菩薩累乗会~神鳥たちの歌

作者:銀條彦

●シンガーソング・アザ・バード
「ノーウォーノーウォ~♪ ウォウォウォーオ~イエ~イ♪」
 アコースティックギターをかき鳴らしていきなりサビ部分からの熱唱へ入る少女。
 語彙はかなり残念で発声もコード進行もへったくれも無い曲未満。
 それでも少女がそこに全身全霊こめた魂だけは純粋そのもの、何の偽りも打算も無い本物だった。
「ふう……やっぱり音楽だよね! なんてったって歌のちからはすごいんだから! 世界中のみんなが心から平和を願ってずっと平和の歌だけを歌って歌って歌い続けていれば……いっそ平和の歌以外はぜんぶ後回しにしちゃえってぐらいに魂をこめて歌い続けてゆけば、平和を歌う人の輪はどんどん広がって世界中に平和は広がってゆくんだわ!」
 音楽の力をどこまでも信じる少女の言葉はどこまでも迷い無くその瞳もどこまでも澄み切っている。
 信念を吼えた後ふうと呼吸を整えてさあまた歌おう平和への願いを……と、じゃかじゃか奏でられ始めたギターにぽくぽくぽぽくと軽快なパーカッションの音色が重なる。
「え!?」
 この部屋は自分ひとりきりだった筈なのにと少女が慌てて音のする方を振り返れば其処に顕れたのは、フクロウだった。
『ホッホッホ──いや、実に素晴らしいですな。定命の稚き身でありながら既にそこまでの悟りへと到りつつあるとは』
 愛嬌と底知れぬ知性とを湛えた大きな瞳を優しく細めて鳥人は少女を慈しむ。
 ぽくぽくと木魚を叩き法師姿のビルシャナ『カムイカル法師』は穏やかに教義を説いた。
『ホッホッホ──おぬしの考えは『闘争封殺絶対平和菩薩』の教えにも通じるものがありましょうぞ。戦いや競争などという愚行を捨てよとただ一心に歌い上げ実際に捨て去る事で、人は戦う事も競争する事もなくなり、心穏やかに生きそして死に絶える事ができるのですぞホッホッホ』
 ぽくぽくぽく。全なる光への道を先行く菩薩よりの加護得て紡がれる『カムイカル法師』の言葉は何処までも心地よく抗い難く……いや、抗おうなどという気すら欠片も起こすことなく少女は白き小鳥を想わせるビルシャナへと変貌を遂げてゆく。
『ホッホッホ──さぁ『闘争封殺絶対平和菩薩』の教えを受け入れ共に戦争と競争の化身──暴虐たるケルベロス達を迎え撃ちましょうぞ』
『ノーウォーぽっぽ~♪ ノーケルベロスぽっぽ~♪』
 平和を歌いあげる為なら戦いも辞さない新たな熱狂的平和主義ビルシャナの誕生である。

『ホッホッホ──さて……おそらくここへはすぐにケルベロスが襲撃してくる事でしょうな。ケルベロスこそ、平和の敵、必ず打ち倒さねばならない悪の権化。ですが案ずる必要はありませんぞ……』
 法師の手羽に促されもう1体、それまで無言で控えていた女性型ダモクレスが一礼してビルシャナ達の前へと歩み寄る。
 機械仕掛けの天使の周囲では無数の金属蔓が絡み合い蠢いていた。
『ワレラはタダ、ワレラのシメイを、ハたすノミ』
『ホッホッホ──『闘争封殺絶対平和菩薩』の配下たる儂とおぬしと、そして『恵縁耶悌菩薩』の呼びかけに応えて協力するこの者とが平和の為に手を携えて共に戦えばいかなる暴虐も戦いもたちまちの内に粉砕される事でしょうぞホッホッホ』

●闘争からの逃走
「ビルシャナ共の恐るべき企みはまだまだ続くようだ」
 ケルベロスを召集したザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)は『菩薩累乗会』の新たな動きについて伝えた。
 強力な菩薩級ビルシャナを次々に地上に出現させ、その力を利用して、更に強大な菩薩級を出現させ続け……最終的には地球全てを菩薩の力で制圧するという『菩薩累乗会』。
「根本的にこれらを止める為の決定打となる何かが見つかればよいのだが……予知の力ではせいぜいその進行速度を落とす阻止作戦を依頼するのが精々といった処か」
 だがそれでも、一つ一つの動きをその都度察知しその目論見を潰してゆかねばビルシャナ勢力は文字通り累乗的にその力を増強させていってしまう事だろう。

「現在、活動が確認された新たな菩薩級ビルシャナは『闘争封殺絶対平和菩薩』。世界平和や競争の無い世界を求める人間を標的とし、ありとあらゆる闘争心を否定して奪い尽くす能力でやがては緩慢に人類を滅亡させてゆこうとするビルシャナだ」
 標的となる被害者はおおむねみな純粋に世界平和や競争の無い世界を純粋に求めているだけだが、純粋故にこそ、理想をただ額面通りに現実社会で実行した場合にその後どうなるかにまで思い至らない者ばかりなのだとザイフリートは断じた。
「平和それ自体を否定するつもりは毛頭無い。大いに結構だ。だが……机上の域を出ない、狭く稚すぎる理想をもとにしたそれを世界へと押し付ければ後に待つのは破滅だけだ」
 更に、今回ビルシャナ化した被害者達は『世界平和実現の為にケルベロスと戦いこれを必ず撃退しなければならない』というある種矛盾した思想を刷りこまれており、ケルベロスを見かければ問答無用で襲い掛かってくるという。
 彼らはいずれも『カムイカル法師』と共に自宅へ留まりケルベロス討伐の為の戦いに備えているらしい。
「……もしも本当にそれが為されてしまった場合、世界に平和をという一見すれば正しく美しいばかりできわめて批判し辛いその教義は、同種の『純粋』な若者層や市民団体を中心に拡がり、一挙に地球における一大勢力へと膨れ上がるだろう」
 さらりと恐ろしい予知を言い添えたザイフリートは、ケルベロス達に勝利と早期解決とを促すのだった。

「次にお前達が返り討つべき敵についてだが……」
 『カムイカル法師』を名乗る強力なビルシャナと一般人からビルシャナ化したもう1体。
 それらに加えて『輝きの軍勢』と称される勢力から派遣されたダモクレス1体を加えた計3体もの戦力が相手となる。
「元地球人のビルシャナは既に並みのデウスエクスと比べても遜色のない戦士である上に、援軍の女ダモクレスもまた量産型ではあるが決して弱兵と侮れぬ実力を備えた兵士である様だ。ダモクレスの目的はあくまでもケルベロス撃破で、ビルシャナ共との共闘はその力を利用しようとしているに過ぎない。戦況がいかなる形となろうと使命を果たすまで決して退く事は無いだろう」
 女ダモクレスが属する『輝きの軍勢』はかつて怒涛のダモクレス軍団との戦いで撃破された『輝ける誓約』や人類所有のグラディウス封じ込め作戦を展開した潜伏略奪部隊と同一であるらしい。
「デウスエクス・マキナクロスの異名の一つに『無限増殖機械軍』というものがあるが……まさにその名を体現したかのような油断ならぬ組織であるようだな」
 だがさしあたって今現在、警戒し阻止すべきはビルシャナ勢力の大規模作戦であろう。
 ザイフリートは改めて、判明済みの各敵能力と布陣等についてを順に告げてゆく。
「それと、だ──『闘争封殺絶対平和菩薩』の影響力は非常に強く、『カムイカル法師』が戦場にいる限り、ビルシャナ化した人間の説得は完全に不可能だ。もしもお前達がそれでも救出を目指すというのならば『カムイカル法師』を撃破もしくは戦場から撤退させる必要があるだろう」
 討つべき最低限のノルマはビルシャナ1体で良い。
 念入りにそう告げながらも……今回の一般人達とはまったく別物ではあるがケルベロスにもまた理想追い求める者は多いと理解する甲冑のヘリオライダーは、問われずとも先回りしてビルシャナ化からの救出についてにまで言及するのだった。

「歌舞にはまったく門外の身で音楽の力とやらの是非についてとやかく言うつもりは無いが、それにしても、世界平和の為ならばケルベロスと戦おうが生存本能を放棄して滅びようが構わぬとはまったく莫迦莫迦しい限りだ。 ……が、ならば『莫迦莫迦しくない』世界平和とは何かを改めて考え、言語化し、他者に伝えるにはどうすべきか……あるいは、これもまた良い機会なのかもしれぬな」
 果て無き闘争に明け暮れる戦闘種族の王子から地球のヘリオライダーへと流転した男は、そう零すのだった。


参加者
結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)
灰野・余白(空白・e02087)
七星・さくら(日溜りのキルシェ・e04235)
遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
マルレーネ・ユングフラオ(純真無表情・e26685)
草薙・ひかり(闇を切り裂く伝説の光・e34295)
彩葉・戀(蒼き彗星・e41638)

■リプレイ


『ホッホッホ──喝!』
『ノーケルベロスぽっぽ~♪』
 ケルベロス一行の突入と同時、ぽくぽくと木魚の音に乗せて神鳥は闘争を封殺する念力を奔らせ、底抜けに明るく囀る小鳥の唄は幾重もの見えぬ枷となり重く圧し掛かる。
 迎え撃つケルベロスの最優先目標はカムイカル法師だ。
「歌には平和に向かう力がある。その純粋な想い、利用させはしません!」
 決して譲れぬ怒りにと揺れる牡丹花は花弁を真白へとうつろわせる。
 遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)が挑むは歌い手としての闘い。青虹の鳥は同じ想い抱えるものだと白き小鳥へ伝える為に歌を紡ぐ。
 ――駆け出す前の 色探す君は きっと何ものにもなれる……♪
「ふふ、『深空』に乗せてのアドリブ歌詞で訴えかけるとはやるのぉ」
 巫女装束から広がる光の六翼をゆるりとはためかせ……彩葉・戀(蒼き彗星・e41638)は輝く粒子の加護を前衛列へと与えて迅速な法師排除をと後押しする。
(「……本当に平和な世界には、戦いも武器もケルベロスも必要ないのかもしれない」)
 けど、と──小指から生まれ迸る小さな痛みと一筋の紅。
 七星・さくら(日溜りのキルシェ・e04235)の『紅絆』が法師の翼に傷を刻み絡め取ってゆく中で生じた隙を衝き、草薙・ひかり(闇を切り裂く伝説の光・e34295)から逆水平チョップが鋭く振り抜かれる。
「その娘の素敵な思い、くだらない思惑なんかでこれ以上歪ませさせやしない!」
 直に炸裂していればさぞやもっふりな感触を伝えたであろう遠間からのサイコフォースは挨拶代わりとばかり派手な爆音を響かせた。

『キたかケルベロス』
 輝きの華が鷹揚と広げた両腕から産み出されるは、機械仕掛けの蔓枝の森。
 その全方位攻撃に晒された最初の標的は機理原・真理(フォートレスガール・e08508)だったが防御相性の合致した其れらをレプリカントは持てる機動の限りで回避する。
「輝きの軍勢……」
 ビルシャナ2体間の強固な連携に対しこの兵はあくまでも単独行動。間隙を突く動きに徹する積もりなのだろう。
 冷静にそう分析しながら、真理は1基の大型砲台を展開し、瞬時に神経接続を完了。
 単騎を以って『要塞』たる少女は、火器管制制御下、法師を名乗る標的に対しての制圧砲撃を開始する。
 ──少女ふたりの間には合図も言葉も必要ない。
 真理の砲火に支援されたもう1人のジャマー、マルレーネ・ユングフラオ(純真無表情・e26685)が黄金の豊穣を以って最前列で闘うもの達全てを堅き守護の内へと包む。
 鞠緒が攻的ジャマーならば彼女が担当する役割は守的ジャマー。
 両陣営共にW中衛を主軸とした布陣での激突は潤沢な状態異常と治癒とを揃えての我慢比べの様相を呈しつつあった。

『ホッホッホ──』
 ふっくらと禽羽を膨らませた法師は経文を唱え始めるや猟犬ごと取り巻く護りを粉砕してゆき、かたかたと小刻みに白黒斑の翼が震え始める。
「……いや……捨てない、で……」
「さくらさんっ、歯ぁ喰いしばって!」
 すかさずカットに入ったひかりの闘気に圧された【トラウマ】は瞬時のリングアウト。
「プロレスは激しい『闘い』を魅せるものだけど、選手の間には必ず『信頼』があるものなんだよ」
「ありがとう……ひかりちゃんの闘技もひとつの歌なのかもしれないわね」
 それは、人の心震わせ、奮わせる力。

 やや出遅れた灰野・余白(空白・e02087)は黒縁眼鏡を掛け直ししばしの精神集中の後、死角へと滑り込ませた白と黒の螺旋槍を法師の肢めがけ、突き立てた。
「いやはや、近頃は厄介なやつばっかじゃのう」
 敵陣最奥へ鎮座する法師へ攻撃を集める為の遠射程攻撃が一種のみの結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)と真理のライドキャリバーは輝きの華への近接攻撃を交えながらを余儀無くされたがレオナルドの火力とプライド・ワンの精度はそれを補って余りある。
(「俺だって、戦いたくて戦っているわけじゃない。戦うのはいつだって恐い……だけど、戦わないを選ぶことと『戦えない』は同義じゃない」)
 臆病な白ライオンの胸に燃え盛る獄火焔は、貪欲にその牙を突き立て命を啜り上げてゆく──戦い続ける為に。
「『戦わない』勇気すら奪われ戦えないだけの生き物に成り下がることを俺は理想だなんて呼ばない!」

 水色の小さな翼とぴよ毛がふわふわと最前列を翔けぬける。
「ヴェクさんっ……」
 ヒール役の一角であり第3の盾として文字通り飛び廻り続けた鞠緒の翼猫ヴェクサシオンがビルシャナ師弟からの強撃を一身に受けて力尽きたのだ。
 だがその白銀の双眸は決して法師から逸らさない。鞠緒には法師を弱体化させ攻撃効率を高めるという役割が有る。
 白ハツカネズミが刹那見せた、馴染みの尻尾を探すさまには少し胸痛んだけれども。

 ──確かにケルベロスは常に争乱の只中にいる。
 だがそれは元凶だからではなく、襲い掛かる争乱の波に抗い必死で押し留め続けて来たからだ。
「理想を実現させる為の責任も痛みを背負う覚悟も伴わない連中に……」
 遅滞する『時』は凍結の魔弾としてさくらの杖に宿り、覆い尽くさんばかりの吹雪と化して散華舞わせる。
『ホッホッ──ホ……ッ??』
「力無き者の盾であれと矜持を持って命を守る為、世界の平和の為に戦う人達を勝手に悪だと決め付けられたくないわ」
 桜花の天使は避け得ぬ冷たき『死』を不死たる神鳥の身へと降ろすのだった。


『カムイカル法師サマこの胸にフォーエバーぽっぽ~……♪』
『ソウだ小鳥ヨ、あのモノのイシをツぎウタうがイイ』
 金属蔦が華と小鳥を取り囲むように生い茂り、防御を固めてゆく。
「粗奴らはの、お主の心を利用しているだけじゃ。音楽なんぞどうとも思っとらん。騙されてはならぬ!」
 守るを口実に鎖すその様はまるで鳥籠では無いかと憤りギターを掻き鳴らす戀。
「いやあ歌はええのうお前さんの言ってることは間違っちゃない。でものう……痛いんじゃよお主の歌は。体だけじゃなく心ものう」
 大袈裟に身を捩りながらビルシャナへと痛がってみせる余白に対して、
『身も心も平和の敵である何よりの証拠ぽっぽ~♪ ノーウォーぽっぽ~♪』
 返された言葉は肯定。後衛列へ向けて心身を蝕む歌声を浴びせ掛けられる。
 姿も形も無いそんな害意に立ち向かうは、光性機天使モードで我が身を猛攻の只中へと晒す真理とゼブラ柄のリングコスチューム纏う肢体を颯爽と翻すひかり。
 鎧うすがたは違えどもケルベロスの盾達は自陣を支え続ける。
「……最初に教義を聞いた時は、私もそういう世界は良いなって思ったですよ。誰も傷付け合わないし、誰を憎む事もない、穏やかで平和な世界――それって正直、私の理想の世界でもあるです」
 ぽつりぽつり、その苛烈な戦闘行動とはまるで無縁に淡々と、真理が零した。
 だが実際には……そんな教義が熾した戦火から悪だ敵だと他者を憎む歌声は絶える事無く、恋人や仲間達を傷付けさせまいとする己はこうして損傷を重ねている。
「私も歌は大好き。元気を出したい、慰めがほしい。そんな時、好きな歌が支えになるよ」
 だから平和を求める歌を皆に伝えるそんな貴女の本当の『心』もきっと素敵な筈とひかりは笑いかける。
「でも、今の貴女はどう? 彼が……デウスエクスが貴女の思いを認めたから『ケルベロスは悪人だ』と疑わずに信じられるの?」
「法師は貴方の願いを肯定してくれたんだよね? なのに、なぜ争いを止める歌声ではなく他者を傷つける力を与えたの?」
『この歌声は世界から戦いや競争を捨て去る為の力ぽっぽ~。世界平和実現のためイチバン捨てられるべき存在のケルベロスへ向けるのは当然ぽっぽ~』
 すかさず矛盾点を突くマルレーネの指摘もケルベロス=悪の思い込み、あるいは刷り込みを絶対のものと考えるこのビルシャナにとっては些細なこと。
「…………っ」
 残酷なまでに無邪気な断言を前にさくらがまた少し眉を顰めた、が――大丈夫、踏み止まれる。
「私達は貴方を攻撃していないのに、どうして貴方は攻撃してくるの?」
 矢継ぎ早のマルレーネからの問い。今度はその言葉の通り全くの無傷の小鳥はそういえばといった様子で小首を傾げたが、それも一瞬。
『ソンナモノは一戦術、オマエタチのツゴウに、スぎナイ』
 我が倒れたその瞬間からケルベロスはみな掌返してお前へと牙剥くだろうと囁く『華』の台詞は、しかし、共有される方針上そうなってしまう可能性も零ではない。
 鳴り響く駆動音。斬、と、一気に切断され薙ぎ倒されてゆく鉄の蔓枝。
 輝きの華の周囲で蠢くそれらを、金属と金属が散らす火花の中、真理の改造チェーンソー剣が躊躇無く切り拓いてゆく。
「……マリーの邪魔はさせないのです」

 説得に気力を割きながら輝きの華撃破をも目指すケルベロス達。
 各々の戦闘行動からは先迄の切れ味が鈍る局面も見受けられたが敵側も戦力の要であった法師を失い、差し引けば大過なく闘いは繰り広げられている。
『……んもうっ、いつまでもベラベラグチグチうるさいぽっぽ!』
 白きビルシャナは苛立ちや動揺を募らせてゆくが説得は果たせぬという戦況下。

「歌はええのう、うちもたまに鼻歌とか無意識にやっとるわ。そんな気持ちを利用して戦わせようとするやつにはキッツいお仕置きが必要じゃな!」
 すらり、黒光りするハイヒールを高らかに踏み鳴らせば余白仕込みの暗器から噴き出した超火力がしたたかに『華』を灼き炙る。
「心静かに――恐怖よ、今だけは静まれ!」
 陽炎に辺りの風景を揺らがせながらレオナルドから放たれしは居合い抜刀『獣王無刃』。
 その高速の剣閃の前に、アルカイックスマイルを貼り付けたまま上下まっぷたつと化したダモクレスの上半身が宙を舞う。
「プライド・ワン――」
 トドメの炎は、デットヒートドライブ。
 最後列から一気に急発進した漆黒の全速突撃の前に、遂に、2体目のデウスエクスも稼動停止に陥る。

『シメイ……、……データ……』
 残火燻る宙から無数の破片撒いて地へと墜ちた天使の残骸を見下ろしながら、
「──何度来たって、諦めないですからね」
 真理は、独り、そんな誓い/呪いを口にするのだった。


 遂にひとりきりとなった小鳥のビルシャナはいまだ心開く気配遠い。
 あたしも平和も決して負けたりはしないノーケルベロスと今まで以上の激唱がケルベロスを苛なむ中で、不意の、グラビティを伴わぬ歌声。
 説得が届いているか否かをその赤瞳で見定めていたマルレーネは小鳥の歌にとある反戦歌を重ねた。
 戦いを止める為の貴女自身の歌こそを聴かせて欲しいのだと『少女』へ訴えながら。
『……わ、悪いケルベロスをぜんぶ倒せば戦いは止まるぽっぽ』
 口ずさんだその曲の英詩を半分も理解できていない様だがそれでも何かに響いた様子だった。
「貴方の理想、俺は素晴らしいものだと思います。だから、わかりません……何故、貴方はそれを諦めてしまったのですか?」
 レオナルドは大いに嘆いてみせた。結局は理想を諦め妥協を選んだからこそ暴力での押し付けすら平然と出来るのだと。
「うむ、お前さんが信じた音楽の力ってのは結局こんな暴力なんかいのう?」
『ち、違う……これは、平和の力で……』
 先に余白が彼女の歌声を痛がってみせた時とは全く異なる困惑が既にそこには浮かびつつあった。

「絶対にケンカも競争もない世界って、相手の事を知れない世界だとも思うのです。時にはケンカして、でもその中で気持ちを言い合って、ちゃんと仲直り出来るのが本当に平和な世界だと思うです。競争だって、相手の気持ちとか考え方を知らなくちゃ勝てないのです」
 『封殺』を冠する菩薩が謳う『争いのまったくない世界平和』とは結局誰かの我慢や犠牲の上で成り立つもの。
 静かにそう論破する真理が『少女』に否定させたいのはあくまでも菩薩の教義だ。
 それがどれだけ稚く拙いものでも歪められ利用されようとも魂の発露たる彼女の歌だけは嫌いにはなれなかった。
「闘いの中で生まれた、さっきの、法師や輝きの華の為の怒りを乗せた歌。原石という感じで良いなって思ったから……私達の事も知って貰って、一緒に歌詞を考えられたら楽しそうだな、って思うのですよ」
『……ケルベロスと、歌を?』
「それはよい考えじゃ! たとえば……この『星雲の儚き光』は癒やしを届ける幻想曲じゃ」
 爪弾かれるインストロメンタル。天の星々すらも宇宙全体からみれば儚き定命の光。それでもこの地を照らし続けてくれる。
「――そんな戀ちゃんのイメージを伝える為にこの曲に用いられてる技法は判る?」
『ぎ、技法? えぇっと??』
 突然に割り込んだのはさくらだ。褒めるばかりではきっとこの『小鳥』は飛び立てない。
「今のままのあなたの歌はわたしの心には全然響かないわ……それは、あなたが戦う事から逃げたから」
 掲げた夢や理想のため自分と向き合い努力し、他者と競い高め合う。それもまた戦いだ。
 ただ部屋に閉じ篭もり都合の良い言葉に乗せられ、人である事からすらも逃げ出して、人を傷付ける。それがあなたが望む平和の歌かとさくらは毅然と非難し、挑発してみせた。
「反論があるなら聴かせてみなさい、あなた自身の魂の音楽を!」
『あたしの、音楽……あたしは……これがあたし?』
 自らが備える嘴や鳥人としての白い羽毛に違和感を覚えだし頭を抱えた小鳥の手羽に鞠緒がそっと触れる。
「そもそも頭でっかちに考え過ぎなんですわ。歌はもっといろんな事を伝えられるんです。例えば平和と同じぐらいステキなもの――『愛』とか」
 そんな囁きののち、唐突に、ハジマリハジマリ『忍び愛――谺音』。
 印を結べばドロンと見参。愛おしき黒髪紫眼は残霊すらもらぶぱわー。此の世を忍ぶ二人の恋物語、謡いましょう――♪
『え、え、ええええええ!???』

 ――――たぶんきっと、ずっと欲しかったのはこんなふうな、輪だ。
 聴いて聴かせて、歌って奏でて、重ねて響かせて……。

「あたし、歌いたい。平和もそれ以外も。けど……歌えないですこのままじゃ」
 鳥のまなこから零れ落ちたのは大粒の人の涙。
 こんな嘴も翼も要らない。本当の自分に戻って歌いたいし上達したいしもっと音楽や世界を知りたい。あとステキな恋だってしてみたい。
 搾り出すような『少女』の声は、欲張りに、人間として『戦う』未来を望んでケルベロスへと助けを求める。

 ――歌って 世界の隅から 叫んで 今 産声をあげた♪

 幾つもの想い乗せたグラビティが、音楽が、無限の未来をたぐり寄せる為にと色鮮やかに拡がってゆき……しばしの後。最後のビルシャナは消え失せ、夢見る少女が一人、穏やかな寝息を立てていた。
 さくらの手がテープを千切り、立入禁止の封鎖を解けばそれが依頼完了の合図。
 鳥籠はもう、この娘には、必要ないのだ。

作者:銀條彦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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