早春の音楽祭

作者:崎田航輝

 冬の厳しさも峠を超え、風が暖かくなりだした頃。
 街には人々の楽しげな声と、音楽が響き渡っている。
 この日、市街では音楽を中心にした祭りが開催されていた。
 通りにある屋台では、あらゆる食べ物が並び、広場のステージでは、アマチュアの飛び入り参加も含めて、音楽家達が朗らかな歌や演奏を聴かせている。
 それは、春を一足先に楽しむ、陽気で暖かな祭りだった。
 仲春と呼べるこの時節は、冬ごもりから表に現れる生き物もいる時期でもある。
 人々も、厳しい寒さを愛おしむように、そして春の訪れを歓迎するように。美味しい食べ物を食べ、音楽を味わい、新しい年に弾みをつけようと、各々の時間を楽しんでいた。
 しかし、そんな時。
 春空を突っ切るように、高所から降ってくる異形があった。
 それは巨大な牙のような塊。大音を上げ、地面に突き刺さるように降り立ったそれは、直後に鎧兜を纏った骸骨へと変貌する、竜牙兵であった。
「貴様等ノグラビティ・チェインヲ、全テ貰ウゾ!」
「サア、憎悪ト拒絶ヲ。絶望ヲ、見セテミロ──!」
 竜牙兵達は高らかに言うと、剣を掲げ、人々を強襲し始めた。
 祭りは、一転して混乱の渦に巻き込まれる。
 竜牙兵はそんな中、刃を振るい、血を撒き散らしていく。絶望を生む牙は、ひとり残らず、無辜の命を刈り取っていった。

「野外で音楽を楽しむにもいい季節になってきましたね」
 イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)は、そんな風に言葉を零す。
「けれど、デウスエクスが出てしまっては楽しむことも出来ませんので……今回もまた、皆さんに協力してもらいたく思います」
 それから改めて、ケルベロス達に説明を始めていた。
「本日予知されたのは、竜牙兵の事件です」
 以前より、『竜牙竜星雨』の精鋭部隊として竜牙兵が町に送り込まれる事件が続いている。今回もその一件ということになるとイマジネイターは語った。
 目的は、グラビティ・チェインの為の殺戮だ。
 このままでは一帯は破壊され、人々の命が奪われてしまうだろう。
「皆さんには、この竜牙兵の撃破をお願い致します」

 状況の詳細を、とイマジネイターは続ける。
「敵は、竜牙兵が3体。場所は市街地の中心となります」
 丁度祭りが催されていて、人の数が多い状態だ。
 今回、事前に人々を避難させると、敵出現場所が予知とずれてしまうので、それを行えない。
 ただ、幸い、ケルベロスが現場に到着した後は、警察が避難誘導を行ってくれる。
「避難を完全に任せてしまっても問題ありません。皆さんは到着後、出現している竜牙兵に向かい、すぐ戦闘へ入って下さい」
 一度戦闘へ入れば、敵の狙いもこちらに集中するだろう。そこで撃破すれば、被害はゼロで済むはずだと言った。
 では竜牙兵の能力について、とイマジネイターは言う。
「3体全てが剣を装備しています。ゾディアックソードと同等のもので、片手装備です」
 各能力に警戒をしておいてくださいね、と言った。
「撃破できれば、お祭りにも寄れると思いますので。是非、作戦成功してきてくださいね」
 イマジネイターは言って、頭を下げた。


参加者
呉羽・律(凱歌継承者・e00780)
リーズレット・ヴィッセンシャフト(その呪いは私の鼓動を止める・e02234)
イブ・アンナマリア(原罪のギフトリーベ・e02943)
神宮時・あお(囚われの心・e04014)
朝霞・結(紡ぎ結び続く縁・e25547)
アルテローゼ・ローズマリー(海渡る風の詩・e44464)
今・日和(形象拳猫之形皆伝者・e44484)
アクア・スフィア(ヴァルキュリアのブラックウィザード・e49743)

■リプレイ

●接敵
 音楽の響く市街に、ケルベロス達は駆けつけてきていた。
 街は戦闘前の一瞬の平和の中、祭りに湧いている。アルテローゼ・ローズマリー(海渡る風の詩・e44464)は楽しげに見回していた。
「これが日本のお花見だね!」
「音楽が賑やかだねっ。あっ、屋台もいい匂いがするーっ」
 今・日和(形象拳猫之形皆伝者・e44484)もまた、興味を惹かれたように眺めている。
 ただ、日和も警戒は欠かしてはいない。丁度、上空から異形の牙が降ってくるのも、その視界に捉えていた。
「竜牙兵、現れましたね」
 アクア・スフィア(ヴァルキュリアのブラックウィザード・e49743)はそれを見上げつつ、ちょっとだけ緊張を浮かべている。
 初と依頼となれば、うまく戦えるか不安だ。それでも、最善を尽くす気持ちに違いはない。
「急ぎましょう」
 その声を機に、皆も速度を上げ、疾駆する。
 神宮時・あお(囚われの心・e04014)は、過ぎゆく楽しげな人々に目をやる。それから、全てを破壊せんと現れた、その牙を見上げた。
(「……新しい、季節は、わくわく、するもの、だ、そう、ですが……竜牙兵は、お呼び、では、ありません、ね」)
 楽しむということ、その感情が、あおにはわからない。それでも、敵を倒さねば多くのものを失うことだけは分かる。
 あおにはそれが何より、嫌だった。
(「ですから。……ご退場、願い、ましょう」)

 現場は既に、地面に落ちてきた牙に騒然としている。
 そんな人波の中で、牙は竜牙兵へ変貌。剣を振り上げ、殺戮を開始しようとしていた。
「サア、憎悪ト恐怖ヲ見セテミロ……!」
「おっと、させないよーっ! ボクが相手だ!」
 と、丁度その時だ。
 空に虹がかかったかと思うと、眩い光が高速で落下してきた。
 それは、高空から滑空してくる日和。そのまま勢いを乗せた蹴りを叩き込み、竜牙兵を吹っ飛ばしていた。
 転げた竜牙兵は、日和を睨み上げる。
「何ダ、貴様ハ……、ヌ……!?」
 と、さらに次の瞬間、別方向から衝撃が竜牙兵を襲ってきた。
 低空を飛翔するあおが、駆け抜けるように槍で薙ぎ払っていたのだ。嵐のような一閃は、3体の脚を纏めて払い、派手に転倒させていた。
 この間に、人々は警察の誘導で退避を始めている。竜牙兵達は憎らしげに、包囲してくるケルベロスを見回していた。
「貴様等……番犬共カ」
「そうだよ! ここは通さないからね!」
 そう毅然と声を返すのは、朝霞・結(紡ぎ結び続く縁・e25547)だった。異形の殺意に怯むこともなく、びしりと指さしてみせる。
「憎悪も拒絶も……ましてや、絶望なんて要らないよ! そんなものは全部、あなた達自身で持っていったら良いよ!」
「……ドウヤラ、死ニタイラシイナ!」
 敵意を浮かべた竜牙兵は、3体で攻め込んできた。
 だがその一撃は、日和がうまく防御。さらに残る二刀も、別方向から来た刃が、受け止めていた。
 それはリーズレット・ヴィッセンシャフト(その呪いは私の鼓動を止める・e02234)。歯車仕掛けの大鎌“Deathscythe Hell”を盾のようにして、剣を受けきっていた。
「そう簡単に、やられる私達じゃないぞ!」
「グッ……!」
 呻く敵のその刃を、リーズレットは段々と押し戻していく。同時に気合を込めて自己回復もしていた。
「こっちにも、守るものがあるんだからな!」
 そのまま、リーズレットは剣を弾き返していく。
 この隙に、結は眩い光球を投射して、狙撃役の能力を強化。アルテローゼもフィドルの音色とともに「想捧」を歌い上げ、前衛を治癒しながら感覚を鋭敏化していた。
「さあ、今だよ!」
「ああ。人々も逃げてくれたことだし、遠慮はいらないね」
 アルテローゼに応え、ブレスレットにそっと触れるのは、呉羽・律(凱歌継承者・e00780)。
 それはオウガメタルの“ノク”。輝きとともに流動し、細剣に変化していた。
「後は、こちらの舞台。さぁ、戦劇を始めようか!」
「僕もいくぜ。律くん、歌に踊ってくれよ」
 そう声を継ぐのは、イブ・アンナマリア(原罪のギフトリーベ・e02943)。
 次の瞬間には、夢想をテーマにした曲、「DORNro:sCHeN」を歌い始めていた。
「幾つもの夜を越えて、醒めない夢を終わらせて──笑顔で「おはよう」を言うキミに、いまから会いに行くために──」
 響くのは、夢の中を彷徨うロックバラード。その幻想的な旋律が、心を魅了するように竜牙兵達を縛りつけていく。
「ありがとう、アンナ」
 その中で律は剣舞のように、骸骨の体を斬り刻んでいく。
 竜牙兵達はそれでも反撃を狙ってくる。が、そこへはアクアが、上空から氷気を湛えていた。
「冷気の一撃よ、敵を皆凍えさせてしまいなさい」
 瞬間、放たれた氷の刃は3体を鋭く襲い、足元を凍結させて蝕んでいく。

●闘争
 竜牙兵達は、何とか体勢を整え、剣を構え直していた。骸骨の顔に浮かぶのは最早、憎しみの色だけだ。
「人間ノ犬共メ……我等ノ邪魔バカリシオッテ──!」
「そっちこそ、同じことばかりやって、懲りないねーっ、ホネホネクン!」
 と、日和はそれを怖がるでもなく。あくまで朗らかに返していた。
「お腹がすいて判断力までなくなっちゃったのかな? かわいそーっ」
「……愚弄スルカ。我等ノ意思、目的ハ常ニ明瞭ダ」
 竜牙兵は剣先を突きつけてくる。
「街モ人モ、破壊スル。ソレダケダ」
「ううん、そんなこと絶対にさせないぞ」
 リーズレットは、それに首を振っていた。
「春の陽射し……花の乱舞……そして人々が笑顔になれるお祭り! そんな幸せな場所を荒らすなんて許せない。私は笑顔を見るのが好き──だから、みんなの命、絶対に奪わせないぞ!」
「ソンナモノ……ッ!」
 竜牙兵は最早問答無用とばかり、走り込んでくる。
 だが、そこで律が一つ、呼吸を整えてみせていた。
「今度は俺が歌ってみせよう」
 瞬間、紡ぐのは『第七の凱歌』。テノーレの声で歌う、紫紺の霊歌だった。
「夜の帳纏いし紫の歌よ……彼等から奪い給え──!」
 命と死を秤にかけ、光と闇を入れ替える呪詛の調べ。それが空気を震わせると、1体が生命を奪われて苦しむ。
「じゃあ、僕が合わせるぜ」
 と、イブがそこで、声にオーラを乗せた。
 生み出すのは、鳥の囀りの如き短い旋律。だがそれが空気を伝うと、波のように衝撃が大きくなり、魂を震わせて竜牙兵の生命を喰らっていく。
 連続して、そこに厳寒の如き吹雪が吹いてきていた。
(「これで、きっと……」)
 それは、氷河期の精霊を喚び出している、あおの攻撃だった。精霊は3体を巻き込むような寒風を生み、その体を凍らせていく。
(「……終り、です」)
 瞬間、暴風に吹かれて瀕死の1体が氷結。そのまま砕けて、跡形も無く消えていった。
 2体になった竜牙兵は、波動を撃って反撃する。が、直後には結が、グラビティを蒼く燃える翼に変えて、癒しの力を発現していた。
「大丈夫だよ。すぐに回復します、なの!」
 その力は、『蒼焔華翼』。治癒の焔は氷を融解させ、温かな感覚とともに傷も癒していく。
 次いで、リーズレットはボクスドラゴンの響に治癒を進めさせつつ、自身も翼から光を放って味方を万全にしていった。
 竜牙兵は再度攻撃をしようと剣を掲げる。が、その頭上から、日和が翼を駆って背後に降下してきていた。
「ドコ見てるの。攻撃しちゃうぞっ!」
「クッ……!」
「遅いよーっ! フィンガリング! コレで石になっちゃえ!」
 振り向く竜牙兵が攻撃する前に、日和は関節を狙って一撃。拳でグラビティを流し込み、石化させる。
 慌てる竜牙兵へ、アルテローゼは離れた位置からフィドルを構えていた。
「一辺倒じゃなくて、もうちょい、戦い方に合わせた武器を使えばよかったのにね……」
「何ダト……ソノバイオリンガ、戦イニ適シテイルトデモ」
 竜牙兵がにわかに怒りを見せると、アルテローゼは微笑んで弓を動かした。
「これは、フィドル。楽器としては同じだけど……楽譜のない演奏なんだ。それを、聴かせてあげるよ♪」
 言って、演奏するのは悠久のメイズ。アイリッシュな響きをもって奏でられたそれは、2体の竜牙兵を音で呪縛していく。
「皆、この隙に攻撃をっ!」
「では、私がいきますね」
 応えて翼を青白く輝かせるのは、アクア。高く飛翔すると、自身を光の塊と化していく。
「光の翼よ、私に力を貸して下さい」
 刹那、蒼い光の粒子となったアクアは、輝く槍に変わって急降下。天から落ちる衝撃となって竜牙兵を貫き、霧散させていった。
 1体となった竜牙兵は、焦るように回復を試みる。
 が、その直前にアルテローゼは『Planxty』。ロールをふんだんに盛り込んだ即興演奏を響かせ、その治癒力を阻害していた。
 敵の回復が不十分に終わると、アクアは氷の刃を至近から放つ。
「このまま、終わらせてしまいましょう」
 アクアのこの言葉に、小さく頷くのは、あお。魔力で『風標の唄』を奏で、風の刃を生み出して敵の四肢を裂いていく。
 倒れ込んだ竜牙兵へ、日和は勢いよく鎖を飛ばしていた。
「コレでフィーネだ!」
 宙を踊った鎖は、強烈な力で体を拘束。握りつぶすように、竜牙兵を四散させていった。

●祭りへ
「ふぇーっ、疲れたーっ!」
 戦闘が終わると、日和は息をついていた。
 アクアは静寂の街を見回している。
「後は、ヒールをしておきましょうか」
「うん。祭りを安心して楽しめるようにね!」
 頷くアルテローゼは、軽やかなアレンジの想捧を奏で、街並みを修復していった。
 それも終わると、皆は人々を呼び戻す。
 市民は喜びの声とともに戻り、すぐに祭りを再開しようと行動。少しの後には、音楽の響く祭りの風景が帰ってきていた。
「よーしっ、お祭りを楽しもう!」
 それから日和も祭りへ。舞台に行く道中で屋台に寄り、わたあめを買った。
「こういうところの甘味も、美味しいものですね」
 言ってりんご飴を楽しむアクアとともに、あおもそっと見て回っている。
(「……楽しむ、と言う事が、いまだに、よく、わかりません、けれど……。……でも、きっと、良い事、なの、でしょう、ね」)
 賑やかな声に、人々の笑顔。新鮮に思える光景を見ていると、あおの心にもそんな思いが芽生えていた。

 結はレイヴン・クロークル、そして藤守・つかさとともに祭りに参加していた。
「今日はありがとう。2人と一緒に来られて、嬉しいんだよ!」
 道に歩み出しつつ、結は振り返って言う。
 すると結のボクスドラゴン、ハコが、か細い鳴き声で何処かに飛んでいこうとした。結はちょっと慌てつつ、ハコをぎゅーと抱きしめる。
「あ! やだ! 拗ねないでよー、ハコー!」
「結と一緒に頑張ってくれたんだもんな。今日は好きな物を食べて良いぞ」
 レイヴンは少し柔らかな表情で、ハコに言ってあげていた。
 するとその足元を、テレビウムのミュゲがくいくい! と引っ張る。
「ミュゲもか……食べ盛りの年頃だからか?」
「勿論、ミュゲちゃんもハコも、皆一緒だよ!」
 結が笑顔で言うと、つかさはミュゲを抱き上げつつ、歩みを再開する。
「さて、結、レイヴン。行こうか」
 頷く一行は、屋台通りへ向かった。
 賑やかな呼び声、鉄板の焼ける音、いい匂い。活気あるその一帯に着くと、結は楽しそうに見回す。
「わああ! 見て、りんご飴あるよ! あっ、あっちに焼きそばもあるんだよー!」
「おい、結……余り食べ過ぎるな、よ?」
「わかってるよー! でも美味しそうなのは食べないと、なの!」
 つかさに返しつつも、結は両手に食べ物を買って、にこやかな表情だった。
 次々と食べては屋台を探す結に、つかさはくすくすと笑みを零す。
「4月から高校生になんのかね、あいつホントに……ん? どうしたミュゲ」
 と、視線を下ろすと、ミュゲがあれ! あれ! とばかりにわたあめの屋台を指している。
 つかさはふっと笑んで、歩み出した。
「ウチのお姫さんも頑張ったもんな……判った判った、買ってやるから」
「つかさは何か、食べないのか?」
 ミュゲが大きなわたあめと格闘していると、そこにレイヴンも歩み寄ってくる。
 つかさはそうだな、と見回した。
 すると、結がたい焼きを手に駆けてくる。
「それならこれを食べようよ! 皆のぶん買ってきたよ!」
 勿論、ハコとミュゲにも。皆で5つのたい焼きを食べ、その甘味を楽しんだ。
 舞台からは、次々に曲が響いてくる。つかさはそれに耳を澄ます。
「……音楽が聞こえるな」
「ああ、色々な音楽で溢れている」
 レイヴンも耳を傾ける。つかさの好きな曲を早く弾けるようになりたいと、密かに思いながら。
 一方、結はまだまだ花より団子。大切な人達と美味しい食べ物を楽しめる幸せを、味わっていた。

「祭りだー!」
 賑やかな道々を元気に進んでいくのは、リーズレット。
 隣には、瑞澤・うずまきが並んで歩いていた。
「リズ姉、まずはどこにいくの?」
「やっぱり、屋台巡りがいいな!」
 応えるリーズレットに、うずまきも頷いて同行。早速屋台の多い通りに入り、たこ焼きやりんご飴、じゃがバターなどを買った。
「どれも美味しそうだなー!」
「うん、ステージ見ながら食べよ~♪」
 満足げなリーズレットとともに、うずまきは舞台が見える場所へ移動する。
 ステージ上では今も演奏中で、バンドサウンドが響いていた。
 そんな中、リーズレットは高台に桜の木を見つけ、2人でそこへ。腰掛けて、舞台を鑑賞することにした。
 2人は仲良く、甘味や熱々の味を楽しむ。うずまきは改めて言った。
「リズ姉、今日はお疲れ様♪」
「うずまきさんこそ、今日は来てくれてありがとう! 凄く心強かったぞ!」
 リーズレットも応える。うずまきは嬉しげな笑みを浮かべた。
「え……えへへ♪ お役に立てて良かった」
「うん。……あ、始まるぞ!」
 ふと、リーズレットは舞台に注目する。そこで別の曲が始まろうとしていた。

 舞台に上がったのは、イブと律。バンドと入れ替わりに、ステージに立っていた。
「さあどうぞ。アンナ」
「ありがとう、律くん」
 律が招くと、イブはステージの中心に歩む。
 すると静寂の後、どよめきが一帯に生まれた。
『え……あれ、Raison d'etreの、イブ・アンナマリア?』
『嘘、本物!?』
 歌手として知名度を誇るイブの登場に、場は半信半疑のざわめきから、熱狂へと変遷していく。
 客がどんどん増えると、キーボードに着いた律にも、注目の声が上がっていた。
『待って、あっちは呉羽・律じゃない?』
『本当だ! 『眠り姫』、私も見たもの!』
 人々が言うのは、先日上演されていた歌劇のこと。律はその王子役でもあるのだった。
 2人が如何なステージを見せてくれるのかと、賑やかさが一瞬のエアポケットを生む。
 そこで律とイブは目を合わせた。
「では、このステージに、花を添えよう──」
 始まるのは律のピアノ。そこに、イブは歌をのせていった。
 曲は『One for Two』。『眠り姫』にてイブと律が共演した際に歌った、イブによる書き下ろしの楽曲だ。
「険しい苦難も、その畏れをも、乗り越える勇気を刃に変えて──」
 流麗な伴奏とともに、イブは美しい歌声を響かせる。
 それは人々を元気づけるためのバラード。強く優しく、聴くものの背中を押してくれる歌詞を、イブの淀みない声が真っ直ぐに表現する一曲だった。
「立ち上がるきみに歌を捧げましょう──」
 イブが旋律を踊らせると、律はそれをエスコートするような、巧みなアルペジオ。音は溶け合うように、感動を運んだ。
 曲が終わると、場は割れんばかりの拍手で満たされる。
 惜しむようなアンコールの声も聞こえ始めると、イブは律に向いた。
「どうする?」
「こちらは、いつでも。どうせならば祭りを一層成功させて、人々の心に希望の光を灯そう」
 音楽は人の心を豊かにするものだから、と。律が言うと、イブも観客に向き直る。
「そうだな。うたは、人々の心を救うものなのだから」
 そして2人は、演奏を再開する。

「イブさんの歌は、本当に素敵だな!」
 リーズレットは桜の下で、笑みを浮かべていた。歌を聴くほどに、その笑顔をもっと、良いものへ変えながら。
 うずまきも頷く。ふと、木にとまる鶯を見つけていた。
「春も本番で、綺麗な音楽があって、素敵な時間だね♪」
「うん。とっても、楽しかったぞ!」

 舞台はその後、終りに差し掛かる。
 最後は祭りらしく、多数の演者で賑やかな音楽が奏でられていた。
 日和は様々な楽器を、興味深げに見ている。
「あの金ピカの歌う楽器、すごく楽しいね。何て言うんだろ?」
「あれは、サックスだよ!」
 と、応えるのはアルテローゼ。フィドルを手にステージに向かっていっていた。
「演奏するの?」
「こんな舞台だからね! 人生なんて楽しまなきゃ♪」
 日和に言ったアルテローゼは、伴奏に加わっていく。
 元々フィドルは、即興で音をあてる奏法でもある。巧みな弓使いで、踊れる音楽を彩っているのだった。
 日和は感心するようにそれを眺めている。
「サックスも、皆も、楽しそーっ!」
「この舞台を守ることが出来て、本当に良かったですね」
 近くで舞台を見ていたアクアも、そう呟く。
 観客も時に踊り、時に歌う。平和となった街で、人々は和やかに、賑やかに。音楽の祭りを最後まで楽しんでいた。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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