彷徨う鏡は雪の色

作者:七尾マサムネ

 それは、運命だったのかもしれない。
 街でふと見つけた、可愛らしいもふもふの猫を追って。
 アイカ・フロール(気の向くままに・e34327)は、いつの間にか人気のない洋館へと迷い込んでいた。
 まるで何かに導かれるように入った部屋は、鏡、鏡、鏡……鏡だらけだった。
 不意に、姿を現わしたウイングキャットのぽんずが、ぶるり、と体を震わせた。すぐにアイカも気づく。急激に室内の温度が低下しているのだ。
「っ!?」
 感じた気配に、振り返るアイカ。
 誰もいなかったはずの部屋の入り口に、1人の少女が立っていた。大事そうに抱いた鏡、そして雪のように白い肌が、アイカの目を奪う。
「あなたは……!」
「ねえ、『お兄ちゃん』を知らない?」
 少女の唇が、問いを紡いだ。
「『お兄ちゃん』はこの鏡をくれたの……知らない? そう、知らないの……」
 うつむく少女から危険を察知した瞬間、アイカの体が硬直した。少女の鏡に映った途端、あたかも凍り付いてしまったかのように。
「知らないなら、用はないわ。……死んで」
 少女の鏡からあふれた冷気が、部屋を満たしていく……!

「アイカ・フロールさんが、宿敵であるデウスエクス『鏡雪』の襲撃を受けることが予知されました。こちらからの連絡は間に合わず……こうなった以上、予知されたに場所へと向かい、救援するよりほかありません」
 そう切り出したセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が、今回の件に関する情報を提示していく。
「襲撃者の正体は『鏡雪』、少女の姿をした死神です。雪の結晶のような装飾が施された鏡を、大事そうに抱えています。その風貌は、雪女を思わせるものです」
 『お兄ちゃん』なる存在を探して彷徨っているようだが、皆はアイカの救援を優先してほしい、とセリカは言った。
 『鏡雪』とは、街外れの洋館で遭遇することになる。この館は空き家となっているため、人払いなどを行う必要はない。
 警戒すべきは『鏡雪』の持つ鏡だと、セリカは説明する。
「『鏡雪』の鏡に映ったものは、一時的に自由を奪われ、凍ったように動けなくなってしまいます。鏡は氷弾を放出することもでき、ケルベロスを冷気で包みます」
 また、鏡の力を引き出すことで、相手の加護を無効化することもできるようだ。ポジションはジャマーのようである。
「今から向かえば、十分に間に合います。アイカさんの窮地を救ってください」
 皆さんもお気をつけて。セリカは、ケルベロスの武運を祈るのだった。


参加者
京極・夕雨(時雨れ狼・e00440)
レカ・ビアバルナ(ソムニウム・e00931)
ニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)
アイカ・フロール(気の向くままに・e34327)
エレアノール・ヴィオ(朱の鉄鎧・e36278)
雅楽方・しずく(夢見のウンディーネ・e37840)
那磁霧・摩琴(シャドウエルフのガンスリンガー・e42383)
霧隠・佐助(ウェアライダーの零式忍者・e44485)

■リプレイ

●凍てつく鏡と心
 鏡雪と対峙するアイカ・フロール(気の向くままに・e34327)とウイングキャットぽんずの体を、冷気がさいなんでいた。
「さ、寒い……。これはぽんずとおしくらまんじゅうして暖をとるに限ります……」
 ……と、こんなことしてる場合じゃないですね。我に返ると、
「恨みはありませんが……貴方を撃退することがお兄さんに会わせる近道と信じて、全力でお相手します」
「たとえそれが近道だとして……おねえさんに、それができる?」
 小首をかしげた鏡雪の掲げた鏡が、光を放った。
 まばゆい白がアイカたちを飲み込む様を、部屋の鏡が映し出す。
 やがて光が収まった後、鏡雪がわずかに眉を動かした。そこに立っていたのは、自らの標的ではなく、ケルベロス……レカ・ビアバルナ(ソムニウム・e00931)たちだったのである。
「なに? 呼んだ覚えのないひとたち……」
「アイカさんは大切な友人です、連れて行かせるわけには参りませんとも!」
 レカの反撃の矢を受け、鏡雪が後退した。
 敵がひるんだと見るや、霧隠・佐助(ウェアライダーの零式忍者・e44485)や京極・夕雨(時雨れ狼・e00440)が、アイカの元に駆け寄った。
「怪我はないっすか? いくら儚い美少女でもアイカセンパイを傷付けようものなら容赦は出来ないっすよ」
「助けに来ましたぜ、アイカさん――うわっ、何ですか此処クソ寒い。風邪引く前に終わらせて、皆で仲良く帰りましょう」
「皆さん、ありがとうございます」
 駆け付けてくれた仲間たちの頼もしい姿に、アイカは寒さが緩むのを感じた。
「なになに、あの子死神に利用されてるの? ひどい! 助けてあげなきゃ」
 アイカから事情を聞いた那磁霧・摩琴(シャドウエルフのガンスリンガー・e42383)が、鏡雪への敵意を別の感情へと切り替えた。
「なるほど、貴女もまた、被害者だったのですね。寂しくて仕方なくて、誰かをここに招いて……ですが、貴女が何であろうと、フロールさんは絶対に、やらせません!」
 そう、絶対に。鏡雪に、エレアノール・ヴィオ(朱の鉄鎧・e36278)の敵意が、突き刺さる。
「大切なお兄ちゃんと離ればなれ、とっても悲しいし寂しいでしょうね。でも、誰かの命を奪うのは大きな間違いですよ。あなたが狙ったその人は、わたし達の大事なお友達なんですから。あなたにとってのお兄ちゃんのように」
 雅楽方・しずく(夢見のウンディーネ・e37840)の言葉に、鏡雪の表情が険しさを増した気がした。
 勝手に私の気持ちを語らないで、とでも言いたいのか。室温がますます下がっていく。
「彷徨える雪女……冬の最後の名残という訳かな。暖かな春を迎える為に、この物語の幕引きを行おうか。ね、マルコ?」
 ニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)が、ピンクのクマぐるみに語りかけ、鏡雪に視線を注いだ。
 瞳に雪の結晶を宿す少女に。

●その殺意は虚像にあらず
「アイカを狙うのはやめてください! 大切な人と会えなくなるのがどれだけ辛いか、あなたもよく知ってるでしょう」
 しずくがそう言った直後、鏡雪を霧が包んだ。
 ケルベロスの姿を探す鏡雪の目に、影が映る。影は異形となり、目撃者たる鏡雪をその場に釘付けにする。あたかも氷像と化したかのように。
 けれど、それも束の間のこと。再び舞う鏡雪の鏡が、光を、あるいは氷を放つたび、ケルベロスたちの体が変調をきたす。
 しかし、夕雨が舞わせた炎が、味方の痺れを解いていく。
「一人はとても寂しくて、とても恐いですよね。少しでも早くお兄様と会えるように力を尽くさせて頂きます」
 オルトロスのえだまめの神器をしのぐ鏡雪に、夕雨は宣言する。
 えだまめが離れるのと、レカが死神を撃ち抜くのは、ほぼ同時だった。着弾箇所に、氷の華が咲く。その氷は、冷気を用いる鏡雪にも御することのできないものだ。
 アイカを襲ったことはレカも許せないが、鏡雪のことは救いたいとも思う。
(「お兄様も恐らくはもう……彼女を解放し、お兄様の許へ導くためにも、私達にできることはたった一つ――!」)
 そう、死神を討つことのみ。
(「治す事がボクの戦いだって信じてるのに、鏡雪を癒してあげる事は出来ないなんて……傷付けないと癒せないこともあるのかな」)
 複雑な感情を胸に、摩琴が小瓶を投じた。虚空で砕けたそれが、レンギョウの香りを振りまく。それをかいだしずくやアイカは、視界がクリアになるのを感じた。香りに秘められた力が、感覚を鋭敏化したのである。
 こうして集ってくれた仲間たちのために、自分も力を尽くさなければ。アイカは、皆の立ち位置を陣形に見立てることで、加護を生み出した。
「行動阻害には、私も少しばかり心得があります。動きを封じてくれたお返しをしなくてはなりませんね」
 次の攻撃に移るアイカを、ぽんずがフォローする。
 思うように標的に専念できない鏡雪は、焦れたようだ。
「たくさんで邪魔をして……死神が殺すと言ったのだから、殺すの」
 部屋の四方を埋め尽くす鏡が、反射光で輝く。鏡雪の光撃……だが、ウイングキャット・クロノワが、その射線に割り込んだ。
 鏡雪の攻撃にさらされる仲間たちを見たニュニルが、手をかざした。現れた兎や猫、ネズミの人形たちが、とことこと歩き回る。この場に足りないのは楽しさだ。楽器演奏も始まり、賑やかさがもたらされ、不思議と体が温まる。
 そんな行進を破ろうと鏡雪がかざした鏡に、エレアノールの轟竜砲が直撃した。2者の間に、光の飛沫が散る。これを受けている間は、前には……アイカの元にはたどりつかせぬ。
 そこへ、佐助が、オルトロスのクノと共に切りかかった。その身に、血による紋をまとって。
 修行の成果、先輩の救出のために披露できるのなら、これほど幸いなことはない。

●吹き付ける悲しみを乗り越えて
 戦いの中、ケルベロスの加護が破られる。
 鏡雪が、その鏡から加護砕きの力を得ているのだ。だから、ケルベロスたちも同じ力でもって対抗した。ちょうど、鏡写しのように。
 目まぐるしく変わる戦況を映していた鏡雪の鏡が、佐助の姿をとらえた。撃ち出された氷槍をとっさに防ぐが、かすめた氷の破片が、クモの足のように四肢を這う。
 回復は任せて、と摩琴が手を広げると、木の葉を散らした。螺旋の舞いを披露した葉の群れは、佐助を包むとその傷を癒し、氷を溶かしていく。
 動くことによって生まれるはずの熱量を奪うように。白の冷気に満ちた室内を、灯った赤が駆ける。夕雨の左眼の炎だ。
 番傘型の武器に、相棒に借りた陽光を宿らせて突き出す。ヒットの瞬間溢れた輝きは、鏡雪を照らし、その傷を広げていく。
 傷つく我が身を抱く鏡雪を、ニュニルが打撃した。
「少女を殴るのは心が痛むけれど、お互い様だから許してね」
 腰に括り付けたマルコを揺らしながら、優雅に反撃をかわすニュニル。力あるならば戦うべきなのは、老若男女同じだから。
 傷つきながら鏡をかばおうとする鏡雪の胸に、光が吸い込まれた。レカのエネルギー矢だ。それは肉体のみならず心魂まで届き、死神の思考を惑わす。その隙は、戦闘中には命取りだ。
「じっとしてください」
 チェーンソー剣を携えたしずくが、相手の懐に潜り込む。
「……向こうできっと、あなたのお兄ちゃんは待っててくれてますよ」
 しずくの刃が振るわれるたび、増えていくのは傷だけではない。服は破れ、足取りは鈍り、氷の重みが増していく。
 だから、反応が遅れた。エレアノールの接近に。
 手刀が、鏡雪の腹を貫く。エレアノールは、デウスエクスに強い憎悪を抱いている。だが、鏡雪の事情を知り、多少なりとも穏やかになっていた。
「溶けなさい……!」
 手刀を通して流れ込んだ獄炎が、鏡雪の背よりあふれ出す。
 よろめく死神へと、佐助が、両手の双牙を閃かせる。左右からの怒涛の斬撃が、鏡雪を追い詰めていく。そして爪撃は、相手の持つ鏡を弾き飛ばす。
「アイカセンパイ、最後はバッチリ決めちゃって下さいっす!」
 佐助に促され、アイカが詠唱を完成させた。天より招来した雷が、鏡雪を引き裂く。
 ほとばしる雷光。鏡雪が力なくくずおれた姿が、部屋に並ぶ鏡全てに映し出されたのだった。

●温もりに抱かれて
 横たわる鏡雪へと、レカは取り落とした鏡を抱かせた。
「それは貴女とお兄様を繋ぐ大切な物ですから……さぁ、お兄様がお待ちですよ。おやすみなさい」
 鏡雪のどこか穏やかな顔を見て、森に住む妹の顔が、レカの脳裏をかすめた。
(「元気に過ごしているのかしら。久しぶりに顔を見たいわね……」)
 やがてまぶたを閉じた鏡雪は、しずくたちに見送られ、静かに消滅していく。十字を切る摩琴。少女の魂が救われたと信じて。
 最期に鏡雪が紡いだ言葉は、誰の耳にも届かなかった。けれど、それはきっと、皆が思った通りのフレーズだっただろう。
「きっと寂しかったのですよね……」
「……どうか、安らかに眠ってください」
 天に昇る光の粒を見上げ、哀悼するアイカとエレアノール。
「禍々しくも愛らしいキミに、どうか安らかな眠りを。夢でお兄さんに逢えるといいね」
 そう告げるニュニルのそばで、夕雨も黙祷を捧げる。
 鏡雪が去ったことで、部屋の寒さも和らぎ始めた。しかし、この寒々しい場所に一番長くいたアイカは、さぞ体を冷やしている事だろう。
 そこで皆は、『作戦』を実行することにした。
「よ~し夕雨をもふもふにしちゃうぞ♪」
 摩琴が、手をわきわきと動かす。
 狼モードになった夕雨を軽くマッサージしてから、水の要らないトリートメントを丁寧に塗り込む。あとは丁寧にブラッシングしたら出来上がりだ。
「さぁウェアライダーセラピーをしよう! 心も体も冷えてる時は癒しが欲しいもんね」
「えだまめ共々サービスしまくりますよ」
 夕雨とえだまめが、アイカにダイブした。温かい。それもそのはず、摩琴のおかげで普段より超もっふもふ。ちなみにえだまめは短毛種なので、もふもふというよりふかふか。ダブルの触感が心地よい……!
「……あ、ボクももふもふしていい? アイカのあとでいいからさ」
 摩琴がお願いする。もふもふおしくらまんじゅうに包まれて、アイカも合点がいったようだ。これぞ、もふもふセラピー。
 待っていました、と、しずくもそれに加わる。
「アイカをもふもふで癒し隊、いざ出撃です!」
 ふわもこ素材のミトンとケープで装備は万端、もふもふ、もふもふっ。
 白虎の姿を取り、佐助も参戦した。ころん、と身を投げ出すと、
「さあ、クノ共々お好きにどうぞっす!」
「ではお言葉に甘えて……」
「……優しくしてね? ……っていたたたた! クノ、痛い! 冗談っす、冗談だから噛まないで! 待って、待ってー!」
 何やらとってもわちゃわちゃしているところに、ニュニルが翼猫をけしかけた。
「よしクロノワ、やっちゃっていいよ」
 もふ一丁追加。
「な、なんという幸せ空間……!」
 幸せそうに、もふりもふられるアイカを、笑顔で見守るレカ。
「ほんとにほんとに、お疲れ様です」
 1もふ1もふに、労いをこめるしずく。
 もふーん。更にそこに、白いふわふわが新たに加わった。エレアノールの翼である。
 最高潮のもふ度に誘われ、ニュニルも、もふもふのおすそ分けをもらった。あったかい。
 ひとしきりもふもふを堪能してすっかりほっこりしたアイカに、レカが優しくストールをかけた。
「あとはそう、何か温かい食べ物があると嬉しいですよね……おいしいお鍋とか、皆さんで食べにいくのも……」
「鍋!」
「おいしい! お鍋! 行きましょう」
 エレアノールからの提案に、アイカや夕雨の瞳が輝いた。
「いいね、鍋初めてなんだ♪」
「戦闘後の空きっ腹に暖かく染みる鍋とか超最高っす!」
 摩琴や佐助、他の皆からも相次いで声が上がった。
 さて、どんな鍋を食べよう。道すがら、皆で言葉をかわす時間もまた楽しいのだった。

作者:七尾マサムネ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。