冬はとっても寒いから

作者:あかつき


 なんとなく暖かくはなってきたけれど、それでもまだ寒い風も吹くそんなある日、人通りの無い海岸の端っこで。
「女子高生の制服のスカート、あれは短くてとても寒いのです。故に冬場の女子高生はジャージを履くべき。これこそ真理!」
 ビルシャナの主張に、集まった十人の信者は一斉にわっと歓声を上げる。因みに男女比は女性7の男性3だった。
「そうよ! 女子だけが寒い思いするなんて理不尽よ!」
「風邪引いたらどうすんの!」
 叫ぶ女性陣に、男性3人も大きく頷く。
「そうそう、見ていて寒々しいもんな。ジャージ履いといた方が良い」
「それに俺、制服よりジャージの方が好きだし」
 ビルシャナは口々に同意を示す信者達を、満足げに眺めていた。


「隠・キカ(輝る翳・e03014)の依頼で調査をしていたら、女子高生はジャージを履くべきと主張するビルシャナが見つかった。今回はそのビルシャナや配下と戦って、ビルシャナを撃破する事が、目的だ」
 雪村・葵(ウェアライダーのヘリオライダー・en0249)は、ため息をつき肩を落とす。
「いつものことではあるが……妙なビルシャナが……しかも春先に……、まぁ出てしまったものは仕方がない」
 このビルシャナ化した人間が、周囲の人間に自分の考えを布教して、配下を増やそうとしている所に乗り込む事になる。ビルシャナ化している人間の言葉には強い説得力がある為、ほうっておくと一般人は配下になってしまいまう。ここで、ビルシャナ化した人間の主張を覆すようなインパクトのある主張を行えば、周囲の人間が配下になる事を防ぐことができるだろう。
 葵は、いつもの事になるが、と前置きをしてから、口早にビルシャナについての説明をする。
「ビルシャナの配下となった人間は、ビルシャナが撃破されるまでの間、ビルシャナのサーヴァントのような扱いとなり、戦闘に参加する。ビルシャナさえ倒せば元に戻るので、救出は可能ですが、配下が多くなれば、それだけ戦闘で不利になる。なので、配下は少なくしといた方が良いだろう」
 ビルシャナの周りに集まっている信者は十人。女性7人、男3人だ。
「女性だけ寒いのは理不尽、風邪ひきそう、見ていて寒々しい……これは男性か。あと……制服よりジャージが好き。これも男性だ。まぁ、大体そんな感じの理由でビルシャナに同意をしているようだ」
 場所は人気の無い海岸。場所からして寒そうなのはビルシャナの趣味だろうか。
「ビルシャナとなってしまった人は救うことは出来ないが……信者達を救う事は出来る。これ以上被害が大きくならないように、早めに撃破してきてくれ」
 葵はそう言って、説明を締めくくった。


参加者
メルティアリア・プティフルール(春風ツンデレイション・e00008)
翡翠寺・ロビン(駒鳥・e00814)
平坂・サヤ(こととい・e01301)
隠・キカ(輝る翳・e03014)
エメラルド・アルカディア(雷鳴の戦士・e24441)
六・鹵(術者・e27523)
長瀬・千夜子(向こう側・e28656)
款冬・冰(冬の兵士・e42446)

■リプレイ


 夕方の海岸で、真理を説くビルシャナ、わっと歓声を上げる信者達。
 そこへ現れたのは、八人のケルベロス達。
「オシャレに正解なんてものはないもの自分の好きな格好をすればいいとは思うけれど……でも、せっかくいろんなオシャレができるのに、ジャージだなんてもったいない、とボクは思うんだけど」
 どうかな、と信者達に声を掛けるのは、ニットのワンピースに黒いタイツを履いたメルティアリア・プティフルール(春風ツンデレイション・e00008)。それに対し、ビルシャナはカッと目を見開き叫ぶ。
「この者は我々の不憫さを理解しようとしない愚か者なのです! 故に、話を聞く必要など皆無!」
 そんなビルシャナの言葉に、信者達はうんうんと頷いた。
「私達に寒いのを我慢しろっていうの?」
 そう返す少しふくよかな女子高生三人組の内の一人は、正にビルシャナが主張するようなジャージを履いていた。ブレザーのスカートの下に。
「うーん、でも……スカートとタイツの組み合わせって上品に見えてボクは好きだなぁ」
「…………タイツ?」
 ぽかん、としたように目を瞬く女子高生。彼女は少し考えた後、首を横に振る。
「タイツなんて、寒いじゃん。それに、足のシルエット、しっかり見えちゃう。ジャージなら、それも隠せるんだから」
 ふん、と胸を張る女子高生に、メルティアリアはニットワンピの裾を摘まみ、首を傾げる。
「最近のタイツは裏起毛のとか保湿効果のある奴もあったりして、寒い季節でもすっごいあったかいんだよね。それに、黒だと細く見えるから着痩せ効果もあるし」
「え?! そうなの?!」
 隣に立つ彼女の友達も、目を見開く。
「逆に、ジャージとか着ちゃうと、太って見えるっていうか」
 そう言うメルティアリアに、三人は互いの格好を、上から下まで確認し合う。そんな三人に、隠・キカ(輝る翳・e03014)も頷き、言う。
「あのね、きぃもさむいの苦手。でも、学校の制服のスカート、きぃはかわいくてすきだから、下にジャージはかないよ」
 ロボットのキキを片手に無邪気に笑うキカは、こてんと首を傾ける。
「代わりにね、冬はいっつもタイツはいてるの。今日は制服で来たんだよ」
 そう言って暖色のセーラーワンピースの制服の裾を掴み、くるりと回れば、裾が広がり白地にピンクの花柄タイツが見える。
「ね、かわいいでしょ、スカートとタイツ! うらがもこもこであったかいの」
 それを見た三人は、顔を見合わせる。どうする? と戸惑った様子の三人に、款冬・冰(冬の兵士・e42446)が口を開いた。
「我々の主張は、荒唐無稽であるか。否。皆様、想起を推奨」
「想起? 想像、とか?」
 問いかける女子高生に頷き、冰は続ける。
「冬場、通学する者達の傍ら、確かに存在するもの。待合室、電車の座席、或いは車に備わる暖房。それらは日本社会が人々に齎したやさしさ。冬の装い、多様性の一翼を担うもの。加え個々人のカイロやひざ掛け等の対策も存在」
 寒さをカバーするための環境が、日本には整っているという冰の主張に、三人はハッとしたように、目を見開く。
「環境知識両面での要因があの服装を可能にしていると分析。人の生活圏であり、一定の備えを持つ者ならば、冬は暖かく迎え入れる。皆様からもどうか、温情を頂ければ」
 そう言って口を閉じた冰に、三人は互いに顔を見合わせて、呟く。
「そっか……そうだよね。寒いの、あたしたちだけじゃないし……」
 納得したような女子高生三人は、うんうんと頷いて、くるりと踵を返し、町の方へと歩き出す。
「じゃあ、タイツとかあったかいの……買いに行こ?」
 女子高生三人はそう言って、その場でジャージを脱ぎ捨て、町の方へと去っていった。
「ま、そうは言っても……寒いっていう気持ちは解らなくはないわ」
 残った信者達に向けて頷くのは、制服のブレザーに黒のサイハイソックス姿の翡翠寺・ロビン(駒鳥・e00814)。ビルシャナはそれを聞き、我が意を得たりと胸を張る。
「そうでしょう。だから、ジャージこそが真理なの」
 そう頷くビルシャナに、ロビンはそれでも首を横に振る。
「でもね、制服って期間限定なのよ。今だけ、卒業したら着れないの。ジャージは、おばあちゃんになったって着れるわ」
「おばあちゃんに……」
 それを聞き、三人組とは別に立っていた女子高生が呟いた。
「そう。今だけ」
 銀灰のブレザーの裾を引き、見せつけるようにしてロビンは頷く。後少しで高校を卒業するロビンは、一度短く瞬きをし、そして目を細める。
「女子だけさむいのが理不尽なら、男を半ズボンにしちゃえばいいのに……そいえば、最近は性別問わずスカートやズボンを選べる学校も、あるみたいねぇ。冬だけズボン、どう?」
 感傷を振り払うように首を傾げ、信者の女子高生に問う。
「どうせ主張するなら、そっちのほうがイマドキらしいわ」
「そっか……ズボンでも、良いんだ。確かにジャージより、かっこいいかも!」
 呟き、女子高生は頷き、ビルシャナから視線を逸らし、その場を離れていく。
「でも、制服のズボン、履けない高校もあるでしょ? ジャージならどこの学校だってあるし、うちの高校はズボンの制服、無かったもん。寒そうなのは、可哀想だと思うなぁ」
 そう言うのは女子大生。高校の頃を思い出しながら言う彼女に、平坂・サヤ(こととい・e01301)は問う。
「勿論素足は出ておりますが、血色は悪くないのです。どうですか、寒そに見えます?」
 そう言って少し膝丈のセーラー服を少し摘まめば、三つ折りソックスの上の脛が覗く。確かに、その肌は血色悪くは無かったが。
「うーん……でも、やっぱり寒いのはやだなぁ。ねぇ?」
 女子大生の横のOLも、女子大生と同じように顔を顰め、隣の友人に問えば。
「そうね。私も……やっぱ寒そうに見える。タイツ履いても……」
 互いに顔を見合わせて頷き合う三人に、中年の女性も大きく頷いた。
「風邪とかひきそうで……見てる方が寒々しいと思うわ」
 それを聞き、長瀬・千夜子(向こう側・e28656)は制服の裾を直しながら、四人の方へと一歩足を踏み出し、静かに口を開く。
「ええ、体調面に配慮いただいた親切なご忠告、どうもありがとうございます」
 その言葉に、一度目を輝かせた四人に向け、千夜子はきりっと目を向けた。
「けれど言わせていただきます」
 真剣な瞳の千夜子に、四人は知らず背筋を伸ばした。
「スカートにジャージ、とにかくダサい。ダサすぎます。そんな恰好で人目のある場所に出られるなんて正直考えられません。田舎の学生か何かですか? わたしだったら風邪を引いたって着ません。ダサいので」
 千夜子は、そこまで言ってから小さく息を吐く。
「ダ……ダサい……って、確かにそうかもしれないけれど……」
「寒いというのなら、スカートを長くするという選択もあるのではないか?」
 そう提案するのは長めのスカートを着用してきたエメラルド・アルカディア(雷鳴の戦士・e24441)。
「聞くにスカートは短い方が可愛いらしいし、実際に私も可愛いと思う。だが長いスカートもまた、可愛いのではないだろうか。お姫様のイメージに近い、長いスカートのまま静かに歩く事で得られる品の良さ。敢えて肌を見せないスカートの魅力もあるのではないか?」
 す、と優雅に歩き出すエメラルドの足元で、緩やかに揺れるスカートの裾。数歩歩いたところで振り返れば、ふわりと裾が優雅に揺れる。
「確かに、長い制服……上品で、良いわ」
 どうやら長いスカートの清楚さは、中年女性の心に刺さったらしい。
「寒くも無さそうで……。これよ!」
 ぐ、と拳を握りしめた中年女性は、叫ぶや否や海岸を走り出す。
「娘にも教えてあげなくちゃ!」
「貴女……待ちなさいっ!!」
 ビルシャナの伸ばした手と制止の声は、走り出した中年女性には届かなかった。
「はじめて制服を着た時の事を、憶えていらっしゃいますかふわっとしたスカートにドキッとしたことは?」
 そんなビルシャナは無視して、残ったOLと女子大生に問うサヤ。OLの一人が少し考えた後、頷く。
「確かに……初めて制服を着た時……ちょっとだけ、うきうきした気持ちになったかも……」
 そんなOLに、サヤは続ける。
「そんな制服を、誰かに見せたいという気持ちもあるでしょう。理不尽を嘆くことなく、可愛くあろうとする努力は尊い。違いますか?」
「可愛くあろうとする……努力……」
 愕然と呟く女子大生に、千夜子は語りかける。
「大体、あなた方は女子学生がどうしてスカートを短くするかご存知で?」
 戸惑ったように顔を見合わせる三人に、千夜子は続ける。
「脚の部分を少しでも多く見せて、脚を長く魅せるため……。それを芋臭いジャージで隠してしまったら、本末転倒でしょう? 女の子は覚悟を決めてお洒落を楽しんでいるんです。貴女方も、そうじゃないんですか?」
 問いかけられたOLは、ハッとして口許に手を当てる。
「確かに……寒くて、なんて、お洒落の前には……無力……。なんで忘れてたのかしら……」
「世の女子高生が寒さに負けたなら、とっくにジャージ一色になっておりますよ。では、そうなっていないのは何故でしょう。それこそが答えだとは思いません?」
 問いかけるサヤに、三人は大きく頷き。
「忘れてたわ……お洒落は、寒い寒くないじゃない!」
 夕方の海岸を走り出した女子大生を追いかけるように、OL二人も駆け出した。
 残されたのは、男性信者三人と、ビルシャナ一体。
 悔しそうに顔を歪めるビルシャナは、残った信者達を見て、右手を振る。
「こやつらは私達の敵! やっておしまい!」
 その声に、三人の男性が身構えようとしたその時。
「ちょっと考えてみて欲しいんだけど」
 それまで黙って成り行きを見守っていた六・鹵(術者・e27523)が、ぽつりと口を開く。
「……何を?」
 問い返す男性信者に、鹵は問う。
「クラスにさ、ジャージ着てだらっとした子と、制服のスカート綺麗にはいた子がいたら、君達、どっちの子を好きになる?」
 無表情に、とつとつと問いかける鹵に、信者は一瞬黙り込み、そして。
「そりゃ……その……」
 ちらり、と振り返った先は、腕を組むビルシャナ。ということは、つまり。
「いや、どう考えても、プリーツスカートから見える生足の方がいいでしょ。スカートってそもそもそういうものだし」
「えっと、それは……」
 ちらり。彼らが振り返った先のビルシャナは、怒ったように爪先をたんたんと小刻みに地面に叩きつけている。
「だって、圧倒的に可愛いよね。目線釘付けだよね。ジャージ履いた方がいいとか、何その見てて寒々しいとか童貞っぽい発言……男の風上にもおけないんだけど」
「うわああああああ!!」
 つらつらと重ねられる鹵の説得に耐えきれなくなり、男性信者は叫びながら走り出す。
「スカートの方が可愛いんだよぉぉぉぉぉぉ!!」
 と、いうことで。
「あの、役立たず共ぉっ!!」
 取り残されたビルシャナは、怒りに雄叫びを上げた。


「許さんっ!!」
 叫んだビルシャナは、手近なケルベロスに向け、ビルシャナ経文を唱え始める。
「危ないっ!」
 その時、仲間を庇うべくメルティアリアが駆けた。仲間を庇い、ビルシャナ経文を受けたメルティアリアはがくりと膝をつくが、その横に寄り添うサーヴァントのヴィオレッタがすかさず属性インストールで回復を施す。
「サヤ、支援する」
 その間に、冰は九尾扇を使い、サヤへと妖しく蠢く幻影を付与していく。支援を受けたサヤは、峠道を手にビルシャナへと駆ける。
「ありがとうです。じゃあ、行くのですよ」
 そして、振り上げた峠道はビルシャナの羽根をばりっと毟った。
「ぎゃっ!」
 喚くビルシャナを尻目に、千夜子は爆破スイッチを押し込んだ。
「心配性というか、お節介というか……。少しかわいそうな気もしますけれど、やりすぎは迷惑行為ですよ。荒事は苦手ですが、お仕置きです」
 色とりどりの爆発と派手な爆風に、千夜子のセーラー服がはたはたと靡く。
「はあぁっ!!」
 爆煙を背に駆けるエメラルドの手には、ゲシュタルトグレイブ。稲妻を帯びた超高速の突きは、ビルシャナの神経回路を麻痺させる。
「ぐ……」
「えいっ!!」
 そこへ、キカの放った魔法が直撃した。魔法の効果により、ぐらりと身を傾かせたビルシャナへ向け、ルーンアックスを構えたロビンが駆ける。
「羽の最後の一枚まで、毟り取ってあげる」
 光り輝く呪力と共に振り下ろしたルーンアックスは、ビルシャナの羽根をほぼ丸裸まで毟り取った。
「ぎっ!!」
 鹵は魔導書を手に、呪文を口にする。 生と死の境界線から、呼び出した命の鼓動を止めるおぞましき触手は、ビルシャナを食らうように包み込み、そして、跡形もなく破壊し尽くしたのだった。

「あのぉ……」
 ヒールなどの後片付けに勤しむケルベロス達の元へと、信者達が徐々に帰ってくる。
「手伝います」
 そう申し出る男性信者三人に、ロビンは破れたサイハイソックスの足を見せつけるように仁王立ちし。
「じゃあ、あっちの瓦礫、片付けてもらえる?」
「は、はいっ!」
 頷き、駆けていく男性三人の背中から視線を外し、千夜子に視線を向ける。
「……何?」
 首を傾げる千夜子に、ロビンは少し肩を竦め。
「うん、そういうセーラー服も憧れだなぁって……えっと、奥ゆかしいかんじ?」
 そう言うロビンに、千夜子は目を瞬く。
「……そうですか?」
 大穴をヒールで補修した、キカは、抱き締めたキキに向け、にこりと笑う。
「うん、きれいになったよ!」
 集まった女子高生達に向け、ヒールを行いながら笑顔で制服の可愛さを説明し始めるメルティアリア、そんなメルティアリアを眺めつつヒール作業をするサヤ、真顔で抉れた地面を直す鹵。
「ふむ。制服と一言で言っても、私が思っていた以上に着こなし方があるのだな……勉強になったよ」
 制服に縁がなく過ごしてきたエメラルドは、仲間達の制服を見つつ、頷く。
 こうして、傍迷惑はビルシャナはケルベロス達により撃破され、取り戻された平和を物語るように3月の夕日は水平線の向こうへとゆっくり沈んでいくのだった。

作者:あかつき 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。