今日もどこかで誰かが誰かを傷つけたり、殺したりしている。画面の向こうの世界は空想のものではなく、今自分がいる場所とは地続きだ。
「せめて巻き込まないでほしいもんだよな」
殺人事件だの暴力団騒ぎだの、殺伐としたニュースを流す街頭テレビから目をそらし、アキヒロは帰路を急いだ。争いごとは嫌いなのだ。せっかく目当てのプラモを見つけていい気分なんだから、わざわざ不愉快になるニュースを見たくはない。
「ていうか、ケンカとか戦争とかなくなればいいのにな。そういうのをしたがる奴は逆に制裁されりゃいいのに」
背負ったリュックの中身――ロボットアニメ『制裁装甲サンクション』のプラモをアキヒロが思い返す。
「政府がサンクションみたいなロボットを作って、争う奴を片っ端から懲らしめてやったらいいんだよ。そしたら誰も争いたがらなくなるから世の中平和になるし、サンクションは平和の象徴だ。おぉ、かっけぇ……」
「ほっほ、素晴らしい考えですな」
自説に浸るアキヒロの耳を打ったのは、ポクポクという木魚の音と、穏やかな賛辞だった。
駅への近道にと人気のない道を歩いていたアキヒロの前方、電柱の陰から現れたのは、僧衣を纏う巨大なミミズクのような異形だ。
「うわ、妖怪」
「妖怪ではありません。ワシはカムイカル法師と呼ばれる者。それより先ほどのあなたの考え、闘争封殺絶対平和菩薩の御心に通じるものがあり深く感銘しました」
本来ならすぐ、このビルシャナから逃げるべきところだ。しかし、カムイカル法師の声を耳にしたときにはすでに、アキヒロの頭から逃げるという発想は奪われてしまっている。
「俺の考えが? ほんとに?」
「はい。争いを抑止することで平和をなす。さすれば闘争も競争もない世界で人は穏やかに生き、安らかに死ぬことができるのです。さぁ、闘争封殺絶対平和菩薩の教えを受け入れましょう」
「おおお! 闘争封殺絶対平和菩薩、平和のために俺はやるぜ!」
叫ぶアキヒロの体が徐々に変貌する。ちぎれたリュックが道路に落ちたとき、その体は巨鳥――ビルシャナとなっていた。
「やる気でたいへん結構。ところで、すぐにケルベロスが襲撃してくるでしょう。まずはそれを迎え撃ちましょう」
「ケルベロスを?」
「さよう。ケルベロスこそ戦争と競争の化身。必ず打ち倒さねばならない平和の敵なのです。もちろんワシと、恵縁耶悌菩薩の呼びかけに応えて協力してくれたこの者も、ともに戦いましょうぞ」
紹介に合わせて進み出た、大鎌を携える女性型ダモクレスに、アキヒロ=ビルシャナが器用に口笛を吹く。
「おぉ、かっけぇ……よっし、かかって来いケルベロス! 平和のために制裁してやる!」
アキヒロが大仰なポーズをとる。その翼の内側にはいくつもの銃口が連なっていた……。
「では迎え撃つため、あなたの家に行きましょうか」
「あっ、ここじゃないんだ」
●闘争封殺絶対平和菩薩
「ビルシャナが『菩薩累乗会』って作戦を実行しようとしてる」
『菩薩累乗会』――強大な菩薩を次々と地上に出現させ、その力を利用してさらに菩薩を出現させ……と連鎖させていき、最終的には地球全てを菩薩の力で制圧するというものだ。
「菩薩菩薩って連呼してちょっと頭が痛くなってきたけど、笑いごとじゃないんだよね。この作戦、今のところ阻止する方法が判ってないんだ」
辛そうにティトリート・コットン(ドワーフのヘリオライダー・en0245)が目を細めた。
だがそれも数秒のこと。
「とにかく、できることをやらなくちゃいけない。それは、出現する菩薩が力を得るのを阻止して、少しでも『菩薩累乗会』の進行を食い止めること……。今回キミたちには、新たに活動が確認された『闘争封殺絶対平和菩薩』の被害者のもとへ向かってほしい」
世界平和や競争の無い世界を求める人間を標的にし、人間の生存本能まで無くさせて人類を滅亡させようとする、恐ろしい菩薩。それが闘争封殺絶対平和菩薩だ。
被害者は、世界平和や競争の無い世界を純粋に求めているだけだが、その結果がどうなるかには考えが至っていないらしい。
さらに、完全平和のためにはケルベロスを撃退しなければならないという、ある意味矛盾した考えを刷り込まれており、ケルベロスが現れれば問答無用で襲い掛かってくるだろう。
「敵は被害者を含めてビルシャナ二体と、量産型ダモクレスが一体。被害者の自宅でキミたちを待ち構えてる」
被害者ビルシャナ。名前はアキヒロ。
もう一体のビルシャナはカムイカル法師という個体だ。カムイカル法師の言葉には闘争封殺絶対平和菩薩の加護が宿っているらしく、その力でアキヒロをビルシャナ化させたようだ。
ダモクレスは輝きの軍勢と呼ばれる量産型で、大鎌で武装している。
以上が敵の内訳だ。
なお戦場となる被害者宅だが、幸いなことにアキヒロの家族(両親)は外出しており、中には敵しかいない。家族が帰って来るまでにケリをつけるのがいいだろう。
「被害者のアキヒロだけど、もしかしたらまだ救出できるかもしれない。彼の平和に対する考えを論破できれば、あるいは」
だがカムイカル法師が健在なうちは、その影響力の方が強いために、言葉は届かないだろう。
カムイカル法師を撃破もしくは撤退させられれば、救出の目が出てくる。
もっとも、戦況が厳しければ救出どころではないので、戦闘面がおろそかにならないようにも注意だ。
「争いがない平和な世界って教義を否定するのは難しいけど、ひとつだけ。ボクは、キミたちケルベロスが平和の敵だって言われたのが許せない」
突きつけてやってほしい。ケルベロスの存在が何たるかを。
参加者 | |
---|---|
樫木・正彦(牡羊座の人間要塞・e00916) |
葛籠川・オルン(澆薄たる影月・e03127) |
シィ・ブラントネール(ウイングにゃんこ・e03575) |
八崎・伶(放浪酒人・e06365) |
九十九折・かだん(自然律・e18614) |
リサ・ギャラッハ(銀月・e18759) |
柚野・霞(瑠璃燕・e21406) |
エレコ・レムグランデ(小さな小さな子象・e34229) |
●番犬と侵略者
「またへんなビルシャナが出たのパオね……」
新たな敵の出現に危機感、というよりはうんざりしたようにエレコ・レムグランデ(小さな小さな子象・e34229)は呟いた。もしかしたらそれはケルベロスたちの心中の代弁だったかもしれない。
「ほんと、菩薩ってどれだけいるのかしら? 鳥じゃなくてまるで鼠ね!」
「累乗会でしたか。増え方といい、ぴったりですね」
エレコに同調するシィ・ブラントネール(ウイングにゃんこ・e03575)に、リサ・ギャラッハ(銀月・e18759)も目の前の一戸建て住宅――今回の被害者であるアキヒロの自宅を仰ぎながら頷いた。中に潜む『鼠』を思ったか、リサの視線に棘が混ざる。
「とはいえ例えるのは鼠に失礼かもしれませんが。少なくとも鼠は、ケルベロスが平和の敵なんて言いませんし」
「ええ、喋るほどに不愉快な鳥です。早々に黙らせるとしましょう……ところで、予知では、玄関に入るとすぐに戦いになるとのことでしたね」
リサと同様に、葛籠川・オルン(澆薄たる影月・e03127)も家を見上げた。窓はすべて厚いカーテンで閉ざされていて、内部は窺えない。
「素直に正面から行くのも考えものだけど……」
待ち構えられている以上、どう侵入しようとも大差はあるまい。鉄塊のように無骨なゾディアックソードを引っ提げて、樫木・正彦(牡羊座の人間要塞・e00916)が慎重に玄関扉へと歩を進める――。
殺気は轟音を伴って現れた。
「マチャヒコ!」
住宅街の静寂を破ったのは連続する砲声と、家の内側から扉を貫いた光弾のスパークだ。とっさに掲げた剣でガードする正彦に、九十九折・かだん(自然律・e18614)が駆け寄ってその腕を引く。全員がその場に伏せたときには、玄関扉には無数の弾痕が穿たれていた。
「よく来たなケルベロス!」
壁越しの乱射が伏せたケルベロスたちを傷つけることはなかった。代わりに蜂の巣と化した扉が外枠ごと重々しく倒れ、玄関の奥、廊下に仁王立ちするアキヒロ=ビルシャナの姿が現れる。
「今か今かと二階の窓から覗きながら待ってたぞ! さあ、平和のために制裁されろ!」
「さすがの一言。ではいざ、戦争と競争の化身を返り討ちにしてやりましょうぞ」
翼の内側から硝煙をくゆらすアキヒロを、隣に立つカムイカル法師がここぞと持ち上げる。八崎・伶(放浪酒人・e06365)が奥歯を噛んだ。
「自分の家をぶっ潰すとはな……おい、アキヒロ! ソイツは平和主義のお前に戦わせようとしてるんだぞ。それでいいのか?」
伶の声は聞こえているはずだが、アキヒロは翼の内側に並ぶ砲を構え直しただけだ。すなわち無反応。代わりにカムイカル法師が首を振る。
「悪とは口八丁に誑かしてくるもの。闘争封殺絶対平和菩薩のお導きにのみ耳を傾けるのです」
「ああ! 平和のために制裁を! 行くぞ、輝きの鎌!」
アキヒロの呼び掛けに進み出たのは、背に機械の大翼を生やした女性型ダモクレスだ。わずかに腰をひねったかと思うと、直後、ダモクレスは身の丈ほどもある大鎌を投擲している。
高速回転しながら迫る凶刃の前にリサが躍り出た。オウガメタルを正面に展開。衝突した大鎌との間で激しく火花が散る。
「ワタシも混ぜてもらえる?」
軽やかな声がリサの耳に触れると同時に、大鎌の重圧が軽減した。
シィが自らのオウガメタルを展開して防御に加わったのだ。顔を見合わせた二人が頷き合って、回転する凶刃を完全に抑え込む。
そしてその間に、立ち上がったケルベロスたちは、放たれた矢のように住宅の中へと突撃している。
「わたしたちが戦争と競争の化身、ですか」
突撃する者たちの中、柚野・霞(瑠璃燕・e21406)の体がふわりと宙に浮かび上がった。その足下で六芒星の円陣を描くのは、彼女の腕から伸びる黒鎖だ。不吉な星のように編まれた魔法円から湧き起こる眩い赤光が、敵を睥睨する霞の容貌を冷たく隈取る。
「侵略者がどの面下げて言っているのか。どんな言葉で糊塗しようと、お前たちが地球の敵であることは変わらない」
三重の盾の加護をもたらされた前衛たちが、カムイカル法師へと殺到した。
●闘争と平和
リサと一緒に大鎌を弾き返したシィが、手中のスイッチを押し込んだ。
その瞬間、カラフルな爆発で加速したかだんの鋼の拳が、カムイカル法師の防御を突き破った。法衣を引き裂かれたカムイカル法師がよろめくように距離をとる。
「スコルピウス、リブラ、タウルス――黄道十二封印限定開放、承認」
アキヒロを説得するにはまずカムイカル法師を倒さねばならない。機を逃さず、廊下に踏み込んだ正彦が追撃する。
「月輪を描け!!」
正彦の肥満体が素早くターンした。空間を薙ぐ斬撃――『転輪せよ無刃の鉄塊』の反物質の刃が、カムイカル法師の巨体を正確に捉えた。
「法師!」
「ほっほ、案ずることはありません」
硬質な音を響かせながら、穏やかな声でカムイカル法師はアキヒロを落ち着かせた。その翼の先には黒く焦げた木魚がある。この木魚で刃のグラビティを防ぎ、どうにか輪切りにされるのを免れたのだ。
「しかし難儀な連中です。ここは総攻撃で、闘争の化身を絶ち滅ぼすといたしましょう」
「ふざけるな! 女子供が戦いたいと思っているのか!?」
アキヒロへ囁かれる甘言を妨害しようと正彦が叫んだが、直後、のしかかるような強烈なけだるさに膝を突いた。自分に催眠が付加されたのだと気付いたのは、靄のかかったような視界の中に、木魚を叩くカムイカル法師を見つけたときだ。
「いけません、すぐ回復を……!」
六芒星から魔力を放とうとした霞が、とっさに宙を蹴って後退した。もしそうしなければ、直後に振るわれた大鎌によって彼女の首は刈り取られていたかもしれない。
だが襲撃はそれで終わりではなかった。ダモクレスの返す刃が水平に迫ったのだ。回避する間もなく、霞は剣を大鎌の柄にぶつけて食い止めるが、徐々に押し込まれる。
一方そのとき、アキヒロはブラスターの照準を正彦に定めていた。平和の敵を制裁する喜びを鳥面に浮かべ、光弾を発射する。
「あれっ、何……!?」
サンクションブラスターは標的に当たる寸前、割り込んだ可愛らしいリボンのテレビウムを炎上させた。
だがアキヒロが困惑したのは身を挺して正彦を庇ったフィオナに対してではない。その周囲、前衛たちの間を、小さな象をはじめ小型のいろんな動物が行進している。小さな旗を振ってとことことリズミカルに歩くのは、エレコが『【生命湧き】のゴーレム』で錬成した量産型ゴーレムだ。
「みんな、頑張ってなのパオ! トッピー、我輩といっしょに回復するのパオ」
あまりの愛らしい光景に平和を感じたのだろうか? 毒気を抜かれたように砲口を下ろしたアキヒロの前で、動物ゴーレムとトピアリウスの応援を受けた正彦の目が正常な色に戻る。
「なんと小癪な……」
いかにも平和な光景に、カムイカル法師だけは惑わされなかった。再び催眠に陥れようと木魚を叩く――よりも早く、一発の銃声が木魚を法師の翼から連れ去っている。
「もう喋らないでください。もう囀らないでください。賢しらな教義を撒く鳥よ、黙したまま散ればいい」
淡々と告げるオルンの心を映したように、ほぼ同時に発射された六発の銃弾は法師を打ち据えるのみならず、宙を舞う木魚を無慈悲に爆砕した。そしてそれを嘆く暇は法師にない。砲形態のドラゴニックハンマーを担いだ伶が突撃している。
「悪だのなんだの言ってるが」
伶の砲口がカムイカル法師の胸に向いた。
「力ってのは単純に強ェか弱ェかだけで、そこに正しさやら善悪やら持ち込むのは全て使うヤツの思惑だ!」
「黙れ。滅ぶがいい、闘争の化身」
カムイカル法師の眼前、中空に炎が灯った。ビルシャナの炎が力を蓄えるように渦巻く。
法師と伶を繋ぐ線上にかだんが立ちはだかった。
「そう何度も仲間を狙わせるかよ」
「ならば、あなたから燃え尽きなさい!」
玄関が白く染め上がった。炎の炸裂がかだんを呑み込んだのだ。玄関一帯を舐めるように拡がった業炎の中に人型の影が揺れる――カムイカル法師が認識したのはそこまでだった。
紗幕をかき分けるように炎の壁を突破した伶が、殴るような勢いで砲口をカムイカル法師の顔面に押しつける。炎の尾を引いたまま、伶は引き金にかける指に力をこめた。
●制裁と弾圧
拮抗が崩れた。力任せに剣を押しのけた大鎌が振り抜かれ、血が噴き出す。だがそれは霞のものではない。
「リ、リサさん!」
「ご無事ですか、柚野さん」
自分に覆い被さる友に驚いている霞に対し、リサは安堵するように微笑んだ。その左腕はざっくり裂けていたが、友人を守れたのなら安いものだ。
贄を求めるようにダモクレスの大鎌が持ち上がった。ケルベロスを殺す、たったひとつの行動原理のまま霞たちを追撃する――その足取りが目に見えて鈍くなった。
「――相手をしてやってください、木偶人形。それは『恨み』だ」
そうオルンが突き放すように望んだときには、ダモクレスは蒼く昏い無形の何かに纏わりつかれている。ボクスドラゴンの焔がブレスを吐きかけてやれば影は増殖して、ますます動きが鈍くなる。
「リサさんも霞さんもこれでだいじょうぶなのパオ」
「今がチャンスね。さあ、いっきに決めましょう!」
エレコとシィからそれぞれヒールを受け、リサと霞が立ち上がった。その足下で鎖が再び六芒星を形成する。
シィと霞の時空凍結弾がダモクレスを直撃したのはその直後のことだった。時間ごと凍ったダモクレスの翼や装甲を、リサの解き放つ呪いが不可視の衝撃波となって砕き散らす。
ボディ全体が著しく欠損してもまだ駆動するダモクレス。その鎌を避けるようにかだんが跳んだ。
敵がデスサイズなら、こちらはギロチンだ。超重量の蹴撃はダモクレスの頭をやすやすと刎ね飛ばした。
「そんな、輝きの鎌まで……」
撃たれて消滅した法師。機能停止したダモクレス。家の中へ入って来るケルベロスに対し、頼みの仲間を失ったアキヒロは後ずさりながら砲口を掲げていたが――。
「な、何の真似だ!」
剣を鞘に入れ、あるいは放り捨て。いっせいに武装を収めたケルベロスたちを目の当たりにして、アキヒロの砲口が小刻みに揺れる。
「舐めてるのか、それとも死にたいのか!」
「戦う意思はない。僕たちは君を助けに来たんだ」
まずは立場を明確に示す――正彦は丁寧に言葉を選んだ。
「法師は君に戦うことを唆したけど、それは君が望むことだったのかい? 争いを好まないのは良いことだ、けど理由あって争っている人もいる。目を背けたいだろうけど、それを知ってはくれないか?」
「俺も、アキヒロと一緒だ。誰もが平和で暮らせるようにケルベロスとして戦っている」
伶が続けて語りかけた。
「目的が同じなら俺たちは敵じゃない。アキヒロにも戦って欲しくない……信じても信じなくてもいい。ただもう少し、戦うとはどういう事か考えてみてくれ。そして、共に地球を守るために戦おう」
「へ、平和の敵が何を……」
「平和の敵……なるほど」
無感動なまでに淡々と相手の言を繰り返したのは霞だ。
「確かにわたし達はこの二年、戦い通してきました。あなた達のような方々を守るために、ですけれど。自衛のための戦いすら放棄しますか? それでは死を待つだけだというのに?」
「争いを厭う、それは尤もな感情です。しかしあなたの仰る通りに端から争う者を排除するとなると、それは単なる弾圧だ。そして、抵抗する権利を奪うということだ」
声を詰まらせたアキヒロに、オルンも言葉を重ねる。
「喧嘩にせよ戦争にせよ、争いには理由がある。喧嘩ならば、単なる行き違いから物盗り。戦争ならば、名誉から生活困窮まで。その理由も知らずに十把一絡げに断じれば、人々から抵抗権を……人として生きる権利を奪いかねません」
「皆が皆、お前みたいに争い嫌いなら良かった」
それは本心だ。だが悲しいかな、かだんは続けた。
「けどお前のそれは、弾圧制裁の無茶苦茶な、恐怖政治だ」
「違う……違う違う!」
否定の洪水を跳ね返すようにアキヒロが首を振る。
●絶対平和とロボット
「違う、弾圧とか、そうはならない。だってサンクションみたいなロボがやるんだから!」
頑なな様子でアキヒロは叫んだ。
「人がやるならダメでも、サンクションみたいな絶対平和のロボなら大丈夫さ。そういうのを政府が作って――」
「薄っぺらい理論」
飛び交う言葉の中、リサのそれはアキヒロの胸に最も深く刺さった。
「えっ……」
「政府が作る? あなたの言う政府が間違ってたら? 黙って殺されるんですか?」
苛立ちを隠さぬまま、胸ぐらでも掴みそうな迫力でリサが畳みかける。
「ビルシャナに踊らされて、ケルベロスが平和の敵だなんて。ケルベロスがいなくなったらどうなります? 試してみたいなら、私を殺してみますか?……できるものなら、ですけど」
「それは……じゃあどうすれば! どうすれば争いはなくなるんだ!」
「アナタの考えって凄い狭いのね? 争いっていうのは競争のことでもあるの!」
持論のロボによる抑止制裁が崩れて困惑するアキヒロを、シィが笑った。
「暴力で押さえつけるより、スポーツやゲーム、討論、いろんな平和的なカタチに変えることは出来るはずよ? みんなが笑って楽しめることでも、争うことは、間違っているのかしら?」
「ケルベロスは正義の味方なのパオ! そのロボットと同じで、我輩達は平和を守ってるのパオ。ね、一緒に協力しましょうパオ?」
シィやエレコの提案は心軽くするものだった。かだんも、お前にはもっとできることがあると切り出す。
「そうだな例えば――罪人の理由や苦しみを、事前に防ぐ為に、知るとか。喧嘩だってさ。理由、あったろ。……お前の命は私たちが護る。お前は、お前の周りの『理由』を、救ってくれないか」
「理由を……?」
かだんの言葉はアキヒロには少し難しかったかもしれない。でも感じ入るところがあったのか、どこか照れくさげに彼は頷いた。
「ありがとう。俺、やってみ」
『いいえ。闘争の化身とは相容れません』
いったい、その声はどこから降ってきたのか――直後、アキヒロの砲が前触れなく持ち上がり、そこから光線が発射される。
「アキヒロさん、馬鹿なこと言ってないで早く元に戻れ」
光条をかい潜って、いくつものグラビティがアキヒロに突き刺さった。オルンの銃撃を最後に、仰向けに倒れたアキヒロの体から羽毛が消えていく。
「うまく説得できたわね」
ビルシャナから元のウェアライダーの姿に戻った青年を見て、シィが満足そうに皆に言った。アキヒロが目覚めたらプラモを見せてもらおう、そんなふうに考えながら。
作者:吉北遥人 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年3月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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