●説かれた自愛
門倉麻里奈は自室のベッドの上で布団にくるまりながら泣いていた。涙は流れていない、とうに枯れ果てていた。心で泣いているのだ。
スマートフォンを覗き込む。そこに映るのは変わらず「お祈り」する文面の数々――面接結果のメールだ。
就職活動に励んでいた麻里奈は自信に満ちあふれていた。学業もプライベートも充実していた麻里奈は意気揚々と就活に挑み、そして敗北した。
甘く見ていたわけではない。真摯に真剣に挑んでいた。しかし、勝てなかった。
最初に受けた面接で、面接官が言った言葉が頭の中で反芻する。
――君みたいな女性には向いていない。
私が悪いのか――それとも女であることが悪いのか。麻里奈は頭を抱える。何が良くて、何が悪いのか、分からなくなった。
一度の躓きは、二度、三度と重なり、気づけば雪だるまのように膨れあがった。何十社も面接を受け、結果すべてダメだった。自分のすべてを否定されたように感じた。
そうして自信を粉々に打ち砕かれた麻里奈は自室に引きこもるようになった。もう一度立ち上がる力はなかった。
何日も、何日も、一人蹲る。そうして自分の殻に閉じこもっていた麻里奈の前に、突然鳥を思わせる影が現れる。
「悩める人よ、あなたの気持ちよく分かるわ。
でも、気づいて。自分が一番大事、大事なのは自分だけ!
会社があなたを否定したって関係ない。だって、会社は大事では無いのだから。
会社や面接官の評価の為に自分を偽るのは間違っているわ。
もっと、自分を好きになって。自信をもって。
ありのままのあなたが一番だから、会社や面接官の評価なんて関係ないよ。
一番大事な自分が、自分だけを最高に評価したのならば、それが、あなたの評価。
つまり、あなたは、最高なのよ」
鳥を思わせる影こそ『エゴシャナ』。自己愛の教義を麻里奈に説き始める。
突然現れ教義を説くエゴシャナに、しかし麻里奈はその教義をウットリと聞き入る。そして何度も頷くように激しく同意した。
「そうよ、私は私が大好き。あんな面接官や会社なんて関係ない。そうよ! 私は私だけが大好きなんですもの!」
ベッドの上に立ち上がりながら大きく叫んだ麻里奈の姿が変貌する。鳥のような羽毛、嘴が生える。その姿はビルシャナそのものだ。
変貌した麻里奈を見たエゴシャナは満足するように頷くと、麻里奈を祝福した。
「おめでとう、これから私と一緒に、自分を愛するエゴの気持ちを高めて、自愛菩薩さまに近づこう! いつか、自愛菩薩さまの一部となれるように自分を愛し続けるのよ!」
大きく羽ばたくエゴシャナと麻里奈。
麻里奈の自室で、二体のビルシャナが喜ぶように鳴き声を上げた。
●
集まった番犬達を前に、クーリャ・リリルノア(銀曜のヘリオライダー・en0262)が資料を手に説明を始めた。
「予知により、ビルシャナの菩薩達が恐ろしい作戦を実行しようとしている事が判明したのです。
その恐ろしい作戦とは、『菩薩累乗会』。
強力な菩薩を次々に地上に出現させ、その力を利用して、更に強大な菩薩をを出現させ続け――最終的には地球全てを菩薩の力で制圧するというものなのです」
クーリャ続けて言う。この『菩薩累乗会』を阻止する方法は現時点では判明していない、と。
「私達が今できる事は、出現する菩薩が力を得るのを阻止して、菩薩累乗会の進行を食い止める事だけなのです」
現在、活動が確認されている菩薩は『自愛菩薩』。自分が一番大事で、自分以外は必要ないという『自愛』を教義としている菩薩だ。
「自愛菩薩は配下のビルシャナであるエゴシャナ達を、なんらかの理由で自己を否定してしまっている状態の一般人の元へ派遣し、甘い言葉を囁いてビルシャナ化させ、最終的にその力を奪って合一しようとしているようなのです」
ビルシャナ化させられた一般人は、自分を導いたエゴシャナと共に自宅に留まり続け、自分を愛する気持ちを高め続けている。
このままだと、十分に高まった力を自愛菩薩に奪われ、新たな菩薩を出現させる糧とされてしまうだろうと、クーリャは言った。
「そうさせない為にも出来るだけ早く事件を解決する必要があるのです」
続けて、クーリャは敵と周辺状況の説明を行う。
「敵はビルシャナ二体。エゴシャナとビルシャナ化した一般人の方なのです」
エゴシャナは歌い上げるように教義を説くようだ。その教義は怒りを与えたり、武器を封じる力、回復と共に破邪の力を持ったりするようだ。
ビルシャナ化した一般人もエゴシャナと共に戦いに参加してくるだろう。書きためた履歴書を燃やすと同時に相手を炎に包み込む攻撃や、面接の受け答えを繰り返し催眠状態にする技、苦い面接の記憶を相手に植え付けトラウマとする技を行うようだ。
「戦闘場所はビルシャナ化した一般人、門倉麻里奈さんの自室になるのです。ビルシャナは『自分だけが大事』であり『自分の部屋も自分の一部』であると考え、部屋に侵入した皆さんを襲ってくるのです」
クーリャが言うにはエゴシャナはビルシャナを先に撃破すれば逃亡するらしい。
逆にエゴシャナを先に撃破すれば、ビルシャナ化した一般人を救出できる可能性が生まれるが、かなり難しい戦いになるということだ。
特に救出には『門倉麻里奈の事情を考えて、適切な励ましの言葉などをかけた後に撃破する』事が必要になる。門倉麻里奈の心に届く言葉が必要になるはずだと、クーリャは番犬達に伝えた。
最後になりますが、とクーリャは資料を置き番犬達に向き直る。
「菩薩累乗会……恐ろしい計画なのです。
自愛菩薩の教義は耳障りは良いのですが、自分だけが大事なんて事は社会では許されないのですよね。そのことを理解してもらえれば救出も可能かもしれないのです。
エゴシャナが戦場にいる限り、自愛菩薩の影響力が強くビルシャナ化した人の説得は不可能となるのです。救出を目指すのでしたら、エゴシャナを撃破するか撤退させる必要があるのですよ。大変かもしれませんが、どうか、皆さんのお力を貸してくださいっ!」
ぺこりと頭を下げたクーリャはそうして番犬達を送り出すのだった。
参加者 | |
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森光・緋織(薄明の星・e05336) |
大成・朝希(朝露の一滴・e06698) |
リカルド・アーヴェント(彷徨いの絶風機人・e22893) |
神楽火・國鷹(鬼愴のカルマ・e37351) |
園城寺・藍励(深淵の闇と約束の光の猫・e39538) |
彩葉・戀(蒼き彗星・e41638) |
ルーナ・エフェメリス(月の星読み・e43420) |
萌葱・菖蒲(月光症候群・e44656) |
●自愛の殻
現場――門倉麻里奈の自室前に集まった番犬達。
部屋のドアを開けると同時エゴシャナが声を上げる。
「むっ! ケルベロス!」
「そこまでだ、エゴシャナ」
リカルド・アーヴェント(彷徨いの絶風機人・e22893)がエゴシャナ達を制止する。
「貴方達も私を評価しようというのね! 私はもうダマされないわよ!」
ビルシャナが声を荒げ叫ぶ。大きく羽根を広げ、羽ばたくように番犬達を指さした。
「麻里奈さん、眼を覚まして下さい」
「イヤ! 私は私を愛すると決めたの! 私は私が大事! 私の中に入ってこようとしないで!」
大成・朝希(朝露の一滴・e06698)の言葉を耳を塞ぎ聞こうとしないビルシャナ。
番犬達はわかっていた。彼女を救うには心に響く言葉が必要なのだと。
「あなた達も戦いなどやめて自分を大事にしなさいな。一緒に自愛菩薩様へ近づきましょう!」
耳障りな言葉を投げかけるエゴシャナ。番犬達は意を決する。まずはこのうるさい鳥をだまらせる、そして麻里奈を救出するのだ。
「貴様達が光と呼ぶものは、人にとっての暗黒だ。デウスエクス・ガンダーラ。貴様の言葉を、俺は否定する」
神楽火・國鷹(鬼愴のカルマ・e37351)が指を突きつけエゴシャナを否定し戦意を高める。
自愛の殻に閉じこもった麻里奈を救うため、番犬達の戦いが始まる――。
●折れた心は変容し
番犬達は作戦通り、エゴシャナに狙いを定め攻撃を積み重ねていく。
エゴシャナは防御を固めるポジションを取り、持久戦を狙う構えだ。ビルシャナの我武者羅な攻撃が番犬達に襲いかかる。
この戦い、時間が経てば経つほど番犬達が不利になるのは自明だ。エゴシャナの素早い撃破が求められる。
ビルシャナの吐き出す炎が萌葱・菖蒲(月光症候群・e44656)に向け放たれる。すかさず、森光・緋織(薄明の星・e05336)が身体を割り込ませ、その身を盾に炎を受け止める。
耐える緋織は引く事無く、身体を前へと進ませエゴシャナへと駆け出すと、将来性を感じる一撃を繰り出した。
「……動かないで」
前述の一撃により体勢の崩れたエゴシャナに、緋色は視線を睨めつける。魔力の籠もった赤く光る左眼で見つめれば、魅入られたエゴシャナの行動が阻害されていく。
「お主らのような訳の分からぬ連中に、真の人の気持ちなどわかるはずもなかろうな」
彩葉・戀(蒼き彗星・e41638)は思う。エゴシャナ達の考えはいくら考えても理解が及ばない。だが、やることは変わらない。救いの望みがあるのであれば、救わなくてはならない。
戀が仲間を支援するグラビティを放ちながら、自らもまたエゴシャナへと向け技を放つ。
「お主ら、出番じゃぞ? 往くが良い、妾の忠実なる下僕共よ……狂詩曲『殺戮の紅月光』(アバタッジ・クリムゾン・クレール・ド・リュンヌ)」
奏でられる叙事的な音楽は、喚び出した機械構成のエネルギー体を狂化させる。エゴシャナへと襲いかかるエネルギー体が、その傷口を押し広げていった。
「期待を背負うことなどしなくてよいのです。他人など無視して自分を愛しつづけなさい。それでいいのです!」
「そうじゃ……ない」
エゴシャナの自愛教義に、ルーナ・エフェメリス(月の星読み・e43420)が、星の光で仲間達を守護しながらたどたどしくも、しかし意志のある言葉を挟む。
「わたし……は、期待されてなかった……けど、がんばって……も、うまく行か……なくて。思い悩むの……はわかる」
――だけど。
「わたしは……みんなを助けたい……そう思うから……頑張れる」
エゴシャナの攻撃を一身に受けながら癒やしのグラビティを放ち耐えるルーナ。拙い言葉でありながらその想いはビルシャナ――麻里奈の心に寄り添うものだ。
「耳を貸してはなりませんよ。結局大事なのは自分なのですから。自分を愛し続ける事が大事なのです!」
「そ、そうよ。私は一人でなんでもできる! 私は一人で生きていけるのよ!」
「そうして人を騙すエゴシャナ……許さない」
尋常ならざる美貌を持って『呪い』とする。菖蒲の放つ呪いがエゴシャナを捕縛し、動きを止めた所に竜砲弾の雨を降らせる。
菖蒲は静かに怒りを燃やしていた。土蔵篭りの大家族の一員である彼女は、家族の絆というものをよく知っていた。
人を拐かし、その絆を破壊せんとするエゴシャナを許すわけにはいかなかった。
「...Collateral Shot...!」
両手で構えた魔銃に、己の呪われた血≪ダーティ・ブラッド≫の力を装填≪ロード≫し発射する一撃。連撃の中に組み込まれた、その一撃は回避を許さぬ魔弾となってエゴシャナへと襲いかかる。
「フォローはお任せを。奴らの野望、必ず阻止しましょう」
ウイルスカプセルを投射しながら、國鷹が仲間へ声をかける。
星の光を瞬かせて状態異常の対策とし、相剋の炎より光の盾を生み出しては仲間を守護する。傷つき倒れるものがいれば、即座に魔術的緊急手術を持って傷を癒やした。
心を侵略するエゴシャナの策謀に、國鷹は舌を巻く。だが、傷ついた心につけいる唾棄すべきやり方は、嫌悪すべき策謀だ。許すわけにはいかない。
黒い施術黒衣をはためかせ、國鷹はグラビティを迸らせた。
「そらいくぞ……!」
軍人的な体捌きでポジショニングを取るリカルドが、掌から『ドラゴンの幻影』を放つ。生み出された幻影が炎となってエゴシャナを襲う。
さらに加速したハンマーがエゴシャナへ放たれる。背筋の凍るその一撃を紙一重で躱し冷や汗を拭うエゴシャナ。しかし、まだ終わりではない。
「渦巻け叡智、示し導き、風よ絶て。吼えよ、絶風の『咎凪』よ」
リカルドの魔術で風が集約する。風脈を絶たんとするその圧縮弾は豪快な唸りをあげながら正確無比の軌道をとってエゴシャナへと直撃した。
「まだ覚えてる筈です。誰かに認められる誇らしさ。誰かと認め合える充足感。――貴方自身の努力が築いた宝物の事」
『ヒュギエイアの杯』がビルシャナの頭上に現れ、薬液が一滴、溢れて落ちる。神経を冒すグラビティを与えながら、朝希はビルシャナへ語りかける。
「たった一度きりしか話していない面接官達より、ずっと長く貴方を見ていた人達が愛してくれたのもまた、『ありのままの麻里奈さん』じゃないですか」
「ち、違う! 他人なんてどうでもいい! 私は私を愛して生きていくの!」
声を荒げながら、自愛を叫ぶビルシャナ。自分が今までどれだけがんばってきたのか、自分を否定してきた者達への憎しみを叫ぶ。
一度折れた心は変容し、自愛と言う名の殻へと閉じこもる。
言葉はもう通じないのか――否、まだ言葉は通る。
「そう、それでいいのです。そうしてエゴを高めて自愛菩薩様と一緒になるのです!」
羽根を羽ばたかせるエゴシャナに朝希が迫る。
「エゴシャナ――そのような目的は果たさせません」
朝希の放つアームドフォートの主砲がエゴシャナの羽根を焦がしていく。
朝希は仲間と声を掛け合い、連携を徹底する動きで、エゴシャナを追い詰めていく。
「鳥さんは鳥らしく、ぴよぴよ鳴いてればいいのに。喚くピンク色の鳥なんて、可愛らしくもない……」
園城寺・藍励(深淵の闇と約束の光の猫・e39538)が疾駆し、呪詛を載せた美しい軌跡を描く斬撃を放つ。
続けざまに稲妻を帯びた超高速の突きを放ち神経回路を麻痺させると、合わせて放たれた構造的弱点を見抜いた痛烈な一撃がエゴシャナに突き刺さる。
「な、なにこいつら! このままじゃまずいわ、撤退、撤退よ!」
追い詰められたエゴシャナが声を荒げ逃走を試みる。番犬達は度重なる攻撃によって出来た傷を耐えながら、エゴシャナの逃走を阻止する。
「さあ、重力の底で地獄が待っているぞ」
「時解、弐之型『三攻』――――トライアングル・ストライク」
國鷹の右手に宿る地獄の炎が鎖となってエゴシャナを捕縛する。そこを、藍励が黒い光の尾を引きながら駆け抜ける。一筆書きで描かれる三角錐がエゴシャナを封じ込め、頂点から発せられる黒い光がエゴシャナに収束していく。直後爆発的なエネルギーを持って三角錐が破砕し、エゴシャナへと強烈なダメージを与えた。
「煩い鳥さんは、おやすみしよ……? 永遠に、土の中で、ね」
「くっ……まだ、まだよ――」
「――いや、これで終わり」
菖蒲はそう告げると、卓越した銃捌きで、エゴシャナの頭部を素早く正確に打ち抜いた。
短い断末魔をあげエゴシャナが消滅する。
残すはエゴシャナを倒され恐怖に打ち震えるビルシャナ――門倉麻里奈だけだ。
●されど言の葉は心に届く
残るビルシャナを前に番犬達が攻撃の手を緩め、狂乱のまま攻撃を繰り返し続けるビルシャナに言葉を投げかける。
「大事なのは自分だけ、他はどうでもいいって言うけどその考えも、元は他人の言った事だよね? 他人に心動かされたよね? そこから既に矛盾してるよ」
少しばかり問い詰めるように、でも心へ届くように緋織が言う。
「僕は自分に自信なんてない。でも、大事な人達が居るから、今日も生きてる」
自分だって本当は偉そうな事は言えない。でも門倉麻里奈にはきっと自分とは違う、沢山の積み重ねてきたものがあるから――こんな形じゃなく、ちゃんとした自信を取り戻して欲しいと、緋織は思い口を走らせる。
「あなたに大事な人はいないの? 家族や友達は?
会社に否定されて、自分は必要とされてないと思ったのかもだけど、それで今まで一緒に居た人達も捨てて、本当にいいの?
その人達は、きっと今もあなたが好きだよ」
「貴女が就職という通過点の先に見ていた未来はどんなものだ?
家族も友人も恋人もなく、自分で自分を肯定することだけに不死の命を浪費していくのが望みだったのか?」
自分しか愛せない者は排斥されるしかない。國鷹はそう考えている。社会というものは、他人に配慮して自らを律することを前提に成立しているからだ。
「自分の居場所は孤独な神の座ではなく、人と人との間にしかないと貴女は知っているはずだ」
ビルシャナは攻撃の手を緩めない。受け止める番犬達の言葉は続く。
「お主にとって、大事なものとは何じゃ? 過去にお主は、全て一人で熟して生きてきたのかのぅ……?」
戀の問いかけに、ビルシャナは思考する。大切なものがなにかあったはず、と。
「自分が大事だと言うが、親がいなければ、子であるお主はそもそもこの世に在ることすらできぬじゃろう?
友はどうじゃ。一人でもいたはずじゃ、信頼できる友がの。お主が大切に思う者らを蔑ろにする気かのぅ?
自分という存在は確かに大事じゃ。じゃが、自分だけが大事というのは、違うじゃろう?」
戀の問いかけにビルシャナは答えない。答えられない。忘れていた何かに手を伸ばし――もがきながら攻撃を続ける。
「他人によって傷つき、否定され、自分の存在が必要とされていないと思ったなら、そんなことはない。
あなたには大事に育ててきてくれた家族、大切にしてくれた友人たちがいる。
今まで自分一人だけで生きてきたわけじゃないし、これからも一人きりで生きていけるわけじゃない」
隣人力を活かしながら懸命に言葉を伝える菖蒲。
「いつだって誰かが傍にいてくれたはず。だから辛いときは誰かに頼ったっていい。あなたは一人じゃない――自分だけが大事なんて思わないでほしい」
言葉は止まらない。想いが番犬達の口を突く。
「否定されたこと……も、良いこと、悪いこと……もわからなくていい……と思うの。大切なの……は、あなたの想い……だと思う……から」
仲間を鼓舞するように星の輝きと盾で護りながらルーナが言葉を紡ぐ。
「あなたがしたかったこと……あなたの夢……忘れてること思い出してほしい……の。それは……就職すること? 自分が大事なこと……なの?」
「私の……私の……夢は……!」
癇癪を起こしたように激しさを増す攻撃の中、緋織とルーナが膝を付く。戦闘続行が不可能なダメージが蓄積されている。それでも――。
「わたしが傷ついても……倒れても。みんなが……きっと助けてくれる……信じてる…から。独りじゃないと……わかってる……から。
――決して諦めない……の」
床を這いながらも言葉を続けるルーナ。そのルーナを守るように前に出たリカルドが口を開く。
「本当に、自分の為だけに頑張っていたのか?
落とした面接官というのは所詮「数回突き合わせた」程度の人間だ。
言ってしまえば紙とその場の印象だけでしか判断していない。
お前の全てを見て評価を出来ている訳ではない」
リカルドの言葉に、ビルシャナの手が止まる。心を変容させた、その源泉に行き着く。
「数回突き合わせた程度の人間に否定されたからといって、今まで自分が頑張ってきたことを、『人の為に』『学校の為に』頑張ってきた今までの自分までも否定するつもりか?」
「そう、私はがんばってきた! 頑張ってきたのに――!」
ビルシャナの悲痛な叫びが響く。
「大変だったね……辛かったんだよね。今までが良すぎたから、ここに来て、上手く行かない方向に、運が働いちゃったのかもしれないね……」
藍励が優しく言葉を繋ぐ。
「でも、大丈夫。キミは一人じゃない……キミのことを大切に思ってくれる人がいるのは、キミが一番よく知ってるはず。
だから、自分だけに、溺れちゃダメ。皆、支え合って生きてるから……。
自分だけが大事だなんて、思わないで、ね?」
寡黙な藍励が、そして番犬達が懸命に投げかけた言葉が、ビルシャナ――門倉麻里奈の心の殻を穿つ槍となる。
「自分だけと向き合うのは終わりにして、もう一度外に出てみましょう?
貴方の努力を知る人達がきっと貴方の言葉を待ってます」
「嗚呼……そうだ、私の周りには、あんなにも沢山の人が――」
最後に投げかけられた朝希の言葉を受け、麻里奈が何かを悟ると同時。ビルシャナ化した麻里奈の身体が光りに包まれる。
「私は……私は――!」
光とともに、ビルシャナの身体が人間の身体へと戻り――門倉麻里奈は帰ってきた。
エゴシャナを倒し、門倉麻里奈を救う。この難題を番犬達は見事やり遂げたのであった。
●もう一度ここから
「ありがとうございました」
麻里奈が番犬達にお礼を言う。番犬達は笑顔で答えた。
「みなさんに言葉を投げかけられた時、家族や友達、先輩や後輩、先生達。いっぱいの人の顔が浮かんだんです」
少し照れくさそうに話す麻里奈は、しかし伏せた瞳をしっかりと上げて前を見据える。
「就活は難しいのがわかりました。……でも、もう一度ここから、諦めずに頑張ってみようと思います。自分のやりたい事、自分の夢を叶える為に……」
その瞳に、もう悲しみも迷いもなかった。
確かな答えをその瞳に見た番犬達は、もう心配はいらないなと、一つ頷きその場を後にするのだった――。
作者:澤見夜行 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年3月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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