菩薩累乗会~ハコの中の平和

作者:廉内球

「そうだ……人と人が出会うから争いになるんだ。生まれてから死ぬまでずっと個室で生きていく環境を作れば、争いなんて無くなるんじゃないか!」
 おじさんと呼ばれるようになって久しいこの男(独身)は争いが嫌いだ。なぜなら彼は常に敗者だった。成績は中の下、受験は落ち、恋は実らず、就職も失敗。それら全てに競争が、平和と真逆の概念が横たわっていた。
「全人類を収容する個室を作ろう、労働とかは全部機械がやればいい!」
 ポクポクポクポク。
 拍手の代わりに贈られたのは木魚の音だ。男が振り返れば、そこいたのは巨大なフクロウ。それはカムイカル法師と名乗った。
「素晴らしい。争いを嫌うその思いは闘争封殺絶対平和菩薩の教えに通じるところがある。争いをなくし、平和の中で死に絶える世を作るのだ」
 カムイカル法師はすっと窓の外を見る。
「すぐにケルベロスがやって来るだろう。奴らは闘争の権化、平和の敵。闘争封殺絶対平和菩薩の教えに導かれたワシと、恵縁耶悌菩薩の呼びかけに応えたこの者も、お前を守る。平和の敵を倒すのだ」
 音もなく着地し、現れた一体のダモクレス。
「おおありがとう! さあ、共に平和のために戦おう!」
 そうして男は、ビルシャナに成り果てた。

 バインダーを手にヘリポートで待ってたアレス・ランディス(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0088)の表情は硬い。
「近頃ビルシャナが実行している『菩薩累乗会』だが、新たな菩薩の配下が動き出した」
 強力なビルシャナである菩薩を地上に呼び出し、その力でさらに協力な菩薩を出現させ、最後には世界を制圧する。そんな恐ろしい作戦が展開されている。
「阻止する方法は未だ不明だ。今できるのは、個別の事件に対処し作戦の進行を食い止めることだけだ」
 今回予知されたのは、『闘争封殺絶対平和菩薩』の活動だ。平和を求める人間をビルシャナ化させ、生存に必要な最低限の争いすら否定することで人類を滅亡に追い込む力を持つ恐ろしい菩薩である。配下を遣わし、被害者をビルシャナにした後は自宅に籠りケルベロスを迎撃するつもりだという。
「被害者の男も、世界平和を願っているが……やり方に少しばかり問題があってな」
 それでも、ケルベロス達が倒されれば、絶対正義である『平和』の名の下に人類を破滅に導く教義が世界中に広がってしまう恐れがある。それは防がなくてはならない。
「被害者が唱える教義は、生まれてから死ぬまで誰とも会わずに一つの部屋で過ごせば、争いは発生し得ない、というものだ」
 人間同士に争いが起きるなら、物理的に一生隔離してしまうべしという教え。しかも厄介なことに、被害者を説得するためには教義の問題点をきちんと指摘し、本当に平和を望むのであればどうするべきかを示すことが必要になる。
「どうあれ、一緒にいるカムイカル法師を先に倒さなくては説得も出来ん。輝きの軍勢を名乗るダモクレスも同じ部屋にいるが、こちらは必ずしも倒す必要はない」
 目的はあくまで、ビルシャナの活動を阻止することだ。
「場所は被害者の自宅だ。一人暮らしで、広さは心配ない」
 カムイカル法師の後光は阿頼耶識に似た性質のグラビティを放つ。また被害者の平和ビルシャナは接触を拒むオーラを纏っている。輝きの軍勢の一員、ダモクレス『輝きの鎌』の技は、見た目通り簒奪者の鎌に似るという。
「人生、戦わねばならん場面もある。競争や戦いは、悪いことばかりではないと俺は思うが」
 人と衝突しないことだけが、本当の平和なのか。第二次大侵略期を今日まで戦い抜き、これからも戦い続けるであろうケルベロス達に、一つの問いが投げかけられた。


参加者
四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)
ヒメ・シェナンドアー(白刃・e12330)
ハインツ・エクハルト(光を背負う者・e12606)
東雲・菜々乃(のんびり猫さん・e18447)
レイラ・ゴルィニシチェ(双宵謡・e37747)
ルナ・ゴルィニシチェ(双弓謡・e37748)
アルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の弾丸・e39784)
本屋・辰典(断腕・e44422)

■リプレイ

●ハコの中の戦い
 突入したケルベロス達を待ち受けていたのは、一体のダモクレスと二体のビルシャナ。予知通りだ。
「来たなケルベロスめ! ゆけ、このハコを守れ!」
 被害者であるビルシャナが羽根先をケルベロスに向けると、輝きの鎌が動き出す。
「ミンナで帰んのがモクヒョーだよ、リラ」
「うん、がんばっちゃお、ルナ」
 ルナ・ゴルィニシチェ(双弓謡・e37748)とレイラ・ゴルィニシチェ(双宵謡・e37747)がそれぞれ前衛と後衛の強化を進める中、双子の足下をこれまた双子のようなボクスドラゴンが駆け抜け、光と闇の守りをケルベロス達に与えていく。
「牽制は任せてくれ」
 アルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の弾丸・e39784)が先んじてドラゴニックハンマーの砲門をカムイカル法師に向け、放つ。四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)もまた、親友であるヒメ・シェナンドアー(白刃・e12330)に頷きかけてカムイカル法師に蹴りかかった。その瞳は静かな闘志を赤く宿している。
「ええい返り討ちにしてくれる! やれ!」
「あなたの相手は俺ですよ」
 本屋・辰典(断腕・e44422)もまた、アルシエルと同様にドラゴニックハンマーを構える。まずは牽制し、足を止める。ずっしりとした鈍銀色の鎧と砲撃形態のハンマーは大砲にも似て重い一撃を撃ち出した。
「……」
 ビルシャナを気にもとめず、輝きの鎌はその鎌を投げる。回転しながら飛ぶ刃の先にはルナがいたが、彼女に到達する前に、割り込んだのはハインツ・エクハルト(光を背負う者・e12606)だ。
「させないぜ! チビ助!」
 ハインツは相棒のオルトロスを呼ぶ。ふわふわと可愛い犬が、剣をくわえてダモクレスを翻弄する間に、ハインツは自らの傷を癒やしつつ、オウガメタルを用いてヒメらの集中を研ぎ澄ませる。
 守りを固めるケルベロスの攻撃ペースはやや遅い。それゆえに、輝きの鎌には油断が生まれた。気がつけば、ビルシャナ二体の支援を受けたダモクレスが主火力となってケルベロスを打ち倒すという彼らの布陣が崩れている。前衛に立つ輝きの鎌の消耗が回復されず、ビルシャナが自身の回復に腐心する羽目に陥っているのだ。
「ふむ、やむを得ぬ闘争ですが……これはきりが無い」
 カムイカル法師が破剣の力を与えれば、千里やレイラらが砕いていく。ハコビルシャナも辰典のグラビティがもたらす炎を消すのに必死で、ダモクレスどころではない。
 無音のうちに、ヒメが刀の先から黒影弾を放つ。過つことなくダモクレスの白い装甲を穿った弾が、その奥の機械部位を蝕んでいく。
 そこに、東雲・菜々乃(のんびり猫さん・e18447)のウイングキャット 、プリンが尻尾のリングを飛ばす。追いかけて菜々乃が輝きの鎌にとびかかり、その頭部に相当する部位を蹴り飛ばした。おそらくダモクレスの視界には、流れ星が降っているに違いないと菜々乃は確信する。
 ケルベロスたちの攻撃は続き……結果として。まずはダモクレスの残骸が、ハコの中に転がることとなった。

●手を取り合うということ
「尊い平和を破壊する、暴虐なるケルベロス。許すまじ」
 木魚の音と共に、カムイカル法師の後光の光が強まっていく。極限まで高まった後光は光線をレイラに照射するが、チェニャがその光を受け主人を守る。
「アリガト、チェニャ」
 消えた盾の守りを再び展開するレイラ。リングのエネルギーに、チェニャの闇の属性が絡み合い、一度は打ち消された防護を修繕していく。
「オッケー、回復するよ!」
 ルナが気力をチェニャに送り込むのを見届けて、ヴィズは攻撃に転じる。光のブレスがカムイカル法師を包み込んでいく。
「は、早くケルベロスを倒してくれ!」
 ビルシャナが叫ぶ。傷の割に随分と焦燥しているのは、体のしびれで回復を中断してしまったせいだろうと辰典は推測した。あるいは、危険や失敗に対して過剰反応してしまう性格なのかもしれないが、ともかく。
「そうはいきませんよ」
 繰り出すは鋭い突き。槍の穂先に霊力を宿し、その衝撃でさらに動きを阻害する。
「攻撃のチャンスですね」
 菜々乃は縛霊手を装着した腕を振り上げ、カムイカル法師を強かに殴りつけた。途端、縛霊手から光が伸び、そのフクロウの体を拘束する。好機とみたプリンがその爪でひっかくと、破剣の加護ごとビルシャナを切り裂いた。
「あと一息、だね……」
 ここまで一貫してカムイカル法師を狙い続けたアルシエルが、手のひらから竜の幻影を生み出す。輝きの鎌が倒れ、ケルベロス達の狙いがカムイカル法師に向けられた結果、同じ時間で与える損傷は比にならないほど多くなった。長く孤独だったアルシエルさえ、心の高ぶりを感じる。その源が信頼か打算かは、彼自身にも分からない。
 突如として地獄の瘴気があたりを包み込む。その源はオルトロスのチビ助だ。
「よし、今だぜ! トイ、トイ、トイ!!」
 ハインツのおまじない、激励の鬨《蔦》(ゲキレイノトキ・ランケ) 。ケルベロスを傷つけない瘴気の中で、黄金の蔦がぼんやりと輝きながら伸び、ヒメの傷を癒やしていく。
「分かった、任せて」
 援護を受けたヒメが、二振りの斬霊刀【緋雨】【緑麗】の柄に手をかける。しかし彼女は動かない。待っているのだ、友の援護を。
「残念……もう躱せない……千鬼流 壱ノ型(センキリュウイチノカタ)」
 言うと同時に、千里の【妖刀”千鬼”】から鏡のような斬撃が放たれる。反発し合うグラビティは光すらも跳ね返し、カムイカル法師に迫っていく。鏡面の刃はカムイカル法師の足を抉った。
 その瞬間、ヒメが動く。紅の剣(クレナイノツルギ) は必殺なれど、命中に難があるのは自覚していた。だから友の助けを借りる。一人なら成しえないことも、二人でならできる。
「――捉えた」
 床に赤が散り、ヒメの真白いケルベロスコートにもまた赤が返る。そしてそれらは、やがて光となって消滅した。
 カムイカル法師、撃破。

●争いは何の為に
 戦場にデウスエクスはハコビルシャナのみ。邪魔者はおらず、ケルベロス達は各々傷つきつつも、未だ誰も倒れてはいない。ケルベロス達は体勢を立て直しつつ、ビルシャナの説得にかかる。
 ダモクレスの残骸を前に狼狽するビルシャナに、菜々乃はため息をつく。今なら日曜日の朝の番組のように、思いっきり飛び蹴りしても大丈夫な気がした。
「個室に籠りっきりは魅力的な考えですが、その様子では何日ももたないでしょうね」
 自宅警備員たる彼女にとって、自宅は最重要拠点と言っても過言ではない。されど、『部屋に籠れど己に籠らず』が彼女のプライドだ。
「外にも楽しいものはいっぱいあります。それに全部機械任せは無理です」
 その機械は誰が作り、整備し、修理するのか。ふわり、邪気を払う清浄なる風がプリンの翼から生まれる。ケルベロスのヒールがあれば機能は取り戻せるかもしれないが、あくまで修繕であり新たな創造ではない。いずれ、限界はくると菜々乃は指摘している。
 辰典はオウガメタルを拳に纏い、思いっきりビルシャナを殴りつける。
「守る人も連携もなくてはデウスエクスの良い狩場。そのハコとやらも、平和と逆の恐ろしい棺桶になってしまいませんか」
 辰典の言葉はもっともだ。もしビルシャナが一人だったら、もっと早く決着がついていたはずだ。一人きりでは救援も望めなかったに違いない。だが。
「他のデウスエクスにも会わずにすむようにすればいいんだ! お前たちも消えろ! 出て行け!」
 やぶれかぶれのビルシャナの一撃はヒメに向く。ハインツがとっさに割って入ろうとしたが、ヒメは片手でそれを制し、真正面からその拳を受け止めた。
「争いを無くすためなら他人を排除するの?」
 ヒメは静かに問う。揺るぎなく、感情の読めない鳥の瞳を、まっすぐに見据える。
「それは……暴力と何も変わらない」
 千里が引き継ぎ、ドラゴニックハンマーの砲火を浴びせた。その残り火を切り裂いて、ヒメは斬霊刀でなぎ払う。
「暴力ではない、孤独とは平和なんだ!」
「誰にも会わずに一人で生きんの? ツマンナイ人生」
「たのしみなく生きるって死んでるのとおなじじゃん?」
 とてもよく似た二つの声が、ビルシャナの主張に重なる。レイラとルナ、二人並べば左右対称、明らかな違いはレイラの指先を飾る桜色のネイルアート。二人は同じ笑顔でにこっと笑う。
「「双子座のみちびき、感じてみ?」」
 レイラとルナが手を取り合い、くるくると回転する。ヒメの傷を癒やすべく、生まれるは二つの癒やし。双子が放つ双子のようなグラビティ。一人の力で癒やし切れない傷であっても、二人ならば効果は二倍。さらに二人のボクスドラゴンが体当たりする。攻め手もまた、完璧に息のあった連続攻撃だ。
「あなたが恐れているのは争いそのものじゃない。競争に負け続け希望を失うことだ」
 ハインツは指摘する。何か一つでも、自信を持てることがありさえすれば、この事件は起きなかっただろうか。
「チビ助!」
 ハインツの声にオルトロスが応える。チビ助はくわえた剣でビルシャナを激しく切り刻み、その注意を引く。主人の邪魔をさせないように。その様子を見守りながら、ハインツは手の中の爆破スイッチを押した。ケルベロス達の背後で爆発が起こり、その大きな音は敵に恐怖を、味方に勇気を与える。
「私から言えることは少ないけれど」
 アルシエルはバスターライフルの銃口をぴたりとビルシャナに向ける。ハインツの支援を受けた今なら、普段以上の出力を期待できそうな気がしてくる。それもまた、一人きりでは生まれなかった力だ。
「人と関わることで、私は変わったと思う。良いことか悪いことかは分からないけど、少なくとも「勝ち負け」ではない」
 祈りを込めて引き金を引く。彼が逃げ出さないように。変化を受け入れられるように。光線が吸い込まれるようにビルシャナに向かっていった。

●ハコの外の平和
 決着は付こうとしていた。ケルベロス達の様子をルナは気にかける。説得しきれないなら仲間の安全が優先、だがその段階にはまだ至っていない。
「争いをなくすのはムズカシーかもだけど、すくなくしてスキなものをダイジにできる世界はつくれんじゃない?」
 ルナは言う。事実、この場に集ったケルベロスの多くは、戦いそのものを好んでいるわけではなかった。それでも武器を取るのは、愛する者を、この地球に生きる人々を守るためだ。彼女の言葉通り、『好きなものを大事にできる世界』のための戦いといえる。
「ケンカしてこそ、だと思うけどな」
 レイラがぽつりと言う。雨降って地固まるように、争いを経て強固になる絆もある。
「そうね。争いや戦いは手段の一つで、それが目的になるのなら確かに危険だけど、本当に大事なのはその後じゃないかな」
 争いの後には、教訓も生まれる。失うものもあるだろうが、戦いから何を得られるかということこそ大切だと、ヒメは考える。
「平和を実現したいならば、大事なのは異なる考えを受け入れる事……理解しあうという事ではないだろうか……」
「無理だ……そんなことできっこない!」
 ビルシャナが叫ぶ。厳しい道のりであることは、千里自身も分かっている。平和に至ったとして、維持も難しいと知っている。だが、願うならば努力せねばならない。
「いろいろな事に成功するのも怠惰な生活を送るのも自ら手に入れる努力をしないといけないのです」
 菜々乃は人差し指を立てる。怠惰のための努力。一見矛盾しているが、本当に何もしない人間に真の幸福は訪れないのだ。
「暗闇の中で希望を探すのは難しいけど、そんな時こそ誰かに助けを求めたっていいんだぜ」
 ハインツが手を伸ばす。ビルシャナが、被害者となった男がその手を取ってくれることを期待して。困難を前に結束するということを、思い出してくれると信じて。
「誰かと乗り越えたりぐだぐだするのもきっと平和のうちですよ……終わったら焼肉、いかがです?」
 無表情な鳥の顔に、否定するでもない色を見抜いた辰典は、炎を纏ったローラーシューズで蹴りつける。瞬間的に激しい炎が上がり、それが消えると、あとには一人の男が残される。
 その様子を、アルシエルは静かに見つめていた。
 かくして、ハコは破られた。菩薩累乗会を阻止するための戦いはまだ続いていく。それは地球を、そこに生きる人々を守るための戦い。その先に何を見いだすかは、ケルベロス次第だ。

作者:廉内球 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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