春驟雨の降る中で

作者:地斬理々亜

●遭遇
 日が暮れかけた頃の、街中。
 ちょっとした用事のために外出した、ディディエ・ジケル(緋の誓約・e00121)は、ぽつぽつと雨が降り出したことに気がついた。
「……これだから、外出は」
 溜め息とともに、ディディエは低い声音の呟きを漏らす。
 愛用の傘を取り出そうと、彼は視線を落とし――顔を上げた時、異常を認識した。
 周囲に誰もいない。
 車も走っていなければ、歩行者も存在しない。
「……なんだ?」
 訝しむディディエ。
「こんばんはぁ」
 不意に後方からかけられた声に、ディディエは素早く振り向いた。
 そこにいたのは、スーツ姿の男。
 貼りつけたような笑顔と、手に持った大振りのナイフが、ディディエの目を惹いた。
「僕は、コレクショヌールと申します。お見知り置きをぉ」
 男は名乗り、笑ったまま言葉を紡ぐ。
「吸い込まれるような黒い色の翼に、髪には上品に咲く白い花。んん、実に良いですねぇ。……ああ、それに指の形もなかなか。緋色の瞳も素晴らしいですねぇ! いずれの部位も、僕の収集品にふさわしい」
 強くなり始めた雨を気にする様子もなく、ナイフを手にした男――デウスエクスは、言った。
「ぜひとも、僕のために……あなたを解体させてくださいよぉ!」
 男はナイフを閃かせ、アスファルトを蹴る――。

●予知
「ディディエさんが危ないんです。……彼が、デウスエクスの襲撃を受ける、ということが予知されました」
 白日・牡丹(自己肯定のヘリオライダー・en0151)は、予知で見た光景を早口気味に伝えた。
「急いで連絡をとろうとしたのですが、連絡はつかなくて。……もはや、猶予はありません。ディディエさんが無事であるうちに、至急、ヘリオンでの救援に向かいましょう!」
 牡丹は一度、深呼吸して、それから説明を続けた。
「敵の、スーツの男……コレクショヌールは、どうやら死神のようです。武器は惨殺ナイフで、『惨劇の鏡像』と『ブラッディダンシング』を使う他、無数のナイフを空中から召喚して飛ばしてくることもできるようです」
 ポジションはジャマー。笑顔のままに刃を繰り出してくる。
「周囲に一般人はいません。コレクショヌールとの戦いだけに集中してください」
 最後に牡丹は、祈るように手を組み、言った。
「どうか、ヒトの部位を収集品呼ばわりする死神を倒し、ディディエさんを救出してください。よろしくお願いします!」
 アッサム・ミルク(食道楽のレプリカント・en0161)は表情を引き締め、頷いた。
「許しておけない。……皆、行こう!」


参加者
ディディエ・ジケル(緋の誓約・e00121)
捩木・朱砂(医食同源・e00839)
シヲン・コナー(清月蓮・e02018)
葛籠川・オルン(澆薄たる影月・e03127)
ビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)
アーティラリィ・エレクセリア(闇を照らす日輪・e05574)
輝島・華(夢見花・e11960)
神野・雅(玲瓏たる雪華・e24167)

■リプレイ

●番犬と死神
「お前は……!」
 ディディエ・ジケル(緋の誓約・e00121)は表情を変えた。
 常日頃、まるで能面のような顔をしている彼が、である。
「解体解体ぃ!」
 そんなことにはお構いなしに、コレクショヌールは二振りのナイフを手にして、ディディエへと突進する。
「ディディエ兄様!」
 ふわりと揺れる、薄紫色の髪。二者の間に、小さな人影が割り込んだ。
 柔らかな肉に、刃物が突き立つ音。
 死神の刃は、輝島・華(夢見花・e11960)の体に阻まれ、ディディエには届かなかった。
「うくっ、……大丈夫ですか?」
 華は、鋭い痛みをこらえ、ディディエへと振り向く。
 その時、彼女は見た。
 憎しみ。恨み。怨み。……復讐心。それらの激情に彩られた、これまで目にしたことのない彼の顔を。
「おやぁ、邪魔が入りましたかぁ」
 血の滴るナイフを持ったコレクショヌールは、バックステップで距離をとる。
 その眼前に、神野・雅(玲瓏たる雪華・e24167)が、竜の翼を広げて上空から降り立った。
「助太刀参上、ってなぁ」
 雅は言い、ドラゴニックハンマー『竜骨鎚・九罪』を構えた。
「砲撃形態に移行(シフト)――吼えろ、九罪!!」
 変形したその武器から、竜砲弾がコレクショヌール目掛けて吐き出される。咆哮のような轟音が響き、直撃を受けたコレクショヌールがのけぞった。
「貴様は殺す。この場で殺す。俺の前に姿を現したこと、後悔させてやる……!」
 ディディエは低い声で言い放ち、刀を抜く。
「あの日を、お前の顔を忘れたことなどない。一時たりともな」
「あの日ぃ? 何でしたっけぇ?」
 ディディエの言葉に、コレクショヌールは不可解な面持ちをした。
「あの時のように無力ではない。俺には、こうして力もあり、仲間がいる」
 続けるディディエの周囲には、戦闘態勢をとったケルベロス達の姿がある。ヘリオライダーの呼びかけに応じ、この場に駆けつけた、心強い仲間達である。
 そんなディディエに対して、コレクショヌールは言った。
「知りませんねぇ」
 父親似のディディエの顔立ち、それに対しても、このデウスエクスは反応を見せない。
「それより、解体ですよぉ!」
「させない。終わらせる!」
 いくつもの霊体を憑かせた刀で、ディディエはコレクショヌールを斬りつけた。それは毒となって、コレクショヌールの体を蝕む。
(「ディエがすらっすら喋ってるとか、感情をあらわにしてるとか、貴重だな」)
 捩木・朱砂(医食同源・e00839)は、喉元まで出かけた言葉を呑み込んだ。
「動きのキレは良いようだし、心配は要らねぇな。後ろは任せてもらおう」
 朱砂は口元に不敵な笑みを浮かべたまま、中衛の仲間を護るように雷の壁を構築する。
「ディディエ殿……」
 彼の様子が、いつもとあまりに違うことに、ビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)は驚いていた。けれど、その心情を思いやり、ディディエにはあえて言葉をかけず、敵へと向き直る。
「収集などと……物扱いするような者に、大切な仲間を傷つけさせるわけにはいかない」
 ビーツーは呟き、高く跳んだ。美麗な虹を纏いながら、急降下と共に蹴りをコレクショヌールに浴びせる。怒りを与え、攻撃を引きつける目的だ。
 それからビーツーは、着地と共に素早く手振りをする。以心伝心で、彼のボクスドラゴンである『ボクス』が、自分自身に火山の属性を注入し、敵の攻撃に備えた。
「絶対にディディエ兄様を傷つけさせはしません!」
 華もビーツーと同じように、虹纏う蹴りをコレクショヌールへ。彼女のライドキャリバー、花咲く箒を思わせる姿の『ブルーム』は、コレクショヌールの足をひき潰すように、スピンしながら突進していった。
(「奴がディディエ達の両親を……」)
 シヲン・コナー(清月蓮・e02018)は、蜂蜜色の瞳にコレクショヌールを映す。
「とんだサイコパスだな。貴様にディディエをやらせはしない、絶対に」
 シヲンは言い切り、オウガメタル『白銀雪姫』から、輝く粒子を放出。超感覚を目覚めさせるべく、前衛の仲間達をそのオウガ粒子で包んだ。ボクスドラゴン『ポラリス』もまたその恩恵を受けながら、自らに属性をインストールした。
「余も他人事ではない心境じゃ。じゃが、ディディエよ、怒りに我を忘れるでないぞ」
 アーティラリィ・エレクセリア(闇を照らす日輪・e05574)がディディエに声をかける。
「俺は冷静だ」
 いつものようにゆったりした間を置かず、すぐに返る言葉。
「本当に冷静ならいいのじゃが……さて。収集される側に回った気分はどうかのぅ?」
「いえ? 収集される側に回った覚えはないのですよねぇ」
 アーティラリィへとコレクショヌールは言う。
「すぐに思い知るじゃろうよ」
 アーティラリィの周囲に、彼女の頭のてっぺんに咲いているものと似た、無数の向日葵が生み出される。
「地を覆いつくす無限の向日葵の、圧倒的な量を見るが良い! 全ての向日葵が剣となり槍となり、また矢となりて我が敵を滅ぼさん!」
 『無限の向日葵製(アンリミテッド・ヒマワリ・ワークス)』。花弁が、葉が、刃と化してコレクショヌールへと飛んで行く。自分の中から大切なものが零れ落ちてゆくような感覚を、アーティラリィは抱いた。
(「ディディエさんの周りのひと達は、あたたかいですね」)
 ディディエとはほぼ面識のない、葛籠川・オルン(澆薄たる影月・e03127)は、心にそう浮かべる。
 自らは、このおぞましく残虐な死神を決して逃がさぬよう、ディディエが宿願を果たせるよう、支援に徹する。そう決めているオルンは、まず、雷の壁を、ディディエがいる前衛に構築した。憤怒を敵にぶつけるのは、自分の役目ではない、と。
 オルンの行動に加えて、アッサム・ミルク(食道楽のレプリカント・en0161)も、ドローンを配置し前衛の護りを固める。
「どいつもこいつも目障りですねぇ……僕は彼に用があるんです。消えてくれますかぁ?」
 コレクショヌールは笑顔のまま言い、目の前にいる雅に向けてナイフをかざした。

●守るため
 コレクショヌールの持つナイフの刀身に、雅のトラウマが映し出される。
「く……」
 彼女は体を傾がせ、地に片膝をついた。
「……今宵語りしは高みへと登り詰めた男の譚――」
 苦しげな声音で詠唱を紡ぐ。震える脚に力を込め、雅は無理やりに立った。
「彼は導く者、老いて尚溢れる気は王たる風格」
 孤高の英雄の人格を宿した雅は、秘術を行使する。『幻想組曲第5番・孤高の魂魄(アインザームカイト・ゼーレ)』。アスファルトを割り、地面から突き出した氷の槍が、コレクショヌールを貫いた。害なす全てを、拒絶するかのように。
「おい、大丈夫か?」
 朱砂が気力溜めを雅に施す。
「なんとかな。……もう目の前で誰かが殺されるのは嫌だ」
 雅は言う。けれど、未だトラウマに囚われているというわけでは、ない。
「ぜってー、守るって決めたから駆け付けた。前だけ見て、目的を果たせ!! 皆、ディディエが好きで集まったんだからな!」
 雅は、言の葉をディディエへ向けた。ディディエは、
「ああ!」
 頷いて、時空凍結の弾丸を精製。コレクショヌールを撃ち抜き、脇腹に風穴を開けた。
「ぐっ、痛いですねぇ」
「効いておるぞ! 皆のもの、余に続くのじゃ! 回復も忘れるでないぞ!」
 アーティラリィは叫び、しゅるりと伸ばした蔓触手でコレクショヌールを絡め取る。
 華のライトニングボルト、シヲンのエレキブースト、オルンのライトニングウォール……いくつもの電撃が、雨降る戦場を飛び交う。さながら、春雷のように。それらは時に敵を撃ち、時に仲間を癒す。
 ビーツーのオウガ粒子は、雨粒の合間を縫うように浮遊し、きらめいた。
「イライラしますねぇ」
 コレクショヌールは呟く。華とビーツーが付与した怒りが効いているのだ。
 ディディエへの集中攻撃をさせないための、怒りを使った策。それにかかったコレクショヌールは、ディディエへ単体攻撃を連発することが、ほぼ不可能になっていた。
「だったら、まとめて解剖して差し上げますよぉ!」
 コレクショヌールの周囲に、無数のナイフが召喚される。
 瞬時に、ビーツーがディディエの前に、ポラリスがアーティラリィの前に、それぞれ飛び出した。飛来した刃をその身で受ける。
「傷つけさせない。そう言ったはずだ」
 ビーツーがはっきりと口にする。
「なるほど、そう来ましたかぁ。本当、邪魔な盾どもですねぇ!」
 コレクショヌールは、口元を笑みの形に吊り上げ、言った。しかし、隠そうともしない苛立ちが、その言葉には表れていた。
 ビーツーと華は、再び虹の蹴りをコレクショヌールへと繰り出す。怒りによって、自分達へと、敵の攻撃を引き寄せるため――すなわち、ディディエを傷つけさせないために。

●衝突の末に
「奇跡は、確かにここにありますの」
 華の手から、青い薔薇の花弁が舞い、コレクショヌールを取り囲む。死神が目の当たりにするのは、『青薔薇の奇跡』。
「寄越してください、その存在を」
 オルンの『凍てる無音』は、静かにコレクショヌールの全てを奪いゆく。あらゆる粒子を停止し、何もかもなかったことにしてしまうかのように。
「やれやれ、ですねぇ」
 長く続いた戦いに、敵の負傷は積み重なっている。凍てつき、焼けつき、毒に侵され、回避は鈍り――怒りを植えつけられていた。
「なら、あなたから、ですかねぇ。よく見ればその、暗い藍色の鱗も綺麗です。彼の緋色の瞳を抉り出した後、眼窩にあなたの鱗をはめ込めば、きっとよく似合いますよぉ!」
 コレクショヌールが刃を向けたのは、ビーツー。ナイフは振るわれ、ビーツーの鮮血が空中に散った。
「そんなことはさせない。俺が倒れるまで、付き合っていただこうか……!」
 ビーツーは避雷針から癒しの電流を生成、自分の鱗に流し込む。彼の全身を、薄く、電気の膜が――『鱗電防壁(エレクトロオーラ)』が、覆った。
 雅の持った日本刀が美しい軌跡を描き、呪詛を載せて、コレクショヌールの身に吸い込まれる。
「……自分が刃に切り刻まれる気分はどうだ?」
「楽しくはないですねぇ」
 雅の問いかけに、コレクショヌールはあくまで飄々とした様子で答えた。
 けれど、追い詰められているのは、確実にコレクショヌールの側なのだ。
 一度に複数付与されるトラウマへの対策を決して怠らず、怒りでディフェンダーに攻撃を引き寄せ、攻防のバランスを保ちつつ戦う。ケルベロス達がとったのは、そんな、調和のとれた作戦である。
 コレクショヌールがディディエを殺し、部位を持ち帰る未来に至る可能性。それは、限りなくゼロに等しい状態に引き下げられていた。ケルベロス達の、戦い方によって。
「ヒマワリ」
「うむ、行くぞシヲン!」
 シヲンとアーティラリィがコンビネーションを発揮。シヲンの放った電撃がコレクショヌールを打った直後、アーティラリィが鋼の拳でコレクショヌールの顔面を殴りつけた。
 ブルームは火炎を纏い突進し、ポラリスは封印箱ごと体当たりを仕掛ける。ボクスが吐きかけたのは、白橙色の焔に似た、火山属性のブレス。
「ちょいと大人しくしてもらおうか」
 朱砂が、錬成した『痺刺針(ヒシシン)』でコレクショヌールの関節を突き刺す。動きを封じるように。
「決着をつけよう!」
 アッサムは言い、ヒールドローンで仲間達を護った。
「そうですねぇ。大人しくするのも、決着も、お断りといいますか……潮時ですねぇ」
 コレクショヌールは踵を返し、駆け出す。

●決着を
「逃がさんぞ!」
「待て!」
 ケルベロス達は口々に叫び……直後、コレクショヌールが転倒するのを見た。
 断じて、雨水で足が滑ったわけではないだろう。ポラリスがつまづかせたのかもしれないし、あるいは、パラライズが発動して足がもつれたのかもしれない。ともかく、事実として、コレクショヌールの逃走は失敗に終わったのだ。
「あ、ちょ、ちょっと……これはマズいですねぇ」
 コレクショヌールの声音に、焦りの色が混じった。
「……今です、兄様!」
 華が声を上げる。
「今ここで奴に引導を渡せるのは君しかいない」
 シヲンが言う。レプリカントであり、親の概念やディディエの苦悩がうまく理解できない彼だが、それでも、コレクショヌールを野放しにしてはならないということは分かる。だから彼は、ディディエへ、とどめを刺すよう促した。
「決着は自分の手で……だろ?」
 雅もまた、同じくディディエによる終わりを望む。
「そうだな、当然ディエの出番だろ」
 朱砂も、片眼鏡の位置を直しながら頷き、ディディエを見る。
「因縁を断ち切るのは、お主自身じゃぞ……ディディエ!」
 アーティラリィが、ディディエへと叫んだ。大きな黄色い花が揺れ、雨水が花弁から滴る。
 ディディエは水たまりを踏みながらコレクショヌールに近づく。
「ま、待ってください。僕は、その、えっとぉ」
「あなたには、永遠に分からないでしょうね。そうして『収集』した者一人ひとりが、いかな人生を歩んでいたかを。誰に想われてきたかなどを」
 オルンが、冷淡な口調でコレクショヌールへ言った。
 ディディエとコレクショヌールとの間は、今や至近距離。
「――これで、終わりだ!」
 『天妖君主(オーベロン)』。ディディエは、無数の魔音にコレクショヌールを襲わせた。
「い……」
 何か言おうとしたコレクショヌールの頭部が、スイカ割りのように弾けた。

●雨は降る
 首から下だけになった死神の死体を見下ろしながら、ディディエは立ち尽くす。
 そんな彼を見守る者、そっと立ち去る者、戦いの爪痕をヒールで修繕する者……他のケルベロス達のとった行動は様々だった。
「ま、必要だったら背中ぐらい貸せるぜ?」
 雅の言葉にも、ディディエはまだ動かない。
「ディエ、帰るぜ。俺らはこれで終わりじゃねぇし、何より帰りを待ってる子もいるんだろ。あんまり心配させてやるなよ」
 朱砂が言えば、ようやくディディエは振り返った。
「……ああ。行こう」
 いつも通りの間を取った口調で、ディディエは返事をした。
 彼の頬は濡れている。
 それが、降りしきる雨のせいだけなのかどうかは、彼自身にしか分からない。

作者:地斬理々亜 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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