菩薩累乗会~好きな子にちょっかい出して何が悪い!

作者:そらばる

●自分を肯定する自分
 カーテンを閉め切った室内に、幼い少年が小さく縮こまっていた。
「……ちがうんだ……おれ、突き飛ばすつもりなんかじゃ……でも、めいのやつ、けがして…………ぅぅ、おれってやつはどうして素直になれないんだよぅ……」
 上ずる声音には、涙と後悔と自分自身への失望が滲んでいた。
 抱えた膝に顔を伏せる少年に、唐突に、燦然たる光芒が投げかけられた。
「自分が一番大事、大事なのは自分だけ!」
 場違いに明るい声音に、少年はびっくりして泣き腫らした顔を上げた。
 明るい桃色の、虹のような光を纏うビルシャナが、大きな瞳で少年の顔を覗き込んでいた。
「あなたが誰を傷つけようと、傷つけた相手や周囲の人間が何を言ってあなたを否定しようと、関係ない。だって他人は大事ではないのだから!」
 ビルシャナは声高に訴えかける。
「他人の気持ちや評価なんて関係ない! そんなもののために自分を偽るのは間違っている! あなたは乱暴で、不器用で、自分の気持ちを素直に表現できない人。そんな自分を、もっと好きになって!」
 少年の瞳がぼうっと蕩ける。掛けられる言葉を自分に沁み込ませるように、うっとりと。
「ありのままの自分が一番だから、他人がどう思おうと、どれだけ傷つこうと関係ない。一番大事な自分が、自分だけを最高に評価したのならば、それがあなたというひとの評価」
 桃色のビルシャナはにっこり微笑み、翼の形をした手を差し伸べた。
「つまり、あなたは、最高なのよ」
 その翼に重ねられた少年の手は、既に翼の形へと変容を遂げ始めている。
「そうだよな……おれ、自分が一番大好きだ! だから、これからも自分の気持ちを押しつけつづける。だって、おれはおれだけが大好きだからなっ!」
「おめでとう。これから私と一緒に、自分を愛し続けて、エゴの気持ちを高めていこう! いつか自愛菩薩さまの一部となれるように……!」
 エゴシャナの祝福の言葉に包まれながら、少年は虹色に輝くビルシャナへと姿を変えた。

●ツンデレの代償
「予知ですッ! ビルシャナ菩薩たちが、恐ろしい作戦を実行しようとしていますッ!」
 勢ぞろいしたケルベロスたちの前に息を切らせて駆け込みながら、笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)は声を張り上げた。
「恐ろしい作戦――その名も『菩薩累乗会』!」
 強力な菩薩を次々に地上に出現させ、その力を利用して更に強大な菩薩を出現させ続け、最終的には地球全てを菩薩の力で制圧する、という企みだ。
 『菩薩累乗会』を阻止する方法は、現時点では判明していない。
「ねむたちが今できるのは、出現する菩薩が力を得るのを阻止して、敵の作戦の進行を食い止めることしかありません……」
 現在活動が確認されている菩薩は『自愛菩薩』。自分が一番大事で、自分以外は必要ないという『自愛』を教義としている菩薩である。
「自愛菩薩は配下のエゴシャナ達を、それぞれの理由で自己を否定してしまっている状態の人々の元へと派遣し、甘ーい言葉を使ってビルシャナ化させてしまうのですっ」
 ビルシャナ化させられた一般人は、自分を導いたエゴシャナと共に自宅に留まり続け、自分を愛する気持ちを高め続けている。
 このままでは、ビルシャナ化した一般人と自愛菩薩の境界が曖昧となり、最終的には合一化してしまう。十分に高まった力は自愛菩薩に奪われ、新たな菩薩を出現させる糧とされてしまうだろう。
「絶対に、やらせてはいけません! 出来るだけ早く事件を解決するよう、皆さんの力を貸してください!!」

 今回ビルシャナ化するのは、小学二年生の信太という少年だ。
 同じクラスの気になる女の子にちょっかいを出していたところ、相手を突き飛ばす形になってしまい、怪我をさせてしまったらしい。怪我自体は軽度だが、女の子は大泣き、クラスの全員からは総スカン。後悔と自己嫌悪で自己評価がどん底になっているところを、エゴシャナにつけ込まれたようである。
「小さな子にありがちなツンデレさんですねー。絡まれた女の子はたまったものじゃないでしょうけど、信太くんの場合は、今ならまだやり直せるはずですっ」
 ケルベロスの敵となるのは、ビルシャナ2体。ビルシャナと化した信太と、信太を唆したエゴシャナである。
「エゴシャナは歌に乗せてグラビティを使ってきます。信太くんは、自信たっぷりに燦然と輝く、両手で力いっぱい突き飛ばす、自分勝手な自己肯定を大声で叫んで回復する、っていう感じです」
 ビルシャナ化した信太は、『自分の部屋も自分の一部』であると考え、部屋に侵入してきたケルベロスを攻撃してくる。
 信太を先に倒せば、エゴシャナの逃亡を許してしまうことになるが、それでも依頼としては成功となる。
 エゴシャナを先に倒せば、信太の救出も可能となるが、難易度は高くなるだろう。
「信太くんを救出するには、エゴシャナを倒したあとに、信太くんの事情を汲んだ適切な励ましの言葉などをかけた後に撃破することで、救出できるかもしれません」
 菩薩累乗会の教義は、比較的穏健で普遍性がある。それだけに人々に支持されやすく、初期段階での阻止に失敗すれば、指数的に勢力を増加させ、世界はビルシャナに支配されてしまうだろう。
「信太くんは今、自愛菩薩のせいで超自己中心的な考え方に陥っています。そんなの、社会では許されません! そこをちゃんと理解してもらえれば、あるいは……」
 しかしどう転ぶかは、説得してみなければわからない。
 エゴシャナを先に倒すや否や。信太を救い出すや否や。全ての選択肢は、ケルベロスが握っている。


参加者
アジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)
鏡月・空(一日千秋・e04902)
一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053)
四月一日・憂咲(テイクアハート・e27580)
スプリナ・フィロウズ(慈愛の泉・e44283)
ニャルラ・ホテプ(彷徨う魂の宿る煙・e44290)
黒岩・詞(エクトプラズマー・e44299)

■リプレイ

●捻じ曲げられた自己愛
「他人なんか関係ない、あなたはあなたが一番大好き、あなたが一番大事な存在……!」
「おれはおれが一番大好き、他人はおれを理解すべき……」
 薄暗い室内で、怪しげな自己愛昂揚のセッションが繰り広げられている。
「――おれ、いま、輝いてる!」
 ぱあっと顔を輝かせ、虹色の後光を自信満々に振り撒く、ビルシャナ姿の信太。
 と同時に部屋の扉が開け放たれ、八人のケルベロス達が室内に雪崩れ込んだ。信太は思いっきり顔を歪めた。
「なんだオマエら!? ここはおれの部屋だぞ! おれの部屋ってことはおれの一部だぞ! なんで勝手に入ってきてるんだ!?」
 ビシィ!! 堂々たる傲岸な物言いで、ケルベロス達を挑戦的に指さす信太。
 スプリナ・フィロウズ(慈愛の泉・e44283)はため息をつく。
「かなりこじらせていますわね……」
「ふふふ、まあねぇ。結果はあれだったけど、子供らしいといえば子供らしいじゃない? そんな子を、そのままビルシャナにさせるつもりはないわ」
 ニャルラ・ホテプ(彷徨う魂の宿る煙・e44290)は愛用の煙管から独自配合のお香の煙をくゆらせながら、気だるげに笑った。
「今回のビルシャナは一味違うようですね。ですが、やるべきことは……変わりません」
 冷静沈着ながらどこか艶っぽい仕草で、一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053)は銃口を敵へ差し向けた。信太ではなく、その後方に控えているエゴシャナへと。
「明王だの菩薩だの、人を救う者の名を騙るのは許せないわね。――ビルシャナって名前も、いかにもだしねぇ」
 言いながら、黒岩・詞(エクトプラズマー・e44299)が眼鏡をはずすと、優しげだったその口調はどことなくワルっぽい響きを帯びた。戦闘開始のスイッチが入ったのだ。
 信太は翼をバサリと広げる。
「ぐだぐだうるせーッ!!」
 ビルシャナ化した信太の全身が、虹色を帯びた燦然たる輝きを放った。
「……好きな相手に素直になれないなんて微笑ましいもんだし、自己愛だって良い感情なんだが。それがあれこれねじ曲がって、自分以外はどうでもいいになっちまったんじゃいただけないよな」
 攻撃手を背に庇って輝きを全身で押し止めながら、アジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)は小さく呟いた。治療用のドローンを飛ばしつつ、眼光鋭い眼差しはじろりとエゴシャナを睨みやる。
「エゴシャナにとっちゃ善意なんだろうが、余計なお世話だ」
「ふふふっ、あなた達が何を言っても、この子はこの子が一番大事だもの。自分を否定するのなら、世界だって拒絶してみせるわ」
 エゴシャナは余裕綽々と笑うと、女性的な歌声を響かせ始めた。いかなる技術か幾重にも歌声を重ね、不協和音も恐れず複数のテーマを同時に奏で上げる。頭蓋を圧迫するような音の波が、ケルベロス達の力を削いでいく。
「いたいけな子供の心に付け込み騙すような真似をするとは、貴様らビルシャナの欺瞞には本当に反吐が出る」
 リューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197)は真面目で厳格な性格がよく表れた強面で、エゴシャナを容赦なく唾棄した。
「貴様だけは決して生かして返さん。信太君は返してもらうぞ!」
 アームドフォートの主砲が一斉に火を噴き、砲撃の雨がエゴシャナへと降り注いだ。

●唆す者の末路
 爆風の中から顔を出したエゴシャナは、さしたる痛手もない様子で、嘲笑うように翼を羽ばたかせた。
「砲撃なんて野蛮ね。人様のおうちをなんだと思っているのよ」
「勝手に人の家に上がり込んでいるのはあなたも同じでしょうに……むしろ、人の心を甘言で弄するあなたの方がよっぽど野蛮ですよ」
 鏡月・空(一日千秋・e04902)は呆れ含みにエゴシャナの言葉をバッサリと切り捨て、砲撃形態に変形させたボルケーノバスターで竜砲弾を撃ち込んだ。
 タロットカードを手に歩み出たのは、四月一日・憂咲(テイクアハート・e27580)。星色に光る白いプリンセスクロスが輝きを放ち、神秘的な黒の喪服へと変貌する。
「貴方を占ってあげる」
 上下逆さの十三番、絵札が示すは鎌持つ命の狩人。突如現れた逆さ髑髏は敵の首めがけて鎌を振るい、血飛沫を花弁と化して散らしていく。
 ケルベロス達の攻撃は次々とエゴシャナへと吸い込まれていった。
「なんだなんだ、全然攻撃がこねーぞ! 怖気づいたか! ……んん?」
 無駄に自信満々に胸を張る信太を、針葉樹の爽やかな香りが包み込んだ。嗅いだ者の神経を麻痺させるお香の煙。煙管から香をふかしたニャルラは気だるげに微笑む。
「あなたは大人しくしていて頂戴。……とはいえ、少しばかり命中が不安かしら……」
「では、私が援護を。……捉えました」
 瑛華は冷静沈着に照準を切り替えると、信太に向けて発砲した。銃の有効射程を完全に無視した精密射撃が、室内を大胆に縦断し、信太の鳥脚を確実に挫く。
「いってぇッ!! ぐうぅぅ……こんにゃろ!」
 ヤケクソめいた動きで、信太がグラビティの波状攻撃に自ら身を晒した。煙管から煙の如くくゆらせ吹きかけたエクトプラズムの霊弾を防がれ、詞は目を細める。
「助けたい相手が盾役というのは、やはり難儀だねぇ」
 痺れに侵された信太は攻撃を空振りすることも多かったが、隙あらばエゴシャナを庇おうとしてくる。もちろん献身などではなく、「敵の思い通りにさせてなるものか」という幼稚な反骨精神が動機らしい。
「ああ、自分のことしか考えないあなた、本当に素敵よ! あなたという原石を見出して磨いている私も素敵!」
 信太をけしかけながらもちゃっかり自分を賛美し歌うエゴシャナ。強力な治癒で自身のダメージを消し去ってしまう。
 ビルシャナ二体を同時に相手取る戦いは、熾烈を極めた。じりじりと削られる陣営は、憂咲とスプリナの二人体勢の治癒で立て直されていくが……。
「あーくそ、めざわりだぞソコのッ!」
「じゃ、コソコソしてるヤツらから削っちゃう?」
 信太とエゴシャナは燦然たる輝きと遁走曲で後衛を蹂躙した。盾役もフォローに入るが、全ては防げない。治癒の光は後衛を満たし、結果回復が疎かになった前衛に、信太が一気に詰め寄った。
「おれを理解しないヤツは、こうだっ!」
 両手で力いっぱい突き飛ばす。子供っぽい仕草に反して、その威力は警護に当たっていたドローンを破壊するにあきたらず、骨に響く衝撃を及ぼした。
「ぐぅ……っ、なんのこれしき!」
 アジサイは裂帛の叫びで己を治癒する。後衛の回復手たちもアジサイへのフォローに入ろうとするが、エゴシャナの自由奔放に他者を否定し罵倒する狂詩曲に、後衛も体力を削がれてしまう。詞は備えのない衝撃に膝を折り、回復手も度重なる攻撃に消耗を隠せない。
「持ちこたえます……!」
 スプリナが希望の為に走り続ける者達の歌を歌い上げ、後衛に共鳴を響かせる。
「救護部隊、出動! 全力を以って我らが同朋を援護せよ!」
 リューディガーは『一角獣』の名を関する独自カスタマイズのドローンを展開した。あらゆる状況に対応する薬品類が前衛のコンディションを整え、消耗を回復していく。
 激化する戦い。しかしビルシャナ達の優勢は続かない。
「くっそ、体が……っ」
 信太は痺れに囚われ、攻勢を諦めざるを得ない様子がたびたび見受けられた。エゴシャナも戦いが長期化するうちに自身のダメージがかさみ、さらに自身も大量の痺れに侵され、信太を治癒する余裕を失っていった。
「……ちょっと分が悪いかしら。信太くん、あとは一人で頑張って!」
「ハァ!?」
 愕然とする信太をあっけなく見捨て、翼を翻すエゴシャナ。しかしその体を、信太に麻痺を施したのと同じ煙が取り巻いた。
 咄嗟に振り向いたそこには、ニャルラの物憂げな笑み。
「君はもう、動けない」
 重ねて襲い掛かるのは、半透明の御業。なおも逃れようとするエゴシャナを、憂咲の禁縛呪が容赦なく縛り上げる。
「逃がさないよ」
「くぁっ……そん、な……っ」
 死から逃れようと必死なビルシャナを、煌めく鋒先がひたと狙う。
「神は穿たれ、滅ぶ……さあ、終わりの刻です!!」
 空の左手に召喚された二メートルに及ぶ弓が、神殺しの伝承を持つ槍を解き放つ。槍は蒼く鋭い魔弾となって宙を駆け――決して、敵を逃さない。
「イヤアアァァァ――――ッ!!」
 甲高い絶叫を上げながら、エゴシャナの体は虹色の光となって消滅した。

●本当に大切なこと
「やりましたわね……!」
 歓声を上げると、スプリナは武具を納めて信太へと向き直った。
「ようやくお話が出来ますわね。信太様。どうか、自愛菩薩の甘言に惑わされないでください」
「……あの鳥も、自愛菩薩も、もう知ったこっちゃねぇよ」
 信太はすねたようにぼやきつつも、翼を攻撃的に掲げる。
「どっちにしろおれはお前らをブッ倒す! おれは、おれが一番大事だからなッ!」
 燦然たる輝きが後衛を襲った。ケルベロス達は攻撃を受け止めながらも、攻勢に移ろうとはしない。
「本当にそんな選択でいいのか?」
 傷ついた後衛に治癒を飛ばしながら、空は切り出した。普段の丁寧な口調を捨て、警告を発するように、冴え冴えとした声音で説き伏せていく。
「自分だけを愛するなんて聞こえはよくても、結局それはただのごまかしだけで、しかも一人っきりというのはある意味苦痛だけの地獄だぞ?」
「し、知らねーよ! おれを受け入れなかっためいが悪いんだ……!」
「わかってないねぇ」
 詞が呆れたように肩をすくめた。
「愛するだとか好きになるってのはな、全部を肯定することじゃない。それは相手が他人だろうと自分だろうと同じことだ。アンタのそれは妄信ってやつだ。私は呪(まじな)い師みたいなもんだからよく見るんだけどな、そいつはろくなもんじゃねぇ」
 霊媒師の視点での語りかけ。しかし信太はクエスチョンマークを大量に飛ばして首をひねっている。子供には難しかったか、と詞は苦笑した。
「……っと、話がそれたな。教えてやるよ。愛するってのはな、受け入れることだ。いいとこも悪いとこも全部そのまま、きちんと受け止めるんだよ。今のアンタみたいに捻じ曲げたりしないもんなのさ」
「あい……とか、よくわかんねーし……」
 口を尖らせ、そっぽ向く信太。
「俺はお前じゃない。気持ちが全て分かるとは言わないさ。だが想像することはできる」
 アジサイは少年の目線に立って、気持ちをなぞるように語りかける。
「妙に気になるやつがいて、一緒に話したり遊ぶと凄く楽しくて、でもどうすりゃもっと近づけるか分からないから、強引に行っちまったんだろ。下手すると周りに揶揄われるしな。もしそうなら、気持ちはわかる。でも、謝らないとな」
 はっと胸をつかれたように、信太が顔を上げる。様々な感情が浮き沈みするその表情に、アジサイは小さく笑いかける。
「何故ってお前、そいつを泣かせたままでいいのか? 良いわけ、ないよな」
「べ、別にあいつのことなんて……!」
「……自分の気持ちに嘘を吐くと後で後悔するわよ」
 ぐさりと切り込んだ憂咲の言葉に、信太は激しく体を動揺させた。
「……本当に、自分だけが大好きなのかな? めいちゃんは、嫌いなの? よく考えてね」
 全身を呪紋で強化しながら、信太と目線を合わせて、瑛華は穏やかに問いかけた。
 ニャルラもまた、信太の考えを引き出すように、ゆっくりと問いかける。
「めいちゃん、だっけ? 彼女にも自分の気持ちを押し付けるのよね? 意地悪するのは楽しいものね……でも、その時の彼女の様子はどうかしら? 泣いてる彼女はどう? いいものかな?」
 どの問いかけにも、信太は答えられない。
「ねぇ、本当に彼女に乱暴したりしたいの? あなたが本当に見たいのは、泣いてる彼女じゃなくて、笑顔の彼女じゃない? 何より……彼女を泣かせてる自分を、本当に一番だと思うのかな?」
 続けて、さらに畳みかける憂咲。
「怪我させた事にも、素直になれない事にも、本当は後悔してるんでしょ? 本当に好きなのは、怪我をさせても開き直ってる貴方自身より、めいちゃんの方なんでしょう? なら、こんな事してる場合じゃないわ」
「う、うるさいっ!」
 信太は反射的に癇癪を起して、再度輝きを解き放った。しかしそれは憂咲に届く前に、ニヤニヤ顔のおでぶなウイングキャット、チェシャによって軽々と防がれる。
「後悔してるなら、早く素直に謝って来なさい。手遅れになってからじゃ、遅いわよ。……それとも、好きな子に好きって言わないままでいいの? 好きな子に嫌われてもいいの?」
「傷つけてしまったと思うなら謝ればいい。まだ取り返しはつくのだから」
 憂咲の言葉に重ねて、空も静かに信太を諭した。
「おれ……おれ……」
 自己愛と現実との狭間で、信太の心は揺れ惑った。

●頑張るための勇気
 今一歩。信太に足りないのは、認めて、踏み出す勇気。
「テレビ番組のヒーローだって、みんな最初から強くて完璧なわけではない。時には喧嘩もしたり、間違えることもある。だがその弱さや過ちに向き合い、乗り越えてこそ強くなるんだ」
 強面のリューディガーは、せめて怖がらせないようにと誠実に呼びかけ、伝える。元警察官として、『勇気』を。
「過ちから逃げていては、君はずっと弱いまま、間違えたままだ。想いは言葉に出して伝えなければ、相手に伝わらない。勇気を出して『本当の気持ち』を伝えることもまた『強さ』なんだ」
 リューディガーの言葉を、心に沁み込ませるように、信太は黙り込んでいる。
 瑛華は、穏やかに信太に微笑みかける。
「人に好きだってばれちゃうのが嫌なのはわかるよ。わたしも、きみと同じだもの。反対のことをしちゃうこともあるかもしれないけど、でも少しだけ、勇気を出して素直な気持ちで話をしてみたらどうかな。お友達もきっとみんな、分かってくれるから」
 おずおずと、信太が顔を上げる。
 ケルベロス達は頼もしく笑いかけ、頷き返した。
「怪我をさせちゃったのはもう仕方ないの。ちゃんとごめんねって言えれば、大丈夫だから」
「…………う」
 ――うわあああああああん!
 信太が感情を爆発させた。号泣と燦然たる輝きが炸裂する。
 ケルベロス達は輝きに打ち据えられながらも、それが決して失敗を意味するものではないことを確信していた。
 ビルシャナから人間へと戻る、最後の禊となる戦いだ。
 グラビティが信太に降り注ぐ。飛竜ノ鉄槌が、フォートレスキャノンが、神滅の魔弓槍バリスタ・ロンギヌスが、ゼログラビトンが、刈り人の福音が、幻覚香・止が、幻奏煙舞・炎螺炎螺が、遠距離狙撃が。
「頑張れ、男の子」
 激しい攻撃の嵐と優しい呼びかけを受け取りながら、信太の羽毛はほどけて消える。
 少年の姿に戻った信太は、目じりに涙を浮かべながらも、どこかすっきりとした表情で安堵の眠りをむさぼるのだった。

作者:そらばる 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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