桃酔に月

作者:皆川皐月

●宵の桃祭
 川のせせらぎが心地良い夜。
 連なる提灯と細やかな囃子の音。咲き誇る桃の花。
 全ての灯篭が灯され、参道では沢山の露店が賑わいをみせてる。
 並行して行われている達磨市の露店から、威勢の良い声が通り抜けた。
 緩い夜風が吹けば広がる、淡く甘い桃花の香り。

 ここは東京郊外、宵桃祭に賑わう桃花寺。
 人々の手には桃の紋描かれた提灯と、願いの書かれた一対の流し雛。
 花冷えを凌ぐために振舞われた甘酒や茶の湯気がふんわり立ち上っていた。
 この月だけの特別な、桜の前のささやかな桃祭。
 寺を通る小さな川では、三月に因んだ宵の流し雛が催されている。
 訪れた際に配られる紙雛に願いを一筆。最後まで流せれば願いが叶う、と噂があった。
 微笑み交わす親子連れや願いを相談する恋人達、友連れの人々。
 穏やかな日常の一角が今、破壊されようとしている。
『グラビティチェインをヨコセ!』
『ゾウオを!キョゼツを!サァ、ドラゴンサマのカテとナレ!』
 夜を裂く悲鳴。生き物の死を知らす血生臭さ。
 紙雛に、真っ赤な血が沁み込んでいく。
 転んだ子供を竜牙兵が捕らえた。咄嗟に手を伸ばした母親が斬り捨てられる。
 後を追うように、子供の命までもが無惨に踏みにじられた。
 竜牙兵が笑えば笑うほど、凄惨な死がいくつも生み出されてゆく。
 川の水が赤く染まり切った時―……全ての生命が、死に絶えた。
『アッハッハ!グアッハッハッハッハッハ!!』
 三日月も陰った桃の宵。
 歓喜に湧く竜牙兵の咆哮が、血濡れの雛を嘲笑う。

「あっ……皆さん。お集まりくださり、ありがとうございます」
 資料を手に、千種・終(虚ろの白誓・e34767)と話をしていた漣白・潤(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0270)が扉の音に顔を上げた。
 いつもと変わらず挨拶をし、先に部屋を訪れていた終と共に皆と席に着く。
「千種さんが懸念された通り、桃花寺と名高い寺院への竜牙兵の襲撃が予知されました」
「折角の花祭だ。竜牙兵には早々にお帰り願うのが筋だろう」
 静かな終の言葉に頷いた潤が、資料を配りながら件の注意点を説明する。
 竜牙兵出現前に避難勧告をしてはならないこと。
 それを行うと予知にズレが生じ、別所への被害と規模が大きくなる可能性があるためだ。
 そして、現場到着後の避難誘導は警察などの公機関に任せられること。
 ケルベロスは戦闘一本に集中して構わない旨が伝えられる。

 現場は東京郊外の桃花寺と有名な寺院。時刻は午後七時。
 この日、寺では宵桃祭を開催している。
「宵桃祭には縁日屋台や達磨市、ライトアップされた桃花観賞や願いの流し雛を楽しみに来た観光客の方々、地域の方々と沢山の人がいます」
 先述の通り、事前の避難は出来ない。
 だが幸いにも竜牙兵が降り立つのは寺院の中の開けた一角、茶席の設けられた広場。
「俺達はどのタイミングで到着できる?」
「えと……すみません、ギリギリです」
「そうか……」
 潤の返答に終は静かに思案を始めた。救える命ならば、どんな手段でも。
 子供とその母親が犠牲になる直前。降下の勢いで飛び込めば助けられると潤は言う。
「竜牙兵は4体。珍しいですが、全てゾディアックソードを装備しています」
 資料には、攻撃特化が3体に癒し手が1体と非常に攻撃的な構成が書かれている。
 次の行には『竜牙兵撤退の意思無し』、の文言も。
「件の虐殺は許されません。どうか討伐をお願い致します」
 深々とお辞儀をしたところで、ふと思い出したように潤がチラシを取り出した。
「無事済みましたら、宵桃祭をゆっくり楽しむのも良いと思います……!」
「……そうだな。少しくらい、花を愛でるのも悪くない」


参加者
泉宮・千里(孤月・e12987)
王生・雪(天花・e15842)
シエラシセロ・リズ(勿忘草・e17414)
宝来・凛(鳳蝶・e23534)
千種・終(虚ろの白誓・e34767)
ココ・チロル(一等星になれなかった猫・e41772)
逸見・響(未だ沈まずや・e43374)

■リプレイ

●桃花が御前
 空を駆ける姿は矢の如し。
 風を裂き、ただ真っ直ぐに。
『グラビティチェインをヨコセ!』
『ゾウオを!キョゼツを!サァ、ドラゴンサマのカテとナレ!』
 子供が転ぶ。
 持ち上げられた。
 叫ぶ母親の首に鋼が―――……。
「その手ぇ、離しや」
「すまない、邪魔だ」
 水を打ったように、間。
 宝来・凛(鳳蝶・e23534)とアルスフェイン・アグナタス(アケル・e32634)の声。
 同時、全力で振り下ろした眩い玉鋼と暁の如き美しの刃が、瞬きで星剣を叩き落とす。
 悲鳴も喧騒も視線さえも、凛とアルスフェインが一瞬にして全て攫って行った。
 母子の頬を滑った涙は、安堵か希望か。
 凛の手から渡された我が子を強く抱きしめた母親に、そっと振り返ったアルスフェインが唇に人差し指に当て微笑んだ。
「大丈夫、直ぐに終わるとも」
 恐れるな、と森の如き新緑が優しく細まる。
 此処から先は、人為らざる者達の域。
 見せてはならぬ、泣かせてはならぬと暁にも似た羽で母子の視界を遮るように広げれば、凛の背負う二対の白翼も光の如く広がって。
「必ず護るから安心して、慌てず避難してや!」
 凛の快活な声が、時の止まっていた場を動かした。
 二人の相棒たるウイングキャットの瑶とボクスドラゴンのメロとて主と同じく手練れ。
 瑶の尾から振るわれた数珠の輪とメロの水の如き息吹が、一瞬の隙を突いて切り込もうとした竜牙兵一体の武器を戒め更に鈍らせる。
 同時、仲間と共に動き出そうとした竜牙兵の眼孔を光が掠めた。
 ひらり、ひらりと胡蝶の羽音。ばさり羽搏く光鳥の群れ。
 直後、風の咆哮。
「花に嵐と、良い夢を」
「さあ、いくよ」
 王生・雪(天花・e15842)の居合い抜いた刃が竜牙兵の鎖骨を食む。
 シエラシセロ・リズ(勿忘草・e17414)の携えた二羽の刃が竜牙兵の眉間に突き立つ。
 研ぎ澄まされた雪の刃は引っ掛かりもせずにそのまま竜牙兵を半ばまで断ち、シエラシセロもの刃もまた深々と頭蓋を貫いた。
『ア、アァァァァ!!!』
『グアアアアア、アァ、ヴッ!』
 醜い悲鳴。散り落ちた残骸。
 どうと竜牙兵を一蹴し軽やかな着地で納刀した二人も、母子を守るように布陣する。
 たたらを踏み傷口を押さえ呻く竜牙兵達に鋭い視線をぶつける黒曜と青は油断は無い。
 更に、ウイングキャットの絹が毛色と同じく真白な羽を舞わせ後への布石に。
 雪の穢れない白翼とシエラシセロの桃花に似た二対翼は神々しさを湛えていた。
「斯様に無情な、血の雨もたらすものは止めねばなりますまい」
「ボクらがお相手してあげる。グラビティチェインが欲しいなら、こっちから奪いなよ」
『オノレッ……オノレオノレ、舐メタ真似ヲォオオ!!』
 ォン、ォン、オオォォォォオオオン!
 醜い咆哮の全てを上書きし掻き消すようなエンジン音。
 全速力で唸る駆動音が一直線に降る。
「バレ。いく、よ!」
 相棒である少女の声にエンジンを噴かし、バレは叫ぶ。
 燃え盛る車輪が罅割れた竜牙兵の頭蓋を引き潰す直前、乗っていた少女 ココ・チロル(一等星になれなかった猫・e41772)がペダルを足場に、くるりと飛んだ。
 猫の如き軽やかな宙返り。耳を擽った風の音と逆さに見えた瞬く星が、その足に輝きを。心に勇気を灯す。
 ココの足に絡む煌めきは星のよう。グラビティチェインの尾を引き追うのは、隕石が如きバレの引き潰した竜牙兵。
「優しい時間は、邪魔させない、よ」
 薄明りにココの瞳が宿すのは、琥珀色の光り。
 真っ直ぐ振り下ろされた輝きが竜牙兵の左肩を砕き、暴れるその身をグラビティチェインが地に縫い留めた。
「綺麗な桃の樹の下には死体が……あれ、桜だったけ?まあいいか。その死体って――」
 キミたちかな?天色の釣り目を細め、猫の様に笑った逸見・響(未だ沈まずや・e43374)の細い指が、着地と同時にしたたかに爆破スイッチを押す。
 爆音は竜牙兵の足元――ではなく、響の背後から。炸裂したのは春めいた淡い爆風。
 甘やかに炸裂した煙を切り、二つの影が飛び込んだ。
 泉宮・千里(孤月・e12987)の羽織が花とひらめき、千種・終(虚ろの白誓・e34767)の爪先にはグラビティチェインの星。
「粗野な口上も嗤い声もうんざりだ。大体俺は、無粋な連中は嫌いなんでな」
「千里の言う通りだ。僕も、お前たちが大嫌いでね」
 ぱちりと千里が指を鳴らす。ずらり出でるは千の剣と戟。
 薄明りに幽かに照り返す鋼は、まるで銀の雨が如く。
『オ、オ、オオオオ!!』
『ウガァァ!』
『グアアアアッ!』
 突き砕き刺し断つ。降り注いだ内一本の上、器用に着地した千里が笑った。
「無粋者にはさっさと失せてもらおうか」
「因果応報、覚悟はできているね?」
『ア゛、』
 がしゃりと潰え砕ける音一つ。
 終が歩む道の下、粉々の骸は二度と起き上がらない。
 灰と散り、風に吹かれて飛んでいく。

●花の膝下
『……オ、オオオオオオオ!!!殺せ!憎悪ヲ!拒絶ヲ!』
『殺セ殺セ殺セ殺セ』
『行ケ!!』
 満身創痍で叫ぶ者、一体。
 まだ動ける攻撃手、一体。
 陣を描こうとする者、一体。
「おや、存外元気そうだ」
 目の前で憎しみと怒りに満ちた咆哮が上がれども、アルスフェインはどこ吹く風。
 横目に見えた母子を必死に避難させる警官の背に小さく目礼し、立ち昇らせるは花の香立てるAnthoと名付けた加護の光り。
「かかっておいで」
 何てことない言葉と微笑みだけ。
 けれどアルスフェインが声掛ければ、感情のまま怒鳴る竜牙兵はぎゃあぎゃあと。
 骨の手が握る星剣に燈るは、氷秘めた蛇使い座の光。
『死ネェェェェ!!!』
「バレ」
「メロ」
 刃が振り抜かれるより早く、ココとアルスフェインが呼んだのは友の名。
 バレがシエラシセロの盾となり、凛とアルスフェインと共に氷波を押し留める。
 直後、車体を傾けエンジンを噴かしたたバレのスピンが二体の竜牙兵の足を引き潰し、内一体の満身創痍の竜牙兵に青い翼で羽搏いたメロの水の如きブレスが竜牙兵を圧し潰した。
『ガッ』
『グ、ア……ァ、ァ』
 膝をついた満身創痍の竜牙兵の頭上、翳されたアルスフェインの手に氷結の螺旋が収束する。
「疾く消えてもらおうか」
 うねる氷結螺旋が、竜牙の髄まで凍て砕いた。
『キサマッ』
「少しでもみなさんを、守れますよう、に」
「遅いよ」
 ココと重なった響の声。
 大人しく静かにココが祈るように手を組めば、ふんわりと展開されたエクストプラズムが先の氷がまだ残る前衛陣の傷を塞ぎ、張り付く氷を溶かし落とす。
 ココに合わせるように、響が指先で描くのは弾ける雷の魔法。
 爆ぜた雷鳴が即座に迸り竜牙兵を捉えようとするも、腕を掠めただけで強引に振り払われた。
「むっ」
「まだ終わらんで!千ちゃん雪ちゃん、絹も瑶も行こか!」
 凛の指名に雪はふわりと微笑み、千里は仕方がないと溜息一つ。
 ひらり遊ぶように飛ぶ紅の胡蝶は、凛の瞳と同じ色。
 抜かれた一対の斬霊刀は雪の髪と同じ白い閃き。
「それでは、参ります」
 雪が同時に振るった二刃の衝撃波を竜牙兵は咄嗟に星の剣で受け止め、かろうじで真っ二つになるのを避ける。しかし、いつのまに肩に止まった紅い蝶がいた。
「さぁ――遊んどいで」
 燃える。燃える燃える赤々と。
 叫び炎を払おうとした竜牙兵の眼孔に暗器の影。だが、暗器は刺さる前に霧散する。
『ナニ?!』
 急襲に一人失い、畳み掛ける攻撃にまた一人。
 そして今、いつのまに背後まで迫る己の死に、竜牙兵は震えた。
 本当は番犬など来るはずが無かったのに。
『……オノレ。ッッ、オノレオノレオノレ、番犬メ!!』
「天下無敵を誇る花、汚す訳には行かねぇな。代わりに俺が―――煙に巻こう」
 足元から這うように迫る寒気が骨に沁みる。いつの間に、身を焼く炎は冷えていた。
 おかしな話だが、冷たい炎は熱持つ炎と変わらずじりじりと身を焦がす。
 慟哭すれども、手を伸ばせども、何もかもケルベロスには届かない。
「とっとと失せな」
『オノレ』
 怨嗟の声ごと消し炭となった。
 残るは一体。
「にゃああ!」
「しゃあっ!」
 縞猫の瑶と白猫の絹。二匹が連綿の気合いと共に竜牙兵の頭蓋を引っ掻く。
 六つの爪痕が容赦なく深々と溝を生む。
『ウガアアア!』
 顔を押さえ痛みに叫ぶ竜牙兵の頭上に、影。
「ねえ。余所見しないでよって、言ったよね」
 我武者羅に振り回された星剣は着地と同時にしゃがんで躱す。
 シエラシセロが返すのは、空切るしなやかな足が見舞う電光石火の蹴り。
『ガァッ?!』
 見事に決まった一蹴が剥き出しだった竜牙兵の腰骨を破砕する。
 腰骨を砕かれバランスを崩した竜牙兵の前に、終。
 手の内で回した惨殺ナイフを、ゆっくりと逆手に振り上げる。
「――僕の嫌いなものを教えてあげようか」
『フザケルナ……許サンッ、決シテ許サンゾ!地球の番犬メ!』
 必死に振るわれた星剣を最小限のステップで躱し、エアシューズで踏みつけて。
 終が冷たい瞳で竜牙兵を見据えたまま、顔を近づけ囁いた。
「僕はね、“他人に理不尽な苦痛を強いる”……それが嫌いなんだ」
 竜牙兵がヒュッと息を飲み込むのも、己の揮うナイフが吸い込まれるように竜牙兵の頸椎を断つのも、全て終の計算の内。
 一瞬の怯みが命取り。出会った瞬間から、この観察と先読みは始まっていたのだから。
「二度と、此処には来ないことだね」
 断たれ吹き飛んだ首は転がり霞と散り、頽れたその身も首同様の道を辿る。
 終の白磁の髪の上、ひらり舞うは天下無敵の桃の花。

●花祀る
 とん、てん、どん、どん。
 響く琴の音。大太鼓の音。ひゅるり聞こえる篠笛に、時折鶯が混ざっている気がする。
 ヒールの最中、雪が警察へと電話をすれば祭の運営者や遊びに来ていた人々、地元の人々が戻り、竜牙兵が訪れる前の賑わいを取り戻していた。
「お疲れ様、だね」
 花を傷つけないよう、響のブレイブマインが最後のヒールを終えたところで一息。
 お祭だ!と喜ぶ面々が思い思いに“見回り”や“パトロール”に行こうとしたところで、響が一声。
「あ、あの……ちょっと皆でお花見、とかしないかな?」
 一斉に注目が集まれば、いくらクールな響といえども13歳の少女。多少なり照れはする。
「響さん、もしかして照れてる?」
「響ちゃんかわええなあ。それにお茶会も楽しそうやん!」
「て、照れてないよ!」
 シエラシセロの天真爛漫な笑顔と、なぁ雪ちゃん千ちゃん瑶も絹も!と笑った凛に、結局皆で笑ってしまう。
 穏やかな時間の始まり。
 茶席の一角、緋毛氈敷かれた大きな縁台を借りたいと言えば運営者は快く是との応え。
「BEKKAKU、というお茶です」
 名前の通り値の張るものではあるものの、奮発して買った響がちょっと胸を張る。
 湯呑に注げば美しい緑。香り立つ緑茶が鼻腔を通して心を落ち着かせた。
「いい香り、です、ね」
 両の手で包んだ湯呑を手に、ココはほうっと息をつく。
 誰も何も傷付くことなく守り通すことが出来たことが、心を温めていた。響の振舞う茶に体も温まれば、少し何かが満たされる様な感覚を覚える。
 寄り添うバレに、ココが顔を寄せてそっと囁く。
「宵桃祭、巡ってみよう、ね」
 当然、と唸ったエンジン音に微笑みを一つ。
 響に礼を言って湯呑を置くと、バレと共に流し雛の川へ。
「願いが、叶うん、ですって。バレは、何をお願い、する?」
 ココにとって兄貴分のバレとこっそり内緒話。
 自分だけが分かる彼の言葉にゆっくりと相槌を打つ。
「……うん、少し体が冷えてしまっていたからな。温かいものは良い」
 隣で丸くなるメロと桃の花を眺めながら、アルスフェインは既に甘酒も口にしていた。
 響の振舞った茶も良いが、祭の甘酒というのも中々乙なもの。
 よいよいと微笑みながら瞳を細めて見るのは、行き交う人々の姿。
 気配の温かさも、幸せそうな笑顔も、彼らの近くで咲き誇る淡い色の花も、よい。
「メロ、よい夜だな。淡い桃色も、甘い香りも、実に良い」
 くるると喉を鳴らす相棒を撫でるアルスフェインの手は、酷く優しいものであった。
 一方、凛と瑶、雪と絹はぴったりと千里を挟んでいた。
 実を言うと、茶席に着く前に一回目。席に着いた瞬間で二回目。そして両隣の女子が話に夢中になって良そうなところで、そっと静かに僅かに腰を上げたはずなのだが。
「千ちゃん、さっきから御祭好きは一緒なんやし両手に花でええやろっていったやん!」
「千里様、折角の御祭ですもの。ね?」
 右側で頬を膨らます凛と左側から微笑みかける雪の二人は鉄壁だった。
 更に言うなら、正面と背後からにゃあにゃあとせっつく二匹の猫達も何故か逃がしてはくれない。
「……序でに両手に猫の間違いだろ」
 呟いた千里の右側から、大きな溜息。ついた直後、しゃーないなぁと言い立ち上がる。
「じゃ、宵越しの銭は持たない系兄貴分、期待してるね!」
 俺は江戸っ子じゃねぇぞという千里の言葉を聞いてか聞かずか、瑶と絹と共に屋台へ駆け出す凛の背に、千里はまた溜息一つ。だが、隣からはくすくすと微笑みが聞こえてきた。
 終始楽し気な雪の笑顔と、少し離れて手招く凛の無邪気さ。どっちを見ても勝てるはず無し、ととうとう千里は頭を掻いて。
「ふふ、これもきっと御祭の醍醐味なのではないでしょうか?」
「ったく……骨折った甲斐があるってもんか」
 仕方がないと言った千里の顔にも、らしい微笑みがあった。
 夜を感じさせないような連なる提灯の下、先程まで縁台で響とのお喋りに興じていたシエラシセロがゆっくりと歩く。
 人々の邪魔にならないよう羽はしまって、甘い香りの林檎飴を手に縫うように。
 ふと、屋台の前ではしゃぐ子供が目についた。
「おかーさん、あれほしい!一生のお願い!」
「もう、さっきも同じこと言ってたわよ?」
「……あっ」
 先程巻き込まれそうになった母子の姿。見間違えるはずの無い、二人。
 彼らは無事だと、知ってはいた。
 だが改めて二人の無事を見た今、胸に訪れた温かさに気づけば手を握り締めている。
「良かった……ふふ、うん、良かった」
 ああ良い日。こんな日は、貰った流し雛にありふれた願いを書いても許されるだろう。
 “世界を平和に”、なんてねと微笑む天使が、そっと清流に雛を流す。
 かしゃり、電子シャッター音。
 穏やかな茶会の席を立ってから、終は目にしたもの一つ一つを写真に収めていた。
 連なる灯篭に照らされた石畳の参道。
 夜風に甘香を流す桃の花と、共に咲き染む日を待ち侘びる桜の蕾。
 せせらぎが心地良い川と、想いの込められた流し雛達。
 撮る度思うのは友のこと。一人で見るにはあまりにも贅沢な、よき宵。
 喜ばれるかと不安はない。何せ浮かんだ友人の顔は、笑顔ばかりなのだから。

 流れる風は甘い。僅かに肌を凪ぐ冷たさは春の先駆けゆえに。
 風に乗った花弁が、柔く春を運んでゆく。

作者:皆川皐月 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。