茨の聲

作者:犬塚ひなこ

●憧れと現実
「……はあ、てっとり早く歌がうまくならないかなぁ」
 遠くから歌声が聞こえ、溜息を吐く。
 そういえば今日は近くのホールで合唱の催しがあったのだったか。かすかに聞こえてくる歌声は見事に調和していて美しいと感じた。
「そうだ、綺麗な声だったらよかったのに。もっと透き通るような声があれば……」
 もし声さえ良ければ今頃は歌手にだってなれていたかもしれない。そんなことを考えながら彼女は窓辺で頬杖をついていた。しかし、歌が上手くなりたいと願っている彼女には肝心なことが欠けていた。そう、練習や努力を全くしていないのだ。
 彼女はもう一度深い溜息を吐き、暇そうな様子で空を見上げる。
 そのとき、背後に怪しい影が現れた。
 それは一瞬のこと。驚く暇も与えぬ速さで影の主は彼女の身体を貫いて死を与える。やがて影は女性の姿に成り代わり、くすくすと笑った。
「貴方の夢は分かったわ。そんなに綺麗な声が欲しいなら奪って来てあげる」
 そして、帽子を目深に被った夢喰いは街へと繰り出してゆく。
 狙うは美しい声を持つ者。その喉を斬り裂いて手に入れる為に、殺戮が始まった。

●声は遠く
 夢喰いによる事件が予知され、ケルベロス達が集められた。
 今回の敵は夢を語るだけで何もしていなかった人を殺して力を奪い、その人になり代わるという卑劣なドリームイーターだと語り、雨森・リルリカ(花雫のヘリオライダー・en0030)は瞳を伏せた。
「このドリームイーターはなり代わられた人が持っていた夢を実際に叶えている人……ええと、今回で言うと歌が上手かったり、綺麗な声をもっている方でございますね。そういったひとを近場で見つけて襲うのです」
 そして、対象からドリームエナジーを奪った後に夢に該当する部位を奪って去っていく。
 予知によると、被害者の家の近くの建物内で合唱のコンクールが行われているらしい。会場に乗り込んだ夢喰いはステージに上がっている者を無差別に襲い、喉を斬り裂いて奪っていくのだという。
「声が欲しいからって喉を奪うなんて違います。絶対に止めないといけませんです」
「そうだな、道理に合わない」
 リルリカが語る最中、遊星・ダイチ(戰医・en0062)も深く頷く。自分も同道する旨を告げた彼は今回の敵が現れる場所について問いかけた。リルリカは地図を取り出し、コンクール会場まで続く道路を示す。
「皆さまは敵が会場に入る前に、この辺りで迎え撃つことができます」
 場所は会場の入り口前。
 既に演目は始まっており、出演者や観客は建物内に入っているので人通りはほとんどない。そのまま現れた敵に戦いを挑んで勝利することが今回の目的だ。
 敵は一体のみだが、かなり強い力を有している。
 手にしたナイフで身を抉る攻撃に素早く放つ魔力の一閃。更には音波めいた声の衝撃波などを駆使して此方の力を奪おうとしてくるだろう。だが、皆で力を合わせて戦えば勝てない相手ではない。
 また、敵は歌や音を使った力を使う者を重点的に狙ってくるらしい。
 攻撃が誰かに集中してしまう可能性はあるが、作戦を立てる上で参考にして欲しいと告げたリルリカは説明を終える。
「それでは皆さま。どうぞよろしくお願いしますです!」
 ぺこりと頭を下げたリルリカに対してダイチは任せておけと拳を握った。
「ああ、分かった。殺された彼女もこんなことをされるのは本意じゃないだろう」
 夢喰いによって齎された被害者の死を覆すことは出来ない。しかし、血が流れる前に事件を阻止することがせめてもの手向けになるだろう。
 そうと信じたいと告げ、ダイチは仲間達に真っ直ぐな眼差しを向けた。


参加者
ロゼ・アウランジェ(アンジェローゼの時謳い・e00275)
鬼屋敷・ハクア(雪やこんこ・e00632)
ルーチェ・ベルカント(深潭・e00804)
アルメイア・ナイトウィンド(星空の奏者・e01610)
物部・帳(お騒がせ警官・e02957)
ルルゥ・ヴィルヴェール(竜の子守唄・e04047)
エレオス・ヴェレッド(無垢なるカデンツァ・e21925)
ルト・ファルーク(千一夜の紡ぎ手・e28924)

■リプレイ

●聲
 素敵な歌が、聴こえた。
 奏でられる音色に響きあう声。幽かに耳に届くピアノの旋律と歌声を聞き、ロゼ・アウランジェ(アンジェローゼの時謳い・e00275)はそっと瞼を閉じる。
 予知された未来では、この歌声が夢喰いによって引き裂かれてしまう。
「喉を切り裂いて、歌声を奪う……それは何よりも恐ろしいことです」
 エレオス・ヴェレッド(無垢なるカデンツァ・e21925)は首を振り、背後にあるホールを守るようにして立った。アルメイア・ナイトウィンド(星空の奏者・e01610)も頷いて仲間の言葉に同意を示し、此処に訪れるという敵を待つ。
「気に食わねえな。願った事総てが叶う世界じゃあないが。この終焉も。その簒奪も」
「喉を裂いてでも声を奪うなんて、童話の魔女でもしないのにね」
 ね、と傍らの匣竜のドラゴンくんを見下ろした鬼屋敷・ハクア(雪やこんこ・e00632)は掌を強く握り締めた。酷いことになってしまう前にわたし達で守らなきゃ、と意気込むハクアからは気合いが感じられる。
 まだホールの中の人々は異変に気付いていない。
 ルーチェ・ベルカント(深潭・e00804)は騒ぎになる前に事態を収めようと心に決め、白翼を静かに折り畳んだ。
「夢喰いと言うのはまるで、雛鳥を狙う捕食者のようだねぇ……おっと」
「お出ましみたいだな。みんな、ドリームイーターだ!」
 敵の気配に気付いたルーチェが顔をあげ、ルト・ファルーク(千一夜の紡ぎ手・e28924)が仲間達に呼び掛ける。ルトの呼び掛けで身構えた遊星・ダイチ(戰医・en0062)は腰に提げた銃に手をかけた。
 物部・帳(お騒がせ警官・e02957)も同様に、此方に向かって歩いてくる敵を見据えた。
「大成できなかった無念は分からなくもありませんが、これもお仕事!」
「この先へは行かせません。どうしても進みたいのなら、私たちが止めてみせます」
 ルルゥ・ヴィルヴェール(竜の子守唄・e04047)もしっかりと戦闘態勢を整え、女性の姿をしドリームイーターを捉える。
 彼女の姿は夢喰いによって殺された人のものだ。
 これ以上の悲しみを繰り返させはしません、とルルゥが口にするとルトと帳も頷きあう。すると、夢喰いは禍々しさを孕む声を発した。
「退いて。これからあの歌声を奪いに行くんだから」
「そんなことを宣言されて、はいそうですかと退けるかよ」
「そう、奪わせたりなんてしないよ」
 アルメイアは即座に夢喰いの前に立ち塞がり、ハクアもドラゴンくんと共に通せんぼをするような形で布陣する。
 ロゼもエレオスの隣に立って敵を見つめた。戦いは苦手ですが、と気持ちを奮い立たせるエレオスの思いを感じ取り乍らロゼは思う。
 自分は歌が好きで歌を愛している。でも、だからこそ哀しい。
「誰の歌も、声も、命も奪わせません!」
「絶対に阻止してみせます……!」
 そして、二人の声が重なった瞬間――歌声を護る為の戦いの幕があけた。

●唄
「いいわ、まずあなた達の喉から引き裂いてあげる」
 夢喰いが両手を広げて魔力を紡ぐ。その動きを察した帳が自ら身を挺して仲間を庇いに走った。刹那、帳が狙われたルルゥへの一撃を肩代わりする。
「いいえ、そうはさせないのであります!」
 一瞬の攻防に緋色の眸を眇めたルーチェは地を蹴る。帳と相対する敵に向け、ルーチェが放ったのは流星を思わせる一閃だ。
「生まれたばかりの夢喰いを殲滅する僕も、捕食者側なのかな」
 先程に自分が呟いた言葉を思い返したルーチェは小さく肩を竦めた。そして、其処に続いたルトがエクスカリバールを振りあげる。
「誰かの声を奪うなんて、そんな前提からして間違ってる……!」
 鋭い一撃で敵の身を穿ったルトは夢喰いを睨み付けた。だが、敵はルトの視線をものともせずに不敵に哂う。
 ルルゥは夢喰いに何を言っても無駄なのだと感じたが、何故だか胸が痛んだ。
「歌に大切なのは美しい声でも上手な歌い方でもなくて、歌うことを楽しむこと……」
 自分はかつて大事な人にそう教えて貰ったのだと告げ、ルルゥは仲間達に光輝の力の加護を与えてゆく。
 ハクアもその通りだと頷きを返し、猟犬めいた鎖の力を解き放った。
「ドラゴンくん、いまだよ」
 主の声に合わせて匣竜が灰の吐息を浴びせかけ、ハクアの与えた衝撃を増幅させていく。ハクアと同じく、ロゼにもルルゥの語ったことがよく理解できた。
 ロゼは更なる痛みを敵に与えるべく駆ける。ルトがすぐさま身を引いて射線を空けてくれたことに目礼し、ロゼは高く跳びあがった。
「欲しいのならばいくらでも聴かせてあげる。さぁ、私と一曲……歌ってくださいな?」
 踊るような華麗な一撃で敵を穿ち、ロゼは身を翻す。
 ルルゥとエレオスは彼女の戦い方を見つめ、自分達も、と密かに意気込んだ。
「ダイチさん、お願いします」
「ああ、無論だ」
 癒し手として共に力を尽くして欲しいと願ったエレオスに対し、ダイチは医療魔術の力を紡いでいった。エレオスが回復で背を支えてくれていることを感じ取りながら、アルメイアは帽子を被り直す。
「貴様の願う物は、何一つくれてやるつもりはないぜ」
 きっちり地獄に叩き込んでやる、と強く告げたアルメイアは一瞬で敵に肉薄した。其処から叩き込まれた一撃は夢喰いを深く貫く。
 しかし、敵はそのような痛みなど感じていないかのように反撃に移った。
 即座にアルメイアが振るわれた夢刃を受け止めて耐える。その間にルーチェが惨殺の刃を掲げて惨劇の鏡像を映し込む。
 更に帳が援護を行うべく、詠唱を紡いでいく。
「鳴るは川の瀬、成るは桃の実桃の花――祓い清め守り給え」
 呪を込めた水銀の銃弾をリボルバーに込めて放てば、桃の枝葉が茨のように絡み合って玉垣となる。咲く花が実となって結界を形作っていく中で帳は敵を瞳に映した。
 普通の女性めいた姿をしていても相手はデウスエクス。
 しかも、それは邪悪な意志を持って人の命を奪おうとしている。胸中の炎が燃えあがるような感覚をおぼえたルトは、許せない、と小さく口にした。
 そう感じているのはロゼも同じらしく、手にした竜槌を大きく振り上げる。
「行きますよ。容赦なんてしてあげません!」
 重い一閃で敵の足止めを狙ったロゼは全力を込めていた。敵も更なる攻撃で此方の力を奪おうと狙ってくるが、ルルゥがすぐに癒しに回る。
「回復は任せてください。こちらもしっかり支えますから、安心して集中してくださいね」
 それが今の役目だと己を律したルルゥは幻夢の力を仲間に与えた。仲間達に頼もしさを感じたアルメイアは力強くギターを掻き鳴らす。
「貴様は夢の残滓ですらない……タダの簒奪者だ!」
 響かせた音で終焉の概念を生成し、魔曲を奏でたアルメイアは邪悪な夢喰いに真正面から宣言する。その瞬間、敵が僅かに揺らいだ。
 ハクアは夢喰いの意識がアルメイアに向いたと察し、ドラゴンくんに援護を行うよう願う。仲間が奏でる音は力強くて優しく思え、頑張れと背中を押してくれているようだ。
「わあ……! わたしも負けてられない!」
 指先を宙に翳したハクアは幻影竜の炎を巻き起こし、敵を青の炎で包み込む。
 其処から攻防が巡り、激しい戦いが繰り広げられた。ケルベロス達は善戦しているが、敵とてやられてばかりではない。
「いい加減に飽きてきたわ。さっさと倒れなさいよ!」
 怒気が籠った茨棘めいた声が魔力の奔流となり、ルトへと放たれた。瞬刻、心的外傷の力がルトの精神を蝕んだ。
「う……やめ、ろ……兄さ――」
 これが過去の幻影だとは分かっている。だが、ルトは胸の奥を抉るような痛みを無視できなかった。大丈夫か、とダイチが呼び掛け、ロゼとハクアは仲間を守るように布陣して敵に攻撃を与えてゆく。
 ルーチェも敵の攻撃が厄介だと感じて指天の一撃を与えに向かい、アルメイアも更なる衝撃を加える為に其処に続いた。
 だが、これを好機と感じた様子の夢喰いは歌を紡ぐアルメイア達を無視して、再びルトを狙う様子を見せている。されど帳がそうはさせない。振るわれた刃を帳が受け止め、エレオスが癒しに回る。
「よっと! ふふん、これで貸し一つでありますなルト殿」
「あわわ……! 危なかったです」
 存分に感謝してくれて構いませんよ、と得意気に胸を張った帳。ひやひやしたというように大自然の守りを発動させたエレオス。そして、足りぬ分の癒しはルルゥが担う。
「良かった、もう平気ですね」
「……ごめん。ありがとうな」
 皆が助けてくれたと気付いたルトは顔をあげ、大丈夫だと告げるように微かに笑った。
 それは少年なりの強がりなのかもしれないと感じながらも言葉にはせず、ルーチェは静かに右手の手袋を外す。
 彼が睨み付けるが如く見据えた先には夢喰いの姿がある。
「こうだったら良かったのに、と思う程度でいちいち殺されちゃたまらない。遠慮なく、思い切り殺らせてもらうねぇ?」
 僕には正義感なんてないから、と何処か皮肉気に囁いたルーチェ。その手の甲に宿る茨が絡む漆黒のルーンが見えた。
 そして、一片の容赦もなく振り下ろされた降魔の拳は夢喰いを深く穿った。

●唱
 歌う人や奏でる人がいるならば、それを聞く人もいる。
 言葉や音が力を持つことも、それが時に希望を与えることも知っている。だからこそ素敵な才能を奪おうとする夢喰いを野放しになど出来ない。
 ハクアは背後のホールから聞こえる歌に一瞬だけ耳を澄ませ、掌を強く握った。
「皆の奏でる音、とっても素敵だから」
 守りたい。
 ただひとつ、けれど確固たる思いを抱いたハクアは静かな詠唱を始める。ドラゴンくんが地面を蹴って駆ける中、ルトとアルメイアが其処に続いた。
 竜の吐息、そして番犬達の連撃。更にはハクアが解放した石化の力が敵の動きを大きく阻害する。ルーチェとダイチも攻勢に入り、敵はじわじわと追い詰められていった。
「そんな、誰の喉も斬り裂けてないのに……!」
「まだそんなことを言っているのでありますか!」
 敵が呻いた言葉に対し、帳が一喝する。瞬時に帳が凍結弾を放った所へロゼが時空の伝承の詩を紡ぎあげていった。
「さぁ、たんと召し上がれ、私の歌を」
 人々の奏でる音楽が穢される未来など誰も望んでいない。
 だから――あなたの求めた歌でおくってあげる。これは貴方の為の鎮魂歌なのだと告げたロゼは光纏う終焉の大鎌を喚んだ。それは時も永遠の命すらも断ち切り葬り去るように、煌めきを残し、淡く儚く弔うように鎮魂歌を奏でる。
 だが、敵は最後の力を振り絞ってロゼを狙い打った。一撃が仲間を深く傷付けたことに気付き、ルルゥは星灯りの子守唄を口にした。
「もう言葉は届かなくても、あなたを止めてみせます」
 歌うことは絶対に、誰かを悲しませない。
 輝き続ける星々の尊さを歌った慈愛と守護の唄は聞く者の心を包み、諦めない力を与えていく。その歌声を聴き、エレオスはふらふらとよろめく敵の姿を見据えた。
「そちらに貴方の立つステージはありませんよ?」
 歌声を奪われる悲劇など、この先に訪れさせてはならない。凛とした声で語り掛けたエレオスは退廃と虚飾を謳う歌を夢喰いに向けた。
「その歌、確か『遊星』というんだったか。……さて、終わらせにかかろうか」
 ダイチはエレオスが紡ぎあげた歌に僅かだけ反応を示し、仲間達に声をかける。ああ、と頷きで以て応えたルトは腰に携えたジャンビーアを構え、戦いの終焉を見据えた。
「お前たち夢喰いは、奪われる側の気持ちなんて考えたこともないんだろ? なら、オレたちケルベロスがそれを教えてやる」
 ――凍りつけ。お前の罪も、その魂も。
 冷たさを帯びたルトの声が響き、途端に異世界の扉が開く。其処から放たれた氷柱は見る間に標的を刺し貫いた。
 罪過を裁く無間の氷獄は一切の情けなどなく抗えぬ痛みを敵に与えてゆく。
 夢喰いが呻き苦しむ様を捉え、ルーチェとアルメイアは互いに視線を交わしあった。それを見守るロゼとルルゥも次が最期になると悟っている。
 敵は声すら出せず、既に膝をついていた。
「さあ、決めるであります」
「二人とも、後はお願いね」
 帳が今だと合図を送り、ハクアも仲間達に後を託す。
 呼吸を整えたルーチェは小夜曲を紡ぎはじめ、勿論だと答えたアルメイアは力強くギターを奏でていった。
「深潭の抱擁を、君に」
「刻に埋もれ、朽ち果て消えろ! 聞け! 葬送曲をッ! 閃烈の葬奏―――ッ!!」
 片や甘く、片や激しく。
 螺旋を描いた光はまるで敵を死へ誘う黎明の星。そして、逃れられぬ終焉を奏でる絶唱めいた歌声。そのふたつが深く重なり、交じりあった刹那。
 鮮烈な衝撃と共に夢喰いがその場に伏した。

●想
「あとは地獄で、好きに続けな。あばよ」
 倒れたドリームイーターへとアルメイアが落としたのは葬送の言葉。ハクアはドラゴンくんを抱き上げ、ルトも敵が消失していく様を見守った。
 そうして、ロゼは敵が居た場所を見下ろして小さく呟く。
「例えどんな声でも、あなたにも歌う楽しさを知って欲しかったな」
 練習は大変だけどそれだけじゃない。けれどもう届かないのかな、と首を横に振ったロゼは亡き被害者に祈りを捧げた。
 凄惨な未来は訪れず、合唱の歌声もまだ響き続けている。
 会場で奏でられる音色に耳を澄ませて微笑むロゼの傍ら、エレオスも目を閉じた。
「良い歌声ですね……」
 エレオス自身は祈りの言葉は持っていない。遠く聞こえる歌声が被害者の鎮魂になることを願いたかった。
「コンクール、もうすぐ終わりなのでしょうか」
「そのようでありますね」
 ルルゥと帳はホールを見つめ、人々が無事であることを喜びあう。
 おそらく最後の一曲であろう演目にルーチェは耳を傾け、ルトもそっと笑んだ。そのとき、ふと思い出したのは故郷の空と歌。
「――♪」
 犠牲となった人の魂が大空へと還り、安らかに眠れるように願いを込めて歌を口遊む。
 叙情的な民謡めいた音を紡ぐルトの声を聞き、ドラゴンくんがリズムに合わせて尾を振った。その様子を見たダイチは微笑ましそうな表情を浮かべ、ハクアも双眸を細める。
「なんだか、みんなの歌も聴きたいなって思ったよ。えへへ、ダメかな?」
「ふふ、素敵ね」
「悪くないな。小さなコンサートってところか?」
 問いかけるハクアにロゼが微笑み、アルメイアも良い案だと頷いた。帳とルトも頷き、ルルゥも仲間達を見つめる。
 歌は鎮魂であり、未来への思いでもある。
 そして――澄み渡った空の下で歌声が響き始めた。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
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