菩薩累乗会~罪咎は羽の中に

作者:天枷由良

●恵縁耶悌菩薩の教義
 東・莉子は許せなかった。
 昔は自らの後ろについて回っていた幼馴染の紗枝が、いつの間にか勉強でも運動でも恋愛でも、追いつけないほど先に進んでしまったことが許せなかった。
 だから自分に縋らなければ生きていけないようにと、共に通う高校で幾つもの噂を流して、紗枝を浮いた存在に仕立てた。
 僅かな間で紗枝はいじめられるようにまでなって――けれど、縋ってはこなかった。
 最初は感づかれたのかと思ったが、罵られたりすることもなかった。
 むしろ迷惑が及ばないようにと、紗枝は進んで一人きりを選ぶようになった。
 そして莉子は――くだらない嫉妬で何と愚かなことをしたのだろうと、自らの行いを悔いた。心には、大切な幼馴染を孤独に陥れたことへの、強い自責の念だけが残った。
「そう。悪いのは全部、私。罪を犯したのは私なのよ……」
 だけど今更、どうすれば。
「どうもこうもないのです」
 独白してどのくらい経った頃か。
 いきなり現れ、俯く少女に語りかけた存在は――その名も、デラックスひよこ明王。
「かの恵縁耶悌菩薩さまは、こうおっしゃいました……『ええんやで』と」
「……え……?」
「『ええんやで』とおっしゃったのです。そもそも原因は紗枝なる娘だというのに、心優しい貴女は自らの行いを悔やみ、こうして苦しみ続けている。……もう、ええんやで。この恵縁耶悌菩薩さまのお言葉は、今の貴女にこそ相応しい。さぁ、言ってご覧なさい」
 全く状況が理解できない。けれど何故か、その言葉はとても心地よく響く。
「……え、えん、やで……?」
「そうです! ええんやで! この素晴らしい言葉で、あなたの罪は許されたのです!」
「ええんやで。ああ、心がとても軽くなっていくわ! 私の罪が許されたからなのね! もう私は、自分を責めなくてもいいのね!」
 そんなはずはない、なんてもう考えることもできない。
 菩薩の加護を受けた明王の言葉には、それだけの力があるのだ。
「さあ、このまま恵縁耶悌菩薩さまの羽毛に抱かれましょう。菩薩さまの羽毛はふわふわで、とても気持ちが良いのです! それこそ一体化してしまいたくなるくらいに!」
 だから一つになれるまでの間、私と彼女が貴女を守りましょう!
 満足気なデラックスひよこ明王に呼ばれて『和装の忍び』が現れたものの、ビルシャナとなった莉子は一瞥することもなく、ふわふわのひよこに埋もれようとしていた。

●ヘリポートにて
 先だって、ビルシャナの菩薩たちが『菩薩累乗会』なる作戦を進めている事が発覚した。
 それは強力な菩薩を次々と地上に出現させた後、その力を利用して更に強大な菩薩を喚び、最終的には地球全てを菩薩の力で制圧するというものだ。
「この菩薩累乗会を完全に防ぐ方法は判明していないわ。今できるのは、地上に出現した菩薩が力を増さないよう、関連する事件を阻止することだけよ」
 だというのに、早速新たな菩薩の活動が確認されてしまった。
 ミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)は厳しい面持ちで口を開く。
「その名も『恵縁耶悌菩薩』。恵縁耶悌菩薩は、罪の意識を持つ人間の元に配下のビルシャナである『デラックスひよこ明王』たちを送り込んで教義を説かせ、罪の意識を消し去る事と引き換えにビルシャナ化させるわ」
 ビルシャナ化させられた人間は自宅に留まり、自らを導いたデラックスひよこ明王と共に羽毛のふわふわを堪能しながら、罪の意識より逃げ続けている。
 このままでは遠からず、恵縁耶悌菩薩の一部となってしまうだろう。
 菩薩累乗会の進行を食い止めるためにも、それだけは阻止しなければならない。

 今回、戦場となるのはビルシャナ化してしまった少女、東・莉子の部屋だ。
「周辺の人払いなどを考える必要はないわ。……むしろ、そんなことを考えていられない状況と言うべきかしら。戦う相手はビルシャナ化した莉子さんと、デラックスひよこ明王、さらに加えて螺旋忍軍『幻花衆』と、三体もいるのだから」
 この幻花衆なる螺旋忍軍は、自愛菩薩と協力関係になった一派の戦闘員らしい。能力は高くないもののの、ビルシャナたちを守れと言いつけられているようだ。
「ビルシャナは心地よい『羽毛のふわふわ』を堪能していて、部屋に踏み込んだ皆を邪魔者だと排除しにかかるでしょう。デラックスひよこ明王がいる限りは何を言っても聞く耳を持たないし、皆の身体に大きな不調をもたらすような攻撃をしてくるから気をつけて」
 そしてデラックスひよこ明王は、後衛からひよこを投げつけたりしてくるようだ。
 たかがひよこと侮るなかれ。その狙いは凄まじく正確で、ひよこの羽毛は触れた者から闘争心を奪い取ってしまうという。
「おまけに、デラックスひよこ明王は長時間の戦闘や形勢不利を察すると、撤退する恐れがあるの。逃さずに倒そうとすれば、厳しい戦いになることは間違いないわ」
 しかしデラックスひよこ明王を戦場から排除した後なら、ビルシャナになってしまった莉子に『適切な言葉をかける』ことで『救出』できる可能性が生じる。
 難しさを承知で其処まで目指すべきかどうか。判断はケルベロスたちに任されているが、いずれにしても一丸となって望まなければ、何も解決できずに失敗という結果すらありえることは留意しておかなければならない。
「莉子さんを救うには、まずは『罪の意識を再確認』させたうえで『どうやって罪を償うべきか』を教え、その償いに臨むだけの『決意』をさせてあげなければならないでしょう」
 それらは予知情報から導き出せるはずだが、困難極まるものであることには違いない。
 覚悟だけはしておくようにと添えて、ミィルは説明を終えた。


参加者
ラハブ・イルルヤンカシュ(通りすがりの問題児・e05159)
フィー・フリューア(赤い救急箱・e05301)
御影・有理(灯影・e14635)
イリス・ローゼンベルグ(白薔薇の黒い棘・e15555)
兎塚・月子(蜘蛛火・e19505)
鉄・冬真(雪狼・e23499)
アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)
霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)

■リプレイ


「……なんなの、あなた達」
 ひよこの中に埋もれていた鳥人が、八人を訝しんで言う。
「あれはケルベロスです! 菩薩さまに許された貴女の罪を、あろうことか穿り返して償わせようという不届き極まりないものたちです!」
 よくもまあ、いけしゃあしゃあと。
 そんなケルベロスたちの視線を歯牙にもかけず、デラックスひよこ明王はなお哮る。
「倒してしまいましょう! 追い返してしまいましょう! そうすればきっと、恵縁耶悌菩薩さまは直々にお言葉をくださるはずです。即ち『ええんやで』と!」
「……ええんやで。ああ、ぜひ菩薩さま自身からお聞きしたいわ。そのためなら――」
 与えられた力を存分に振るおう。
 ビルシャナは一つ大きく鳴くと、両腕広げて閃光を放った。
 その眩さは、仲間を庇うため最前に出たケルベロスを物理的に圧倒するほど――だが。
「今日も特製薬は準備万端、ってね!」
 フィー・フリューア(赤い救急箱・e05301)がアンティークな救急箱から取り出した薬瓶を振りまくと、前衛のケルベロスたちが感じていた圧はまるっと消え去り。
「おん、ころだの、うん、じゃく」
 つれて兎塚・月子(蜘蛛火・e19505)が僅かな言葉を唱えれば、喚起された火柱が神聖さを装った不浄など祓い飛ばさんとばかりに身を包む。
「なんと……!」
 ビルシャナに適当な牽制役を務めさせ、自身は後衛から弱ったケルベロスを仕留めていく。そんなつもりだったろう明王は、いきなり当てが外れたことに焦り、毛を逆立てた。
 それをじっと見つめて、霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)は口を結んだまま、白いバスターライフルの引き金を引く。
 まずは、あの毛玉を集中攻撃で撃破する。その全体方針に則った一撃は和希の視線と同じように冷ややかな色で伸び――。
「……!」
 葬式帰りのように陰気な忍びに阻まれ、惜しくも本懐を遂げずに潰える。
 たった一枚きりの盾だが、かといって無視できない程度には邪魔だ。
 あくまで冷静に状況を伺いつつ、次弾の装填に移る和希。
 その代わりというわけではないが、苛立ちを露わにしたのはイリス・ローゼンベルグ(白薔薇の黒い棘・e15555)であった。
「あなたの相手は私よ」
 言葉少なに、しかし親の仇でも見るかのように険しい目つきで、イリスは狭い戦場に虹を引きながら忍びを蹴りつける。
 その蹴技自体に特筆すべき威力があったわけではないが――イリスとて、求めているのはそこでなく。
「五稜郭の戦いであなた達にコケにされてから、忍軍は許さないことに決めているの」
 淡々と語る自分に対して、本来の目的を見失ってしまったかのように視線を留めた忍びが苦無を投げてきた時、イリスは仕掛けの第一段階が成功したのだと確信した。
 一方で、ひよこ明王にも新たな攻撃が及ぶ。
 それはまた、この手狭な場でよくやるものだと唸りたくなるような、アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)の踊り――ではなく、軽やかな脚さばきからの蹴り技。
 とん、とんと心地よい音の鳴り終えたところで振り切った脚から、魔法の矢が流星の如く伸びて明王を捉える。不思議なことに矢は明王に当たると砕け、足元に撒菱もとい星屑と化して散らばった。
「な……なにをやってるのですか!」
 盾役の責務を果たせなかった忍びを、明王はのたのたと慌てながら叱りつける。ひよこが何匹か振り解かれ、地面に落ちてぴょんぴょんと跳ね回った。
「ねえ、和希」
「ダメです」
「えっ、あ……うん」
 まだ何も言っていないのに。アンセルムはしゅんと縮こまるが、和希は見て見ぬふりをした。あのような毛玉を目にして親友が言い出すことは大概ろくでもないものだと、ちょっぴり想像がついた。
 そして何より、戦いはまだ始まったばかり。僅かな言葉を交わしている間にさえ、戦況には変化が生じる。
 例えば――御影・有理(灯影・e14635)が黒鎖を操って明王を縛り上げ、そこにボクスドラゴン・リムが影の如き息吹を吐きつけている、とか。
 そうして身動きを封じられた瞬間に狙い定め、ラハブ・イルルヤンカシュ(通りすがりの問題児・e05159)が黒い三首龍から地獄の炎弾を撃ち放つ、とか。
「この……いい加減に!」
 緩い外見から想像し得ないほど暗く低い声を漏らし、明王はひよこの一匹を鷲掴みすると、その短い手で器用に放り投げた。
 以外や豪速球と化して、それはラハブに迫り来る。……が、ぴょいと跳ねたリムに顔面ブロックされ、道半ばでただの毛玉に成り下がる。
「明王様!」
 状況を打破するには、やはり自分の力がなくては。
 ビルシャナは再び両腕を広げ――何かをする前に羽根の一端を燃やした。
 仄かに少女であることを伺わせる仕草を見せながら、ビルシャナは悲鳴を上げてのたうち回る。しかし炎をもたらした鉄・冬真(雪狼・e23499)は顔色一つ変えずに、眼鏡の奥から全く起伏のない視線を送る。
 ともすれば残酷で冷徹に見えるかもしれない。だが彼とて、血も涙もない鬼というわけではなく。
「……有理には指一本、光一筋だって触れさせないよ」
 背に愛する人を庇って、そう言い切るくらいの心はあった。
 頼もしいものである。力強さを感じさせる背を眺めつつ、フィーは有理へと目を向ける。
 あちらも気付き、何を言うでもなく短く視線だけを交えた。それは些細なことでありながら信頼関係を伺わせる振る舞いであり――そして、ビルシャナとなった少女、東・莉子が求めていたものの片鱗でもあった。
「なによ……あんたたち!」
 全ての原因となった黒い渦が、ビルシャナから漏れ出てくる。その矛先はフィーへと向き、言葉という暴力で襲いかかる。
 それらは全て、何の根拠もないただの流言飛語。聞くはずがないと受け流した……はずが。
(「……あれ?」)
 フィーは有理を見つめ直した瞬間に、あり得ない衝動を感じ取った。
 全幅の信頼を持っていたはずの彼女が、何故だか急に疎ましく、妬ましく、煩わしく、忌々しく――。
「フィー」
 呑まれかけた寸前。掴んだ手に魔力を送りながら、有理は友を呼んだ。
「頼りにしているよ」
「……うん! 任せて!」
 ただそれだけで、ビルシャナの目論見は破れた。
 所詮は小手先の術。命さえも預け合うケルベロスたちを、真に脅かせるはずがない。


 勿論、戦況全体を支えたのは目に見えぬ繋がりばかりでなく、目に見える気配りのおかげでもある。
「あんたら皆、あたいに足向けて寝れんわさ」
 ぶつくさと言いながら携帯端末を弄り倒して、月子は方々に咲かせた火の花で仲間を煽り立てる。
 彼女が真言唱えて喚び出した火柱により、デウスエクスの群れから受ける不調は尽く無に帰していった。
 そして物理的な傷は、フィーが瞬く間に埋めていく。
 せめてデウスエクスたちが一塊となって攻めてきたなら、何処かを穿ったかもしれない。しかしビルシャナは冬真に翻弄されて攻防に半端な行動を繰り返し、忍びは時折思い出したように明王を庇うものの、攻撃に出ると否が応でもイリスを狙って、斬撃に備えた彼女へ無価値に等しい苦無と手裏剣を投げ続けた。
 そうして挽回の契機を見出だせぬまま、ひよこ明王はラハブや和希に攻められ、追い詰められていく。
 そこで僅かばかりでも攻勢が緩めば、きっと明王は「逃げてもええんやで!」なんて言いながら、その場を抜け出したに違いない。
 が、もはやそんな考えにすら至らなかった。焦る明王から漏れ出たのは、ただ情けない台詞。
「こんなはずは……菩薩さまから力を頂いた私が、このような!」
 それを聞きつけ、ラハブは無表情のままで三首龍を激しく唸らせた。
 何が明王だ。何が菩薩だ。他者に害を及ぼす信仰などただの暴論。そんなものを振りまく輩は教主足り得ない。
 絶対に、神様などではない。
「……人を惑わしかどわかす悪魔は、魂ごと喰い殺す」
 心中にあるものを纏めて、ラハブは右腕の龍首を放つ。そこに生えた鋭利な角が明王の中心を貫いた時、羽毛の塊は弾け飛んで散り、微かな名残も残さずに部屋から消え去った。


 ひよこ明王が散った瞬間。ビルシャナもとい莉子には、明らかな変化が見て取れた。
「……違う、違うのよ……だって、私はもう……」
「ええんやで、だっけ? キミがやった事はそれで済む事なんだ?」
「君がどんな想いでいたかも知らない者の言葉で、本当に許されたと思うの?」
 未だ逃げようとする彼女の行く手に、アンセルムと冬真が杭を打ち込む。
「それは! 明王様が!」
「目を覚ましなさい。そんなもの、始めから何処にもいない」
 ぴしゃりと、ラハブが咎めた。
 既に明王が倒れたから、ではない。ラハブが言う通り、ええんやでの一言で何もかも許す神仏など、最初から居やしなかったのだ。あれは鳥の姿で神仏を騙る悪魔。決して、救いをもたらすような存在ではない。
「貴女の幼馴染や貴女自身が許していない罪を。他の誰かに許されるなんて、そんな虫のいい話はない。貴女は決して、許されてなんかいない」
「そんな……!」
「神が許すのは『罪』ではなく『償うこと』と『許されること』だけ。貴女の心が軽くなったのは、ただそのどちらをも放棄したからにすぎない」
 それを理解してなお、悪魔の羽に埋もれ続けるというなら。
「贖罪の機会なんて二度とやらない……今ここで、私が喰らう」
「ひっ……」
 殺意を滲ませる三首龍に、莉子は竦み上がった。
 なんともまあ、惨めなものだ。欲望のままに人を虐げておきながら、思う通りにならず身勝手に嘆き、あまつさえ邪なものに頼って、ついには化生の姿で人のように怯えている。
 これを嫌悪したところで、誰が意義を唱えられるものか。和希は冷たい視線を送りながら、しかし渦巻くものをおくびにも出さず――。
「……いえ。そういえばまだ、残っていましたね」
 狂気滲む目で見据え、責めてもよい相手が、一人。
「あぁ……」
 親友の囁きに気付き、アンセルムも“それ”に視線を送る。
 恐らく、放って置いても大差あるまい。
 しかしケルベロスたちには、それを排除するに十分な理由がある。
「和希。あれたぶん、邪魔になるよね」
「ええ。ですから……」
 和希はそれに向けて、内なるものを解き放った。
 その行為で何がどうなったと、過程を正確に表すのは難しいが――結果だけを見れば。
 風前の灯火だった幻花衆の命は、握り潰すようにして呆気なく“破壊”された。
「……あ、あぁ……」
 次は自分がそうなる、とでも思ったのだろうか。
 莉子は尻もちをついたまま、部屋の隅に退いていく。
 だが、ケルベロスたちを遮るものは、もう何もない。
「東さん」
 イリスが一歩進み出て、簡潔に問うた。
「貴女は何がしたかったの? 誰に許して欲しかったの?」
「私は……私は、わたしは!」
 堰を切ったように、莉子は緩んだ呪縛の隙間から真情を吐露する。
「ただあの娘に、もう一度頼って欲しかった! 頼ってもらえるようになりたかった! だけど……そうなれそうには、なかったからっ!」
「だから……幼馴染を陥れた。それが、卑怯なことだと分かっていて」
「でも紗枝さん、縋って来なかったんだよね」
 冬真から続けて重ねられたフィーの言葉に、莉子は膝を抱えるようにしながら頷く。
「だって、あの娘はいい子だから。だから……だけど!」
 信頼に憧憬、羨望。そういったものと嫉妬や自責の念が綯い交ぜになった叫びを、ケルベロスたちは暫し黙って聞いた。
 間違いなく、莉子は莉子でいられた最後の地点に戻ろうとしている。許されていないと叩きつけ、自らの口で所業を語らせることで、罪をまた自覚しようとしている。
 ならば、その終いに出てくる言葉は――。
「悪いのは全部、私よ。だけど今更、どうすればいいのよ……」
「……まずは紗枝に謝って、それから悪い噂の誤解を解くべきじゃないのかな」
 それを考えなかったわけではあるまい。粛々と語る有理にアンセルムが同調を示し、さらにイリスも続く。
「悪い噂を打ち消す為にいい噂も流そう。今ボクたちに言ってくれたように、「紗枝はいい子だ」って、皆に言ってあげようよ。それが出来るのは、幼馴染のキミだけだ」
「彼女に本当の事を告げて謝罪しなければ、貴女だって一生救われる事はないわ」
「でも……」
 その通りにしたところで許されるものなのか。
 尻込みする莉子に、和希は私情が漏れぬよう努めながら、しかしはっきりと断じる。
「例え全てを打ち明け、蒔いた種を刈り取ったとしても、相手があなたを赦すとは限らない」
 そんなことは当たり前だ――とは責めずに。和希は「それでも償いを願うとすれば、それは何故ですか」と問うて、さらに言葉を継ぐ。
「あなた自身が、罪の意識から逃れるためですか。それとも、大切な存在をこれ以上傷つけたくないからですか」
「……っ」
 他人からそれを突きつけられ、莉子は息を呑む。
 暫しの沈黙が広がり……そしてあとひと押しと、アンセルムがまた口を開く。
「ただ待っていたって、紗枝さんがキミの傍に戻ってくる事は絶対に無いよ」
「君の大切な子は、このまま孤独を選び続けるだろう。大切な子を一人にしたままで、二度と一緒に過ごせないままで終わって、本当にそれでいいの?」
 有理も言葉を重ね、さらにフィーが続く。
「紗枝さんが貴女を想って無理していること、分かってるでしょ? 今は気丈に振舞ってても……孤独は人を壊すよ」
 笑顔を失い、気力を失い、変わり果てていく幼馴染を、黙って見ているつもりなのか。
「君を変えられるのは、君だけだ」
 冬真が決断を迫った。
 そこで押し黙っていた月子が、畳み掛けるように言った。
「サエって子がお前を許す気があるのか。それとも一生許さないのか。謝る機会をくれるのかくれないのか。離れたのは嫌いンなったからか別の理由か。全部ウヤムヤだ。こんなわやくちゃな幕でええんか。アイツらもあたいらも、所詮は部外者。決めンのはお前だ」
 どーすンだえ、リコ。
 どーすンだえ、お前は。
 それは今決めねばならないことだ。
 迫る月子とケルベロスに、莉子は俯き。
 そして一つの結論に至ったのか、顔を上げた。


 程なく戦いは終わった。
 悪辣な明王と使いっ走りの忍びに、ビルシャナ。
 相対した三体のデウスエクスは、ケルベロスたちの奮闘で全て滅んだ。
 そして――八人の前には、神妙な面持ちで佇む少女だけが残された。
 東・莉子という名の、その少女は。短く礼を告げたきり、何を語ろうともしない。
 しかしケルベロスたちにも、今更重ねるべき言葉は見当たらない。幾つか最低限のやり取りで彼女の無事を確かめると、八人は揃って、その場を後にする。
 だが、彼らは少女の瞳に宿るものを、見逃したわけではなかった。
 彼女なら、きっと。
「……ま、あとは風の噂にでも聞かしてもらうわさ」
 誰に向けるでもなく、月子は言った。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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