菩薩累乗会~少年Aの秘めたる願い

作者:ほむらもやし

●壊れ行く日常
「どうしてマラソン大会なんてやるんだよ。足の速さの優劣なんて競わなくてもいいじゃん? 心肺機能の序列なんて作って、戦争でもおっぱじめるつもりかよ……」
 学年末恒例の行事を翌日に控えた、男子高校生——少年Aはベッドの上に仰向けに大の字になると、ズボンのベルトを緩めてから、大きくため息をついた。
「ほほう、素晴らしいです。それは大変優れた考えと言えます」
 ぽくぱこぽこ。木魚の如きリズムとともに、優しげな声がする。
「誰? 異世界からやって来た、……エッチな、のじゃロリさまなら大歓迎なんだけど……」
「ワシは『カムイカル法師』と申す者。素晴らしい、君の考えは、とても素晴らしいですよ」
 家具の影から現れたのは、少年Aが期待する、のじゃロリ巨乳ではなく、巨大なフクロウが袈裟を着たような異形であった。普通なら飛び起きて逃げ出しそうなものだが、既に不思議な力の影響を受けているのか、少年Aはそれを危険なものだとは思わない。
「そう、僕の考えは、世界平和の為になるんだ」
「その通りです! ずばりです。君の考えは、『闘争封殺絶対平和菩薩』の心そのものなのです。戦いや競争がなければ、人は心穏やかに生き、そして死に絶えることができるのです。それに思い至る君は素晴らしい、トレビアーンなのです!」
 一等なら将来の金メダル、民族の宝であるなどと称してもてはやすのは間違っていると断言し、ビルシャナは少年Aの劣等感に巧みに打ち消しながら、気持ちを盛り上げてゆく。
「なにそれ素晴らしい。足が遅いだけで民族の恥、穀潰しと罵られることも無いんだね。そして大好きなのじゃロリ子とも結ばれて、果てることが出来るんだ」
「『闘争封殺絶対平和菩薩』の教えを受け入れた、君はもう仲間です。きっと争いの無い平和な世界で、のじゃロリ子なる者とも巡り会うことができるでしょう」
「もちろん、巨乳だよね?」
「もちろんです! 胸が揺れては速く走れません。君は正しいです。……ですが、間も無くここに、戦争と競争の化身、暴虐たる覇道主義の権化ケルベロスが、やって来ます。奴らは君の愛する平和な世界を壊し、のじゃロリ子さんの口調を標準語に改変しようと目論んでいるのです。許せないでしょう。許せないですよね。ですから、ワシも君の為に戦いましょう。さらにもう一人、強力な援軍がいます——」
 そう言って、『カムイカル法師』が手招きをすると、輝きの軍勢が中の1体『輝きの鎌』と呼ばれる女性型のダモクレスが現れる。
「ケルベロスどもに目にもの見せてやるのじゃ!」

●ヘリポートにて
 ビルシャナが、強力な菩薩を多数出現させ、その力を利用して、連鎖的に更に強大な菩薩を出現させ、最終的には地球を菩薩の力で制圧しようとする『菩薩累乗会』なる作戦が進行していた。
 対策はまだ無い。
「同じような事件ばかりで、ごめんなさい。でも『菩薩累乗会』に関する新しい動きがあったから、聞いて欲しい」
 まず最初に『菩薩累乗会』を阻止する方法は、未だ不明で調査中あると、ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は正直に告げてから、本題に入る。
「今回、新たに活動が確認されたのは『闘争封殺絶対平和菩薩』とその配下たる『カムイカル法師』だ。この対処の為に逐次戦力を投入してしまうのは、誘われるままの消耗戦に巻き込まれている感じがするのだけど、今、『菩薩累乗会』の進行を遅らせるには、これしか出来ないんだ。僕にはどうしようもなくて、申し訳ないけれど、堪えて下さい!」
 ケンジは心底申し訳なさそうに頭を下げる。
 カムイカル法師は純粋に競争を望まない者、——怠惰から競争を避けようとする者の心に付け入る。
 現在、ビルシャナとなった少年Aは、『カムイカル法師』ダモクレスの『輝きの鎌』と共に自宅に留まっている。
「今からヘリオンで向かって、到着は午後5時頃になる。少年Aの部屋は二階だから、突入を一階からにするか二階にするかは決めて置いて欲しい。ただ玄関から訪ねてもドアを開けてくれる保証はない」
 尚、仕事に出ている両親は3時間ほど経たないと帰宅しない。大学生の姉も海外旅行中で不在であり、事件発生時現場となる家には少年Aがひとりだけだった。
「従って、戦うべき敵は、『カムイカル法師』とビルシャナとなった少年A、援軍として現れたダモクレスの『輝きの鎌』を加えて合計3体となる。『カムイカル法師』、ビルシャナ、『輝きの鎌』の3体撃破した上で、ビルシャナとなった少年Aを説得によって救出できれば最高の結果だろう。最低でもビルシャナか『カムイカル法師』どちらか1体を倒せば任務は成功とされるから、何を目指すかは現場で判断して欲しい」
 ビルシャナへの説得により一般人の狙う場合は『カムイカル法師』を先に倒さなければならない。『カムイカル法師』の存在により『闘争封殺絶対平和菩薩』の影響が強まっているからだ。そしてビルシャナを先に倒せば、『カムイカル法師』は必ず逃亡する。
 ダモクレス『輝きの鎌』は、おまけのようにも見えるが——要注意だ。
 雑魚とは言えないばかりか、『カムイカル法師』とビルシャナの2体を倒しても、最期まで戦おうとする。
 救助の為の説得については、先に知らされた情報は、多分ヒントになるだろう。
「戦闘手段は『カムイカル法師』は心に付け入る技に長けている。少年Aのビルシャナは一般的なビルシャナに準じるが戦いには慣れていない様子。『輝きの鎌』は強敵では無いが鎌を使いこなす手練れと感じだな」
 コードネーム『デウスエクス・ガンダーラ』。ビルシャナはそう呼称される。
 ビルシャナがデウスエクスであることを忘れ、侮るケルベロスが一部にいるとすれば、その認識は誤りだし、由々しき事態であると、ケンジは言う。
 もし油断や慢心があれば、説得どころか、1体も倒せず失敗する。
「マラソン大会をサボりたいと考えたことくらい誰にでもあるよね? そんな些細な怠惰を正当化しようとする、浅はかな理屈にまで介入して、ビルシャナと召喚融合させてしまうなんて、僕の理解を超えている」
 但し理屈が浅はかである分だけ、論破は難しくない。
 論破に至らなくとも少年Aが萌えるポイントを見極めれば、籠絡することも可能かも知れない。
 果たして、ケンジは丁寧に頭を下げた。
 そして、今から現場に向かってくれる者を募り始めた。


参加者
生明・穣(月草之青・e00256)
ロベリア・エカルラート(花言葉は悪意・e01329)
貴石・連(砂礫降る・e01343)
レベッカ・ハイドン(鎧装竜騎兵・e03392)
フォルトゥナ・コリス(運命の輪・e07602)
氷鏡・緋桜(矛盾を背負う緋き悪魔・e18103)
風陽射・錆次郎(戦うロボメディックさん・e34376)
ララ・フリージア(ヴァルキュリアのゴッドペインター・e44578)

■リプレイ

●玄関での攻防
「それはわざわざ確認しないといけないことなんじゃろうか?」
 あまりに、生明・穣(月草之青・e00256)が、心配そうな顔をしていたものだから、ララ・フリージア(ヴァルキュリアのゴッドペインター・e44578)は、言わずにはおれなくなってしまった。
「そんなものでしょうか?」
「まあ、いい年をした大人が、細かいことばかり気にするでない」
「……少し安心しました。ありがとう」
 わざとらしく顔を背けつつ玄関のドアに近づいて行く、ララを門の影から見遣り穣は微かに眉尻を下げる。
 数秒後。
 ピンポーン♪
 塀の影に身を隠していても聞こえる大きなチャイムの音。
 しかし、待ってみても応答は無かった。
「……変じゃのう、どうして返事がないのじゃ?」
 予知では少年Aはビルシャナになる前、ベッドに横になってベルトを緩めていた。年頃の男子のすることは思いつかぬわけではないが、想像はしないことにした。
 が、沈黙の時間が続くにつれて、塀のから様子を窺っていた、レベッカ・ハイドン(鎧装竜騎兵・e03392)の表情が険しくなって行く。
「なかなか反応がありませんね。ならば強行突入ということで良いですね?」
「オッケー、それじゃあ行くわよ!」
 レベッカの傍らに立つ、貴石・連(砂礫降る・e01343)が足を踏み込んで、玄関の方に突っ込んで行きそうな姿勢を見せたタイミングで、風陽射・錆次郎(戦うロボメディックさん・e34376)が慌てたような声を上げる。
「待って!」
「ん、何か気になることでもあるのですか?」
「もう少し様子を見ても良いんじゃない、だって、まだ2分も経ってないんだよ」
 強い視線を向けてくる、レベッカと連に対し、錆次郎はもじもじとしながらではあるが確りと返す。
「そうね、確かに少しせっかちだったかも。ドラマでも様子くらい確認しますよね」
「うん、じゃあ、私は空から家の周りを見てみましょう」
 相変わらず家の中からの反応は無いように見えたので、レベッカは空に飛び上がる。
「それじゃあ、また鳴らしてみるかの。取り込み中だったかもしれぬしの」
 と言うわけで、ララは再び呼び鈴のボタンを押した。
 その頃レベッカは少年宅の上空20メートルほどを緩やかな円弧を描く要領で旋回していた。
(「迂闊に窓に近づいて、気付かれるのだけは避けたいですね」)
 遠目にも分かることと言えば、家中のカーテンが閉じられていることぐらい。とは言え、カーテンを開けっ放しにして中を丸見えにする家の方が珍しい。
「ふー。やはり普通に呼び出してもダメじゃのぅ」
 何をすればアピール出来るのか、具体的な手立てを思いつかないまま、ララは繰り返し呼び鈴を鳴らした。
 時間にすれば、5分ほどだったが、かなりの回数を鳴らした。
 そしてあまりのしつこさに、居留守を決めていたビルシャナは折れた。
「すみません。手が離せません。どちらさまでしょうか?」
「わらわは魔法王国アスガルドの皇女ララ・フリージアなるぞ、いまは異世界の姫じゃが、おぬしとは前世から結ばれる宿縁じゃ、だから迎えに来た、はよう此処を開けてくれんかのう」
 ドアの向こう側で吹き出して笑うような声がする。
 塀の影で聞き耳を立てていた、ロベリア・エカルラート(花言葉は悪意・e01329)の額に汗が滲む。
「べたな設定ねえ……もうちょっとなんとかならなかったのかな?」
 演劇好きで、なおかつ脚本を作るのにも長けたロベリアであればもっと真に迫った設定が作れたかも知れないが、今となっては後の祭り。
「あまり触れないでおきましょう。黒歴史になったら可哀想ですし――」
 鍵の外れる音がしたので、穣は言いかけた言葉を飲み込み、ララはドアを開けるようにと急かす。
「うわあ、本当にあるんだ。こういう展開!」
 で、開いた玄関の中には、ビルシャナと『輝きの鎌』と呼ばれる女性型のダモクレスが居た。
「……おぬしらは、そこで何をやっておるのじゃ?」
「ええい、それはこっちのセリフじゃ。おぬしがケルベロスの手先と言うことは、とっくに分かっておるのじゃ!」

●やりにくい戦い
「死ぬのじゃー」
 ダモクレスは恋敵でも見るかのような形相で、大鎌を翳して突っ込んで来る。ララが「斬られる」と覚悟した瞬間、空から降りてきた黒い影が前に立ちはだかる。
「はあっ!」
 直後、後方に広げた羽でバランスを取ると、黒い影——レベッカはダモクレスの鎌刃を斜めに受け流した。
「危ないところでしたね」
 手短に言うと同時、身につけた装備のそこかしこから噴き出した蒸気が、自身を癒やし盾の加護をも発動する。
「少年Aさん。誤解しないで! 私たちケルベロスは、『のじゃ口調』を標準語に改変しようなんて考えてませんよ!」
「えっ? そうなのか。だけど、僕には栄一って名前があるんだ」
 ララを指さしながら、フォルトゥナ・コリス(運命の輪・e07602)が的確なツッコミを繰り出すと、ビルシャナの心は揺らぐ。だが今はまだ『闘争封殺絶対平和菩薩』の影響が強すぎる。
「どうやら、少年を救うには、カムイカル法師、あんたを倒さないといけないようだな。無闇に命を奪うのは本意ではないが……倒させてもらう」
 言い放つ刹那に、氷鏡・緋桜(矛盾を背負う緋き悪魔・e18103)の背後に赤い角錘状の結晶体が6本、現れて消えた。次の瞬間、結晶消滅のエネルギーを推進力と換え、緋桜は必殺パンチを放つ。
「おぬしの思い通りににはさせぬのじゃ……」
 しかしパンチはカムイカル法師ではなく、割り込んできたダモクレスを打ち据えた。
「のじゃ子!!」
 仲間を失いたく無い。ビルシャナの叫びが飛ぶ中、轟音を立てながら壁を破って吹っ飛ぶダモクレス。絶好機を逃さずに、ロベリア・エカルラート(花言葉は悪意・e01329)は地を蹴り込んで跳び、一挙にその間合いに飛び込んだ。
「燃え滾れ私の地獄。ロバ耳王の呪いはこの手の中に……さあ。溶けろ、沸き立て! 切り刻め!」
 変幻自在の黄金の剣から繰り出される灼熱の連続斬撃にダモクレスの白銀の身体は床に落とした豆腐の如くにバラバラに砕け散って、消えて行く。
「悲しんでいる暇は無いですよ。早くケルベロスをやっつけましょう、シルブプレ!」
 カムイカル法師は注意を促すように声を上げると、左の翼から風を起こした。風は渦巻き、壊れた家具や瓦礫を取り込んで暴虐の嵐と変わり、間も無く、レベッカ、ロベリア、緋桜、そしてサーヴァントたちに襲いかかる。
「今、癒やすよ——」
 身体を銀色に輝かせた、錆次郎の声が上がる。数百万の蛍が一斉に飛び上がったかの如き、オウガメタルの光の乱舞は、刹那、現実離れした幻想的な光景を現出させると共に、莫大な癒やしをもたらした。
 ビルシャナとなった少年——栄一君の説得が上手く行くかは不安だったが、カムイカル法師を倒さなければ、作戦は先に進まない。穣は後の方でビルシャナを煽っているカムイカル法師に狙いを定める。
「消えぬ炎は怨嗟の色」
 次の瞬間、空間が衝撃で揺らぎ、カムイカル法師の身体から青い炎が立ち昇った。
 ウイングキャット『藍華』が飛び行き、翼から癒やしと清らかな気配を振りまいて行く。
 想定して居なかった早い展開、命中力には不安はあるが、今は叩き込むしかない。連は軽い身のこなしでビルシャナの横を抜けると、茶の双眸を厳しく細めて、狙い定めると、電光石火の蹴りを叩きつける。瞬間、右足に篭められた魔法の力は急所を貫いて体内を駆け巡り、パラライズに冒されたカムイカル法師の足元が微妙に揺らぐ、そこにララの放った竜砲弾が直撃して、大爆発を起こす。
「……べつにおぬしを無視しておるわけじゃないからの、必ず助けてやるからの、もうちょっと待たれよ」
「そんなこと言って、おまえだって僕を殺すつもりなんだろう?」
 ララはドラゴニックハンマーをくるりと回して持ち直すと、やけに寂しそうなビルシャナの声に耳を傾けた。
「何度言えば分かって貰えるんじゃろうか? おぬしは今、都合の良い教義にそそのか——」
 ビルシャナと目が合って、しまったと気付いた時にはもう、意識が朦朧として、綿菓子の地面の上に降り立ったようなふわふわとした感覚が襲いかかって来ていて、ララは催眠に落ちたことを知る。
 一方、護り手を失ったカムイカル法師はと言えば、一方的に打たれるような状況になっていた。
 レベッカのフォートレスキャノン、緋桜のストラグルヴァインを立て続けに受ければ、もはやビルシャナの力も当てに出来ないと見たのか、傷口に焼け焦げた袈裟が張り付いたままの姿で、世界平和について語り始める。
「言っていることやっていることが違うよね」
 感情を込めずに指摘してから、ロベリアは黄金の剣を乱舞させる。さらに背後に出現した、ビハインド『イリス』が背中側にも強烈な一撃を叩きつけた。連続する攻撃に為す術も無く曝されたカムイカル法師の巨体からは血が噴き出し、まるで満開を迎えた紅梅の如く。その禍々しいまでの艶やかな赤に一瞬目を奪われそうになった、連はその一瞬に手を結晶化させて、全身のバネを乗せるようにして突き出す。
「我が前に塞がりしもの、地の呪いをその身に受けよ!」
 次の瞬間、拳は血に濡れた巨躯を打ち据えて、その全身を赤い結晶で覆い尽くす。だが、まだ倒れない。
 そこに振り上げた手に光輝く槍を持って、フォルトゥナが突っ込んで来る。血に濡れた床で足を滑らせて、意思とは違った勢いを乗せて手を離れる槍。
「もうどうにでもな〜れ!」
 世界の理に全てを委ねたが如き、無意志から放たれた槍はカムイカル法師を貫いた。直後、傷を覆う赤い結晶は砕け散り、巨躯は大輪の牡丹の花が崩れ落ちるようにして、消滅した。

●説得
 ビルシャナの生殺与奪を握ったケルベロスたちは元の少年に戻すべく説得を開始する。
「えーっとそれじゃあ行くね……、マラソン大会、一日走るだけだし、それくらい我慢すればいいんじゃない? 私は余り好きじゃないけど……うん」
 カムイカル法師を倒し、『闘争封殺絶対平和菩薩』の影響は消えているものの、既にビルシャナになった者への説得の難しさや不安を感じながらも、フォルトゥナは、まず助けたい気持ちを伝えようとした。
 急に攻撃の手が緩められたことに、ビルシャナは首を傾げる。そしてララが言葉を繋ぐ。
「我慢して走るなど御免じゃ。じゃからかもしれぬが、わらわはそんなマラソンで走りきれるのはかっこいいと思うのぅ。練習して早くなれば、みなにもてるじゃろうし、女子はそういうかっこいい姿に目が無いのじゃ。理想が高ければ高いほどそなたの能力も高くなくてはのぅ」
「能力ですか?」
 嗜好的に、かなりストライクなララの言葉に心を揺さぶられるが、能力だけで言えばデウスエクスの方がずっと高い、などという雑念がビルシャナの内に湧いた。
「まあ、人間なら足の遅いのはどうしようもないでしょうし。他にいい部分があればその面で惹かれる人もいます。——だが人間ですらない鳥に惹かれると思ってるんですか?!」
 そんな少年の心の内を見透かしたように、「のじゃロリにも見た目で相手を選ぶ権利がありますからね」と、レベッカはきつい一言を見舞う。そこに、穣がスマホの画面に映したライブ映像、ビルシャナ——現在の少年の姿を見せつけた。
「たった一日の苦しみの為に全世界の、のじゃロリさんと君の未来を全て捧げて良いのですか? 法師の言葉通りなら、のじゃロリさんもこの姿になるのですよ」
 ビルシャナは多少衝撃を受けたようだった。
 だが心の底から人間に戻りたい。と思い切るには何かが足りない。
 少年の思考を紐解けばビルシャナ化の直接の切っ掛けはマラソン大会で不愉快な思いをしたくないということ。が、少し想像を進めれば、キツさだけでは無く、集団から離れて一人で下位付近を走らねばならない、孤独さや惨めさが不愉快の主因とも言える。そこに予知で示された家庭状況を重ねてみれば、少年が孤独な状況にあることが分かる。
「嫌いなことから逃げるな、なんて言わないけどさ。ビルシャナになったキミは全てのしがらみから自由になって、それで幸せになれるのかい?」
 ロベリアは問いかける。
 ビルシャナは顔を下げたまま、万感が頭の中を巡り、答えることが出来ない。
 先生が言っていた。自由が実感できるのは不自由や制約があるからだと。重力が無ければ、地を踏むことも出来ない。走り、或いは立ち止まる自由は重力という制約があるから実在する。
 ——ビルシャナの最終目的とは全ての境目を無くして、世界を白紙にすることなのか?
 母の胎内にいるような、温かなビルシャナの心の中のイメージに疑念による亀裂が走った。
「別に、ビリでも良いじゃ無いか。マラソンしか勝てない奴も居るんだ。付き合ってやれよ。その代わり君は自分の得意分野で勝てば良いんだ。世の中持ちつ持たれつだ。そうやって上手く回っている。つまり戦うことを放棄するということは生き方を放棄するということだ」
 畳みかけるように、緋桜が己の思いをぶつけると、黙したままのビルシャナの心の中で亀裂は樹木が枝を伸ばすように急速に広がり始める。
「そろそろ帰っておいでよ。人は、己にある物をないがしろにして、自分にない物をほしがるって言うけど、君がしてきた勉強や、君の仲の良い友だち、出会うかも知れない理想の彼女を捨て去るつもりなの?」
 錆次郎は確りと告げると、後の方に押し出されそうになっていた、ララの背中を軽く押して、ビルシャナの前に立たせてあげた。
「どういうつもりじゃ?」
 ビルシャナの視界に再びララの姿が入ってくると同時、心の中に誰か分からない声が響いてくるように感じた。
 ——少年よ。手荒な呼びかけは詫びます。しかし世界を救うには争いをやめてひとつにならねばならないのです。
 あなたは誰?
 が、ビルシャナの心の中の声を遮るように、連の言葉が飛び込んで来る。
「目標とする誰か。打ち克つべき弱い自分。そうしたものを乗り越えた時、人は達成感という喜びを得るわ。安楽な怠惰に身を浸していても、そこに成長はない! それに、もし、のじゃロリ子さんと出会った時に恋敵がいたら、すんなり身を引くの? そうじゃないでしょう? 彼女の心を射止めるために戦わなきゃ!」
「否! おまえらにあるのは予定だけだ。だから、僕は、僕の為に、僕を大事と言ってくれた、お姉さんを、お兄さんを、ケルベロスたちを信じたい!」
 叫びと共に、ビルシャナ姿の少年は自分で未来を切り拓く人の世界で生きて行きたいと、心の底から願った。
 異形の身体からは無数の光の粒が飛び出して、広がる閃光はあらゆる物を白い闇で覆い尽くした。
 数秒後、光は消え、後には人間の姿にもどった少年が倒れ伏し、寝息を立てていた。

作者:ほむらもやし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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