ぼんぼり桜の宵宴

作者:真魚

●桜、光、ほのか
 日本の春の風物詩、桜。南より北上する桜前線は、日本を薄紅へ染め、人々を春の日和の中へと誘い出す。
 そんな桜の開花を楽しみにしている町が、青森県にあった。町が所有する自然公園にはたくさんのソメイヨシノが植えてあり、花開き始めればそれ目当ての観光客が多くやって来るのだ。
 屋台を出し、夜桜も楽しめるようライトアップをして、町の人々は花見客をもてなす。
 そして、今年は更なる集客が見込めるのではないかと、期待寄せる桜があった。
 自然公園の奥にひっそりと植えられている、数本のソメイヨシノ。屋台並ぶメイン会場からやや離れた場所にあるこの桜は、昨年からほのかに光る花を咲かせるようになったのだ。
 誰かのヒールグラビティの影響か、はたまた突然変異か。その理由は不明だが、町の人々はこの珍しい桜に着目し、観光資源になると考えた。
 ぼんぼり桜。ふわりあたたかに光るその花弁から通称つけて、町は今年のシーズン前にこの公園を大々的に宣伝する。
 だが、しかし――見物客より先にやってきたのは、破壊もたらすデウスエクスだったのだ。

●宵に宴
「花見ってのは、いいもんだよな。日本に住むなら、花見は絶対するべきだ」
 一人語り、うんうん頷き。そんな高比良・怜也(饗宴のヘリオライダー・en0116)が手にするスマートフォンに表示されているのは、『お花見に合う日本酒二十選!』なる特集記事だった。
「なに、またお酒の話なの?」
「違うよ、これは立派なケルベロス達への依頼だ」
 画面覗きこみ、呆れ顔。愛月・かのん(夢歌・en0237)の言葉には首振って、赤髪のヘリオライダーはヒールに向かってほしい町があるとケルベロス達へ語る。
「青森県内の町に、先日デウスエクスが現れた。敵は撃退したが、現場が壊滅状態でな。その現場ってのが花見の名所のひとつ、自然公園の入り口で……花見ができなくて、町の人々が困っている状態なんだ」
 ケルベロス達のヒールグラビティであれば、修復はすぐに完了するだろう。そうすれば、町に花見客もやってくる。会場の用意も屋台の準備も日中には終わるから、日暮れ後は普通に花見を楽しむことができると言う。
「ここの公園は、夜桜も見物らしいぜ。ライトアップされた桜を見上げれば、酒も進む」
 屋台も豊富だから、手ぶらでだって楽しみに行ける。逆に持ち込みたいものがあれば、お気に入りのものを持参しても大丈夫。屋台の近くに花見のできるスペースがあるから、思い思いにブルーシート広げて花見に興じることができる。
「さらにな、こっちは屋台から離れてるし、宴会って雰囲気じゃないんだが……『ぼんぼり桜』と町の人に呼ばれてる、光る桜も公園の奥にあるんだと」
 喧騒から離れ、桜の光を楽しむ。そんな夜もまたきっと楽しいと、語る怜也はへらりと笑った。
「賑やかなのも、静かなのも。どっちも楽しめるってのが、また桜のいいところだよな。俺も酒持ち込んで楽しむつもりだから、お前らも好きにするといい」
 夜に灯り、笑う人々。その上で舞い散る桜は、きっととても美しいから。
 一緒に行こうとケルベロスに語りかければ、かのんもまた楽しそうに笑顔浮かべ、屋台で何を食べるか思い巡らせるのだった。


■リプレイ

●夜桜と美味と
 雲一つない夜空、月下に広がるは薄紅の世界。ひらり、ひらりと舞い散る花弁は、灯りに照らされ雪のようにも見えて。
 そんな桜を楽しむ人々で、夜の自然公園は賑わっていた。三十三名のケルベロス、彼らがヒールグラビティで手早く公園の修復を行ったおかげだ。
 へらり笑んだ怜也が並ぶ屋台を渡り歩けば、すれ違ったのはダレンと纏。
「よーし、纏隊員。小銭の準備は万端か!」
「はい! ダレン隊長! 当方お腹の空き具合は良好でありますッ」
 今日のためにと、用意していた五百円玉と百円玉見せて気合十分。やっぱりたこ焼きは外せない、なんて会話で盛り上がりながら屋台を巡り、食料確保した二人は夜桜見上げられる場所へと移動する。持参した春色レジャーシートも、収穫物広げればあっという間にいっぱいだ。
 乾杯、屋台の味に舌鼓。そうしてはらはら舞う桜眺めているうちに、纏はぶるり身震いした。四月も下旬とは言え、夜はまだ寒い。その様子に気付いたダレンは、自身の上着をかけてやる。上着脱いでも平気な様子の彼に、纏はぴとりとくっついて。
「隊長は今わたしの湯たんぽ代わりでありまーす、と」
「相変わらず甘え上手なお嬢さんだぜ」
 零す笑み、かかる体重が心地良い。寄り添い見上げる桜に、時の流れを緩やかに感じて。
 この時が、ずっと続けばいいのに。そう願うのは贅沢だろうかと、考えるダレンはそっと口元を緩めた。
「沢山買ってしまったなんよ」
「屋台の魅力恐るべしだな……」
 そう語る椿姫と瞳李が抱えるのは、たくさんの戦利品。たこ焼き、イカ焼き、焼きそばに、焼き鳥、フルーツ飴、人形焼きや飲み物。
 連れまわしてごめんなさいなんよ、と小さく項垂れ椿姫が言えば、瞳李は瞳を細め彼女の頭を撫でた。疲れてしまったのではと、気遣う優しさ。そんな彼女の心に触れて、本当の妹のように愛しく思う。
 そうして夜桜並ぶスペースへと移動して、椿姫は一際大きな桜の木が眺められる場所を発見した。瞳李を導き、場所を確保。
 何を食べるか姉のような彼女へ尋ねれば、手が伸びたのは温かいたこ焼き。
「私は贅沢者だな。桜は綺麗だし隣の花も可愛いし、食べ物も美味しい」
「ほわ? 隣の可愛い花? うち??」
 瞳瞬き、頬染めて。口に運ぶたこ焼きの熱さに、彼女の顔も負けていない。そんな様にも微笑んで、瞳李はお茶を差し出した。
「瞳李お姉さんとお花見楽しいんよ」
「私も椿姫と花見は楽しいよ」
 交わす笑顔は、花のように。こんな時間を、また今度も。

●桜のひかり
 クィルとメイアが屋台で買ったべっ甲飴は、ウサギの形がお揃いで。いっしょね、と微笑んで、メイアは飴をふりふりご挨拶の動きしながら、公園の奥へと進んでいく。
 静かに、けれど弾む気持ちに足取り軽く、行き先に見えるはほのかな光。
 ぼんぼり桜。見上げたそれは薄紅のほのかな光で世界を染め上げ、その美しさで視線を、言葉を奪う。
 見惚れ、眺めるだけの時が流れ。やがてクィルが隣を見れば、二人の目が合った。零れる笑み。言葉はなくても、きっと心に想ったことは一緒。
「くーちゃん、くーちゃん。また来年も桜を見に行こうね」
「もちろん、来年も一緒に桜を見よう」
 交わす約束も、内緒話のように。並ぶ二人の髪を、柔らかな春風が撫で上げていく。
「とーとーさーまー! 魅羽はあっちに来たいわ!」
 ぼんぼり桜の下に来ても、魅羽が気になるのは遠く見える夜桜と、賑やかな声。話に聞いていたのはあちらの会場での花見のはずだったと、戸惑う娘は小さく口尖らせる。
 けれど、人混み苦手な笙月はこちらの方が性に合う。だからにこりと笑み浮かべ、彼は言葉を紡いだ。
「困りんしたな……ととさまは静かなところで魅羽と楽しみたいのでありんし」
 その笑みは、有無を言わさぬ強さがあって。ととさまはずるいわ、と零しながら、魅羽は素直にその場に座った。
 やっと叶った、父との花見。それが嬉しい気持ちは、ぼんぼり桜の下でも消えなくて。
 複雑な表情浮かべる娘に笑って、笙月が目の前に並べたのは三段の重箱。
「魅羽の好物をいっぱい詰め込んだきたのささんすよ。今日はいっぱいたんとお食べ」
「わぁ~♪ 魅羽の好物がい~~~っぱい」
 料理を堪能、デザートの桜のミルクプリン食べれば満面の笑み。機嫌直した娘見て、笙月はその頭を優しく撫でるのだった。
 桜見上げると、心が落ち着く。膝に乗るインヴィディア撫でながら、ハンナはため息を零す。
 そして彼女はふと思い立ち、傍らに座るかのんへ語りかけた。
「ねえ。こんど、お花見ライブ……してみたら、どうかしら?」
 きっと盛り上がるしわたしも見てみたい、そう告げればかのんは瞳輝かせて頷く。
「んー、でも企画起こして実施するには時間もかかるし、今年はもう遅いかなあ……」
「来年、なってしまうかしら? そのときは、わたしも、呼んで」
 あなたの出ているライブを見たいし、他にも歌う機会があればぜひ教えてと。語る彼女に頷いて、かのんは明るい笑顔を浮かべた。
「もちろんよ! ハンナにはいつだってチケットあげるわ!」
 だって、私達、お友達でしょ? あなたとことも、もっと聞かせて。
 交わす笑顔、語る言葉。少女達の時間は、ゆっくりと過ぎていく。
 ひらり、舞い散る花弁すらも淡く灯る。それをゆっくり眺める泉は、視界に飛び込む薄紅に柔らかく微笑んだ。
 持ち込んだのは、小さな日本酒の瓶。杯傾け思うのは、大切な人のこと。
 持参の日本酒を独り楽しんでいたのは、ドミニクも同じ。しかし彼の知り合いも、淡い光の桜に導かれたようで。
「よう、ドミニク。こんな所で酒とは風雅だな」
「千梨けェ、久しゅうなァ。暇なら一杯ヤッてかンか?」
 奢り酒、断る理由は一つも無い。千梨は隣に座り杯受け取って、男二人で乾杯する。
「連れが居るンも良ェモンじゃ。あ、ワシが先に潰れたら介抱頼まァな」
 下戸のドミニクは、すでにほろ酔い。己の未来勝手に託せば、千梨は笑いながら酒をちびり。――実は、顔に出ないだけでこの男も酔うのは早い。
「ああ、優しい介抱は『可愛いさん』にやって貰ってくれ。今日は一緒じゃないのか、色男」
「残念なことに、ちィと予定が合わンでなァ。お前さんこそどうなンじゃ。アイオウノマツだか、レンリの枝っちゅーンは居らンのけ?」
 相生の松と連理の枝な。訂正挟んだ千梨は、また酒に口寄せて。
「……少なくとも。共に花見酒を味わえるような相手は、いないなあ」
「ふゥん?」
 興味深げに笑うドミニク、目を逸らす千梨。静かな二人呑みは、どちらかが潰れるまで続きそうだ。
 小さなベンチに、腰掛けて。みいが桜を見上げれば、エリアスはその手にラムネを渡す。
(「……なんでこの飲み物だけこんなに複雑な形なんだ?」)
 オウガの男は首ひねりながらも、力加減に気を付け自分のラムネの栓も開けた。
 そんな仕草も、ずいぶん感情豊かになったと。出会ったばかりの頃のしかめっ面思い出して、みいはふわり微笑む。
(「わたしと一緒にいる事で少しでも楽しいと感じて貰えているかしら?」)
 浮かぶ疑問は、彼女の願いだったかもしれない。そしてきっと、その願いは彼に届いている。エリアスもまた、みいとの今までに思い馳せているのだから。
 右も左もわからぬ彼を、一生懸命に引っ張ってくれた少女。定命化からの時はあっという間だったと、思考の海に潜っていた彼は頭に触れるぬくもりに呼び戻された。
「エリアスさんの髪、思っていたより硬いのね」
「……お、おい、なんだ? 俺は子供じゃないぞ」
 撫でられたことに、戸惑いの声上げれば、少女はまた笑って。
 あなたは、地球に来てからよく頑張ってますよ。
 彼女の様子がおかしく見えるのは、桜のせいか、はたまた。

●ひそやかに、宴
 少人数で楽しむケルベロス達が多い中、唯一の大所帯は【雲の根】の面々。
「乾杯は僕の奢りで、なんて」
 ゼレフが笑んで成人組へ注いでまわるのは、ほんのり甘口のスパークリング日本酒。
 ならば遠慮なくと杯取る景臣の横で、同じく杯受けた夜はゼレフの瓶を預かり彼のグラスを満たす。
「流華とあかりには、此方ね」
 夜が差し出したのは、甘酒。ありがとう、と少女達が受け取れば、仲間達の視線がゼレフへ注がれる。
 ――乾杯の音頭は、そっと立てた指と、笑みひとつで。
 このひそやかな宴に相応しい彼の仕草に微笑んで、夜がグラス掲げれば光る花弁が舞い落ちた。
「……風雅な贈り物だ」
 ぼんぼり桜へ目礼、口付けた清酒はふわりと香る。
 乾杯酒を楽しむ大人に倣い、あかりと流華も甘酒で乾杯。
「……ちょっと、オトナみたいな気分になるね」
「うん、なんだか、大人っぽいね、これ」
 くすくす。笑う娘達は花が咲き零れるよう。仲間達の楽しむ姿は淡き光の場に溶け込むようで、オルテンシアは目を眇める。月も、桜も、この宴も。趣深く、眩いばかりで。
「そうだ。お団子、向こうの、屋台で、売ってたから、皆も、どうぞ」
 流華が一口サイズの団子を差し出せば、隣にあかりが置くのは瑞々しいパック入りの苺だ。どうせなら、春の全てをひと時に。贅沢な肴には、仲間の内に笑顔の花が咲く。
 麗しい眺めと美酒に酔いしれていたシィラも、差し入れの甘味には抜け目なく。団子が丸いお月様なら、苺は夜空の恒星。空浮かぶものになぞらえた彼女は、夜の帳の裏へ隠れたお日様――橙色に煌めく琥珀糖を差し出して。
 ほのかな灯り受けて、美味しそうな甘き露。景臣もそれへ手伸ばせば、優しい甘さが心にまで沁み込むようだ。
 酒の回りが、心地好い。そう眠堂が感じるのも、気置けぬ顔触れと、奢りの酒が美味だから。もう一献、酔いに任せて謎かけ紡ぐオルテンシアの横で、流華はため息交じりに呟いた。
「綺麗、だね。光る桜って、ワタシ、初めて」
 舞う花弁は、幻想的に。月と桜、甘味と皆の優しい声。酒が飲めなくても空気に酔いそうとあかりと共に笑い合って――ここは桜と光の海の中みたいだと、ぽつり語れば夜がその言の葉掬い上げる。
「ならば見上げるあの月は、水面泳ぐ海月だろうか」
「あれが海月なら、此方は天になるんじゃなくて?」
 高みから見た桜はね、雲によく似てるのよ。翼の娘が語れば、ドールのような娘がふわりと笑った。
「それじゃあ此処に集うわたし達は、賑やかにぴかぴか光るお星様かな?」
 大地を天と見、桜をそこに根付く雲と見る。ならば、夜の海に浮かぶ月海月にとって、薄紅の雲は道しるべになれるだろうか。
「こうして旅ゆく僕らは流星なのかもしれないね」
 空を駆ける、煌めき達。例え語るゼレフの顔は、酔いの回った赤ら顔。
 そんな仲間達の語らいが枝葉伸ばすように広がるの感じて、眠堂はそっと白い団子を摘まみ上げた。
「月を食ってもこんな味がするかな」
 甘酸っぱい苺は、しゃりと口中で解ける琥珀糖は、何に例え語り合おう。
 桜の雲に乗って眠る宵想えば、夜はふわと欠伸ひとつ。いっそこのまま眠りに落ちて、昏い夜の海に溺れたって、花に灯る光が皆の元へと導いてくれそうだ。
 こくり、微睡むのはあかりも同じ。そっと大人の背を頼ろうと体傾ければ、その気配にゼレフが背を貸した。少女が目を閉じれば、まぶたの裏には煙る桜が浮かび、仲間の囁き声が波の音のように心地好い。
 自分も、少し酒が進みすぎたろうか。霞掛かった思考で景臣が眺める世界は、夢のようにふわり美しくて。桜の雲に照らされ、思い思いに煌めく星々。その姿を脳裏に焼き付けることだけは、酔いに邪魔してほしくない。
「揺らぐ水面にその悉くを映しとりみちたる杯よ。連れ往く奔星たちの導となれ」
 水鏡がごとき杯の酒見つめ、オルテンシアがそっと紡ぐ願い。駆ける星達が探すのは、きっといつでも雲の根、辿り着く場所。
 今日という日が、また一つ。皆の旅の道行き照らす灯りとなる。

●桜見守る下で
 屋台の喧噪から離れた後、導くのは穏やかな桜の光。
 月を背負い、淡く光を滲ませて、佇む桜は怖いぐらいに美しいと、麻実子は思う。
「密やかな春の宵闇にとっても艶やかだね、双牙」
 恋人へと語りかけながら、取り出すのは持参したピクニックシート。
 二人の場所を確保したら、梅と鮭と昆布のおにぎりも並べて。その味を楽しみながら、二人はしばし、頭上のぼんぼり桜を静かに眺めた。
(「そういえば、せつとつきあい始めたのも、こんな季節だったか」)
 舞い散る花弁見て、双牙はふと思い出す。この一年、二人でたくさんの景色を眺めてきて。今も、この幻のような美しさを眺めている。
 ――そして、隣に座る麻実子もまた、去年より美しく、愛しくなった。
 見上げる月は優しく輝き、淡く光る桜を静かに見守っているよう。その姿見て、双牙はあのように在りたいと願った。
(「隣に座る何よりも大切な光を、この先も、護っていられるように」)
 願いであり、誓いであり。その双牙の光見つめる横顔があまりに真っすぐで、麻実子は見惚れてしまう。
 まるで夢のように幻想的なひと時だけれど、きっとこれは醒めぬ夢。
 夜が更けて、朝が来ても。二人はずっと、側にいる。
 ぼんぼり桜の下にシート広げれば、二人きりの花見が始まる。
 ゼイタクな時間だと笑い合う大切な人へ、クローネが差し出したのは温かなミネストローネ。
「いつか、レッドが作ってくれたのを、真似してみたんだ。どう、かな?」
「ム、美味い! 流石、俺様の作ったものとは一味違うぞ……!?」
 喜ぶレッドレークの顔見れば、クローネもまた笑顔の花咲かせた。
 そんな彼女へ、レッドレークが用意したのはフルーツサンド。パンに挟まれた苺の赤は、桜の下でも鮮やかで。
 スープとデザート、いつもなら作る人は逆なのに。そんなことも新鮮で、だから幸せな味がする。
 見上げれば、幻想的な桜吹雪。光放つその花弁は、流星群のように見えて。
「連れてきてくれてありがとう、レッド」
 ふわり、笑んで囁く少女に、レッドレークはそっと肩寄せる。
 美しい景色を観る時は、いつだって君の傍で。
 春の夜はまだ少し冷えるけれど、寄り添い温もり分け合えば寒さなんて感じない。
 言葉少なに、ただゆっくり日本酒を飲み交わす。月と桜の静かな灯り、大切な人の温もり。それさえあれば、ノルの疲れた心は癒されていく。
 もっと、温もりを感じたい。甘えるようにノルが肩へ頭もたれかかれば、受け入れたグレッグは銀の髪を優しく梳くように撫でた。
 ――こうして過ごす時間は、何て幸せで、尊いのだろう。
 じわり感じた想いは、二人とも同じ。瞳細めるグレッグの横顔は、薄紅の光と月光に照らされ、いつも以上に綺麗で、愛しい。
「――愛してる」
 想いが溢れ、言霊になる。耳に飛び込む囁きにグレッグが視線向ければ、ノルの幸せそうな表情こそ輝いて見えるから。
「――俺も、愛してる」
 囁き答え、抱きすくめて。交わす杯に心もふわり、二人の時間は続いていく。
 淡く光り息づく桜、この幻想的な美しさを、魔術で再現してみたい。話始めれば尽きることなく、魔術の話できる煌介の存在に、ありがたいことだとメイセンは感じる。
 刹那、二人の間に強い風が吹いた。ざあ、と音立て枝揺らした桜からメイセンの元へ、ひらりはらりと花弁が舞い落ちる。
 桜と恋人、そのどちらも言葉にできぬほど美しくて。煌介は思わず息を呑む。
「……君に、触れたい」
 零れたのは、称賛ではなく本心。突然の、そして真っすぐな言葉に、今度はメイセンの息が止まった。触れられてもいいと、思う。けれど同時に、照れと恥ずかしさも彼女の内に湧き上がって。
「……手、でしたら」
「……有難う」
 ようやく搾り出したメイセンの声、返す煌介の声だって少し掠れている。
 差し出された繊細な手。その温もりは優しくて、愛おしさが増していく。視線向ければポーカーフェイスの彼女だが、頬や耳がほんのり朱を帯びているのがわかって、そんな姿がたまらなく綺麗で。
 言葉にはせず、煌介はメイセンへ笑いかける。
 ――心のなか永遠に咲き輝き続ける桜を、有難う。
 ほのかに光る桜の下で、杯に酒を。うずまきの注ぐ酒は今夜も美味で、晶はゆるりと微笑む。
「前にもこうやってお酌をしたね」
 うずまきが言葉紡げば、晶の脳裏にも思い出が蘇る。一緒に戦ったり、出掛けたり。そのどれもが楽しい日々で、これからも続けばいいと、晶は思う。この感情に、名前をつけるなら――。
 物思いに耽る晶の横顔見つめ、うずまきは両の手をきゅっと握りしめた。願いを、今日こそ伝えたくて。逃げてしまいたくなる気持ちを抑え込み、決意固めた瞳でじっと彼と目合わせて。震える唇を、開く。
「あのね……。ボク……晶くんのコトが、すき。これからもずっと晶くんの隣にいたいんだけど、迷惑じゃ、ないかな?」
 言の葉の全てに、精一杯の想い乗せて。紡がれたそれと同じ気持ち感じていた晶は、杯置いてうずまきを見つめ返した。
 不安げに揺れる、彼女の表情。勇気を振り絞り伝えてくれた言葉に応えたくて、体が動く。
 小さな耳に、顔寄せて。誰にも聞かれたくないから、彼女にだけ。
「俺も好きだ」
 俺も傍にいてほしい。マキの傍からは離れない。
 近付く体、伝わる体温。桜の下想い重なった奇跡に、うずまきの瞳から涙が零れた。

 ふわりふわり、やさしい灯り。ぼんぼり桜と夜空の月は、皆をそっと見守っている。

作者:真魚 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年4月27日
難度:易しい
参加:32人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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