貧乏アパートで一人、猫のクッションを抱えた女性がめそめそと泣いていた。
彼女の名前はヒロミ。
どうやら昨日、劇団のオーディションを受け、ヒロイン役から落ちたらしい。
「グスン……あの役だけはどうしても受かりたかった……」
懸命に働いて演劇をする資金を作り、仕事の合間にマラソンや筋トレをし、時間があればどんな場所にいても演技を磨く。
どんなに努力を重ねてもそれは足りず、たった数分……ひどい時には数十秒でそれらの時間を『無』にされてしまう。
昨日は帰宅後に、泣きながらも必死になって『自分の演技力はまだまだなんだ』と言い聞かせて寝たが、今朝になってもまだ立ち直れていない。
ヒロイン役に抜擢された相手のカリスマが、いつまでもキラキラとまぶたの奥に焼き付いて放れてくれず、それが彼女を自暴にさせた。
そんな時だ、目映いばかりの光が現れ、そこから鮮やかな色彩のエゴシャナが現れた。
「自分が一番大事、大事なのは自分だけ!」
「キャッ……! え、何……!?」
「他人が自分を否定したって関係ない。だって、他人は大事では無いのだから。他人の評価の為に自分を偽るのは間違っている」
突然のことに驚いたヒロミではあったが、その教義に抗えない。その言葉は彼女が今、最も欲しい言葉であったからだ。
「もっと、自分を好きになって。ありのままの自分が一番だから、他人の評価なんて関係ない。一番大事な自分が、自分だけを最高に評価したのならば、それが、あなたの評価。つまり、あなたは、最高なのよ」
「私……最高?」
心がスーと溶けていくような感覚。ヒロミは甘味を食べたような表情となり、身体全体で感情を表すと腹の底から叫びを上げた。
「私は自分が大好き、他の人間なんて関係ない。だって、私は私だけが大好きだから!」
そう言った後、安堵したようにベッドに横たわり、猫のクッションを抱きしめる。
次の一歩を進もうともせず、だらしなく寝転がるヒロミの幸福そうな顔を見つめ、エゴシャナは満足そうに微笑んだ。
「おめでとう、これから私と一緒に、自分を愛するエゴの気持ちを高めて、自愛菩薩さまに近づこう! いつか、自愛菩薩さまの一部となれるように、自分を愛し続けるのよ!」
扉は固く閉められ、出ることも、招き入れることもなくなった。
言之葉・万寿(高齢ヘリオライダー・en0207)が書類を読み始める。
「予知により、ビルシャナの菩薩達が、恐ろしい作戦を実行しようとしている事が判明致しました。その恐ろしい作戦とは『菩薩累乗会』……」
『菩薩累乗会』
強力な菩薩を次々に地上に出現させ、その力を利用して、更に強大な菩薩を出現させ続け、最終的には地球全てを菩薩の力で制圧するというものだ。
「残念ながら、現時点でこの『菩薩累乗会』を阻止する方法は判明しておりません。我々が今できる事は、出現する菩薩が力を得るのを阻止して、菩薩累乗会の進行を食い止める事だけでございます」
現在、活動が確認されている菩薩は『自愛菩薩』。
自分が一番大事で、自分以外は必要ないという『自愛』を教義としている菩薩だ。
自愛菩薩は、配下のビルシャナである、エゴシャナ達を、なんらかの理由で自己を否定してしてしまっている状態の一般人の元へ派遣し、甘言を弄してビルシャナ化させ、最終的にその力を奪って合一しようとしているらしい。
「ビルシャナ化させられた一般人は、自分を導いたエゴシャナと共に自宅に留まり続け、自分を愛する気持ちを高め続けております。このままだと、充分に高まった力を自愛菩薩に奪われ、新たな菩薩を出現させる糧とされてしまうこととなりましょう。そうさせない為にも、出来るだけ早く、事件を解決する必要があります」
敵は、ビルシャナ2体。
エゴシャナは歌を得意とする攻撃をしてくるようだ。
一方、ビルシャナ化したヒロミは、鍛え上げられた全身の力を使って攻撃をしてくる。
ビルシャナは『自分だけが大事』であり『自分の部屋も自分の一部』であると考え、部屋に侵入してきたケルベロスに攻撃をしてくるという。
今回の戦いは、2通りある。
「ビルシャナ化したヒロミ様を先に撃破した場合、自己愛が強いエゴシャナはさっさと逃げ出します」
こちらは容易い方法だろう。
「逆に、エゴシャナを先に倒した場合、ビルシャナ化したヒロミ様を救出できる可能性も出て参りますが、説得も戦闘もしっかりとした対応をしなければ難しいと思われます」
ヒロミはエゴシャナによって自己愛に取憑かれている状態だ。そんな彼女をむりやり正気に戻そうと試みてもうまくいくはずがない。
「ヒロミ様は、ヒロイン役に落ちてしまったことを大変嘆いておりました。傷ついたお心を適切に励ましてあげることができれば、撃破の後に救出できるかもしれません」
エゴシャナが戦場にいる限り、自愛菩薩の影響力が強くビルシャナ化した人の説得は不可能となる。救出を目指すならば、エゴシャナを撃破するか撤退させる必要があるだろう。
どちらの道をとるか、選択は自由だ。
「一見、平和なように見えるエゴシャナですが、やっていることは無茶苦茶ですので、ここはしっかりキュッとシメておかねばなりませんな。菩薩累乗会などと、許されませんぞ」
それではいってらっしゃいませ、と万寿は締めくくった。
参加者 | |
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灰野・余白(空白・e02087) |
雛祭・やゆよ(ピンキッシュブレイブハート・e03379) |
ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426) |
遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166) |
イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770) |
劉・沙門(激情の拳・e29501) |
柳生・梵兵衛(スパイシーサムライ・e36123) |
エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731) |
●テリトリー
現場に到着次第、ケルベロス達は急ぎ走った。
まずアパート住人の避難。
ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)を筆頭に、灰野・余白(空白・e02087)とエトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)が民間人の安全を確保して戻って来た。
「菩薩累乗会……。菩薩がどんどん増えていったら大変なことになるのじゃ。解決策が見つかるまで、何としても食い止めねば……」
思わず胸の内を漏らしたウィゼであったが、皆同じ思いだ。一同頷き、1階の102号室……ヒロミの部屋の前まで来てから一呼吸おく。
どうせノックしても開けてはくれまい。
そのままドアを蹴破って中に突入すると、すぐ目の前にいたエゴシャナとビルシャナになったヒロミと目が合った。
「何よアンタ! 人の部屋に勝手に入ってこないでよ!」
足が止まっているウィゼの背後から、ミミックの相箱のザラキを従えたイッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)が中の様子を目にして大口を開けた。
室内が狭すぎる。
ケルベロス8名、羽毛でふくれたビルシャナ2体、どう考えてもこの中で戦闘は無理だ。
「キエエーー!!! 出て行って!! 向こう行って!!」
「まずい……!」
突然ヒロミビルシャナがウィゼめがけて襲いかかって来るのを察し、イッパイアッテナがその腕を引いて外に転がり逃げた。
相手の鉤爪がイッパイアッテナの肩を裂いたが、大した怪我ではない。
奇襲をかけたつもりで逆に追い出されたが、皆落ち着いている。すぐ立て直せるはずだ。
周囲は民家が連なっている。となれば、戦闘場所の移動は上、屋根だ。アパートの細長い屋根ならば距離もとれる。戦うにはうってつけの場所と言えよう。
柳生・梵兵衛(スパイシーサムライ・e36123)が咄嗟に場から放れ、少しでも被害を抑えるため戦場から一般人を引き離すよう声をかけ始める。
「やべぇ……! ちっと席外すぜ!」
ドアの向こうからエゴシャナが顔を出し、尖ったくちばしをゆがませてきた。
「あなたたちケルベロスね!? 大事な教義をジャマするとか、許さないわよ! ほらヒロミちゃん! やっちゃって! あいつら、今のままのステキなあなたを認めないつもりよ!」
ヒロミはエゴシャナに洗脳されている状態だ。それを聞くなり悲鳴を上げて突撃してくるのをエトヴァが身を挺して受け止め、その反動を利用して思い切り屋根の上へ放り投げる。
「みなサン、上へ」
ヒロミは何としてでも助けたい。まずはエゴシャナによってかけられた『枷』をとってやらねば。それにはエゴシャナを先に討伐しなくてはならない。
エゴシャナが屋根の上へやってくると、ケルベロスたちの意識はそちらに向いた。ヒロミの攻撃をうまく受け流し、集中攻撃を食らわせなくては。
●エゴの塊
こちらは現在、梵兵衛がいない状態だ。
負傷者はディフェンダーの2名。イッパイアッテナとエトヴァが軽傷となっている。
サーヴァントのザラキとオウギも壁となるべくエゴシャナを威嚇しているので、十分立て直しは可能だ。
では改めて、戦闘開始。
遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)がまず仕掛けた。味方の補助、敵の弱体化も兼ねて「深空」を歌い始める。
「ア~♪」
鈴を転がすような澄んだ歌声、その振動が破裂するようにエゴシャナに向かい、隙を見たウイングキャットのヴェクサシオンが清浄の翼で仲間達の耐性を上げる。
続いてウィゼが敵の足下に滑り込み、手にした南瓜爆弾をゴロゴロと落してから後方に飛躍する。
「季節外れじゃが、お土産じゃ」
時限式の爆弾を目にしたエゴシャナは慌てて飛び退こうとするが、そこを余白の一撃が阻止する。
「誰が動いていいといった」
白黒の光が渦を巻き、槍の一刺しは敵の動きを封じるには十分であった。足を大地に固定された後、タイミングよく南瓜爆弾の導火線についた火花が吸い込まれ……ボム!と爆発が起きる。
「きゃああ! こいつら私に集中してない!? ちょ……ちょっとヒロミちゃん何とかして! ステキなあなたを認める一人がピンチよピンチー!」
『大事な私』の理解者が減る、というエゴが今のヒロミを動かしてしまうのは仕方がない。余白とエゴシャナの間に割り込み、大きく鉤爪を振り上げた。
「私はできる子――――!!!」
「オウギ!」
劉・沙門(激情の拳・e29501)の一声で飛び上がったミミックのオウギが、余白の代わりにそのダメージを食らってやる。
ヒロミがエゴシャナの前にいてはたたみかけて攻撃できず、沙門は一度間を取った。
その隙を見てエゴシャナは自らにヒールをかける。
「ハー、痛い痛い。可哀想な私……」
沙門はヒロミを避けるようにバールを放り投げ、背後のエゴシャナにヒットさせた。
思ってもいない場所からバール攻撃を食らい、エゴシャナがよろけた所で、雛祭・やゆよ(ピンキッシュブレイブハート・e03379)が渾身のライトニングウォール。
イッパイアッテナとエトヴァ、それとオウギの傷を同時に癒やし、ライトニングロッドをシュッと横一文字に振り切ってから止める。
やゆよはフンと小さく鼻を鳴らし、元々大嫌いなビルシャナにベーと舌を出す。
優位に立っていたエゴシャナはほぼ0に戻され、カチンとなって腹を立てた。
「私のことバカにしまくって……許さないわよー!!」
そこに滑り込むように戻ったのが、梵兵衛だ。
「おまたせ! 周辺の住民は避難させたぜ! 思いっきりいこうじゃねぇか!」
もう遠慮はいらない。火力バッチリ、ガンガンいこう!
●卵の殻
そうは言ってもビルシャナ2体。
戦いになれていないヒロミであっても、演劇をやるために鍛えた身体能力はズバ抜けている。
エゴシャナ自体もいやらしい攻撃を重ね、ケルベロスとの攻防は激しく続けられた。
「あなたたちにも嫌な思い出の一つや二つ……もっとあるでしょう!? 思い出させてあげようかしら!」
妙な歌を続けてくるエゴシャナと、それに乗って踊るヒロミに削られ、たまに重ねられたトラウマでパニックを起こしそうになる仲間達を励ましながら、次の一手を入れていく。
前でディフェンダーたちが背後を死守し、ひたすら高い命中率で押し返した。
エゴシャナを絶命させたのは沙門だ。
バリケードクラッシュがクリティカルし、一気に敵の体力を奪って最期を仕留めることとなった。
「ギャアアァ……!! 自愛菩薩さまぁぁ……!!」
煙となって風に流されていくまでウィゼはその様を睨み付けていたが、まだやることは残っていると顔をヒロミの方へ向けた。
エゴシャナがいなくなった今、ヒロミを解放する手段が整った。あとはうまく彼女の心を救ってやることが出来れば、ビルシャナとの同一化は止まるだろう。
エゴシャナが倒れて喜ぶ暇もなく、一同がヒロミと一定の距離を保ちに入る。
「許せない……許さない……私の中に勝手に土足で侵入してきて、みんなみんなみんなみ・ん・な!!! 好き勝手し放題……! みんなよ!!」
エゴを支えるエゴシャナがいなくなり、ヒロミはかなり不安定になっている。
同じく『芸』の道にいる鞠緒は、ヒロミの気持ちが理解できるだけあり、深く心を痛めていた。
「自分を好きになるのは大事なこと。でも舞台は演者、スタッフ、お客様……沢山の人と一緒に作るもの。皆を好きになれなくちゃ良い舞台は作れないんです」
彼女の言葉にやゆよも頷く。
「そうだわさ。あなたが今までしてきた努力は、舞台に立って観客に見てもらうためだったんじゃないだわさ? 自分だけを愛し続けて殻に閉じこもってたらその夢はどうなるのよさ……」
「何!? ここにきててきなり説教!? 何様よ! 何も知らないくせに……!」
「知ってるだわさ! あたしも歌を聞いてもらえなくて何度も挫けそうになったこともあるだわさ……。それでも夢を追い続けたいって自分なりに頑張ってきたのよさ。いつかみんなの心に届けたいって」
「嘘よそんなの、調子の良いこと言って……話あわせてるだけでしょ、どうせ!」
ヒロミの瞳がウロウロと宙を彷徨い始めた。
めざとい余白がそこに入り込む。
「自分が一番のう……んじゃお前さんの必死で努力して練習して培った演技は、誰に見てもらうつもりだったんじゃ?」
「そんなの……もうどうでもいいの! 今は私が一番大事なの! 私がよければ、もういいんだから! ほっといてよ!!」
「うち、お前さんが大きな舞台で輝くとこ見てみたいのう」
「な、何言って……」
第三者の存在を思い出したのだろう、言葉に勢いがなくなった。よしよしと言わんばかりに梵兵衛が重ねる。
「ちょっとばかり酷な言い方だが……合格することがゴールじゃないぜ? 舞台に立って観客達の心を動かすことを忘れちゃいけねェよ。まだアンタにゃチャンスはいっぱい待ってるんだぜ? 今、自暴自棄になって未来を見失うにゃ勿体ないぜ!」
勿体ないという言葉は、エゴに取憑かれている、今のヒロミに入り込み安かったのだろう。身体に感じる不快感に彼女は首を傾げた。
ヒロミは今、自分の身体を拘束しているビルシャナという異物に、ようやく気がついたのだ。
●自分を愛するということ
「やめて……何? 何なの? 何で私、こんなに身体が動かないの……?」
動いている。バタバタと羽根を羽ばたかせ、もがくように足を掻いているというのに、ヒロミには拘束されているように感じているのだろう。
当たり前だ、それは本来の彼女の姿ではないのだから。徐々に意識が戻ってくれば、違和感が生ずるのは当然の話。
内に秘めすぎて破裂しそうな感情に、もっと溶け出してしまえと訴えかけるようにウィゼが聞いてやる。
「どうして、その演劇のヒロイン役をやりたいと思ったのかのう? ヒロインの生き方に思い入れがあったのなら、架空とはいえそのヒロインという人間がおったからこそ頑張ってきたのではないのかのう?」
それとも……と続け。
「誰かに負けたくないという思いからならば、そのライバルという人間がおったからこそ頑張ってきたのではないのかのう?」
自分以外が溢れるように思い出される。キラキラ輝くカリスマ、どんどん上へ行く同期たち、興味なさそうに一蹴りする審査員達……。
「やめて!!」
思考を拒否しようとしたヒロミに対し、静かに耳を傾けていた鞠緒が口を開いた。
「その役でなければ一生お芝居をしたくないのなら、このまま潰えれば良い。でも諦めなければいつか貴女にしか出来ない役に巡り合えます。夢を与えるのだから夢を信じなくちゃ」
ね! と励まされるように促され、ヒロミは首を横に振っている。
その通りなのだ、その通りなのだが、ボロボロの心には、がんばれという言葉はただ辛い重荷なのかもしれない。
共感。
今、ヒロミはビルシャナの教義に共感してしまっている状態だ。それを違う第三者に移し替えてやれば良い。
第三者の姿が見えてきたのだ、もう少しだ。
イッパイアッテナが拳を握った。
「その劇のヒロイン役になるのがヒロミさんの望みでしょう? 心折れたのは自分にとって大切だからでしょう? 本当の望みから目を逸らすのは辛い。あなたの望みは周りがいてこそ満たされるはずだ!」
「……私の傍には、誰もいない……ずっと一人で、誰も喜ばない演技を……がんばっ……て……もう、疲れた……」
沙門が首を横に振る。
「お前はこれまでたくさんの努力をしてきたのだろう? その努力は1回の失敗で全て無駄になるものではない! お前が今まで積み重ねて来たことは必ず後で生きてくるはずなのだ。もちろん、芝居の世界だけではない。コツコツ真面目にやっていく精神は人生そのものにも役に立つぞ」
軽くノイズが耳についた。
「……積み上げてきた時間と努力ハ……無にはならナイ」
エトヴァの金属音に似た無機質な声が、まるで時を刻むように『鳴り始める』。
「挫折するには早いのデス。あなたは今ここから輝くのだかラ。今のヒロミ殿なラ、思い通りにならず嘆く演技も真に迫るはず。努力や苦労はいつか、必ず……人生に実を結ぶ」
そして長い針が、ゴール地点に到達する。
「そしテ、舞台上で演じるのは誰かの人生……感動を与える女優サンに、ぜひなって下サイ」
思い出した。
自分はいつも、もう一人の誰かに共感して、そのキャラクターと共に歩んできた。
どうして今、演じてもいないビルシャナなんかになっているのだろう?
誰がこの姿を見て、共感してくれる?
ザーと音を立てて脳の中を様々な人間の顔がフラッシュバックしていき、それに翻弄されて気を失いそうになるヒロミに、イッパイアッテナが声を上げた。
「ビルシャナとの契約を破棄するんです!」
やゆよも、心の奥で悲鳴を上げているヒロミに訴えかけた。
「あなたの夢も応援したいだわさ! 輝く日を信じて!」
「努力は役を得るためじゃなくて、役を演り遂げる為にするもの……どうか無駄にしないで!」
鞠緒の声も聞こえる。
「うー……うー!!!」
眉間に深くシワを作り、歯を食いしばるヒロミの表情を見て、エゴと決別しようとしているのを察した余白が叫んだ。
「今じゃ!」
「……私は……負けないーーー!!」
ヒトミが声を張り上げたその瞬間、イッパイアッテナとエトヴァの頭上を飛び越え、ウィゼのブラックスライムがビルシャナボディを貫いた。
ケイオスランサーに引きつられ、抜け落ちるようにヒトミの身体からはがれ落ちたビルシャナの姿は、気味の悪い暖色の霧を撒き散らした後、跡形もなく消え去った。
アパートの屋根は戦闘によってボコボコになったが、元々貧乏くさいアパートだ、ヒールをかけた方がきれいになったくらいなので、逆によしとしよう。
ヒロミは気を失っていたが、その表情はスッキリとしている。
「良かった。心配なさそうデス」
エトヴァに支えられながら、やゆよのヒールを受けている様を見つめ、沙門がぽつりとこぼした。
「自分の弱さと戦い、そして勝利を掴み取る……か。いいヒロインだな」
それを聞いた梵兵衛がニッと笑う。
「今回は悪い『厄に憑かれ』ちまったが、今度は良い『役が付く』かもな」
寒いギャグを余白の色紙で扇がれ、二人が「それは?」と問う。
「いつか大スターになった時の初サインってことで、お宝になるかもしれんし。目が覚めたら書いてもらうのじゃ~」
まあ、まだまだ売れない役者なのだ、そんな珍妙なファンがいても励みとなってよいだろう。
それにしても『菩薩累乗会』……厄介な事になりそうである。
今日の戦いは終わったが、まだまだ嵐は続きそうだ。
次の戦いに向けてよく休もうと、一同は帰路についた。
作者:荒雲ニンザ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年3月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
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