花散らす竜の顎

作者:千咲

●花散らす竜の顎
 春の訪れを実感し始める3月頭。さまざまな赤や白が鮮やかに彩る桃園。
 その中央部には、桃の節句にちなんで大きなひな壇が飾られ、等身大のひな人形たちが並ぶ――開花が早いのを幸いと、季節をいち早く先取りして今年から始まった桃の花祭りは、開催前の宣伝がうまく行ったおかげもあって、人一倍の盛況を誇っていた。

 まもなく正午。ちょうど、桃の花とひな人形を観に来たお客さんたちが、各々良い場所でお弁当を広げてお花見を楽しんでいる最中のこと。
 突如、天から降ってきたかのように巨大な牙がひな壇の後ろに突き刺さる。
 美しい園に恐怖の悲鳴が響き渡る中、牙が幾人かの竜牙兵へと姿を変えた。
 竜牙兵たちは、ひな壇を突き崩すと、飾られた桃の花やひな人形たちを薙ぎ倒して人々の方へ。
「グラビティ・チェインは……ワレらのモノだ」
「そのキョウフ、ヒタン……オマエたちのソレはスベカラク、ワレらのアルジのモノ。アルジのカテとナルべく、ココでシネ」
 剣を携えた1体と、無手ながら女雛の着物を着流しのように羽織った1体が、吼える。
 そのまま疾走して人々の中に突っ込むと、手にした武器で大人も子供も無差別な殺戮の的にいし始めた。
 それに続き更に簒奪者の鎌を構えたのが3体。計5体もの竜牙兵が、血の饗宴を求め、嗜虐に沸き躍る。
 ひな人形が着けていた衣装が先頭の2体に掛かり、着流しのように映る。
「グァァァハハハ」
 無数の血に穢されし桃園に、竜牙兵の哄笑が響いていた。

●饗宴を阻むもの
「急なお願いに集まってくれて、ありがとう」
 赤井・陽乃鳥(オラトリオのヘリオライダー・en0110)が、集まったケルベロスたちに微笑んだ。
「院瀬見・和佐(狼先生・e20864)さんが予見した事件が、実際に起こることが分かったの。事件は福岡県の某所にある桃園――竜牙兵が現れ、人々を殺戮に走るみたいなの。急いで現場に向かって、恐ろしい凶行を阻止してくれる!?」
 と、饗宴の凄惨な様子を語って聞かせる陽乃鳥。
 そして、本来ならば先行して人々を避難させたいところだけれど、それをしてしまうと 竜牙兵は他の場所に出現してしまう為、逆に事件を阻止する事ができなくなってしまう……と言う。
「唯一の救いはお祭りが始まったばかりなので警備の人たちが避難誘導に専念してくれること。つまり戦場に到着した後は、人々のことは任せて、5体もの竜牙兵たちを撃破することに全力を傾けてほしいの」
 そう言うと、続けて戦うために必要な情報を告げる。
「敵はさっきも言った通り、竜牙兵が5体。先頭の2体――剣を携えた個体と、無手の個体の方が若干力は上かも知れない――それと鎌を持った3体。彼らはグラビティ・チェインを求め殺戮のために来ているから、決して退くことはないわ。仮初めの命だからかも知れないけど、たとえ滅ぶ寸前であっても全力で戦い続けるの」
 戦場となる桃園は、ちょうど広場のようになっているおかげで、平坦で足場も悪くない。天候にも恵まれているので条件的には全力を発揮できる、と付け加えた。
「あえて言うなら、彼らの背後は倒れたひな壇だから、取り囲んで集中的に……という訳には行かないことくらい? ただ、いずれにしても5体もいるから戦力が分散してしまうのも已むなしだとは思うけど」
 そして、最後に恭しく一礼しながら、陽乃鳥が告げる。
「竜牙兵たちによる凶行を見過ごすことなんて出来る訳ないよね? だから、絶対に被害を出さないよう、全力で討伐にあたってね」と。


参加者
篁・悠(暁光の騎士・e00141)
佐竹・勇華(は駆け出し勇者・e00771)
藤守・千鶴夜(ラズワルド・e01173)
毒島・漆(魔導煉成医・e01815)
真上・雪彦(狼貪の刃・e07031)
院瀬見・和佐(狼先生・e20864)
四季・唯奈(シャドウエルフの巫術士・e21004)
シデル・ユーイング(セクハラ撲滅・e31157)

■リプレイ

●花散らす竜の顎
 鮮やかな赤や濃い紅、澄んだ白や淡い桃色、色とりどりの桃の花。
 中央の広場に置かれた大きなひな壇には、等身大のひな人形たちが並ぶ。
 美しい桃の花に囲まれながら、ひな人形が見えるところにシートを広げ、お花見を楽しんでいる恋人やファミリー達が大勢いる中、それは突然起こった。
 天に突如として闇の亀裂が疾り、巨大な『牙』が降る。
 その強大な竜の牙は、ひな壇のちょうど真後ろ辺りに突き刺さり、バラバラと弾け散るように、それぞれが骸骨に近い魔物――竜牙兵へと姿を変えた。
「グラビティ・チェインは……ワレらのモノだ」
「アルジのタメに、ココでシネ!」
 現れた5体の創造物たちは、ひな壇を突き崩し、飾られた花や人形たちをも薙ぎ倒して人々に襲い掛かった。

「待ていッ!!」
 竜牙兵らの投げた鎌を神雷剣の一閃で叩き落した篁・悠(暁光の騎士・e00141)が、アルティメットモードで竜牙兵たちの前に立ちはだかった。
 そして、即座に剣を翻すように双魚のオーラを投げ返す。
「ピスケスよ輝け! そして凍てつく氷の棺となれ!」
 が、簒奪者の鎌を持った別の竜牙兵が割り入るようにして躯でそれを受ける。
「お祭りで咲く笑顔を荒らすのは、許し難いことですのよ。無粋はお止めになって、大人しくお帰りくださいませ」
 剣呑とした空気の中で、呑まれることなく穏やかな口調で告げた四季・唯奈(シャドウエルフの巫術士・e21004)は、巫術の炎で敵を祓おうとする。
 さらにはシデル・ユーイング(セクハラ撲滅・e31157)が縛霊手を構え、「これなら避けようもないでしょう」と巨大な光弾を放った。
 その間に人々を誘導しようと桃園の警備員が駆けつけて来るのを見、毒島・漆(魔導煉成医・e01815)と藤守・千鶴夜(ラズワルド・e01173)が迫る親王の着物を羽織った2体を引きつけるべく、大きな声を掛けた。
「こいつらは俺たちが引き受けます。皆さんはお客さんたちを!」
「ええ。お客様の避難誘導を、是非お願い致します。代わりに此方の相手はお任せあれ」
 だが、敵も伊達に数多く現れた訳ではない。
 彼らが先頭の親王たちを阻む間に、官女の格好を奪った兵らが逃げ遅れた人々を襲おうと回り込む。
 しかし、その兇刃が一般客の下に届く寸前、佐竹・勇華(は駆け出し勇者・e00771)が地面を抉るような勢いで滑り込んで引き受けた――鎌の大きな刃が、その身体から力を奪ってゆく。
「くっ……それでも、綺麗な桃の花を愛でるこのお祭り、血で汚させる訳にはいかない!」
 同時に仲間たちに向けてドローンを飛ばして盾代わりをさせる。
 迫る敵に凍りついた人々を正気に戻すべく、真上・雪彦(狼貪の刃・e07031)も駆け込んでくる。
「早く逃げろっ。此処は俺達に任せな、向こうで警備員に頼るんだ!」
 声を掛けると共に、傷ついた勇華に満月のような光球を投げ、回復と同時に潜在能力を呼び醒ます。
 が、そのとき既に仲間と対峙していた筈の親王竜牙兵が手にしていた剣から、金の猛牛が突進してきた。
 蹴散らすように雄々しく突っ込んできたオーラの創造物を、院瀬見・和佐(狼先生・e20864)の元から走り出したライドキャリバー・イチカワさんがガトリング掃射と共に受けとめる。
 安堵の様子を見せることなく和佐は、黙って雪彦同様に月の力を宿した光球を、前衛の悠に投じた。敵を……敵の狂気を確実に食い止めるために。

●竜牙竜星雨
「キサマたち、なぜキョウフしない? ナケ、ワメケ! ワレらがアルジのタメに!!」
 竜牙兵たちの攻撃が一層の苛烈さを増す。
 その1つがオーラの顎。気咬の弾がケルベロスを襲う。
 しかし、それを難なく受け流し、微笑みすら浮かべ返す千鶴夜。
「ふふ、そうやって人の命を狩ろうとしているのです……もちろん狩られる覚悟もできていらっしゃるのでしょう?」
 サーヴァントのポラリスに、行きますわよ……と告げ、敵を制すべく、Altairを派手に撃ちまくる。そこにポラリスの原始の炎が燃え盛る彩りを加えてゆく。
「恐怖ですか……いい加減、こいつらとの戦いも慣れてきましたからね」
 その漆の台詞が竜牙兵たちの問いの答えだろうか。そのまま流れるように美しい軌跡を描いて、蠱刀・烏羽喰で骨の接合箇所を正確に打ち抜く。
 しかし、その慣れ……は危険と表裏一体。鎌を取り戻した2体がその場から彼を挟み込むようにして亡者の群れを解き放った。
 見るも無惨な死者たちの魂が、己の世界に引きずり込もうと纏わりつき、石化が始まる……。
 その危機の後方では、勇華の灯した光る星の力が地面に溢れ、徐々に広がりつつあったが、さすがに届きはしない。
「無粋な闇には消えてもらうよ。ここは不浄の者が立ち入って良い場所じゃないっての」
 続けて、休むまもなく放った悠の電光石火の蹴り。
 しかし敵の反応もすばやいもので、任務に忠実な兵の如く立ちふさがる鎌の主。
 だが、その蹴撃は速いだけではなかった……月の狂気か、想像を超える威力で竜牙兵の腰骨辺りを粉々に砕いたのだった。
「成敗!」
 しかし敵の首魁たる親王竜牙兵は、仲間が滅したことに怯むこともなく、超重力を宿した重い斬撃を繰り出す。
 シデルがギリギリのところで間に入って身を挺するも、深刻な負傷は免れ得ない。
「さすがに厳しいか……ほらよ」
 和佐が手を差し出すと、何処からともなく瞬時に薬の瓶が現れた。
 手にしたシデルが口にした瞬間、凄まじい苦味と引き換えにして着実に痛みは和らいでいくのを実感できた。
 その一方で、石化しつつある漆や気弾に咬まれた千鶴夜を癒すべく、薬液の雨を降りしきらせる雪彦。
 その様子を観察したのか、癒し手こそが恐怖を抱かぬ原因と断じたらしく、無手の竜牙兵が雪彦を襲う。素早い動きで距離を詰めての音速の拳は――まさに骨で貫く一撃。腹に突き刺さるかと錯覚するほどの激しい痛みをもたらした。
 さらには大鎌を振るう敵が、歪な刃を和佐に突き立て生命力を奪い取らんとする。それを傷が癒えたばかりのシデルが、庇う代わりに神速の蹴りで押し返した。
 そこに飛び込んできたのは再び金の猛牛……立て続けの攻撃にケルベロスたちも気が抜けない。
「やはり1体ずつでも確実に潰してまいりましょう」
 猛牛の突進を躱しつつ、千鶴夜のリボルバーが吼える。華麗な体捌きからの曲射ちとも言えるそれは、官女竜牙兵ラスト1体の脚部へ、次々と吸い込まれるようにヒットし、建物を土台から崩すかのように滅びを与えたのだった。
「あとはあなたたち2体だけですよ。覚悟してください」
 無数の突起に覆われた烏羽喰で激しい一撃を容赦なく叩き込む漆。次いで勇華は両手の剣を十字に構え……グラビティを重力に変換、圧倒的な力を双剣に込め全力で叩き込んだ。
 その重過ぎる一撃に己の危険を悟ったか、竜牙兵はズズッと後ずさって距離を置こうとする。オーラの弾を敵に喰らい付かせている間に。
 が、実はそれこそ雪彦の狙い通り。
 天に腕を翳した彼の召喚に応じ、生まれ出でたのは無数の刀剣。それが余すことなく一帯に降り注ぎ、羽織る形になっていた着物ごと無手の竜牙兵の躯を千々に斬り裂いた。
 残る敵は束帯を引っかけた敵の首魁ただ1人。だが、その剣技は決して侮れない相手だ。再び超重の一撃が繰り出され、勇華が思わず膝をつきかける。
 その傷を一刻も早く塞ぐため、主の命を受けたポラリスが祈りを捧げ始めると、敵の虚ろな視線がそのゴーストに向けられた。
 その一瞬の隙を突いて千鶴夜が死角に潜り込む。そして……陰から狙いすました一発を撃ち込んだ。
(「今ですわ」)
 限られた体力を有効に使うためうまく立ちまわっていた唯奈が、好機を掴んだと見て疾った。エアシューズで地を蹴り、頭上高くへと跳び、そこから流星の如き蹴りを決めた。
「雷霆よ、駆け抜けろ!」
 続いたのは、悠の声。皆の視線が彼女の方へと注がれたときには、その姿は黄金の光に包まれ、まさに雷と化す。
「神雷ッ!! 疾走―――ッ!!!」
 雷鳴よりも速く、轟くような音を立てて走る彼女がスピードを上げ、次々と敵を斬り裂いてゆく。
 ――閃! 神雷剣の無数の軌跡が、降り注ぐ雷と化した。

●厄を祓いて……
「傷痕に降り積もれ、深々と苦痛を癒せ!」
 雪彦の構えた剣から治癒の霊力が雪のように軽やかに降り注ぐ。
「勇華さんは、まだ傷が残ってますのね、私も癒しますのよ」
 唯奈が気力を分け与えるようにして癒す。親が医者だったせいか、あまりに傷付いた者を長くは見ていられない性分らしい。
 そんな許嫁の様子を見やりつつ、回復の手が足りそうと判断した和佐は、シデルと並走、激しい走りで摩擦熱を起こす。やがて炎を発したところでそれを一息に敵に放った。燃え盛る2つの炎弾が竜牙兵を灼く。
 そして漆の呪詛を込めた斬撃。輝く軌跡が羽織った束帯を斬る。
「倒れないか……しぶといヤツめ。砕け散れェ!」
 悠の降魔の拳が炸裂。竜牙兵の邪悪な魂に喰らい付いた。
 敵の躯が大きく揺らぐ。しかし、それを支えるかのように紡がれしは、三たび、金色の猛牛。その突進が周辺のケルベロスたちをまとめて振り払った。
 が、振り払われたことすら活用し、臨機応変に攻撃に移ったのは千鶴夜。己のオーラを星型に紡ぎ、敵に向かって蹴り当てる。
「ご存知でして? 桃の花は厄除けの効果があるのだとか。それならば……祓われるべき厄は当然、貴人方――竜牙兵、でしょう?」
 そうやって敵の気を引いているうちに、和佐とシデルがコンビのように負傷した仲間の治療に当たる。薬瓶を差し出す和佐、シデルのヒール……。
 代わってイチカワさんが炎を纏って敵に突っ込み、それと合わせるようにして攻撃に戻った唯奈が、距離を保ったまま巫術の炎弾を放つ。
 その炎と共に距離を詰めたのは漆。
「儀式闘術……漆業罪架」
 魔術と体術を融合した必殺の一撃。グラビティ・チェインに引き寄せられた敵を、勢いのままにぶち抜いた。
 グラッ……襲撃の首魁たる竜牙兵にも、いよいよ活動限界が近づいてきたらしい。
 それをいち早く見て取った勇華が両の腕を交差させるように腰に伸ばす。神速の歩法で間合いを詰めると二刀を一閃、胸の下から頭上までを一気に斬り、断ち割った……。

●桃の花祭り
「なんとか終わらせることが出来ましたのね……」
「あぁ、本当に『何とか』だがな。それより……無事か?」
 ホッとしたような唯奈の言葉に、ぶっきらぼうながらも丁寧に返し、気遣う和佐。他の相手なら一言で済ませる所だったろうけれど。
「避難してもらった人々を呼んであげませんと」
 千鶴夜がポラリスと顔を見合わせる。
「その前に……せっかくの桃園がこんな姿のままでは困りますね」
「せっかくのお祭りも、このままじゃ台無しだもんね」
 漆と勇華がヒールで周囲を元に戻してゆく。
「でも肝心のひな人形たちがこれじゃぁ、目も当てられねぇ……」
 ひな壇や人形たちを元に戻す雪彦。無機質なヒールだけでなく、自らの手で埃を祓い、元の位置に飾り直してやる。
 元の姿を取り戻した艶やかな着物の柄を見やりながら、悠が何気なく呟く。
「……ふむ。やはり竜牙兵も着たかったのだろうか。……まさかな!?」
 自分で妙な想像をしておきながら、思わず吹き出しかける。
 概ね辺りが元に戻ったのを確かめると、尽力してくれた警備員たちにも声を掛け、人々を呼び戻しに向かう面々。
 一仕事を終えたのだから、皆と一緒に少し楽しむくらいは構わないだろう。ケルベロスと言えど、ささやかな息抜きくらいは必要だ。
「桃の花祭り……ね。こうも人が集まってると、春って感じするよな。で、唯はこういうの好きか?」
「えぇ。こういうお祭り、好きですの。良ければ……少し、愛でていきませんこと?」
 気恥ずかしそうな唯奈の言葉に、無言で微笑んで見せる和佐。
 ――普段、誰にも見せないその表情こそが、何よりの答えだった。

作者:千咲 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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