送り火の花

作者:秋月諒

●或いは在りし日の色
 なぁ、と小さくどこかで猫が鳴いていた。
 大通りの賑わいを避けるように選んだ道は、うねるような細い路地であった。さながら祭りのような賑わいに紛れて歩くのも悪くは無かったが降り出した雨がそれを許しはしなかった。番傘を手に、滑り込んだのは噂の店へと向かう途中にある細い路地であった。近道にもなるよ、と春日・いぶき(遊具箱・e00678)に声をかけたのはどの店の店員であったか。気ままな買い物は勧められた香ばしいパンの香りに誘われて、抜け道を辿ってくるり、と男は番傘を回しーー。
「ーー」
 気がついた。
 片手に持った番傘を、放る。くるり、と回ったいぶきの手から零れ落ちた番傘は、はたと靡く黒衣の裾を焼く斬撃を受けて散った。
 受けたのは衝撃。トン、と避けた先、静かにいぶきは息をついた。
「この分だと、今日はお店には行けそうもないですね」
「ーーあラ、先約があったのかシら」
 落ちたのは女の声。だが、僅かに歪んでいる。ひとつ、ふたつ、重なり合わしたかのような声は不自然に歪みーーするり、と薄闇から声の主は姿を見せた。
「ーー」
 その姿に、いぶきは問う声を一度失う。
 最初に目についたのは腰ほどまである黒髪であった。漆黒の髪に似合うヴェールの隙間からはサキュバスめいた赤い角が見える。細い路地にはまず似合わない、真っ赤なドレスがふわり、と揺れ影を落とす。その、真下へと。
「死神……?」
 浮いているのだ。下半身は魚のそれ。人魚型の死神はいぶきの問いに応えることなく、勿体ない、と息をついてみせた。
「勿体無イこと。その傘と揃ってイれば、とても美イい装いだっタわ」
 あぁ、けれどけれど。
「貴方の今の装いも良イわ。とテも美しイ。私が蘇生させるのに相応しイ」
「ーー誰ですか」
 貴方は。
 静かに、いぶきは問う。靡く黒衣の裾、袖元から落としたナイフは指にかけた。ふふ、と目の前の相手ーー人魚型の死神はその手に綺麗な装飾のナイフを持つと、真っ赤な唇に笑みを浮かべた。
「姉上よ。めばえ姉さまが、貴方を蘇らせるために殺してあげる」

●死神・めばえ
「皆様、お集まりいただきありがとうございます」
 急ぎとなります、と告げたのはレイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)だ。デウスエクスによる襲撃が予知されたのだ。
「いぶき様が、宿敵と思わしきデウスエクスに襲撃をされる、というものです。急いで連絡を取ろうとしたのですが、繋がらないことを思うと事態は一刻を争います」
 急ぎ合流し、救援を行う必要があるだろう。
 時刻は昼過ぎ。現場は、行列を作るとあるパン屋で賑わっている商店街だ。祭りのような賑わいも、抜け道として利用される細い路地へと入れば落ちつく。
「お天気雨が降り出しているようで、買い物客の多くはどこか店に入っているようで路地にまで入ってくることはまずないかと思います」
 いぶきがデウスエクスと接敵したのは、この細い路地だ。
 うねるような路地は、大人が3人並べる程度の幅しかない。狭くしているのは積み上げられた荷箱だ。足場として利用することもできるだろう。

「最悪、破壊も検討にいれるべきかと。空箱なので中身に問題はありません。箱については私からお店の方々に話をしておきます」
 ですから皆様には、戦いの方をお願いいたします、とレイリは言った。
「敵は人魚型の死神。配下はいません。いぶき様は若しかしたら何か知っていらっしゃるのかもしれませんが、相手の死神はいぶき様の命を狙ってきています。手には綺麗な装飾のナイフを持ち、毒を筆頭に様々な薬の扱いに慣れているようです」
 ポジションはジャマー。
 黒髪に、紫の目をした美しい女性の上半身を持つ人魚型の死神だ。背には骨の翼のようなものがあり、回避性能も高い方だろう。
「ナイフによる貫き、劇薬の霧を操る他に、ビー玉のような硝子の球体を一気に召喚し爆発させる攻撃を持ちます」
 色彩こそ鮮やかではあるが、怨霊弾の一種だろうとレイリは言った。
 相手は人魚型死神。配下はいないとはいえーー一人で倒せるような相手ではない。
「行きましょう、いぶき様の所へ。援護とーー、そして敵の撃破を」
 いる場所は分かっているのだ。だから、後は、駆けるだけ。
 どれほどの理由があったとしても、一人きりにはどうしたってできないのだから。
「勿論、ヘリオンでの移動は間に合わせて見せますとも」
 さぁ、急ぎましょう。とレイリは言った。
「皆様、ご武運を」


参加者
春日・いぶき(遊具箱・e00678)
鹿骨・曄(博戯嗜癖・e02705)
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)
遊戯宮・水流(水鏡・e07205)
暁・万里(猫被りの悪魔・e15680)
百鬼・ざくろ(隠れ鬼・e18477)
藤咲・結弦(若藤・e19519)
比良坂・冥(カタリ匣・e27529)

■リプレイ

●雨の揺籠
 濡れた空気に、鉄の匂いが混ざりだした。
 血の匂いだ、と春日・いぶき(遊具箱・e00678)は思う。大通りの賑わいが遠ざかり、足裏にあった感覚が揺らぐ。
(「霧か」)
 視界が歪む。濡らす血の所為では無いだろう。あの霧に仕込まれたものか。トラウマと言われる枷。歪む視界で見たものに、だがいぶきは口を開く。
 知っていました、と。
「姉の体を奪った不届き者の事。姉がもう死んでるんだって事」
 霧を払うよう、はっきりといぶきは言った。
「知って、いましたとも。だって、姉さんは僕が殺したんだから」
「あラ、あラ」
 鈴を転がすような音が響く。
「――でも、だからって貴方に殺されてあげる義理はありません」
 いぶきは眼前の相手を捉える。美しい黒髪を揺らすひとの上半身を持った死神。
「返してください。姉さんは、僕のものだ」
 感覚を引き戻すように地をーー蹴る。
 その、時だった。
「お魚風情が美を語るだあ? 笑わせんな」
「!」
 一陣、吹き抜けるかのような風に、上着が揺れる。耳に届くは馴染みのある声。届いた足音は彼の、彼らの来訪を告げる。
「貴方ハ」
 衝撃に小さく、目を瞠った死神の前、強引に攻撃の軌道に飛び込んだサイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)の一撃が、届いた。

●めばえ
「お客様ネ。誰方カシラ」
「こちとらオトモダチサマだっつうーの」
 ガウンと荒い一撃に、向けられたのは強い殺気だ。かかったか、と口の中ひとつ零しサイガは視線をあげる。
「千鷲、ジャマーで」
「仰せのままに」
 応じた三芝・千鷲(ラディウス・en0113)が剣に手をかけた。
「そう、邪魔を……」
 問いかける声が、止まる。は、と顔をあげた先は荷箱の上。
「こっちだ」
 積み上げられた荷箱を蹴り上げ、一気に距離を詰めた比良坂・冥(カタリ匣・e27529)が美しい虹を纏ながらその身を空から落とす。ガウン、と一撃、重い蹴りに死神の視線がーー向く。
「邪魔ヲ?」
 制約だ、と暁・万里(猫被りの悪魔・e15680)は思った。盾役の二人が割り込むようにして叩き込んだ一撃には敵の意識を惹く奪う術が仕込まれている。死神の瞳がいぶきからサイガに、冥に移る。
「いぶきくん助けたいと思うのは、僕らだけじゃないものね」
 手伝いを、と上がる声に頷いて万里はサポートのケルベロス達に声をかけた。短く指示を放ち、万里は短く詠唱を開始する。頼んだのは荷箱の破壊。これで幾分か戦いやすくなる筈だ。一つ息を吸い、万里は戦場を見据えた。
「……」
 姉を殺めたのは彼自身だと聞いていたのだけれど、何故死神として現れた? 姉に対する彼の供述はどうにも噛み合わない。
(「大嫌いで、大好きで、殺したけれど、生きている。ねえ、いぶきくん。君の中のお姉さんは、どこにいるの?」)
 問いかけは心の裡。
(「閉じた蓋を開けるのはこんな形でなくてもいいだろう」)
 似てるからかな、ほっとけないのだ。
「——あラ」
 視線に気がついたのか、死神と目があう。
「行こう」
 細い指先が一撃を用意するその前に、万里は炎を戦場へと放つ。
「ッぁあ」
 焼かれた体に、死神は息を零しーーだが笑う。ふふ、と溢れた笑みは楽しげに、熱を帯びた体は一瞬白い靄を纏いーー紡ぐ。
「さァ」
 招く言葉と同時に、生じたのは光り輝く硝子玉。浮かぶ球体が姿を見せたのは踏み込んだ前衛のいる場所だ。
「邪魔者には退場してもらわなイと」
 キュイン、と高い音を合図に硝子玉は爆発した。地を揺らす衝撃にーーだが、サイガと冥が動く。踏み込む足音を最後に、毒を帯びた熱風が前衛に襲いかかった。
「——ッは」
 いぶきの前、庇いに踏み込んだ冥を視界に、死神は息をつく。
「そう、まだイなくならなイの?」
「そう簡単に、居なくなったりしないわ」
 言い切って百鬼・ざくろ(隠れ鬼・e18477)は回復を告げる。
「死神には誰も連れていかせない」
 指先には紙兵を。振り上げ霊力を帯びた紙兵をざくろは前衛へと届ける。
 倒れない。倒させない。
「手伝うよー」
 ゆったりとした声ひとつ、藤咲・結弦(若藤・e19519)はそう言って、空に紙兵を舞わす。踊る白の行き先は前衛へ。重ねて紡いだ回復と加護に、は、といぶきが息を落としたのが見えた。
「皆さん」
「いぶくん、はろー。困ってる? 困ってなくてもお邪魔しまーす。だって僕が、君を助けたいと思ったんだから」
「私の邪魔をするの?」
 身を低め、死神は宙を泳ぎーー来る。
「ねぇ美人さん、少し俺とも踊りましょ?」
 筈だった。
 死神より早く、踏み込んだ鹿骨・曄(博戯嗜癖・e02705)の手が伸びる。ゴウ、と刃に宿るのは地獄の炎。は、と顔をあげた死神のーー友人とよく似た顔に曄は容赦無く刃を突き立てた。
「ッぁア」
 死神は身を揺らす。睨め付ける瞳に、曄は間合いを取り直す。
(「……付き合いは長いけど、お互い過去の事はあんまり話したことなかったなぁ」)
 いつも穏やかで、楽しい事好きで、食いしん坊ないぶき。
 執着の薄い彼の唯一の執着。胸の内の棘付きの深紅の薔薇。
「邪魔者はみんな殺しましょう」
 降り注ぐ雨に逆らうようにふわりと黒髪が舞い、死神はうっそりと微笑んだ。
「それから、選びましょう?」
 美しいものを。気にいるものがあったのであればその時に。
「蘇らせればいいわ」
「ボクの好きな人達を狙うなら」
 膨れ上がった殺気に遊戯宮・水流(水鏡・e07205)は地面を蹴る。濡れた地面を滑らない靴は確実に捉え、向いた視線に地面を蹴り上げる。流星の煌めきをその身に、軽々と宙で回った水流の蹴りがーー落ちた。
「邪魔よ」
「生憎」
 間合いを嫌うように振るわれた腕に着地した体を横に飛ばす。身を低め、抜き払った刀が雨に濡れる。その横で、最後の荷箱がガシャン、と崩れた。
 荷箱が全て壊されれば、幾分か通りも広くなった。雨だけは変わらずに剣戟の音が増えれば、随分と賑やかになったものだと死神は息をついてみせ、でも、と死神の瞳がひたり、といぶきを捉えた。
「そう、いぶきね」
 手に入れたその名を馴染ませるように死神・めばえはうっそりと微笑んだ。
「めばえ姉さまよ、いぶ……」
「それ以上」
 その声に、いぶきは手を向ける。放たれるは不可視の力。指先から零れ落ち虚無の球体は死神にーー届いた。

●双子
 雨の戦場に、火花が散り、堅音が響く。死神の操る硝子玉が爆発を起こし、毒を振り撒けば回復にざくろが声をあげた。手伝いを千鷲が告げれば、残る回復はと駆けつけたケルベロス達が動く。路地の出入り口に数名、併せて奏多が貼ったキープアウトテープまで見れば近づいて来る者はまず居ない。
「そう、癒し手がいるの」
 不機嫌そうに声が響き一瞬、狙いがざくろに向く。だが、ぐらり身を揺らした死神の視線は泳ぐようにサイガを捉え、冥を探す。怒りの術だ。視線があったそこ、た、とサイガは行く。前に、飛ぶように。身を低く飛び出せば、体は容易に加速する。
「ーー!」
「こいつはケルベロスだ。身を以て知れ。てめえの目は今も昔も腐ってるってな」
 間合いにて、叩き込む蹴りにぐらり、と死神は揺れる。何を、と落ちた声、伸びた腕に身を飛ばす。横へ。着地のそこで武器を握り直す。退いた理由はただひとつ。射線一つ、開けるためだ。
「あら、そっちからは吊り上げてくれないの?」
 口ずさむは煽りに唆し。
 冥は死神を見据えた。対峙する、いぶきを視界に。
「……」
 合流の瞬間、短く聞いたいぶきの言葉を冥は覚えている。好きに暴れて下さい、と。もし俺が同じ事態に陥ったらば、刀に縋り付き震えるしかないだろう。
(「だから俺はそう言ってくれた彼を護る。もし、彼が某かの為時が欲しいなら戦い作る」)
「だからね。いぶちゃんはどうか為したいように、ね?」
 言の葉を紡ぎ、冥はひとつ力を解放する。
「な……!?」
 息を飲む死神を前に、煽る言葉を唇に乗せた男は笑う。
「続きの相手はタチの悪いあの子なのー」
「何を!?」
 ヒュ、と息飲む音を彩るように赤と黒のツートンカラーのトランプが舞う。両の手を広げ、トン、と踏み込んだ水流の声が響く。
「最高値でお届けするヨ」
 アリスと兵士達が一時召還され、死神は水流の姿を見失う。何処に、と落ちた声に返しやしない。自前のイカサマカードでテンションを上げつつ、た、と水流は行く。死神の懐へと。敵の影を踏み、伸ばす腕は鋭い一撃に変わる。
「何時の間ニ……ッぁあ」
 深く重く、貫いて力を吸い取れば水流の腕に残る傷がかききえる。流れる血だけを残し、た、と地を蹴ればーーフ、と死神は笑みを浮かべた。
「貴方、貴方モ美しイわね」
「……うん? 皆綺麗だヨネ。心宿して表す姿を尊いとは思わないかい?」
 瞬間、眼前に生まれたのは硝子の球体。光が収束する。避けるには、足りないか。
「えぇ。私が欲シいのは美シいものなの」
 次の瞬間、光がーー硝子玉が弾けた。
「ゆぎくん!」
 万里の声が響く。だが力は、水流の前でーー止まる。いぶきが、間に踏み込んできていたのだ。
「いぶきさん」
「誰を、見ているんですか」
 残る後衛を庇うように、サイガが動く。回復を告げる声は駆けつけた仲間のものだ。
「僕の姉さんの身体で僕意外を見ないで。僕の大切な人たちに触れないで」
 ナイフを手に、いぶきは踏み込む。受け止める敵の刃とぶつかり合いーー滑るようにいぶきのナイフが死神へと届く。肩口、沈めれば重ね紡いだ制約が深く死神に沈んでいくのが見えた。
「っく、ァア」
 視線は怒りの所為か、目の前のいぶきと、怒りの対象者へと揺らぐ。は、といぶきは息を落とす。双方への嫉妬で気が狂いそうだ。
 それでも、足を止める訳にも負ける訳にもいかなかった。
「続くよ」
 曄は声を出す。身を前に、伸ばす爪先が死神に触れる。
「―――俺は、貴方の、一生モノ」
 謳うように紡ぐ。
 触れるその瞬間に発動するのは零距離極小の焔の弾丸、見えない猛毒。死神の中を弾丸は駆け巡りその核へとたどり着く。灼熱の華となりて。
「ァア!?」
 衝撃が死神に攻撃の威力を知らしめる。は、と落ちた息を耳に結弦は踏み込む。跳躍から一撃、落とす蹴りはーーだが死神の方が早いか。
「邪魔よ」
「返してあげて」
 友達の敵は僕の敵。
 一撃、躱されたならばもっと命中率が高いものを選べば良い。けれどこの言葉だけは変わらない。
「お前は、僕の敵だ」

●或いは永遠の結末
 剣戟を響かせ、戦場は加速する。濡れた地面を踏み込み、跳ねる水には血が滲んでいた。流した血よりは毒の方が体に重い。それでも動けるのは細かな対策のお陰だ。
「いぶきくんは渡せないよ、ごめんね」
 万里は言った。そう願う人が、これだけいるんだと。
 制約を払うように駆けつけた仲間の声が届く。戦場に立つ皆にはざくろが回復を紡ぎ続けていた。
(「双子のお姉さんもそのお名前も前に聞いた事があるわ。息吹と芽生え、どちらも生誕を祝う素敵な名前だとその時に思ったし、いぶきさんの様にお姉さんも素敵な人なんだと想像もしていたのだけど。もう会えないのはとても残念ね」)
 ほう、と落ちた息が白く染まる。
「そう。癒し手ね」
「いぶきさんからの手助けも頼りきりにはしない。わたしだって皆と同じ、彼を助けたくて来たの」
 射るような死神の視線に、ざくろは真っ直ぐに視線を返す。
 ざくろとて無傷では無い。チリ、とした痛みを、だが今は置いてざくろは攻撃を行う仲間を支える事を選ぶ。少しくらい無茶したって平気なのだ。
「大事な人を守れないのは、もう嫌よ」
 少女の指先から光り輝くオウガ粒子が溢れる。光は前衛へ、同時に高められた命中に、感覚に万里は笑みを零す。
「行くぞ、アル」
 踏み込む。足裏で濡れた地面を捉えて、紡ぐは召喚の為の言の葉。
「力を貸してくれ、Arlecchino」
 姿を現したのは道化の手。
 一度指を鳴らせば、あるはずのものが消え、ないはずのものがそこに現れる。まやかしの舞台に、死神は息を飲んだ。
「れは……!?」
「あぁ、やっぱりここが弱点か」
 全てを飲む混む虚実の夢。描き出した青年はふ、と笑った。
「理力」
「……邪魔を」
 唸る声に、万里がとん、と距離を取ればふと心配そうな水流の視線に出会う。高威力に肩を竦めた彼に、大丈夫だよ、と万里は笑った。
「君と一緒は心強いもの」
 戦いは加速する。終わりのその時に向けて。
「邪魔よ。私には欲しいものが……!」
「ハ、そうかよ」
 息を落とし、サイガは踏み込む。先に一手、落ちた刃は千鷲だ。魚の鱗が地面に散れば煌めきを飛び越してサイガは拳を叩き込む。
「欲しけりゃやってみろ」
「っく、ぁあ!?」
 衝撃に死神が身を揺らす。落ちた声が歪んでいく。その歪みを耳に、いぶきはナイフを握る。虚無の力を紡ぐ指先が揺れることはなかった。
 覚えていないわけがないのだ。
 快楽エネルギーが足りないだけの肉体。美しく、綺麗なままの最期。冷たくなっていく身体を抱きしめた記憶には、吐きそうになる。
「貴方の装いも、とテも美しイ。貴方をめばえ姉さまが……」
「黒衣をいぶきに贈ったのは、彼が彼らしく在れるようにと願ったのであって。断じて、殺して蘇らせるなどと、そんなふざけた話に付き合わせる為ではない」
 声を遮ったのはヒエンであった。駆けつけた男の低い声に、結弦は続けた。
「いぶくんからいぶくんの事あまり聞いたことはなくて、あまりいぶくんの事を知らないんだなーって少しショックを覚えた自分を知ったよ」
 お姉さんが居るのも、今初めて知ったんだー、とそう言って結弦は死神を見る。
「だって遊び友達で、他の事を知る必要なんてなかったから」
 加護により精度の上がった一撃は大器晩成を謳いーー届く。
 ゴウ、と唸る一撃に死神が唸る。ナイフを握るいぶきに、結弦は言った。
「一緒に帰ろう、いぶくん。それから君の事、もっと教えてね」
 もっと、知りたいんだ。
「邪魔を……!」
 死神は暴れる。荒い攻撃には最初ほどの鋭さは無い。駆けつけた仲間達からの回復と支援もあれば、踏み込む足は止まらない。血が流れても、前へーー届けるのだ。
「貴方を、そう貴方を……!」
 死神の紡ぐ劇薬の霧に、冥が踏み込む。盾役故の頑丈さで受け止めれば、は、と吐く息だけで顔を上げる。上げてしまう。
(「ボクはきっと家族を亡くすの耐えられない。何しても護りたい。献身は分かるケド死んだらダメだよ冥さん」)
 心配そうに見ていた水流と目があった先で冥は柔らかに一瞬笑う。貴方、と低く響く声に、死神に向き直る。
「騙るならもっと上手になさいな死神。どちらか死ぬなら命を投げ出すそれが双子の上。……そうやって献身の真綿で心をくびり殺すの」
「貴方に何を……!」
 その声には答えずに、唇に乗せるのは再びの煽り。
「深潭から見上げる月もまた綺麗」
 高まる力の果て、展開した領域の中で届いた声に、水流はほう、と息を吐きーー言った。
「乗ってきた乗ってきたヨ、運気超絶アップダヨ! 勝利も金もボクのモノ」
 赤と黒のトランプが踊るのを見ながら、水流はいぶきを見る。
(「いぶきさん、君の心は和らぐカナ。遊び相手になると、甘えていいと言ってくれた君を掬いたいんだ」)
「誰一人欠けさせない」
「っく、邪魔を、邪魔を!」
 歪む声と共に、死神は荒く腕を振るう。間合いを嫌うそれに、だが曄は容易に踏み込む。避ける体の、更に奥に踏み込んでナイフをーー突き立てた。
「っ」
「さぁ、『パートナー』のお迎えだ」
 引き抜けば揺れる。その身が、は、と顔を上げるのを曄は見た。踏み込むいぶきを、死神を曄は見送る。
「貴方を……!」
 腕が伸びる。死神の、鋭いナイフの一撃はーーだが痺れたように届く前に止まる。制約だ。死神の攻撃は空を切り、代わりにいぶきの手が届く。
「僕は貴方の傍らになんて、一度もいたことがない」
 この腕で掻き抱いて、唇を寄せて。死神のナイフは指先から滑り落ちる。
 さぁ、笑って、わらって。さよならのキスをしよう。
 触れない距離で鳴らすリップノイズはさよならの合図。
「だからせめてこれからは……ずっと一緒に、生きましょう?」
 それは、魂喰らいの悪食が捧げる、精一杯の祝い言。
「ーーそう」
 言の葉は、腕の中の命に終わりを告げる。いぶきの頬の傷が癒えーー腕の中、死神・めばえは崩れ落ちる。声は小さく、最後にその身を委ねるように黒髪が頬を撫でていった。

 細く、降り続く雨が頬を濡らしていた。僅か、残ったドレスの切れ端と武器を拾い上げるといぶきは皆へと振り返った。
「この度は、身内の不始末に巻き込んでしまって……。いえ、沢山のご助力に、感謝を。さぁさ、濡れたままでは風邪を引きます、早く帰りましょう」
 黒髪が雨に濡れた。一筋、頬を伝うそれに、泣いてませんよ、といぶきは言った。
「雨が、少し強くなっただけですよ」
 番傘を拾って、結弦はそっといぶきの頭上にかける。
「帰ろ、いぶくん」
 行くぞ、という風に、サイガが一発いぶきをどつく。
「よーし曄ちゃん。パン食べよ!」
「よーしお姉さんパン奢っちゃう!」
 いぶきも、と曄は顔を上げる。
「美味しいパンを沢山食べよ」
 パンの焼ける香ばしい香りがーー日常の香りが少しずつ戻ってくる。濡れた裾は変わらず、雨の戦場の記憶は変わらぬまま。けれど確かにその先に皆で過ごす日常があった。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 9
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