ミッション破壊作戦~激突、竜と猟犬~

作者:坂本ピエロギ

「グラディウスの再使用が可能になった。これからお前達に、強襲型魔空回廊の破壊作戦に参加してもらいたい」
 ザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)が、ヘリポートのケルベロス達に要件を告げた。
「今回の目標はドラゴンの魔空回廊だ。回廊の数こそ少ないが、その首魁はいずれも強敵ばかり。激しい戦闘が予想される」
 グラディウスの長さは約70cm。子供の片腕と同じくらいのサイズだ。その刀身からは漲るグラビティの光が放出され、王子の黒い鎧をキラキラと照らしている。
「通常兵器としてこそ使えないが、グラディウスの力は計り知れん。デウスエクスの橋頭保である強襲型魔空回廊は、この剣でしか破壊できないからだ」
 王子はグラディウスの輝きを確かめた後、それらを一本ずつケルベロスに配っていった。
「この兵器は、一度の使用で全てのグラビティを使い果たしてしまう。再充填の完了には、ひと月ほどの時間が必要だ」
 乱発のきかない、とっておきの切り札。
 故に、どの魔空回廊を襲撃するかはお前達に一任しよう――。
 そう言って、王子は話を続ける。
「魔空回廊はミッション地域の中枢にある。強力なドラゴン達が防衛する地上ルートを、通常の方法で突破するのは困難だ。最悪、グラディウスを奪われるリスクもある」
 そこで、この作戦では高空降下による強襲を行う。魔空回廊の周囲を覆う半径30mほどのドーム状のバリアをグラディウスで破壊し、グラビティを極限まで高めた状態で回廊の本陣を攻撃するのだ。
 グラディウスは攻撃時に雷光と爆炎を発生させる機能を持っていて、使用者の魂の叫びが強いほど、その威力は上昇する。この攻撃で与えたダメージは回廊に蓄積されてゆき、最大でも10回程度の降下作戦を行えば、回廊を破壊することが出来るようだ。
「雷光や爆炎が着弾すると、かく乱効果のあるスモークが発生し、しばらくは敵を無力化できる。グラディウスの所持者が雷光や爆炎で負傷する事はないから、安心して使うと良い」
 攻撃に成功した後は、スモークに身を隠して速やかに撤退すること。無論、グラディウスを持ち帰る事も忘れてはならない。
「スモークが完全に晴れるまでは、敵は連携を取って攻撃してこない。目の前の敵を速やかに排除しつつ、退路を確保して戦うようにすれば、問題なく撤退できるだろう」
 ただし、全ての敵を無力化する事は不可能なので、強力な敵との戦闘は免れない。また、無茶な戦いを続けるなどして時間を浪費すれば、態勢を整えた敵に包囲される恐れがある。そうなれば作戦は失敗、降伏か暴走して撤退するしか方法はない。
「こうしている今も、デウスエクスは侵略の手を地球へと伸ばしている。魔空回廊を破壊できれば、僅かでもそれを止められるだろう――」
 豊饒なグラビティにあふれる惑星で、日々の暮らしを営む地球人たち。
 それらがデウスエクスに蹂躙される姿を想像したのか、王子はいったん言葉を切ると、
「お前達の魂の叫びを力に変えて、ドラゴンの息の根を止めてきてくれ。武運を祈る!」
 そう言ってケルベロス達に敬礼を送り、待機するヘリオンの操縦席に向かった。


参加者
伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)
ドルフィン・ドットハック(蒼き狂竜・e00638)
シルフィディア・サザンクロス(ピースフルキーパー・e01257)
上村・千鶴(陸上競技部部長・e01900)
ソフィア・フィアリス(黄鮫を刻め・e16957)
ティ・ヌ(ウサギの狙撃手・e19467)
岡崎・真幸(脳みそ全部研究に費やす・e30330)

■リプレイ

●ミッション17-5「焼津地竜窟攻略戦」
 『静岡県焼津市』。
 この検索ワードで出てきた航空写真を見た者は、すぐに妙な点に気づくだろう。ビルをすっぽり呑み込むほどの、大きな黒い円。それが、焼津という土地のあちこちに無数に点在することに。
 市街、道路、港、山――。無造作にちらばる黒円の正体は、巨大な大穴。デウスエクス・ドラゴニア『地底潜航竜』による蚕食の痕跡だ。
 そんな潜航竜の根城たる魔空回廊を、岡崎・真幸(脳みそ全部研究に費やす・e30330)は、降下ポイントの上空から見下ろしている。
「考えてみればドラゴンってのも、つくづく気の毒な連中だな」
「きのどくって、なに?」
「哀れ、ってことだ」
 隣で首を傾げる伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)に、真幸は応える。
「自分達の種だけを残すため、奴らは体を作り替えた。あらゆる生物を食い散らかすため、心も脳みそも、ぜんぶ切り捨てた。涙ぐましい努力だよ、まったく」
 口端をつりあげ、苦い笑顔を作る真幸。だが、その青い両眼は笑うことなく、魔空回廊の奥を凝視している。
「待ってろドラゴンども。今度こそ殲滅してやる」
「こころを、きりすてた……」
 勇名はそっと顔を伏せて、小さな手で胸を抑えた。
(「ぼくには、よくわからない。こころは、むずかしい」)
 破壊し尽くされた焼津の街。辺りを覆う、死の気配……言葉では言い表せないもやもやしたものが、ずっと彼女の胸を覆っている。
「降下ポイントに着いたようね。それじゃ、また地上で」
「地底潜航竜は強敵です。皆さん、気をつけて」
 上村・千鶴(陸上競技部部長・e01900)とティ・ヌ(ウサギの狙撃手・e19467)が、グラディウスを手にハッチを飛び降りた。
 ふたりを先陣に、地獄の猟犬たちは魔空回廊めがけて次々と降下してゆく。
 豊かな自然に恵まれたこの街を、再び人類の手に取り戻すために――。

●魂を込めて
 8人の眼下には、廃墟と化した街並みが広がっていた。
 街の中央に鎮座する魔空回廊のバリア。それを、ティのグラディウスが切り裂く。
「いったい、何度ここの作戦に参加したか……」
 重傷を負い、暴走した仲間たちの顔が、ティの脳裏に浮かんでは消えていった。
 戦場で生まれ育った彼女にとって、戦場で友を失うことは何より耐えがたい。
「お願い。プリンケプスも力を貸してね」
 ティは傍らのボクスドラゴンに微笑みかけ、グラディウスを構える。
 プリンケプスは、デウスエクスと戦って死んだ、亡き師匠の形見。ティにとっての真の力、そのありようを体現した存在だ。
 力だけを求め、醜く変わり果てた潜航竜の姿は、この上なく冒涜的とティには映った。
「これで終わりよ!」
 今度こそ引導を渡す。そんな決意をこめて、グラディウスをバリアに突き刺した。
 グラディウスから火の玉が降り注ぎ、爆炎となって地上のドラゴンを巻き込んでゆく。
 次に降下してきたのは、千鶴だった。
「死に抗う決意で戦うのはいい。でも、それは私達も同じ……!」
 両肩に背負った仲間の未来と希望。それらを胸に、千鶴はグラディウスを振り下ろす。
「必ず勝つ……! これで、終わって!!」
 バリバリと音を立てて裂けてゆくバリアの間隙に狙いを定め、続けて降下してきた勇名とソフィア・フィアリス(黄鮫を刻め・e16957)がグラディウスが突き刺してゆく。
「ドラゴンあばれてる、いろいろこわしてる」
 ヘリオンから焼津の街を見下ろしてからというもの、勇名の胸は妙な疼きを抱えていた。回路の故障かとも思ったが、試しにヒールをかけてみても、その疼きは消えるどころかどんどん強くなるのだ。
「ゆるさない、たたかわないと……」
 意識せずに口をついて出た言葉に、勇名はハッと我に返る。
「そうか。いま、ぼくは、おこってるんだ。きっと、そうだ」
 握りしめたグラディウスに、ありったけの叫びを込める勇名。その隣で、ソフィアもまた、自らの戦う理由を静かに語る。
「ヤイヅといえばスルガ湾。スルガ湾といえば美味しいお魚よね?」
 真水のように柔らかく、凛とした声。孫を持つ年齢の主婦とは思えない若々しさだ。
「ヤイヅの海産物は、とても美味しいの。春は桜エビが絶品なのよ」
 ソフィアが定命化したのは、もう30年も前。初めて食べた魚料理の美味しさを、彼女は未だに鮮明に思い出せた。
 安くて美味しい、主婦の味方。それを、あのドラゴンは奪ったのである。
「この地を! この国の食を奪った罪は重いわ! 元調停者として貴方達を断罪します!」
 二人のグラディウスから生じた雷光が、爆炎が、魔空回廊を覆いつくしてゆく。新たに加勢に加わるドルフィン・ドットハック(蒼き狂竜・e00638)がグラディウスを振りかぶり、バリアめがけて叩きつけた。
「地底潜航竜……随分とわしらの攻撃を凌いでおるのう?」
 強者との戦いが心底待ちきれない。楽しみでたまらない。回廊の主に向かってドルフィンは大声で笑いながら語りかけた。
「カッカッカッ! おぬしと再び戦えるとは何たる幸運よ。今行くから待っておれ!」
 そんな彼とは対照的に、シルフィディア・サザンクロス(ピースフルキーパー・e01257)とベリザリオ・ヴァルターハイム(愛執の炎・e15705)は、ありったけの憎しみをこめてグラディウスを突き刺す。
「ドラゴン共め……貴様らゴミのために、どれだけの命が犠牲になったと……」
 デウスエクスに家族を奪われたシルフィディアの叫びが、グラディウスの刃を藍色の輝きで満たす。フルフェイスのマスク越しにのぞく、地獄の炎よりも鮮やかに。
「いい加減、ゲートごと死に絶えろ……ゴミクズ野郎!」
 着弾の衝撃で空気が振動し、スモークが辺りを覆い始めた。そこへ更なる追撃の手を、ベリザリオが加える。
「歪み、死に怯え、異形となってまで種の為に尽くす様。ああ……反吐が出る程に愛しい」
 毒々しい紫色の輝きを帯びるグラディウスを構え、容赦なく斬りつける。
 愛する者を奪った憎きデウスエクスの顔を、バリアのカンバスに思い描きながら。
「まだ生きているのが恨めしい。憎い……憎い、憎い、何よりも憎い!」
 一撃、二撃。剣を振るうたび、ベリザリオの力は強くなってゆく。
「殺しても殺しても贖えない! 貴様等がいなければ、私は何一つ失わずに済んだのだ!」
 ケルベロスの度重なる強襲によって受けた魔空回廊の損傷は、遠目でも分かるほど激しかった。陥落が時間の問題であることは、間違いないと思われた。度重なる強襲を凌いだ要塞を今度こそ打ち砕かんと、真幸のグラディウスがバリアに差し込まれる。
「これでお前らとは5回目か。随分と俺の縄張りで好き勝手してくれたな、ええ?」
 真幸にとって、焼津は縁の深い土地のひとつ。
 歴史が深く、豊かな自然に恵まれたこの街を幾度も訪れるうち、彼は焼津を『縄張り』のひとつに加えた。
 故に彼はドラゴンを許せない。
 自らの縄張りを侵す行為、人々の命を奪う行為、研究のために妹を犠牲にさせたかつての上司……その全てが許せない。
「絶対に解放してやる。いい加減消え失せろ!」
 真幸が輝くグラディウスを振りかざし、最後の一撃を叩き込む。
 爆炎と雷光が尽きた後には、ただ沈黙だけが残された。

●竜と猟犬
 これを、最後の戦いにする。
 それは8人のケルベロスの悲願。魂の叫びだった。
 だが。
 願いは届かず、魔空回廊はなお生きていた。
 今一歩のところで、及ばなかったのである。
「そんな……これでも駄目だなんて」
 声を振るわせるティを嘲笑うように、大地のアスファルトが鈍く震えだした。
 地底潜航竜が迫ってくる。ケルベロス達に幾度も苦杯を舐めさせた、あの竜が。
「あら大変。おばちゃん、そろそろお昼ご飯の支度しないと。みんな、帰りましょ!」
 あえて軽い声で、ソフィが仲間に呼びかける。
「さ、早く。戦う前に心が挫けたら、敵の思うつぼよ?」
「そうね。急いで離脱しましょう」
 頷く千鶴を先頭に、ケルベロスは一斉に駆け出した。
 潜航竜との戦闘が不可避である以上、いつまでも留まるのは危険だ。
 グラディウスを収納し、スモークに紛れて一直線に戦闘領域の外を目指す。
 そして――。
 撤退開始から数分、脱出ルートの半ばを過ぎた頃、それは起こった。
「……なにか、きた」
 勇名が言い終えた直後、アルファルトを突き破り、巨大な柱がそそり立つ。
 焼津の街を食い荒らすドラゴン、地底潜航竜だ。
 回廊の主たる個体ゆえか、その体躯は一際大きい。ミッションで遭遇する潜航竜がミミズに見える大きさだ。
「出たな。こっからは攻撃に専念だ、いくぞ!」
 潜航竜大木のごとき首に狙いを定め、真幸は一気に距離をつめた。
 華麗なステップで繰り出される惨殺ナイフの切先が竜の鱗を切り裂いてゆく。
『ゴオオオオオオオオ!!』
 しかし、鈍重そうな外見に反し、潜航竜の動きは俊敏だ。
 潜航竜は体をムチのごとくしならせてソフィアの時空凍結弾を回避すると、体重と遠心力を乗せた削岩牙の一撃を叩き込んできた。
「ぐうおおおおおっ!!」
 千鶴を庇ったドルフィンが、吹き飛ばされて宙を舞う。体の芯が粉砕されるほどの衝撃を感じながら、しかし、ドルフィンは愉快そうに笑って立ち上がった。強者と戦う喜びが、苦痛と恐怖を塗り潰してゆくこの感覚。やはり戦いは、こうでなければ。
「カカカッ、わしは幸せ者じゃのう! おぬしのような敵と相見えられて!」
 今はただ、己をぶつけるのみだ。潜航竜の腹めがけて降魔真拳を叩き込むドルフィンに、シルフィディアと勇名が続く。
「気色悪いミミズモドキめ……ここで貴様は終わりですよ……!」
「ばくはつー、どかーん」
 殲死靴のスターゲイザーが潜航竜の腹を切り裂き、のけぞった体をケルベロスチェインが束縛してゆく。
「プリンケプス! 負傷者の回復サポートを!」
 ボクスドラゴンに支持を飛ばしながら、ティは潜航竜の懐へと飛び込んだ。これまでの戦いから、敵の戦闘スタイルはおおよそ把握している。
 敵は回避に優れ、攻撃力も高い。持久戦に持ち込まれれば、圧倒的にこちらが不利。
 そんな敵を相手にティ達が取った作戦は、いたってシンプルだった。
 やられる前にやる――。
 敵の身上である回避を削ぎ落とし、しかる後に集中砲火を浴びせて落とすのだ。
「私たちは強くなる。力だけに頼り、異形と化したあなた達よりも!」
 ティのスターゲイザーが、潜航竜の分厚い腹筋にめり込んだ。
『ゴオオオオオオオオオオオオオ!!』
 悲鳴をあげ、暴れ狂う潜航竜。千鶴のイカルガストライクに身が凍りつくのも構わずに、潜航竜は触手をうならせ嵐のごとき猛攻を浴びせてきた。
「ヒールドローン射出。目標、前衛」
 すぐさまベリザリオのドローンが、負傷した仲間達の傷を癒してゆく。だが、敵は一撃一撃が重いうえに、毒までも付与してくる。ベリザリオ一人では、回復が追いつかない。
(「さすがに魔空回廊を守護するデウスエクス……一筋縄ではいかないか」)
 ベリザリオはエアシューズ『Drach bein』で助走の姿勢を取った。仲間の号令があれば、いつでも攻撃に加われる状態だ。
 獣は追い詰められた時に最も狂暴となる。潜航竜とてそれは例外ではなかった。
 潜航竜は真っ赤な血でアスファルトを染めながら滅茶苦茶に暴れ続けた。
 だが、敵の力はケルベロス側も十分承知している。真幸は残ったダメージを惨殺ナイフの血襖斬りで回復しながら、仲間達を見回した。
「さて、だいぶ足も鈍った感じだな?」
 足は十分に縫い留めた。硬い鱗も、千鶴とシルフィディアが出来る限り剥ぎ取っている。
 ベストコンディションとは言い難いが、やるしかない。盾役のメンバーが耐えうるのは、せいぜいあと数分だろう。
「もう少しの辛抱です。皆で生きて帰りましょう!」
 ソフィアはミミックのヒガシバを盾に回し、ジョブレスオーラでドルフィンの傷を塞いでいった。最後の勝負に、ひとりも欠けることがないように。
 鱗が剥がれ、皮膚が露出した首に狙いを定め、ケルベロスは最後の勝負に出る。
「来たれ神性。全て氷で閉ざせ」
 潜航竜の削岩牙をガードした真幸が、血に濡れた腕を天高くかざす。
 硬化液で傷を癒そうとする潜航竜を、召喚された異世界の神が氷の息吹で包んでいった。
「さあ、あなたの罪を数えなさい!」
 凍りついた潜航竜に、ソフィアの聖なる光が突き刺さった。
 噴水のように血を噴き出す喉を、ベリザリオのグラインドファイアがえぐる。
 体勢を崩し、のたうち回る潜航竜めがけて、ケルベロスの攻撃が殺到した。
「うごくなー、ずどーん!」
 勇名の射出した、地を這う小型ミサイル群が。
「私の怒りをその身に刻め……地獄双刃切断術!」
 両腕を禍々しい地獄の刃に変えた、シルフィディアの斬撃が。
「ばん!」
 零距離からティが射出する、ドラゴニックハンマーのグラビティコアが。
「On Your Mark……Get set! Go!」
 千鶴の全速力を乗せたパイルバンカーの一撃が、4本の矢となって潜航竜を貫いた。
「カカカカッ! これにてフィニッシュじゃ!」
 地響きを立てて倒れた潜航竜の首に飛びついたドルフィンが、トドメの一撃を放つ。
 竜極壊「海竜乱脈」。自らの四肢と尻尾で敵の動きを封じ、鱗をむしってドラゴンオーラを送り込む、ドラゴンアーツの真骨頂だ。
『ゴ……ゴオオオオオオオオオオ!!』
 オーラで体内を破壊された潜航竜は断末魔の絶叫をあげ、やがて動かなくなった。

●捲土重来を胸に
 8人が領域を離脱するのと、煙幕のスモークが切れるのは、ほぼ同時だった。
「み、みなさん、無事でしょうか……?」
 シルフィディアはフルフェイスを外して肩で息をしながら、仲間を見回した。
 欠けた者はいない。暴走者も死者も出なかったのは、不幸中の幸いだった。
「よ、良かったです……」
 安堵と同時に、シルフィディアを包む地獄の炎も鎮まってゆく。
「地底潜航竜め、大した敵じゃ。こたびもよき戦いであったわい!」」
 傷口からあふれ出る血にも構わず、ドルフィンは心底愉快そうに笑った。
「歩けるか?」
「ありがとう、大丈夫よ」
 千鶴は辛うじて笑顔を作り、翼を貸したベリザリオに感謝の言葉を送った。
 戦いの緊張が解けた千鶴の体には、マラソンコースの全力疾走よりも重い疲労がのしかかっている。あと少し戦いが長引けば、重傷は免れなかっただろう。
「長居は無用です。帰還しましょう」
 ティの言葉に頷き、力を失ったグラディウスを手に、ケルベロス達は撤退してゆく。
 重傷者ゼロ。暴走者および喪失したグラディウス、ゼロ。
 強襲型魔空回廊、破壊失敗――。
 こぼれた勝利を惜しむように、シルフィディアは傷だらけの手を握りしめた。
「次こそは……必ず……!」
 遠ざかってゆく焼津の街は、涙でぼんやり霞んで見えた。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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