サイキックを求めて

作者:蘇我真

 山奥の渓流で、ひとり水面を蹴り続ける男がいた。
「もう少しで、得られそうな気がする……どのようなもので動かせるというサイのようなキック……サイキックを!」
 男は武術家であり、ついでにいうと頭はよろしくなかった。
 彼の考える最強の格闘術『サイキック』を求めて山籠もりを続けていたのだが……。
 そこに招かざる敵が現れる。ドリームイーター、幻武極だ。
「お前の、最高の『武術』を見せてみな!」
 武術を求めて活動している幻武極が挑発すると、男は承知とばかりに自らの足を振り上げる。
「これが! 俺の! サイキックだああっ!!」
 鋭い、サイの突進を思わせるような蹴りが前方へと放たれる。愚直に鍛え抜いた蹴りは想像以上に鋭い。
 しかし、幻武極はこれを手のひらで軽く受け流す。柳のように柔らかく、しなやかな受けに男の蹴りは無力化されていく。
「く、くそっ……俺のサイキックパワーが足りないのか……?」
「……これは僕が求めている武術ではないね」
 肩で息をする男を前に、幻武極は失望の溜め息を漏らす。
「でもまあ、面白かったよ。ご褒美をくれてやる」
「何、を――」
 男は反応できなかった。いつの間にか、自らの胸を巨大な鍵が貫いていた。
「がは、っ……」
 その場に倒れ伏す男。不思議なことに血は一滴も流れない。その代わり、別のものが流れ出していく。
 男の欲望だ。鍵を通して男の考えていた『僕の最強の武術家』が具現化されていく。
 均整の取れた筋骨隆々の身体に、モザイクで包まれた両足。新たなドリームイーター誕生の出現だった。
「……!!」
 ドリームイーターは軽く足を振る。男の数倍は速い蹴り。生み出された竜巻が、遠くの木を蹴り倒していく。
「なるほど、これが彼の理想……サイキック武術か。さっそく、街のみんなにお披露目してきな」
 幻武極の声に応えるように山を下りるドリームイーター。
 サイキック騒動の幕が明けた瞬間だった。


「念のため説明しておくが、サイキックとは念動力のことであり、サイのキックではない」
「それくらいはわかってるですよ」
 星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)に残念な子扱いされて、ホンフェイ・リン(ほんほんふぇいん・en0201)は頬を膨らませた。
「中国あたり、形意拳でサイの武術もありそうだが」
「少なくとも私は知らないのですよ。サイがつく拳法なんて蔡李佛家拳くらいなのです」
「その拳法は知らないが……まあ、とにかく幻武極というドリームイーターによって格闘家が襲われる事件を予知した」
 幻武極は自分に欠損している要素、すなわち『武術』を格闘家から奪ってモザイクを晴らそうとしている。
 今回は失敗に終わるようだが、代わりに格闘家の夢を元にしたドリームイーターを作り上げ、街を混乱に導くことが予測されていた。
「今から現場に向かえば、このサイキックドリームイーターが山を下りる前に倒すことができる。どうか被害を最小限に防いでほしい」
 瞬の説明を聞いて、ホンフェイが質問とばかりに手をあげる。
「瞬さん瞬さん」
「なんだ?」
「戦う場所が山なのはわかったのですが、具体的な地形とかはわかるですか?」
「ああ、ドリームイーターは渓流を下って移動していくようだ。水流の速度は緩やかでくるぶしがつかる程度の水位だ。足元は滑りやすいだろうが……ケルベロスやドリームイーターレベルになれば戦闘に支障はないだろう?」
 こともなげに言い放つ瞬に、ホンフェイは苦笑いを浮かべるしかない。
「ま、まあ、私の中華忍法なら全然大丈夫なのです……たぶん!」
「それと、ドリームイーターはやはり蹴り技を主体とした攻撃をしてくるようだな」
「サイキック……サイのようなキックですね?」
 瞬は頷くと、主な攻撃方法を説明する。
「まずはサイキックトルネード。振り抜いた足から放たれた竜巻で遠くの標的まで倒していく」
「予知で見たやつですね」
「次にサイキックタイフーン。竜巻を纏った足で回し蹴りを行い、広範囲の標的へ一度にダメージを与える」
「まあ……範囲技ですね」
「最後にサイキックソード。竜巻で作り上げた剣を抜き放ち、敵を暴風で捕縛し動けないところを斬り捨てるという――」
「どこが武術なんですかそれ」
 ホンフェイもツッコミ我慢の限界だった。
「俺に文句を言われても困る。サイキックをサイのキックだと考えるような男の想像など理解の範疇を超えている」
「にしても蹴り関係なくなりましたけど……」
「まあ、承知の通り破天荒すぎるから何をしでかすかわからない。早めに倒してくれ」
 瞬は無理やりまとめると、頭を下げるのだった。


参加者
ルトゥナ・プリマヴェーラ(慈恵の魔女・e00057)
鉄・千(空明・e03694)
霧祓・天美(妹至上主義・e09726)
月詠・宝(サキュバスのウィッチドクター・e16953)
影守・吾連(影護・e38006)
犬神・巴(恋愛脳筋お嬢・e41405)
斑鳩・眠兎(ヴァルキュリアのブラックウィザード・e45153)
鬼塚・彌紗(とりあえず物理で殴る・e50403)

■リプレイ

●銀色の雨上がりに
「見事なまでに、誰もいないわねぇ」
 周囲を見渡して、斑鳩・眠兎(ヴァルキュリアのブラックウィザード・e45153)は言葉を漏らした。
 渓流沿い、緩やかな川の流れをさかのぼっているケルベロスたち。釣り人のような一般人がいないか念のために確認していたが、どうやら心配に杞憂に終わりそうだ。
「川沿いだから、冷えますね」
 鬼塚・彌紗(とりあえず物理で殴る・e50403)の穏やかな語り口を聞いていると、周囲の時間がゆっくりと流れるような気がするとホンフェイ・リン(ほんほんふぇいん・en0201)は思った。
「そろそろですかねー」
 ホンフェイが川の上流を見やる。いつの間にやら、川の中州にひとつの人影がたたずんでいた。
「………」
 両足をモザイクに包んだドリームイーター。サイキックな武術家の夢が具現化した存在だ。
 ケルベロスたちはほぼ同時に戦闘態勢に入る。
「いざ尋常に、勝負だ!」
「よろしくお願いしますのだ!」
 丁寧に名乗りを上げ、種族特徴である竜の翼や尻尾を展開する影守・吾連(影護・e38006)と鉄・千(空明・e03694)。
 ドリームイーターも腰を落とし、迎撃態勢だ。
「よし、白いの今回も頼むぞ」
 月詠・宝(サキュバスのウィッチドクター・e16953)は自身のサーヴァントであるナノナノを前衛へと放り投げると、自分は遠巻きに回り込むように布陣する。
「!!」
 ドリームイーターが包囲を突破するようにケルベロスたちへと疾駆する。足元、水面に円状の波紋が幾筋も広がり、それぞれがぶつかり合っていく。
 水しぶきと共に抜き放たれた右脚。サイキックトルネードだ。生み出された竜巻を、霧祓・天美(妹至上主義・e09726)が自らの脛で受け止める。
「くっ……!」
 その衝撃に顔を歪める天美。片足立ちの姿勢で身体が揺れる。彼女のビハインドがその背を支えた。
「ありがと、天祢。アタシが全部受け止めるから、安心して狙って」
 ビハインドはその声に応じるように、川底の小石を念動力で動かしてぶつけていく。
「!?」
 ある意味本物のサイキックに驚いたのか、ドリームイーターは硬直して避けられない。足に傷を受けていく。
「これは千も知ってるサイキックなのだ」
 頷いた千だが、身体の自由が利かないことに気付く。
 気づけば、いつの間にか全身に暴風が付着している。まるで鉄球でも嵌められたかのように重い両足。
 ドリームイーターは、竜巻で作られた剣を正眼に構えていた。
「……吾連! これ千の知ってるサイと違いますのだ!」
 動かせる頭だけ後衛の吾連へと向けて報告する千。
「竜巻の剣を使うサイなんて、俺も初めてだけど……報告はいいから避けるんだ!」
 吾連が指示するまでもなく千も避けようとはしているのだが、いかんせん身体が動かない。そこへドリームイーターが竜巻の剣を振り下ろす。
「そうはいかないわよ?」
 竜巻の剣を、無銘のバスタードソードが受け止める。ディフェンダーとして間に入った彌紗だ。
 彌紗はドリームイーターへ微笑みかけると、腰を落として低い体勢を取り、ドリームイーターの両足を取る。
「貴方がとても素晴らしい技をお持ちと聞きました、是非その技を私に見せては頂けないでしょうか?」
 レスリングのタックルのように組みついていく彌紗。ドリームイーターも流石にこれは無視することはできない、意識が彌紗へと向けられる。
「隙ありでございます!」
 犬神・巴(恋愛脳筋お嬢・e41405)が飛び込み、鋭い一撃をみぞおちへと叩き込む。鋼の拳が胴体を抉り、ドリームイーターの身体をくねらせる。
「!!」
 巴の一撃を受けてなお、ドリームイーターは彌紗を振りほどこうと足を振る。竜巻と共に水面から飛沫が舞い、彌紗の顔を濡らす。
「そんなに乱暴にしたら、せっかくの美貌が台無しになっちゃうでしょう?」
 ルトゥナ・プリマヴェーラ(慈恵の魔女・e00057)が紙兵をばら撒き、その攻撃を代わりに受けさせる。ホンフェイも分身の術で彌紗を癒し、サポートしていく。
 しっかりと前衛を癒し、状態異常を予防したことを確認するとルトゥナは笑みをそのままに自らが打って出る。
「霊をも縛る一撃、どのように受けるかしら?」
 自らよりも大きな獲物を軽々と振り回し、打ちこんでいくルトゥナ。突き出された如意棒の一撃を、ドリームイーターはブリッジのようにエビ反りして躱す。
 そのまま後ろへと倒れ込みながら、蹴り上げる。竜巻を生じた蹴りがアッパー気味に向かってくるのを、ルトゥナは顔を傾けて避けた。ウェーブのかかった青い髪が数本千切れて宙に舞う。
「行こう吾連! どらごにあんずあたっくなのだ!」
 跳躍し、上空から星の力を込めた飛び蹴りを放つ千。
「了解! 行こう、千! どらごにあんずあたっく!」
 一方、地上では吾連のドラゴニックミラージュが地を這うようにドリームイーターへと向かう。
 ドリームイーターは横に転がって飛び蹴りは躱すが、コンビネーションの炎は避けられない。その身体に渓流の水では消せない竜の焔が宿る。
「チャンスよ!」
「待つんだ!」
 追い打ちをかけようとする天美を宝が止める。その声で一瞬天美の動きが遅れ、彼女の鼻先を鋭い蹴りが通過していく。
 転がった勢いで立ち上がりつつの回し蹴り。遅れて暴風が吹き荒れ、天美を含む前衛を吹き飛ばしていく。舞い上がった水が滝のように全周へと降り注いでいく。前衛の悲鳴と苦痛の声が漏れる。
 更にもう1回転、コマのように身体をひねるドリームイーターに、今度こそ天美が踏み込んでいく。
「させないわ!」
 蹴りの始動を蹴りで潰す。ドリームイーターが風を生む蹴りならば、天美の蹴りは風を斬る蹴りだ。
 刃と化した前蹴りが、ドリームイーターの出鼻をくじく。片足を弾かれ、残った軸足へ雷の矢が突き刺さった。
「さあ!」
 サポートとして参加していたルエリアだ。滑りやすい渓流の足場を考慮して、外しても阻害になることを見越した一矢は見事に命中していた。
 ドリームイーターがよろめいたことで生じた隙を巴は見逃さない。
「そちらがサイならこちらは龍でございます」
 本当の形意拳、龍を模した構え。片足を引き、引いた側の腕を天空に掲げ、もう一方の腕は地をかざす。天上から落ちる手刀と天地より突きあがる拳。龍のあぎとを思い起こさせる連撃が、ドリームイーターの胴体に直撃した。
 その身を喰われ、吹き飛ぶドリームイーター。水柱が立ち上る。
「そこねっ!」
 着地点を見計らい、眠兎は喰霊刀で宙を斬る。呪詛を乗せた剣の軌跡がドリームイーターへと伸びる。
 しかし、その呪詛はドリームイーターへと届く前に水しぶきと共に霧散した。竜巻だ。
「チョコレートくらい、甘かったわね」
 暴れ狂う風が眠兎を襲う。更に吹き荒れる強風に身体を吹き飛ばされる。尻もちをついたところに、柔らかい感触がした。
 ナノナノだ。下敷きになりながらもハート型のバリアで眠兎を守る。
「よくやった、白いの」
 ナノナノを労いながら、主人である宝は余裕があるのを確認し攻撃に転じる。
「しっかり見てろよ……」
 宝の身体がドリームイーターの視界から消える。いや、正確には消えてはいない。敵の視覚を歪ませ、誤認させているのだ。
 痕跡という痕跡、水面の波紋すら消した宝による視覚からの一撃。着実にドリームイーターへとダメージを加えていく。
 認知ができないならば、周囲全てを薙ぎ払えばいい。ドリームイーターの選択はサイキックタイフーンだ。足元の水を含んだ暴風雨がドリームイーターを中心に吹き荒れる。
「その嵐を払ってあげるわ。おいでなさい」
 ルトゥナは小瓶を取り出すと、足元の岩へと投げつける。割れた小瓶から魔力を込めた水が飛び出し、半透明な虎の姿を形作っていく。
 虎は暴風雨をものともせずに突進し、その毒の爪でドリームイーターの肩から腹にかけて一気に切り裂いてみせた。
「そっちが虎ならこっちは獅子なのだ! 唸れ! らいおん丸!」
 千は獅子を召喚すると、その拳に宿らせる。百獣の王の拳は、情け容赦なくドリームイーターへと腹部へと突き刺さる。くの字に折れ曲がるドリームイーターの体躯。
「――常夜で眠れ」
 その肉を、フクロウがついばんでいく。吾連の生み出したフクロウの幻影たちだ。無数の爪とクチバシが致死の呪いとなって傷口を広げていく。
 鳥葬めいた光景を見ながら、天美は羨ましげに唇を尖らせた。
「みんな自分だけの技を持ってていいわねぇ……」
 未だ、自らの固有技を見出していない天美。その背、両肩にそれぞれポンと手が置かれる。
 ビハインドと、眠兎だ。
 ビハインドは小さく頷いて、励ますように微笑んでみせる。
「私もまだないわよ。甘いお菓子でも召喚できる技でも編み出そうかしら」
 守りたくなるビハインドの笑顔と、眠兎の慰めに天美が燃える。
「うん……アタシだけの技が無くたって、できるってところを見せてあげる!」
 天美の蹴りがドリームイーターのみぞおちに叩き込まれる。冴え渡る匠の一撃は、標的の身体を氷に包み込んでいく。
「今一度……シカップ・ナガ」
 動けないドリームイーターに向け、再び龍の構えを取る巴。
「この一打が今の私の持てる力の全てです……いざ、参ります」
 攻撃を肩代わりするべく矢面に立ち続けていた彌紗も、いつの間にか純粋に闘争を楽しんでいた。
 剣を納め、代わりに拳を握り込む。
 一分の油断もない、全力で突き進む龍拳と羅刹掌。
「……!!」
 ドリームイーターはついに声なき断末魔を上げる。飛び散った水飛沫によって生まれた虹の彼方へ、まさに泡沫の夢のように弾けて消えていくのだった。

●ドリームブレイカー
「手合わせありがとうございました!」
 武道は礼に始まり礼に終わる。千は一礼すると、吾連へと向き直る。
「おつかれさまなのだー!」
「お疲れ様!」
 乾いた心地良い音が響く。二人の掲げた手が勢いよく触れ合った。
「さて、ドリームイーターの元になった人を解放しないとね」
 サキュバスの角や翼をしまい込み、ルトゥナは渓流の上流へと視線を向ける。
「そうだな。このあたりはヒールの必要もないだろうし、まだ近くで昏睡しているはずだ」
 ナノナノを労うように撫で、宝も救出に同意する。
「サイキックさん、無事だといいですが……」
 心配気なホンフェイを眠兎はきっと大丈夫だと励ます。
「そうですね。夢の影はとても素晴らしい技をお持ちでした。是非その技を本人から見せていただきたいものです」
 彌紗は被害者であるサイキック武術家と格闘談義をする気バリバリのようだ。
「ええ。剣はともかく、見事な足運びでございました。私もプリサイ・ディリ・シラットを教える代わりにサイキックを教えていただきたいですね」
「俺も磨き抜いたサイキックを見せてもらいたいな」
「吾連と同じなのだー!」
「だったらこっそり便乗して私も習わせてもらおうかしら」
 サイキックに興味のある仲間たちを見て、ルトゥナは微笑む。
「あらあら、大人気ね。私もこれからも頑張って、って元気づけてあげたいわ」
「………」
 ツッコミたそうにしているホンフェイを見て、宝が水を向ける。
「何か言いたいことがあるんじゃないか?」
「いえ、明らかにネタな武術なのですが……確かにちょっと見てみたい気持ちもあるのです」
「なんにせよ、まずは上流にいかないとね。私は武術はいいけど、お礼にチョコでも貰いたいわ」
「そろそろホワイトデーですもんね~。チョコあげてないけどお返しはほしいのです!」
 無茶な要求をする眠兎とホンフェイ。
 皆は笑いながら、渓流を遡っていく。
 そこにはドリームイーターを打ち破った勝利の余韻が漂っていた。

作者:蘇我真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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