女性ドワーフこそ至高!

作者:緒方蛍

 若者は悩んでいた。
 己の嗜好が「普通」から外れているのではないかという危惧、どこまでが「普通」なのかを迷い――しかし、手は確実に先ほど本屋で手に入れた袋を開けている。中に入っているのは、1冊のレアな写真集だ。
 ウェットおしぼりで手を丁寧に拭き、取り出した本。表紙とご対面。まず拝む。尊さに泣く。そして震える手が、ビニールの包装を破る。もう一度手を拭く。1ページ目からぱらりとめくる。
 そこには――。
「ウッ……」
 胸を押さえ机に顔を伏せる。
 なんだこれは。
 やばい。直感が彼に訴える。だがここで止めてどうするというのだ。せっかく叫んでもいいようにカラオケボックスに来たというのに、その金も無駄になる(フリータイム)。
 荒い息を吐きながら、またゆっくりとページをめくる。
「まじもうむりほんとかわいい天使かよ天使だったわ神かよ神だったわ……」
 知ってた、と呟く彼の両目からは止めどなく涙が溢れる。拳をふたつ、高く掲げて天を仰いだ。
「ドワーフ女子おっぱいまじサイコ――!!」
 天国はここにあった!
 だがしかし、天国へと心羽ばたかせる彼の身には、確実な異変が生じていた――!


 本日もきりっとした表情で、御門・レン(ヴァルキュリアのヘリオライダー・en0208)はケルベロスたちを見回す。
「今回は、人々の個人的な趣味嗜好による『大正義』を目の当たりにした一般人が、その場でビルシャナ化してしまう事件です。ビルシャナ化してしまうのは、その趣味嗜好に強いこだわりを持ち、それが『大正義』であると信じる、強い心の持ち主のようです」
 このまま放置するとその大正義の心でもって多かれ少なかれ同じような趣味嗜好を持っている者を信者化させ、同じ大正義の心を持つビルシャナをねずみ算式に次々と生み出してしまいかねない。
 だからその前に撃破する必要がある。
「大正義ビルシャナは出現したばかりで配下はいませんが、周囲に一般人がいる場合は大正義に感銘を受けて信者になったり、場合によってはビルシャナ化してしまう危険性があります。大正義ビルシャナは、ケルベロスが戦闘行動を取らない限り、自分の大正義に対して賛成する意見であろうと反論する意見であろうと、意見を言われればそれに反応してしまうようですので、その習性を利用して議論を挑みつつ、周囲の一般人の避難などを行うようにしてください」
 なお、賛成にしても反対にしても、本気の意見を叩き付けなければ、ケルベロスではなく他の一般人に向かって大正義を主張し信者としてしまうため、議論を挑む場合は本気の本気で挑む必要があるだろう。
「敵となるビルシャナは1体。場所はカラオケボックスの2階、部屋は4人用の部屋のようですね。戦闘に支障はありませんが、狭いと感じられた場合、外におびき出してから戦うのも良いでしょう。その場合、周囲の一般人に被害が出ないよう、避難誘導など行ってからにしてください。警察などに依頼することもできます」
 避難誘導の時に気を付けなければならないのが、『パニックテレパス』や『剣気解放』、『殺界形成』など種族特徴や防具特徴は使わないほうがいいということだ。これらはビルシャナが戦闘行為であると判断してしまう。
「戦闘行為と判断された場合には予測不可能な行動に出ると考えられます。ですので、能力はできるだけ使わずに避難誘導することが望ましいです」
 一息吐くと、今度はビルシャナについて教えてくれる。
「今回ビルシャナ化した方は、強い心でビルシャナと化してしまったため、説得によって一般人に戻すということはできません。……彼の大正義へ殉死させてあげてください。彼が行う戦闘方法は、攻撃が2種、列と単体を持ち、回復が1種の3種類です」
 レンはケルベロスたちの目をひとりひとりじっと見つめていく。
「大正義ビルシャナは自らを大正義であると信じているため、説得は不可能です。……場所は繁華街の中にあるカラオケボックスのため、ビルや周囲の避難活動も必須になってきます。ですが、どうぞ無事に事件を解決してください」


参加者
土屋・陽子(火竜鉄槌・e19913)
稚児笹・紗々(ドワーフの鎧装騎兵・e20344)
アイクル・フォレストハリアー(ラディアントクロスオーバー・e26796)
リチャード・ツァオ(異端英国紳士・e32732)
日下部・夜道(ドワーフのブレイズキャリバー・e40522)
ルリディア・メリーバ(ときめくクランベリー・e41388)
空守・香登(ドラゴニアンの自宅警備員・e46550)
九十九屋・幻(紅雷の戦鬼・e50360)

■リプレイ


 8人のケルベロスが潜入しているのは、とある街の繁華街にあるとあるカラオケボックス、あるいはその周辺だった。
 彼らは二手に分かれ、ヘリオライダーに予知されたその時を、今か今かと待ち構えている。
「今回の依頼の敵はひとりか」
 稚児笹・紗々(ドワーフの鎧装騎兵・e20344)が、ターゲットの部屋を別の部屋から窺いながら呟く。
 得ている情報によれば、これから覚醒するが信者はまだいない。
「たしかに放置して信者を作られると厄介そうですね」
「他人の好みを否定するつもりはないし、ドワーフを好きと言ってくれるのはなんとなく嬉しい気持ちもあるがのう。ビルシャナ化するほどじゃったのか……」
 溜息を吐いたのは日下部・夜道(ドワーフのブレイズキャリバー・e40522)。ふん、と鼻を鳴らしたのは土屋・陽子(火竜鉄槌・e19913)だった。
「人の胸を見て大きいだの小さいだの……」
「あっ」
 嘆かわしいと言わんばかりに言いかけた言葉をルリディア・メリーバ(ときめくクランベリー・e41388)が遮る。
「どうした?」
「目標の部屋から光が……」
「何?」
 慌ててドアの窓から目標の部屋を見れば、ルリディアの言うとおりに神々しいような光がめちゃくちゃ漏れている。
「……避難誘導班へ連絡!」


 避難誘導班も二手に分かれていた。一方がビル内、一方がビルの外。
 戦闘をビルの外で行う算段のため、そうなっていた。九十九屋・幻(紅雷の戦鬼・e50360)と空守・香登(ドラゴニアンの自宅警備員・e46550)が屋内担当だ。
「警察には連絡してあるし……合図で速やかに避難誘導してもらえるだろうね。……どうしたんだい? 空守くん」
「なんとか元に戻せる方法はないんかな……って思ってな。成り立てでもう無理とか……」
 切ない、と言う香登は、きっと心優しい、いい筋肉の持ち主なのだろう。
 幻は少し困ったように微笑む。
「……仕方ない、で済ますにも、たしかにちょっとね」
 けれど憐れんだところでこれから彼によって引き起こされる事件を見過ごしてはいけない。被害は未然に防げるなら防いだほうがいい。つらい選択ではあるが、それもケルベロスの役割だ。
 香登が悲しげだった顔をハッと上げる。合図だ。


 合図を受け、外にいた避難誘導担当、リチャード・ツァオ(異端英国紳士・e32732)とアイクル・フォレストハリアー(ラディアントクロスオーバー・e26796)もあらかじめ繋ぎを取っていた警察への指示、民間人の退避を促した。
「最近、ほんっとに巨乳ドワーフが増えてきたよーな気がするにゃ……」
 ぼやいたアイクルに、リチャードが隣で首を傾げる。
「そうかもしれませんが……、今回の目標はどちらかといえば『ロリ巨乳だと色々引っかかるけどドワーフなら無罪』というところでしょう」
 色々と制約が多い今日この頃。世知辛いことだ。きっと目標の彼も肩身が狭かったのだろう、とは思う。
「――とはいえ、超えちゃ行けないラインを超えていますから、とっとと覆滅しておきましょう」
「巨乳のほうが人気なら、正統派アイドルとしてはちょっと、うらやましいかもにゃんだけど……」
 むむむ、と唸りつつ、ツァオの言う覆滅に異論はない。
 やがて、避難誘導が済んだ連絡を受けるとアイクルは頷く。
「皆のところへ行くにゃ!」
 戦闘の始まりだ。


「ジュースお待たせしましたぁ~♪」
「お兄さんおひとりですか?」
「あたし少し混ざっちゃおっかな~?」
 ルリディアと紗々はビルシャナと化した目標の部屋へと、堂々とした侵入を果たしていた。ルリディアはセクシー系アルバイト制服を、紗々はセクシーコーデを着込んで、店員のフリをしての接触だ。
 ふたりともドワーフで、露出のある服を着ているせいもあり、見た目に反して肉体の成長が早熟、という風に見えて――今回の目標の好みに合致しそうではある。
「おお……頑張るのう」
「退避班から連絡が来るまでは、もう少し時間を稼いで欲しいが」
 ドアの外で部屋の中を窺う夜道と陽子が、中でビルシャナ化したばかりの目標と接触しているふたりに感心する。演技とはいえ、まだ若いのにここまでできれば立派なものだ。
 そうこうしているうち、先にアイクルがやってきた。
「どうなのにゃ?」
「中でふたりが時間を稼いでくれてる。……そっちは?」
「こっちはおおかた済んだにゃ。……もう少し時間稼ぎするにゃ?」
「そのほうがいいかもしれんな」
 何にせよ、民間人の安全が最優先だ。
 夜道とアイクルが中へと入る。
 そもそも外で闘うのか中で闘うのかハッキリしていれば、もう少し目標を扱いやすくできて接触しやすい部分もあった。出たとこ勝負という気はするが、今さらの話だから『ヒールできる』という言葉を免罪符にしておく。
「さてどうしたものか」
 腕を組んで考えようとした時、香登と幻、リチャードもドア前で合流する。
「こちらは完了したよ」
「ビルの中は退避完了だ」
「こちらも完了です。様子はどうですか?」
「時間稼ぎは順調だね。でももう必要ない。……行くとするかね」
 陽子は立ち上がると仲間たちと顔を見合わせ、頷いた。
 そうして派手な音を立てて室内へなだれ込んだ6人のケルベロスに、何事かとビルシャナになってしまった目標が唖然とする。
「ったく、ビルシャナなんぞに取り込まれやがって……馬鹿もんが!」
 挑発的に、しかし嘆かわしいとばかりに陽子が悪態をつく。夜道も頷いた。
「そうじゃのう、他の者に強制はいかんし、ましてや『きょにゅー』の者だけを推すのはいかんのじゃ」
「あんたにあたしの大正義を教えてやるにゃ!」
 それは、と小さな体で、薄っぺたい胸を張る。
「ドワーフはあたしみたいな体型こそ正義にゃ!」
 たしかに昨今、ドワーフは巨乳が増えてきた。発達がいいとも言えるかもしれない。
 だがしかし。
 ドワーフは昔からつるぺたが正統! つるぺたこそ正義! 巨乳ドワーフなど邪道!
「正統派アイドル(自称)が言うんにゃから確か!」
 どうだ! とばかり、自信満々に言い切る。だが目標はその正義を鼻で笑うのだ。
「単なるロリに興味はない! それなら種族を問わずロリはロリというだけでいいという話になる。ドワーフは永遠のロリかもしれないが、ロリはロリである期間が短く儚いことこそが大正義である。だがこれはわたくしの主義正義とは無関係ゆえに横に置く。さてわたくしの大正義であるところのロリかつ巨乳、これは本来ならば同居しないもの。ロリはつるぺた。つるぺたにロリは内包される。なおロリでないつるぺたも存在することは承知であるため、ロリだけがつるぺたなのではない。それゆえに内包である。これもわたくしの主義正義とは無関係ゆえに横に置く。同居しないロリかつ巨乳、これはロリに巨乳が付随するものか、巨乳にロリが付随するものかによって――」
「ぐっ!!」
「?!」
 リチャードが吹っ飛び、防音壁に体を打ち付ける。ハッとしたのは幻だ。
「ビルシャナ経文……!」
 その言葉に全員があっと気付かされる。つまり、今のクソ長い主義主張は攻撃魔法だったのだ!
「思わず普通に聞いてしまいましたね……」
「単なる長口上かと思っちゃったぁ……さっきあたしが歌ったアニソンの合いの手より熱が入ってるんだもん」
「早口でまくし立てられると、口を挟めなかったりするね」
 紗々、ルリディア、香登がひそひそと話す。
「ったく、あんたたち! クソ餓鬼の目を覚まさせるのは大人の務めだろうが!」
 クソ餓鬼に惑わされてどうする、と仲間だけでなく自分を叱咤するように陽子が言う。この仲間たちは半数以上が子供だが、そこは気にしてはいけない。大人だけでない、ケルベロスとしての務めを果たさねばならないのは老若男女の区別はない!
「不覚を取りましたが……二度はありませんよ」
 リチャードが少し汚れた服を紳士らしい所作で軽く払い、不敵に笑んだ。


 先制はアイクルが取った。
「ぶっ☆おおおおおおおおおす!」
 正統派アイドル(自称)とはいえ、やはりこのビルシャナと化した目標の主義主張は受け入れがたい。
 世にきょにゅードワーフが増えようと、古より脈々と受け継がれるドワーフ体型は自分のような体型である。そうでなければ邪道、自分こそが正統。だとすればこそ、彼の者を許すわけにはいかぬ。
「☆ぁああああああああっく!!」
 そんな正統派アイドル(あくまで自称)の怒りと正統なる主張を乗せた拳がビルシャナ野郎の土手っ腹にジャストヒット。さすが自称とはいえアイドル! 『正統派アイドルの怒り』が見事に決まった!
「ひ、でぶ……ッ!」
「まだまだじゃあっ!」
 吹っ飛ばされてきたビルシャナを、迎え撃つは夜道。鉄塊剣に纏わせた炎を、狙って……打ったァ! これもジャスト!
 この間、集中力を極限に高めていたのは紗々だ。
 因果という名の糸をたぐり寄せ、ビルシャナと自分を繋ぐようなイメージを作る。
「uruz thurisaz wunjo hagalaz nauthiz」
 唱えるのは古より伝わるルーンによる言葉。ただの人が唱えるのは「言う」だけだが、ケルベロスである彼女が魔力を帯びた声音で紡ぐは魔法による攻撃。
 ビルシャナへと集中する糸。そして魔法の言葉による攻撃に、彼の怒りは紗々へと集中するかに思えた。
「そうはさせないよっ☆」
 猛攻を止めたのはルリディアだ。身代わったビルシャナの攻撃は、なんと空を切った。それもこれも、もしかしたらセクシー系アルバイト服に身を包んだルリディアの胸許に視線が釘付けだったせいもあるかもしれない。
「どこを見てるのかなーっ」
 この場合、組み付きは攻撃として有効なのかもしれないが、しかしビルシャナはほほえんでいる!
 ただしダメージは普通に与えられているので問題はない。
「ぶあッ?!」
 組み付きから逃れた(残念そうに)と思ったビルシャナを待っていたのは陽子からのツッコミ――もとい、スターゲイザーだ。狭い室内を逆に活かすような、見事な跳び蹴りは顎にヒット!
「あたしゃ足癖が悪いからねぇ? つい、蹴っ飛ばしちまったよ」
 そんなところにいるほうが悪いとばかりに鼻で笑う。
 その横から刀による攻撃を食らわせてきたのは香登だ。音もなく、ビルシャナが陽子の蹴りでのけぞったタイミングを見計らって一撃を食らわせた。うなる筋肉は戦いのたびに磨き上げられ、胸筋は好きそうな人間がたぶん多い。雄っぱい。鍛えられた雄っぱいは案外柔らかいという情報もあるが、それが事実かどうか確かめる術は戦闘中なのでない。
「ぐほおッ」
 憐れにも床に這いつくばるビルシャナに、憐憫の眼差しを投げかけるのはリチャード。
 憐れんだところで手を抜いたりするはずもないのだが。
 その証拠に、リチャードは蝙蝠型手裏剣をその手に持ち、構えている。ただの手裏剣ではない。燐が塗ってあるのだ。
「闇を友とし光で貫く。我前に立つなら覚悟するが良い」
「ひえっ……」
 気迫に圧されたように、情けない声が漏れる。だがそんなことは知ったことではないと、優雅とも言える仕草で手裏剣を投げつけた!
 塗られた燐がリチャードのグラビティ、あるいは空気摩擦に反応して燃え、たとえビルシャナが避けようとしても、不規則な手裏剣の軌道がそれを阻む。
 ふらふらになったところを、愛刀・紅光で斬りつけたのは、幻だ。ふらふらになっていたビルシャナに見事なダメージを与える。
「むおおおおおっ、わたくしガチ切れです! 怒りで! 炎が! メラメラ!!」
 自分で申告するとは律儀なビルシャナである。
 回復してからの攻撃を目論んだのだろうが、焼け石に水という言葉を彼は知らないのだろう。
「やかましい、クソ餓鬼!」
 一喝したのは陽子だ。
 戦闘での昂揚でか、目が輝いている。そうして、その輝きを模したかのように輝き、燃え上がる炎が彼女の手のひらにあった。
「まったく、こっちの体はボロボロだっていうのにねぇ……」
 言うほどボロボロに見えないが、これは今回の戦闘でというわけではないらしい。ドワーフであるため本来の年齢が読みにくいが、彼女も一応は高r、いや全盛期ほどの力はない。
 だが元の力が元の力なので、全盛期を過ぎたとはいえ、威力は絶大だ。
「……全力でぶっ飛ばしてやる」
 姿勢を低くして踏み込み、次の瞬間に射程ゼロから打ち込む炎を乗せた掌底。
「ひでぶ……ッ!!」
 打ち込まれた衝撃で、壁を破って隣の部屋の壁に背を打ち付けている。全員ですぐさま隣室へと乗り込んだ。「寝ている暇はありませんよ?」
 涼しやかに微笑んだ紗々がえげつなく叩き込んだ降魔真拳は四つ這いになっていたビルシャナを打ち上げ、アイクルのライドキャリバーであるインプがガトリングを撃ち、夜道のミミック『一族の秘宝』がガブリングで噛み付き、リチャードが跳躍しての溜め斬りを喰らわせたかと思えば、待ってましたとばかりに夜道がタルタロスクラッシュ、香登が鋭く斬霊斬を続けざまに喰らわせる。
「お、おのれ……!」
 ふらっふらのビルシャナがなおも立ち上がる。これだけボコられてもなお立ち上がるとは天晴れではあるが、そのHPが尽きようとしているのは明らかだ。
「さあ、ビルシャナ」
 不敵な笑みを浮かべるのは幻。美しい顔に迫が乗り、どこか凄絶である。
「私の全身全霊の一撃、受けてくれるよねッ!?」
 ぴり、ぱり、と静電気、いや細かな紅の稲妻をその拳に纏わせ、防御のことを考えることもせず、間合いに突っ込んでいく。ビルシャナが構えるよりも早く、紅い稲妻と化したような拳を全身全霊、持てる力のすべてを持って叩き込む。『紅の一撃』はビルシャナの内臓を破裂させるほど深く肉体に食い込んだ。
「ぐっはぁ……」
 両膝を床につく。もう、あと少し!
「その首、よこせおらーッ!」
 チェーンソー剣を振り回したのはルリディアだ。その様相はあたかも鬼神のごとし。『断罪斬首回転刃』からビルシャナは逃れる術がなく、聞くに堪えない悲鳴を上げる。
 その一撃がビルシャナへのトドメになったのは明らかだ。
「がああ、あ……」
 崩れ落ちかけたビルシャナを、香登がたくましい腕で抱き留める。
「……あんたが悪いわけやなかったんじゃけど、戻れん道に入ってもうたんよ」
 せめて、と少しずつ形を失くしていくビルシャナを、厚みのある胸に抱きしめた。鍛えられた胸は存外やわらかい。
「助けられんと、すまんやったなあ。ええ夢見ながら逝きぃ」
 完全に消える間際、香登の優しい言葉にビルシャナの表情はどこか安らいでいたように見えた。


「……さ、惚けてる暇はないよ!」
 陽子が一同を叱咤する。場のヒールや会計など、片付けることはまだあった。そうやって忙しさに取り紛れ、日常に戻っていくのだ。
 ケルベロスはそういうものだと、皆わかっていた――。

作者:緒方蛍 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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