菩薩累乗会~ぴよぴよあたしはわるくない

作者:狐路ユッカ


 エレナは、もう何時間も自分のベッドに座り込んで頭を抱えていた。
「あたし……なんてことしちゃったんだろう、リナのこと裏切るなんて……最低」
 酔った勢いで、リナの彼氏と寝てしまった。シンプルに言うとその事実がエレナの後悔。誘ったのも、エレナ。ついてきたのは、リナの彼氏。
「ほんと最低……」
 深く深くため息をついたとき、エレナの眼前にぱぁぁっと光り輝く何かが現れた。
「恵縁耶悌菩薩は『ええんやで』とおっしゃいました」
「え……」
 ひよこの集合体は優しく語る。
「あなたの罪は許されたのです。だって、あなたは悪くない。ついてきた方が悪いのだから。さぁ心を罪から解放し、恵縁耶悌菩薩の羽毛に抱かれましょう」
 ぶわっ。羽毛が広がる。
「そう……そうだよね、リナを裏切ったのはあたしじゃないよね」
 うっとりとその言葉に聞き入り、エレナは頷いた。
「恵縁耶悌菩薩の羽毛はふわふわ。至福のふわふわ」
「ええんやで……なんて素敵な言葉! あたしの罪は許された! もう悩まない……! もふもふの羽毛万歳!!」
 そう叫んだ瞬間、ゆるふわパーマの女子大生エレナはその身を羽毛の異形に変えた。ひよこ――デラックスひよこ明王は、満足げに頷き告げる。
「おそらく、すぐにケルベロスが襲撃してくる……あなたの罪を償わせるために。戦うのです。勿論、恵縁耶悌菩薩の配下たる私も共に戦うから充分に勝利できる」
「ふふ、うふふ」
 エレナは羽毛に顔を埋めながら頷く。
「自愛菩薩の力により新たに配下とした、この者もあなたを守ってくれるだろう」
 そう続けた瞬間、傍らには女性の螺旋忍軍が一体現れ、傅いた。エレナは、恍惚とした表情で羽毛を撫で続けるだけだった……。


「ビルシャナがとんでもないこと企んでるのが解ったんだよ」
 秦・祈里(豊饒祈るヘリオライダー・en0082)は今から説明するね、とホワイトボードに図を描く。
『菩薩累乗会』。そう書いて、まあるい地球を描くと、いくつか『ぼさつ』と書いた鳥の絵を描いた。
「これをね、次々に地上に出現させる。そして、その力を利用して……」
 で、と言いながら『すごいぼさつ』と書いた鳥の絵を描き足していく。あっという間に、鳥の絵が地球を埋め尽くした。
「こうやって、地球全部を制圧しちゃう作戦らしい」
 困ったのが、この『菩薩累乗会』を阻止する方法が現時点で判明していない事。けれど、祈里はぐっと拳を握って力説した。
「でも、出来ることはあるよね。出現する菩薩が力を得なければいい。阻止すればいいんだ。進行を食い止める事ならできるはず」
 そして、今、活動が確認されているのは『恵縁耶悌菩薩』。ええんやで……?
「罪の意識を持つ人間を標的にして、自らの羽毛の力で罪の意識を消し去る事と引き換えに、その存在を自らに取り込んでしまうという菩薩なんだ」
 被害者は女子大生のエレナ。友人の彼氏と一夜の過ちを犯し、罪の意識に苛まれているところに目をつけられ、配下のビルシャナである、デラックスひよこ明王達が送り込まれているようだ。
「エレナさんは、自分を導いたデラックスひよこ明王と一緒に自宅にとどまって、羽毛に抱かれて罪の意識から逃れ続けている……ってこと」
 このまま罪の意識から逃れて羽毛に魅了されたなら、恵縁耶悌菩薩の一部とされてしまうだろう。祈里は、なんとしてもそれを阻止してほしいと頭を下げた。
「敵は、ビルシャナ化したエレナさん、デラックスひよこ明王、螺旋忍軍一体……計、三体だ」
 ここからが大事だから良く聞いてね、と祈里は念を押す。
「ビルシャナになったエレナさんは、ふわふわを堪能してるとこを邪魔にしにきた君たちに攻撃してくる。それを倒しても構わない。そうしたら、デラックスひよこ明王は逃げていくからね。でも、助けたいなら……」
 デラックスひよこ明王を先に倒す必要がある。と続けた。
「デラックスひよこ明王を倒し、エレナさんに励ましの言葉をかけてあげてからエレナさんを撃破すれば、助けられる可能性もあるよ」
 ただ、そうなると任務の難易度は当然上がる。
「忘れちゃいけないのがもう一体、螺旋忍軍……幻花衆がいるってこと」
 彼女はビルシャナ二体を守るように戦うようだ。下級戦闘員なので強くはないが、やっかいな要員であることに変わりはない。
「エレナさんを助けるかどうかは皆の自由だけど、罪の意識って抱えるだけでいいのか……って話だよね。後悔だけしているんじゃなくて、どういう風に反省して、償って生きていくのか。何もせず、終わりで良いのかって考えちゃうよね」
 それじゃあ、行こう。祈里は、ケルベロス達をヘリオンへと誘導するのだった。


参加者
パティ・パンプキン(ハロウィンの魔女っ娘・e00506)
館花・詩月(咲杜の巫女・e03451)
遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)
ピヨリ・コットンハート(ぴょこぴょん・e28330)
風陽射・錆次郎(戦うロボメディックさん・e34376)
花開院・レオナ(薬師・e41749)
ティリル・フェニキア(死狂ノ刃・e44448)

■リプレイ


「ふふ、うふふふ」
 恍惚とした表情で羽毛に埋もれるエレナ。デラックスひよこ明王はその頭を優しくなでながらええんやで、ええんやでと囁き続ける。
「お楽しみの所失礼します。ええんやでじゃないです」
 ばんっ、と勢いよく音を立ててエレナの部屋の扉を開き、ピヨリ・コットンハート(ぴょこぴょん・e28330)はそう告げた。エレナが鬼の形相で振り向く。
「は……?」
「ええんやで……」
 デラックスひよこ明王はなおも優しいほほえみを浮かべてエレナを赦し続ける。
「あたしは許されてる」
 だからほっといてよ。エレナは再度羽毛に顔を埋めた。
「いや、よくねぇだろ……いまいち締まらねぇが、止めないとな」
 ティリル・フェニキア(死狂ノ刃・e44448)は小さくため息をつくと、得物を構える。
「逃げるのは、ナンセンスだぞ?」
 はっきりと、ギルフォード・アドレウス(咎人・e21730)はそう切り出した。
「逃げ……?」
 エレナの肩が揺れる。
「お友だちを裏切る前に、『悪いことしたな』と悔いていた自分を裏切ったんだぞお前は!」
 他人を裏切る重さより、罪を感じ悔いた自分の心を誤魔化し裏切ることのほうが問題だと突かれ、エレナはがばりと顔を上げる。
「うるさい……! うるさいうるさいうるさい! あたしの世界を邪魔するな!!」
 怒鳴り声が部屋に響くと同時に、すらりとした和装の女――幻花衆の一員がデラックスひよこ明王の背後から現れ、目にもとまらぬ速さでギルフォードへ肉薄した。
「っ」
 螺旋の軌道を描いて放たれた手裏剣が、ギルフォードに突き刺さる。引き抜いた手裏剣を打ち捨てると、ギルフォードは自らの手を幻花衆にあてた。螺旋を込めた掌から放たれる衝撃に、彼女は後方へ吹き飛ぶ。遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)は後方でもふもふぴよぴよ言っているデラックスひよこ明王に目を奪われそうになり、軽く首を横に振った。
(「大丈夫……ピヨリさんのひよこをもふもふさせていただきましたもの、惑わされませんわ」)
 傍らのウイングキャットに目くばせをする。ヴェクサシオンは、攻撃を受けたギルフォードを含めた前衛のケルベロスたちの周りを清浄の翼で飛び回った。鞠緒は、再度ギルフォードへ迫ろうとする幻花衆へとフォーチュンスターを叩き込む。うっ、と唸って屈みこみ、幻花衆は動きを鈍らせた。
「さあ、罪の意識を消し去り許されましょう」
 デラックスひよこ明王は、無数の凍てつくひよこを投げつけてくる。
「ジャック!」
 パティ・パンプキン(ハロウィンの魔女っ娘・e00506)の声を受け、ボクスドラゴンはヴェクサシオンと共に前へと躍り出た。館花・詩月(咲杜の巫女・e03451)は、ピヨリを庇うように立って小さく悲鳴を上げる。
「詩月さん!」
 ピヨリが反射的に名を呼ぶと、詩月は振り返らずに一度頷き、手を敵軍へと伸ばす。放たれるは、アイスエイジインパクト。氷がぐわりと迫る。ビルシャナ達を守るように、幻花衆がそこに仁王立ちした。


「まだ、まだ!」
 両足に力を込め、幻花衆はぐんと踏み込む。次の手が来る前にと、パティは傷を負った仲間たちへメディカルレインを降らせた。
「あたしは……悪くない!!」
 耳を劈くような叫び声。エレナが吼えたのだ。
「!!」
 耳をふさぎ、前衛に立つケルベロスはその場にうずくまる。
「……覚悟!」
 幻花衆が手裏剣の雨を降らせる。たまらず、ピヨリとティリルは悲鳴を上げた。それでも。倒れるわけにはいかぬとピヨリは自らの射程内に入った幻花衆へと手の平を翳す。
「やってしまった事は仕方がありません……」
 ゴォッ、と轟音を立て、竜の幻影が炎を纏い轟いた。
「大切なのは自分が行った事から目を背けず、しっかりと今後に活かしていく事です」
 エレナに届くように声を上げながら、目の前に飛び出てきた幻花衆を焼き払う。
「あ、あああああ!」
「散れ」
 ティリルは狂刃鳳凰に己の呪詛を込めると、舞うようにその切っ先を幻花衆へと振り下ろした。脚の力が抜け、ずるりと幻花衆の体が地へ頽れる。残るは、ビルシャナ2体。
「貴方の時間ごと、凍結させてあげるわよ」
 花開院・レオナ(薬師・e41749)は、時空凍結弾をデラックスひよこ明王に向けて放つ。
「ぴょひぃ!」
「何するのよ、邪魔しないでって言ってるでしょう!」
 金切り声を上げるエレナに、レオナは静かに告げた。
「人の彼氏を横取りするのを、ええんやで、で済まさせるのは良くないかな」
「ええんやで……」
 凍てつく弾を受けながらも、明王はにっこりとほほ笑む。エレナはそれを間違いと思うはずもなく、大きくうなずいた。
「ええのよ!」
 エレナの指先から、閃光が迸る。
「っ……」
 レオナと鞠緒は、閃光を受けて顔を苦痛にゆがめた。
「大丈夫!?」
 風陽射・錆次郎(戦うロボメディックさん・e34376)の装甲から、オウガ粒子が放出される。
「ありがとう」
 助かった、と錆次郎へ笑顔を向けた。
「みんな! あの子を救うまで膝を付いてる暇はないのだ!」
 肩で息をする前衛の仲間へと、パティはメディカルレインを降らせる。薬液がほんのりと甘い香りを漂わせると、傷だらけだったピヨリが勢いよく立ち上がった。
「特に因縁もないですが、同じヒヨコ使い同士、負ける訳にはいきません」
 勢いよく明王へと走り寄り、旋刃脚を浴びせる。
「ぴょっ」
 ヒヨコ使い……もとい明王は、燃え盛るヒヨコをピヨリめがけてぶんなげる。
「っ」
「いけないっ……」
 ピヨリの前に飛び出すと、詩月はその炎を代わりに受ける。
「無事、だよね?」
 問い、頷きあう。
「あたしは許されたの。外野はどっかいってよ!」
 エレナの叫びに、詩月は淡々と答えた。
「貴方は自分の罪を許されたと思っているようだけれども、それは全く無関係な他人が、貴方の事を思って言った言葉じゃない」
「は……?」
 未だ、エレナは明王の洗脳のさなかにある。
「早く……目を醒ましたら、どうだ?」
 ギルフォードは、そう言いながらエレナではなく明王の脳天めがけて達人の一撃を放った。ばさぁっ、と音を立て、羽毛が散る。
「きゃああああ!」
 見たくない、というようにエレナが悲痛な叫びをあげた。
「自分の過ちから逃げたくなる気持ちは分かるが、きっとお前はこの先ずっと罪を抱えて生きる事になっちまう」
「う、うるさいっ」
「後ろめたい事ってのは、無理に抱えて生きるよりも、キッチリ落とし前をつけた方が楽になるって事もあるんだぜ」
 ティリルは言いながら、明王の前に立った。魔力を孕んだ刃が、ゆらりと紅く煌めく。ざんっ、と音を立てて、ティリルはその刃を明王へと叩きつけた。
「お前自身の為にも、お前の友達の為にも、どうするかよく考えてみるこったな」
「ええ、んやで……」
 ほほえみを湛えたまま、明王は消えゆく。
「あ、あ、ああ……」
 エレナはわなわなと震えながらその様子を見ているだけだった。


 もう、後ろ盾はない。エレナは戸惑うように視線をさまよわせた後、なにか決意したようにケルベロスたちを睨みつけた。
「出てってよ」
 レオナは刺激しないようにゆっくりと近づくと、優しい声音で告げる。
「貴女が救済されるのは、貴女の友人にちゃんと謝った上で、友人の彼氏にも謝り、別れを告げる事が一番だと思うわ」
「もう、救われてるの! ほっといてよ!」
「誠意を見せた謝罪なら、きっと貴女の友人も、友人の彼氏も許してくれると思うわ」
 頭を抱え、エレナはもふもふ己を癒していく。ピヨリはよく通る声で続けた。
「人間誰しも間違いを犯すもの。今回の事を辛い記憶で終わらせず、大切な経験にする事だって出来るはずです」
「つ、らい……? あたしもう許されて……」
「エレナさんのこれからを、ビルシャナなんかに渡してしまわないでください」
 びるしゃな? エレナの唇が小さく動いた。
「良心の呵責に苦しみ優しく赦してくれるビルシャナに頼りたくなる気持ちはわかります」
 鞠緒はそのエレナの感情に寄り添うように、そう言った。
「でもそれは『赦し』ではなく『逃げ』ではありませんか?」
「逃げ? この救いを逃げというの!?」
 エレナが激昂しても、鞠緒は頷いて続ける。これだけは、伝えねばならないから。
「だってエレナさんを赦せるのはリナさん、そしてあなた自身だけなんですから!」
 すっとエレナの頭部に向かって手を伸ばす。紡がれる歌は、『死に至る夢』。エレナはその場に蹲り、泣き始める。
「や、いや……! ごめんなさい、ごめんなさ……!」
 うわごとのように繰り返すエレナへ、歌い終えた鞠緒は再度問うた。
「本当の赦しを得ないまま倒されてしまって良いの?」
「う、う……」
「どうかあなた自身の為に勇気を出してすべき事を!」
 ピヨリは、自分のファミリアのひよこをそっと差し出す。
「……もふもふは、ビルシャナじゃなくていいんですよ」
 きゅるんとしたけがれない瞳のひよこが見上げてくるのをみて、エレナはまた涙が止まらなくなる。
「ふ、うぇ、わかって……わかって、る、許されるわけないっ……」
 エレナはぐすぐすとしゃくりあげ、うつむいたまま。
「許してもらえないかもしれないと思って、足が鈍っているんだね」
「う」
 詩月が優しくエレナの背を撫でた。羽毛に覆われた背が、びくりと跳ねる。
「許されるにせよ、許されるにせよ。ここで進まないと、貴方はこれからずっと足踏みをするだけになってしまう。……だったらあなたは進むべきだ」
 どこへ、とエレナが問う。錆次郎は簡潔に答えた。
「その後悔は自分じゃなく、友達に対してじゃないの?」
「どっちも……どっちもなの……」
「やってしまった事はなしにはできないよ。その事を一生隠しとおして、友達に報い続ける、それが君に出来る許しだと、僕は思うな」
 あくまでも僕の考えだけどね、というと、エレナは素直に頷く。
 パティはにっこりと笑った。
「エレナにとって大切なのは友達じゃないのだ?」
「そう……リナは大事な友達なの……」
「友情をこんな事で終わらせたくないのではないのだ?」
「うん……」
「後悔の念があるなら、エレナは友達に謝れるのだ! だって、謝りたいってエレナは思ってるのだ♪ 謝ってエレナの本心を伝えれば、きっと友達も解ってくれるのだ!」
 リナに本当のことを伝えるのか否か。それはこれからエレナが決めることだ。けれど、一つだけ絶対にしなければならないことがある。それは、自分をごまかさずに向き合い、罪を認めて償い続けること。隠すにせよ、話すにせよ、エレナは向き合わなければならない――自分がしたことに。
「……わかった、私、ちゃんと考える」
 そういった瞬間だ。エレナの体が力を失い、その場に倒れこんだのだ。


「――来る!」
 エレナの意識は、完全にビルシャナに支配されている。これを倒せば、エレナは解放されるはずだ。ケルベロスたちはみな一様に武器を構えなおし、臨戦態勢へと移行した。
「もふ、さいこう、もふ……」
 うつろな瞳で閃光を放つエレナに相打つように、レオナが前に出る。
「ドラゴンの幻影よ、この世界に具現化し敵を焼き払え」
 その掌から放たれた炎が、エレナの身を焦がした。
「っうう」
 閃光に身を貫かれながら、鞠緒は息を吸う。
「もし、足が竦むならこの歌を思い出して……!」
 水が流れ出すように、揺蕩うように悠久のメイズのメロディがエレナを包む。赦しという奇蹟を求めるメロディ。けれど、鞠緒は知っていた。エレナが前へ進む勇気を得たならば、それはすでに『奇蹟』ではない、と。錆次郎は、傷を負った二人の元へ駆け寄ると、メタリックバーストを展開する。
「大丈夫? 痛くない?」
「ええ」
「ありがとう」
 確認しあい、エレナへと向き直る。追撃を阻むように、ギルフォードが前に出てエレナの腹部に己の螺旋を流し込んだ。
「ッ……許された……私は赦された……」
 ぶつぶつと念仏を唱え始めたエレナ。穏やかな声のはずなのに頭を割らんとばかりに響くその念仏に、仲間を庇って前へ出た詩月は眉を顰め蹲る。しかして、ここで倒れているわけにはいかない。
「専門ではないけれども、心得はあるからね」
 Tu-Ba.K.Iを杖にするようにゆっくりと立ち上がると、視線をエレナへ。
「しっかりなのだーっ」
 パティが、南瓜型のオーラを飛ばして気力を回復させる。うん、と一つ頷くと、詩月は感覚を確かめ、地を蹴った。
「!!」
 エレナがひゅっと息をのむが早いか。目にもとまらぬ速さで組み付く。拳打の嵐に、パティは思わず叫ぶ。
「ピヨリン、今なのだッ」
「ほろびよ」
 ピヨリは、むんずとつかんだひよこをおもいっきりエレナめがけて投げつけた。ぼかぁん、と景気よく爆発して、ひよこは手元へ戻ってくる。
「きゃあああああっ!」
 悲鳴。それは、ビルシャナのものだったのか、エレナのものだったのか。その場に頽れたビルシャナから、ゆっくりと羽毛が抜け落ちていった。そして、姿を現したのは、ゆるく髪を巻いた今時の女子大生。
「……もどった、かな?」
 錆次郎は、ゆっくりとエレナへ近づく。目を覚まさないエレナを少し心配したが、脈をとってすぐに安心したように微笑んだ。
「うん、大丈夫みたいだね」
「よかったぁ」
 ホッと胸をなでおろし、顔を見合わせるケルベロスたち。錆次郎はエレナをそっと抱き上げると、ベッドの上に寝かせ、ケルベロスカードを枕元に置いた。
「これ、友達の彼氏が何か言いだすとまずいだろうから……口止めのなんかに使えたら使ってね」
 エレナは眠りの底。意図に気付くかは、さて。
 部屋にヒールをかけると、ケルベロスたちはゆっくりとその場を後にする。少なくとも、エレナは赦しをはき違えることはなくなった。許されるためでなく、正しく生きるために。過ちを繰り返さないように、歩んでいけるはずだ。ケルベロスたちの言葉は、胸に刻まれているのだから。

作者:狐路ユッカ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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