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「こ、これだ!」
医者を志す青年は、ロボトミーなど、精神外科に関する資料を読みあさっている最中に、天啓を得た。
「昔から、どうして人が争い合うのかが不思議で仕方が無かった! 戦争、殺し合いが始まれば、その尻ぬぐいをさせられるのが僕の目指す医者だ! でも――」
精神外科は、そのすべてを解決してくれる。問題行動や気性が荒かった人間が、まるで借りてきた猫のように大人しくなったという実証の数々。
「争いを、平和を真に志すなら、これしかない! 精神外科を一部の人間にのみ施すから異様に感じてしまうんだ! 例外なくすべての人間の脳の一部をあらかじめ切除してしまえば!」
一切の争いのない、静謐なる世界が生まれるだろう。少なくとも、今よりは余程マシになるはずだ。
根拠なき確信を得る青年。本来ならば、誰かに「何を馬鹿な事を……」そんな風に呆れられたり、叱られれば終わる程度の事案。
しかし!
「素晴らしいですな」
背後から青年に向けてかけられたのは、少し嗄れた声。加え、ポクポクという独特の音が耳に入る。
ハッとして青年が振り返れば、そこにいたのは木魚を叩く猛禽類――フクロウに似た――の姿があった。
自身を『カムイカル法師』と名乗った彼は、徐に口を開く。
「君の考えは、闘争封殺絶対平和菩薩の心に通じるものがあります。戦いや競争がなければ、人は戦う事も競争する事もなくなり、心穏やかに生きそして死に絶える事ができるのです。さぁ、闘争封殺絶対平和菩薩の教えを受け入れ、共に戦争と競争の化身、暴虐たるケルベロス達を迎え撃ちましょう」
「おお! 僕と同じ未来を目指す方が他にも! 平和のため、人類最後の戦いを始めましょう! 恒久平和のためなら、僕は自分の命すら惜しくはない!」
カムイカル法師は、ほんの妄想に過ぎなかった青年の主張に加護を与え、実現可能であると思い込ませた。どんどん熱を帯びていく少年の身体は、やがて羽毛に覆われ、ビルシャナへ……。
カムイカル法師は満足そうに笑い、言う。
「おそらくすぐに、ケルベロスが襲撃してくるでしょう。ケルベロスこそ、平和の敵、必ず打ち倒さねばならない、悪の権化なのです。勿論、闘争封殺絶対平和菩薩の配下であるワシと、恵縁耶悌菩薩の呼びかけに応えて強力してくれた、この者もお前を守るだろう」
いつの間にか、その場には輝く女形の戦士――ダモクレスの姿もあった。
更けいく夜に、カムイカル法師の「ほっほっほ」という笑いが、いつまでも木霊していく。
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「……青年さんは、ディストピアでも作る気なのでしょうか? しかし、まずは――」
集まって頂きありがとうございます。山栄・桔梗(シャドウエルフのヘリオライダー・en0233)は、ケルベロス達に軽く一礼を。
「早速で申し訳ないのですが、事件の詳細について説明させて頂こうと思います。予知で判明したのは、ビルシャナが企てている恐ろしい作戦『菩薩累乗会』……その計画に関連する菩薩と配下が、新たに出現しました」
『菩薩累乗会』とは、強大な菩薩を地上に出現させ、出現させた菩薩の力を元に、更に強力な菩薩を出現させ続け、やがては地球を菩薩の力を覆い尽くしてしまおうというものだ。
現状阻止する手立てが判明しておらず、進行を食い止めることで対応している訳だが。
「その新たな菩薩とは、『闘争封殺絶対平和菩薩』。世界平和や競争の無い世界を求める人間を標的にし、人間の生存本能まで無くさせて人類を滅亡させようとする、恐ろしい菩薩です」
被害者となった青年は、多少歪んでいる面はあるようだが、世界平和や競争の無い世界を純粋に求めている。その結果どうなるかについては、考えが及んではいないようだが……。
「また、青年は恒久的完全平和の為、ケルベロスである皆さんを撃破しなければならないと、カムイカル法師によって刷り込まれています。ケルベロスの皆さんが目指す場所を考えると、青年の行動は矛盾していると言う他ありませんが……」
遭遇すれば、問答無用で襲い掛かってくると考えてもらいたい。
「現在青年とカムイカル法師は、青年の暮らすアパートにて潜伏しており、皆さんの襲撃を待ち構えています。仮にこの戦闘で皆さんが敗れれば、平和を掲げながらも人類を滅亡に追い込む教義が急速に蔓延してしまう事態となりますので、絶対に負ける訳にはいきません!」
とはいえ、敵はカムイカル法師にビルシャナ化した青年、それに加えて輝きの華と名乗るダモクレス……計3体を同時に相手取らねばならない。
「青年を先に撃破した場合、カムイカル法師は撤退すると予想されます。逆に、カムイカル法師を先に撃破か撤退に追い込んだ場合は、闘争封殺絶対平和菩薩の影響力が薄れ、青年の救出も視野に入れることができるので、ご検討をお願いします」
当然、救出を目指す場合は作戦の難度も高くなる。
しかも、輝きの華も決して軽視できる相手ではないようだ。
「輝きの華は、皆さんを撃破する事が最優先事項であり、より撃破の確率を高めるためにビルシャナ勢力へ手を貸しているようです。ですので、輝きの華に関しては、撤退の可能性はないものとお考えください」
そこまで一息に説明した桔梗が、息を吐く。
「確かに無益な争いはやめるべきだと私も思います。でも、だからといって青年さんが考えているような方法を用いるのは、決して同意はできません。青年さんは、まだお医者様の卵。これから経験を積んでいけば、物事のとらえ方も変わるはずです。カムイカル法師を撃破し、変われるチャンスを与えてあげられると良いのですが……」
参加者 | |
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八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484) |
深月・雨音(夜行性小熊猫・e00887) |
ディークス・カフェイン(月影宿す白狼・e01544) |
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801) |
英桃・亮(竜却・e26826) |
植田・碧(ブラッティバレット・e27093) |
園城寺・藍励(深淵の闇と約束の光の猫・e39538) |
信田・御幸(真白の葛の葉・e43055) |
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「来たな、ケルベロス! カムイカル法師、頼みます!」
「ほっほっほ、お任せくださいよ」
青年の自宅アパートに踏み込むと同時、ビルシャナと化した青年の敵意に満ちた声が、深月・雨音(夜行性小熊猫・e00887)達ケルベロスに向けられる。
「いきなり何するにゃ!」
雨音の眼前に迫るは、法師の鋭利な爪。青年が握っている血に濡れたメスから、法師に何らかの施術を行った様子を嗅ぎ取った雨音は、この攻撃を避けられないと悟り凛月で受け止めるも、衝撃でその小柄な身体が壁に打ちつけられる。
「……やってくれるわね。深月さん、大丈夫かしら?」
この場にいるのは、誰もが歴戦の猛者。ゆえ、大丈夫であろうと確信しつつも、少し心配そうに植田・碧(ブラッティバレット・e27093)は雨音を振り返った。
「もちろんにゃ!」
すると、雨音はガバッと起き上がり、健在を示してみせる。
その姿に碧は頬笑みつつ、「この歌も久しぶりね」そう呟きながら、前衛に戦乙女の歌を響かせる。
「信田、準備はできてイるな?」
「医者を戦争の尻拭い役扱いする舐めた後輩に、先達としてお灸を据えてやろうと思う程度にはね」
「……十分ダ」
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)が、信田・御幸(真白の葛の葉・e43055)に妖精の祝福を宿した矢を放つ。
「……皮肉なものだな」
ディークス・カフェイン(月影宿す白狼・e01544)は、目尻にはしる傷を憐れそうに歪めると、矛盾を宿す青年を睨め付けた。
「気持ちは良く分かるが、残念ながら現実はそう甘く無い。どれだけ平和を願おうと、己を律しようと、侵略者には伝わらない。ただ一つできる事は、絶対的な暴力を備えた上で、忠告を与え……大人しくさせる事だ。このようにな――お前の進化の可能性を凍らせた。……時を止め包まれろ」
ディークスがハンマ――晶樹の手鎚を構えると、彼の爪が黒く変色し、複雑怪奇な紋様を浮かび上がらせる。途端にハンマーは冷気を帯び、法師の翼の一部を凍結させる。
「輝きの華! 法師を援護してくれ!」
「…………」
青年がメスを振るうと、不気味な笑みを張り付かせたダモクレス・輝きの華に【破剣】を。輝きの華は一瞬、不快そうに青年を一瞥するが、法師に倒れられて困るのは彼女も一緒。開花した食人薔薇は、出入り口の前で攻撃の機会を伺っていた英桃・亮(竜却・e26826)に。
「植田……助かった。それに――キリノもな」
槍で突きの体勢をとる亮の眼前で、室内の物品を飛ばして抵抗とするキリノの片腕が持って行かれる。そして、碧への感謝は、彼女の補助がなければ、ほぼすべての攻撃において満足いく精度が出せなかっただろう点について。
幸運にもエンチャントが得られた事を充足する気力で確認しつつ、稲妻を帯びた亮の槍が法師に一閃される。
「さすがは暴虐たるケルベロス! 見ましたか、青年さん。あれこそが、彼等の本性――」
「耳障りや。黙り」
青年に向けて囀る法師の口上を、八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484)は氷結の螺旋で強引に止める。
「うちも争いごとには反対やで。勝手な理由で殴り合うて、そんで怪我したから治してーとか、虫のええ話やと思うわ」
「な、ならば!」
「話は最後まで聞きや青年。……けどな、そんでもうちは戦う事は止めへん。止めたない。理由は簡単やねん。そこにおる法師みたいな連中に、うちの妹や友達、大切な人らを、これっぽっちも傷つけさせへん」
それだけや……法師を睨み、そう断じる瀬理。無論、その守るべきものの中には、青年も含まれている。
「平和を願う法師を侮辱するつもりか!」
だが、今の青年には馬の耳に念仏も同然。だからこそ、瀬理は法師への怒りを色濃くし、園城寺・藍励(深淵の闇と約束の光の猫・e39538)と入れ替わる。
「うちも、二度と経験したくない思い、気持ちはあるんだよ」
それは、青年の言う戦争や争いとは違う。だが、未だ藍励が逃れられない内なる闘争。
「……争いがない世界、きっと皆が望む世界なんだろうね。でも、それでも完全に闘争のない世界なんて……うちは嫌だよ」
藍励はスピリチュアルレイド uk Excalibar -DS-を振り上げる。振り下ろされたバールは、法師の頭部を強打した。
続き、空気を震わしたのは銃声。同時に、法師の羽根にいくつもの風穴が開く。
「さっきのお返しだにゃん」
絶え間ない攻勢に押され気味の法師の視線の先には、銃口を向ける雨音の姿が。
「この餓鬼が!」
怒りを露わにする青年。
そんな青年の前に、御幸は躍り出ると――。
「君の相手は私だよ」
対デウスエクス用のウイルスカプセルを投射するのであった。
●
「法師、援護します!」
「悪いけど、無駄だよ」
青年が、法師の傷と凍傷を癒やす。
だが、藍励は静かに口を開くと、黒と白の光の尾を縦横無尽に法師の周囲へ走らせる。
「時解空封、陸之型『菱零』」
やがて、その軌跡が正八面体を描いている事が分かった時、すでに法師は捕らわれてしまっていた。
「やりますね、ケルベロス!」
「祈れ、地の果てで」
凍えながらも、上空から急速旋回して突っこんでくる法師を見据える亮の腕に、黒文様が絡みつく。亮が赴くままに腕を掲げれば、咆哮と共に白き竜が顕現し、大口を開けて法師を迎え撃つ。
「くっ!」
しかし、法師は直前で起動を変え、白竜を躱しながら亮に激突する。
「逃がすか――ッッ!!」
だが、その瞬間に亮も負けじと目を見開くと、ホーミングの効果で法師に喰らいつく! 互いに付与されていた【破剣】が砕け散る気配。
「くそっ!」
「…………」
その結果に、渋面を浮かべたのは青年だった。輝きの華も、表情こそ変わらないながら、似た雰囲気。法師達はクラッシャーの火力を何よりも恐れており、二人の安定性を削ぐために、なんとしても【狙アップ】を剥がしたかったのだ。
「英桃、すまなイ、出遅れた。植田、彼を任せていいダろうか?」
「分かったわ! スノー、貴方もお願いね!」
眸が、亮の無事を確認する。
碧は、狙われて消耗している亮に気力を溜めた。次いでスノーが翼を羽ばたかせると、雨音とディークスに耐性を。
「危ないにゃん!」
しかし、休んでいる暇はない。すかさず輝きの華が鞭を振るうと、いくつか重なったエンチャントを利用して、威力を上方修正しつつブレイクを狙ってくる。
ディークスの前に庇いに入った雨音がトゲつきの鞭に打たれ、身体の至る所に裂傷を負う。眸も、同様に。
「さテ、放置も出来ぬな……キリノ、行け」
命中をさらに補正されたスナイパーを野放しにはできない。すでに祝福の矢で力を与えられているキリノが、輝きの華を金縛りに。
「そろそろお休みの時間やで。平和だなんだのと、あんたらビルシャナがどんな御託並べようが、どいつも根っこは一緒や!」
瀬理のパイルが凍える凍気を纏うと、突き刺さった部位を支柱に、内部から法師を侵した。
その瞬間――。
「イギッ!?」
「カムイカル法師!?」
法師の肉体に刻まれた複数の凍傷。瀬理と藍励の執拗な氷と増幅によって、青年のポジション効果をもってしても打ち消せなかったそれが、一度に三カ所同時に法師を苛む。
「どうせなら、俺の攻撃時に発現すればいいものを……最も、それはよくばりすぎか」
ディークスは嘯きながら、晶樹の手鎚を「砲撃形態」に。猛然と床を抉りながら法師に迫る竜砲弾は、瀬理のパイルバンカーと氷の威力を上回り、「やるやん?」とでも言いたげに、瀬理は口笛を吹いた。
「どうすれば!?」
敵の戦術の支柱は法師だ。法師が有する頑強さと耐久力を盾に、長期戦に持ち込んでジワジワとケルベロス達を削る。
だからこそ、ケルベロス達は法師を一気に仕留めようと、氷とクラッシャーの火力を頼りに前に出た。氷の効果は運次第な点もあるが、それ以上に碧がクラッシャーの命中補正のための対策を施していた事は何よりも大きく、そして――。
「うちらに運もあったのかな?」
氷もその補助として、十分すぎる効果を。
藍励が、Unknown uk Armedfort -S-を展開。照準が、法師を捕捉する。一斉に放たれた複数の砲は、部屋の中を轟音で埋め尽くしながら法師を吹き飛ばし、壁の一部を倒壊させる。
「診殺開始――チクリとするよ? ――誅伐巨悪、急々如律令――!」
御幸は極小の針を飛ばす。その針にはデウスエクスにのみ有効な毒が仕込んであり、御幸の想定以上のダメージを法師に与える。
「…………」
最早一刻の猶予もないと、輝きの華は食人薔薇をけしかけるが、キリノが一時的な消滅を代償に食い止める。
「そこの法師は『穏やかに死に絶えろ』と言っている。人間を滅ぼすのが君の目指す医者なのかい?」
「な、なにを……っ」
御幸の言葉も手伝い、青年はパニックに。アンチヒールの関係上ヒール量は不足気味であり、一撃の威力に欠ける布陣であるため、法師の死は戦線の急激な悪化を意味していた。
――それでも、カムイカル法師を生かす術がない!
厳然たる現実を前に、真っ白になる青年の思考回路。
「貴様の誇る防御の高さも、この氷の前では脆イもの……これが戦術の勝利だ」
その間も、容赦なく眸のファミリアが法師を襲う。
そして。
「……お前に、視えるか?」
呼気一吐、目にも留まらぬディークスの踏み込みと共に、カムイカル法師に瞬く間に叩き込まれる無数の連打、最後の尾の一撃によって、消滅に導いた。
●
「……カムイカル法師、役タダズネ。ソシテ、彼モ――チッ!」
「ボヤいてる暇ないで? うちの大事なもん傷つける奴は、一匹残さず、喰い殺す」
苛立ちを露わにする輝きの華の背を、瀬理の氷結の螺旋が追い縋る。輝きの華が忌々しげな視線を向ける先には、『ケルベロスを撃破しなければならない』という刷り込みが解け、自身の願いと行動の矛盾に動揺を示している青年がいた。
「争いを否定しながラ、今お前は戦いに身を投じていル」
「ぐぅ!?」
青年の動揺を突くように、眸は食人薔薇に身を抉られ、機械部分を露出させながらも告げる。
「ヒトは皆正義のため、己の信念のために戦う。それは、暴力に依るものだけではない。時には言葉で愛で、行為で、皆、善いものを望み必死に生きていル。だからこそ、素晴らしイ。平和を切に望むお前のことも、ワタシは、愛おしイ」
そして、青年を救うために眸は、ケルベロスは困難な戦闘に身を投じている。
――己の身をかけてでも。眸の信念の篭もった緑の瞳が、輝きの華に移る。人を脅かす存在に眸がかける情けはなく、音速の拳が輝きの華を削る。
「かの有名な白衣の天使は素手で木箱を殴り割り医療器具を手に入れ、現場を救った。更に一人の力では足り無いと己で医療を教え伝え、育てた」
ディークスの電光石火の蹴りが、輝きの華に炸裂する。
「その気概も無い、安易に走る馬鹿が利用され、闘争を引き起こす。お前の事だぞ、青年? 今のこの状況、馬鹿らしいと思わないか?」
「っ!」
青年が、ディークスの前で憐れに震える。
「……何ヲシテイル? 早ク援護ヲ」
「ぼ、僕は……」
一旦後退してきた輝きの華にそう問われると、青年は己が立ち位置……気づけば人類救済どころか人類の敵側となっている現実に、酷く怯えた。
「誰も傷つけるなと否定して、その心を消したなら……どこかにいるあんたを大事に想ってくれる人がきっと傷いてしまうだろう。傷ついた痛み、傷つける痛みを知っているから平和を願うようになった。優しさが、その心に生まれたんじゃないのか?」
青年の願う世界に、そんな温もりは存在できない。亮は青年の心に灯っているはずの灯りを絶やさぬ為、流星の如き蹴りを見舞う。
それ以降、輝きの華にかけられる援護の手はなし!
(皆、説得は頼んだわよ! 私は裏方に回らせてもらうわ!)
繰り広げられる戦闘の中、碧は気力を溜めて補佐に徹する。スノーと共に地味な役回りに苦笑する彼女だが、法師を早期撃破できた要因は、間違いなく碧の功績でもあった。
「たまにはこういうのも悪くないわね」
赤髪をかき上げながら、碧は再び戦乙女の歌に没頭していく。
「欲しい物、したい事が一切なくなって、ただただ静かに死を待ったら、息が止まる以前に死んじゃうにゃ! そんな死を招く医者にでもなりたいにゃ? 医者は本来、病気や死と戦う者なんにゃ!」
「……ぁ」
雨音の言葉に、青年はハッと顔を上げる。いつからだろう、青年が病気や死と向き合うことをやめてしまったのは。安易な発想に逃げるようになったのは……。
「せや! あんたにとっても医療は戦いだったはず! あんたの言う精神外科は、あんたから、それらと戦う意志さえ、奪ってまうんちゃうんか?」
瀬理も説得のための言葉を重ねた。
「さくさく・くろー・すらっしゅ!」
その横で、援護を受けられていない輝きの華が、雨音の爪で無数の裂傷を与えられながら倒れる。
「闘争にも、いろいろあるよね。例えば、死にたくないから、生きるために戦う、純粋な闘争だったり、すごい人に追いつきたいという競争意欲もその一つ。あとは、そうだね、愛おしい人に振り向いてもらおうと頑張る恋の闘争とか……ね?」
血溜まりに溺れる輝きの華を、藍励は光の尾で拘束する。
「……キミが医者なら、これらが人、生物の根底、生存本能から来てるものだって言うのは、言わずともわかると思う。闘争を奪うということは、生存本能を奪うということ。生きる本能を、意味を失えば……わかるよね」
「……はい」
項垂れる青年。その前で、藍励の手によって輝きの華が凍り付き、粉々に砕け散った。
「君は本気で医者を志すつもりか? なるほど過去の研究に可能性を見いだすのはいいだろう。だが、医者の先達として言わせてもらおう。安易な妄想に逃げるな、若造! その前に『現代医学』をきちんと学びたまえ」
御幸の拳が、青年の頰を打つ。
青年は、無様に床を転がった。だが、その表情はどこか晴れ晴れとしていて――。
「……ご指導ご鞭撻ありがとうございます、先生」
「うん、まずはきちんと勉強して、ちゃんとした医者になりなさい。人を救う手立てを探すのは、それからでも遅くないよ」
少年の身体が人間のものへ戻っていく。『治療』を終えた御幸は、青年の手を掴み、起こしてやる。
「君はきっといい医者さんになるにゃ」
「ちょっち間違うただけや、そないに落ち込みな」
起きると、青年は雨音に頭を撫でられ、瀬理に背中を撫でられ、真っ赤になった。
(ケルベロスにとって戦いは日常で、世界を平和にするのは簡単じゃないって、誰よりも分かっているつもりだ。だからこそ――)
「お疲れ様」
亮は労うように告げた。
「ええ、お疲れ様」
すると、真っ先に碧が微笑み、それに釣られるように方々から「お疲れ」の言葉が飛び交うのであった。
作者:ハル |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年3月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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