●はじまり
「僕は悪い奴だ。パンのお釣りが10円多かったと気付いたのに、黙っていたんだ」
少年の脳裏に浮かぶのは優しげに微笑むパン屋のおばちゃんの顔だった。おばちゃんは寒い日も暑い日も、毎日朝早くから起きて美味しいパンを焼いてくれる。学生さんは大変だと言って、安い値段で売ってくれている。テストで悪い点をとって、ションボリしているときはアンパンをおまけしてくれたこともある。
「僕は……なんてことをしでかしてしまったんだ!!」
悪いと思うなら、謝って返せば良いのだが、少年も自分の身は可愛い。
たった10円の為に、バカの正直者のレッテルを貼られて、侮られ、いつも損をする役回りに堕とされたくは無い。黙って居さえすりゃあ、まあるく収まるのだ。でも心は痛んだ。
今の世の中は、他人を騙すことが是だ。正直者は生き血を啜られるだけの家畜に貶められる。
そんな少年の傍らに『デラックスひよこ明王』が現れる。
「正直者よ。恥じる必要はありません。恵縁耶悌菩薩は「ええんやで」とおっしゃいました。もう、あなたの罪は許されたのです」
「え、本当に?」
「うそではありません。いっしょに気持ちの良いことをしましょう。心を罪から解放し、恵縁耶悌菩薩の羽毛に抱かれるのです——」
「うわあ、なにこれ、すごい……もう僕の罪は許されたんだね。ああっ、これは正直者へのご褒美なんだ。みんな、ええんやで、なんて素晴らしいんだ」
「ほうら、恵縁耶悌菩薩の羽毛はふわふわで、とても気持ちが良いでしょう」
少年の幼き肉体は光を帯びて、間も無く鳥の如き形の異形、ビルシャナと変わる。
「……ですが、じきにケルベロスが襲撃してきます。奴らはあなたの罪を明るみにして、償わせようとしているのです。おばあさんに頼まれたわけでも無いのです。戦えますか?」
ケルベロスといえば国家権力の権化のようなもの、どこかに残る人間の記憶が即答を躊躇わせる。
「だいじょうぶです。もちろん私もいっしょに戦います。それに、この者も手をかしてくれる」
そう言って、『デラックスひよこ明王』が合図をすると、和装の女性——螺旋忍軍(幻花衆)のひとりが現れる。
「もうなにも怖くない。僕はもうひとりじゃないもの。ああふわふわだ、こんなにいいきもちってはじめてだよ——」
●ヘリポートにて
ビルシャナが、強力な菩薩を多数出現させ、その力を利用して、連鎖的に更に強大な菩薩を出現させ、最終的には地球を菩薩の力で制圧しようとする『菩薩累乗会』なる作戦が進行している。
「忙しいところ済まないが、『菩薩累乗会』に関する新しい動きが見られたから、聞いてくれないか?」
最初に『菩薩累乗会』を阻止する方法は、未だ不明と、ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は正直に告げてから、本題に入る。
「今回、活動が確認されたのは『恵縁耶悌菩薩』とその配下の『デラックスひよこ明王』たちだ。対処療法の為の戦力の逐次投入は愚行だ。だけど今、『菩薩累乗会』の進行を遅らせるには、これしか出来ないんだ。申し訳ないけれど、頼む!」
デラックスひよこ明王は罪の意識を持つ者の心に付け入る。
現在、ビルシャナとなった少年は、デラックスひよこ明王と共に自宅に留まっている。
尚、両親は共に海外出張中、2人の姉も大学進学により実家を離れているため、少年は実家にひとり暮らしである。
「従って、戦うべき敵は、デラックスひよこ明王とビルシャナ、援軍として現れた螺旋忍軍(幻花衆)を加えて合計3体となる。デラックスひよこ明王、ビルシャナ2体撃破した上で、ビルシャナとなった人を説得によって救出できれば最高の結果と言える。最低限ビルシャナかデラックスひよこ明王どちらか1体を倒せば任務は成功とされるから、何を目指すかは現場判断でよろしく」
ビルシャナへの説得により一般人の狙う場合はデラックスひよこ明王を先に倒さなければならない。デラックスひよこ明王の存在により『恵縁耶悌菩薩』の影響が強まり説得が無効になる為だ。そしてビルシャナを先に倒せば、デラックスひよこ明王は必ず逃亡する。
螺旋忍軍に関しては——忘れない程度、侮れば痛い目を見る程度に、気に留めて置けば良い。
救助の為の説得については、難度は高いが、先に知らされた情報はヒントになるだろう。
「戦闘手段はデラックスひよこ明王はひよこの投げつけなど、ビルシャナは一般的なビルシャナに準じるようだ」
コードネーム『デウスエクス・ガンダーラ』。この種族を侮るケルベロスが一部にいるとすれば、その認識は誤りだし、由々しき自体であると、ケンジは言う。
油断や慢心があれば、説得どころか、1体も倒せず失敗するだろう。
「こんな日常の小さなことにまで付け入ってくるなんて、今日ほどビルシャナは恐ろさを実感したことは無いよ」
正直が奇行に見える世の中が変なのか、正直が建前にしか出来ない方がおかしいのかは、簡単には判断できない。ただ、嘘や不正が誰に利益をもたらしたかを見極めれば、思考の助けにはなるだろう。
ケンジは丁寧に頭を下げる。
そして、現場に向かってくれる者を募り始めた。
参加者 | |
---|---|
喜屋武・波琉那(蜂淫魔の歌姫・e00313) |
光下・三里(それが君のマジ天使・e00888) |
ロウガ・ジェラフィード(金色の戦天使・e04854) |
紅・マオー(兜が落ち着く拳士・e12309) |
シリル・オランド(パッサージュ・e17815) |
神楽火・勇羽(蒼天のウォーバード・e24747) |
ヴィクトル・ヴェルマン(ネズミ機兵・e44135) |
ソールロッド・エギル(影の祀り手・e45970) |
●ひよこ明王を狙え
確かに、世の中は正直者を『食う』連中が大手を振って歩いている。
むらむらとした複雑な思いを抱き、ヴィクトル・ヴェルマン(ネズミ機兵・e44135)は屋内に踏み入った。
「来たな、ケルベロスども!!」
直後、バアンと襖が開いて、ビルシャナが飛び出てくる。その姿から15歳の少年の面影を想像することは事情を知らなければ不可能だ。
「けどよ、俺は、坊主を悪いとは思わん。……俺んとこの弟と、同い年だしよ……」
「何を言っているんだ?!」
ヴィクトルの気持ちなど理解できる筈も無い。ビルシャナは瞳から閃光を放った。それは光の洪水と化して室内に溢れ、突入を果たしたケルベロスらに襲いかかった。そして懸念されていた催眠の効果は容赦なく後衛の面子に刻まれる。
「拙いな」
目の奥を焼かれたような痛みに耐えながら、ヴィクトルは霞む視界の先にある影に狙いを定める。同士討ちの懸念が頭を過ぎたその時、ソールロッド・エギル(影の祀り手・e45970)の歌声が耳に届く。
「今ここにいる英雄、戦う意思を見せる勇士に、奇跡を」
敵は前だ。間違いは無い。
放たれた竜砲弾はビルシャナを正確に捉えて大爆発を起こす。
爆風と共に火焔が家中の窓を突き破って吹き抜け、次の瞬間、少年の家は焼け焦げた廃墟と変わり果てた。
続いて、ロウガ・ジェラフィード(金色の戦天使・e04854)の放った冷気を帯びた銃弾が、燃え盛る炎を破りながら飛翔してひよこ明王の身体に突き刺さった。思いがけない痛撃に取り巻くひよこがこぼれ落ちる。
「ご覧なさい少年。ケルベロスはあなたを抹殺しようとしているのですよ!」
ひよこ明王の羽根のひと薙ぎから無数のひよこ放たれる。ふわふわでクリーム色の奔流が雪崩の如くに押し寄せ、前衛に襲いかかり、さらにその流れに乗じて距離を詰めた螺旋忍軍『幻花衆』の一閃によってロウガは深々と斬り裂かれる。
「どうやら今回はマジメ天使な、マジ天使で行く必要がありそうですわね」
光下・三里(それが君のマジ天使・e00888)は真面目な顔で奥歯を食いしばり、オラトリオヴェールを発動する。瞬間、焼け焦げた戦場に在ることを忘れさせる程に美しく輝くオーロラが降りてきて、前衛の者の異常を消し去り傷を癒し、ミミック『ボックスチェアー号』がそつの無い動きで金色に輝く十円玉のようなものをばらまく。
まずは明王の動きを封じなければ。
狙いを定める刹那に、紅・マオー(兜が落ち着く拳士・e12309)は戦術に思いを巡らせ、巨槌の一振りから竜砲弾を放ち、巻き起こる爆炎は回避力を奪う効果をもたらす。
「幻花衆、仕事をなさい?」
「あら、妾が手を貸すのは少年、ではなくて?」
顔を向けぬままに言い返す幻花衆に、明王があからさまな不快感を見せると同時、オルトロス『わんこさん』のひと睨みに巨躯は炎に包まれる。
三里とソールロッドが催眠を完封、マオーとヴィクトルが足止めを刻み、戦いの流れは優勢に振れる。
「でもさあ、やれることは徹頭徹尾やっておいた方がいいよね」
喜屋武・波琉那(蜂淫魔の歌姫・e00313)の放った、銀色の輝きが吹雪のように吹き荒れて、荒れ果てた屋内に刹那の銀世界を作り出した。
「残念だけど、仲間を盾にするなんて、ちっとも『ええくない』ね」
癒やしと共にもたらされた超感覚に背中を押された、シリル・オランド(パッサージュ・e17815)は言い放つ間に明王への射線を見定め、幻花衆とビルシャナとの間をすり抜けさせるようにして、ブラックスライムを長槍の如くに細く突き伸ばした。
直後、限界まで集中させた意識では緩やかに感じられた時間が、再び普通の速さで流れ出す。
胴体を禍々しい黒に貫かれた明王は注ぎ込まれる毒のせいか、取り巻くひよこをバラバラと床に落とし、傷口からは赤黒い血と膿のような黄土色の泡が噴き出させている。
「ビルシャナと組んで何を企んでおるかは知らぬが、汝らの好きにはさせぬ!」
それと前後して動きを見せた幻花衆を、見逃さず、神楽火・勇羽(蒼天のウォーバード・e24747)は虹の輝きを纏う蹴りを叩き込んだ。
一部のケルベロスが視た予兆によると幻花衆の目的は社会の落伍者の籠絡。ビルシャナとの共闘は利害の一致で状況に乗って暴れているだけとも言える。但し個々の幻花衆が何を思い何を感じたかまでは疑問のまま。
「くっ、妾は少年を助けよ、と頼まれただけのこと……お主こそ何を企んでおるのじゃ?」
「未来ある少年を汝のようなデウスエクスから救う為にきまってるであろう!」
「異なことを。こんな小さな銅の板きれ一枚で運命を弄ぶ者たちが、救うじゃと?」
「そ、それは……」
確かにコンビニでは「消費税込で十二円になります」と言われ、十円玉だけでは何も買えなかった。思いがけず幻花衆の口が達者で勇羽が歯噛したタイミングで、荒ぶるビルシャナは手にした氷の輪でシリルを打ち付けた。
「ぼくのふわふわに酷いことをするなァ!!」
「危ないところでした。さすがに今のは死ぬかと思いましたよ……」
直後、シリルの攻撃から逃れた明王の身体が震えて、そこかしこにこぼれ落ちたひよこたちが、明王の元に再び集まる動きをみせる。
今メディックである明王に癒術の発動を許せば、戦いは振り出しに戻ってしまうだろう。
「間に合え!!」
しかし立て直す猶予さえ与えなければ押し切れる。確信とともにヴィクトルは重火器形態と変えたガジェットで掃射を開始する。灼熱する弾体は光の尾を曳きながら明王に命中し、同時に集まってくるひよこを水風船のように破砕して行く。
「くそったれ! 打ち止めだ!!」
「——後は引き受けた」
限界まで速度を上げ、ローラーダッシュの火花を散らしながらロウガが突っ込んで来る。摩擦でブレーキを掛ける足は灼熱し、業火を纏って吹き出す橙の輝きと共に満身の力を乗せた蹴りを打ち込んだ。
「そ、そんな……」
明王はゴホリと血を吐き出す。ロウガがさらに足先に力を籠めると、風に靡くカーテンのように片方の羽根が千切れ落ちて、そのまま明王は横倒しになり、無数の光の粒を散らしながら消えて行く。
●複雑な戦い
「よくも僕のふわふわを!!」
「拙いことになったのう。あの小娘にしてやられたのじゃ」
勇羽からの怒り効果のせいもあったが、つい口車に乗せられてしまっていた幻花衆が気まずそうに眉尻を下げる。
「でも、おばさんは僕の味方だよね?」
「もちろんじゃ、約束は違えぬ」
「お取り込み中悪いけど、あなたが正直なことをバカにしたい人に合わせる必要なんて無いよ」
全身から輝くオウガ粒子を散らしつつ、波琉那は会話に割り込んだ。
「バカにしているのはお前らケルベロスじゃないか? 明王さまが何をしたって言うんだい? 何故殺した? 答えてよ!!」
波琉那はハンマーで頭を殴られたような気がした。明王を倒して『恵縁耶悌菩薩』の影響が消失したとしても、思いまでもが完全に消えるわけでは無い。
「ああ、そうさ。俺たちはお前さんの大好きな明王を殺した。あの明王がいると話にならんのでな。それにだ、お婆さんに頼まれて来たわけじゃあない。その上でお前さんに言いたいことがあるから来た」
足元で火花を散らしいつでも蹴りを繰り出せるようにしながら、ヴィクトルがキツく言い放つと、まだ少年の頃の思考が残るのか、怒られた子がするようにビルシャナは微かに震わす素振りをみせる。
「で、何が、言いたいの?」
果たして、ヴィクトルは、イソップ寓話の狼少年(嘘をつく子供)を引き合いに嘘のデメリットを諭す。
「……謝るにせよ、それには謝った結果を受け止める余裕と勇気ってモンが必要だ。どうだ?」
しかしビルシャナは、習慣化された嘘が他人にスルーされることと、十円多く受け取ったおつりを返さないことの間にどのような関連があるのかを理解出来なかった。
「我は汝らの勇気を愛しておるぞ!」
ヴァルハラに招かれた英霊の勲を讃えるが如き勇羽の歌声が響き渡り、その声に押されるようにして三里は言葉を継ぐ。
「あなた、本当は解っている筈ですわよね? おばちゃんに全く関係のない第三者が勝手に「許すよ!」とか言ってるだけで、あなたはおばちゃんから許された訳じゃねぇんですのよ!」
「これがケルベロスじゃ。些細なことに目くじらを立てて——ヒイイッ!」
「だまらっしゃい、落ちぶれてた所を優しくされてキュンとする残念なOL系忍者!! こほん、つまり、そこの連中が許しても! 或いはわたくしたちが許しても! 少年、あなたはおばちゃんに許された訳じゃあないんですの!」
三里の鬼のような形相に幻花衆もビルシャナも竦み上がり、それを好機とみたロウガは説得を畳みかける。
「黙ってさえいれば、全て丸く収まると本気で思っているのか? バレれば横領するケチで姑息な人間と思われ尚のこと損するぞ?」
「お前らがバラすんだ、それがケルベロスの正義なんだよね?」
「理解出来ないのか? あなたがビルシャナである限り、俺らは倒さなければならない。倒せば十円の釣り銭間違いから、ビルシャナになったことは公になる。……それを耳にしたおばちゃんはどんな気持ちになると思う?」
「そうだよ! 十円で何ができる。おやつも買えぬ小銭であろう。たったそれだけのために、お主は自分の人生を捨ててしまうのか? このままなら、我らはお主を殺すしかないのだぞ!?」
ロウガに続けて勇羽が、見過ごすことは絶対にないという方針を告げると、ビルシャナはショックを受ける。
「つまり、あなたがやるべきは! ちゃんと真実をおばちゃんに伝えて十円を返却して謝り! 他ならぬおばちゃんにこう言ってもらうことですの。「ありがとう」と。そして「ええんやで」と——」
三里の全力の言葉に暫しの沈黙が訪れる。
「……わけがわからないよ。お前らさえ来なければ、おばちゃんは僕がビルシャナになったことも知らないままだったよ。もう放っておいてよ。そしたらあのふわふわのなかで、いつか恵縁耶悌菩薩とひとつになれる……。なんで邪魔をするんだよ! もう構わないでよ!!」
「み、皆様……マジメ天使はここまでが限界ですの……ッ!」
頭の中が真っ白になるような気がして、三里は両膝を着いた。そして軽やかな身のこなしでシリルが前に出る。
「構うなだって? キミが、この事態を招いたって自覚、あるのかい? キミが十円をちょろまかさなければ、明王は現れなかったし、キミもビルシャナにはならなかった。違うか」
「……だって」
パン! と指を弾き鳴らしてから、シリルはビルシャナと幻花衆の間に割り入ると言葉を続ける。
「おばさんは、ちょっと黙っててくれるかな、ね。それから、キミはさ、正直は奇行で周囲に付け入られる元で――『嘘つき側の方が安全』なんて思ってないかい?」
「でも」
無い。
パン! と、再び指を弾く。
「嘘なんてバレたらよっぽど「自分を攻撃して良いですよ」って口実だ。君は何年先までその嘘保つ自信があるかい、ってね。僕には、きっと無理」
つまり嘘をつく限り、常にリスクを抱え続けることになる。それは『得』ではなく、『損』だと、シリルは断言する。もしパン屋が正当な利益を得られなくなれば、廃業しかなく、身近で美味しいパンを買えなくなるあなた方が不利益を被る——ことになる。
コテンパンに言いくるめられて、ビルシャナは沈黙するが、反感を抱いているように見えた。そんなビルシャナを守ろうと幻花衆は寄り添う。
「よーく考えてみるがよい。愚か者と嘲笑われることは死ぬよりも怖いか? 正直に生きることには十円の価値しかないのか?」
死ぬことはビルシャナを続けることよりも怖い。でもこれば打算だ。損得を動機にしているから打算だ。
単にビルシャナの信者なった程度なら兎も角、ビルシャナとなった者を救うには足りない。
「まず、誤解しないで下さい。私たちは敵ではなく、あなたの味方です」
幻花衆に誤解されないように細心の注意を払いながら、ソールロッドはビルシャナの前に歩み出ると、手荷物からアンパンを取り出して半分に割って中身を見せる。
「あなたが買ったのと、同じでしょう? このアンパンに、あのパン屋さんに、どんな思い出があるの?」
ビルシャナとなった少年は、断面から見えるつぶあんの量がいつも同じであることに気がついて、ドキリとした。
外からは見えない、あんこの量などいくらでも誤魔化せるのに、多いとか少ないとか感じたことは一度たりとも無かった。そんなビルシャナの表情の変化を察したマオーが言葉を継ぐ。
「十円程度、確かにそう思うこともあるだろう。だが……たとえ十円だったとしても、申し出てくれたら嬉しいものだ。私ならそう思う。どうしても君が嫌だと言うのなら、代わりに返しに向かうが、構わないか?」
マオーは知っている。
コンビニバイトでもレジ違算は大きな問題になることを。分かっているからこそ、穏やかだけれども、確りとした口調で告げる。
「落ちついて考えてみなよ。パン屋のおばちゃんがお釣りを返しに来てくれたキミのことを、バカの正直者と触れ回ると思う? 絶対そんなわけないよね。だから、「ごめんなさい、間違ってお釣りを十円多く貰っちゃった」ってオバちゃんに言えば良いだけ」
悪意からちょろまかしたわけじゃ無いとを信じて、波琉那は言った。
「大丈夫だ。不安なら、俺も付き添う」
「もう一回言いますの、十円を返却して謝り!」
これでダメなら討つしかないとロウガが、三里が、マオーが、勇羽が、ヴィクトルが、波琉那が、シリルが。
「間違いを直せる方が、正直ですし、信頼できます。ここにいる8人は、そう信じています」
パン屋のおばちゃんと離れて暮らす母親に思いを馳せると、ソールロッドは覚悟を決めて告げた。
人が正直でありたいのは自身の善性に依る。
果たしてビルシャナとなった少年が心の底から人に戻り、自分の手で十円を返しに行きたいと願った瞬間、その巨体は無数の光の粒と変わって弾け飛び、光が飛び去った後には人間の姿に戻った少年が残った。
そして、そこから二歩ほど下がった位置には、気まずそうな表情をした幻花衆が立ちつくしている。
「大団円じゃな。じゃから、このまま見逃してくれんかの?」
しかし約束を守ったことで、逃げる機会を逸した、幻花衆には戦って果てるしか出来無かった。
十分ほど経って、少年はヒールで修復された寝室で意識を取り戻した。
「ご迷惑を掛けました。ごめんなさい。これから、おばちゃんに十円を返してきます!」
元気よく駆け出す少年の後ろ姿にヴィクトルは切なげに目を細める。
(「これで分かっただろう。嘘には後悔っていうドデカく重い荷物がついちまう。だがよ、その重荷を下ろすのに、正直ってのは役に立つんだぜ」)
作者:ほむらもやし |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年3月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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