菩薩累乗会~愛で磨く己が美

作者:皆川皐月

●砕けた恋
「あーごめん。俺さ、マミちゃんのが良くなっちゃってさぁ」
「えっ……?」
「だーかーらー、もうお前と付き合ってられないってこと。じゃあな!」
 先月の不幸。あれ以来、あの悲しい別れを思い出すたび若葉は泣いていた。
 本当に唐突で何がいけなかったのかなんて、分からない。
 突然で急な別れ。思い出すたびに削れる自分の心。
 もう外になんて、一歩も出たくなかった。
「もうだめ……やっぱり、もう、私なんて……」
『だめー!!自分を一番大事に!大事にすべきは自分だけ!』
 甲高い声。いつの間にか、若葉の隣には着飾ったピンク色の鳥がいた。
 若葉に戸惑う暇も驚く暇も与えることなく、ピンク色の鳥ことエゴシャナは喋る。
『他人が自分を否定したって関係ない!だって、他人は大事では無いのです!他人の評価の為に自分を偽るのは間違っています!』
「そう、かしら」
『そう!もっと、自分を好きになって!ありのままの自分が一番だから、他人の評価なんて関係なーい!』
 漠然と別れを告げられ、自身の何かを否定された気持ちになっていた若葉の心にエゴシャナの言葉が刺さった。
 その一言を切っ掛けに、徐々にうっとりた表情で若葉はエゴシャナの言葉に聞き入りながら頷き始める。
『一番大事な自分が自分だけを最高に評価したなら、それが貴女の評価です!つまり――……』
「つまり……?」
 大きな瞳を細めたエゴシャナは笑う。
 段々と瞳の虚ろになってきた若葉にぐっと顔を近づけ、にんまりと。
『あなたは、最高なのよ』
「そう……そうよね。そうよ!私は可愛い!私は綺麗!私以上にイイ女なんていない!」
 広がった若葉の羽は、エゴシャナに似た薄い桃色。
 柔らかな羽毛が、部屋の中で幻想的に舞い踊る。
『おめでとう!これから私と一緒に自分を愛するエゴの気持ちを高めて、自愛菩薩さまに近づきましょう!』
「ええ!勿論よ!素敵……あぁ、なんて羽で飾った私って綺麗……」
 うっそうと微笑む若葉の瞳は、ずっと締め切られたままの部屋に似て。
 泣き腫らした目は仄暗い輝きを宿し、笑う。
『いつか自愛菩薩さまの一部となれるように、自分を愛し続けましょう!』
 一人の女を怪鳥へと変じさせたエゴシャナは、甲高い声で歌うように告げた。

●過ぎた自己愛
 集まった面々に漣白・潤(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0270)が礼を話しを始める。
「お集まりくださり、ありがとうございます。予知により、ビルシャナの菩薩達が恐ろしい作戦を実行しようとしている事が判明しました」
 資料をご覧ください、と潤がファイルを捲る。
 各々手にした資料に大きく書かれていたのは『菩薩累乗会』の文字。
「『菩薩累乗会』とは、強力な菩薩を次々に地上に出現させ、その力を利用して更に強大な菩薩を出現させ続け、最終的には地球全てを菩薩の力で制圧するというものです」
 小さな騒めきと、ペンの走る音。
 手元の資料に再び目を落とし、話を続けようとした潤が一瞬詰まる。
 だが、顔を上げた時にはいつもの顔。
「現時点で、この『菩薩累乗会』を止める手立てはありません。よって、皆さんにお願いしたいのは進行の食い止めです」
 説明は続く。
 現在活動が確認されているのは『自愛菩薩』。自分自身を最も大切にし、それ以外を必要としない。その『自愛』を教義としている菩薩だという。
「自愛菩薩は配下であるエゴシャナを使い、様々な理由で自己否定してしまっている状態の一般人を甘言を弄してビルシャナ化させています」
 問題は、最終的にその力を奪い合一しようとしていること。
 現在ビルシャナ化させられた一般人は自分を導いたエゴシャナと共に自宅に留まり続け、自己愛を高め続けている。
 このままでは高まった力が自愛菩薩に奪われ、新たな菩薩出現の糧とされるのは時間の問題である、と潤は言った。
「そのためにも、迅速な阻止をお願い致します」

 現場はありふれたワンルーム。
 しかし最新のマンションゆえに防音設備は万全で、戦闘に支障はきたさないという。
 変わらず、資料を通して話が進む。
「今回戦っていただくのは、エゴシャナとビルシャナ化した若葉さんの二人です」
 まず、ビルシャナは『自分だけが大事』であり『自分の部屋も自分の一部』であると考えているため部屋に侵入したケルベロスを躊躇いなく攻撃するので注意してください、と潤は告げた。
 まず、桃色のふっくら小柄な方がエゴシャナ。主に歌を武器にするという。
 相手を怒らせる歌、刃を鈍らせる歌、癒しの歌の三つを巧みに操り油断ならない。
 次に、ビルシャナ化した若葉はエゴシャナと反対にすらりと長身なのが特徴。だが、扱うのは眩い閃光、棘付きの氷輪、孔雀の羽に似たの炎と多く出現するビルシャナと変わらず三つのみ。
「二つ、注意点があります。一つはビルシャナ化した若葉さんを先に撃破した場合、エゴシャナは逃げることを優先し生き延びる可能性が高いこと。二つはエゴシャナを先に倒した場合、ビルシャナ化した若葉さんを救出できる可能性も出てきます。ですが、警戒心の高まった若葉さんを戦闘の最中に助けるのは至難の業です」
 難しい顔のままだが、潤は可能性はゼロではありませんと念押しする。
 エゴシャナを撃破した後、若葉の事情を考慮した励ましの言葉などを掛けた後で撃破すると、若葉を救出できる可能性があるのだ。

 風を巻き上げるヘリオンの前、潤がゆっくりと頭を下げる。
「……菩薩累乗会を、成功させるわけにはいきません。耳障りの良い教義はただのまやかしです。できることなら、若葉さんに自分自身を取り戻させてあげてください」
 どうか、救出をよろしくお願いいたします、と静かな声。
 その後に上げられた顔は、いつもより凛とした瞳であった。


参加者
辰・麟太郎(臥煙斎・e02039)
マリアンネ・ルーデンドルフ(断頭台のジェーンドゥ・e24333)
歌枕・めろ(夢みる羊飼い・e28166)
空野・紀美(ソラノキミ・e35685)
天野・しずく(スカイドロップ・e41132)
一・チヨ(水銀灯・e42375)
ドロッセル・パルフェ(黄泉比良坂の探偵少女・e44117)
名雪・玲衣亜(不屈のテンプレギャル・e44394)

■リプレイ

●さぁ
 この物悲しさを何というのか。
 羽を広げ喜々と振舞う若葉の瞳は、暗く輝いていた。
「汚いところがあるから、人は美しいんだろう―――」
 一・チヨ(水銀灯・e42375)の言葉が静かに落ちる。
 そんなチヨの背を、天野・しずく(スカイドロップ・e41132)がそっと叩いた。
「これはゆゆしき事態だ。さ、迷惑なピンクのビルシャナにはご退場願おう!」
 気丈に笑うしずくが、手中のライトニングロッドをくるりと回す。
 同じ色を背負う矜持として目の前で囀るアレは認められない、そう思いながら一歩。
『あぁーー!大変!あなたの気持ちを邪魔しに来た人たちよー!』
 ケルベロスを見咎めたエゴシャナがワザとらしく甲高い声で叫べば若葉が振り返った。
 喜々としたエゴシャナの顔は、嫌味なほど歪にゆがんでいる。
 その様に大きく溜息をついた名雪・玲衣亜(不屈のテンプレギャル・e44394)が慣れた手つきで髪を結う。顔を上げた時、その瞳には戦う者の覚悟が光った。
「ほんと、ちょーくだらないことしてくれたじゃん」
「本当に、碌な輩ではありませんね」
 並び立ったドロッセル・パルフェ(黄泉比良坂の探偵少女・e44117)が月色の瞳で睨むも、エゴシャナは素知らぬ顔で若葉に囀るばかり。
『邪魔する犬はいらなぁーい!』
『そうだわ、いらない!』
 エゴシャナに同調する若葉の姿に、空野・紀美(ソラノキミ・e35685)は指を握る。
 本当は今すぐ駆け寄って、若葉を抱きしめてしまいたかった。
 でも今はダメ。まだ、ダメ。
 紀美はぱちんと自分の頬を叩いて気合いを入れる。
 届かないのなら、越えるだけ。
「若葉さん、待っててね」

●立って
「鳥は嫌いじゃねぇ。だが、人を騙すなら捨て置けねぇな」
 辰・麟太郎(臥煙斎・e02039)の黄金色の目がぎょろりとエゴシャナを睨め付ける。
 大きな踏み込み。鋼の竜鬼と化した麟太郎の拳が勢いよく腹を打ち据えた。
『ビッ!傷付けるなんて酷い!酷い人はいらなぁーい!』
 いらない、いらないと歌う声が麟太郎たち前衛の肌を裂き、武器を捉える。三重に絡む堕鉄歌が、切れ味を阻害せんと蠢く。
「いたいの、とんでけー」
 異常を除くに至らずとも、傷は塞ぐ。
 歌枕・めろ(夢みる羊飼い・e28166)が守護法陣を描くと同時、奔るチェーンの間を縫うようにパンドラが飛んだ。
「くるるぁ!」
 真珠飾りを揺らし、吐き出すブレスがエゴシャナの羽を抉り削ぐ。
 畳み掛けるようにマリアンネ・ルーデンドルフ(断頭台のジェーンドゥ・e24333)が紅光翼を羽搏かせて距離を詰め。
「どうか、お引き取りを」
 静かな声と最小限の動作で怨滴るJane the Ripperを抜く。
 赤滴る呪詛の刃が月の如き軌跡を描こうとした、その時。
「若葉さんっ……!?」
『あぅっ……!』
 マリアンネが断ったのは、突如間に体を滑らせた若葉の身。
『ひどーい!自分を大事にしてるだけなのに!傷付けるなんて!』
『ぅ、あ……』
 この瞬間、全員が共有したのは若葉が盾役であるという事実。
 その可能性は想定の内。だが皆々思うのは、若葉を傷つける可能性。
 それでも、躊躇ってはならぬ。
 この一秒が、若葉を少しでも早く救う隙。この瞬きが、若葉を守る間。
「自分をだいじにするのはいいことだけど!でもでも、なんかちがうんだよねぇ!」
 床にゾディアックソードを突き立て、紀美が声を張った。
 乙女座が前衛に加護を与えれば、一瞬詰まった空気が再び流れ出す。
「……そうだね。やっぱり、」
 チヨが鶯色を瞬かせて喰霊刀を抜く。
 さゆりの応援動画が武器の戒めを流せば、チヨは大きく踏み出して。
「アンタは潰す」
 濃桃の目を睨み据え、美しく赤黒い一閃を見舞う。
 エゴシャナを守ろうと必死に手を伸ばす若葉へ玲衣亜が叫んだ。
「若葉さん!こんな時まで謙虚じゃなくてもいいんじゃね?」
 今は届かないかもしれない。それでも、少しでも気を引ければ良いと思いを籠めて。
 指先で弾けたオウガメタルが三倍量の粒子を前衛に。エゴシャナを狙う為の一手を打つ。
 弾ける銀粒子越しに、若葉の瞳がこちらを一瞥した。
 返答は無い。分かっていた。悔しさに拳を握った玲衣亜の背を強く叩く手。
 ドロッセルが分け与えたのは、天竺牡丹がいつかの日に喰った魂の気力。
「いきますよ、なゆきちさん」
「あったりまえじゃん」
 弱気な顔は一瞬。玲衣亜が強気な笑みを返した直後、若葉が動く。
『私が私を大事にして何がいけないの!何も悪いことなんてないわ!』
 黒い瞳がケルベロスを睨むまま周囲に生成したのは棘氷輪。
『私に踏み込まないで!』
 鋭い棘が、容赦なく前衛陣を凪ぐ。
『そう!自分だけを大事に!他なんていらない!』
 血濡れの身で歌うエゴシャナは自身の傷を僅かに癒して醜悪に笑む。
「同じピンクの鳥だけど、やっぱりキミとは考えが一致しないな」
 桃色の羽広げたしずくがロッドを掲げて前衛へエクストプラズムを飛ばし、三重の耐性も授ける。
「悪いが俺ァ、お前ぇに言うこた何もねえ」
「そうですね。あなたには、ございません」
 攻撃の要たる麟太郎とマリアンネの声が重なった。
 黄金とサファイアブルーが見据えるのは、けたたましいエゴシャナ。
 紅滴る喰霊刀と光り纏うゲシュタルトグレイブの刃先にオウガ粒子が煌めいた。
 風が鳴る。
 躊躇いの無い麟太郎の刃が逃さずエゴシャナを断ち、自身を光翼と同じ紅の粒子としたマリアンネが、傾いたエゴシャナを貫いた。
『アアァァ痛い!』
「さぁ、遊びましょう」
 容赦ない連撃にエゴシャナがのた打ち回ろうとも手は緩めず。
 飴色の瞳を細めためろが、踵を鳴らして星を生む。
 細い足が星を蹴り込むのに合わせ、パンドラが突進した。回転し棘と化し星が羽を引き裂き、パンドラのタックルがその傷を広げる。
「回復はぜーんぶおまかせっ、だよー!」
 若葉が付けた傷は、紀美が揮った薄桃色のオウガ粒子と共に塞ぐ。
 先の一手のお陰で氷を跳ね退けるには至ったのが幸い。エゴシャナが歌った焦燥歌の効果も合わせて打ち消した。
 エゴシャナは長くない。そう冷静に判断しながら、チヨの指は起爆ボタンを押す。
「さゆり」
 炸裂する見えない地雷がエゴシャナの足元で炸裂すると同時、呼ぶのは悪友たるテレビウムの名。小さく頷いたさゆりが次いで応援動画を流し支援に徹す。
 自身を大事にと言いながらエゴシャナを守ろうと右往左往する若葉の姿に眉を寄せながら、玲衣亜も爆破スイッチを押した。すれば、若葉に付いた見えない爆弾が炸裂する。
『きゃあ!』
 吹き飛び散る羽。若葉が痛みにたたらを踏めば、その足が鈍る。
 その隙をつく様に再び自身の傷だけを治そうとしたエゴシャナを、ドロッセルは見逃さない。
「私は、善良な人に道を踏み外させる、あなたのような輩が一番気に入らないんですよ!」
 怒りを孕む真っ直ぐな言葉。
 携えた天竺牡丹の刃を伝うように、紫色の怨恨がほたりと垂れた。
「何一つ得られずとも、」
 ほたりほたりと落ちる雫は雨音の様に。
「地獄に落ちるとしても、」
 降り止まぬ怨恨が形を成すのは、紫紺の刃。
「切り捨てられない思いが、あるんです!」
 ドロッセルが奥義 土行・終式 命怨憎会。
 身震いする恐れ纏った紫紺の影がふらり立ち上がり、刃を取るや――。
『やめて!いや!いや!助けて自愛菩薩さ、――――ま』
 無様にもがいた鳥の首を、影は躊躇いなく飛ばす。
 どうと頽れた瞬間、エゴシャナの身は転がる首ごと弾けて消えた。
「若葉さん。彼の事、とっても好きだったんだよね。急に別れろだなんて、びっくりだよね」
 しずくが確認するように若葉へ声を掛ける。
 すると、ハッとしたように目を見開いた若葉が瞬きをした。
『なんで、知ってるの?』

●行こう
「若葉さん、こんにちは!ちょっとだけね、おはなしきいてもらえないかなぁ」
 ゾディアックソードを後ろ手に紀美が柔らかに微笑んでみせる。
 空いた指先で髪を遊ばせながら、あのねと続けた。
「自分をだいじにするのはすっごくいいことだと思うんだー。でもね、」
 くるりくるりと指先に髪を絡めて考える。山とある伝えたいこと。しかし、時間は短い。
「でも、せっかくすてきになったなら……だれかに、かわいいって言ってもらうの。自分だけのひみつじゃなくて、かわいい!ってほめてもらうの」
『その誰かって、誰?』
「え?」
『褒めてくれる誰かなんているわけない。私は私をかわいいって言うだけよ!』
 わっと叫ぶ若葉が半ば翼と化した腕を振るい、放ったのは孔雀炎。
 赤々と燃えた炎は紀美を狙ったが、前に出た盾役のパンドラが受け止める。
 咄嗟の一撃だが威力は高い。ふらついたパンドラをさゆりの応援動画が癒す。
 もっと伝えなければ。紀美が震える程手を握り締めた時、その肩に玲衣亜が触れた。
「極端すぎじゃね?でもまぁ、若葉さんが可愛くてイイ女ってのは同意」
『え?』
 今度は若葉が驚く番。
「でもでも、自画自賛ばっかは悲しーよ。きみきみの言う通りさ、自分を認めた上で他人にも認められた方が嬉しくね?」
 どう?と若葉に問いかけながら、玲衣亜はこっそり紀美にウインク。パッと笑顔になった紀美も、玲衣亜の言葉を後押しするように頷いた。
「そうだよ!わたしはね、かわいいっていわれるの、だいすきだよ!でもね、自分でかわいい!って思うのもすき!若葉さんはどう?」
『私も、かわいいは好きよ。あぁでも、そんな、言われるなんて……』
 生まれた葛藤。心中に生じた疑問と過剰な自己愛が内で渦巻き、若葉は頭を抱えた。
「若葉様」
 戸惑う若葉に、マリアンネが優雅な一礼。穏やかな声で思いを紡ぐ。
「恋うた方と共にいた貴女は、好いてほしくて、大切にしてほしくて……そうされることが幸福だからこそ、自身を擲ったのではありませんか」
『それは……』
「――わたくしも、嘗てはそれでよいと信じてこの身を擲ちました」
 マリアンネの言葉に若葉は目を見開く。
「自分を一番大事にという言葉に同調したのは、“誰かに”大事にしてほしかった……その心の裏返しではございませんか?」
 マリアンネの言葉は若葉の奥底を見据えているようだった。
 納得するまでもう一押しとみためろが続く。
「他人は自分を写す鏡と言うでしょう。誰だって、自分の悪いところなんて見たくないもの。でもね若葉ちゃん、他人の声に耳を貸して成長することも自分を磨く大事な事だと思うのよ」
「そう!あなたにはそれだけの魅力があるはずですよ!だからビルシャナに目を付けられたんです!」
『他人の声が、成長に?……私にも、魅力が?』
 めろの言葉と勢いのよいドロッセルの言葉に、若葉は無意識に自身を触る。
 掌を滑る羽の感触に、ハッとした顔でケルベロス達を見た。
「なぁ、ねぇちゃん。それはよ、自愛なんてもんじゃねぇ」
 麟太郎の低く通る声が若葉の耳を打つ。
「てめぇの傷を忘れたフリして、見ないフリして、自己愛なんて耳障りの良い言葉に溺れてるダケだ」
 いつのまにか納刀されていた喰霊刀が話し合いの意思を明確にする。
 強く手を握り締めた若葉を見つめる麟太郎の目は、苛烈さを潜め心配の色を湛えていた。
「もう一度よぉく落ち着いて、てめぇの姿を見返してみな」
『私の、姿』
 ここに鏡は無いけれど、それでも。手でどこを確かめても羽、羽、羽。
『あっ――……』
「ねぇ、話を聞いてみてどうだろう?」
 声を震わせた若葉にしずくが微笑みかける。
「僕たちはいない方がよかった?僕たちは、キミの力になれない?」
「俺たちは、あんたを救いに来たんだ。あんたの自分を大事にする気持ち、あの鳥に利用されるのは気に食わねぇな」
『いてくれるの?たすけにきて、くれたの?』
 チヨはそっと学帽を被り直しながら、じっと若葉を見た。
 まるで迷子の様に目を潤ませた若葉。今はっきり聞こえた、助けてのサイン。
 人を愛したい心を持つ若葉を救いたい。あたたかい“ひと”たる彼女を、すくいたい。
 チヨと並び立ったしずくが、手を伸ばす。
「ありのままは素敵だ。でも、一人は寂しい。共感してお喋りしてくれる人がいると、嬉しいよね」
 こくりと、若葉が頷く。
「僕はね、自称愛のフラミンゴ。そしてヒール屋だ。若葉にハートと癒しを届けに来たよ」
 ついでにお喋りも出来ちゃうよ。そう笑ったしずくに、若葉は泣きながら微笑んだ。
『おしゃべり、したいな』
 しかし、伸ばした手が繋がれることは無かった。
 翼が鋭く振るわれる。
『あ、あ、いや!いやぁ!』
 若葉の希望とは無関係に、無差別に、氷輪が次々撃ち出される。
 前に立つ者の身を穿ち、削ぎ、突き刺した。
「やっぱり……そんな羽、あんたには似合わないよ」
 血反吐を吐き捨てたチヨが喰霊刀に手を掛け、走る。
 まだ抜かない。まだ。ぎりぎりで良い。
 若葉と顔が付くほど至近。耳の辺りにそっとチヨが囁きかけた。
「俺たちを、信じて」
 歯を食いしばって若葉が頷くと同時、呪怨斬月が美しい軌跡で羽を散らす。
 さゆりの応援動画が傷を癒すのに合わせ、めろは詠う。
「傲慢の獣よ、全てを凪払え」
 空気を震わせるウォークライ。地獄の炎纏う獅子が、軽やかに床を蹴る。
 己が前に何者も立つことを赦さぬ畏怖を纏い、最短距離で振るわれた爪が桃色の羽を引き裂いた。
 続くパンドラが海色の瞳を瞬かせ、纏う真珠と珊瑚由来の海のような属性を麟太郎へインストール。整った連携は尚続く。紀美が手にしたのはマニキュアに似た小瓶。筆先はラメ弾けるチェリーピンク。
 背に描かれた煌めく羽が、マリアンネの刃を研ぎ澄ます。
「マリアンネちゃん!」
「ええ、参りましょう」
 光と化し、飛ぶ。
 槍の如きその身が若葉ではなく、内で荒ぶるビルシャナを貫いた。
 未だ背負う光り衰えない若葉にドロッセルの天竺牡丹と玲衣亜の稲妻纏う槍が閃く。
「若葉さんはこれからやり直すんです!」
「若葉さんは返してもらうから!」
 交差する刃は的確に。
 だが、まだ。
「俺ァ女を斬りに来たんじゃねぇ」
 麟太郎の瞳が煌々と輝く。
 低くとも通る声。満月の如き瞳が、ビルシャナを逃すまいと睨み据える。
「お前ぇみてぇな奴を、叩っ斬りに来たんだよ」
 円弧を描く銀閃。間。更に踏み込むんだ銀月が、ひとつふたつ。
 常ならば外していたかもしれない重い一撃。
 しかし今日は。刃に幾重にも重なった粒子が、仄温かく輝いた。
 恨みがましい鳴き声は遠く。落ちた羽は床に着く直前、霞と消える。
 残ったのは、静かに眠る若葉だけ。
「キミが無事で良かった」
 数多の破損は瞬く間に修復される。
 未だ眠り続ける若葉の元にぬいぐるみとカード、8つのエールが残された。
「じぶんも他人も、だいじにしてね」

 眠っているはずの若葉が薄っすら微笑めば頬に雫が伝う。
 一つの心は、今確かに救われた。

作者:皆川皐月 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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