菩薩累乗会~連打してたら破局していた

作者:星垣えん

●俺って素晴らしい
 夕明かりが照らすアパートの一室で、1人の男がひたすら物悲しい様子で座りこんでいた。
 昨日まで一緒にそこで暮らしていた元カノのことを想いながら。
「どうして……同棲してまだ1週間なのに……何がいけなかったんだ? もしかして、1秒で16連打するための訓練を毎朝していたのがいけなかったのか……」
 いやもしかしてって言うかそれ以外なくね? ゲームコントローラーのボタンを16連打する音で目覚める生活に嫌気が差した、という理由以外の何かがあったらもうホント逸材だよね?
 しかしまあそんなクソしょうもない出来事でも、男にとっては悲劇以外の何物でもなかったようで、彼は今日一日何をする気も起きなくて今まで部屋に引きこもってしまっていた。
「……俺みたいな男じゃしょうがないのかもな……」
「いけません! 己を卑下するだなんて!」
「!?」
 自嘲気味に笑ってしまった男だったが、唐突に降ってきた声に驚いて身を起こす。
 声の主は、なんか変な鳥だった。なぜか少し華やかで、キラキラしている鳥さんだった。
「だ、誰……」
「そんなに自分を責めてどうします。あなたを一番愛せるのはあなた自身ですよ! 他人なんてどうでもいい存在ではないですか! そんな他人の評価を気にして生きるのはやめて、もっとありのままの自分を好きになって! この世で最も大事な自分が、最高と評価する自分、つまりそれはもう、最も価値ある人間ということではないですか。あなたは最高なのです!」
「さ、最高……そ、そうだよ俺は最高の人間だ!」
 突然の侵入者を訝しんでいた男だったが、目の前の鳥――エゴシャナが説く教えに耳を傾けているうちに次第にその言葉に陶酔し、瞬く間に『自分大好き人間』へと変質していった。
 そして――。
「悪いところなんて何もない! 他人がどう言おうが恥じることなんて何にもないんだ! だって俺は俺という人間が大好き! 最高の自分が大好きなんだーー!!」
 大音声で自分への賛歌を唱えると、ついに男は1体のビルシャナへとその姿を転じさせていた。
「おめでとう! これであなたも私たちの一員ね! これからも自分大好き、エゴイスティックに生きて自愛菩薩さまに近づきましょう……いつか、自愛菩薩さまの一部となれるように!」
 異形の鳥へとその身を堕とした男へ、エゴシャナは心からの拍手を送るのだった。

●何やらてぇへんな作戦
「大変っす! ビルシャナの菩薩たちが、何だか恐ろしい作戦に着手したみたいなんす!!」
 急遽招集したケルベロスたちの顔を見渡して、黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)は慌てた声でそう告げた。
「菩薩たちの作戦……その名も『菩薩累乗会』は、次々に強力な菩薩を地上に出現させては、その力を使って更に強大な菩薩を出現させるというサイクルを繰り返し、最終的に地球全てを菩薩の力で制圧するというものらしいっす!
 でも……この菩薩累乗会は厄介なことにまだ阻止する方法がわかっていないっすよ。だから今できるのは菩薩たちが力を得るのを阻止して、作戦の進行を食い止める事ぐらいになるっす」
 ダンテは言いながらやや苦々しい思いで目を伏せたが、すぐに気を取り直して現状なすべきことの説明に入る。
「現在、活動が確認されているのは『自愛菩薩』っす。『自分が一番大事、自分以外はいらない』っていう『自愛』を教義としている菩薩みたいっすね。自愛菩薩はなんらかの理由で自分を否定している状態の人を配下のエゴシャナたちを使ってビルシャナ化、最終的にその力を奪って合一しようとしているらしいっす。
 ビルシャナ化した人は自分を導いたエゴシャナと一緒に自宅に留まりつづけて、自愛の精神を高めているっす。このままだと充分に高まった力が自愛菩薩に奪われて、新たな菩薩出現の糧になってしまうっすから、できるだけ早く対処する必要があるんす!」
 いろいろ状況は動いているようだが、今回は要するに出現したビルシャナを倒せばいいということのようだ。ビルシャナ化した人の力が自愛菩薩に渡らないように。
「自愛菩薩の配下であるエゴシャナは、歌や踊りのグラビティで戦闘を行うみたいっすね。で、エゴシャナが発生させたビルシャナのほうっすけど、そっちはなんか爆破スイッチみたいなものを所持しているようっす。とにかく凄まじい早さで連打するみたいなんで……気をつけて下さいっす」
 何を気をつければいいのだろうか、という思いが湧いてくるが、ともかく相手取るビルシャナは2体のようだから十分に心して臨まなければならないのは確かだ。
「現場で引きこもっているビルシャナは『自分の部屋も自分の一部』と考えていて、皆さんが部屋に侵入したら大好きな自分を守るためにすぐ攻撃をしかけてくるっす。エゴシャナも一緒に攻撃してくるっすけど、エゴシャナはビルシャナが倒されたらすぐに逃走してしまうみたいっす。逆にビルシャナはエゴシャナが倒れても逃げたりはしないっす。でも自愛菩薩の加護があるエゴシャナがいなくなった後なら、ビルシャナ化した人を説得して救出するチャンスが生まれるっすよ。倒さなきゃいけないのは変わらないっすけど、もしうまく励ましたりすることができたら、ビルシャナになった人を助けることもできるかもしれないっす!」
 彼女にフラれて多大なショックを受けてしまったビルシャナは、彼がまた前を向けるような励ましをかけてから倒せば助かる可能性があるようだ。ただしそのためには都合2体のビルシャナを撃破しなければならず、しっかりと説得を行わなければならないのでケルベロスたちの負担は重くなるだろう。
 これは入念な対策が必要なのでは……と思える事態だが、ダンテはヘリオンに向かいつつもしきりに首をかしげていた。
「まあ、ビルシャナがフラれた理由も結構大概っすけどね……そんな彼にかけるべき言葉って何なんっすかね? その16連打を目指す志は素晴らしい、とか言うのが良さそうなんすかねえ……??」
 ですよね。
 くだらなすぎますよねー!


参加者
琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)
三刀谷・千尋(トリニティブレイド・e04259)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)
一津橋・茜(紅蒼ブラストバーン・e13537)
栗山・理弥(見た目は子供中身はお年頃・e35298)
鵤・道弘(チョークブレイカー・e45254)

■リプレイ

●シリアスを期待してはいけない
 アパートの一室。その扉の前で琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)は立ち尽くしていた。
 『鷹橋』と記された表札をながめて。
「惜しいですわね!」
「淡雪さん? 急にどうしたの?」
「何か気になることでもありました?」
 思わず叫んだ淡雪の顔を、新条・あかり(点灯夫・e04291)とカルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)が両サイドから覗きこむ。それから2人とも表札を見た。
 が、淡雪のリアクションの意味はわからない。ジェネレーションギャップだろうか。
 しかしそんな残酷な事実とは直面できない淡雪おねーさんは何もなかったことにして、話題をカルナに移す。
「ところでカルナ、よく迷子にならずにここまで来られたわね……成長かしら……」
「最初から一緒にいましたけど……」
 ほろりと涙を落とした淡雪に、カルナは抑揚も何もない声で答えた。いくら迷子になることに定評がある彼でも、ヘリポートからずっと一緒ならさすがにはぐれやしねえです。
「無駄なコメディはいいから、さっさと中に入るとしようか」
「にゃあ~そうですねー。ちゃっちゃとボンッとしてパァッてさせましょう!」
 しょーもないコントじみたやり取りをする2人をひょいっと横にずらす三刀谷・千尋(トリニティブレイド・e04259)。そして一津橋・茜(紅蒼ブラストバーン・e13537)も何だかよくわからない手振りと擬音でおそらく鷹橋を救う決意表明。
「なら先陣を切らせてもらうぜ!」
 そう言って景気よく扉を蹴破った(あとで修復予定)のは栗山・理弥(見た目は子供中身はお年頃・e35298)だ。
「だ、誰だ!」
「何者です!」
 勢いのまま室内に踏み入れば、ピンクの鳥と普通の鳥が並んでいた。
「そこまでだ、エゴシャナ! お前らの思い通りにはさせないぜ!」
 その2体にビシッと指を差し、理弥は言ってみたかった台詞とともにキメポーズ。
(「き、決まった~!」)
 目を閉じてじぃん……と感慨にふける理弥。
 だがこの場は敵地。
「不法侵入許さんオラァ!」
「のわーーーっ!!?」
 唐突に押し入られて激昂したビルシャナ――鷹橋は容赦なく謎のスイッチをぽちり。噴きあがる爆炎が理弥を飲みこむ。
「そんな……理弥くん! おのれ名人! 彼女にフラれたばかりだとしても絶対許さない!」
 燃え盛る業火を見て歯噛みした火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)が、真剣なまなざしで鷹橋をにらみつけた。少年の仇はわたしが討つ。
「いや死んだみたいな言い方はやめてくれないか?」
 炎の中から理弥が煤けた顔をひょっこり出したけど、自分の世界に入っているひなみくは気づかない。
「自愛菩薩さまの邪魔はさせません! 自分がいっちばーん♪」
 敵の到来だと察したエゴシャナは、即座におかしな歌を歌って迎撃してきた。ストレートに自己愛を表現する美声がひなみくたちの耳朶を打つ。
 が。
「やかましい!」
「あぁーーーーっ!?」
 鳥のくせに美声なのが無性に癪に障ったのだろう。ひなみくがミミックのタカラバコを全力で投擲していた。そしてそんな扱いに慣れてるタカラバコはそのままエゴシャナの頭にガブリングしていた。ヘドバンしても全然離れねえ。
「アップル! あなたもいってらっしゃい♪」
 後れをとってはいられない、とばかりに淡雪もテレビウムのアップルを振りかぶって投げた。
 だがそのまま激突はしなかった。「こんな扱い何でもない」とでも言うように、アップルは華麗に体勢を整えて鳳凰がごとく舞い、エゴシャナたちに顔面から光をお見舞いしたのだ。
「ま、眩しいっ!」
「一気呵成です! 邪魔な鳥さんは早急に爆発四散といきましょう!」
「ですね。累乗会だか何だか知りませんが、全部ぶっ潰せばいいんですよね」
 隙を見せたエゴシャナに襲いかかるのは、茜とカルナ。茜は仲間の間を縫って狭い通路を駆け抜け、カルナは軽やかに跳ねてエゴシャナとの最前線に躍り出る。
「刃獣ブライツヴァード――刻め閃光なる刃」
 肉迫する茜の詠唱とともに、床には赤々としたオーラが満ちる。
「舞え、霧氷の剣よ」
 時が止まったかのように滞空するカルナが唱えれば、上方には涼やかなる青白い氷剣が咲く。
 そして一瞬の後には、まるで獣の下顎と上顎が合わさるように、エゴシャナは赤と青の牙にずたずたに噛み裂かれていた。
「くうっ……い、痛い!」
「お、おまえら好き勝手して!!」
 ケルベロスたちからの集中攻撃を受けるエゴシャナを援護しようと、鷹橋は取り出した。
 伝家の宝刀、コントローラーを。
「うおおおおおおおおおおおおっ!!!」
 連打連打、打の嵐。その指先はまさに神速。傍からは鳥が手羽でコントローラーをバシバシ叩いてるようにしか見えないが、毛の下では指が躍動している。
 鵤・道弘(チョークブレイカー・e45254)は、その目を見張るほどの連打に思わず唸る。
「あの連打力、やっぱデウスエクスになったからか? ……レギュレーションとかガン無視だな。そういやケルベロス大運動会なんつぅトンデモ枠もあったな……って今年は俺も仲間入りじゃねぇか、マジかよ……」
「まだ3月だっていうのに、もう運動会の心配をしてるのかい?」
「いや、去年までイロモノとして見てたイベントに今度は出る側になんのかと思うと、複雑な気分だって話だ」
 戦いの最中にありながら、ずいぶん先の催しに思いを馳せてしまったオールドルーキーの道弘に、千尋はあきれたような感心したような目を向けた。
 おまえらちゃんと戦ってる? って訊きたくなるけど大丈夫。しっかりと手は動かして、千尋は仲間たちの傷を癒していたし、道弘も守護として紙兵をたっぷりばらまいている。
「さすがは憎きケルベロス、ふざけていてもしっかり――ふべっ!?」
 ケルベロスの動きを(頭に活きのいいミミックを装備しながら)観察していたエゴシャナ。の顔面に、どこからか飛来した大鎌がぶっ刺さった。
「当たり前だよ。だって、ケルベロスって鳥に慈悲をかけられない生き物なんだから」
 一切の光の失せた瞳を向けて、あかりが微笑んでいる。何の熱も感じられない笑みを浮かべている。なんというマーダー、素敵なサイコパス。
 優雅に説法してピーチクパーチク歌っていたエゴシャナさんも、もう震えるしかなかった。

●メイジンをこえろ
 怒涛のボケ倒しで(精神的)優位を築いたケルベロスたちだったが、実際の戦闘はそれほど圧倒していたわけでもなかった。なにせ相手は2体のデウスエクスだ。
 が、じわじわとエゴシャナを追い詰めていたのも事実。次第に苦しくなってきたピンクの鳥は、逃亡の算段を立てはじめる。
 そして数分後。
「あっ、アップル!」
「タカラバコちゃんも!?」
「今です!」
 攻撃をせっせと引き受けていたサーヴァントたちがダウンすると、その隙にエゴシャナは全力で窓から逃走した。サッシを開き、フライアウェイしていく一連の流れにはまったく無駄がなかった。
「あー……逃げられちゃった。でも、これでわたしたちの言葉が届くようになるはずですね!」
 消えたエゴシャナの姿を求めて窓の外を見渡す茜。だがすぐに気を取り直し、部屋に残された鷹橋氏に顔を向けた。
「独りに……でも大丈夫、最高である俺さえいれば!」
 見捨てられた形になる鷹橋だが、意気は衰えていなかった。むしろ燃えている気配すらあり、スイッチを連打する指のキレは増していく一方だ。正直キモい。
 はぁ、とカルナはつい、ため息をこぼした。
「彼女さんはこの男のどこに惚れてたのか、地味に気になりますね。エゴシャナにつけこまれた理由もすごくどうでもいいですし……」
「理不尽と戦う。それがアタシらケルベロスの使命ってことでひとつ、諦めるしかないね」
 話す前からげんなりしてるカルナの肩に、千尋は何やらオトナみたいな発言とともに手を置いた。たぶん本心の欠片も乗ってない言葉だけど、雰囲気を盛ってそれっぽく話すことにかけては一流である。
 とかやってるうちに、鷹橋は連打する自分に酔いはじめる。
「フハハいくらでも連打できるぞ! さすが俺!」
「バカ者ォ!!」
 ビクゥ、と鷹橋が体を跳ねさせるほどの大喝をしたのはひなみくだった。
「おまえが何を誇れるって言うんだ? 過去を振り返ってみろ、おまえは1打でも彼女の心を震わせたか!? そんな奴が16連打を成せるわけがないだろ!」
「いや現に今16連打できてる……」
「え? できてる? その羽で出来る訳ないでしょ。っていうかそれ反則だよね」
「なに踊ってるんだおまえは」
 鬼軍曹のごとく叱責するひなみくに抗弁しようとした鷹橋。だが彼が何かを言いきる前にあかりはキッパリと否定した。仲間や自分をヒールするための変なぐねぐね踊りをしていたせいでめっちゃ赤面していたが、口ぶりだけはホントキッパリ。
「というか、口に出すのを控えてたのですけど16連射し続けると禿ますわよね……? 名前は控えるけどあの方とか今は髪の毛がアレですし?」
「おまえも何を言ってるんだ」
 どさくさに紛れてとんでもねえ嘘を混ぜこむ淡雪。ツッコんでくれた鷹橋がいたからよかったものの、下手すれば突拍子なさすぎて総スルーをくらっていたところだ。というかコレ完全に励ましてないよね? ハゲましてるよね?
「いい加減に目を覚ませ! おまえは何のためにボタンを押してきたんだ! 16連打を成功させて認められたいからじゃないのか! 反則で成功させたって誰も認めやしないぞ! 自分も他人も認める、それが本当の価値なんだ!」
「ところでハゲに人権ってあるの? ないわよね。ウエムラって子は人権あったのかしら……?」
 ハゲの話は置いといて、ひなみくは激流のようにまくしたてた。正直彼女の言葉にどれほどの理があるかはわからない。というかたぶん完全にノリだけで言ってる。そして淡雪はそろそろハゲトーークから戻ってこい。
「でも、16連打を目指す俺を彼女は認めてくれなかった!」
 ひなみくの主張を受け止めた鷹橋は、しかし味わった悲しみを思い出して嘆く。
 そんな悲壮な鳥へ、カルナは穏やかな物腰で語りかけた。
「なるほどそうですか……でもそれは連打を軽んじたからとは限りませんよ? 彼女さんはこう思っていたのかもしれません……あなたにはさらに上を目指してほしい、と」
「さらに……上?」
「目指すべき高み……そう、32連打です!」
「32連打!?」
 声を裏返らせる鷹橋は、カルナが示した途方もない数字に明らかに動揺していた。というか人間に可能なの?
 でもできるかどうかは関係ない。今大事なのはなんかこう押しきる勢い、というわけで茜はカルナの主張を後押しする。
「そうです、本当はすごい16連打ですがなぜか彼女の心には響かなかった……なら! 数を増やせばいいんです! なんなら64、128とどんどん増やしていきましょう! そうすれば『何その指の動き!? 素敵! 抱いて!!』となるに違いありません!」
「だ、抱いてとまで!?」
「しかも手指を動かすことで脳が活性化され、自身のパフォーマンスアップに繋げられます! きっと彼女のことも見返せますよ!」
「で、でも本当にそうなるのか……?」
 一気に128連打ドリームを語り(騙り)きり、ぐっと拳を見せる茜だったが、鷹橋は今ひとつ信じられないようだった。話がうますぎるからね、仕方ないね。
 だが何度も言うように今はノリとか勢いが肝要である。
「何言ってんだ、お前の魂のこもった連打、すごかったぜ。そんな速さ見たことねぇよ。しかも努力を重ねる忍耐もあるってのは稀有な才能だ! 自信を持て!」
 と、道弘はとにかく全力で鷹橋をおだててやった。
「すごい……才能?」
「ほんとほんと。全国のゲーマーから羨ましがられること間違いなしだな! そのテクどうせなら大勢の人に見せようぜ!」
 少し顔を明るくして尋ねてきた鷹橋の背中をバンッと叩き、理弥もひたすらに褒めちぎる。
「そうだな。他人の目に触れなきゃ良い評価も貰えなくなる、それじゃ勿体ねぇじゃねぇか。eスポーツなんか出りゃ、人気者間違いなしだ。俺が保証するぜ!」
「ネットで実況プレイとかやってもいいしな。そして強敵(とも)と出会い、テクを磨きあい、さらなる高みを目指す……他人に認められて賞賛されてこそのプロだろ?」
 道弘はひたすらに甘い言葉をかけ、同時に理弥も充実したゲーマーの生きざまを語って、鷹橋の心に働きかけた。
 そして同時に、
「でもボタン連打のプロって何だよほんと……世の中に要るか?」
「言うな。世界は広いんだ、可能性ってやつを信じようじゃねぇか」
 胸の内から湧いてくる拭いきれない疑問を、2人でひそひそ話してもいた。
 裏でそんなふうに思われてるとは露知らず、鷹橋はぶつぶつと独り言をこぼしながら考えこんでいる。プロゲーマーとかゲーム実況者になって女子の黄色い声援を浴びる自分の姿を夢想しているのだろう。
 あかりは、そんな鷹橋にそっと歩み寄り、囁く。
「夢を掴みたいなら、もっと指を鍛えてごらん。人知を超えた連打が可能になるだけでなく、その筋力で彼女をマッサージしたらメロメロだよ。僕はそれでイケメンの彼氏をゲットしたよ」
 そういって、少女はその白く繊細な指を恐るべき速度でワキワキさせた。タコかイカの触手と見まがうほどヌルヌルに動く10本の指は怪しさが尋常じゃない。
「マッサージで落としたって……ポリスメンを呼んだ方が良いんじゃないかしら……」
 何だかイケないものを見ている気分がしてきた淡雪さん、不安げに胸を押さえるの図。湧き上がるイケメン彼氏への疑念。あかりの知らぬ間にあかりのせいであかりの彼氏が窮地に陥っていた。
「指を鍛える……それだけで本当に薔薇色の未来に到達できるのか?」
「できるとも。そもそも16連打だって、そのための手段だったはずだろう? なのに周りの人間は関係ないとか、本末転倒じゃないのかい? ボタンだけでなく人の心を打つことが出来れば、少しずつ自分を愛せるようになっていくはずさ」
「自分を愛せる……」
 当初の頃とはすっかり態度が軟化してきた鷹橋が確かめるように尋ねると、千尋は何だかすごく深く聞こえる言葉でもって彼に応じた。実に良い言葉だ。少なくともJSのマッサージとか国家権力といったワードで話が総括されるよりよほど良い。ありがとう千尋さん、きみがいてよかっ――。
「さて、それじゃすまないがいったん殺られてくれないかい?」
「くそっ! これだからケルベロスってやつはァーーーーッ!!」
 にっこり微笑んで、斬霊刀とライトニングロッドの二刀構えでにじり寄る千尋。室内に響き渡る鷹橋の慟哭。
 前言撤回、千尋さんもイロイロしっかり台無しにしてくれる人でした。

 ちなみに、鷹橋は力尽きたあとに無事救出されました。

作者:星垣えん 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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