菩薩累乗会~嘘つきの罪

作者:真魚

●ええんやでの赦し
 寒さも和らぎ、春の訪れ感じる日差しの中。そのアパートは、学生達の声が響いていた。
 近所の大学へ通うため、上京してくる学生をターゲットとした安アパート。その中の一室は、春の明るさを拒むようにカーテンも閉め切られていて。
「……はい、はい。すみません、よろしくお願いします……」
 人が篭った布団から、聞こえてくるのは暗い声。声の主はそのままスマートフォンの通話を終えると、もぞもぞ顔を出した。
「あー……またやっちゃった……」
 ため息交じりの声、起き上がるも気力のない体。
 その青年は、このアパートの大抵の住人と同じく、上京してきた大学生だった。
 通話終了の画面が表示されたままのスマートフォンには、隣駅のカフェの名前。それは、彼のアルバイト先だった。
 先程、青年がかけた電話はアルバイト先への欠勤の連絡で。――しかし、欠勤理由は全て嘘。
「だめだよ、わかってるんだよ、仮病でバイトさぼるなんて最低だって!」
 布団を抱きしめ、青年は叫ぶ。
 自分がさぼれば、バイト仲間に迷惑をかける。体調を心配してもらうのも心苦しい。
 悪いことをしていると、自覚している。それなのに、最近ついてしまったさぼり癖をなかなか克服できず、彼は悩んでいた。
「もう、だめだ。こんな不真面目なやつ、大学行く資格だってないよ……生きてる資格だって……」
 元から、真面目な性格なのだろう。彼の独り言はどんどん暗い方へ進んでいき、――その体が再び布団の中へ篭りそうになったところで、聞こえたのは穏やかな声だった。
「ええんやで」
「えっ……何?」
 驚き、布団を跳ね除け飛び起きる。青年の目の前にいたのは、ひよこに埋もれた謎の人影だった。
 ぴよぴよ。ひよこの愛らしい鳴き声が響く中、その人物は慈愛に満ちた言葉を紡いでいく。
「恵縁耶悌菩薩は『ええんやで』とおっしゃいました。あなたの罪は許されたのです。さぁ、心を罪から解放し、恵縁耶悌菩薩の羽毛に抱かれましょう」
 陽だまりのように、優しい声。その言葉は、不思議な魅力と説得力を持っていた。だから、青年は瞳を輝かせ、すっくと立ち上がって感動に震えた。
「ええんやで、なんて素晴らしい言葉なんだ。そうだ、バイトさぼるくらいなんだよ、俺の罪は許されたんだ! ふわふわの羽毛ばんざーい!」
 言葉と共に、突き上げる両腕。するとその腕が羽毛に覆われ、さらに全身の姿が変わっていく。
 そんな青年に満足げにうなずくと、ひよこの人は続けて語る。
「恐らく、すぐにケルベロスが襲撃してくるでしょう。彼らは、君の罪を償わせようと襲い掛かってきますので、君は戦わなければいけません。恵縁耶悌菩薩の配下たる私も共に戦いますし、自愛菩薩の力により新たに配下とした、この者も君を守ります」
 すると、声に応えるようにそこへ女性が現れる。黒い和服姿の彼女は静かな笑みを浮かべていて、青年は自身の加護にほっと息を漏らす。
「安心なさい、勝利は約束されています」
「はいっ、ああ、羽毛気持ちいい!」
 もふもふの羽毛、幸せな声。
 しかし――その甘言は、二度と帰れぬ道へ誘う言葉なのだった。

●菩薩累乗会を阻止せよ
「ビルシャナの大規模作戦については、もう聞いてるな? 今回も、新たな菩薩が現れた」
 集ったケルベロス達を、ぐるり見回して。高比良・怜也(饗宴のヘリオライダー・en0116)はそう告げると、改めてビルシャナの作戦について説明していく。
 『菩薩累乗会』。強力な菩薩を次々と地上に出現させ、その力で更に強大な菩薩を出現させ続け、最終的には地球全てを菩薩の力で制圧するというものだ。
「この『菩薩累乗会』を阻止する方法は……悪いが、現時点ではまだ判明していない。俺らが今できることは、出現する菩薩が力を得ることを阻止して、菩薩累乗会の進行を食い止めることだけだ」
 だから、そのためにもビルシャナを討ってほしい。頼む言葉にうなずきが返れば微笑んで、赤髪のヘリオライダーは此度の敵について説明を続ける。
「活動が確認されたのは、『恵縁耶悌菩薩』。こいつは罪の意識を持つ人間を標的とし、自らの羽毛の力で罪の意識を消し去ることと引き換えに、その存在を自らに取り込んじまうって菩薩だ。被害者は、罪の意識に苛まれているやつ。配下のビルシャナである、デラックスひよこ明王達が送り込まれている」
 ビルシャナ化させられた一般人は、自分を導いたデラックスひよこ明王と共に自宅に留まり、羽毛に抱かれ続けて罪の意識から逃げている。
「このままだと、羽毛に魅了された彼らは恵縁耶悌菩薩の一部とされてしまう。その前に、できるだけ早く事件を解決してくれ」
 続けて怜也は地図を取り出し、此度の戦場を指し示す。
「俺の『視た』被害者は、このアパートの住人。名前は、岸本・拓海って言う。大学一年生で、春休み中の今はバイトに精を出して生活費を稼いでる……はずだったんだがな。どうも、最近さぼり癖がついちまって、そんな自分を責めてるところをつけ込まれたらしい」
 さぼりのひとつくらい、学生時代ならやっちまうもんだけどな。さらっと呟くだめな大人をケルベロス達がちらり見れば、ごほん、と咳払い。
「拓海の部屋がここ。他の住人はすでに避難済みだから、周囲を気にする必要はない。お前達はアパートについたら、拓海の部屋へ乗り込んで、戦闘を仕掛けてくれ」
 部屋にいるのは、ビルシャナ化した拓海と、デラックスひよこ明王と名乗るビルシャナと、幻花衆という螺旋忍軍がいる。計三体。全てを相手取るのは、難易度が高い。
「この作戦の目的は、菩薩累乗会を阻止すること。そのために、ビルシャナをどちらか一体でいいから撃破する必要がある」
 一番簡単なのは、ビルシャナ化した拓海のみを集中攻撃し落とすことだろう。しかしその場合、拓海を救出することはできない。青年の無事を望むなら、先にデラックスひよこ明王を倒さなければならない。
「拓海を助けるには、デラックスひよこ明王を撃破した後に、励ましの言葉なんかをかけてやる必要がある。それがうまく心に響けば、ビルシャナ化から救出できる」
 しかし、それを妨害するのが幻花衆だ。彼女の撃破は作戦目標ではないが、ビルシャナ二体を守るように立ち回る。こちらの攻撃が思うようにビルシャナに届かない場面も出てくるので、何か対策を練った方がいいかもしれない。
「罪の意識を感じすぎるのは、いいことじゃない。けど、罪の意識を全くなくしちまうのも、また問題だよな。拓海には、罪の償い方……挽回の仕方とか、気持ちの切り替え方とかを、教えてやるとうまくいくかもしれない」
 失敗しない人間なんて、いないだろ。呟いた怜也はにやり笑うと、ヘリオンの扉を開いた。
「さあ、行くぞ! 今回は敵が三体もいる。何を目的に、何を為すのか、きっちり決めて取り掛かってくれよ!」
 そして、ビルシャナ達の企みを打ち砕いてくれ。激励の言葉に願いのせて、赤髪のヘリオライダーはケルベロス達を送り出した。


参加者
フェクト・シュローダー(レッツゴッド・e00357)
繰空・千歳(すずあめ・e00639)
落内・眠堂(指括り・e01178)
リィ・ディドルディドル(悪の嚢・e03674)
大成・朝希(朝露の一滴・e06698)
三石・いさな(ちいさなくじら・e16839)
シレネッタ・ロア(海の噛痕・e38993)
七楽・重(ドワーフのガジェッティア・e44860)

■リプレイ

●襲撃
 ケルベロス達がアパートの扉を開くと、中は昼間だと言うのに薄暗かった。
 世を拒むように閉め切られたカーテン、その中に佇むのは――三体の人影。
「誰……!?」
「やはり現れましたか。ケルベロスよ」
 動揺する拓海の横で、ひよこに包まれた体が動く。デラックスひよこ明王――認めたフェクト・シュローダー(レッツゴッド・e00357)は、その手の杖を明王へと向け高らかに宣言した。
「神様ヅラしてるそこのひよこちゃん、私とどっちが神様か勝負をしよう!」
 挑発と共に、杖に篭められるは雷のグラビティ。けれどそれは狙った拓海ではなく、射線上へ躍り出た幻花衆へと叩き込まれる。
「よろしい、あなた達も罪から解放して差し上げましょう」
 体を楽しそうに揺らして明王がフェクトを見る。けれどその横すり抜けて、三石・いさな(ちいさなくじら・e16839)は拓海目掛けて足を振り上げた。高速の蹴りが、男の懐を強かに撃つ。
「ぐ、はっ……!?」
「どうもこうも言われても、知らない鳥の甘い言葉に価値なんて感じないもの」
 大きな斧を振り回しながら、少女は強気な瞳で敵を睨む。腰を折る拓海とは対照的に、明王はくつくつと笑い漏らして。
「愚かなケルベロスよ、恵縁耶悌菩薩の力を思い知るがいい!」
 言葉紡ぎ、明王は体を大きく震わせた。するとその体を覆うひよこが一体、飛び出してくる。更に二体、三体――狙うは、フェクト。
 けれどその攻撃は、遮る機械へと着弾する。ガトリングガンの左手、その持ち主は繰空・千歳(すずあめ・e00639)だ。
「そう簡単に倒せるとは思わないでちょうだいね? その羽毛、きれいさっぱり剃っちゃいましょうか」
 微笑み、流れるような動きで揮うは二対の刀。白い刀に雷の力帯びて、繰り出される突きは明王の体に深々と刺さって。
 声漏らすひよこの体から、ふと視線上げれば拓海と目が合う。その表情は警戒に満ちていて、千歳は僅かに瞳を伏せる。
「やる気を出す、ってなかなか難しいわよね。それでも、罪悪感を拭い去ってしまうのは違うと思うのよ」
「ええ! ちょっとつまずいたくらいで投げ出すのは、もったいないわ」
 頷き返したのは馴染みの少女。シレネッタ・ロア(海の噛痕・e38993)はその手を挙げて、癒しのドローンを操る。室内に巻き起こる風が、彼女の白い髪を柔らかに揺らして。
 ドローンに続けと、元気いっぱいぴょんと跳ねたのは千歳のミミック、鈴だ。ぽんぽん飛び出すエクトプラズムを武器へと変え、狙うは明王。
 畳み掛ける攻撃を、敵も受けるばかりではない。お返しとばかり、幻花衆が手裏剣を、拓海が氷の輪を前衛へと投げつける。
 手裏剣は、鈴が庇った。千歳へ向けられた氷輪はリィ・ディドルディドル(悪の嚢・e03674)が受けたが、前衛への範囲攻撃全てはさすがに受け止めきれない。パキリ、音立て動き止める氷が、半数の前衛の体へ張り付いた。
 毒と氷、鈴の体を蝕む状態異常にリィは即座に魂の残滓を組み上げる。
「倒れるなら、死んでからにしてちょうだい」
 言葉と共に向けられた魂が氷を砕き、体の傷を塞ぎ、身に巡る毒を中和していく。仲間癒したリィの身にはまだ氷が残っていたが、それは彼女のボクスドラゴンであるイドが属性を注入し回復の手助けとなる。
 振りまかれる状態異常。その脅威を感じながら、落内・眠堂(指括り・e01178)は『ゐろは』を構えた。
(「ああして、自分を責めたほどに真面目で周りに気を配れるようなやつなんだ。きっと今も心の底には、わだかまりがあるんじゃねえかな」)
 菩薩の教義では、本当は何も解決していない。一緒に考え、憂鬱な気分から抜け出させてやりたい――。
 願う眠堂の手の中で、真っ白の札にじわり絵と紋様が浮かび上がる。彩られたのは、三連の矢。
「髄を射よ、三連矢」
 紡ぐ言葉、放たれる矢の鋭さは一陣の風の如し。天地の裁きは真っすぐに明王を貫き、敵は確かによろめいた。

●彼の罪
 明王の撃破を最優先に、前衛二体の牽制も行う戦い。状態異常もダメージも重ねる連携は見事なもので、明王は早いうちから回復を行う場面が多くなった。
 此度の敵は三体と多く、特に明王の攻撃は状態異常の追加と、追撃効果のある厄介なもの。その敵を真っ先に撃とうと決めたのは、三体撃破を目標とした場合の最適解であっただろう。
 だが、ケルベロス達の作戦にも惜しいところがあり、戦いは長引いた。ヒールグラビティの頻度が原因だ。
 敵の攻撃回数が多いということは、状態異常を受ける頻度も高くなるということ。それを見越し、多くの仲間が対策を用意していた点はよかった。けれど、いくらか過剰と思われる場面も見受けられたのだ。
 敵が振り撒く状態異常は、行動阻害系とダメージ追加系が半々といったところ。行動阻害はこちらの行動に影響するため早期に解除したいところだが、ダメージ追加系は数が少ないうちは見過ごしてもよかっただろう。特に今回、守り手には多くの状態異常耐性がかけられている。であれば、回復手以外の者がキュアを使わず、自身の手番で解除することに期待してもよかったはずだ。
 今回の戦いに、時間制限はない。だからこれも安定した戦い方ではあるが――もう少し攻めに転じる意識があれば、決着は早くなったことだろう。
 長期化すれば、味方も疲弊する。多くの攻撃を庇い、傷ついた千歳へシレネッタが癒しのオーラを振りまく。
「さあ、立って! まだよ、がんばりましょう」
 励ましの言葉に頷いて、千歳が地を踏みしめる。差し出した手のひらは、天へ向けて。彼女の口が、歌うように言葉紡ぐ。
「本日は飴模様。優しい飴にご注意を」
 アメアメフレフレ。その声に誘われるように、頭上より降るは甘い飴。それは妨害手二人の肌をころりん転がって、傷へと溶ける。
 毒も氷も溶かす飴、飴屋の店主はふわりと笑んで。その表情に背中押される気持ちで、大成・朝希(朝露の一滴・e06698)はエクスカリバールを手に明王の元へ駆け出した。
(「……大きな声では言えないけれど、任務以外の日に学校を休んだ事が……なきにしも……」)
 内緒。内緒です。心の内でだけそっと懺悔する朝希は、だからこそ拓海の気持ちが少し解る。けれど、罪に呑まれるのだけは止めなくちゃ。決意は力となり、振り上げられた武器はひよこの頭部を強打した。
 続けて動くは、同じく妨害手の七楽・重(ドワーフのガジェッティア・e44860)。仲間の回復は十分、ならばと手に力篭めて、繰り出すは大地をも断ち割る強烈な一撃。
 彼らの崇拝する、恵縁耶悌菩薩。ふわふわで愛らしいひよこに『ええんやで』と言われれば、なんでもよくなっちゃうのは、わかる。けれど。
「かさね、かわいらしさになんか、負けてやらないんだから!」
 力強い言葉、叩き込まれるグラビティ。その衝撃に、たまらず明王の体のひよこ達が吹き飛んでいく。
 ひよこが連なり形成されていた明王の体は、すでに小さくなっていた。今こそとどめの時と、杖を揮うのはフェクトだ。
「これで私の勝ちだよ! あなたの終わりを! 私が祝福してあげるっ!」
 魔力と強い想い乗せて、杖が明王へと振り下ろされる。それは会心の一撃となり、衝撃に吹き飛んだ明王はそのまま霧のように消滅した。
「やったね! 次は幻花衆……こっちも、畳み掛ければ行けそうだね!」
 重の声に、仲間達から頷きが返る。明王が倒されたことに動揺する幻花衆は、確かに多くの傷を負っていた。回復手段持つ明王が亡き今、こちらの撃破にそう時間はかからないだろう。
 優勢を確信し、重は拓海へ瞳を向ける。恵縁耶悌菩薩の加護は解けた――だから、重は励ましの言葉を投げかける。
「拓海、休んじゃった事を思い悩むのはやめよ? やっちゃった事で自分責めてても、始まらないよ」
「ずる休みした日、あまり楽しくなかったんじゃありませんか? 頑張らなきゃいけないのに、って」
 続けた朝希の言葉は、拓海の胸のわだかまりを指摘するもので。息呑むビルシャナの、体がびくり震える。
 護符より御業喚び出す手は止めず、眠堂も気持ちは分からなくもないと声かけて。
「でも、罪悪感に悩んで過ごすのも辛いだろう」
 彼の手掴もうと紡がれる言葉に、ドローン操るシレネッタも強く頷く。
「あなたも……レネだって、これから一回や二回……いいえ、もっと躓くわ! 悪いと思ったらたちあがって――正直に歩いた方が、すっきりするわ」
「正直に……」
 反芻する、拓海の瞳に迷いが生まれる。しかし、それ以上は許さないとばかりに幻花衆が手裏剣の嵐を巻き起こした。
 前衛狙う攻撃は、いさなの身も切り刻む。けれど彼女は痛みを気にも留めず、螺子忍軍へと肉薄して。
「邪魔を……するな!」
 叫びと共に、揮う斧に纏うは水流。脳天より叩きつけたグラビティは地を揺らし飛沫上げて、大鯨の鳴き声思わせる一撃に幻花衆はたまらず崩れ落ちた。

●前へ
 幻花衆が掻き消えるのを一瞥し、いさなは拓海へと声を発する。
「自分で悪いことしちゃったって気持ちが大事なんだよ、後で頑張ればいいんだよ。誰かに許してもらうより自分がどうしたいかを思い出して!」
「自分、が、どうしたいか……」
 ああ、何が『ええんやで』だったんだっけ? 戸惑いよろめく拓海へと、静かに近付いたのはリィ。
「ダメな自分を克服したかったんでしょう? こんな形で終わりを迎えていいの?」
 投げかけるは問い。そして少女は、懐から一通の手紙を取り出して。
「ここで、ご両親から預かった手紙があります」
 言うが早いか封切って、読み上げるは子を想う親の手紙。
 元気にやっていますか。思い詰めていたのに気付けなくてごめんね。疲れたらいつでも帰っておいで――。
「っ……そんな、母さん……俺こそごめん、こんな、堕落しちゃって……!」
 ケルベロス達が見守る中、拓海はその場に崩れ落ち、声を上げて泣き出した。
 作戦前に、彼の両親とコンタクトを取る時間などない。手紙は本物ではないのだけれど――親なら誰でも子の味方をするから、その内容に嘘はない。
 親の心思い出した青年に、リィはその瞳を真っすぐ向けて。
「選びなさい。ビルシャナとして死ぬか、真人間としてやり直すか」
 そう、彼の選ぶべき道をはっきり告げた。
 泣き崩れた拓海に、すでに戦意はない。けれど、まだ彼は前の向き方を知らない。
 羽毛の体見て瞳彷徨わせる青年に、重は明るい声で語りかけた。
「同じことを繰り返さないために、次はどうするかを考えてこ?」
 拓海になら絶対できるから! 力強い励ましに、頷くフェクトも言葉を紡ぐ。
「バイトや学校で、何か少しでも楽しいことってなかったかな? 嫌な所ばかりに目を向けちゃってるから、行きたくないって気持ちが出ちゃうんだと思う」
 自分の中でよかった想い出を思い出せば、きっと前を向ける。そんなひよこよりも、私の方がずっと偉い神様なんだから――。
「私教に改宗するなら、私が一緒にバイト行ってあげるからさ!」
 強気に、笑顔浮かべて語るフェクトの言葉は真っすぐで。その頼もしさに、拓海の顔にも自然と笑顔が浮かぶ。
 そんな彼の様子見て、閉め切っていたカーテンを開けた者がいた。眠堂だ。
「やることきちんとやった後に伸び伸びと休む方が、もっと楽しいぜ」
 カーテンも窓も開けて、空気を換えて。明るい外に出てみたら、気分も変わるかもしれない。
「できるかも、って思うことから少しずつ始めてさ。たくさん自分を褒めながらやってけばいいんだ」
 だから、まず一歩、踏み出してみねえ?
 眠堂の語りは優しくて、一言一言が青年の心に染み込んでいく。一歩、と呟いた拓海はそのまま窓へ視線向けて、眩しさに瞳を細めた。久しぶりに見るだろう、日の明るさ。それもまた、小さくも大きな一歩だ。
「休む日は腹を括って満喫。充電フルパワーで翌日また頑張る。そういう気持ちの切り替えが大事です!」
 春は、心身とも弱り易いもの。そう話す朝希の言葉に、心が軽くなるのを青年は感じる。
 彼の様子が変わり始めたのを感じながら、千歳もそっと口開いた。私も、たまには楽したくなっちゃうもの。けれど、大事なのはそこからの切り替えなのよ、と。
「小さくていいの、例えば終わったら美味しいものを食べようとか。どこに行こうとかなにを買おうとか。目標を作ってね、少しだけやる気を出して」
 許されるべきは、反省する気持ちのある間のあなた。今なら間に合う、もう一度、やり直せる。
 重もまた、拓海に前向く方法を語りかける。
「やる気ないなぁって時についバイト先に休み連絡しちゃうのが楽なら、極端な話、バイト先の連絡先消しちゃったりとかもいーんじゃない?」
 こちらは少し視点変えて、後ろ向く術の断ち方だ。必要なのはきっと、そんな思い切りのよさだから。
 次々と語りかけられる、前向く方法。そのひとつひとつが、拓海に寄り添い、ステップアップしやすく配慮されたもので――それなら、できるかも。ぽつり呟いた青年の言葉に、シレネッタはふわり微笑んだ。
「気晴らしに、気持ちを切り替えたいというときは、レネは海を見に行ったりするけど。海を見つめてると、気持ちがすーっとするわよ、きっと!」
 アナタは、どうする? 問いかけるように柔らかな笑み向けられて、拓海は――力強く、頷いた。
「俺……頑張ります! もう、羽毛なんていらない!」
 それは、ビルシャナの加護を否定する言葉。それに、いさなはにやりと笑った。
「よーし、歯を食いしばって思い出せ!」
 ビルシャナではなく、人としての生きる道を。
 ケルベロス達は頷いて、再び武器を構える。彼を戻すためのグラビティは、雨のように降り注いだ。

●救い
 戦いは、すぐに終わった。
 室内の修復が終わる頃には拓海も意識を取り戻し、その無事にケルベロス達は安堵する。
「本当に、ありがとうございました」
 深々と頭下げる青年に、フェクトはにっこり笑顔浮かべて。
「迷惑じゃなかったらバイト先にも今度遊びに行くね!」
「はい、ぜひ! もうサボらずちゃんと行きます!」
 それから――おふくろに電話もしようと。ちらりリィ見て拓海が言えば、手紙用意した少女は涼しげな顔をしていた。
 もう、彼は大丈夫。恵縁耶悌菩薩になど唆されない。
 確信した朝希とシレネッタも、ふわり笑い口開いて。
「少しの躓きで全て手放すなんて勿体ない。僕達学生の一年は、これからですもん」
「そうよ、休みは助走なんだもの。これから高く飛ぶための!」
 二人の後押し、笑顔で頷く拓海。
 そこに、開け放った窓から暖かな風が吹き込んだ。
 どこか緑の香りする、春の風。それは塞ぎ込んでいた心を、上へ上へと浮かせるようで。
 自然、ケルベロス達に笑顔が広がる。その優しい笑い顔は青年の胸に刻まれ、この先の励ましとなるに違いないのだった。

作者:真魚 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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