月と赤蜘蛛

作者:崎田航輝

 少し古びた市街地には、新しい発見もある。
 石造りの道に立ち並ぶ露店には、珍しい飾り物やアクセサリ、衣服なども売られていて、見ているだけでも楽しいものだった。
「なかなかいい発見をしたかな」
 その中の店から出てくるのは、月・いろこ(ジグ・e39729)。たまには散歩で足を伸ばすのもいいものだと思いながら、帰路につくところだった。
 既に時刻は夜遅い。月下の夜風は心地よくもあるが、これ以上の寄り道も何だと、いろこは1人、石畳を歩き始めた。
 と、それから程なくのこと。いろこはふと違和感を覚えて、路地で立ち止まる。
 見回すと人影は無い。それが、不自然なことに思えたのだ。
「へぇ。生きの良さそうな獲物じゃねーか」
 すると、その違和感の正体をすぐに知ることとなった。声とともに、路地の奥から歩いてくるものがいたのだ。
 それは、まるで蜘蛛の脚のような形の、タールの翼を持った男。燃えるような赤髪に、尖った耳。シャイターン、『アンカブート』だった。
 いろこはとっさに、間合いを取って警戒を浮かべる。だが、単にデウスエクスを目の前にしたという以上の感情が、いろこの顔には滲んでいた。
「……何故、あなたがここに?」
「うん? 俺、お前と知り合いだったっけ?」
 首をかしげるアンカブートに、いろこは一歩踏み寄る。
「覚えてないのかい。私の一座を壊滅させたことを」
「一座、ねぇ……?」
 いろこの言葉に、しかしアンカブートは笑ってみせた。
「記憶にねぇな。何しろ──破壊や殺戮は日常なもんでなぁ?」
「……成る程。そうか、いや、そうだろうね」
 いろこは緩く首を振ってみせる。半ば予想はしていたというように。
「粗暴で、狡猾。まるで蜘蛛。そういう者だった」
「見てきたように言うじゃねぇか? ま、お前はこれから死ぬから、どうでもいいがな」
 アンカブートは、手のひらに業火を生み出す。
 赤々とした炎を見据えながら、いろこは戦闘態勢に入った。

「集まっていただいてありがとうございます。本日は、急ぎの事件となります」
 イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)は、ケルベロス達を切迫した様子で見回していた。
「ケルベロスである月・いろこさんが、デウスエクスに襲撃されることが予知されたのです」
 それは『アンカブート』なるシャイターン。殺戮や破壊にためらいのない、危険なデウスエクスらしい。
「こちらもいろこさんに連絡を試みましたが、上手くは行きませんでした」
 いろこは現在、路地で1人のようだ。もう間もなく、アンカブートが現れて戦闘が始まってしまうことだろう。
 相手はデウスエクス。1人で戦えば長くは保たないはずだ。
「いろこさんが無事である内に、皆さんには急ぎ、救援に向かってもらいたいんです」

 作戦詳細を、とイマジネイターは続ける。
「敵はシャイターン『アンカブート』が1体。出現場所は市街地の路地です」
 外国風の情緒の漂う市街の一角で、その中の細道にある場所だ。
 いろこは現在、ここに1人でいる。周囲には、一般人は1人もいない。
 こちらが到着する頃には、いろことアンカブートは一対一で戦闘を始めた状態だろう。
「こちらは急ぎ、そこに駆けつける形となります」
 場合によっては、こちらが到着するまで3分ほどのタイムラグが発生する可能性はある。
「戦いがある程度進んでいる可能性もありますので、それを踏まえた作戦を立てていくと良いかもしれません」
 到着すれば、あとは全員で戦うだけだ。
「ただ、全員でかかっても、強い相手には違いありません」
 多彩な能力で攻撃してくることだろう。油断なく作戦に当たってください、と言った。
「いろこさんを助け、そして敵を撃破するために。皆さんの健闘をお祈りしています」
 イマジネイターはそう言葉を結んだ。


参加者
花道・リリ(合成の誤謬・e00200)
御門・心(オリエンタリス・e00849)
ヒスイ・ペスカトール(銃使い時々シャーマン・e17676)
唯・ソルシェール(フィルギャ・e24292)
キーア・フラム(憎悪の黒炎竜・e27514)
輝夜・形兎(月下の刑人・e37149)
王・美子(首無し・e37906)
月・いろこ(ジグ・e39729)

■リプレイ

●宿縁
 月下の街は、美しくも不穏な気配が漂っている。
 ケルベロス達はその上空へ、ヘリオンで飛来してきていた。
「そろそろ、ね」
 過ぎゆく町並みを見下ろして、キーア・フラム(憎悪の黒炎竜・e27514)は呟く。その瞳は戦場がある遠くをじっと見据えていた。
 輝夜・形兎(月下の刑人・e37149)は気合を入れるように、ぐっと拳を握る。
「あの辺りに、いろこお兄ぃがいるんだね!」
「ああ。敵も、な」
 声を返すのはヒスイ・ペスカトール(銃使い時々シャーマン・e17676)。愛銃を手に取りながら、夜闇の先にいる敵を思った。
「いろこにとっちゃ仇、ってとこか──殺しも厭わない奴のようだが」
「……全く、厄介な宿敵を抱えたものね」
 花道・リリ(合成の誤謬・e00200)は誰に言うでもなく、口を開く。
 だが、だからこそ一分一秒を争うのだとも分かっている。すぐにハッチから半身を出し、夜風を浴びていた。
「とにかく、ちゃっちゃと駆けつけないと後が面倒だからね。──急ぎましょう」
「うん! いろこお兄ぃを、みんなの所に無事に帰すんだ! いくよっ!」
 形兎も頷くと、皆で降下を開始していく。
 キーアは翼で滑空し、豪速で低高度へ。視界の先に、ひとけの無い路地で対峙する、2つの人影を見つけていた。
「皆、私の飛ぶ方向へ!」
 キーアの声に頷き、着地した皆は疾駆。細道の先にその仲間の姿を見つけていた。

 月・いろこ(ジグ・e39729)は、炎の攻撃を漆黒の大鎌・エクリプスで防御していた。
 完全には防ぎきれず、肌が焼ける。それでもいろこは、目の前のシャイターンを強く見据えていた。
「破壊と殺戮が日常、ね。アンカブート──あなたはそんなふうに、全てを焼いてきたというわけだ」
「怖い顔をするなよ。俺にとっちゃ、壊すのは息をするのと同じさ」
 アンカブートは、いろこの言葉に笑ってみせる。
「……」
 いろこは表情と心を、いつもの飄々としたものに保とうとする。
 けれど、憎しみを隠すことは出来なかった。
「分かってたよ、理由なんて無かった。──そして、理由があっても、許せるものじゃない」
 言うと、鋭い眼光を湛えて、アンカブートを睨む。
「あなたは此処で倒す。絶対に」
「……出来るかよ」
 アンカブートは言うと、砂嵐を巻き起こしてきた。
 いろこは自己回復で凌ぐ。だが敵も連撃をしてくるため、耐えきるのも困難だった。
 思わずいろこは膝をつく。
 1人では敵わない。しかし、それで諦めたわけではなかった。なぜなら自分には、信じられる仲間もいるからだ。
 アンカブートが炎を放った、丁度その時。空を飛んできた光が、いろこの眼前で炎を受け止めていた。
「──それ以上は、させませんわ」
 それは、高速で飛翔してきた、唯・ソルシェール(フィルギャ・e24292)。降下とともに、いろこの壁となっていたのだった。
 アンカブートが目を見開いていると、ソルシェールは翼を駆り、突撃。衝撃で敵を大きく後退させていく。
 この間に、王・美子(首無し・e37906)がいろこに駆け寄っていた。そのまま紫にきらめくオーラを形作り、いろこの傷を癒やしていく。
「悪い、待たせたか」
「……助けに、来てくれたのか」
 いろこが言って立ち上がると、そこへさらにふわりと降り立つものがいた。
 御門・心(オリエンタリス・e00849)。薄紫の扇“一差し”を雅に振るい、揺らめく幻影を治癒の力として顕現させていた。
「まずは、とにかく体力を癒します、ね」
 心はレンテンローズの花を靡かせながら、幻影をいろこへ投射。傷を幻の中に消していくように、治癒と能力の向上をもたらしていた。
 駆けつけた皆を、いろこは見回す。
「形兎もヒスイも、来てくれたんだな──」
「うん、いろこお兄ぃの、決着をつけるお手伝いにね!」
 そう形兎が笑いかけると、降り立ったヒスイも頷いていた。
「ああ、微力ながら、ってな。だからそろそろ、始めっか」
 ヒスイは改造銃『ミタマシロ』の銃口を向ける。その先で、アンカブートが体勢を直し、こちらを眺めているところだった。
「……ぞろぞろと、俺の邪魔しに来たか?」
「邪魔? アンタ、1人に固執するほど粘着質な男なわけ?」
 と、リリは、挑発するように口を開く。
「獲物はよりどりみどり。むしろよかったじゃない」
「……はん、言われてみりゃ、そうかもな」
 アンカブートは言うと、値踏みするように視線を巡らせる。と、その一瞬の隙に、リリは魔法矢を発射。敵の足元を穿っていた。
 同時、形兎が光球を与えていろこを癒すと、キーアも攻性植物を展開している。
「いくわよ、キキョウ……!」
 呼応するように、攻性植物は黄金の光を注ぎ、いろこを万全にして守備も固めていった。
 アンカブートも舌打ちしつつ、低空を飛んで攻撃しようとしてくる。が、ヒスイがすかさず、引き金を引いていた。
「いい的だぜ」
 その一撃は『瑕瑾撃ち』。正確無比に翼を撃ち抜き、アンカブートを地に落としていた。

●反撃
「……どうやら雑魚じゃねぇな。確かに、いい獲物だ」
 アンカブートは膝をつきながらも、未だ余裕を含んで呟く。
 すぐに立ち上がると、酷薄な笑みを向けてきた。
「だが、数が揃ったのはむしろミスだったな。人を守りながら戦うと、弱くなる。集団の敵は、いつもそうやって死んでったぜ?」
「お前──よくもそんなことを」
 いろこは思わず、怒りに血が滲むほど拳を握りしめている。心は少し、悲しげな声を零していた。
「……シャイターンって、こんな方ばっかりなんですね……」
「そうね。顔は良いかもしれないけど──性格は明らかに下衆ね」
 そう声を継ぐのはキーア。
 漆黒の瞳で敵を見つめながら、愛槍にグラビティを注いでいた。
「ま、いいわ。その汚らしい赤い炎……私の黒炎で塗りつぶしてあげるわ!」
 瞬間、穂先に黒炎と稲妻を渦巻かせ、一撃。踏み込んで正面から刺突を叩き込んでいた。
 腹を穿たれたアンカブートは、唸りながら後退。だが、その一瞬のうちにも、糸の如き炎を放って、前衛の脚を絡め取ってきている。
「捕らえたぜ。身動き出来ないまま、熱に悶えろよ」
 口の端を持ち上げ、アンカブートはなぶるように糸を燃え上がらせた。
 リリは溜息をつくように、絡む糸を踏みつけてみせる。
「アンタ、本当にいやらしい戦い方をするのね。性格悪いって言われない?」
「はっ、仮にそんな事言うやつがいても、全員死ぬさ」
「根に持つタイプってか? 戦い方も性格もねちっこいじゃねェか、ニーサン」
 そう声を返すのは美子。肩をすくめ、乱雑な口調で続けていた。
「その長くて邪魔クセー髪も耳も切り落として、サッパリしたらどうだ?」
「……悪いが、できねぇ相談だな」
 にわかに怒りを見せたアンカブートは、再度炎を這わせようとしてくる。
 が、その糸が突如、眩い光に照らされて消え始めていた。心が翼を広げ、治癒のオーロラを輝かせていたのだ。
 白の右翼と、ワイルド化された左翼。それらが生み出す煌めきが、複雑な光色を伴って糸を溶かし、皆を癒していく。
「回復しきるには、まだ、かも知れません、が──」
「それならウチが手伝うよっ!」
 次いで、形兎はオウガメタルを流動させていた。そこから銀色の粒子を拡散させると、瞬く光で治癒を与え、知覚力も増幅させていく。
 糸が消えて自由になると、美子は紙兵を撒いて仲間の防護を固めていた。
 同時、ソルシェールも流体“サーキュラー・ノット”を解き放っている。
 それは永遠の流転を現すように、円環状に発光。仲間の意識に働きかけて、感覚を一層鋭敏に研ぎ澄ませていた。
「これで、こちらは万全でございましょう。後は、お任せしたく」
「ええ」
 頷くリリは、オーラを天へ撃っている。
 するとそれは蒼い滴のように落下し、アンカブートの頭上で拡散。燐光が弾けるように、全身を穿っていった。
 アンカブートは唸りながらも、前衛に移動したいろこを狙おうとしている。
 が、その視界に碧の光が瞬く。ヒスイが、蹴り上げたオーラへ発砲し、弾速を乗せた衝撃の塊にして飛ばしていたのだ。
 敵が衝撃で宙へ煽られると、ヒスイはいろこへ向く。
「援護は任せろよ。だから、思いっきりやってやれ」
「──ああ」
 頷いたいろこは、アンカブートへ肉迫した。
 流麗に戦ってみせる余裕は、ない。だから今はただ、刃に怒りと炎を纏わせて一閃。敵の胸部を深々と切り裂いていった。

●闘争
 血溜まりの上に、アンカブートは一時倒れ込んでいた。
 確実に傷は蓄積している。だがそれでも、起き上がって見せた顔からは、薄い笑みが消えていなかった。
「……はは、中々やるじゃねぇか。てめぇらの方が、破壊がうまいんじゃねぇか?」
「失礼ね。破壊活動なんて、ただの無駄じゃない」
 リリはそこへ、不機嫌気味な表情で如意棒を振り上げていた。
「やるなら、もっと効率的にカロリーを消費できる運動をするわよ」
 瞬間、それを思い切り振り下ろし、脳天へ痛烈な殴打を加える。
 たたらを踏んだアンカブートへ、ヒスイも銃口を向けていた。
「大丈夫だいろこ、勝てるさ」
「……そうだな」
 いろこも、頷きを返しながら、月の光を固めたようなオーラを作り出していた。
 それを蹴り出して敵へ撃ち当てていくと、そこへヒスイも発砲。弾頭を依り代に御業を放ち、燃え盛る炎弾で敵の腹部を貫いていった。
 呻くアンカブートは、それでも砂塵を巻き上げ、そこに幻影の嵐を重ねて攻撃してきた。
「この環境自体が俺のホームなんだよ。巣に入った獲物に、やられるか……!」
「罠を張り巡らせ追い詰め喰らいつく……ですか。まさに蜘蛛ですわね」
 ソルシェールは目を伏せ、呟く。
 暴風は確かに強力で、意識も奪うほどだった。だが、だからこそ、仲間を守るためにソルシェールは飛翔する。攻撃役に及ぶダメージ、その全てをも一心に受け、防御するように。
(「空虚なヒトガタなれど、出来ることはございましょう──」)
 記憶、過去。それが介在せずとも、仲間を守る盾にはなれる。同時、ソルシェールは『月の女神の気まぐれ』を行使していた。
「惹かれるもの、狂わせるもの、血を欲するもの、安らぎを与えるもの、すべてが彼の者の真実──」
 月光の幻を降ろすその力は、傷ついたソルシェール自身を即座に癒していく。
 他者に波及したダメージには、形兎が朗らかな声を上げていた。
「待っててねっ! ウチも出来ること、やってみせるからっ!」
 そのまま形兎は、アカペラで大熱唱してみせる。
 歌唱が特別上手い、わけではない。が、それでも楽しそうに昇る歌は、皆を鼓舞して余りある。
 そうして明るい声音が響き渡れば、いつの間にか砂塵は立ち消えていた。
「あと少しで、全快かな?」
「そう、ですね。私に、まかせてください──」
 そっと言った心は、仲間の陣形に力を宿し、円形の光で前衛を万全に保っていく。
 この間に、キーアは攻性植物を高速で飛ばし、アンカブートを縛り上げている。
「さあ、今のうちよ!」
「ああ、一発喰らわせてやるよ」
 応えた美子は、正面からそこへ肉迫。強烈な一打を叩き込み、アンカブートを吹っ飛ばして石壁に激突させていた。

●決着
 よろめきながら立ち上がるアンカブートは、段々と、焦りの色を見せていた。
「おいおい、まさか俺が……死ぬ……? ……んな馬鹿な」
「気づくのが、遅いってもんだな」
 ヒスイはそう口を開く。
「てめぇのやったことが返ってきてんのさ。それでくたばるなら本望ってもんだろ?」
「……ふざけるなっ……」
 アンカブートは苛立ちながら自己回復する。
 だが、直後には心が『黒白混淆』。傷口からグラビティを暴走させることで、アンカブートの守りを砕いていった。
「思い通りには、させません。最期まで」
「そうだよ。ここで、終わらせるからねっ!」
 次いで、形兎は『十六夜』。刃に濃密なグラビティを込めて斬撃を放ち、治癒力も阻害していく。
 ソルシェールは同時、氷の刃を放って敵の足元を凍結させていた。
「さあ、このまま本懐を遂げられますよう──」
「そうだな。コイツは、アンタの手で終わらせな」
 美子も、アンカブートに蹴りを入れて飛び退く。その視線はいろこに向いていた。
「皆──」
「隙は作るさ」
 皆を見回すいろこに、ヒスイは応えながら敵へ瑕瑾撃ち。その体勢を崩させていく。
「行け!」
 言葉に、いろこは駆け出す。
 アンカブートも、倒れ込みながら炎を放つが、そこにはキーアが『メギド・カタストロフ』。槍を突き出しながら、巨大な黒炎を繰り出していた。
「そんな炎、焼き尽くしてあげるわ……!」
 言葉通り、内外から襲った焔は、敵の炎を喰らい消し飛ばしていく。
 リリはそこへ『魂の解』を行使。水の精の力で敵の熱量を奪い、瀕死に追い込んでいた。
「事情は知らないけれど──いるわよね、思いっきりぶん殴ってやりたい奴って」
 リリはつっけんどんな表情のまま、それでもいろこへ声をかけた。
「やりたいように喧嘩なさい」
「──ありがとう。……さあ、踊るぜ」
 頷いたいろこは、怒りのままに戦わない。
 最後の最後は、自分の踊りを褒めてくれた、かつての仲間達への手向けとして。舞い、踊り、ステップを踏むように、流麗な蹴撃を放った。
 靡く焔は、月のように煌々と輝く。光の踊りに打ち据えられて、シャイターン・アンカブートは月光に散っていった。

「……たちの悪い男を倒したらすっきりしたわ」
 戦闘後、粒子のように消えていく敵の体を、リリは見上げている。
「おかげで今日は良い酒が飲めそう。──どうもね、肢の千切れた蜘蛛男さん」
 そう言う頃には、粒子も消滅し、その場には何も残らなかった。
 心はそれを見届けてから皆に向く。
「皆さん、お怪我などは、ありませんか」
「コッチは問題なし。皆も、大丈夫みてーだな」
 美子が言うと皆はそれぞれに頷いていた。
 キーアは周囲を見回す。
「じゃ、辺りのヒールだけでもしておきましょ」
「そうだね! 最後の修復までがメディックの仕事って聞いた事が有るよ」
 それに形兎も頷き、一帯の修復を始める。ソルシェールも手伝い、戦闘痕の無い景観を取り戻していた。
 それからソルシェールは、後は知己のものに任せようと、敢えて声はかけず見守った。
 その内に、形兎がいろこに歩み寄る。
「いろこお兄ぃ、無事で良かった!」
「ありがとう、本当に助かったぜ。皆にも、感謝を」
 いろこはまた、いつもどおりの飄々とした表情を作って応えていた。
 ヒスイはそこへ声を掛ける。
「じゃあ、そろそろ帰るか?」
「あ、せっかくだし、無事を祝ってご飯食べて帰ろうよー」
 形兎はヒスイの腕を掴んでねだりつつ、歩み出していた。
 それを機に、皆は帰還を始める。
 いろこも踏み出しつつ、一度振り返った。今は何もないそこを暫し見つめた後、また踵を返し、月下に歩んでいった。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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