残響は、紅蓮と共に、かき消えて

作者:ハッピーエンド

「ふっ! せいっ!」
 草木模様のバンダナが風にたなびき、玉のような汗が飛ぶ。
「せいっ! せいっ! はっ!」
 ここは、人里から少し離れた奥地の道場。ラルバ・ライフェン(太陽のカケラ・e36610)は真剣な表情で修練に勤しんでいた。
 どれほどの間、修行していたのだろうか。その小さな身体からは、滝のように汗が流れ、白の衣がビッタリと肌に貼り付いている。
「ふーっ。少し休憩するかな」
 キリが付いたのだろう。ラルバはよっこらしょっとクーラーボックスを開けると、中からキンキンに冷えたミネラルウォーターを取り出した。
 グビッグビッグビッ。
「はーっ! このために生きている!」
 目をキラッキラに輝かせながら、満面の笑みでゴローンと床の上に身体を投げ出した。
 暫し、気持ちよさそうに伸びをしながら、天井へと手を伸ばす。
「俺も、もっと、強くならないとな……」
 なにかを思い出す様に、虚空を見つめ……。ギュッと拳を強く握った。
「じゃないと、皆の笑顔を護れないもんな! 師匠!」
 よし、と気合を入れて、跳び起きた。異変が襲ったのは、その瞬間だった。
 道場から火が上がったのだ。
「火!? なんで!?」
 今ここにはラルバしかいない。火が付くということなど、本来ならばあり得ないのだ。
 状況を確かめようと、慌てて外に出ようとするが、
 シャッ!
 剣線が煌めいた。
 間一髪、身体を反ってかわしたラルバは、勢いのままにバク転しながら距離を取った。もはや、状況は掴めた。
「くそっ! デウスエクスか!」
「言葉遣いが悪いな。クソ虫」
 炎の中から、長身の男がヌッと顔を出した。血のような真紅の瞳。絹のような美しい銀髪。華美な宝石を黒衣に纏い、一際目立つ荘厳な魔剣から焔を立ち昇らせている。そして、その秀麗な顔の下には、傷跡があった。
 ラルバの瞳が、驚愕に見開かれる。
「お、お前は……!」
「なんだ。我のことを知っているのか?」
 敵は、澄ました顔でフンと鼻を鳴らした。
「……覚えていませんとでも、言うってのか!?」
「無論」
 ラルバの奥歯が、ギリと鳴った。
「師匠のことも……!?」
 敵は、少し考えるそぶりを見せながら、目の下の傷を撫で、
「貴様はいちいち潰した蚊のことを覚えているのか? 小虫風情が、自惚れるなよ?」
 濁った瞳で二刀を構え、邪悪に微笑んだ。

●太陽を護りに
「! 揃いましたね。まずは招集に応じていただいたことに感謝を。
 先ほど連絡させて頂いた通り、また我々の善き友が襲撃されます!」
 ケルベロス達が集まると、アモーレ・ラブクラフト(深遠なる愛のヘリオライダー・en0261)は毅然とした態度で顔を上げた。だが、どこか焦燥を隠しきれていない。最近ケルベロスへの襲撃が後を絶たず、心労が絶えないのだ。
「襲撃を受けるのは、ラルバ・ライフェン氏。修練に勤しんでいる所を襲撃される模様です。現時点で本人との連絡は取れず、このままでは、氏の生命は風前の灯火と消えることでしょう。こちらも全力をもってヘリオンを飛ばしておりますが、開戦に間に合うかどうかは紙一重です」
 一滴の汗が、アモーレの額から零れ落ちた。おそらく必死で精神を集中させているのだろう。その様子を見て、ハニー・ホットミルク(縁の下の食いしん坊・en0253)は、あえて声をかけることなく、ソッと目の前にお茶を置いた。
「敵はシャイターン。現場は奥地の道場です。敵の殺気により人払いなどは必要なく、戦闘に集中できる状況ですが、敵が襲撃の際に火を付けたらしく、道場は紅蓮の炎に包まれております。もちろん皆様はケルベロス。ただの火など熱い程度で影響はございませんが、この敵は特に炎を好んでいるように見えます。敵の戦いやすいフィールドになっている、ということも考えられますので注意ください。
 攻撃方法ですが、二刀流による炎を纏った剣舞。紅蓮の剣より放たれる焔。この2つが主な攻撃手段で、共に炎の攻撃となります。ジャマーということもあり、その効果には十分ご注意ください。また、敵は剣に付いた真紅の宝玉を舐めることにより、治癒することができる様です。BSはほぼかき消されることでしょう。しかし、幸い攻撃にブレイク手段はありませんので、味方の強化は有効に働きます。
 最後に、この敵は、自身の死を予感したときに、最後の大技を繰り出してくるようです。対象は、彼が最も殺したいと感じた相手。……ラルバ氏が立っていた場合は、ラルバ氏が確実に狙われるでしょう。強力な一撃となりますので、対策の程、留意ください」
 アモーレがキッとヘリオンの外を睨んだ。丁度、遠方に火の手が上がる。
「一刻の猶予もありません! 皆様、我らの太陽をお願いします!」
 ケルベロス達は固くアモーレと握手すると、降下のタイミングを計り、息を呑むのだった。


参加者
シルク・アディエスト(巡る命・e00636)
シェリン・リトルモア(目指せ駄洒落アイドル・e02697)
北十字・銀河(星空の守り人・e04702)
コンスタンツァ・キルシェ(ロリポップガンナー・e07326)
レンカ・ブライトナー(黒き森のウェネーフィカ・e09465)
ラルバ・ライフェン(太陽のカケラ・e36610)
大神・小太郎(血に抗う者・e44605)
晦冥・弌(草枕・e45400)

■リプレイ

 この感情をどう表せばいいのだろう。
 心臓が早鐘を打っている。
 胸の熱さと喉の渇き。軽く眩暈まで襲ってくる。
 喉の先に走った剣線は、命が今ここにあることを教えてくれ、目の前に立つ告死天使の姿は、過去に失った命の重さを想い起こさせる。
「師匠が付けたその傷。致命傷に変えてやるよ」
 髪を逆立て、ギリシャ神話にでも出てきそうな風貌をした少年、ラルバ・ライフェン(太陽のカケラ・e36610)は、獣のように獰猛な構えを見せた。
 ヒュッ!
 こちらもアラビア神話より出てきたような整った風貌の炎鬼が、華美な剣の切っ先を向ける。『傷』の一言に反応し、瞳を冷淡に細めながら。
「あの男の弟子……ということか。貴様には聴こえたことがあるか? 誇りが砕けし音が。この傷を受けしあの日から、絶えず我の耳に反響する風斬り音。どれだけ虫を潰しても、この音が消えぬ」
「そうか。でも、今日消えるぜ」
 大地から力を汲み上げるような構えを取りながら、ラルバが不敵に笑い、
「ああ。今日こそ消えるかもしれぬ」
 二刀に焔を纏い、舞うように構えながら、炎鬼が邪悪に微笑んだ。
 瞬間、獣と炎鬼が衝突した。縛霊手が風を裂き、紅蓮の剣が虚空を焦がす。互いに一撃をすり抜ける。次の瞬間、拳が炎鬼を捉えた。
「軽い!」
 同時に、ラルバの胸に炎が刻まれる。肌を焼く苛烈な痛みに身を硬くしたその時、ラルバの身体は宙を舞い、気づけば紅蓮に燃える天井を見上げていた。
 眼前に迫る刃。
「死ね……ないんだよ!!」
 本能のままに蹴りあげた脚は、敵の刃を束の間遠ざけることに成功した。しかし、空中に退避したそれは加速度を付けて降り迫る。
 そんな、ラルバの生命が刈り取られる正にその瞬間。
 救世主達は駆け付けた。
 道場の壁が轟音を立ててぶち抜かれる。ラルバに迫った敵影を、光弾が弾き飛ばす。
「無事ですか!? ラルバさん!」
 煙の中からフィルムスーツの女性が跳び出した。シルク・アディエスト(巡る命・e00636)。敵の目がラルバから逸れるように、力の限り弾幕を張る。
「大丈夫か、ラルバ!」
 同時に、神速の稲妻が敵に斬撃を浴びせた。七色のゾディアックソードが煌めき、北十字・銀河(星空の守り人・e04702)の黒々とした長髪が宙を舞う。
「ったく、こんな暑苦しい舞台用意しやがって。演出が過剰なんだよ」
 敵の額を蹴りつけ、電光石火に宙を舞ったのは白髪のエルフ、レンカ・ブライトナー(黒き森のウェネーフィカ・e09465)。敵を睨みつけながら、ラルバを護るように着地した。
「来てくれたのか、みんな!」
「みんな、ラルバくんのために駆け付けたんですよ」
 心霊的な力が満ちて、ラルバの傷が拭われた。真っ白な肌に深い青の瞳を煌めかせた少年、晦冥・弌(草枕・e45400)が、人形のような穏やかな笑みを浮かべている。
「みんなに力を!」
 小柄な銀髪の少年が、ライトニングロッドをバチのように構え、雷壁を張り巡らせていた。
「敵は強大、でも誰一人倒れず、みんなで帰りましょう!」
 シェリン・リトルモア(目指せ駄洒落アイドル・e02697)はビシッと仲間を見やり、グッと親指を持ち上げた。
 同時に側面から、爆炎が敵を弾き跳ばした。
「物騒な武器は砕いちゃうっすよ!」
 天真爛漫な金髪ツインテールのカウガール、コンスタンツァ・キルシェ(ロリポップガンナー・e07326)。リボルバー銃片手に、がんがん撃ちまくり、ふふんと勝気に笑っている。
「さぁ出番だぜ、月喰ぃ!」
 灰色狼のウェアライダーが鎌鼬のように駆け抜けた。敵の脚に斬撃が走る。大神・小太郎(血に抗う者・e44605)の手には刀身を赤黒く染め上げた喰霊刀が握られていた。
 頼りがいのある番犬達の登場。しかし炎鬼は動じない。
 影が消える。
「我が剣技、誇りに焼き付け、むせび死ね」
 気がつけば、ラルバの胸に十字の焦げ跡が刻まれ、炎が烈火の鎖のように身体を包み込んだ。ブオンッ、その横で銀河も炎に呑まれる。咄嗟に回避しようとしたシルクもやはり、痛みに瞼を見開いた。舞い踊るように繰り出された横薙ぎは、次にレンカを襲い、
 鮮血が飛んだ。傷を受けたのはラルバ。強い瞳で歯を食いしばり、仁王立ちしている。
「これ以上、お前に誰かの笑顔を奪わせるもんか!」
 氷の騎士が炎鬼の身体を跳ね飛ばし、距離が開く。ぶつかり合う視線と視線。
 炎鬼が身を低く構えたところに、銃声が響いた。
「俺の恩人を虐めないでくれるかな?」
 琥珀色の眼鏡をかけた狙撃手、レスター・ストレイン。敵とラルバの距離を離す様に狙撃する。
 その傍ら。シェリンの表情が曇っていた。前衛に盾を張りたいが届かない。嫌な汗が流れる。考えている暇は無い。
「BS耐性を重点的につけます! 盾をお願いしていいですか!?」
 想いに応えるように、青髪のエルフ、エアーデ・サザンクロスが優しい光で前衛を包み込んだ。
「微力だけど私も手伝うわ!」
「了解! 臨機応変に行こう!」
 緑のエルフ、ハニー・ホットミルクも、前衛を守護する魔方陣を走らせた。その横ではボクスドラゴン『チョコ・クッキー』が属性の力を注入している。
「炎の消火は私が」
 翼を地獄化させた金髪の少女、風音・和奈が、オーロラのような光で味方の炎を鎮静化させていく。
 これが仲間。護り護られ支え合う。役者は揃い、総勢12人と1匹。炎に燃える道場で、炎鬼の前へと立ちはだかった。
 ラルバの命を護るため。ラルバの宿業を断ち切るために。
 草木模様のバンダナを額に巻いたドラゴニアンは、深い感謝と共に、宿業の相手と対峙したのだった。


 戦いが流れる。
 炎が荒れ狂い、光が飛び交い、銃声が鳴る。
 シルクが斬り結び、敵を睨んだ。
「火付けとはまた穏やかではありませんね……ああ、失礼。火付けと略奪しか出来なかったのでしたね。しかし、此度は火付けまでは出来ても、命の略奪は行えぬと知りなさい」
 敵の目を引き付けようと挑発する。が、炎鬼は攻撃を受け流しながら涼しく嗤う。
「略奪? 強い言葉を使う。これは掃除。ゴミを燃やし、火に群がってくる虫を焼くのみ」
 ゴウと襲う炎を受け止め、今度は銀河が挑むように声をあげた。
「俺達は必ず、ラルバを連れて帰る!」
 炎鬼が双剣から燃え盛る炎を躍らせながら、嘲りの声をあげた。
「またこの手合。あの男を思い出す。弱き者を護って何になる。度し難い愚図よ」
 師を、護る想いを否定され、ラルバが吼えた。
「師匠はみんなの笑顔を、幸せを護ろうとしてた。多くの人が救われたんだ! 愚かなんかじゃない!」
「だが死んだ!」
 吐き捨てるように、炎鬼が嗤う。
「愚かさが生んだ死よ! 雑魚は強者を食い物にする、死すべき存在なのだ。適者生存の理を知れ。雑魚を護ることは罪ぞ!」
 コンスタンツァの銃が光る。
「人のために頑張るのが愚かだなんて嘘っす。ラルバを見てればだれだってわかるっす。人のために頑張るのは最高にかっこいいっす。間違ってるのはアンタっすよ!」
「罪深いと言っているのだ」
 跳弾射撃を受けながら、炎鬼はコンスタンツァへと向かって加速した。
 その攻撃を阻止するように、レスターの援護射撃が気を散らす。
「ラルバは俺を守って体を張って戦ってくれた。彼の太陽のような笑顔とまっすぐな言葉にあの時俺がどれだけ励まされたか……。キミにはわからないだろうね」
「弱き貴様は、その時に死すべきだったのだ!」
 射撃を薙ぎ払い、炎鬼は冷たく言い捨てた。その横っ面をレンカが鋭い蹴りで弾き飛ばす。
「オレはいつだってオレの為に戦ってる。だからオレが助けてー奴を助けるし、オレがぶっ潰してー奴をぶっ潰す。今回は前者がラルバで後者がテメーってワケだ」
 敵の土俵では語らない。オレはラルバがどういった感情でテメーを倒すのかが知りたいだけだ。ふてぶてしいまでのレンカの理論に、炎鬼は双剣を地に突き立てながら嗤い声をあげた。
「なるほど。本能のままに動くということか。まさに虫」
 正義の少年は我慢の限界だった。敵の脚を斬りつけながら小太郎が叫ぶ。
「どんな奴だって今その時を懸命に生きてるんだ! 虫だなんて言わせねぇ!」
「いたずらに自らの命を犠牲にする生き物がいると思うか? 思考を持たぬ虫くらいよ」
 不意に、なにかに気づいたように目を向ける。
「いるな。こちら側。貴様、見れば分かる。エインヘリアル向きだな」
 その瞳は弌を見つめていた。
「確かに……誰かのために戦うことを愚かだと思うことは否定しない」
 淡々と認めながら、しかし吐き捨てる。
「でも、それを大事にする人の想いを踏みにじったりしちゃいけないんですよ……そんな簡単なこと、こどものぼくにだってわかる」
「所詮は虫か。我は想いなど踏みにじらぬ。下等な存在そのものを踏みにじるのだ」

 炎鬼は番犬の攻撃をあるいは受け、あるいはかわし、焔の中を愉しみ踊った。
 小太郎が気づく。
「お前、この火事から力を得てないか?」
「逆に問う。紅蓮の化身たる我が、焔の中で力を得ぬ理がどこにある」
 番犬の動きは速かった。
「メディカルレインでなんとか弱められないか、やってみます!」
 シェリンが仲間を回復させる力に勢いを込め、
「私も手伝う! あいつが戦いやすい戦場を、放置する気なんてさらさら無いよ」
 和奈も道場内を光で照らした。崩落しかけていた道場が力を取り戻し、紅蓮の炎が少しずつ消火されていく。
「無粋」
 言葉と同時。シェリンの眼前に、剣を振りかぶった炎鬼が立っていた。
 喉に渇きを覚えた。
 斬撃が燃え上がる。
「また貴様か」
 忌々し気な声が上がり、目を開くとラルバの腕が十字に裂かれ燃えていた。
 炎鬼はそのまま、シュッと和奈に斬撃を振るうが、今度はスミレの花弁を模した盾に攻撃を止められた。シルクである。
「硬いだけが取り柄の甲虫どもが。よかろう。砕けるまで付き合ってやる」
 そのまま血のような紅い輝石を舐めあげる。同時に心身を蝕む全ての不浄が消え去った。
「この輝石は、今まで潰してきた虫の血を呑んでいる。もちろん我に傷を刻んだあのクソ虫の血もな。屍を晒したのち、輝石の中で混じるが良い」
 炎鬼は双剣を構え、静かに嗤った。


 紅蓮が呻りをあげ、銃声が轟いた。癒しの光が飛び交い、拳撃が、斬撃が、殺陣をするかのように舞い踊る。
 肌にヒリつく憎悪の切っ先。黒煙の上がる室内で、肺腑までもが焼け焦げる。しかし負けるわけにはいかない。『誰かの牙になる』。番犬のレゾンデートルを汚すこの男は、まさに天敵。そしてラルバにとっては更に深い、宿業の敵。不倶戴天の敵。
 耐性の力により敵の火力を抑え込む作戦は功を奏した。また、道場に回る火の手を抑えたことも敵の力を削ぐことに一役買った。
 しかし敵もさる者。こちらの攻撃をかいくぐり、巧みに致命傷を避けて舞い踊る。
 持久戦。互いに限界が見えていた。

 ラルバはもう限界だった。身体の損傷が、ではない。心の摩耗が、である。
 師の仇と定めた相手に良いようにあしらわれ、護るべき仲間は、みな満身創痍。
 怒り、憎しみ、焦り、悲しみ、不甲斐なさ。そして使命感。ない交ぜになった感情は、不安定にラルバの中を駆け巡った。
 しかし、限界なのは敵もまた同じだった。不意に悟ったように目を閉じる。
「炎は良い。この怒りも、この憎しみも……すべて烈火と燃えるのだからな!!」
 激烈の勢いで、紅蓮の火球となった炎鬼がラルバの懐へと跳び込んだ。混乱の中に、ラルバの反応が一手遅れる。
「これぞ我が終焉の奥義!!」
 紅蓮の腕に掴まれて、その身体が宙に浮く。爆炎が上がり、さらに業火が噴き上がり、灼熱の憎悪がその身体を燃やし尽くそうと襲い掛かった。
「うそ……だろ……」
 しかし、ラルバの声は、煉獄の後ろから弱々しく。
 紅蓮の中に包まれし顔は、銀の瞳に炎を映し、血を焦がしながらも敵を睨みつけていた。
「俺も彼と似た経験を持っている……。その時に誓った……もう誰も……自分や仲間の前で命を落とさせないと……」
 紅蓮に包まれ、ヒューヒューと細い息をたてながら、銀河は最後の力で敵を睨みつけていた。
 わななき、わななき、敵の表情が、初めて憤怒に染まる。
「クソ虫が!!」
「ラルバ……最後はお前が……」
 純白の火柱に呑みこまれ、銀河の声はかき消えた。
「銀!!」
 皆の笑顔を護りたかった。
 そして皆は、そんなラルバの笑顔を護りたかった。
 誰も倒れることなく勝ちたかった。
 だが、その想いは――。
「銀! お願い! 間に合って!!」
 盟友たる青髪のエルフが治癒の光を走らせる。
「一人も倒れてほしくないと言った彼の願い……散らせたくはない」
 弌の瞳に魔力が満ちた。蒼い瞳が宇宙のような深淵を湛え、全身に薄く施された刺青が光り出し、銀河の傷を取り去ろうとする。
 レンカの鎌が炎鬼の腕を跳ね上げ、和奈がその腕から銀河を奪い去った。
「ふははは!! 遅いわ! 我の奥義を受けたのだ! もう逝ったぞ! もう潰れたぞ!!」
 狂喜の笑いが満ちる。
 ラルバの中で、なにかが弾けた。師、友、仲間。みんな、こいつが焼いていく。師匠の笑顔、銀の笑顔、このままでは、あいつも、あの人も――。
 腰を落とす。力が全身から拳へと流れる。強く。強く。
「これ以上……これ以上、笑顔を壊すなあああぁぁぁぁぁっっ!!!!!」
 大地を蹴りつけ龍が風を切る。その勢い、疾風怒濤。
「心地好し!!」
 敵もさる者。狂喜の笑みを以て、眼前に迫ったラルバを蹴りあげた。
 瞬間、暴風が炎鬼を包み込んだ。
「人のために頑張るのがかっこ悪いだなんて、馬鹿げてるなんて、そんな言葉に惑わされねっす」
 コンスタンツァとレスターのコンビが、銃撃の雨で敵の追撃を縛り付けた。
「おのれ……!」
「おとなしく裁きを受けるんだな!」
 小太郎の月喰が、その脚を砕く。
「お前の仇討ち、見届けさせてもらうぜ!」
 レンカの一撃が、炎鬼を壁に叩き付け、
「本物の一撃を受ける準備は出来ましたか?」
 シルクの斬撃が、損傷を広げる。
「今です、ラルバさん!」
 シェリンの杖から、力強い破壊の力がラルバに流れ込んだ。
 そして遂に、
「これが、師匠の……俺たちの力だ!!!」
 仲間の想い、師の想い、自らの想い。全ての想いを詰め込んで、強大な力を纏った飢狼の一撃が、宿敵の身体を貫いた。
 強さなんて関係ない。オレはここにいる仲間や友達……。みんなだけじゃない、たくさんの人達が笑顔で、幸せでいてほしい。だからオレは……みんなの笑顔を壊すお前を絶対に止める!
「この……忌まわしき技に、負けるのか……」
 炎鬼は最後の力を奮って手を伸ばす。
「予言する……貴様は、雑魚に喰われて潰れるぞ……」
「仮にそうなったとしても、俺はみんなを護り抜く。あの人が、そうしたように」
 ラルバの澄んだ瞳を受けて、炎鬼はその身体から力を失った。
「音が……消えていく……」
 残響が消える。その存在と共に。


「銀は!?」
 その長身の男は、仰向けに寝転びながら手を振っていた。横では仲間たちが優しく笑いながら治癒の光を灯している。ホッと胸を撫でおろす。
 道場のヒールが終わり、みな無事を喜びながらその場を後にした。だが、ラルバだけはそこを動かなかった。
 嬉しそうにラルバを呼びに行こうとするチョコを、しかしシルクが摘まみ上げる。
「一人になりたい時も、あるものです」

 誰もいなくなった道場に、ラルバは一人、敵の亡骸と共に居た。
 炎鬼の身体は徐々に灰となり、双剣も、輝石も崩れ往く。倒した者の血を吸った輝石。だとすれば、あの人の血も交じっているのだろう。
「仇は討ったぜ」
 偲ぶ面影を胸に抱きながら、呟いてみる。
 それは奇跡だったのかもしれない。あるいは幻覚か。残り火の中に、狼のウェアライダーが姿を現した。ニッコリと、誇らしげに笑っている。
「お師匠さま……」
 声は上ずり、声にならなかった。懐かしい、懐かしいその笑顔。堪えろという方が無理な話。ラルバは泣いた。必死に笑おうとするが、涙は零れ、想い出と共に止め処なく。奇妙に顔が歪んでいく。あの手の温もり、あの笑顔。どんどんどんどん蘇ってくる。あぁ、あなたが、生きる意味を教えてくれたんだ。
 輝石は崩れ、風と共に消えた。
 バチンッ!
 ラルバは自分の顔を、両手で張った。キッと前を向く。そのまま両の手を、師を仰ぐように整え、
 ニコッ。
 優しく、強く、幸せそうに微笑んでみせた。あの人に恥じないように。ただ、涙を止めることだけは、まだ暫くできそうになかった。

 道場を出ると仲間が出迎えた。
「ありがとうみんな! 来てくれて、すっげー嬉しかった!」
 一斉にみんながラルバを囲む。
 銀河が、レスターが、よくやったとその頭を撫で、小太郎は喜びのあまりラルバと肩を組んだ。
 シルクはラルバの未来を祈り、レンカと弌は、それぞれ独特の想いを胸にラルバを見つめていた。
 和奈はラルバと仲間を労い、コンスタンツァはラルバと友人になりたいと伝えた。
 シェリンとエアーデ、ハニーは、お菓子パーティーで打ち上げをしようと、嬉しそうに笑っていた。
 どこもかしこも、笑顔の花が咲いている。なぜか。それは、大切な仲間を護り抜けたから。
 万感の思いを胸に、ラルバの言葉が空へと響いた。
「みんなが笑顔になれるなら、それが一番だよな!」

作者:ハッピーエンド 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 4/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。