――カラン。
ドアベルの音が来客を知らせる。入り口すぐには『里親募集中』の張り紙に犬の写真が貼ってある。ここは里親募集型の犬カフェ。ここで気に入った犬を見つけて引き取るために来る人もいるし、普通に飼い犬連れでお茶しに来る人もいる。更には彼女みたいに住んでいる場所等の都合で犬を飼えない人が、純粋に犬と触れ合うために訪れたりもする。
席に座り、コーヒーを注文し犬達を眺めていると……一匹の子犬が足元に寄って来ていた。
女性が子犬を抱き上げ見つめると、子犬は可愛らしく小首を傾げた。
「ずっきゅううううん! そのつぶらな瞳、仕草! まさに大正義ぃいいい!」
女性は一瞬にしてビルシャナへと姿を変えていた。
「やはり、犬推しのビルシャナもいましたか」
修月・雫(秋空から落ちる蒼き涙・e01754)がため息をもらす。
「はい、雫さんの予想通り、犬に対しての『大正義』を目の当たりにした一般人が、その場で、ビルシャナ化してしまう事件が発生します」
セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は答えながら説明を続ける。
「このまま放置すると、その大正義の心でもって、一般人を信者化し、同じ大正義の心を持つビルシャナを次々生み出していく為、その前に、撃破する必要があります」
大正義ビルシャナは、出現したばかりで配下はいない。しかし周囲には犬カフェを訪れた一般人がいる。大正義に感銘を受けて信者になったり、場合によってはビルシャナ化してしまう危険性がある。
「大正義ビルシャナは、ケルベロスが戦闘行動を取らない限り、自分の大正義に対して賛成する意見であろうと反論する意見であろうと、意見を言われれば、それに反応してしまうようですので、その習性を利用して、議論を挑みつつ、周囲の一般人の避難などを行うようにしてください」
しかし、賛成意見にしろ反対意見にしろ、本気の意見を叩きつけなければ、ケルベロスでは無く他の一般人に向かって大正義を主張し信者としてしまう。議論を挑む場合は、本気の本気で挑む必要があるだろう。
「避難誘導時に『パニックテレパス』や『剣気解放』などの、能力を使用した場合は、大正義ビルシャナが『戦闘行為と判断してしまう』危険性があるので、できるだけ能力を使用せずに、避難誘導するのが望ましいです」
店の中には客、従業員合わせて15人と犬が20匹程。一般人は避難指示に素直に応じてくれるだろうが、犬の方はそうはいかない。ビルシャナという見慣れないものを見て興味を持ってしまう好奇心旺盛な犬や、怯えて咆え始める犬等いるだろう。大正義ビルシャナの注意がそちらへ向いてしまったら一般人が狙われかねない。
「避難させる時は、犬達の注意を大正義ビルシャナから何とか逸らせて移動させる必要がありそうです」
「大正義ビルシャナは子犬の仕草や従順さが大好きみたいです。戦闘面においては、ビルシャナ化したばかりか、戦闘力はあまり高くはないようです」
大正義ビルシャナは強い心でビルシャナ化した為、説得して一般人に戻す事は出来ない。
「同じ犬好きとしては放っておけないですね」
犬好きを理由に暴れて欲しくはないと、雫が語る。
「出来るなら一般人の方だけでなく、犬達も無事に避難させてあげてください」
参加者 | |
---|---|
メルティアリア・プティフルール(春風ツンデレイション・e00008) |
ペトラ・クライシュテルス(血染めのバーベナ・e00334) |
修月・雫(秋空から落ちる蒼き涙・e01754) |
外木・咒八(地球人のウィッチドクター・e07362) |
天野・司(心骸・e11511) |
チェリー・ブロッサム(桜花爛漫・e17323) |
ルベウス・アルマンド(紅い宝石の魔術師・e27820) |
地留・夏雪(季節外れの儚い粉雪・e32286) |
●
「犬も猫も他の動物も、みんな可愛いと思うから……別に今回のビルシャナの主張を否定するつもりはないんだけど。でもビルシャナになっちゃった以上は何とかしてあげなくちゃね」
「犬が好きなのは結構なことだが……それで危ない目に合わせてるんなら本末転倒だな……ったく、めんどくせえ」
「確かに子犬は可愛いけれどぉ、いずれ犬のためにとんでもないことをしてきちゃいそうねぇ」
犬カフェの前へと到着したケルベロス達。避難指示を担当する、メルティアリア・プティフルール(春風ツンデレイション・e00008)、外木・咒八(地球人のウィッチドクター・e07362)、ペトラ・クライシュテルス(血染めのバーベナ・e00334)の3人が言葉を交わしていると、
「ずっきゅううううん! そのつぶらな瞳、仕草! まさに大正義ぃいいい!」
店内からビルシャナの叫びが聞こえてくる。
「そろそろ、行きましょう……」
同じく避難指示担当の地留・夏雪(季節外れの儚い粉雪・e32286)の言葉に、他の3人も頷くと音をたてないよう、こっそりと店内へと侵入した。
「ケルベロスが来たから大丈夫よぉ、落ち着いて避難してねぇ」
突然の出来事に怯えていた人達へ声をかけるペトラ。
ケルベロスだと明かし、安心させるように優しく。
「店内にいると危ないから避難してくれねぇか」
「お客さんは、慌てず静かに避難をお願いします」
「心配しないで、……できるだけ遠くに、なるべく早く逃げて」
咒八、夏雪、メルティアリアの3人も店内を回り、一人一人に声をかけていく。頼りになる声で。丁寧な口調で。穏やかな声で。
「従業員さんは、犬の中で臆病な子、逃げにくいような子がいる場合は、優先して避難させてあげて」
客達が移動を開始したのを確認して、従業員へと声をかけるメルティアリア。
「犬さん達は普段慣れ親しんだ、従業員さん達の方が言う事を聴き易いと思うので……」
夏雪はそのまま店の外へ連れ出してあげて欲しいと付け足し、犬達の避難へと向かった。
「ほおらワンちゃんたち、お姉さんと遊びましょ?」
「玩具は沢山ありますが、ここは狭いので外で遊びましょうね……」
突如現れたビルシャナに興味を示している犬、怯えて威嚇しようとしている犬、それらにペトラと夏雪がボールやホネ型の玩具を取り出して、目の前にちらつかせ注意を引こうとする。
ようやく興味がビルシャナから玩具へと変わり、出口へとそのまま誘導した。
「ったく、めんどくせえ」
咒八が隅っこで騒ぎに気が付かずに眠っている子犬を発見すると、文句を言いながらも急いで駆け寄る。元々面倒見がいい性格。見つけたからには放ってはおけない。
「その子で最後だよ」
出口からメルティアリアの声。
咒八は頷くと、よっと眠ったままの子犬を抱きかかえると、出口に向かって走り出した。
●
「それでは、僕達も行きましょうか」
避難指示組が侵入して少しした頃、中の様子を窺っていた、修月・雫(秋空から落ちる蒼き涙・e01754)が待機していたメンバーに声をかける。
「ちょっと待ってくれ。今着替えてるんだ」
何かの着ぐるみに着替えようとしている天野・司(心骸・e11511)。
先に行きますねと、司に一言残し3人は犬カフェの入り口へと向かった。
「犬が可愛いのは正義、確かにそうですね。無邪気に遊んでいるところや寝顔とか、犬を見ているだけでも何時間でも過ごしていられます」
店のドアを勢いよく開け、雫は注意を引くため大声でビルシャナに向かって語り始めた。
「ただ見ているだけじゃなくて、犬と一緒に遊んだり、お散歩したりするのもいいですよね。それによってもっと仲良くなれますし、一緒に散歩する動物って大抵の人は犬を思い浮かべると思うんですよ」
「いいね、いいね。わかってるじゃない! 散歩に行って一緒に遊ぶのも最高!」
「犬が可愛いのは同意だ。柔らかな毛並み、感情豊かに動く尻尾! 病院とか嫌がって首輪がもっちりした首にめり込むくらいの抵抗! 流石古代からの人類の友!」
少し遅れて入ってきた司が同意する。
「……けど、犬だけが愛らしさの正義、とは限らない!」
しかしすぐに別の意見へと……。
「猫はどうだ。普段は冷たくとも、餌とかおねだりする時には甘えてくるギャップ! 従順な犬とは違う、自由気まま好き勝手! 故にお馬鹿な事とかしちゃって大変可愛い! 構って欲しさにちょっかい掛けてくるのも良いもんだ!」
司が猫の着ぐるみを着て猫を語る。
「犬よりも猫よりもかわいい生き物がいるんだよ!」
ちょっと待ったと割り込む、チェリー・ブロッサム(桜花爛漫・e17323)。自身の大きな耳を軽く一撫でして、
「そう、ボクと同じウサギだねっ! ふわふわで丸いボディ! もそもそとご飯を食べる口元! 寂しがりやで自分から近寄ってきて感じる暖かい体温! たまんねー! やっぱりウサギが最高!」
ウサギについて語り始めたチェリーに、司が反応する。
「いやいや、やっぱ猫だろ」
「ウサギが一番だよ!」
「猫!」
「ウサギ!」
「犬に決まってるじゃない!」
『うるさいっ!』
2人のやり取りに、ビルシャナが割り込むが、息ぴったりにバッサリ。
仲がいいのか悪いのか……。
「そこのあなたはどうなの?」
ビルシャナが2人のやり取りを黙ってみていた、ルベウス・アルマンド(紅い宝石の魔術師・e27820)へと問いかける。
「……私は猫のほうが好きだわ」
一呼吸置くと、ルベウスがゆっくり語りだす。
「身勝手で気分屋、お腹が空いたときと暇なときしか構ってくれない。そんなワガママな猫だけれど、それが許されてしまうほどの愛らしさと、それを自覚している傲慢さが、とても美しいと思わない? 勿論、健気なわんこちゃんも嫌いではないけれど……愛情に貪欲になった猫ほど人を狂わせるものはないわ」
それを聞いたビルシャナは雫の元へ。
「どうやらわかってくれるのは、あなただけね」
「それは……どうも」
けど、と雫が纏う空気が変わる。
「今のあなたでは同じ犬好きの人や犬達に危害を与えかねません」
視界の端に避難指示組が戻ってきているのが見えた雫は、武器を構える。
それを合図に他のメンバーも戦闘態勢へと入った。
●
「援護します……」
夏雪が喰霊刀を構え、魂のエネルギーをチェリーへと分け与える。
「闘気爆裂! いっきまーす!」
チェリーがグラビティチェインで身体を強化。狙いを定め踏み込むと雷のような速さでビルシャナへと肉薄。放たれた一撃でビルシャナが店内のカフェスペースからふれあいスペースへと、柵を越え吹き飛ぶ。
「おねんねするには、まだ早いわよぉ」
「安らぎへの憧憬に沈め」
壁に打ち付けられ、倒れている所へとペトラが放った虚無魔法が襲い掛かる。更に、咒八の薬を用いた攻撃がビルシャナの身体を痺れさせていく。
「今までの話は嘘だったのかーっ! ぐぐっ体がしび……れて動けないっ」
「猫が好きなのは本当よ……けどね相手がビルシャナとなると、仲良くとはいかないの。だから……消えてね」
ゴシック調の黒いドレスに身を包み、無表情に告げる様は悪役のそれである。内心ノリノリなのだが、もちろん表情には出さない。
ルベウスが右手を上げると、頭上に黒太陽が具現化される。そして手を振り下ろすと同時、ビルシャナに向かって黒光が降り注ぐ。
光が降り注ぐ中、精神を集中していた司が叫ぶ。
「にゃーん!」
猫の着ぐるみのまま、招き猫のポーズをとる司。叫びに呼応するようにビルシャナの居る場所に爆発が起きる。その爆発は猫の形をしていた……。
「くらえーっ!」
ビルシャナが起き上がり、炎を放つ。放たれた炎は鳥の形を成し、雫へと襲い掛かる。
すかさずメルティアリアがオーラで雫を包み込み、傷を癒す。
「ありがとうございます、メルティアリアさん。さあ、炎のお返しです」
反撃に雫の放つ炎が、ビルシャナを焼く。
「いい加減倒れてよ!」
チェリーの音速を超える拳が胴を撃つ。
どれくらいの攻撃をビルシャナに与えただろうか。攻撃能力は大したことはないのだが……厄介なほどの回復力を持っていた。ダメージを受ければ回復行動を優先する。しかし、それも限界が近い。回復しきれていない傷が目立つようになってきていた。
「当たると痛いわよぉ!」
ペトラが魔力を込めた指先で空中をなぞる。描かれた光の五芒星が高速回転をしながらビルシャナに降り注ぐ。
司が放つ達人の域に達した……肉球パンチ。折角の着ぐるみ、司なりの遊び心だ。しかし威力が衰えるわけではない。ビルシャナの顔面目掛け容赦なく肉球を押し付ける。
「……やっべぇ、すげぇモフモフだ……鳥も良いな!!」
手に伝わる感触に攻撃をしながら感想をもらす。
「ったく、めんどくせえ奴だなっ」
咒八のライトニングロッドから雷がほとばしる。ビルシャナに襲い掛かる雷に司が慌てて下がる。
「大丈夫……。痛くない、です……」
夏雪の詠唱に、粉雪が舞い降りる。雪は前線で攻撃を受け続けた、メルティアリアの元へと降り注ぎ……傷口にゆっくりと浸透して傷を癒していく。
「もうひと頑張り……ヴィオレッタいくよ」
メルティアリアが炎を放ち、それを追うようにボクスドラゴンのヴィオレッタが突撃する。
「回復が……追い付かない!?」
回復を試みるビルシャナだが、もう限界。傷はほとんど癒えない。
ルベウスが氷河期の精霊を召喚。無数の氷がビルシャナを囲む。
「もっと時間があれば大きいのもできますけど、これでも充分ですよ!」
その隙に詠唱を終えた雫。いつの間にかビルシャナの頭上には雷雲。
――閃光と轟音。
雷に撃たれ、遂にビルシャナは灰となり消滅した。
●
派手に壊れた店内をようやく片付けたケルベロス達は、店内でしばし休憩をすることにした。
既に通常営業に戻っており、カフェスペースにも客が戻ってきている。
「今度こそ、ゆっくり遊びましょ?」
「さあ、おいで、犬ころ共。遊んであげるわ……」
ペトラとルベウスが犬と遊ぼうと、ふれあいスペースに入っていくと、夏雪がホネ形の玩具を振って子犬と遊んでいた。
雫も子犬と遊んでいる。ボールを転がすと嬉しそうに跳ねながら追いかけては、くわえて戻ってくる。そしてまた転がす……。
猫の着ぐるみのまま司が床に座っていると、興味を持った犬達が寄ってきてじゃれ始める。
「噛まれちゃってるけど、大丈夫なのかな?」
「犬達も楽しそうだし、いいんじゃないか?」
噛みつかれているのを心配した、メルティアリアが声をかける。司は平気そうに犬を撫でていた。
「なーにが犬だーっ! 恋人にするなら犬系彼女よりウサギ系彼女でしょ! ボクもウサギ系女子の端くれとして恋人に甘えたいなー! ああ! ダメなのに、心が寂しがってついついカレにくっついちゃう!」
チェリーは店の端で絶賛デートの妄想中だ。
「ん……なんだ?」
座っていた咒八の隣に、子犬が寄ってきたかと思うとそのまま丸まって眠り始めた。よく見ると、さっき咒八が抱きかかえて避難させた子犬だ。どうやら懐かれたらしい。
「ごめんね、もう行かないと」
まだ遊んでほしそうにしている、犬のくわえているボールを回収するルベウス。
閉店時間が近付き、一同名残惜しそうに犬達に別れを告げると、店を後にした……。
作者:神無月シュン |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年3月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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