●笑え、笑え、笑え
片山京子は大人しい女の子だったし、争いごとや競争を極端に嫌う性格だった。
競い、戦う。優劣を決めるという事は、劣ったという烙印を押されたものが悲しむという事だ。
だから、京子はそういうものが嫌いだ。今日も自分の部屋の窓から、近くの公園で遊びまわる子たちを見て、そう思う。
仲よく遊んでいるのはいいけれど、競争になると、負けた子は悔しがっている。悲しそうな顔もする。何度も何度も負ければ、何度も何度も辛そうな顔をする。こんなの絶対、おかしいのだ。
「皆にこにこ笑っていればいいのに。そうすれば皆、幸せになれるし、争ったりしなくて済むのにな」
常々考える。皆が笑顔になれる世界が欲しいと。皆が笑顔でいれば、きっと人を憎んだり、争ったりする必要がなくなる。笑顔はパワーだ。だから、皆は笑顔でいるべきだ。
京子はまだ小学生であったから、思考も幼い。手段と目的がこんがらがっていることに、まだ気づかない。でも、それでもいいのだ。その心は未だ無垢。故に、これから学び、世界と折り合いをつけていくのだ。
が。
「ホーホー、ホーホッホホー」
「……ふくろう?」
ふと、部屋に、鳥の鳴き声が響いた。
「どちらかと言えばミミズクですが、それは重要ではありませぬ。幼子よ、あなたの思想、いたく感激いたしました。素晴らしいですな」
ホーホー、とミミズクが笑う。
だが、そのミミズクは、ミミズクにしては巨大すぎた。そもそも、喋る時点でおかしい。のだが、京子はまるで、そのことが頭からすっぽりと抜け落ちているように、ミミズクと会話をしていた。
「そう――そうなの。みんな笑顔でいるべきだわ。辛くても笑顔で……そうよ、何があっても、笑顔でいれば、争いも悲しみも、全部なくなるの!」
もはやその言葉は支離滅裂。ロジックは崩壊している。だが、京子はそのことには気づかない。ミミズクから放たれる、波動のようなものが、京子の思想をより過激に、より先鋭化させていた。
そう、このミミズクはもちろん、ただのミミズクではない。
その名は『カムイカル法師』。ビルシャナである。
「ホーホホホ。君の考えは、『闘争封殺絶対平和菩薩』の御心に通じるものがあります。戦いや競争がなければ、人は戦う事も競争する事もなくなり、心穏やかに生き、そして死に絶える事ができるのです。さぁ、幼子よ! 闘争封殺絶対平和菩薩の教えを受け入れ、共に戦争と競争の化身、暴虐たるケルベロス達を迎え撃ちましょう!」
「ケルベロス……悪い人たちだったのね! 許せない!」
熱に浮かされたように、京子が叫んだ。すると、彼女の姿は、フクロウの様なビルシャナの姿へと変貌したのである。
「わたし、やっつけるわ! ケルベロスを! そして無理矢理笑顔にするの! 笑顔になれば、ケルベロスだって戦ったりしないはずよ!」
「ホホホ、よきかなよきかな。おそらく、すぐに、ケルベロスが襲撃してくるでしょう。ケルベロスこそ、平和の敵、必ず打ち倒さねばならない、悪の権化なのです」
カムイカル法師が、ばさり、と翼を広げると、巨大な鎌を持った機械仕掛けの天使が現れた。デウスエクス、ダモクレス。輝きの鎌と呼ばれる個体である。
「ホホホ。一人で貴方を戦わせるつもりはありませんぞ。闘争封殺絶対平和菩薩の配下であるワシと、恵縁耶悌菩薩の呼びかけに応えて強力してくれた、この者もが、共にあなたと戦いましょう」
その言葉に、フクロウビルシャナと化した京子は、パタパタと翼を羽ばたかせるのであった。
●強制された笑顔
「『菩薩累乗会』と言うビルシャナの作戦を知っているかな? 今回は、その第三波、と言った所だな」
アーサー・カトール(ウェアライダーのヘリオライダー・en0240)は集まったケルベロス達に向かって、そう言った。
菩薩累乗会とは、ビルシャナによる侵攻作戦だ。菩薩と呼ばれる強力なビルシャナを地上に出現させ、その力を利用してさらに強力な菩薩を出現させる。そしてさらに……と菩薩を呼び寄せ続け、最終的には、地球全てを菩薩の力で制圧する、という作戦だ。
現時点では、この作戦を阻止する方法は判明していない。
そのため、現れた菩薩が力を得ることを阻止し、菩薩累乗会の進行を食い止めることが重要となる。
「今回活動が確認されたのは、『闘争封殺絶対平和菩薩』。世界平和や、競争のない世界を求める人間をターゲットにし、人間の生存本能まで無くさせて、人類を滅亡させようとする菩薩らしい。世界平和。競争のない世界。お題目は立派だが、やっていることは緩慢な自殺、と言った所だな……」
アーサーは唸りながら言った。
闘争封殺絶対平和菩薩の教義は、一見すると平和的ではあるが、その究極は、全ての争いや殺生の禁止である。程々の競争は人間の精神活動にとっても健康的な物であり、そして生物としての本能でもある。また、完全な殺生を禁止されては、そもそも人類が食べられるものがなくなってしまう。その果てに待つのは、死、だ。
「被害者となった少女は、あくまで平和、平穏を求めているのだが、ビルシャナによって思考を少々先鋭化させられてしまっているのか、その先にまで考えが及ばないらしい。しかも、世界平和のためにはケルベロスと戦い、倒さなければならない、と言う矛盾した思考も植えつけられている。まったく、滅茶苦茶だが、それがこのビルシャナの恐ろしい力という事なのだろうな」
ビルシャナ化した少女は、カムイカル法師と共に自宅に留まり続け、ケルベロスの襲撃を待ち構えている。
この戦いでケルベロスが撃退されてしまえば、平和の名を借りて人類を滅亡させようとする少女の教義が急速に広まってしまうだろう。
そうさせない為にも、出来るだけ早く、事件を解決する必要があるのだ。
敵となるのは、カムイカル法師と、フクロウビルシャナ。そして輝きの鎌と言うダモクレスの、計3体だ。
戦場となるのは、京子の部屋だが、家族の協力を得ているため、建物に入ることに苦労はないだろう。
また、周囲の人間は既に避難済みであるため、ビルシャナとの戦いに集中して欲しい。
敵はケルベロス達に敵意を抱いているので、ケルベロスと分かれば、攻撃してくるだろう。
「また、フクロウビルシャナを助けたければ、カムイカル法師を倒し、その上で、フクロウビルシャナを説得しなければならない。彼女の考えが間違っている、という事を、しっかり教えてやるのがいいだろうな」
そう言って、アーサーはヒゲを撫でた。
なお、カムイカル法師は、フクロウビルシャナが先に倒された場合、逃げ出してしまうという。また、或いは、戦闘が過剰に長引き、倒す一手が足りなかった場合も、撤退する可能性があるようだ。
輝きの鎌は、仮にビルシャナが全滅しても、最後まで残ってケルベロス達と戦い続けるだろう。このダモクレスの目的は、あくまでケルベロスの殲滅であるようだ。また、輝きの鎌の戦闘力は、決して低くはない。注意して欲しい。
「さて、以上となる。難しい任務だが、君達なら最良の結果を得ることができると信じているよ。君たちの無事と、作戦の成功を、祈っている」
そう言って、アーサーはケルベロス達を送り出した。
参加者 | |
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フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172) |
ノル・キサラギ(銀架・e01639) |
ラティクス・クレスト(槍牙・e02204) |
土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093) |
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753) |
鷹野・慶(蝙蝠・e08354) |
一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053) |
桜庭・萌花(キャンディギャル・e22767) |
●偽りの平和
現場へと到着したケルベロス達を迎えたのは、デウスエクスたちによる手荒い歓迎であった。
カムイカル法師、輝きの鎌。そしてフクロウビルシャナ。デウスエクス達とケルベロス達は、すぐさま戦闘へと突入した。当然だろう。カムイカル法師と輝きの鎌にとっては、ケルベロスは元々の獲物であったし、フクロウビルシャナにとっては、ケルベロスとは「悪い人達」である。
「お話が早くて助かりますのー」
と、笑顔で、フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)が言う。『曼荼羅大灯籠』を砲撃形態に変形させ、
「ソレデハ、マズハ、アナタカラ!」
さらなる激しい笑みを浮かべるや、カムイカル法師へ向けて、砲弾をぶっ放す。
「ホホホ、剣呑、剣呑」
砲撃に身を晒し、挑発するように笑うカムイカル法師。
「今から君を助ける。待っていろ」
と、玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)は、フクロウビルシャナへ向けて、そう言った。ウイングキャット『猫』も、主の言葉を強調する様に、一声、鳴き声を上げる。
「助ける? 何のこと?」
小首をかしげるフクロウビルシャナ。
「伝わらなくてもいい――今は」
答え、カムイカル法師へと向き直る。
「お前がやった事は――罪深いぞ、カムイカル法師」
同時に、オウガ粒子を放ち、味方のケルベロス達の援護を行う。『エピメーテウスの外套』に包まれた陣内。オウガメタルに包まれたそのシルエットは、静かな怒りを燃やす鬼のようにも見えた。
一方、『猫』はフクロウビルシャナの動きを阻害すべく、尻尾の輪を飛ばし、その武器を封ずる。
「ホホー! 罪とはこれすなわち争う事。罪深きはお前たちケルベロスよ!」
フクロウビルシャナに聞こえるように、強調しながら、カムイカル法師は言った。
「その元凶になってるあなたが言えた事じゃない!」
ノル・キサラギ(銀架・e01639)は『壊星のガーベラ』を砲撃形態へ。砲弾を打ち放つ。翼で体を覆い、カムイカル法師が爆風を受けながら、
「お前達が抵抗しなければ、争いもなく、人は救済される。ホホホ、どちらが悪かのう!?」
一方、輝きの鎌が動いた。ケルベロス達も使うグラビティ、デスサイズシュートにも似たように、手にした鎌を回転させ、ケルベロス達に投げつけた。鷹野・慶(蝙蝠・e08354)はそれを『銀椋鳥』で覆った腕で受けた。がきり、と音がし、衝撃が慶が襲う。
「ふん。そう言えばお前もいたな」
お前など眼中にはない――そういうニュアンスを込めて、慶が言った。
そんな慶の前に、ケルベロスチェインが飛来した。その鎖が魔法陣を描き、解き放たれた力が怪我を癒す。
「大丈夫でしょうか? すぐに癒しますわ」
と、一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053)。慶を守るのは、瑛華の描く魔法陣だ。
「傷はわたしが癒しましょう。ですが皆さん、くれぐれもお気をつけて」
柔らかく笑う瑛華。
ラティクス・クレスト(槍牙・e02204)もまた、『銀架』を纏い、
「援護を重ねてやり過ぎるって事はねぇ、オレも続くぜ。ミミズク野郎をぶっ飛ばすのは、その後だ!」
オウガ粒子を放つ。
「同感だ。ああいう連中は、逃げられたりしないよう、確実に潰すに限るからな」
慶もオウガ粒子を放ち、仲間の感覚を向上させる。ウイングキャット『ユキ』は、清浄なる風を拭きわたらせ、ケルベロス達の抵抗力を上昇させた。
「ホホホ、口は達者よな、ケルベロス達よ!」
カムイカル法師が笑い、経文を唱える。吹き出す冷気が嵐となり、ケルベロス達の身体を傷つけた。
「笑っていられるのも今の内ですよ!」
土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)が、『トポ』より放つ雷の魔法。輝きの鎌へと打ち放たれたそれは、ダモクレスの身体を雷でショートさせる。
「うんと、わたしも……!」
そう言って動き出そうとするフクロウビルシャナへ、
「キミは――ちょっと、あたしとあそぼっか?」
と、口紅を取り出しつつ、桜庭・萌花(キャンディギャル・e22767)は笑った。
「はーい、注目。キミにはちょっと早いけど、少し大人のイジワル、見せてあげる」
口紅を塗った唇より紡がれる、痺れる魔力の甘い言葉。『R.I.P. Service(リップサービス)』。それは小悪魔の誘惑か、捕えて蕩けてはなさい。
「あうう! なんか痺れるよぉ……!」
精神的に、ではなく、物理的に作用するのが萌花のグラビティの効果だ。フクロウビルシャナはその動きを封じられ、動けない。
様々な思惑を持った三体のデウスエクス。それらとケルベロス達の戦いは続く。ケルベロス達の作戦は、完全なる勝利。最良の結末をつかみ取る事。
まずは、カムイカル法師を討ち取る。無垢なる心を利用し、踏みにじる行為を、ケルベロス達は決して許しはしない。
「デハデハ、偽リヲ謳ウ詐欺師ニハ、ゴ退場願イマショウ!」
フラッタリーの額より地獄が噴出し、狂い笑う。
「環Zeン無欠ヲ謳オウtO、弧之金瞳w∀綻ビヲ露ワ仁ス」
煉獄が燃え盛る。それを通して相手を見れば、漏れ出るグラビティ・チェインの切れ端が見える。見えれば簡単。掴むだけ。
「其之ホツレ、吾gAカイナデ教ヱヤフ」
フラッタリーが編み上げしは、獄炎の縄。赤く、黒く燃え盛る、地獄の縄を投げ飛ばし、グラビティ・チェインを絡めとる。
「なんと、これは!」
カムイカル法師が驚きの声をあげる。絡めとられれば、逃げること能わず。『梳イテ手繰ルLa frange(スイテタグル ラ フランジェ)』。世界に縛り付けられし、カムイカル法師がうめき声をあげた。
「良い腕だ、フラッタリー」
陣内が言うや、カムイカル法師へと斬りかかった。刃が傷口をなぞる様に奔り、『猫』もまた、自らの爪を以て攻撃に参加する。
「カムイカル法師よ。お前が利用したあの子は、きっととても優しい。……故に」
そう言って、陣内が飛びずさると同時。
「許せるわけがねぇだろ、お前のやった事は!」
慶が吠えた。グラビティによって生み出された塗料が、まるでその罪を塗りつぶし、罰するかのように襲い掛かる。水圧、そしてグラビティによる衝撃。ダメージがカムイカル法師に蓄積していく。ユキもまた、攻撃に参加した。主の怒りを代弁するかのように、鋭い爪で何度もカムイカル法師を切り裂く。
「ホ……ホ……! これは……!」
カムイカル法師が悲鳴に近い声をあげる。
「カムイカル法師! 偽りの平和ではない、これが本当の、平和を思う心です!」
岳が続いた。高く、高く跳躍し、放たれる流星の飛び蹴り。それが、カムイカル法師の身体を貫いた。
「お、おのれ、ケルベロス……菩薩よ、お許しを……」
か細い悲鳴をあげて、カムイカル法師が消滅する。
「お前を許す奴なんてのは……この世には居ねぇよ。罰を受けるんだな」
その様を見つめながら、慶が呟いた。
「チイ、使エン奴メ!」
輝きの鎌が、吐き捨てるように言うのへ、
「そう言っていいのかい? 次はあなたの番だ」
ノルが言うや、その身に魔力が雷のごとく迸った。
「コードXF-10、魔術拡張(エクステンド)。ターゲットロック」
自身の生命力を一時的に魔力へと変換し、それを雷の銃弾の形として打ち出す。ノルの魔術拡張プログラム。
「天雷を纏え! 雷弾結界(カラドボルグ)!」
叫びと同時に撃ち放たれた4発の弾丸。それは輝きの鎌の四方へと着弾するや、十字架型の、雷の結界に、輝きの鎌を閉じ込めた。雷弾結界。その名の通りに築かれた、雷の封鎖結界。
「ラティ!」
「応よ!」
ノルが声を発する前に、『雷槍《インドラ》』を携えたラティクスは動いていた。
「叢雲流牙槍術、避けられると思うな! 壱式・麒麟!」
ラティクスの闘気が、雷へと変わる。雷を纏う槍の穂先が射出されるその速さは、神速と言う言葉ですら物足りぬ、超々高速の一撃。
『壱式・麒麟』。その一撃は輝きの鎌の心臓部を捕え、その装甲、そして胴体を貫いた。
「バ、バカ……ナ……!」
信じられぬものを見たような表情で、輝きの鎌が爆散する。
「ハッ。オレ達に追いつくには、全然足りねぇな」
インドラを振り、ラティクスが言った。
「そ、そんな……!」
フクロウビルシャナが、首を振りながら後退する。
「どうして……そんなにみんな、争いたいの? 戦いたいの? 傷つくのなんて、嫌でしょ? 傷つけるのなんて嫌でしょ?」
その言葉に、
「そうだね」
萌花が答えた。
「皆、傷つくのも傷つけるのも、嫌だよ。……キミは優しい子だね。そういう事が分かるって、すっごい事だよ」
「じゃあ、どうして……!」
「それは、今のあなたが、少しだけ、間違っている……いいえ、間違えさせられてしまったから」
瑛華が言った。
「少しだけでいい、わたし達の言葉を、聞いてちょうだい?」
そう言って、瑛華が微笑を浮かべた。
●本当の笑顔
「笑顔でいるのは素敵なこと。でも自分の心に嘘をつくのはよくないよ」
諭すように、瑛華が言う。
「でも、笑顔でいれば……幸せになれるんじゃないの?」
そう言うフクロウビルシャナに、
「それは、ただ無理しているだけ。無理に笑顔でいるんじゃなくて、笑顔でいられるための方法を考えようね」
「あー……なんていうかな。平和だ、争いのない世界だ、と言いつつ、邪魔者を排除しろ! なんて言ってるのは、ビルシャナ達だぜ? それって矛盾してるだろ?」
ラティクスが尋ねる。フクロウビルシャナは、
「でも……それは、悪い人たちがいるからだし……」
「それに、アイツらはご飯を食べることも禁止してるんだぜ? 一切殺生ができない、ってのはそういう事なんだ。それは困るだろ?」
ラティクスの言葉に、むー、とうなるフクロウビルシャナである。
「無理に笑うのは幸せじゃねえと思う。それは、逃げだと思う」
慶が言った。ゆっくり、一歩だけ、フクロウビルシャナへ近づきつつ。
「逃げ……?」
フクロウビルシャナが目を丸くする。
「ああ。嘘の笑顔じゃ幸せにはなれねえよ。辛いのはなくならない。今のお前が望んでるのは平和なんかじゃなくて、ただの逃げだ」
これから告げる言葉は。幼い彼女には、まだ難しい事かもしれない。それでも慶は意を決して、言葉を紡いだ。
「片山京子。平和と幸せを願うなら、お前は戦わなきゃならない。おかしいと思うことがあるなら、誤魔化したり鳥に身体を貸したりせずに、自分自身の力で戦うんだ」
「でも、戦うのって、良くないよ」
「お前の戦いは、お前が想像しているものとは、違う。誰かを救うために、誰かを笑顔にするためにする、辛いけど、尊くて、気高い戦いだ。そうしたら嬉しいときは本当の笑顔になれる。幸せに笑うことができる。そういう世界を作ることだって、出来るかもしれない」
フクロウビルシャナは、おろおろとした様子をみせる。慶は少しだけ笑った。
「難しいよな。でも、きっとわかる。お前は優しいから……そういう笑顔を望むこと、これからの京子にはできる筈だ」
「負けた子が何度も競争したがるのはどうして? それは楽しいから。笑顔になれるからですよ」
岳が続けた。
「頑張ろうって努力する事は、自分を成長させてくれます。競争は決して悪じゃないです。辛い事ばかりでは、無いんですよ」
フクロウビルシャナが俯いた。考え込んでいる様子だ。
「笑顔が幸せに繋がる。平穏な日々がとても大切。その気持ちは分かります。私達もそう思うからこそ、こうして戦っています。再び京子さんに笑顔になってもらう為に、です」
岳が微笑んで、続けた。
「もし自分の大切な友達や家族が傷つけられそうなら、京子さんは止めようとしませんか? 大切な人達の笑顔を護る。その覚悟と勇気は……貴女の戦いを始めるための勇気は、貴女の心の中でしっかりと輝いている筈です。どうか、それに気づいてください」
「悔しいと、楽しくないは、同じじゃなくてさ。悔しいけど楽しいってことも、あるんだよ」
萌花が言った。
「岳が言ってたけどさ。競争って、悪い事だけじゃないの。悔しいって泣いたことがバネになることもあるし、泣いても悲しんでも、その後絶対に笑顔になれないわけじゃないし」
フクロウビルシャナが、俯いていた顔をあげる。何かを言おうとする。それが、言葉にならない。
「いつも笑顔だったら、何が本当に楽しいのか、だんだんわかんなくなっちゃうよ。それより、悔しいこともあるけど、超楽しいこともあるって、泣いたり笑ったりするほうがよくない?」
「そうですのー。私など常に笑顔ですからー……自分で言うのも何ですけれど、怖かったでしょうー?」
フクロウビルシャナはうなづき……かけて踏みとどまった。流石に、怖かった、とは言いずらいらしい。
「うふふ。お優しいですのねー。でも、笑みがあれば穏やかとは限らずー、他者に安心を与えられるとも限らずー。むしろ恐れさせる事も多々あるものでー」
「まぁ、フラッタリーの例は極端だが」
陣内が続けた。
「確かに笑顔でいる事は素敵だ。でも、無理に笑顔でいると心や絆が壊れてしまうこともあるよ」
「壊れちゃう……?」
フクロウビルシャナの呟きに、
「そうさ。皆が笑顔を強制される世界って言うのは、つらい時につらいって言えない、苦しい世界だと思う。つらいときに「助けて」と言えれば、きっと誰かが駆けつけてくれる。――今の俺たちのようにね。俺は、最初に言ったよね? 助けに来たって。それは本当は、君が助けて、って言っていたからだ。君は「助けて」と言えない世界に、なってほしいかい?」
「ちがう! そうじゃないの。そうじゃ……」
フクロウビルシャナが――片山京子が、泣きそうな表情で言った。
「形だけの笑顔は作れる。でも本当の笑顔は、大切なものの為に戦って、勝ち取った時のものだ。だから皆、辛くても戦うんだよ」
ノルが優しく、声をかけた。
「それに、競争って言うか。一緒に何かするのも、たのしいんだ。俺もラティも、誰かと勝負しては負けてばっかりだけどさ。本気出すと悔しいけど楽しいんだ。いっぱい悔しがって、いっぱい笑おう。俺はその方が好きだな」
京子の瞳から、涙がこぼれた。
「わたし、わたし……間違ってた、の?」
「そうね。でも、これは悪い夢みたいなものよ」
瑛華が言った。
「少し目を閉じて。そうすれば、悪い夢はお終い。……目を覚ましたら、素敵な笑顔に、なれますように」
京子が目を閉じる。瑛華は微笑んで、京子に目覚めの一撃を放った。
●少女の夢
悪い夢は終わり。片山京子は少しの間眠りにつく。
フラッタリーはそんな彼女に膝枕をして、優しく頭を撫でた。
京子が目が覚めた時、待っているのは変わらぬ現実だ。
でも、その世界は、以前と違った風に見えるはずだ。
ケルベロス達の戦いと言葉が、1人の少女を救い。
そして少しだけ。大人にしたのだから。
作者:洗井落雲 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年3月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 6
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