●ねおちたの。
「ああーーー! また昨日も挨拶せずに寝落ちちゃったよぉお!!」
ごろごろごろ。
白いシーツの上をごろごろする卓也君は中学二年生。最近は夜の時間で遠くに住んでいるお友達とのネットゲームにはまっています。どうやら昨日の夜にゲームの途中で寝落ちしちゃった事を気にしているようです。
「うう、失礼な人間だって思われてるよね……最低だ自分……」
自分の気持ちを散らす様に卓也君がぼふぼふと枕を叩いた時、不意にキラリと部屋の中が輝くとぺもぺもと何かの足音がしました。
『ええんやで……』
「えっ」
「恵縁耶悌菩薩がおっしゃったのです。『ええんやで』と」
眩しさからようやく顔を上げた卓也君が見たのは、たくさんのひよこが盛られた謎の鳥でした。その鳥はいっぱいもふもふひよこを手に乗せたまま卓也君に言いました。
「そうです、あなたの罪は許されたのです。さぁ心を罪から解放し、恵縁耶悌菩薩の羽毛に抱かれましょう。恵縁耶悌菩薩の羽毛はふわふわで、とても気持ちが良いものです!」
ぴよぴよぴー!
謎の鳥にくっついたひよこさん達が鳴きました。ぴよぴよ。
その姿に卓也君はうっとりとした視線を向けて、ため息をつきました。
「ああ、なんて素敵なんだろう、ふわふわ……」
「そうです、何も考えずにふわひよしましょう。もふもふですよ……」
「ふぁ……もふ……もふもふきもちい……」
ふらっとしてひよこに抱き着いた卓也君の姿に謎の鳥はふふふと笑ってひよこをむちゅっとほっぺに押し付けました。すると、卓也君の体からぽぽんと羽毛が生えて鳥さんになってしまいました。
「ふっふっふ。これで君はケルベロスと戦えます。ケルベロスは君の罪を償わせようと襲い掛かってくるんですよ。だから戦わなくては」
その言葉に卓也君だった鳥はいやいやと言うように首を振りました。しかしそこは謎の鳥の先輩風がびゅびゅんと吹きます。
「大丈夫です。恵縁耶悌菩薩の配下たる私も共に戦えば勝てます。この人も君を守ってくれます!」
ばーんと謎の鳥が指示したのは、いつの間にか控えていた和服の女性――自愛菩薩の力により新たに配下となった幻花衆と呼ばれる者は、プルプルしていた卓也君(鳥)に向かってぐっと親指を立てました。
「とりあえずモフモフして待ちましょう」
「はい、もふ……」
ぴよぴよー!!
ひよこさんが鳴きました。
●ねおちええんやで。
「そんな風にふわひよしている。私もどうしてこうなったのかわからん」
心の声が駄々洩れのギュスターヴ・ドイズ(黒願のヘリオライダー・en0112)が告げた予知はそんな感じでふわふわしていた。しかし、その裏には恐ろしい呼ばれるビルシャナの作戦があったのだ。
『菩薩累乗会』――強力な菩薩を次々に地上に出現させ、その力を利用して、更に強大な菩薩を出現させ続け、最終的には地球全てを菩薩の力で制圧するというものだ。
この『菩薩累乗会』を阻止する方法は現時点では判明しておらず、ケルベロス側が今できる事は出現する菩薩が力を得るのを止めるぐらいだろう。今回、ギュスターヴが見た予知もそのひとつであり、活動が確認されている菩薩は『恵縁耶悌菩薩』だった。
「人間の罪の意識を持つ人間を標的とし、自らの羽毛の力で罪の意識を消し去る事と引き換えに、その存在を自らに取り込んでしまうという菩薩でな。罪の意識に苛まれている被害者の元へデラックスひよこ明王達が送り込まれているようだ」
デラックスひよこ明王。なんと恐ろしい名前だろうか。ひよこる気しか起きない。
この明王により被害者はビルシャナとなり、自宅で羽毛に抱かれ続けて罪の意識から逃げ続けているという。このままだと、罪の意識から逃れ羽毛に魅了された彼らは恵縁耶悌菩薩の一部とされてしまうだろう。
「そうなる前に事件を解決する、これが今回の仕事だ」
それからギュスターヴは今回の戦いの場所が被害者の家の庭になると告げた。どうやら家族は留守らしく、その間に明王に唆されてしまったのだ。
敵はケルベロスがやってくるまでお庭で羽毛のふわふわを堪能している。おかげで奇襲は可能だがその対象を見極めておかねばならない。
「今回の敵はビルシャナ二体と、螺旋忍軍一体だ。基本的には全てのデウスエクスの殲滅を望みたい所だが……君らには希望を拾ってほしい」
希望。それはビルシャナになった被害者を『適切な励ましの言葉などをかけた後に撃破する』事で、救出できる場合があるという事だ。
今回の場合はビルシャナ明王を先に撃破すれば、卓也を惑わせていた恵縁耶悌菩薩の影響力が弱まる為に救出の希望が出てくるのだという。ビルシャナ明王が戦場にいる限り、言葉を掛けても届かない。
被害者の卓也は『寝落ちてしまった事』に自己嫌悪を持っているので、それに対応する話や方法などがいいだろうか。ただ、気にしない様にと説得する場合はビルシャナと同じ様に『ええんやで』と思考停止に至らせる事は逆効果になるので、説得内容の方向性に気を付けたい。
「救出を目的とする場合は、単純に撃破するよりも作戦の難易度は高くなる。作戦をどう取るかはしっかり決めておいてほしい」
盛りだくさんで二兎追うものは一兎も得ずとなっては元も子もない。なお、ビルシャナの撃破を優先して卓也を先に撃破した場合、ビルシャナ明王は逃走するだろう。螺旋忍軍に関してはビルシャナ二体が撃破した場合のみ、任務失敗を悟って撤退する様だ。
「昨今はビルシャナ菩薩の動向が活発になっている。何の前触れかわからんが、君らにはひとつひとつを確実に潰していって欲しい」
そうしてギュスターヴは手帳を閉じると、一同に向かって微笑む。
「君らは希望だ。出来る事をやって来い」
黒龍は確かな信頼をもって、ひよことひよひよする事を――『でうすえくすをげきは』する事を祈った。気がする。
参加者 | |
---|---|
アリス・ヒエラクス(未だ小さな羽ばたき・e00143) |
稲垣・晴香(伝説の後継者・e00734) |
ディークス・カフェイン(月影宿す白狼・e01544) |
オペレッタ・アルマ(ワルツ・e01617) |
ファルケ・ファイアストン(黒妖犬・e02079) |
夜殻・睡(氷葬・e14891) |
軋峰・双吉(黒液双翼・e21069) |
レーニ・シュピーゲル(空を描く小鳥・e45065) |
●もふる。
ふわふわもこもこもこ。黄金色の羽毛に波が立ち、触れて揺らして溺れていく。
ずむむ、もふもふ、ふわあ、ぽふん。
見るからに幸せそうなもふもふタイムの怪鳥達を前に、稲垣・晴香(伝説の後継者・e00734)は呆れた顔をすると息を吐いた。
「……まぁ、この見た目に『許して』もらえたら……コロッといっちゃうかも、ですねぇ」
「んーでもまあそれは問屋が卸さない訳で」
口端に苦笑を浮かべたファルケ・ファイアストン(黒妖犬・e02079)が、望む怪鳥達は脱力する様相だがデウスエクスである以上油断は禁物だ。
「卓也くんを救うためなら、やる価値のある戦いだ。負けられないねぇ」
「ああ、気合を入れて行こう……三連戦だ」
ファルケの言葉にディークス・カフェイン(月影宿す白狼・e01544)が答えると、得物を握り直したのが見える。
戦う準備はできている。
そんな仲間の様子を把握して、軋峰・双吉(黒液双翼・e21069)はこほんと咳払いをすると元気よく声を張り上げた。
「ちょいと邪魔するぜ!」
その声に振り向いたのは黄色いひよこ壁――デラックスひよこ明王はきりっとした表情を作るとケルベロス達を睨み付けた。
「来ましたね、ケルベロス! とんだもふもふのモフモフとはモフモフの事ですね!」
「なるほどわからん」
ずばっと切り捨てたファルケに、デラックスひよこ明王は『えー???』と不満の声を漏らすが、すぐにばーんと仁王立ちするとひよこを掲げて宣言する。
「とりあえずひよこに埋もれるがいい!」
「むっ、ひよこさんは確かにかわいいけど、それが全てじゃないのを思い知らせてあげるの!」
気合十分なレーニ・シュピーゲル(空を描く小鳥・e45065)の言葉に、ひよことひよひよしていた幻花衆が『あ、もう時間?』という表情で顔を上げた。そんな彼女に迫るのは月影宿す白狼の影。
「ひよひよしていないお前に用は無い!」
高らかなディークスの宣言に、幻花衆はぷくりと頬を膨らませたが瞬く間に間合いを詰められては対応もできない。電光石火の蹴りが忍の体を捉え、その手からひよこが離れた瞬間、気怠げな声がした。
「ディークス、どいて」
言葉の後で天空に浮かんだのは無数の刀剣――夜殻・睡(氷葬・e14891)の放つ刃の雨が敵の最前へと降り注いでいく。
その間に動いたのはオペレッタ・アルマ(ワルツ・e01617)だ。その手が素早くヒールドローンを飛ばし、続いてレーニの水彩絵筆が旋風を繰ると前衛達に戦場を走る力を渡らせる。
その動きに焦りを見せたのはデラックスひよこ明王だった。ひよこの手が狙うのは最前列――だが、それはアリス・ヒエラクス(未だ小さな羽ばたき・e00143)が許さない。
「――魔法も超常能力も必要は無い。此の手に宿るは、己の研鑽のみ」
告げた呪を纏い一閃が渡る。その撃を寸での所でデラックスひよこ明王が避けるも、牽制には十分な一撃だった。
「あなたの相手は私よ」
蒼天の瞳は凍える様な一瞥を投げる。そんな彼女の視界にするりと入り込んだのは攻撃を続けようとする怪鳥だった。
その姿にアリスはふと物思う。
(「……イベント中に素材周回をしなければ育成・強化が滞る。故に、寝落ちに至るか否かギリギリの攻防に身を投じる気持ちは理解出来る……のだわ」)
そうだね、だからメンテ直前まで走らないといけなくなるよねわかる。
そんなゲーマーな森エルフの思考を遮ったのは、突如沸き起こった桜の海だった。
●むちゅって。
螺旋に乱れた花弁が舞い、前衛を預かるディークスの身を切り裂いていく。帯びた傷に流れるのは甘やかな毒――その様に忍がにやりと笑みを作った。
その隙を黒妖犬が見逃すはずはない。
目にも止まらぬ速さの弾丸が忍の胸を打ち抜けば、三重八重と血色の花が咲いた。後には崩れ行く四肢と離れた鬼の面。
「ひよ好きちゃーん!」
一緒にひよひよしていた忍が討ち取られたと悟ったデラックスひよこ明王は、ぶわっと涙を流したがごしごしとお目目を拭いて立ち直る。
「ひよ好きちゃんの仇!」
「いやいや、返り討ちさ!」
言って銃口を向けたファルケが素早く弾丸を放つと、デラックスひよこ明王の顔が……顔(?)が苦痛の色を帯びた。
途端、音が響く。
其は浄罪を求む晩鐘――音に捕らわれた睡が見たのは焔と喉を覆う息苦しさだった。荒くなる息を堪えようとするも、現れた幻火が怪鳥を象りながら睡を取り巻いた。
同じく怪鳥の幻覚撃に耐えながらディークスは顔を庇ったままで、素顔の見えぬビルシャナに向かって声を挙げた。
「お前はそれで良いのか。今のまま、寝落ちた儘で」
捕らわれたままで生きていくのか――そんなシリアスな空気をぶっちぎってドーンしてきたのはデラックスひよこ明王だった。
「さらにはこうだーー!」
てってってっと走ってきたひよこ壁は、双吉の傍にやってくるとほっぺにむちゅってひよこを付けた。極上の柔らかさを持つひよひよの快が強面の双吉のほっぺをぷにぷに襲っていく。
「うっなにこれこれふかふかかわいいいきつら……」
「双吉さーーーん?!」
「ふわって、むちゅって……これで俺も来世でもこふわ美少女に……」
「落ち着いて、ひよこって状態異常はないわよ!!!」
なんかきらきらと光って色々強化が溶けていった双吉の首を、晴香ががっくんがっくん揺するがやっぱあかんっぽい。
「もー、め、ですよ!」
慌てたレーニが走ってくると双吉をぽわっとオーラの力で癒し、くっついでいたひよよを掴んでぽぽいと投げていく。その姿にディークスは思わず苦笑した。
「あれも強そうだな」
「くっ……ひよこの姿を象ってもふもふで人心を惑わす其の所業。此れを邪悪と言わずして何を邪悪と云うのか……」
『ぴよよ、ぴよぉ!』
飛んで来たひよこをキャッチし無理矢理頬擦りしていたアリスは今日も元気です。
そんな感じでひよもふ舞う様をじっと見つめていたオペレッタは、ふと痛みを覚えて胸元に手を置いた。
――きゅん。
「……エラー?」
不思議な感覚。
なんだろう、この胸の奥がぽわぽわほっこりするのは――これがもふぴよするんじゃぁと。某ヤースミーンさんの胸板ももふもふしたい。
戸惑うオペレッタにデラックスひよこ明王はくっくっくと笑い出し、ドヤ顔した所で睡に得物でぐりぐりされる。
「あ、いたい、容赦ない!!」
「……いや、思ったよりふわふわだなと」
ついでにぎゅっぎゅと握るとぴゃあとデラックスひよこ明王が泣いた。
「も~~、痛くしないで下さい!」
「戦ってんのに無茶な注文だなそりゃ」
「痛くしちゃダメって恵縁耶悌菩薩様から習わなかったんですか!!」
「……習ってないなあ」
ぷんすかする相手にファルケが苦笑していると、顔にひよこの足跡を付けたアリスが勝ち誇った笑みを浮かべて得物を向けた。
「残念だったわねひよこ明王。如何に愛くるしい容姿であっても其れは免罪符にはなり得ない……故に加減はしない。そう、ゲームで学んだのだわ」
「アリス、アリス。最後のひとことで、台無し、です」
オペレッタの目は純粋無垢だった。
そんなよくわからない戦場で一生懸命真面目だったのは前衛を守る怪鳥だ。
攻防を繰り返す中でようやくその動きを捉えた晴香は、改めて怪鳥となった者と対峙する。何度目かわからぬ対峙でも彼女の心には相手への敬意だった。
「人としてしっかり立ち直ってもらわないと、ですね」
晴香がそう独り言つと怪鳥の尾が紅蓮の孔雀を生んだ。巨大な口がその身を飲み込まんと開かれるも彼女は敢えてその中心へ向かっていく。
怯まずに、真っ直ぐに、王者としての誇りを胸に。
臆する事無く振り抜いた聖なる左手と闇の右手は、孔雀の羽ばたきを完全に消失させた。ただ、忘れを拒む残り火がちらりと舞い、晴香の黒曜石の瞳に僅かな色を映すのみ。
その目に疲労が見えるのは連戦の為だろうか。改めて口元を引き締めた瞬間、ぼろぼろになったデラックスひよこ明王の手が大量のひよこ達を解き放つ。
「なっ」
先ほどとは比べ物にならない数――三白眼、傷持ち、しかめっつらめっちゃ凶悪な顔のひよこ達がオラオラな感じで最前列のケルベロス達へと襲い掛かった。それはひよこの蹂躙と言ってもいい程の威力で。これまでの戦闘で戦場の把握に苦心していたディークスが限界に近かった故に片膝を付く。
「これぞ恵縁耶悌菩薩のご加護です!!」
「うるさいよ」
調子に乗ったひよこ壁を睡は一喝すると、空中に無数の氷鏡を創り出して万華鏡に似た光壁を編み上げて癒しの力を渡らせる。同時にオペレッタとレーニが更なる癒しを与えると、ケルベロス達の目に闘志が再燃した。
その焔を双吉の得物が巻き上げる。
「終わりだ、ひよこちゃん」
告げて放った刃は回転と共にその腹へ深々と切り裂いていく。その身が重力に引かれどずんと倒れれば、ケルベロスの顔に安堵の色が渡り、すぐに新たな戦へ向かう顔に変わった。
●ねおちる?
「さあ卓也さん、前を向くお時間です」
レーニの言葉にいつの間にかひよこを抱いていたビルシャナ――卓也はびくりと顔を上げた。
「く、くるな……」
それは悪戯が見つかった子供の様で震えながらひよこを撫でている。その様子にオペレッタは瞬きをするとそっと前へと進んだ。
「ねおちてええんやで……もふもふ……」
「はい、もふもふです。ですが、それでは、もうゲームはなさらないのですか?」
言葉は音であり、誰かの心をノックする事だ。オペレッタはその音をそっと卓也へと零し始める。
「おもいだしてください。ご友人との、『楽しい』時間を。ねおちええんやで、のままでは、同じことをくりかえします」
「ああ、羽毛の気持ちよさに溺れているだけじゃ、眠気に負けたときの君のままだ。いまの君が本当に求めているのは、また友達と一緒にゲームをすることじゃないのかい」
新しい音をファルケが加えると、卓也の瞳が戸惑う様に瞬いた。その姿に今度は考えていた晴香が口を開く。
「寝落ちしちゃった日、どんな生活してました? ……不規則な生活してなかった?」
その言葉にぴゃっとビルシャナの長耳が跳ねた所を見ると、どうやら心当たりがある様だ。そんな彼にオペレッタぴょこりと指を立てた。
「たとえば、遊ぶ時間を決める、はいかがでしょう。体調や明日の予定におうじて、すこし早めに終了するもたいせつです」
「そうそう、思い当たる節があるなら、そういう日は夜更かししない。それだけでも、寝落ちはかなり克服できますよ!」
続いた晴香のアドバイスに卓也はもじもじと胸のひよこを弄り、『でも』と逃げる言葉を零し始める。そんな姿になる理由を睡は少しだけ理解していた。
生理現象としての眠気と、特に今からの春の陽気では戦う者も多いだろう。先に倒れたディークスも考えていた目を覚ます努力と手段も一緒に挙げた睡は、最後に悩みながらも大事な事を付け加えた。
「……楽しいのは分かるけど、ずるずるやってまた寝落ち、なんて事になったら友達も心配するんじゃないか?」
「そうね……楽しい時間ほど早く過ぎるもの。でも、楽しいからこそ自制はすべきでもあるのだわ」
没頭する気持ちも理解できる。だからこそ後悔するならそうならない様にと努力する。続けたアリスは卓也の瞳に少しずつ黒い人間の瞳が戻ってきている事に気が付いた。けれどもまだ何かが足りない。
その中へ双吉はぽんと調子の外れた、だが小気味よい音を投げていく。
「挨拶のようなコミュニケーションを大切にすることは、良き仲間を作ることに大切だ。イイ仲間がいるからこそゲームはもっと楽しくなるんだぜ!」
「あ、あいさつ?」
「ああ、そのためにも俺の仲間の挙げた寝落ち対策、やってみてくれや!」
言って笑った双吉に卓也が面食らった様だが、すぐにレーニの言葉が彼の心を引き寄せた。それは丁寧な優しい言葉で。
「お友達、失礼だとか怒ってないと思うよ、むしろ心配してると思うなぁ……」
パソコンが壊れちゃったのか、具合が悪くなっちゃったのか。
画面の向こうでは卓也がどうしているのか友達にはわからない。それならひよこに許されても共には届かないだろう。
「だから、ごめんねして、安心させてあげて、また一緒に遊ぼうよ」
「そうそう。寝落ちした自分から一歩前に進まなきゃ」
きっと相手もこのまま別れるより、また一緒に遊びたいって思っている――ファルケの言葉を掴んだアリスは戸惑う少年の目を覗いた。
「仲間と共に楽しみたいと思う気持ちがあるのでしょう。そして自らの行いを悔いる気持ちもあるのでしょう。それなら、きちんと向き合いなさい」
それは最も必要な言葉だった。
ええんやでと許されて逃げるのではなく、きちんと向き合うからこそ人は成長して生きていける。確かに後悔した事に赦されない不安もあるが、言葉にしなければ、伝えなければ赦される事も無いのだ。
本当に必要だったのは踏み出す勇気だから。
●ええんやで。
「ぼくは」
『ええんやで、でも、最後までしよな』
言葉が聞こえた時、炎が舞った。
尾を猛る焔が卓也の周りを焼いていく。炎が舐めるのは卓也の理性だ。その奥に涙を流す子供の姿を見た気がして、ケルベロス達の顔に緊張が走った。
明らかに拒否を見せた者を、一時でも従わせようとするその無慈悲さ。この世は『衆合無』に至るまでの暇――そう告げていたビルシャナ達が起こす菩薩累乗会をこれ以上拡大させる訳にはいかない。
戦場を駆けた双吉の美貌の呪いが再び襲い来る怪鳥の動きを鈍らせると、その肩口にファルケの眼光が向けられた。
「3つ同時に火を吹くぜ!」
聞こえた銃声はひとつ、されどその死弾は三つ――その音を追う様にアリスが焔と共に怪鳥の腹へと蹴撃を叩き込む。崩れた身を掬う様に滑り込んだのは伝説の後継者である晴香だった。
女の腕が巨躯を掴み、鍛え上げた四肢の暴力が高らかに怪鳥を持ち上げる。誰もが息を飲んだ次の瞬間、凄まじい轟音と共にその体が大地へ沈んでいく。その姿を視界端へ収めたディークスは倒れたままで小さく笑った。
「『龍投げの稲垣』……か」
そう、これこそが『プロレスラー』稲垣晴香必殺のフィニッシュホールド――レーニの歓声が響いた瞬間、怪鳥の姿が幾枚の羽となって散っていく。後に現れたのはひとりの少年だった。
睡がその身を抱き止め、オペレッタが癒しの術を施そうとした所で、ひょっこりひよこが現れた。誰もが驚く間にひよこは素早く卓也のほっぺにむちゅっと擦り寄り光の泡となって消えていく。
それはケルベロス達に『倒しても気にせんでもええんやで』と言っている様で。
「ちょっと、変な鳥でしたね」
レーニの言葉の後で穏やかな呼吸を始めた卓也を望み、ケルベロス達はようやく安堵の息を吐く。
少し不器用だけれど勇気はちゃんと宿った様だった。
作者:深水つぐら |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年3月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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