菩薩累乗会~花蘇芳の咲く頃に

作者:秋月きり

「美咲ちゃん……ごめん。ごめんなさい……」
 御朱の謝罪はしかし、幼馴染には届かない。それも当然だ。途方に暮れる彼女の部屋に、幼馴染の姿は無かった。幼馴染だけではない。誰もいない部屋で御朱は己の犯した罪を告白する。それはさながら、懺悔の様だった。
「祐樹先輩……」
 見詰めるスマホには仲睦まじい男女の写真。遊園地デートを満喫するカップルはとても楽しそうな笑顔を浮かべている。
 一人は御朱。そしてもう一人は彼女の恋人、裕樹の写メだった。
「……こんなこと、良くないと判ってるのに」
 二人で同じ男性を好きになった。よくある話だ。抜け駆けはしない。付き合うなら報告する。幼馴染にして親友同士の約束はしかし、御朱が祐樹に告白されてから瓦解する事となった。
 言おう、言おうとしてこの半年間、話題を切り出せないでいる。
 季節はもう春間近。
(「先輩が卒業する前に告白しないとね」)
 美咲の弾んだ声に、自分は何も言えずにいた。
「美咲ちゃん……。ごめん」
 答えがある筈のない謝罪。だが、そこに掛けられる声があった。
『ええんやで』
「――?!」
 響いた声は神々しく、そして、彼女の部屋に一体のビルシャナが出現する。
「今の声を聴きましたね? 恵縁耶悌菩薩は『ええんやで』とおっしゃいました。あなたの罪は許されたのです」
 ビルシャナ――デラックスひよこ明王の言葉に、御朱の表情が変わっていく。困惑から恍惚へ。何時しか、彼女はデラックスひよこ明王の言葉をうっとりと聞き入っていた。
「さぁ、心を罪から解放し、恵縁耶悌菩薩の羽毛に抱かれましょう。恵縁耶悌菩薩の羽毛はふわふわで、とても気持ちが良いものです」
「ああ、恵縁耶悌菩薩様。恵縁耶悌菩薩様ぁ!」
 両手を重ね、祈りを捧げる御朱は、徐々に羽毛纏うビルシャナへとその身を転じていく。
「ええんやで、なんて素晴らしい言葉なの?! 私の罪は許されたんだ、もう自分を責める必要は無いの。ふわふわの羽毛ばんざーい!」
 そんな御朱にデラックスひよこ明王は最後の忠告と、言葉を紡ぐ。
「おそらく、すぐに、ケルベロスが襲撃してくるだろう。ケルベロスは君の罪を償わせようと襲い掛かってくる。だから君は戦わねばならない」
 御朱の手に光が宿る。その為の力は恵縁耶悌菩薩から授けられていた。
「勿論、恵縁耶悌菩薩の配下たる私も共に戦うから充分に勝利できるだろう。更に、自愛菩薩の力により新たに配下とした、この者も君を守るだろう」
 窓から飛び込んだ人影に、御朱だったビルシャナは頼もしげに頷くのだった。

「ビルシャナ達による恐ろしい企みについて、聞き及んでいると思う。……その未来予知を見たの」
 リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)の言葉に、ヘリポートに集ったケルベロス達は神妙な表情で頷く。ビルシャナ達の企み、即ち『菩薩累乗会』の名前は今や、ケルベロス達に広く伝わっていた。
「強力な菩薩を次々に地上に出現させ、その力を利用して、更に強大な菩薩を出現させ続け、最終的には地球全てを菩薩の力で制圧すると言う『菩薩累乗会』は、残念ながら今はそれを阻止する方法が判明していないわ」
 故に、現れた菩薩が力を得るのを遮り、その進行を食い止める事しか出来ないのだ。
 今は。
「未来予知の中で活動が確認されたのは『恵縁耶悌菩薩』と言う名前のビルシャナね」
 罪の意識を持つ人間を標的とし、自らの羽毛の力で罪の意識を消し去る事と引き換えに、その存在を自らに取り込んでしまうという菩薩のようだ。
「今回、標的となったのは美門・御朱さんって言う高校生の女の子。幼馴染、かつ親友を裏切った罪に苛まれている彼女の元に、恵縁耶悌菩薩の配下、デラックスひよこ明王が送り込まれたみたいなの」
 ビルシャナ化させられた御朱は、自分を導いたデラックスひよこ明王と共に自宅に留まり続け、羽毛に抱かれ続けて罪の意識から逃げ続けているようだ。
「このままだと、罪の意識から逃れ、羽毛に魅了された彼女は恵縁耶悌菩薩の一部とされてしまうでしょう」
 そうさせない為にも、早急に事件を解決する必要がある。
「あと、厄介な事に協力関係にある螺旋忍軍が共にいるようなの」
 下級戦闘員の為、能力は高くないが、それでも相手はデウスエクスの一員。楽観視していい相手ではないだろう。
「つまり、2体のビルシャナと1体の螺旋忍軍を相手に戦う事になるわ。御朱ちゃんだったビルシャナは光線で攻撃して来るし、デラックスひよこ明王は身体のひよこを利用したグラビティを使ってくる。螺旋忍軍は苦無と花の香のグラビティを使ってくるわ」
 ビルシャナは現在、『羽毛のふわふわ』を堪能しているが、それを邪魔しに来たケルベロス達を迎撃する様だ。
「で、ここで、問題がいくつかあるの」
 一つ、ビルシャナのみを撃破した場合、デラックスひよこ明王と螺旋忍軍は逃亡する。
 二つ、デラックスひよこ明王を先に倒した場合は、ビルシャナ化した人――つまり、御朱だ――を救出出来る可能性がある。
「その方法が、適切な言葉等をかけた後に撃破する……って事になるんだけど」
 親友を裏切ったと自責の念に捕らわれた少女だ。安易な肯定や否定は届かない可能性があるが、真摯な言葉はきっと受け取ってくれるだろう。
「ともあれ、デラックスひよこ明王が戦場にいる限り、恵縁耶悌菩薩の影響力が強く御朱ちゃんの説得は不可能となるわ。救出を目指すならば、デラックスひよこ明王を撃破するか撤退させる必要があるでしょうね」
 やる事はいつもと変わらない。だから頑張って欲しい。そうリーシャは告げ、ケルベロス達を送り出す。
「それじゃ、いってらっしゃい」


参加者
ノル・キサラギ(銀架・e01639)
ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)
月見里・一太(咬殺・e02692)
神白・鈴(天狼姉弟の天使なお姉ちゃん・e04623)
鮫洲・蓮華(ぽかちゃん先生の助手・e09420)
イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)
アルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の弾丸・e39784)
風鈴・羽菜(シャドウエルフの巫術士・e39832)

■リプレイ

●花蘇芳の咲く事に
 私は、罪を犯した。
 それは私の世界を侵す、とても大きな罪だった。
 美咲ちゃん、祐樹先輩。
 デも、もウ、大丈夫。だっテ、私は赦さレタカラ。だカラモウ、大丈夫ナンダ……。

 ナノニ。

「何故、邪魔ヲスルノ?!」
 御朱だったビルシャナの叫びは殴打の形となってヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)を強襲する。小柄なサキュバスの体軀は物理攻撃と化した叫びによって吹き飛ばされ、壁に叩き付けられる結果となる。
「貴方の罪は『ええんやで』、その一言で許された。だが、それを是としない輩もいる。それが君の前に立つ地獄の番犬、ケルベロス」
 続くデラックスひよこ明王の投擲爆弾はしかし、横合いから飛び出たワンピース姿の少女――鮫洲・蓮華(ぽかちゃん先生の助手・e09420)に阻まれ、あらぬ方向で破裂する。軍服デザインのワンピースの裾が爆風に巻き上げられ、ふわりとはためいた。
「勝手な事を」
 怒り混じりのノル・キサラギ(銀架・e01639)から轟く竜砲弾はしかし、デラックスひよこ明王に届く寸前、彼の明王を庇った螺旋忍軍の一刀によって切り伏せられる。
「御期待に応え番犬様の御成りだ。くだらねぇ赦免ゴッコを咬み砕きに来たぞ」
 だが、その砲撃が二段構えならば、全てを庇いきる事は出来ない。
 続く月見里・一太(咬殺・e02692)の砲撃はデラックスひよこ明王を強襲。その柔らかな羽毛に焦げの跡を残していく。
「厄介だね」
 先程のお返しとばかりに弱体化光弾を放つ蓮華の独白に、尻尾の輪をチャクラムよろしく投げつけるぽかちゃん先生が同意の鳴き声を上げる。
 敵は3体。対するケルベロス達はサーヴァントを含め、12人。数の上ではケルベロス達が有利だが、個々の能力はデウスエクス達に軍配が上がる。ならば、後は作戦と連携次第となるが、急造の部隊にも関わらず、2体のビルシャナ、そして螺旋忍軍からなる3者の連携は取れていた。
 だが、連携は彼らの専売特許ではない。先のノル、一太の連携然り。ケルベロス達もまた連携を主とした戦いを肯定していた。
「貴方の行いは悩みに付け入った悪質な勧誘よ! それこそ、許される事じゃないわ!」
 戦線に復帰したヴィヴィアンはけほりと咳をしながら、未来に向かう為の歌を紡ぐ。仲間の防御を高める筈の歌はしかし。
「馬鹿め! それが信心不足の結果よ」
 減衰の壁に阻まれ、自身にのみ付与されたエンチャントを前に、デラックスひよこ明王が小馬鹿にした声を上げる。
 元より、多数を対象としたグラビティの付与率は高くない。使役使いである自身のパーソナリティも含めれば猶更だった。減衰も重なった上で自身に付与された事だけでも幸運と思い直す。
「腹立たしいひよこさんですね」
 微妙な表情は神白・鈴(天狼姉弟の天使なお姉ちゃん・e04623)も同じだった。時間凍結の盾を作り出そうとした彼女もヴィヴィアンと同じく、三重苦の壁の前に苦戦している。その二人を煽る言動は聊か、立腹物であった。
 取りあえず、そんな敵へはアネリーのブレスを向けることで多少の留飲を下げる事にした。
「あと、鈴もありがとう」
 短い礼はリュガの治癒に対してだった。流石にクラッシャーの一撃を完治までに至っていないが、今はこれで充分だった。
「アルシエルさん、頼みましたよ!」
 仲間に破壊のルーンを宿すイッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)の言葉に、アルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の弾丸・e39784)は頷き、自身のドラゴニックハンマーを砲撃形態に移行する。
(「ったく恋だの友情だのと面倒臭い事で」)
 内心で悪態を吐きながら、しかし、少女を見捨てるつもりはない。その為に最善を尽くすと竜砲弾を放つ。防御を担う螺旋忍軍がイッパイアッテナのサーヴァント、相箱のザラキによる嚙みつき攻撃で牽制されているのは確認済みだ。
 派手な爆発音が響く。それは竜砲弾の着弾を意味していた。
(「折角のふわふわの羽毛が」)
 己に魔法の木の葉を纏わせる風鈴・羽菜(シャドウエルフの巫術士・e39832)は、ちりぢりに灼けていくデラックスひよこ明王の羽毛に感嘆の悲鳴を上げる。
 配下である明王であれ程までにもふもふならば、主である恵縁耶悌菩薩は如何程か。
 罪の是非はともかく、羽毛に癒やされてしまった御朱の気持ちが分かってしまう羽菜であった。

●明王、墜ちる
 傷付いていく。傷付いていく。
 デラックスひよこ明王の説法(可愛らしい鳴き声だった)が、デラックスひよこ明王の爆弾(やっぱりこちらも可愛らしかった)が、ケルベロス達を傷つけ、傷を負わせていく。
 螺旋忍軍――幻花衆の刃はケルベロス達を切り裂き、華の香りはケルベロス達の意志を切り刻んでいく。
 そして、御朱の叫びも嘆きも、ケルベロス達を傷つけていくのに充分な破壊力を持っていた。
 傷付いていく。傷付いていく。
 ケルベロス達の猛攻も、デラックスひよこ明王を、そして彼を庇う幻花衆に傷を負わせ、損害を与えていく。
 その中で唯一、無傷な御朱はしかし、己が狙われない理由を知る術も、そして意味も理解出来ない。
 傷付いていく。傷付いていく。
 それが、誰が為、何の為なのか。
 少女の罪は未だ、晴れぬまま――。

 目に見えてケルベロス達は傷付いていた。防御を担っていたアネリーと相箱のザラキの姿は既になく、ヴィヴィアン、蓮華の両名は疲労とダメージが蓄積されている。鈴やリュガ、イッパイアッテナが回復に奔走するが、既に治癒不可能の領域に片足を突っ込んでいる為か、傷は簡単に癒えてくれない。
 それもその筈だった。定石であればダメージディーラーであるビルシャナを倒すべきであったが、ケルベロス達はそれを無視し、後衛に立つデラックスひよこ明王の撃破を優先し、集中していた。
 それもこれも全て。
(「御朱さんを救いましょう」)
 御業の力を以てデラックスひよこ明王を束縛する羽菜は、その想いと共に額に浮かび上がった珠の汗を拭う。ケルベロス達の集中砲火によってデラックスひよこ明王は既に血まみれだ。倒れるのは時間の問題と言えよう。
「ただし」
 ビルシャナの怪光線を受け止めたヴィヴィアンが荒い息を吐く。
「あたし達が先に倒れなければ、だけれども」
 弱気ではなく、冷静な分析だった。サーヴァントが消え、減衰の起きなくなった前衛陣に、列攻撃は有効的に働く。対して、防御の為に行った付与能力はしかし、デラックスひよこ明王の説法によって消失していた。
「そんなこと――」
「させませんよ!」
 精神の盾を編み上げる鈴と、ルーン文字を描くイッパイアッテナの声が重なる。如何に前衛に治癒不可能ダメージが蓄積されようと、まだ全てではない。ならば回復の手を休める理由はないと、己を叱咤する。
 諦めなければまだ、手はある。祈りの如き叫びは終局へとつなぐ思いになる筈だった。
「西方より来たれ、白虎。――あとは任せた!」
「ノルちゃん、一太ちゃん!」
 アルシエルによって召喚された白き虎が、デラックスひよこ明王に爪牙を剥く。幾多の切り傷を負わされたデラックスひよこ明王へ、蓮華がブーメランの如く大鎌を投擲。アルシエルの攻撃と共に金色の羽毛を切り裂いていく。
「それと、――ぽかちゃん先生!」
 主の声に応じ、飛び掛かったサーヴァントがデラックスひよこ明王の羽毛へ遮二無二爪立てた。あばばと、悲鳴を上げるデラックスひよこ明王に、二陣の風が突き刺さる。
 一つは夜空の星を思わせる深い青。駆け巡る疾風は殴打の形となって、デラックスひよこ明王に叩き付けられる。
「彼女を返して貰う!」
 甘言に惑わせはしない、と強い決意の元放たれたノルの一撃は、デラックスひよこ明王の顎を捉え、無慈悲にも跳ね上げた。
「獄炎よ、朔月を充たせ。厄裂き闇裂き凶裂き、仇為すを照らし侵し充たして焦がせ。――ダブルクロスに為ったのを悔いてジャムってるんじゃねぇよ!」
 何かの隠喩か。一太の叫びは闇夜に降る一筋の月光の如く、一条の光となってデラックスひよこ明王を焼き尽くした。
「――罪に溺れ、罪に怯えろ、ケルベロス! 汝らの罪は如何に恵縁耶悌菩薩と言えど、『ええんやで』と言わぬだろう。不死者殺しよ! デウスエクスを討つ狩猟者共よ! 我ら菩薩累乗会はまだ終わらぬの!!」
 消失していくデラックスひよこ明王の、最期の足掻きのような断末魔は、やがて、尾を引き消えていくのだった。

●大切な想いは
 断末魔の悲鳴が響く。
 それは恵縁耶悌菩薩の使者であるデラックスひよこ明王の最期を意味していた。
 ああ、恵縁耶悌菩薩様! 恵縁耶悌菩薩様!
 私の罪は赦されたのではないのでしょうか?
 だったら何故、こんなに苦しいのですか。
 恵縁耶悌菩薩様!

「デラックスひよこ明王様!」
 ケルベロス。それは絶対的な存在であるデウスエクスを殺す事が可能な地獄の番犬の名であった。
 その牙に掛かり、デラックスひよこ明王は最期を迎えた。それがビルシャナ――御朱の目の前で起きた全てだった。
「部外者は死んだぞ」
 明王に止めを刺した黒狼の獣人が、鋭い視線を向けてくる。それが意味する内容を、御朱は理解出来なかった。
(「こいつらは……私に罪を、償わせようと……」)
 デラックスひよこ明王の言葉が蘇る。ケルベロス達は御朱に罪を償わせようと来る。彼はそう言った。ならば、この後に待ち受けている悲劇は――。
 責め苦のような尋問と懺悔の光景が脳裏に浮かび、戦慄する。この番犬達が求める贖罪はどの様な物であろうか。
 助けを求めようにも、もはや彼女を庇う者は何処にもいない。デラックスひよこ明王は消滅し、幻花衆は既に姿を消している。明王が死した瞬間、彼の従者は離脱してしまったのだろう。
「いやっ。来ないで!」
 悲鳴が零れる。この瞬間、ビルシャナは完全に戦闘意欲を失っていた。
「御朱さん。聞いて下さい」
 口火を切ったのは羽菜だった。九尾扇を扇ぎ、癒やしを仲間に付与する彼女は、穏やかな口調そのままに、ビルシャナに語り掛ける。
「自分自身を責め続けていたり、無関係な人から許されても罪は許されません。それは、分かっているのではないですか?」
 本当に罪が許される時が来るとしたら、当人に詫びて、許しを得るしかない。その断言にビルシャナの嘴がフルフルと揺れる。
「わ、私は、恵縁耶悌菩薩様にっ!」
 震える声は、一太によって否定される。
「テメェは誰に赦されたかったんだ? 鳥か? 誰でもいいのか? んな事で悩んでたのか?!」
 赦されたいなら傷付く事からも、傷付ける事からも逃げるな、と断ずる声は厳しく、それでも優しく響いた。
「悪いな。俺達、全て知っているんだ」
 不機嫌な口調のアルシエルは断りを入れた後、次なる言葉を紡ぐ。幼馴染、友人、恋人。その全てに無縁と言う少年はしかし、自分の感じたままに御朱に告げるつもりだった。それが彼の触れた『大切なモノ』だったから。
「アンタが立ち向かわずに逃げんのは、アンタ自身だけじゃなくアンタの大事なもんまで貶めてんじゃねーの?」
 勇気を出さずに得たもの――安易な救済に大した価値などない。このままそんな救済に縋り、逃げ続けて良いのか? との問いは真摯な表情で告げられる。
「私は……」
 頭の中で何かが叫ぶ。これ以上聞く耳を持つな、と。大嫌いと叫べばこいつらは不快な言葉を御朱に向けないと。
 だが、同時に理解した。理解してしまった。この人達は。地獄の番犬達は。
(「私の為、何だよね?」)
 傷つきながらもこの場所に立っている。あの激しい戦闘を経過しながら、自身が一切の怪我を負っていない理由は一つしかない。それこそが、彼らが御朱を守ろうとした証拠だった。
「親友同士だから正々堂々。そんな関係、素敵ですよね」
 大切な親友だから傷つけたくない気持ちも、嫌われたくないと思う気持ちも分かると、鈴は御朱に告げる。
「だから、化け物にならないで下さい。御朱さん。そんなの、誰も喜びません。そうしたら、もっと、美咲さんも祐樹さんも悲しんじゃうんですよ!」
 置いていかれる気持ちは痛い程分かると、鈴は自身の胸を押さえ、嘆く。大切な人を亡くした痛みは針のように鈴の心に突き刺さり、今も、ジクジクとした痛みを発し続けている。
「そうです! 二人を手放しては駄目です!」
 イッパイアッテナの援護射撃に、しかし、御朱の逡巡は止まらない。その様子は怯えている様にも、迷っている様にも思えた。
「傷つけたり傷つくのが怖くて切り出せなかったのは『裏切り』じゃなくて、『すれ違い』だと思う」
 ノルの声はあくまで優しい。すれ違いに悩んで苦しむ少女の優しさが痛い程分かると、レプリカントの青年は微笑む。
「勇気が出ないなら、俺で良ければ傍にいるから」
「まーた、ノルちゃんが女の人を口説いていますよー」
 差し伸ばそうとした手は、横から飛んできた揶揄の言葉に遮られる。
「蓮華~」
 恨めしそうな声を上げるノルだが、蓮華は気にしない。外見がビルシャナであっても、御朱は悩める女子高生なのは事実。真意は本人以外、誰にも分からないのだ。
 それに、彼女が怯えている理由はそれだけではないと蓮華は思う。許して欲しいと思う相手は幼馴染の少女だけではないのだろう。
「御朱さん、怖くてどうしようもないんだよね。美咲さんだけじゃなく、祐樹先輩からも嫌われるんじゃないかって」
 その言葉に、ビルシャナがびくりと震える。
「こんなに苦しむくらい、御朱ちゃんは二人が好きなんだね」
 ヴィヴィアンの言葉は、ビルシャナに膝から崩れ落ちさせるのに充分だった。
(「私は……私は……」)
 二人の言葉に、ビルシャナの目端から涙が零れる。
「私は祐樹先輩が好き! 美咲ちゃんも好き! 二人共好きなのっ」
「だったら……」
 蓮華と、ヴィヴィアン。二人の笑顔が重なる。
「貴方が不幸になる理由なんてない。一度の間違いで、一生、不幸せでいなきゃいけない理由なんて、絶対にないの!」
「だから、一歩足を踏み出して。約束だったら今から果たす事が出来る筈よ!」
 羽毛に包まれた手を、二人のサキュバスの手が包み込む。
 その瞬間、光がビルシャナを――否、御朱から放出された。光は彼女を覆い、無数の羽毛と共にはじけ飛ぶ。
 それは救済の時。その瞬間こそが彼女が本当に救われた瞬間であった。
 生まれたままの姿の少女は緩やかに地面に崩れ落ちている。そこにビルシャナだった面影は残されていない。
「……」
 一瞬生まれた沈黙を打ち破ったのは、蓮華の一喝だった。
「男は全員、後ろ向け!」
 素直にくるりと振り向く4人の背後で、ぷっと噴き出す羽菜。そしてその笑いは何時しか、大きく広がっていく。
 ビルシャナに拐かされた少女の物語の終わりは、そんな、笑いに包まれた物だった。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。