●青きあやまちの非
「最初はこれがそれだって気づかなかったんだ。ほんとうなんだ」
少年はひとり煩悶していた。手に布切れ一枚を握り締めながら。
「だってこんなにふわふわでツルツルで……うわあ……」
ぱんつである。女物である。当然、少年のものではない。
少年のものではなかったそれを少年は少年のものとした。
「ねーちゃんごめん、俺サイアクだ……。でもでもまさかねーちゃんがこんなどすけべな――うあああああ……」
ホンのちょっとした偶然は衝動を呼び出来心を産み――気がつけば少年は自分の勉強部屋でぱんつ一枚を握り締めていた。
今の彼は婦人用下着一枚を持ち去った下着泥棒である。
とはいえ、身内が相手。こっそり元有った場所に戻しておくなりまぎれこんだとか何とか口実つけて堂々と返すなり、どうとでもリカバリーしようがあったはずである。
が、ふたたびこのどすけべなぱんつを部屋の外へと持ち出した瞬間を姉や両親に見られでもしたら……と悪い妄想が旺盛に働いてしまう少年にはそのどれもが実行出来なかった。
気がつけば少年の勉強部屋には少年のものではないぱんつが隠匿されてもう1週間近くが経っていた。
「ねーちゃんごめん……ねーちゃんごめん……だってこんなどすけべなぱんついったいどんな顔して返せばいいんだ……こんな……だいじなところがスケスケすぎるだろうがっ!」
罪悪感からの自責。それがもたらすどうしようもない苦悶を、少年がねーちゃんのぱんつへとぶつけた、その瞬間。
――ええんやで。
この世のものとも思えぬ神々しくもまばゆい光明が、少年とねーちゃんのぱんつを照らし満たし包むこむ。
『恵縁耶悌菩薩は「ええんやで」とおっしゃいました。「ええんやで」とわたくし『デラックスひよこ明王』を遣わしました。あなたの罪は許されたのです』
「え!? ……ゆるされる? 俺が??」
顕れたのはひよこだった。ひよこまみれの大ひよこである。
――ええんやで。ねーちゃんのタンスからどすけべぱんつを盗んでも。
――ええんやで。盗んだねーちゃんのどすけべぱんつ心ゆくまで頬ずりしても。
大ひよこが紡ぐその一語一句には大いなる光の加護が満ち、それを耳にした少年はまたたく間に驚きも恐れも疑問もかなぐり捨ててその救済へと取り縋った。
「……そっかあ……俺このどすけべなぱんつをどうしても欲しかったんだ……。ええんやで。あったかいことばだなあ……」
感激の涙を流して聞き入っていた少年はいつしかその身をひよこへと転じさせる。
『ぱんつの罪は今ここにゆるされたっぴよ! ふわふわバンザイっぴよーーーーーー!』
ビルシャナ化である。
『おめでとうございます……ですがおそらくすぐにケルベロスがやってくるでしょう。ケルベロス達はあなたの罪を力尽くで償わせようと襲い掛かってきます。だからあなたは戦わねばなりません。勿論わたくしもともに戦いましょう。ですから……』
――ええんやで。盗んだねーちゃんのどすけべぱんつと光あふるる恵縁耶悌菩薩の羽毛を同カテゴリーにくくって心ゆくまですりすりくんかくんかしても。
「いいんだっ!? ……コホン。失礼しました」
『もちろん、ええんやで。自愛菩薩の力により新たに配下としたこの螺旋忍軍の者もあなたを守りに駆けつけた味方です。さあ雛鳥よ、その心を罪から完全に解き放ち、恵縁耶悌菩薩の羽毛に抱かれましょう』
「そういう訳ではぐれっ子だいすき我が『幻花衆』からも貴方を全面的に支援させていただきます。さあ、存分に恵縁耶悌菩薩の羽毛に身も心も抱かれちゃってください、さあさあ」
●ぱんつで地球ぴんちの日
「ビルシャナたちの恐ろしい企みが遂行されようとしてるっす」
黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)が告げた、ビルシャナによる謎の大規模作戦の名は『菩薩累乗会』。
強力な菩薩を次々に地上に出現させ、その力を利用して更に強大な菩薩を出現させ続け、最終的には地球全てを菩薩の力で制圧するという壮大なものだ。
「残念ながら『菩薩累乗会』そのものを止める手段は判明してないっす。悔しいっすけど、自分たちに今できるのは、出現する菩薩が力を得てゆくのを阻んで『菩薩累乗会』の進行を食い止めてゆくことだけっす……!」
無念そうにそう告げたオラトリオのヘリオライダーは新たに活動が確認された菩薩の予知について語り始める。
「『恵縁耶悌菩薩』とか名乗る菩薩っす。罪の意識を持つ人間に狙いを定め、自らの羽毛の力で罪の意識を消し去るのと引き換えにその人間の存在そのものを自らに取り込んでしまうというとんでもないもふもふビルシャナっす」
その『恵縁耶悌菩薩』が配下である『デラックスひよこ明王』を使って深い罪悪感に囚われ苦しんでいる人々をどんどんとビルシャナ化させていってしまうというのだ。
ビルシャナ化させられた一般人は導き手である『デラックスひよこ明王』とともに自宅に留まり続けたまま羽毛に抱かれ、罪の意識からひたすら逃れようとしてしまうのだ。
「このままだと遠からず彼らは皆、羽毛に魅了されて完全に『恵縁耶悌菩薩』の一部とされてしまうっす。それは人間としての死っすけどそんな理屈通じない相手っす。そんなことにはさせない為にケルベロスの皆さんへ出動お願いするっす!」
燃えるダンテは次いでケルベロス達が今回戦うべき相手についての説明に映る。
まずは2体のビルシャナ。無数のひよこを駆使して戦う大ひよこビルシャナ『デラックスひよこ明王』と元男子中学生のひよっこビルシャナである。
それらに加え更にビルシャナ達を護衛中の螺旋忍軍1体とも交戦せねばならないらしい。
「3体の中では圧倒的に『デラックスひよこ明王』が実力者っすね。クラッシャー型でガンガンくるっす。ビルシャナ化した男子中学生もなりたてのデウスエクスとは思えないぐらいの戦闘力を既に得ていて油断ならないっす。こっちも『明王』の横にくっついてクラッシャーっす。螺旋忍軍は護衛役に徹してのディフェンダーみたいっすね」
何と言う前のめりの全前衛スタイル。
ちなみに螺旋忍軍は『幻花衆』所属の下級戦闘員の女性で、『恵縁耶悌菩薩』ではなく『自愛菩薩』と協力関係にある勢力らしい。
彼女の戦闘能力はさほど高くは無いが任務遂行第一でビルシャナ2体が先に倒れた時点で撤退を開始する。
「菩薩の力を削ぐ為に最低限どちらかのビルシャナだけでも撃破してきて欲しいっす。倒しやすいのはひよっこビルシャナの方っすけど……」
最も容易い作戦方針はひよっこビルシャナを討つことだろう。ひよっこビルシャナの菩薩一体化が阻止された時点で『デラックスひよこ明王』は撤退を開始する。
先に倒したビルシャナが『デラックスひよこ明王』であった場合はビルシャナ化した元男子中学生を救出できる可能性も生まれるが――それを実現にまでこぎつけるには一度は撃破せねばならず、激闘のさなか適切な説得や励ましの言葉なども掛け続ける必要がある。
さまざまな意味で難戦化は必至となる事だろう。
「罪悪感に囚われ過ぎるのは確かに良くないことっすが、罪を罪と感じる心は失くしてはならないものだと自分思うっす」
ひとたび犯してしまった罪を正しく償いそれ以上の過ちを重ねないようしたいと願う良心持つ故にこそ、人は苦しむのだ。
安易な救済で苦しみから眼を逸らせばその良心すらも失われてしまう。
――それがぱんつ泥棒だったとしても。
「どう闘うかは……実際に血を流して戦ってくるケルベロスの皆さんにおまかせするっす。ご武運をっす!」
参加者 | |
---|---|
ニケ・セン(六花ノ空・e02547) |
浦葉・響花(未完の歌姫・e03196) |
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755) |
海野・元隆(一発屋・e04312) |
ティユ・キューブ(虹星・e21021) |
草薙・ひかり(闇を切り裂く伝説の光・e34295) |
空野・紀美(ソラノキミ・e35685) |
カテリーナ・ニクソン(忍んでない暴風忍者・e37272) |
●
「変にタイミング逃すと困る感じは分かる気するけれども……またえらい方に流れてしまったものだね」
「まったく下着の一つや二つでこんな騒ぎになるとはな。ある意味凄い力だが……駄目だろ中身がないと、え、そうじゃないってか?」
揃いの虹色真珠を纏うボクスドラゴン相手に思わずといった様子で漏れたティユ・キューブ(虹星・e21021)の呟き。彼女とほぼ同様の感想を抱いた海野・元隆(一発屋・e04312)だったがその着地点たる結論は飄ととぼけた大人の男のものである 。
「まずディフェンダーだけで先に突入すべきね。敵の気をひいてもらうわ」
勉強小屋の様子を遠目に窺いつつ、敵の待伏せを警戒した浦葉・響花(未完の歌姫・e03196)が指示を飛ばす。
通常であれば戦力の小出しは相応の危険を伴うが、今回の『盾』はティユとそのサーヴァントのぺルル、カテリーナ・ニクソン(忍んでない暴風忍者・e37272)、そしてニケ・セン(六花ノ空・e02547)のサーヴァントのミミックと、敵の全前衛布陣を意識してかやや厚めに割かれていた。
「ストップ・ザ・ぱんつ事変でござる!」
名刀まんぷく丸を抜き放ったカテリーナはひらりスカートの裾を翻しプレハブ小屋の簡素なドアから突入を開始した。ほぼ同時に入室したティユも素早く敵に合わせた布陣を仲間へ差配する。
――もこもこもこもふっ! ぴよっ! ……ザシュシュッ! ケルベロスへ襲い掛かった攻撃音のそれっぽさと威力は見事な反比例だった。
『外のケルベロスはそのまま帰ってくれてもええんやで』
『このままふわふわと一つになれるなら後はどうでもいいっぴよ』
「お見通しってわけね……いえ、お見通しかいな!」
響花の合図と共に全ての役者が舞台上へと集う。
「よくはない、よくはないよ……!」
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)の反論はビルシャナ達の先の台詞に対してであると同時、少年の現状全てに対して発した言葉でもあった。
「……まぁ、この見た目で『許して』もらえたら……コロッといっちゃうかも、だよねぇ……でも!」
もこもこと無数のひよこに包まれるつぶらな瞳の巨大ひよこを前にはさしもの草薙・ひかり(闇を切り裂く伝説の光・e34295)も危ういが、菩薩の加護下にあるこの明王が戦場に健在な限りケルベロスの声は『少年』に決して届かない……それは承知の上、呼びかけながら闘うとひかりは決めていた。
前のめりには前のめりと言わんばかり7名を前衛列へ連ねる布陣を機能させるには中後衛の働きこそが重要となる。
煌めく泡の羽ばたきと共にぺルルからの護りを受けたティユは、元隆と空野・紀美(ソラノキミ・e35685)を『極星一至(ポラリスサーチ)』の輝きへと包む。
「わぁっティユさんのお星さまもキレイっ。よーし、みーんな回復はおまかせ! だよっ」
唯一のメディックとして紀美が星座の守護を与えたのは味方前衛。列減退に人数減衰を重ねて取りこぼしがちな守りはカテリーナの分身術が補った。
「……寂寞敷きて氷り花、悔恨滲みて冱てる霧、心は永劫充たされる事無く――『寂寥の凍咬(トロウア・カルト)』」
足止めの重力宿す飛び蹴りを幻花衆へと決めた元隆に続きアリシスフェイルが殲滅の魔女の一節を諳んじて氷結の風景を齎す。
一方最大戦力たるデラックスひよこ明王に自由を許したままでは苦しいと考えたニケは、聳え立つひよこの塊に肉薄しグラビティ中和弾を撃ち込んだ。
ひよこの一角がぽろぽろと毀れ落ちる。
「……一番の命中率のこれでギリギリか」
この立ち位置でこのまま攻撃を繰り返しても効果はどれ程かとの危惧を覚えたニケだったが牽制役として明王の注意を引く事には成功したらしい。ひよこ山から再び紅蓮の炎が立ち昇り炎弾と化したひよこが飛来する。
サーヴァントのブロックが間に合うもそのダメージは盾役の守備力を以ってしても大きい。ミミック自体の防御相性は合致していたが対遠距離特化のニケを庇いながらではその性能を発揮し切れない様である。
しかしひよこに埋もれる桐箱という図は緊迫感が薄れる点どうしても否めない。
「おおっと、動くなでござるよ? 動いたら……春のぱんちら祭写真集とな」
「えっ!?」
カテリーナの忍法虚仮威しの術の前にばっちりと足止めを喰らう螺旋忍軍。
一方で小ひよこへの見えそで見えない悩殺アクションは全くの不発である。
「うーん、お姉さんがどんな人かは分からないけど……真面目とかおしとやかとかとにかく普段から近くで接してきた弟の眼から見ても派手な下着類なんて穿かなそうな娘だったからこそ彼には衝撃だったんじゃないかな?」
ぱんちらアクション中のカテリーナに対して、ニケはド沈着冷静な顔で己の分析を語る。
「ギャップ萌えでござるか! 初対面からぱんちらだった拙者では単に普段からそういうおなごという認識しか生まれず逆効果!?」
「そもそも明王倒す迄は効果も逆効果もないからねー」
『ぱんちらサービスは無意味な位が丁度ええんやで』
「ちなみに和服を着る際には下着はつけないってこともあるらしいが……」
他ならぬ明王から掛けられた武士の情けに思わずカテリーナが沁み入りそうになっている脇から元隆の新たなチャチャ、もとい衝撃の追加情報。
「幻花衆ああみえて総ノーパン軍団でござるか!? ギャップ萌えも既に先取りされていたでござるかっ!」
「は、穿いとるわっっっ…………コホン。御想像にお任せ致しましょうフフ」
『自由に想像してええんやで』
主にええんやで相槌の所為でうっかり陣営超えてのぱんつ談義に花咲かせてるかに錯覚してしまいそうだが――ミミックとぺルルが脱落し幻花衆も【氷】【トラウマ】に体力を吸われ集中攻撃に晒される中でのドレイン頼みで既に虫の息という壮絶なディフェンダーの削り合いがそこでは繰り広げられていた。
「穿くとか穿かないとか人の趣味にとやかく言う気は無い、っていうか」
すごくどうでもいい――そんな真っ直ぐな正論と瞬く極星の輝きを溢しながら蹴り込まれたアリシスフェイルの一撃が、まずは、螺旋忍軍の命とノーパン談義に終止符を打ち込むのだった。
●
ケルベロスは速やかに撃破目標を明王へと移す。【武器封じ】と【氷】が1つずつ付与済だが格上頑健型の高HPと纏うもふもふを膨らませるたび跳ね上がる攻撃力の前には焼け石に水であった。
無傷の小ひよことほぼ無傷にも等しい明王は共にその連携の矛先をニケへと集めてゆく。
「くっ、無念でござる……」
ティユと共に庇い続けヒールを続けたカテリーナが次に力尽きた。盾役の堅さ故、休息さえ取れば完治可能な傷だったがこれ以上の戦闘継続は無理だった。
――全てを倒し救うべきを救う、その為に選択された最も困難な闘い。
各人が抱える少年に対する想いや言葉が例えどれ程少年の心揺り動かす力有ろうともこの過酷な戦場で最後まで立ち続けなければそれを届かせる事叶わないのだ。
「拙者の代わりにせめてなりと伝えて欲しいでござる、『お主の姉上のはずかしいお股スケスケぱんつが大河ドラマで公開処刑』と……」
「ごめん無理」
「もふもふバリアーっ! 消火活動もおまかせっ♪」
ストロベリーブラウンの髪がふわふわと跳ね、キラキラと指先でキラめく牡羊座ネイルが幾たびも仲間を包みこんで癒す。
紀美やティユが回復にほぼ掛かりきりとなってなお即全快とはいかないビルシャナの猛攻。既に脱落したカテリーナを除けば、他ケルベロスのヒールは全て自単と遠列型のみ。前衛列における大幅な減衰こそ既に解けてはいるが、それでも、単回復手段の無い者が近接から集中攻撃を浴びれば極めてフォローが難しい状態にあった。
「ええんやで、っていい言葉だよね。こう、なんというか脱力系で……でも彼をそちら側へは行かせないよ」
押し寄せるぴよぴよの波の前に一度は膝をついたニケだったが気力のみで圧し掛かるひよこ達を払いのけ立ち上がった。だが。
『ええんやでっぴよ!』
間髪入れず叩きこまれたのは、小ひよこなビルシャナが振り下ろした、達人の域にまで研ぎ澄まされた斬撃。
「その心の苦しみがなくなるのは、お姉さんに返して、そして、ごめんなさい、って言ってからじゃないかな」
そう伝え終える前に――ニケの意識は完全にそこで途切れた。
釦を掛け違えたかの様な各所のズレは想定以上の被害を呼んだが不退転で臨むケルベロス達は懸命に戦況を立て直した。
中後列を主軸に据えたBS攻勢で明王の回避力はみるみると下がり、一方で、ケルベロス側はティユが振り撒く星の助けを受けてその命中率を増してゆく。
「プロレスラーのタフネス、魅せてあげる!」
一閃、魂ごと抉り取るかのようなラリアートがひかりから明王のネックへと炸裂する。
「飛んでいけ、星の彼方まで」
ひときわ虹彩まばゆく。彗星の如きティユの一撃が、明王の爆発力をもこもこと健気に支え続けた無数のひよこ達を一瞬で掬い取ってゆく。
自回復に専念しそれすらたびたび状態異常の前に阻まれる明王苦戦の姿に、依然、無傷のままのひよっこビルシャナは逃走を促した。
『菩薩累乗会の為とあらば……雛鳥よ、大いなる羽毛の先で待っていますよ』
しかしケルベロスがむざむざそれを許す筈がなかった。
「させないわ! ひよっこ倒して大ひよこ逃すなんて絶対したくないもの!」
アリシスフェイルが立ち塞がり、白銀蝶の片刃と片刃とを交えるが如くに大きく振るう。
神速の刀技を皮切りにケルベロス達の波状攻撃が一斉にひよこ明王へと追い縋り、遂に、丸いその背中を大きく揺るがせるに到る。
「見えたか? 決して菩薩とやらのもとなんかじゃない、お前の還るべきところが……」
明王と呼ばれた満身創痍のビルシャナはそのまま元隆の秘儀が開いた『理想郷』への道に魅入られ、その魂ごと、二度とは戻れぬ彼岸へ夢見るように吸いこまれたのだった。
●
『明王の分もきっと羽毛に包まれてみせるっぴよ!』
小ひよこなビルシャナは頑健敏捷理力揃えた威力に物を言わせ、あくまでも羽毛と一体となる為の闘争を続ける姿勢を崩さない。
「よーやくだね、こーんにちはっ! ねね、お名前教えてくれないかなぁ」
『名前? ……『俺』は……、恵縁耶悌菩薩の羽毛となるべき全にして個っぴよ!』
とはいえ菩薩の影響力が弱まった所為か、紀美からの不意の問いかけ一つにすら揺らぎの兆しを覗かせ始める。
「だめだってわかっててもやっちゃうことってあるよねぇ。好奇心のほうが勝っちゃうの」
しかもそれがすけすけパンツ……それは気になるよねぇと想像だけでドギマギと紀美の頬は赤らんでしまう。
「例えばお姉さんの洗濯物に混ぜるとか人知れず返す方法もあった筈よね? それを考えもしなかったならそれはやっぱり悪い事だよ」
紀美が飴ならひかりは鞭。悪意が欠片も存在しなかったとは到底思えないと年上の女目線からぴしゃりと少年を咎めた。
「うんうん、それがだめなことならちゃあんとあとでごめんなさいするよ? 悪いことしたなぁって思ってるんでしょ?」
『何であんたが俺の代弁役みたいになってんだよっ!』
ねーちゃんはどうだろう――こうやって笑って許してくれたり叱ってくれたりするのか。それとも……。攻撃の手は止まないが小ひよこの語尾から『ぴよ』は消えていた。
「本当に辛かったやろがだからと言って自分の罪を勝手に正当化したらあかん。そのパンツを見てみい、持ち主の所に帰れなくて泣いてるで! 君の姉ちゃんだって今も泣きながら無くなったパンツ探してるかも知れへん。大切な人泣かせてええのか」
ワイがその罪一緒に背負ってやるから謝りに行こうと真正面から響花が訴える。
「そうだぞお前、せめて好きになった女のものをちゃんと同意の上でどうにかしろよ。別に姉ちゃんが恋愛の意味で好きって訳じゃないんだろ? あと何で関西弁!?」
元隆はちょいダメな大人の男代表としての説教を垂れた後、ついでとばかり、ずっと気になっていた響花の口調について遂に突っ込んだ。
「関西弁でビルシャナ化した人は関西弁で人に戻すのがスジかなって」
『そんな理由!?』
「ちょっと待って! その下着みたいに女の子に秘密があるように男の子にだって秘密があったって全然いいと思うの!」
ハイハイと挙手して割り込んだアリシスフェイルは横道に逸れかかった説得を軌道修正、どころか更にややこしい舵を切り始めた。
「男の子がどすけべとか好きなのはしかたないって親戚の兄も言ってたし全然良いと思うの。でも人のもの盗るのはヨクナイ、だからこっそり返そう?」
「えっちなのはしかたないは同感だけどぉ、ごめんなさいはちゃんとしないとっ」
アリシスさんといえどそこは譲れないと紀美がやんわり反論し響花も支持したがアリシスとて退かない。
「だって……顔に出さず何てことなく想いは秘めておいた方がイケメン、じゃない?」
「はぅっ!?」
『ちょっ、何でそこケルベロスがケルベロスの説得してんだよ!?』
「あのね、女の人は皆大人になれば『そうなる』んだよ。それを知ってあなたも『大人』になったら、反省して胸の中にしまって欲しいな」
全く別の切り口ながらひかりもこっそり派参戦らしい。
『……あの、もっとこう意見統一とか、さ……?』
周囲の剣幕に圧されすっかりツッコミ役と化した小ひよこ。
だがああでもないこうでもないと様々な意見や提案飛び交う様子にあの長くあっという間だった苦悶の1週間が甦った。
ケルベロスが各々掛けた言葉は、全て、それ唯一つだけだったならどれもがどこかを掠めつつも何かが足りていない。そんなものばかりだった。
それでも、だからこそ――様々な種類の『本気』が思考の袋小路でもがき苦しむ少年へと寄り添い、不器用だが懸命にその心を包みこんでゆく。
もはや小ひよことケルベロスの間から剣戟の音はすっかりと消え失せていた。
ティユの周りの『星』も沈黙し、深い宙色の双眸だけが、今は穏やかに瞬く。
「君が本当に悪くない、疚しくないと心から思える為なら、それがどんな選択でもフォローするつもりだけど、それは決して得体の知れない羽毛で解決できるもんじゃ無い。何より――ぱんつなんかよりも君がひよこになる方がぜったいに、お姉さんや家族は、困る」
「『ええんやで』――じゃない、そんなの……嫌だっ!!」
いまだ姿かたちだけはビルシャナたる大っきな雛鳥。だが涙声で震えたその叫びは確かに『少年』が定命の人たる己を取り戻した何よりの証。
今こそ菩薩の力から『少年』を解き放つ為、全力のグラビティを、叩き込む時――!
かくて見事3体のデウスエクスは討ち滅ぼし1人の地球人を取り戻したケルベロス一行は少年の目覚めを待ち侘びながらプレハブ小屋で修復ヒールに励むのだった。
作者:銀條彦 |
重傷:ニケ・セン(六花ノ空・e02547) 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年3月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 2
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