菩薩累乗会~世界で一番俺が好き

作者:成瀬

「好きなんだ。良かったら、その。俺と付き合ってください」
「え? ごめん、それはちょっと。いきなりで……」
「と、友達からでも……」
「もっと無理。恋人としても全然考えられないから。ってか、あり得ない。そのファッションセンス。告白する日に全身迷彩服とか意味がわからない。話だっていつも自分の趣味とか好きなこと喋るだけで、私の話テキトーに聞き流してるでしょ。会話はキャッチボールなの。独り言なら壁にでも言ってれば」
 かくて長年の片思いは残酷なカタチで終焉を迎えた。引きこもってもうどのくらいになるだろう。3日、一週間それ以上だろうか。
「大事なのは自分だけ。他人がいくら否定しても関係ない。だって他人は他人、少しも大事ではないのだから。もっと自分を好きになって。ありのままの自分を。他人の評価など関係ない」
 玉砕した青年の前にエゴシャナがふわりとその姿を現し、教義を説く。力強く、ゆっくりと。青年の思考に染み込ませるように。
「一番大事なのは自分。自分だけを最高に評価したなら、それがあなたの評価。自分を振った女なんて忘れてしまいなさい。他人なんて関係ない。だって、そう。――あなたは、最高なのだから」
 最初は胡散臭そうに聞いていた青年もやがてうっとりと瞳を蕩けさせる。
「そうだ、そうだ! 俺は自分が大好きなんだ。他人なんてどうでもいい。俺は俺だけを愛してる!」
 そう言った青年の身体は、いつの間にか完全にビルシャナと化していた。

「予知したことがあるの。大変よ。ビルシャナの菩薩たちが恐ろしい作戦を実行しようとしてる」
 『菩薩累乗会』という作戦について、ミケ・レイフィールド(薔薇のヘリオライダー・en0165)が話し始める。強力な力を持つ菩薩を出現させ、その菩薩たちの力を利用して更に強大な菩薩を生み出し続けていく。最終的には菩薩の力で地球を制圧しようというものだ。
「残念だけど今の時点では、この菩薩累乗会を阻止する方法が分からないの。でも黙ってるわけにはいかない。アタシたちがこの段階でできるのは、出現する菩薩が力を得るのを妨げ進行を食い止めること」
 現在確認されている菩薩は『自愛菩薩』であり、自分が一番大事で自分以外は要らないという『自愛』を教義としている菩薩だとミケは説明する。
「慈愛菩薩は、配下のビルシャナであるエゴシャナたちを放ち一般人の元へ向かわせているわ。何らかの理由で……自信を失ったり自分は何て駄目な奴なんだって、自己を否定している人間の元へね。甘言を弄してビルシャナ化させ、最終的にはその力を奪って一つになろうとしているみたい。ビルシャナ化させられた一般人は、エゴシャナと共に自宅に留まり続けて自分を愛する気持ちを高め続けている。……このままだと、高まった力を自愛菩薩に奪われ新しい菩薩を出現させる糧にされるわ」
 戦いの舞台となるのは青年の自室。サバイバルゲームが好きなようで迷彩柄の洋服やマニアックな雑誌がたくさんあるが、広さに問題は無い。敵は『エゴシャナ』と『ビルシャナ化してしまった青年』の二体。エゴシャナは声や鳴き声を使った攻撃方法でジャマー。グラビティは全て広範囲に渡るもので、怒りや武器封じ、そしてキュア付き回復能力も持っている。もう一体のビルシャナはクラッシャー。こちらは回復能力が無い代わりに、トラウマや催眠、氷を使った攻撃を仕掛けてくると戦闘能力について語った。
「ビルシャナは自分だけが大事。部屋も自分の一部であると考えてるみたいね。だから踏み込んできたケルベロスに攻撃してくるでしょう。……戦いと救出について、だけど」
 ビルシャナ化した青年を先に撃破すると、エゴシャナは逃げ出してしまう。
 エゴシャナを先に撃破すると、ビルシャナ化した人の救出の可能性が出て来るが難易度は高くなってしまう。この場合、励ましの言葉をかけた後にビルシャナを撃破する事で救える可能性がある。
「エゴシャナが戦場に留まり続ける限り、自愛菩薩の影響が強くあってビルシャナ化した青年へ説得しても届かない。もし救出するのなら、エゴシャナを撃破するか撤退させなければならないわ。……自分を否定されるのは、心が痛い。分かるけれど、自分だけが大事なんてそんなエゴ、皆が持ってたらこの世界はおかしくなっちゃう。苦しいかもしれないけれど、あなたの言葉でどうか彼を救ってあげて」


参加者
エヴァンジェリン・エトワール(白きエウリュアレ・e00968)
シェリアク・シュテルン(エターナル主夫・e01122)
館花・詩月(咲杜の巫女・e03451)
ルーク・アルカード(白麗・e04248)
月鎮・縒(迷える仔猫は爪を隠す・e05300)
マイヤ・マルヴァレフ(オラトリオのブレイズキャリバー・e18289)
如月・高明(明鏡止水・e38664)

■リプレイ


(「自分のことが大好きなビルシャナ、か」)
 仲間と共に現地へたどり着いたルーク・アルカード(白麗・e04248)は、件の青年、そしてエゴシャナがいる建物の前で足を止め、改めてそれを見詰める。鼻先から吸い込む空気に血の匂いは無い。惨劇は止められる、まだ僅かに時間が残されているのだから。誰だって自分は大事、ルークにもそれは理解できる。でも、と一方で思うのだ。
(「だからこそ、自分以外も大切にできる」)
 ビルシャナ化した青年を救うのは決して容易ではないが、想いと言葉は未来を開く鍵となるはずだ。
 暖かな日差し、白い雲がゆっくりと流れていく。
 依頼さえなければのんびり散歩も良いだろうが、生憎と今日はそういうわけにもいかない。
「彼奴ら何か大事を企んでいそうだ」
「そだね。何か胸騒ぎみたいなものがあってちょっと落ち着かないや」
「あぁ。どんな形であれ、勝利を収めねばならない」
「できたら助けてあげたいよ。愛情とかそういうあったかいものは……自分と向き合ってくれる誰かがいて、生まれるんじゃないかとうちは思うから」
 シェリアク・シュテルン(エターナル主夫・e01122)と月鎮・縒(迷える仔猫は爪を隠す・e05300)がそう話していると、マイヤ・マルヴァレフ(オラトリオのブレイズキャリバー・e18289)が後ろから追いついて来る。ボクスドラゴンのラーシュも勿論一緒だ。
「サバゲーってよく知らないけど、こんな感じ?」
 と相棒に聞いてみるがつぶらな瞳で見返され、首を傾げられてしまった。
「自分勝手なエゴシャナは救いようがありませんが、なるほど。企みとは興味深いですね」
 ヘリオンから如月・高明(明鏡止水・e38664)も降下したはずだが今は着物の乱れもなく、感情的なものとは違う面に注目する。顎に片手を添え思案するが答えを出すのは情報が少なすぎる。ごく短い時間でそう結論付けると、エゴシャナとビルシャナのいる部屋へ歩を進め始めた。
 縒たちを始め仲間の何人かは既に迷彩服やゴーグルを身に着けていた。青年がこれでプラスの感情を持ってくれることを期待して。
「……エヴァ」
 アウレリア・ドレヴァンツ(瑞花・e26848)がエヴァンジェリン・エトワール(白きエウリュアレ・e00968)の服を掴んでそっと引く。昼間の明るい光の下、薄桃滲む白の髪が僅かに揺れて、不安の色も秘めやかに眼を伏せる。
「どうしたの、アリア」
 触れられるのは苦手。けれど心許したアウレリアになら、いつの頃からだろう、違和感を覚えることもなくなっていた。無意識の内に携えていたHimmelへ指が触れる。親友の抱く形の無い不安が伝わって、穏やかに名前を呼んでみた。
(「エヴァが無茶しませんように」)
 小さくそう願うと、アウレリアは首を横に振って淡い笑みを浮かべる。


(「此処を開ければ、すぐに中は戦場になる」)
 これは今後を占う戦いだと館花・詩月(咲杜の巫女・e03451)は認識していた。体内を巡る赤い血を意識し、呼吸を整え静かに意識を戦いへ切り替えていく。誰かの助けになりたい。詩月の抱くその願いは今も、変わってはいなかった。
「準備はいい? ドア、開けるよ」
「うん。大丈夫だよ、館花さん。お願い」
 縒が頷いて見せると、玄関の扉が静かに開かれた。
 既にビルシャナ化した青年は俯いており、淡い桃色の羽を持つエゴシャナがきょとんとしてケルベロスたちに目を向けた。
「まあまあまあ! 何なのあなたタチは。きっと部屋をお間違えよ。さぁさ、お帰りなさい」
 ボクスドラゴンの鳴き声に次ぎ、マイヤたちは素早く室内に入りポジションにつくと戦闘態勢を整えに掛かる。
「うん、ラーシュ。帰るわけにはいかないよね。……ねぇ見て。戦闘服は正装なんだよ。サバゲーでチーム組むんでしょ。時には相手に合わせて自分が引いたりとか、ないの?」
 ビルシャナはゆらりと立ち上がる。仲間と協力して決まると最高だよねと、そう話すマイヤの声が聞こえているのかどうか。
「まずは予定通り、エゴシャナを倒しましょう。問題ありません。今のところ全て想定内です」
 事前の相談に従いまずはエゴシャナを。撤退または討伐した後でビルシャナを倒し、救う。高明が確かめると誰も異論は無いようだ。
「自愛について、もう一度調べ直しておいでなさい、エゴシャナ。アナタたちのそれは自愛じゃなく、自閉よ」
 気高い白き白きエウリュアレが告げると、エゴシャナの羽が見る見るうちに苛立ちで膨らんだ。
「さあ生存を賭けた遊戯をしようではないか」
 さっと長いマントを取り去りシェリアクが迷彩服姿へと変わる。
「己が最も重要か。それは良い。だがそれだけで我らに勝てるかな?……なぜなら我々は自身の力と同じくらいに、お前の事もリサーチ済みだ」
 ビルシャナが僅かに首を傾ぐ。
「己の目的を達するためには、その目的に関する者の事を知らねばなるまい」
 シェリアクの言葉にエゴシャナは、少し笑ったかのように見えた。
『お帰りなさい、あるべき場所へ。此処ではない場所へ』
 エゴシャナの声が歌となり力を持ち、前衛に立つケルベロスたちへ攻撃を仕掛ける。咄嗟に耳を塞いでも勝手に頭の内側へ入ってくる、声。二人は守り手としての力で己のダメージを軽減させた。
 抑え役として怒りを誘ったエヴァンジェリンは、ビルシャナの攻撃を引き受けるが痛みに声をあげはしなかった。氷の飛沫が腕に広がり冷たさを通り越して痛みへ変わる。
 さっと室内へアウレリアは視線を巡らせた。青年が好きなサバイバルゲームの雑誌や写真、迷彩服がハンガーに掛けられている。なるべく壊さないように、そう気をつけながら日花(ソーリス)の行使に意識を集中させた。
「――行かせない」
 日よ、花よ。柔らかな聲が命じる侭に蔦は伸び床を右へ左へ侵蝕しながらビルシャナへ向かう。白く煌めく花が花弁を散らしながら往く、獲物を捕らえる為に。
「わ、綺麗。負けてられないね。わたしも行くよ!」
 花弁がぼんやり光りながら消えようとする時、マイヤがもう一つの光を生み出した。それは流星の蹴り、小柄な体躯が舞い上がりエゴシャナの不毛を散らす。タイミングを合わせて連携を取ると、ラーシュが前衛に回復をかけそれに続いた。
(「……逃げない、のかな」)
 敵の逃亡を警戒したマイヤだったがその様子は無いようだ。
「神速の突きを、見切られますか?」
 雷の力を宿した惨殺ナイフが振るわれるとエゴシャナの顔が痛みに歪み、血と共に羽毛が室内へ散った。顔についた柔らかな羽を邪魔そうに高明は払い退ける。
 詩月が扱うのは柄が長く、縋頭が小さな独特の形をしたものだった。扱いは杖術の如く、細腕でも番犬の力ゆえ力不足には至らない。着慣れぬ格好でほんの少しだけ動作にぎこちなさが混じるが、障りが出る程ではないようだ。空を切り振り被った縋をビルシャナの可愛らしい顔面へ叩き込む。鈍い、衝撃が縋を伝わって来る。
「うちの元気をありったけ! 傷を塞いで、黒猫たち!」
 仲間の力は味方であれば心強いが敵に回ってしまえば驚異でしかない。催眠を重く見た縒は創り出した黒猫へ声をかける。ルークの足元に何匹かの黒猫が集まり、膝にすり寄ったりぽんっと体当たりをしたりとじゃれついている猫までいる。
「可愛い黒猫たち。ありがとう。おかげで痛みが引いたよ。……次は俺が頑張らないと、だな」
 黒猫の頭を指で軽く撫でるとエゴシャナへ鋭い視線を向けた。癒しの猫たちに向けるのとは違う、怒りの色。人の弱みに付け込み利用とするエゴをルークは許すことができなかった。生み出した分身でエゴシャナの気を引き、殺気を蒸気のように立ち上らせる。隙。その瞬間をルークは見逃さない。
(「そこだ! アサシネイト!!」)
 影に溶けるようにエゴシャナの背後へまわり、後頭部を狙い強烈な一撃を叩き込む――。
「もういなくなったよ、元凶は。……俺たちは君を否定しない。だから聞いて欲しい」
 どさり、とエゴシャナが絶命し床に転がるのを一瞥さえせずに、ルークは残ったビルシャナへ声をかける。
「自分を大切にてぎるなら、他の人にも同じくらい大切にできるんじゃないか?」
 ビルシャナは答えない。ただほんの少しだけ、視線が室内にあるサバゲーのグッズへ向く。否定しない。その言葉にも反応したようだった。
「サバイバルゲームいいじゃないか、楽しいよな。でも、一人だとできることは限られないか?」
「自分以外がいなくなっちゃったら、大好きなサバイバルゲームができなくなっちゃ。チームで協力し合う連帯感とか、作戦が決まったときの充実感とか。同じ趣味で語り合う楽しさとか味わえなくなるんだよ」
「ゲームやそれを楽しむ仲間たちは、自分を愛するだけじゃ得られないはず。自分勝手な人間とは、趣味の世界だって付き合いたくはないからね。自分だけじゃなく、誰かも楽しませなきゃ、ああいった趣味は楽しくないんじゃないのかな」
 救いたい。
 その一心で縒や詩月も言葉を重ねる。
 言葉と力、どちらが欠けても青年を救うことはできない。狙いをしっかりと定めたアウレリアは精神を集中させ、ビルシャナの足元を大きく爆破させる。舞い散る塵に紛れマイヤが動いた。ファミリアシュートで更に動きを鈍らせる。
「幾重にも重なりし色の果て、黒き影より紡ぐは万色の衣。今こそここに現れよ!」
 戦況を常に気にかけていたシェリアクは攻撃より戦線が崩れぬよう、クラッシャーを優先させながら回復とキュアを使い、癒し手と協力しながら仲間の体力を保ち、催眠による危険をできるだけ下げようと努める。
「自分を愛することは大事なことよ。でも、自分だけを愛するのは、愛して貰うのを諦めること。仲間を大事にし連携するサバゲー、長年好きだった思い。――それらにどうか、背を向けないで」
 愛の形は星の数ほどあれど、エヴァンジェリンがビルシャナの語る愛に温かさを感じたことなど一度もなかった。昔であれば愛など知らなかっただろう。だが今は、愛し愛されるかけがえの無い者たちがいる。
「……昨日の、悪夢。何を見た、何を感じた。どんな痛みを、苦痛を。思い出すのは簡単。忘却などありえない。苦しめ、苦しめ……」
 ビルシャナの紡ぐ仄暗い言葉がエヴァンジェリンの黒い記憶を呼び覚ます。悪夢と死を呼ぶ花め、最後は街を見捨てた癖に。亡霊のような声が頭に響き、思わず目を伏せると身体に鋭い痛み。斬り付けられたのを痛みで知る。ポケットの中、Himmelが仄かに温かく感じたのは気の所為か、或いは。
 癒し手である縒にも心の奥深いところに消えない傷が残っているようだ。いつの記憶だろう、赤ん坊の感情の残滓。
(「くらいのこわい、さむいのいや、いたいのきらい。たすけて、たすけて、だれか、たすけて」)
 黒い影が振るった刃、しかし肉体を傷付ける痛みの方がまだマシだ。息を整え、考えるのは今ではないと思考を放棄する。
「だいじょーぶ? すぐ治すよ! これで落ち着いてー!」
 霊力を帯びた紙兵がエヴァンジェリンを包み込み傷を癒し、攻撃を軽減させようと守護にまわる。
「趣味や話が合う人と楽しみたくない? 自分だけってもったいないよ! 知らない事や面白い事を共有する高揚感……仲間と連携する醍醐味を知って欲しい」
 癒し手として戦闘に参加していたラーシュだったが、エゴシャナを倒したことで盾となるべくディフェンダーへとポジションチャンジを行う。が、代償として貴重な時間を費やさなければならない。
「気持ちはわかりますが、この世界で自分だけが取り残された、そういう世界になった時。貴方は満足できますでしょうか?」
 人と人つの繋がり、絆の存在を高明は提示する。
 誰もいない、自分だけが存在する世界。
 ふるりとビルシャナの羽毛が震えたのは、想像してしまったのだろうか。孤独を。
「何かを熱中できるのは素敵なことだと思うよ。個性があって良いと思うの。好きな気持ちは大事だと思うから」
 閉じた目を開いて、塞いだ耳を傾けて欲しいとアウレリアは願う。凪いだ水面のようにただ静かに、ゆっくりと。決して声は荒らげない。
「――いっしょに遊ぼ?」
 ビルシャナの目が、見開かれる。意味の成さない声が短く、断続的に溢れた。
「君を大切に思うから今これだけのケルベロスが集まったんだ」
 一粒、ビルシャナの目から涙が溢れ落ちる。
「ひとりじゃないってのがどれだけ素敵で心強いか見せてあげる! 大丈夫。悪い夢でも見てたんだよ」
「……少し、おやすみなさい。アタシが、導いてあげる」
 柔く握ったエヴァンジェリンの手に螺旋の力がこもる。とんっと距離を詰め眼前に伸ばすと、びくりとビルシャナが大きく震えそうして、糸の切れた人形のように倒れていった。


「呼吸を確認しました。無事です」
「何もかも、無駄にはならなかったということだな」
 青年の身体を覆っていた異形の証たる羽毛は跡形もなく消え、元の青年が倒れていた。高明が近付いて皆に救出の成功を知らせると、ルークを始め数人から安堵の息がもれた。
「うむ。来た甲斐があったというものだ」
「良かったね。ちゃんと帰るまでが依頼だよ。ね、ラーシュ」
 迷彩服の埃を払いシェリアクが頷く傍らで、仲良くマイヤとラーシュが戯れ和やかに帰り支度をする。
 青年は気を失っているだけで、じきに目を覚ますだろう。目が覚めたらきっと思い出すだろう。夢のような今日の出来事を。知らぬうちに緊張していたのか、息を吐き出すと心地良い疲労を詩月は感じた。
(「なんで? ……あんな記憶知らない。うちは、優しい皆に囲まれて楽しく暮らしてた」)
 戦いが終わると縒は挨拶もそこそこに外へ出ると木陰で一人困惑した様子で佇む。
「帰ろう、エヴァ。もう心配することはないわ」
 えぇ、と答えたエヴァンジェリンはそっと木陰に近付き、驚かせないように声をかける。
「……悪夢の花だって白く咲けたわ。水を、土を与えてくれる人がいたから」
 返事をする前に、背中が遠ざかってしまう。
 無性に誰かに会いたくなって、縒は足早にその場を後にした。

作者:成瀬 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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