祖父は自分が生まれる半年ほど前に亡くなったのだと、アキは父母から聞いていた。それ以来、祖父の書斎の鍵は祖母が管理していると。祖母以外の誰もその部屋に立ち入らなくなって、もうすぐ九年になる。
普段離れに住む祖母はアキにとっては優しい女性だが、書斎にだけは決して入れてくれなかった。『あの部屋は思い出をしまっておく場所。遊べないのよ』と言って、彼女はその鍵を自室の宝石箱に大切にしまっていた。
祖父の事を話す時だけ、祖母は少女のような──アキの知らない顔になる。その時ばかりは、父母が多忙ゆえに祖母と二人だけで過ごす事の多いアキは、独りにされてしまう。
そんな寂しさと、それからほんの少し、自分だけの大切な宝物を持つ祖母を羨む気持ちが彼を唆した。祖母が家事をする為に自室を空けた僅かの間に、アキは祖母の鍵を盗んでしまった。
古びた鍵はそれでも丁寧に磨かれ静かな輝きを放っており、幼い彼にはまさに宝物。
だが、それに心が躍ったのは最初だけ。
鍵を失くした事に気付きひどく嘆く祖母を見て、すぐに後悔した。心を乱し体調までも崩してしまった彼女の様に父母は、互いの為だとアキが祖母を訪ねる事を禁じた。それゆえに、未だ彼は鍵を返せないまま、己をひどく責めていた。
その彼の前に、ビルシャナが現れた。
「あなたはご自身を責めているようですが。恵縁耶悌菩薩は『ええんやで』と仰いました。あなたの罪は許されたのです」
そのビルシャナが発した言葉には菩薩の力が宿り、少年は魅入られたように顔を上げる。
「さあ、心を罪から解放し、恵縁耶悌菩薩の羽毛に抱かれましょう。ふわふわでとても気持ちが良いですよ」
「そっか……そうなんだね。ふわふわ、良いなあ」
うっとりと呟いた少年は、ふわふわの羽毛を纏ったビルシャナに姿を変えていた。
「──ただ、ケルベロス達の襲撃が予測されます。彼らは君の罪を責めに来る敵、共に戦いましょう」
「うん……!」
「また、自愛菩薩の力により新たに得られた協力者も居ます。彼女も君を護ってくれるでしょう」
そう説くビルシャナの傍に、螺旋忍軍の女性が現れる。自身の羽毛を撫で出した少年は、そうしながらも真面目に頷いた。
「うん、ありがとう。僕頑張るよ!」
「──ビルシャナとなった少年はその後、羽毛のふわふわもふもふとした気持ち良さだけを求め続けた結果、『恵縁耶悌菩薩』に取り込まれてしまうようです」
イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)は顔を曇らせそう告げた。
今回の件もビルシャナ達の作戦『菩薩累乗会』の一環だ。今動いている恵縁耶悌菩薩は、罪の意識を持つ人間の元へ配下の『デラックスひよこ明王』を送り込み、狙った人々を自責の念から解放し彼らを取り込んでしまうのだという。
「件の少年もまた、自身を導いた明王と……協力関係にある螺旋忍軍と共に、自宅に留まっているそうです。このまま彼を羽毛に魅了させておく事は危険ですので、皆さんの力で阻止して頂きたいのです」
目的地は少年の自室。離れには祖母が臥せっているが、少年が居る母屋の方は家族は留守らしく、扉からでも窓からでも、侵入は容易いだろう。
待ち受ける敵は、ビルシャナと化した少年と、デラックスひよこ明王、それから螺旋忍軍『幻花衆』。ケルベロス達が現場に入れば、少年の羽毛もふもふを邪魔しに来た者とみなし襲いかかって来る。三体を纏めて相手にせねばならないが、幻花衆はそこまで強力な相手では無いらしく、他二体を護りながら戦う彼女を排除するのにそう時間は要らぬだろう。また、護るべきビルシャナ達が先に戦線を離脱する事となった場合、彼女は撤退するという。
ビルシャナ化した少年を真っ先に倒した──殺害した場合、デラックスひよこ明王も撤退するようだ。ヘリオライダーが依頼する『阻止』を目指すのであればこれで十分ではあるが、今後の事も考えてより良い結果を、と願うのであればそれでは不足となる。
「デラックスひよこ明王を先に倒すか、撤退させる事が出来れば、菩薩の影響が薄れ、少年が正気に戻る事も出来るようになるでしょう。その為には皆さんからの言葉が必要になるでしょうが……皆さんならば大丈夫だと思います」
そう、イマジネイターは微笑んだ。少年が抱える事情を慮り励ましたり諭したりしてやって欲しいと。
「万一皆さんが苦境に追い込まれ撤退せざるを得なくなった時でも敵は追撃して来ないでしょうが、彼らを放置する事になり、ビルシャナ達の力を強める事に繋がってしまいます。全てを解決するのは難しい事だとは思いますが……どうか、お願いします」
そう、彼女は頭を下げた。
参加者 | |
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水守・蒼月(四ツ辻ノ黒猫・e00393) |
八王子・東西南北(ヒキコモゴミニート・e00658) |
ナディア・ノヴァ(わすれなぐさ・e00787) |
赤星・緋色(小学生ご当地ヒーロー・e03584) |
ジュリアス・カールスバーグ(山葵の心の牧羊剣士・e15205) |
藍染・夜(蒼風聲・e20064) |
ヴィルベル・ルイーネ(綴りて候・e21840) |
ウーリ・ヴァーツェル(アフターライト・e25074) |
●
ぼわんと揺れる音を伴い、ジュリアス・カールスバーグ(山葵の心の牧羊剣士・e15205)がアキの部屋の戸を叩いた。
「ごめんくださーい、ここに不法侵入忍者と宗教勧誘鳥が居座ってると聞いて伺ったのですがー」
因みに玄関で一回同じ事をしている。だがその時は応答が無かったので。靴は脱いである、問題ない。
だがやはり返事は無い。扉越しに浮き足立った気配はした。ならばもう押し入るしか無い。迎撃準備を調えられても困る。盾役を担う八王子・東西南北(ヒキコモゴミニート・e00658)の陰から手を伸ばした赤星・緋色(小学生ご当地ヒーロー・e03584)が扉を勢い良く開けた。正確には襖を。
「ふははははー。居たね、螺旋忍軍とビルシャナ! その子は返して貰うよ」
「やはり来ましたねケルベロス。無断で入って来たのはあなた方もでしょうに」
「て、敵なんだね……! 出て行ってっ」
先制した緋色の声に即座に応じたのは明王。怯えながらも果敢に武器を構える小さな姿はアキのもの。彼らの発言内容にケルベロス達は反駁を試みるが、
「──参ります」
それが音となるより先に、前へ出た幻花衆が術雷を放った。直後に飛来したひよこはウーリ・ヴァーツェル(アフターライト・e25074)が受け止める。雷の痛みを堪える体に撃ち込まれた衝撃に、一瞬呼吸が出来なくなる。
「ガードしたつもりやのに突き抜けて来た、気ぃつけて」
「うぇ、スナイパーっぽいね~」
ナディア・ノヴァ(わすれなぐさ・e00787)が明王を狙い距離を詰めんとすれば退く。その様に水守・蒼月(四ツ辻ノ黒猫・e00393)が顔をしかめた。
「上等だ」
逃げる先を潰すよう噴く溶岩をもかわす敵。追う足を止めてナディアは光線を撃つ。掠めた程度とも見えたが、ひよこの射撃精度を暫しの間抑えるには足りる。本格的にあれを相手取るのは後と、ケルベロス達は急ぎ幻花衆を排除すべく集中する。ヴィルベル・ルイーネ(綴りて候・e21840)が敵前衛である忍へ治癒を阻害する毒を撃ち。天の色を映す鎚を操り竜砲を放つ藍染・夜(蒼風聲・e20064)は、アキが明王よりも前へ出て来ている事に気が付いた。
「これは、なかなか」
どう出られても対応出来るよう各々備えているとはいえ、厄介であることには変わり無い。彼は皆へ注意を促した。詳細までもを看破する事は、見るだけでは叶わなかったものの、
「ジャマーですか。ヒール頼みますね」
少年の突き技を受けたジュリアスがその身で以て答えを見つけ、癒し手達へ依頼する。防具どころか毛並みにも穴を開けられ露出した肌は痛々しい。小金井の応援を受けつつ彼は長銃を忍へと向け自陣の被害を抑えに掛かる。
「全く、なんでこれと組もうと思ったんですかあなたは。そんなに人生辛いんですか」
今まさに痛くて辛かろうとかデウスエクスの寿命はだとか丸ごと承知で呆れ交じりに煽りつつ。とはいえ相手は仮にも忍、挑発に乗るほど軽い口では無いらしく応えは無い。彼は肩を竦め。
「よし、次~」
彼らは三分足らずで敵の盾役を排除した。残った回転の勢いゆえにアキの立ち位置二歩手前の床を鎚で叩き割る事で少年への被害を防ぎつつ急停止に成功したナディアの頭上に蒼月が砲撃を通す。戦力減を受け対応を試みた明王の行動よりも速いそれは、ジュリアスが紡いだ破呪の力を乗せたもの。
「私がやった分まだ残ってる? 足りないならもっかい行くかな」
「大丈夫です」
宙を蹴り明王へ星を飛ばした緋色は剣へ手を添えつつ前衛達へ問うた。初めに広げた星辰の加護は明王の攻撃を受けながらも未だ散らされきってはおらず、癒し手を手伝う東西南北が放つ治癒ゆえもあり補強も叶っていた。
「うん、その辺はこっちで見とくよありがと。あれ早めに駆除しちゃってくれる?」
盾役が庇えなかった場合の敵の攻撃は結構な脅威。友人へ手術を為しながらヴィルベルは、暑苦しいよねえ、とひよこの群れを見遣った。
「……敵じゃなければな~。あのもふもふ良いよねぇ」
「それは同感だな。敵でなければ私も抱いてみたかった」
多大な葛藤を経た様子で蒼月が零せば、砲撃の轟音を伴いナディアが頷く。衝撃にひよこの装甲が舞う。
「でも敵なんだよなぁ……せめて火つけて良い?」
「ちょっと待った。どこの思考をショートカットしたのか教えてくれない?」
ヴィルベルから掛かった制止が意外だったか蒼月はきょとんとした後、暫し考え。
「お腹空いた」
「チャレンジャーだね」
発掘された推定無意識の正体に、青年は感心した風小さく笑った。
「好奇心は止めないが、飛び火しない程度で頼む」
巫術の炎弾が敵を襲う。その火をくぐり飛んできたひよこを海色の裳裾でいなした夜は敵の近くに爆発を起こす。そうして間を置かずジュリアスが詰め寄った。
「ぼてくりこかしてやります。明王なら『ええんやで』とかぬかしてみなさい。『ぶつぞー』とか言われたら『どうぞー』くらい返しなさい。思い切りぶって差し上げますので」
『武装混剛』、長広舌の寸前に囁き彼は連撃を叩き込む。その全力攻撃は相当に痛い筈だが明王は呻きの合間にも返答を。
「いえ、私は石派ですので」
「いけませんねえ、簡単に割れてしまいますよ」
「恵縁耶悌菩薩は暴力を許しますが抵抗も認めます。そう容易くは熱っ」
「ちょっと長いかなー」
緋色がひよこを発火させ明王の台詞を遮る。他所では両頬叩かれ上等なんですけどねえ、などとジュリアスが呆れていた。
とはいえ余裕でいられるばかりでも無い。攻防の流れが途切れた一瞬、アキが広範囲を薙ぎ風刃を生む。応じてウーリはてつちゃんへ防御の指示を飛ばし。
「ほんま勝手やなあ。根本的な解決せんかったら罪悪感ってずうっと残り続けるんよ」
白い肌に幾本もの傷が走る。けれど彼女がそれを顧みる事は無い。それよりも、心に深く食い込み抜けない棘の方が余程痛いのだと、静かな怒りを乗せて吐き捨てる。
「そうだな、許す許さないなど、少なくとも貴様らが決めて良いものでは無い」
ナディアが同意を示す。アキの体を避けて、明王へと攻撃を届かせた。少年が『こう』ある以上、ケルベロス達はどうあっても明王を許せない──それすら驕りかもしれないと、夜は心を痛めたけれど。
それでも、背を向けるには未だ早過ぎるのだと、アキに聞かせてやらねばならない。彼の目を曇らせる呪いを解いてやらねばならない。ゆえにヴィルベルは今一度治癒を為し、手を下すべく往く者達の背を押した。態勢が整い礼を告げた東西南北が二刀を構え攻め手の援護に向かう。斬撃は空を渡り、獲物は捕らわれ苦痛に呻く。最早癒せど補えぬほどの負傷に苛まれる明王を、その後ケルベロス達は早々に葬り去った。
●
「『ごめんなさい』と言える勇気を失って『ええんやで』ではないですよ? それを堕落といいます」
武器を下ろしてアキへ向き直ったジュリアスが口を開いた。たじろぐ少年を見、東西南北が掠れた悲鳴に似た声を洩らす。
「待って、待って下さいジュリアスさん、正論が豪速球過ぎます」
せめて段階を、と青年は、自身が痛んだかのような顔で、少年を庇うよう腕を伸ばした。強く正しい言葉は受け取る側にも強さが無ければ正しくは届かない。アキは未だ武器を構えていたのだが、戸惑った様子で二人を見る。この一連により彼の戦意は既に挫かれつつあるようで、ゆえにジュリアスは一つ頷いた。
「では待たせて頂きましょうか」
適材適所と彼は退く。入れ替わりに、動けぬ少年へと一歩踏み出したのは緋色だった。
「最初に言いそびれちゃったけど、私達は君を責めたいわけじゃないんだよ」
声はそっと。きっとそれで十分届く。
「……ですが、聞かせて下さい。キミは、本当はどうしたいんですか」
東西南北の手は触れる手前に浮いたまま。彼が目を向けてもアキの表情は見えない。
暫し、沈黙。言葉で答える事は容易く無いとは、ケルベロス達も知っていた。だから蒼月はアキの傍、無理には視線を追わぬ位置へ。
「本当はさ。鍵、返したいんじゃないの?」
びくり、アキの体が竦むよう揺れた。握る指を失くしても手放し得なかった鍵──ビルシャナの影響が残るゆえに大きさを変えてしまっているそれを、包み抱く羽先が震える。
「許して貰いたいん、ひよこやなくておばあちゃんにやないの?」
大切なものを抱き締めるようなその姿を見てウーリ。立つ鳥の足がもぞり、逃げるで無く、ただ居心地悪い風、動く。彼が薄く口を開いて、けれど言葉は音になるより先に霧散した。
「君が許されたかったのも、苦しんでるのも解るよ。俺だって痛いのは嫌いだし」
だからヴィルベルがもう一歩、歩み寄る。言葉を終えて少しの後、その意味を理解してだろう、未だ上がりはしないけれど彷徨うよう揺らぐ少年の目に、押し込められていた罪悪感が滲み始めたのが見えた。
「罪から逃げても痛みは残る。赦されても罪は残る……辛かったろう」
その心に添うようにと、夜が静かに語りかける。
「けれど、君にとって本当に譲れないものは何だろう」
自分が目を背けた辛さと、今なお哀しんでいるであろう祖母。痛みの記憶はきっと、二人分だった筈だ。
「どちらも同じものですよ」
ジュリアスの口をついたのは端的に諭す声。乱れる心ゆえだろう、座り込んでしまったアキは最早敵とは呼べぬもの。見て取り彼は、未だ手に提げてはいた武器を、納めてしまう事にした。
「──鍵、持ってんのにまだ寂しいままやない?」
少年は寂しさを埋めたかった筈。なのに逢えなくなって、心はより隔てられて。彼が己の手で招いた結果を思えば、彼の心を映すように強張りきった手元を見れば、ウーリの胸もひどく痛んだ。見ていられないとばかり、ナディアは少年の傍に膝をつく。
「本当は解っているんだろう? 自分がしたい事も、すべき事も」
アキの本来のそれと、さほど大きさの変わらぬであろう彼女の手が少年の頬へ伸べられる。緊張を伝えては来たものの逃げはしなかった彼へとそっと触れ、顔を上げる事を促すよう、指は羽毛を撫でた。
「鍵持ったままずっと悩んで苦しんで、泣きたいくらい辛い気持ちにずっと耐えて来たんだよね」
幼い心はどうしようも無く痛んで、ゆえに明王の甘言に乗ってしまったのだろうと。理解を示す蒼月の黒い尾が少年の膝元に寄り添った。幼く円い目がそわり、例えるならば擽ったそうな、どこか落ち着かない色を瞬かせる。気付き、少年を案じていた東西南北は密かに緊張を緩めた──まだ、きっと、この子は大丈夫。想われている事に気付けるし、受け入れられる。
「おばあさんと過ごす時間こそがお前にとっての宝物だったんじゃないかと私は思うんだ」
ゆっくりと。ナディアの掌が少年の頬に触れて、包む。
「取り戻したいとは思わないか?」
『手に入れる』では無く。彼はもう、欲しいものを持っていた筈と。
「──おばあちゃんに謝りたいんだよね」
確かめるような緋色の声は、光を射すよう無邪気に澄んだ。
「『ごめんなさい』って言葉はね、魔法だよ」
いつの間にかアキのすぐ傍にしゃがんでいたヴィルベルが口を開く。黒衣を纏い魔書を抱えた姿はおとぎ話に出てくる魔法使いのよう。
「君のおばあちゃんも一緒に治せる素敵な魔法だ。君にも使える……いや、君にしか使えない」
祖母の為には、アキの言葉でなくては駄目なのだと。
「必要なのは君の勇気だ。……足りなければ俺達のを分けてあげる」
痛いのは嫌いだと青年は言った。それでも今この場に、アキと向かい合えるところまで、苦痛に耐えて彼らは辿り着いた。
それが叶った理由の一つは、独りでは無かったからだろう。未だ少し恐れる色を見せながらも彼らの顔が見える程度には俯くのをやめたアキの目には、己を思いやる者達の姿がきちんと映っていた。
「な、おばあちゃんの事、好きなんやろ?」
堪えるものがあるかのよう口元を指で押さえつつも、問い掛けるウーリの目は柔らかく細められた。
「おじいさんはもう思い出の中にしか居ません。ですが、あなたはまだ生きています」
アキから少し離れた位置に腰を下ろしていたジュリアスが少年の目を見る──視線は、交わった。
「だからこそ、あなたがしてあげなくてはなりませんよ」
まだ間に合うから、とケルベロス達は手を伸べる。祖母がしていた事も、少年が今からすべき事も、全ては生者だけの特権だから。
「うち、ヴィルが『ごめんなさい』言うん聞いた事あらへんねんけど」
待っている間に家の損傷を治しながら。友人を見上げてウーリは、アキには聞こえぬよう小声で、少年と向き合っている最中は押し込めていた言葉をようやく吐き出した。
「普段があれやし、ナディアとの説得力の差が激し過ぎん?」
「うん、我ながらよく言えたものだとは思うけど」
応えるヴィルベルの目は修繕中の壁の穴へ。術を為し終え塞がったのちも暫し、視線はそこに留まったまま。
「でもまぁ、言えるうちが花だしね」
夕色の目の行く先を問うことは無く。
「…………せやね」
耳に届くのは、人の姿に戻った少年が息を引きつらせる音。涙は止んでも、落ち着くにはもう少し。
手すきの者で手分けしたがゆえもあろう、治癒を施せる箇所がもう無くなってしまった頃、少年の傍で待っていた者達が口を開いた。
「いけるか?」
「立てる?」
憑魔を祓う寸前に、意志は形にされていた。ゆえに少年は、
「うん、……行く」
今一度繰り返し、差し出された二つの手を取った。
「彼女は最も大切な思い出を君に聞かせたんだろう? それを分けても良いと思えるくらい、彼女にとって君もまた掛け替えのない宝物だ」
そう、そっと小さな背を押した夜の手は。今、そろりと襖を閉めるのに使われた。アキの部屋のものよりも古びたそれが桟を擦る音は殺しきれるものでは無かったが、今この場においてそれは取るに足らないもの。襖は歪んでしまってもいるのだろう、隙間からはアキの嗚咽と、祖母が孫へ語りかける涙声が洩れ聞こえていた。
ケルベロス達が居るのは廊下。少年の勇気を見届けた。彼が密かに負っていた傷を初めて知った祖母が応える声を確かに聞いた。だから今は、彼女の部屋は二人だけの空間であるべきだと。
少年が決断したからこそ、ケルベロス達の声が彼に届いたからこそ、勝ち得た結果。あの二人の絆はより強いものとなるのだろう。夜の吐息が安堵を織る。
過ちを認め向き合い乗り越える勇気。悔恨では無く想い合う愛ゆえに流れる涙。
それらこそは尊く──きっと、宝石よりも美しい。
作者:ヒサ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年3月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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