「あ……しもた……」
朝早くキッチンに座ってデザート作っている宮元・絹(レプリカントのヘリオライダー・en0084)が、はたと気付き、手に持っているボウルの中にある卵黄を混ぜる手を止めた。どうやら彼女はティラミスを作っているようであったのだが、その眼をまん丸に見開いた後、片目を閉じた。
「はぁっ……はぁっ……」
絹は急いでケルベロス達に連絡を取り、いつもの依頼のように集合してもらっていた。
「皆、緊急事態や!」
少し息を整えた後、絹は話し始めた。その様子に、どんな凶悪な敵が出てくるのかと身構えるケルベロス達。
「うちとしたことが……忘れとった! あんな、今日はリコスちゃんの誕生日なんや! うち、なんも準備してへんかった! 作りかけのティラミスはあるけど、その他はなんも……」
その言葉を聞き、少しほっとした表情のケルベロス達。
「突然でごめんやけど、なんかええ案ないかな?」
しばし考えるケルベロス達。すると、一人のケルベロスが言った。ちょうど梅が咲いているから、そこでピクニックでもどうか、と。
「名案や! それ採用やわ!」
季節の事も忘れていたのか、それ程忙しい日々を過ごしていた絹。それは、他のケルベロスも一緒だった。
「せやな……うん。皆リコスちゃんは知ってるかもしれんけど、めっちゃ食いしん坊やねんな。うちはうちで、出来るだけのお弁当とかデザートとか持っていってお祝いしようと思うけど、それだけやったら寂しいやろ。皆の盛り上げも重要やと思う! この際、楽しく行こう! カップルで梅の花を楽しんでもええし、一緒にお弁当広げるのもええな。
今から3、4時間後のお昼には始めたいから、あんまり準備はできへんかもしれへんけど、頼むな。
場所はこの前依頼でお世話になった梅林に当たってみるから、みんなそろったら、ヘリオンでひとっとびするで!」
絹はほなな、と言って準備をするべく戻っていった。
絹の話にあった梅林とは、奈良県にあるとのことだった。広さはかなり広く、梅の木は数千本とあるそうだった。その為、様々な楽しみ方は出来るだろう。絹の言う通り、静かに梅を観賞したり、手作りのお弁当を一緒に食べるという事も可能だが、何よりも忙しいケルベロス達にとっての癒しとなるはずだ。
三月三日。春の訪れを感じるべく、ケルベロス達は準備を始めたのだった。
●団子と花と
「おお……」
帰月・蓮は梅林に入ると、その景色にしばし見とれ、感嘆の声を上げた。
ケルベロス達は、絹の話を聞いたあと急いで用意を行い、そして、この梅林に降り立ったのだった。
「此は……何と見事な梅林だ。天気も良いし……梅には、このうらうらと暖かな日差しが似合うな」
「梅の花、絵札ではウグイスとともに描かれていたな。この花が咲くということは、春が近いということか……」
蓮の言葉に、楡金・澄華も同意して一歩一歩ゆっくりと花を見る。心なしか、いつもよりも穏やかな顔をしている。その事に蓮は気付き、少し不思議なものを見たという表情で澄華を見る。
「この前は他の星で『狂気』を多く見てきた故に、今日のような日は心身共に癒される……。
……私とて、休みたくなることもあるのさ。たまには……のんびりさせてくれ」
その表情に、澄華は顔を梅に向けたまま答えた。
「見知辺、乙女の袖、月世界、蓬莱……梅は、名前も綺麗なものが多いな。見た目も楚々とした風情だし、香りも上品 それでいて枝ぶりは力強くさえある。どこを取っても美しくて、凄く好き」
左潟・十郎が二人の横に並びながら、穏やかな顔になる。
(「咲いた花も素敵だが蕾も好きなんだよな。開きかけの膨らんだ様子が可愛くて」)
と思いつつも、すらっとした長身の二人を、こっそりと携帯カメラに収めた。
「……さて、目も心も満たされた所で、小腹も満たそうか。左潟殿の梅果汁に合わせ、緑茶餡の最中と、蜂蜜カステラを持参したぞ」
蓮の甘味に、流石と言いながらにっこりとする二人。
「お、あの辺りが良さそうか」
暖かな日差しが差し込み、梅の木全体が見渡せる場所だった。
十郎の梅シロップのお湯割りの香りが、梅の香りと混ざる。
「来年も、その先も、この梅の花を観られるように……」
温かでいて甘く、それでいて爽やかな味を堪能しながら。澄華はそう呟いた。
「梅は見たことがありますが……。ここまで……梅の木が並んでいるのは見たことがなく……。
なんて光景なんでしょう……」
鴻・つぐみはその景色に、目を丸くする。
「うん。随分沢山で壮観だね……」
楪・熾月もつぐみの言葉に頷く。二人の傍では、サーヴァントの『アトリ』と『ロティ』が、仲良く戯れている姿があった。
「熾月さん、知っていますか? 梅は、同じように赤い花でも……。木を切ってみないと、紅梅か白梅か、分からないそうです……」
つぐみがその景色を見ながら、言う。
梅の花は紅梅と白梅と在るが、実はその花の色と品種は、単純に花の色だけでは分けられないのだ。熾月はそのつぐみの言葉を聞き、感心したように頷く。
「ふふ、今日のつぐみはよく喋ってくれるね?」
「饒舌……ですか?」
少し吃驚した表情のつぐみに、熾月は笑顔だけ返し、また梅の花を見る。
「切ってみないとわからないなんて、梅ってそういう遊び心有るんだ。つぐみが教えてくれたから、俺一つ賢くなっちゃったかも」
そして、熾月はそっと敷物を敷き、梅の香りが仄かにする猫型のケーキを取り出した。
「――誕生日おめでとう」
実はつぐみもまた、誕生日だったのだ。そして、彼女にそっと水宝玉のブレスレットをはめた。
「朝陽のような優しい君に『夜の宝石』って呼ばれる品を」
驚いた表情が、照れたような嬉しいような表情に変わる。
「誕生日のお祝いは、いつも家族とだけだったので……。ありがとうございます、熾月さん」
その素直な言葉に、熾月も少し照れながら、笑顔になる。
「つぐみの初めて、もーらい」
梅の花の香りが降る様に香る。それは、彼女を祝福するように、優しく香っていたのだった。
「凄い!すごーいっ! 梅いっぱい! 良い匂い!」
「…エエ、見事デス…」
ジェミ・ニアとエトヴァ・ヒンメルブラウエは、梅の木がより密集して植えられている場所へと飛び込んだ。そして、息を思いっきり吸う。
少しの湿度と、乾いた空気。まだ冷たいその空気と共に、梅の香りが飛び込んでくる。梅の香りは、ジャスミンのようでいて甘いが、爽やか。そんな形容が妥当だろうか。おおよそ、梅の実の香りとは違うものだ。
ひゅうっ。
少しの北風が抜けていく。
「わわっ。まだ少し寒いね!」
ジェミはそう言って、梅の木とエトヴァの北に足を進め、少しでも風除けになるようにと、襟をかき合わせて立つ。
エトヴァはその姿をみて、ふと優しい表情になり、ジェミの髪に触れる。
「……花びらが、沢山」
ジェミはくすぐったいような仕草をするが、嫌がるというそぶりを見せず、また花を見る。
「蕾もまんまるで可愛いね。この花は、早春の花。蕾が開くと、ふわっと春が溢れてくる気がするんだ」
「……そう思えバ、一つ一つの蕾が愛おしク、気高く映りマス。冬景色を希望で彩る、春の先駆け……ジェミの好きな花なのですネ」
君に似合う、と微笑むエトヴァの声に、ジェミは嬉しく笑い返す。そして、ジェミ謹製砲丸おにぎり! と大きなおにぎりを取り出した。
大急ぎで作ってきたんだ、と言いながら、ジェミはエトヴァにそのおにぎりを手渡した。そのおにぎりは、特大のおかずが仕込んであるようで、彼が手渡したものは、どうやら卵焼きのようだった。
「ン、お昼を作ってきてくれたのですカ? ありがトウ、頂きマス……大きイ」
その大きさに目をぱちくりさせながら思い切って大きな口をあけて頬張る。
「美味しイ……温かな味が致しマス」
ジェミはそう言いながら反応を見て、自らも頬張る。自分のものは、豚肉の生姜焼き。ぽかぽかと暖かな日差しと共に、幸せな時間を感じた瞬間だった。
「花見と言えば桜じゃが、我は梅こそがと思うておるのじゃ」
レオンハルト・ヴァレンシュタインは一緒に敷物を敷く手伝いをしてくれている八剣・小紅に話しかける。
「どちらも美しいが、梅の気品とでも言うのかのう? 例えば小紅殿のようにじゃ……」
小紅はそう言われ、私はどちらの花見も好きと答えた。オルトロスの『ゴロ太』は、敷物の重しの役目を全うし、ちょこんと座っていた。
「小紅殿の口に合うとよいのじゃがな」
敷物を敷き終わったあと、彼は弁当を取り出した。中身はおにぎり、ほうれん草のおひたしと、出汁巻き卵、きんぴら牛蒡……。
それらを口に入れる二人。
「わ、美味しい! 先生……こんなに料理上手ならお嫁さんはいらないね?」
小紅は悪戯っぽく微笑みながら、ゴロ太に向かう。
「は~い。ゴロ太あーん♪」
ゴロ太は尻尾を振って、彼女から出汁巻き卵をぱくり。
気に入ってくれた様子を見て、レオンハルトはニカっと笑いながらも、
「料理が出来たとて、腕を振るう相手がおらぬのは寂しいものよ。我は共に過ごすという意味で伴侶が欲しいと思っておる」
それ聞き小紅は目を丸くする。
「先生ってハーレム願望があるのかと思っていた……!」
お互いに笑う。そして小紅は梅の花を見上げる。
「桜はそうね……桜吹雪も華やかでその散り行く様が特に好き。梅は……どんな風に散るのかな……」
と、レオンハルトの最初の言葉を思い出し、呟く。
梅は桜とは違い、一斉に散るわけではない。桜が咲いている頃には、いつの間にか散っていて、その終わりに気がつく事が少ないものだ。
小紅はこの梅の花を見て、自らの散り際の事を思う。桜のように華々しく散るのも良いが、きっとこのような散り際もまた良いのかもしれない。
こぼれ落ちる梅のように。そんな、春のひと時だった。
●やっぱり花より団子
「こんなに凄いのウチも初めて! 満喫しなきゃ勿体無いね!」
「……凄い、です。こんなにたくさんの梅の花は、初めて見ました」
宇迦野・火群と小鳩・啓太は、咲き誇っている梅の花を見て、感嘆の声を上げた。啓太はしばしその光景を見ながら、持てるだけ持っていた荷物を降ろした。
「わぁ…これは圧巻! とても綺麗です……こんなに沢山の梅が咲いているのは初めて見たわ」
霜憑・みいもそう言いながら、梅の木にぶら下げられた木の品種が記載された札を興味津々と見る。
「これこそ日本の春、というところだな。いいじゃないか」
ムフタール・ラヒムも腰を下ろしながら、その自然を堪能する。
「ええ、本当に。白からピンク、赤と広がる梅林、素敵な自然の春の贈り物ですね」
彩瀬・舞桜はというと、鞄からスケッチブックを取り出し、ささっとその様子を絵に収める。すると、その様子をまじまじと見つめていた啓太の視線に気がつく。
「……! あ、スミマセン、素敵な絵、ですね」
ぶしつけで失礼だったかと思い、誤る啓太に舞桜は微笑みながら、
「こうやって良いなと思ったら、つい描いてしまうんですよ」
と、答えた。
一行は、しばしその景色を楽しんだあと、お弁当を広げ始めた。
「付けるソースが必要なら、一応持ってきているぞ。好きに使ってくれ」
ムフタールが持ってきたのは、タアメイヤというそら豆のコロッケだった。
「私はサンドウィッチを作ってきました。皆さんも良ければどうぞ」
舞桜がBLTサンドを広げると、啓太と火群もそれではと、同時に持参した弁当を広げる。
「オレは鮭と梅干のおにぎりと、甘い卵焼き、です」
「ウチは狐だけにお稲荷、なんちゃって。みんなのも美味しそう!」
そしてみいがステンレスボトルの蓋をカパリと空ける。
「まだ冷えますからお弁当はスープにしてみました。皆さんの分もありますから、お嫌いでなければ是非どうぞ」
5人はそれぞれのお弁当を披露し、梅の花を愛でながら、舌鼓を打つ。
「んー、いい香り! 匂いおこせよ梅の花ってこういうことかー!」
火群がおなかをさすりながら、満足の表情を浮かべる。すると、みいが鞄から一眼レフのカメラを、取り出した。
「実は、今日の為にカメラを買っておいたんです、みんなで記念写真なんてどうかしら?」
勿論、と笑顔で同意するメンバー。三脚の代わりに少し低い梅の木の枝の間に固定して、セルフタイマー。
皆の笑顔は、思い出となり、永遠として残る。そんな瞬間がとても愛おしく、そして、大事な宝物になるのだ。
「んっ……!?!?? すっぱい…!!?」
ヤトル・ハーカーは、その酸味と塩っ気に目をぎゅっと閉じる。
(「……まぁ、何事も経験だよね」)
その梅干入りのおにぎりを用意したのは武田・由美。とはいえ、リクエストしたのはヤトル本人だったので、由美は彼の表情を見て、少し苦笑いしつつ、自らもおにぎりを頬張る。他に準備したのは鮭とツナマヨ。それに、おかずはから揚げと卵焼き、それにおひたし。
良くこの短期間に準備したものだ、と分かる人間には分かるだろう。
ヤトルは、少しお茶をのみながら、バクバクとそのお弁当を口にいれ、笑顔になっていた。
「ふふ。いーっぱいお食べ。誰も取ったりしないから」
そう言って、満足そうに微笑む。
そして微笑みながらも、この笑顔をまた見たいと素直に思った。
(「もうちょっと、料理も勉強しよ」)
そう思えば、苦手な勉強も苦ではないかもしれない。
「ごちそうさまでした!」
あっという間に平らげたお弁当。するとヤトルは、青空を見上げながら唐突に聞く。
「由美さん。青色って好きか?」
その言葉の意味する事は、どうやらバレンタインの返事をしたくての事だったのだが……。
さて、彼等の今後を祈ろうではないか。梅の花の香りは、そんな二人を優しく撫でたのだった。
「おや、アレはリコスさんですね。おめでとうございます!」
イッパイアッテナ・ルドルフはお弁当の後に、『相箱のザラキ』と散策をしていると、リコスを中心とした一行を見つけたのだ。
「おお、ありがとう! もぐもぐ」
既にリコスは目の前に広げられたお弁当にむしゃぶりついていた。
「リコス君。これはカレーなのだが、海軍が作っていたカレーでもある。もぐもぐ」
神崎・晟が持参したカレーをストウブで暖め、リコスに差し出す。
するとそこに、黒住・舞彩が満足そうに歩いてきた。
「良かったわ。中川さんにも会えたし……って、ちょっと! お弁当結構なくなってない!?」
舞彩は依頼で助けた一般人に挨拶をした後、この場に合流したのだ。
「おお、舞彩。鋼が用意してくれたチキンも上手いぞ。もぐもぐ」
リコスは挨拶もそこそこに、黒鉄・鋼の用意したフライドチキンを頬張る。
(「まだデザートもあるねんけど……。余る事はなさそうやな」)
絹がそう考えていると、鋼がちょいちょいと絹の背中をつつき、無言でお好み焼きをねだる。
「葛餅を作ってみたのですがお一ついかがでしょうか?」
そう言ってイッパイアッテナが、持参した葛餅を差し出す。
「いただこう!」
葛餅をぱくり。すると途端に笑顔になる。
一行はその後、誕生日を祝う歌を歌い、盛り上がった。一人、音程が外れていた主役の事は、この際楽しかったので誰も突っ込まなかった。
「じゃあ、これ、作って来たティラミスやねんけど、皆まだ食べれる……みたいやな」
絹がお手製のティラミスを取り出した途端、晟と鋼が同時に皿を差し出した。そして他のケルベロス達もぞろぞろと集まり始めた。
「みんな宮元は忙しかったんだから、ちゃんと並ぶ!」
舞彩の声に、お互いに牽制をしながら列を成すケルベロス達。
梅の花は素晴らしく、一行を見下ろす。だが、どうやら彼らは花より団子。それもまた一つの楽しみ方である。
そして、こっそりと絹が撮った写真は、最高の一枚となっている事だろう。
●光のどけき春の日を待ちわびて
「これは、壮観ですね……!」
創世御名・祗宏が目の前に広がる絶景を見て、感動のあまり立ち尽くす。
「今の時期しか見られない、美しい梅の花を見られる貴重な機会です。ぐるりと敷地内を回ってみましょう」
創世・旦薙が、祗宏にそう答えで歩き出す。
梅の木は正しく植樹されているが、桜のよりも枝のうねりが大きい。その枝という枝のあちらこちらから、紅や白、桃色の花を可愛らしくつけている。
見ると、一つ一つの花は小さく花の開き具合も様々であることが分かる。
それに、なんと言っても香りである。
「菅原道真公の飛梅伝説にあるように、梅は忠実さを表す花とされているようです。寒さが残る中でも咲く梅の強さと、忠誠の物語に倣い、私も今まで以上に祇宏様に尽くす心構えでおります」
その香りを感じながら、旦薙は祗宏に改まって頭を垂れた。
「いえ、俺にとって貴方は目下の存在ではなく、感謝してもしきれぬ程の、尊敬出来る恩師です。勿論、兄貴分としても。これからもご指導ご鞭撻の程お願い致します」
二人はそう言ってお互いに頭を下げる。
ふと、風が吹き、また新たな香りを運んできた。
「故郷の村の、大きな梅の木を思い出しますね。幼少の頃、季節になると木の近くで貴方に稽古をつけて頂いた」
それを懐かしく思い出した祗宏が呟くと、旦薙はええと呟き、目の前の木に触れる。
「……何だか堅苦しくなりましたね。……散策を続けて改めてリフレッシュしましょう!」
しみじみとした時間が流れた頃、祗宏が振り返り、今度は自分がと歩き出す。
日々の責務を完全に忘れる事は出来ないが、それでも二人はその自然を感じる事で、また次なる責務へと向かっていける。そう感じたのだった。
「お誕生日、おめでとっ♪」
シル・ウィンディアが恋人の幸・鳳琴に目一杯の笑顔を添えて祝う。
「ありがとうございます……!」
鳳琴はそう言いつつ、少し照れた表情を見せる。
「今年の目標を教えてくださいっ!」
シルは梅の枝を拾い、それをマイクに見立てて、差し出す。
「目標……ですか?」
考えてもいなかったと、目をぱちぱちさせながら少し考える鳳琴。
「12歳になって、4月からは進学、楽しみで……。
日々を充実させたいですね。新しい学校でも、ケルベロスとしても」
鳳琴はそうぽつりと思い出すように、しっかりと答えていく。そして、枝を持ったシルの手を両手で包む。
「……あなたの恋人としても」
「ひゃっ!」
吃驚した表情のシルだが、鳳琴が顔を赤くしているのを見て、此方も嬉しくなる。
「ではお返しに、シルさんの新しい目標は?」
お互いに顔を真っ赤にしながらも、誠実に答えあう。
「わたしは、新しい琴ちゃんと、一緒に思い出作っていきたいかなって。今までの思い出も大切にしつつねっ♪」
鳳琴は梅の花の髪飾にそっと手を触れ、素敵な花を見上げる。
そしてシルが、新しい誓い、聞いてくれるかな? と、風に乗って落ちてきた小さな花弁を手の平に乗せて言う。
「これからもずっと、大切にして行くから、ね」
それは、春の訪れを告げる声。未来への誓いだった。
コポポポ……。
鉄・冬真が温かな紅茶に、ほんの少しの梅酒を垂らす。
「おいで有理。まだ肌寒いからね」
御影・有理は素直に夫の言葉を聞き、大判のストール中に納まっていく。
温かな体温と紅茶の中から少し漂う梅の香りが、安心という言葉と共に二人を包み込む。
「ありがとう冬真、貴方が一緒だからあったかいよ」
有理はストールの中で、ほっと呟いた。
「……クラッカー、チーズと生ハムで食べたいな」
冬真がそう言うと、有理は用意したクラッカーに、チーズと生ハムを優しくのせた。
彼女が手渡そうとすると、彼は悪戯っぽく笑い、
「食べさせてくれる?」
と言う。すると、微笑みながら彼女は、
「それじゃ、あーんして?」
と言う。
あーん、と素直に妻の言葉通りに口をあける冬真。
そんな一時を楽しみ、可愛らしく思った有理が冬真の頬に口付ける。すると、お返しにと額にキスを返す冬真。
――こんな幸せな春を、この先もずっと。
移り変わる四季をずっと二人で歩んで行こう。
お互いに口に出さずとも伝わる。そんな時間を、背中のストールから伝わる太陽の暖かさと共に感じたのだった。
ヴィヴィアン・ローゼットとアメリー・ノイアルベールは、リコスにお土産を手渡した後、梅の花を愛でた。
二人はリコスとも一緒であった依頼で、偶然会ったばかり。ヴィヴィアンは、どうして今回誘ってくれたのかが気にはなっていた。
『あの……!』
すると二人が同時に口を開いた。
「あ……。では……」
二人はしどろもどろ。だが、アメリーは伝えたい事を伝えるために、思い切って誘ったのだと、勇気を出した。
「……わたし、フランスから日本に来て間もないのです」
「フランスからなんだ……」
ヴィヴィアンは彼女のただならぬ雰囲気を察して、言葉を選びながら続きを促す。
「はい。ケルベロスに覚醒したから、という理由が一番大きいのですが、日本で消息を絶った、家族を探すためでもあって……」
「大変だね。日本と言っても広いしね……」
「その中には、あなたのお母様もいるのです」
……。
ヴィヴィアンは良く分からない表情で、頭に疑問符を浮かべる。
「ごめんなさい……突然こんなことを言われても、困りますよね」
やっぱり言うんじゃなかった、と少しの後悔がアメリーの表情を作り出した。
「……だって、あたしはずっと教会で育ってきて。
まさか、あたしの両親のことを知ってる人がいるなんて」
ヴィヴィアンは何とかそれだけを言うが、彼女が嘘を言っているようにはどうしても思えなかった。
「これを証明する手立ては、ないのですが……。一緒に……探してもらえますか」
するとヴィヴィアンは悟ったように頷き、少し笑みを作り出した。
「……わかった。あたしも、お母さんに会えるなら会いたいもの。だから……これからいろいろ教えてね」
するとアメリーの表情が一変する。救われた。そんな表情だった。
春を迎える風が吹く。それが、それぞれの未来に向けての、第一歩となる。
ケルベロス達のこれからは、未だどうなるかは分からない。
だが、皆が思ったのは、この美しい自然と、大切な人達を守りたい。
そう決意を新たにした、一日となったのであった。
作者:沙羅衝 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年3月18日
難度:易しい
参加:28人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 10/キャラが大事にされていた 2
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