菩薩累乗会~歪みの寛容

作者:寅杜柳

●全ては赦される
「ああ……俺が悪いんだ」
 とあるアパートの一室で、宇野・健斗という名の一人の青年が呻く。
「俺が行動しなかったからこんな事になってしまった。いじめは悪いと止めなかったから……」
 俺が何かやっていればこんな事にはならなかったかもしれないのに。そう苦悩する彼の姿はどこまでも罪悪感に苛まれる罪人の姿そのものであった。
 そんな彼の元に、ふかふかしたひよこのような異形が現れ告げる。
「あなたは罪を背負っています。しかし、恵縁耶悌菩薩は「ええんやで」とおっしゃいました。あなたの罪は許されたのです」
 さぁ心を罪から解放し、ふわふわで、とても気持ちが良い恵縁耶悌菩薩の羽毛に抱かれましょう。そう言うとひよこは身に纏うひよこを健斗に差し出す。その言葉を何かにとりつかれたように聞いていた健斗はそのひよこに触れる、撫でる、そして貪るような勢いで顔をうずめる。そしてそのまま、
「ええんやで、ああ、なんてすばらしい言葉。俺の罪は許された、もう自分を責める必要はどこにもないんだ!」
 そう叫び、羽毛を称える声を上げる。顔を上げた彼の姿はすでに鳥の異形と化していた。
 そんな彼の姿をひよこは満足げに見遣ると、その傍らに音もなく一人の和服の女が現れた。
「おそらく、すぐに、君の罪を償わせようとケルベロスが襲撃してくるでしょう。だから君は戦わねばならない。恵縁耶悌菩薩の配下たる私と、自愛菩薩の力により新たに配下とした、この者が共に戦えば十分勝利できるでしょう」
 そう告げたひよこの言葉を聞いているのか聞いていないのか、健斗はひたすら羽毛に没頭していた。

「また『菩薩累乗会』に関する事件が予知された」
 集まったケルベロス達に雨河・知香(白熊ヘリオライダー・en0259)が告げる。
 強力な菩薩を次々に出現させてその力を利用してさらに強大な菩薩を出現させ続けて地球全てを制圧する『菩薩累乗会』だが、現時点で阻止する方法は判明していない。
「今できるのは出現する菩薩が力を得ることを阻止して進行を食い止める事だけだ。今回活動が確認されたのは『恵縁耶悌菩薩』という名の菩薩で、罪の意識を持つ人間を標的として自らの羽毛の力で罪の意識を消し去る事と引き換えに、その存在を自らに取り込んでしまう」
 今回の被害者もそういう人達で、配下のデラックスひよこ明王達が送り込まれているのだと知香は言う。
「ビルシャナ化させられた一般人はデラックスひよこ明王と共に自宅に留まり羽毛に抱かれ続けて罪の意識から逃げているみたいだ。このままだと彼らは恵縁耶悌菩薩の一部にされてしまう」
 そうなる前に何とか事件を解決してくれ。そう告げた知香は資料を広げ始める。
「事件が起こるのはとあるアパートの一室で、周囲の住民は外出しているから人払いはなくても大丈夫だ。部屋に侵入したらケルベロスが羽毛のふわふわの邪魔をしに来たと判断し、配乗するために攻撃を仕掛けてくる。今回相手にすることになるのはビルシャナが二体、それから幻花衆の戦闘員が一体となる」
 幻花衆は自愛菩薩と協力関係になった螺旋忍軍の一派で、ビルシャナ達を守る為に戦うようだと知香が説明する。
「ビルシャナの方は……デラックスひよこ明王は全身にひよこを纏ったビルシャナで、全身のひよこを投げつけて攻撃を妨害してきたり、ひよこを大量に投げてその圧力で潰そうとして命中を定め難くしてくるみたいだ。それから羽を味方に飛ばして包むことで傷や呪縛を癒やし解除することもできるみたいだな」
 こちらは癒やしに集中しているみたいだが、被害者が先に倒れると遠慮なく切り捨てて逃走する面も持ち合わせているのだと、白熊は言う。
「それから被害者になるが……名前は宇野・健斗。床いっぱいに羽毛で満たして捕縛してきたり、罪悪感からの解放を謳う経文を唱えて惑わしてくる。羽を飛ばして仲間を癒やし、護りの加護を与える事もあるみたいだ」
 人となりについてだが、と一旦知香が言葉を切る。
「どうにも正義感が強いわりに、それを実際に行動に移すことが怖いみたいで行動できず、それで状況が悪くなって罪悪感を抱くという難儀な性格をしているみたいだ。それが積もりに積もってビルシャナにつけこまれる隙になった。……デラックスひよこ明王が健在の内は説得も通じないが、いなくなれば、適切な言葉をかけてやることができれば撃破したときに人間に戻れる可能性はある」
 そこまで説明すると、知香は資料を閉じる。
「罪の意識を感じることは生きていくうえで誰しも避けては通れない。けれど、こんなやり方で罪悪感から解放されるのは正しいとは言えない。……何か、正しいやり方で罪悪感から解放する手段を上手く提示できれば、彼も救われるかもしれないな」
 ともあれ、難しい案件だがよろしく頼んだと知香は締め括り、ケルベロス達を送り出した。


参加者
椏古鵺・笙月(蒼キ黄昏ノ銀晶麗龍・e00768)
テレサ・コール(黒白の双輪・e04242)
アルバート・ロス(蒼枯れの森の闇医者・e14569)
雨咲・時雨(過去を追い求め・e21688)
速水・紅牙(ロンリードッグ・e34113)
一比古・アヤメ(信じる者の幸福・e36948)
エリザベス・ナイツ(駆け出しケルベロス・e45135)
ナイン・クローバー(青薔薇と歯車・e51019)

■リプレイ

●ふわふわ楽土
 アパートの一室は羽毛塗れになっていた。
 罪悪感から解き放たれた健斗はデラックスひよこ明王の体に埋まり、部屋の中央で彼自身に生えた羽毛とダブルでふわふわのよく分からない物体となっていた。
 このまま罪悪感どころか他の何もかもも『ええんやで』の言葉に受け入れられ、無限の調和と寛容に蕩けそうになっていたその時、
「――汝、契約に従い、はるか時の歪『カルマ・カルラ』より招来せし給え」
 玄関扉を開く音と飛び込んできた者達がその調和を砕く。カルマ・カルラを翳し、詠唱と共に角持つ白虎を召喚したのは椏古鵺・笙月(蒼キ黄昏ノ銀晶麗龍・e00768)。普段は御業としての力を真なる姿で呼び出された巨獣は咆哮、建物を揺るがす大音量は明王の動きを縛る。
「襲撃かっ!」
 ひよこ明王が体を沈めると、頭のあった場所が突如爆発、さらに雨咲・時雨(過去を追い求め・e21688)が雪と雨の装飾が施された弓から放った矢が通り過ぎる。
「惜しい!」
 爆発はエリザベス・ナイツ(駆け出しケルベロス・e45135)のサイコフォースが引き起こしたもの。すんでの所で直撃を回避されたが、放った本人は落ち込む素振りも見せず笑顔である。

 死神のような雰囲気を纏う白仮面の男、アルバート・ロス(蒼枯れの森の闇医者・e14569)がそれに続き部屋へと足を踏み入れ明王にカプセルを投擲。さらにテレサ・コール(黒白の双輪・e04242)が蒼白のフレンチメイド服の外側に展開している白黒一対の円形マスドライバー、ジャイロフラフープから弾丸を打ち出す。同時にライドキャリバーのテレーゼが同時にガトリングを掃射、床の羽毛がぱっと舞い上がる。
 ビルシャナ達に攻撃が晒されている間、仕立てのいい服装のレプリカントの少女、ナイン・クローバー(青薔薇と歯車・e51019)が銀の粒子を展開、同時に速水・紅牙(ロンリードッグ・e34113)が霊力を帯びた紙兵を前衛に散布する。
(「……バカみたいな敵かと思ったけど割とヤバイかもね、このひよこ」)
 部屋に踏み入りつつ、大人びた姿の一比古・アヤメ(信じる者の幸福・e36948)はこのビルシャナの危険性について思考を巡らせる。人間とは誰でも許されたいもの、そんな心に付け込む教義は人々に広まりやすいだろうから。
(「自分が全く別のものに乗っ取られたら救いも何もないけどね」)
 思考を打ち切り、鎖を明王へと伸ばすが気配を殺していた幻花衆に割り込まれる。
「この心地よい場所を奪おうとするなら敵だ!」
 健斗が羽毛をを生やした腕を上げると部屋の中に羽毛が一気に舞い上がり、ケルベロス達の動きの自由を奪う。その間ひよこ明王は柔らかな羽で自身を包み、傷を癒す。
 そんな風に、菩薩の影響力に囚われた青年を救う戦いが始まった。

●どこにも進めない
「フォーリングスター!」
 エリザベスが彼女の一族に伝わる禁呪の名を宣言し、黒曜石の杖で敵を指し示すと流星群が天井を破り光の矢のように鮮やかに降り注ぐが、制御の難しさからか直撃せず床に穴を穿つ。けれども彼女の口元には笑み。それは強敵を打ち倒そうという真剣さより出ずる物。
 少しタイミングをずらし、笙月がカルマ・カルラを緩やかに翳して氷の騎士を呼び出し斬りつけさせる。しかしその傷も明王が羽を舞わせば呪縛ごと綺麗さっぱり。
「攻撃など意味はありません。全てはええんやでの――」
「うっさいデラひよシャナ! さっさと健斗を返せ!」
 甲斐犬のウェアライダーである紅牙が明王に噛みつき苦無を投擲、だけれどもそれは膨れたひよこに阻まれ本体には通らず。
「いけない事をしたら許してほしいって気持ちはよくわかる……でも、だからってこれは違うだろうっ!?」
 何の解決にもなってない、と紅牙が叫ぶが、菩薩の支配力の強い今はその熱も届かない。アルバートを狙い経文を唱える健斗に苛立ちつつ紅牙は庇う。
 今回の彼女の仕事は護り手、体を張って仲間を守るその役割に彼女は張り切っている。
 その仕事に対し、アルバートがロッドをポケットから取り出し、電気ショックを飛ばして傷を癒やす。放った後のその手にはロッドはない。
「消せるのは武器だけじゃないよ? 傷も敵も消せるんだ、綺麗さっぱりね」
 飄々とした声色でそう嘯く。
 さらにナインも極端に白い指先を伸ばし、金属片の混じった蒸気をアルバートに吹きつけ守りを固める。
 テレサが未活性だったライフルからの魔法光線の代わりに二輪のアームドフォートから光線を放つ。しかし精度が低く、片方は躱されもう片方も忍びの者に阻まれる。
 さらにエリザベスが精神を集中させ明王を爆破する。活性化された感覚が今度こそはひよこを捉える。
 護り手の忍びがいる状態ではスプリングレインは届かない、仕方なくアヤメは広げた翼から光線を放つ。精度の高いその攻撃がビルシャナ達を貫くが、元の量の少ない呪縛は増幅されない。
 苦無を明王に投擲した紅牙に続き、アルバートがコートから二本のロッドを取り出し一本を赤耳の緑亀へと変化させ、
「空を飛びます!」
 ライトニングロッドを振りぬき、緑亀を明王にぶつける。見事な一本足打法。
 反撃に明王がひよこをアルバートに投げつける。それを彼は顔面、いや仮面で受け止める。
「新しいグラビティが閃いちゃいそうだよ」
 それでも彼はリラックスムードで余裕綽々。表情は見えないが。

 そして十数分が経過。
 明王の投げたひよこがテレサを直撃、色素の薄い肌を緋色の雫が流れる。護り手の比率が少ない上にビルシャナ達の攻撃は範囲攻撃主体、テレーゼや紅牙も精一杯庇っているが、どうしても取りこぼす場面が出てくる。
「天に祈りを捧げし者よ。呪痕を纏いて全てを癒せ」
 アルバートが何も持っていない手をひらりと返すと手品のようにてるてる坊主が数個現れる。それぞれに傷が写し取られるにつれ、前衛の傷が癒えていく。その後には何もなかったようにてるてる坊主は消失。更にナインがステップを踏み、花弁のオーラを降らせて仲間を癒やす。
 護り手は少ないが癒し手による回復は万全、ドローンを飛ばそうか一瞬迷っていたテレサだが、明王へと弾丸を放つ。
 その隙を突き幻花衆が刃を振るうが、テレーゼが主を庇い、炎を纏った突撃で敵を跳ね飛ばす。
 敵が守りに重点を置いた構成であること、そしてアルバートと彼女が回復に専念していることもありケルベロス側の体勢は崩れない。
 けれどもビルシャナにも思ったよりも呪縛は重ならず、崩れない。パラライズをはじめとした呪縛は頻繁に付与されているものの、明王が自身を回復する余波で効果を発揮する以上の速度で解除されているからだ。
(「いじめとか社会ではよくあることざんしなぁ」)
 笙月にとっては別に罪を償わせるとかはどうでもよいこと。何故なら、
(「それを決めるのはケルベロスでなく、健斗自身かその先輩とやらでありんし」)
 しかし見捨てるという選択はない。半透明の御業を展開し、明王を鷲掴みにする。さらに降り注ぐ流星が呪縛に動きを鈍らせたひよこ明王を直撃する。明王は慌てて自身の周囲に羽を舞わせ、メディックの効果を上乗せしたキュアで呪縛を解除した。
 集中攻撃を受ける明王は自己回復に手番の多くを割いている。ビルシャナ達はメディックの効果以外に加護を砕く手段を持たないため、加護が重なり徐々にケルベロス達の側へと戦況は傾いていく。
「これでも喰らえ!」
 紅牙が氷結の螺旋を放ち、明王を飲み込む。
 まずいと思ったか、健斗が羽を飛ばし明王に守りの加護を与える。
 しかしそれは攻撃の手が緩み、癒し手に余裕がを与える隙となる、確認したナインが手榴弾を投擲、周囲を凍結させる絶対零度の爆風が護りを砕いた。
「これはちょっとむつかしいですね……!」
 明王の視線が玄関、そして窓へと向かう。逃走するつもりだろう。
 氷結の螺旋をアヤメが放ち命中けれど、駆け出した明王は止まらない。
「待て!」
 窓から飛び出そうとする明王をエリザベスがサイコフォースで爆破しようとし、笙月が氷の騎士をけしかけるも、一手遅かった。
 騎士は幻花衆に阻まれ、爆発は窓の割れる音の後。
 連携をとり、連撃を加えることができれば逃走前に仕留められたかもしれない。
 或いは逃走への対策をとっていれば、とアヤメの脳裏をいくつかの考えがよぎるが、もう手遅れだ。
 デラックスひよこ明王が逃走しても戦闘は続く。

●寛容よりも
「……もう、どうなっても知らないからなっ!!」
 紅牙の苦無が幻花衆に突き刺さり、その体内で破裂し内部をずたずたにする。痛々しそうなそれに一瞬顔を顰めるが、気を取り直し健斗に向けて叫ぶ。
「健斗は許されて、それで幸せなのかもしれない。だけれど健斗が許されても、先輩はどうにもならないし辛いまんまなんだぞ!?」
「そんなこと知らない! もう赦されたんだ!」
「宇野さん、甘い言葉に乗せられちゃダメよ!」
 幻花衆に流星を降らせつつ、エリザベスが健斗に呼びかける。
「本当に宇野さんがやるべきことはさ、先輩と向き合う事よ。本当に助けたいなら今からだってチャンスはあるはずよ」
 本当に彼自身と先輩を救えるのは健斗だけだ、そうエリザベスは諭すが健斗は。
 ティンクルシオを鋼の拳と成し、笙月が幻花衆を殴りつけ、
「白雪に残る足跡、月を隠す叢雲。私の手は、花を散らす氷雨。残る桜もまた散る桜なれば……いざ!」
 飛翔していたアヤメが幻花衆の死角から螺旋の力を込めた一撃を打ち込む。ビルシャナ達を庇い続けた消耗もあり、幻花衆は血を花のように散らし、崩れ落ちた。
「ああ追いかけないと……赦してくれる菩薩様の御許へと!」
「それでは駄目です」
 遮ったのはナイン。
「宇野様、ビルシャナなどではない、貴方が貴方として救われなければ意味がありません」
「罪悪感から逃げるな、なんて言えないけどね。ビルシャナに取り込まれるのが救いであるはずがないんだ!」
 アヤメは健斗が今身を置いている状況を真っ向から否定する。
「……そもそもぬしはどんな罪から解放されたいざんしか?」
 笙月がそれを問う。
「償うにはどうすればいいか、まことに分かりんせんか?」
 重ねられた問いに健斗は口を噤み、羽毛の檻を展開して後衛のケルベロス達を攻撃するも、どこか弱弱しい。
 そしてアヤメの表情は崩れない。正気に戻った健斗が罪悪感を抱かないよう、何でもないように彼の様子を伺う。
「初めまして、アルバートだよ」
 怪しげなオラトリオは自然体で自己紹介をする。
「人助けなんて『たすけて!』と声を出すだけでいいんだよ。一人より二人、二人より三人って集まれば、やりたい事以上の事だって出来るんだ」
 あくまでいつも通りに、彼は語る。
「頑張るなんて縁遠い僕でも、健斗君に会えて話しができたみたいにね。騙されたと思って試しに声に出してごらんよ」
 つまり、やらねばならない事を大きく考えすぎているのだ。本当に小さな事からでも、動けばそれにつられて大きな事を動かす事ができるのだと彼は諭す。
「勇気を出して指摘することはとても大変な事。ご自身の立場も危ぶむ危険な事でしょう」
 テレサが健斗の葛藤に理解を示す。
「ですから、あなたが上に立ちなさい。もっと出世して、そういった方たちを救ってあげてください。助けられなかった人の何倍もの人を助けるのです。眼鏡様はそう仰っています」
 最後の言葉は眼鏡とメイド服をこよなく愛する彼女の崇拝する眼鏡真教のもの由来。怪しげな宗教戦争につながりかねないそれはともかくとして、出世し助けられなかった人を救いなさいという言葉を聞いた健斗は狼狽する。
「自分を本当に許せるのは自分だけだよ。特に君みたいに責任感の強い人はね」
 そう続けるのはアヤメ。
「苦しいなら話を聞かせてよ。ビルシャナじゃない、君の話をね。……救えるかどうかは保証できないけど、ボクにだって手を伸ばすことくらいは出来るからさ」
「ねぇ、勇気を出して頑張ろうよ」
 アヤメに続いてエリザベスがそう励まし、
「悩みを打ち明けるだけでも気持ちが軽くなると聞きます。だから、言ってみてください」
 人形に語りかけるように気楽に、人形のように整った雰囲気の少女はそう告げる。
 恩人に託された使命、地球と人々の為に戦うことを役割と定める彼女は、人がビルシャナに取り込まれるのは何が何でも避け、助け出したいと思っている。
「どうか、自分を捨てないで下さい」

 健斗は経文を唱えるも、どこか力のないそれは紅牙が庇い受け止める。
「……今からでも先輩の為に出来ることを探してみないかっ!? 周りに頼ったっていいし、それでも不安ならアタシだって付き合うからっ!」
 健斗は一人じゃないんだから、と紅牙は誠心誠意込めて叫ぶ。
「ぬしの罪を咎めるつもりはありんせん。後悔したなら次は動きなんし、今度こそ」
 勇気を振り絞って謝りに行けばよい、罪を赦してくれるのは後ろめたさを抱いているその先輩だけなのだから、と笙月は諭す。
「さすればぬしの重荷は僅かには軽くなるでありんしょう」
 そこまでの言葉を受け、健斗の動きは止まる。
「まずは、この身に懸けて貴方をビルシャナから解放します。お話はその後で存分に」
 ナインが銀の粒子を展開し、
「すぐに助けるよ」
 アルバートが自然体のまま、カプセルを投擲。さらに笙月が召喚した雷獣の咆哮が健斗を揺さぶる。
 そしてテレサの放った弾丸が健斗の胸に吸い込まれると、彼は崩れ落ち、羽毛は派手に散った。

●やわらかな鳥籠はもう要らない
「大丈夫?ちょっと強くやりすぎちゃったかも……」
 心配するアヤメだったが、容態をみていたアルバートは彼は無事だと告げる。ほっとする紅牙だが、念のため紙兵を縛霊手から取り出しヒールする。
 よかった、と笙月もいつも通りの掴み所のない佇まいだが、表情は綻んでいる。
「いなかったわ」
 外から戻ってきたエリザベスが残念そうに仲間達に告げる。逃げ去ったデラックスひよこ明王は最早影も形もなかった。
 テレサはヒールドローンを飛ばし、天井や床等の損傷を修復しており、ナインも部屋の中に刻み付けられた損傷を無表情のまま、けれど少し柔らかな雰囲気でヒールする。
 一体は逃したが、何が何でも救いたかった被害者を救う事ができた、その事はほんの少し彼女の心に和らぎを与えているのかもしれない。

 目覚めた健斗はケルベロス達に礼を述べた後、どこか憑物が落ちたような表情で先輩に謝るのだと言った。
 ついて行こうか、という問いには一人で大丈夫だと、それが第一歩なのだと答える。
 菩薩累乗会の戦力を削ることはできなかったものの、ビルシャナの戦力増強を妨害するという目的は達成し、一人の青年を救うことができた。
 その結果を胸に、ケルベロス達は彼らの居場所へと帰還した。

作者:寅杜柳 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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