たちが、法師へと直撃した。
「い、いかん、このままでは……!」
 捕縛されたまま凍傷も受け、息も絶え絶えの法師を見て、幽梨は即座に判断した。
「剣の極意は相手を斬らず倒すこと。なんてね」
 幽梨が横薙ぎに振るった日本刀から生まれた燕が、低空を滑るようにして法師へと直撃する。燕は法師の身をついばみ、傷口を広げていく。
「や、やめよつばくろ! 我が身は筋張って美味くもないぞ!!」
 凍気が法師を蝕んでいく。新しくできた傷口から、その身が凍りついていくのを法師は止められない。
「な、なぜ……我々の計画は、まだ……!」
「アンタ、そういうのをなんて言うか知ってるか」
 幽梨がトドメとばかりに日本刀を振るう。生み出された鷹が、法師の喉元へと食らいつく。
「あ、アア―――」
「フクロウの宵だくみって言うんだよ」
 そこで、法師の意識は永遠に途切れた。

●剣の道
 残ったのは少年のみ。救出のおぜん立ては整った。
「はあぁぁっ!!」
 手にした日本刀を横薙ぎにする少年。冴え渡る刀の切れ技は、前列のケルベロスたちへの加護を打ち消していく。
 その妙技は全て、ビルシャナとなって手に入れたものだった。
「その姿になってなお刀を握るのはなぜ? 剣道にまだ思い入れがあるからじゃないかな?」
 勇華は手にした鎌を投げ、少年の足を刈る。
「強さとは別の物を得ていて、それを手放したくないからではないのかな? わたしにはそう思えてならないよ」
 勇華としては戦争は良くないというビルシャナの主張には正しいところもある、だが戦いが無ければ人は退化してしまうと考えていた。
「ああ。お前、なんだかんだ父親を尊敬してるし剣道好きなんだろ?」
 煉はオウガメタルで日本刀を掴む。押し合い、つばぜり合いのような格好になる。
「うるさい……もう戦争も無いんだから、剣道も無くして自由に生きるんだ!」
 より強く、踏み込んでくる少年。オウガメタルが力任せに歪まされていく。
「……1つ確実に間違ってる事がある。戦争はあるぜ」
 煉も負けてはいられない。力を込めて押し返す。
「地球はデウスエクスに侵略されている。奴らの理不尽に涙し、今まさに苦しめられ続けてる奴らだっているんだ。力を捨てた所で奴らは搾取を止めねぇ」
 完全に煉が押し返した。開いたわき腹ががら空きだ。炎を纏った拳が迫る。
「だからこそ俺らは強くなきゃなんねぇんだよ。大切な奴らを守るためにな!」
「そんなの、知ったことか!!」
 煉の拳が少年の腹に、少年の刃が煉の拳へそれぞれ吸い込まれていく。
「……いい太刀筋じゃねぇか……他の誰が認めなくても俺が認めてやる」
 刃を無視してて叩き込まれた、血にまみれた煉の拳。同じく努力しても結果が出なかった煉の姉のことを重ね合わせた思い。拳と言葉が少年を抉っていく。
「認めてもらいたいのは、おまえなんかじゃないんだ!!」
「なあ兄弟。兄弟の戦いに、本当にその刀は必要なのか?」
 全身に霊気を纏った幽梨が悠然と刀を構える。その姿勢は優美にして合一、流れるような自然の動きでその切っ先を少年へと向ける。
「剣道ってのは、君のように刀を使いはしないだろ。竹刀と防具を使うのは、技を鍛えるためじゃない」
 少年は避けようとした。しかし、氷のように鮮やかに、その切っ先は少年の胸へと吸い込まれていく。
「わかるだろ。鍛えるのは、ここの刀だ」
「が……はっ!」
 血反吐で、少年の羽毛が紅く染まる。夕暮れの朱が混じってぎらぎらと光る。
「『貴方がそれを手にするとき、誰かがそれを失う』。一つしかないものを必要とする人が二人いればそこに競争は発生する。例えば目の前のリンゴを食べないと死ぬ、分けることもできないってなったら?」
 膝をつく少年へ、諭すように白が告げる。
「争うことを放棄すればみんな死ぬ。それじゃ誰も得しない。いや、誰もがすべてを失う。それが君の望む結果なんスか?」
 少年は刀を地につき刺し、それを支えにしてゆらりと立ち上がる。
「じゃあ、どうすればいいってんだ……!」
 その一撃がゆっくりに見えたのは、無駄な所作を一切排したことによるものだった。
「な――」
 気づけば、白は脛を斬られていた。死に瀕した少年の技の切れはますます磨きがかっていく。
「それを考えて、お聞かせください。ビルシャナの教義ではなく、自身のお言葉で」
 ナインが白へスチームバリアを張る。それだけでは足りない。刀の一撃が、重い。これ以上戦いを引き延ばすわけにもいかなそうだ。
「剣道がイヤだから争いを無くすのは間違ってマース!」
 オリビアの刀が、少年の刀を受け止める。
「剣道は相手に戦って勝つ強さよりも精神を鍛えるモノなんデス。お父サマが剣道有段者ならきっと単に大会で勝つより精神的な成長を期待してるハズデス!」
「そんなの、剣道以外でもいいだろッ! なのにパパは僕を見てくれないッ!!」
 力での押し合いを避け、柳のように受け流すオリビア。少年はつっかえ棒を外されて前のめりになる。
「だったらッ! こんな剣道ッ!! 無くなればいいッ!!!」
 倒れ込みながら、身体を捻って刀を斬り上げる。鬼気迫る一撃がオリビアの背中へ迫る。吸い込まれていく刃。火花が散る。
「でもそれは、剣道じゃないっス」
 少年の刃とオリビアの背の間に、別の日本刀が割り込んでいた。白の日本刀だ。
「さっきから指に脛に背中……全て剣道では有効打になりマセーン!」
 オリビアが白の言葉を肯定する。少年の攻撃は剣道よりもオリビアや幽梨のような実戦向き、剣術使いの剣だった。
「『剣道とは剣の理法の修練による人間形成の道である』。貴方のお父上が剣道有段者であればきっと教えてくれた筈です。剣の道は強さでは無く人を作る道である、と」
 オリビアはおちゃらけた口調を止め、切々と説く。
 戦いが無くなれば剣道が無くなるという少年の考えはそもそもから間違っていたのだ。
 戦いが無ければ実戦向きの剣術は廃れ、精神を鍛える剣道が興る。それを、少年は気づけなかった。
「そっか、僕のこれは、剣道じゃない……そんな、単純なこと、なんで……」
 気づくのが遅かった。少年はとうに命を炎を燃やしつくしていた。あともう少し、言葉を多く交わすことができれば、そのことに早く気付かせてやれたかもしれない。
「ああ、そっか……僕は、ただ……」
 消える直前の蝋燭のように、最期にひときわ強い炎を放っていただけに過ぎない。
 少年はつきものが落ちたかのように静かに刀を構える。刀を立てて半身になる、八双の構え。戦いで初めて見せた剣道の構えなのは、意識してなのか、それとも力を失い刀をそのまま持つことしかできなかっただけなのか。
「……立ち合いを、お願いします」
 少年の言葉に、オリビアは名乗りを上げて返す。
「……加州柳生流、オリビア・ローガン。参ります」
 互いに日本刀を構える。勝負は、ほんの数瞬だった。
 月光を、貫く雷光。羽毛が空を舞い、風に吹かれてグラウンドへと消えていく。
「頑張りマシタネ……」
 オリビアは、少年の顔を大きな胸に埋めて抱擁してやる。
 もう動かない彼の背中からは、オリビアの日本刀が生えていた。
「個人的にはビルシャナに逃げた、いけすかない被害者だと思ってたけど……」
 アヤメは天を仰ぎ、目蓋を閉じる。目蓋の裏に夕焼けの赤が伝わってくる。
「最後は逃げなかったね。救えたのかな」
 日は暮れ、夜が訪れる。日が昇るには、まだまだ遠い――。

作者:蘇我真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 3/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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