湯気蒸して肌も色づく桃源郷

作者:質種剰


「山梨県は笛吹市に、満開の桃の花の展望を楽しめる温泉街があったのでありますが……」
 小檻・かけら(油揚ヘリオライダー・en0031)が言い差して溜め息をつく。
「そこの温泉宿がデウスエクスの被害に遭いまして……宿泊客全員が無事に避難できたのは不幸中の幸いでしたが、温泉宿が全壊した為に営業再開の目処が立たないのでありますよ」
 それ故、今回もケルベロス達へ温泉街にお出まし頂いて、是非とも温泉宿をヒールして欲しい——とかけらは懇願した。
「もしも皆さんのヒールで旅館を修復して頂けたら、せめてものお礼に露天風呂を開放致しますので、温泉へ浸かって暖まりながら今だけの絶景を楽しんでらしてください……と旅館の方も仰せであります」
 温泉から望める満開の桃の花を、友人や恋人と眺めるのも楽しかろう。
「ヒールを終えられた後は、男湯と女湯の分かれた旅館か、もしくは男女混浴や家族風呂の温泉がある旅館か、お好きな方をご堪能くださいませね」
 そう言うと、かけらは満面の笑みを浮かべて、やたら気合充分にほざいた。
「ではでは、わたくしは混浴にて、皆さんのご参加を楽しみにお待ちしてるでありますよ〜!」
 注意事項は、未成年者及びドワーフによる飲酒喫煙の禁止、それだけである。


■リプレイ

●女湯
「絶景と風に舞う花の香で、心身共に本当に癒やされますね……♪」
 微風が運ぶ香を楽しむのはメイカ。
 和風紙細工を沢山作って酷使した視神経が、湯気向こうに花開いた桃を眺めれば休まる気がする。
 暁も真に自由なる者のオーラで修復活動に勤しんだ後、今は浴衣を着てコーヒー牛乳をゴクゴク飲んでいた。
「……っあーたまんないね!! このために生きてるわあたし!!」
 隣ではルリディアがスク水の腰に手を当てつつ、やはりコーヒー牛乳を一気飲みしている。
「ひゃっはー!」
 ごちん!
 勢いよく温泉に飛び込むや、湯槽の底で頭をぶつけたのはキンバリー。
 実際にダメージは無いものの、気分的にくらくらしたので湯桁で休んでいると、
「あなたはもう精一杯働きました。今はゆっくり休んで、疲れをとって下さい。それもケルベロスとしてのお仕事の一つです」
 仕事疲れと勘違いした暁が、甲斐甲斐しくヒールしてくれた。

「肌、すべすべだよねー」
 連は湯船に浸かったまま、レベッカの肌を掌で愛でていた。
「ベッカの肌撫でてたら、気分が出てきちゃった」
 ——ね? あっちの物陰でさ?
「はいはい、なんか温泉っていうとお決まりになってる気が」
 レベッカは苦笑するも、恋人からの誘いを拒む筈もなく、
「裸で開放的になってるから?」
 と、人目のない所を探して連を導いた。
「ぷは、ベッカもあたしを愛して。ベッカにだったら、何をされてもいいよ」
 濃厚なキスの合間も、連の指は褐色の双丘や谷底から離れない。
「あたしも一杯濡れちゃったみたい。責任取ってね」
「それじゃ温泉旅館に泊まっていきましょうか」
「うん。部屋に戻ったら、一晩中楽しもう? 朝まで寝かさないからね」

 大切な恋人のマルレーネに背中を流して貰えて、気持ち良さそうなのは真理。
 自分の番になれば、お返しとばかりに泡をたっぷりつけた手でマルレーネの背中を洗う。
 ぎゅっ。
「きゃ……!?」
「やっぱりマリーの肌って綺麗なのですね。お手入れとか大変そうなのです」
 突然背中から抱きつくイタズラを仕掛けて、普段の無表情を突き崩すのも楽しい。
 温泉に入ってからは仲良く肩を並べ、桶に乗せたノンアルコールの甘酒を味わう。
「新しい春と真理との出合いに感謝して、乾杯。……なんてね」
 自ら音頭を取るマルレーネに、真理の顔も綻ぶ。
「乾杯……誘ってくれて、ありがとですよ」
 お湯の中でそっと触れ合った手と手は、自然と恋人握りになっていた。
「……温かくて、気持ちいいですね」

●男湯
「いやぁ、雄一から温泉に誘われるとは思ってなかったなぁ」
「だって家だとホームの人たちとか母さんと一緒にいること多いでしょ?」
 2人肩を並べて父子水入らずの時を過ごしているのは、雄星と雄一。
「こうやって二人っきりってあんまりないなーって」
「ひょっとして夜のお誘いもあったりするのかな?」
「んー、まぁ半分は夜のお誘いかもよ?」
 俺だってもう子どもじゃないんだし? と口を尖らせるファザコンに、雄星は口角を上げて、
「僕から見たら雄一はまだまだ可愛い息子だよ」
 実に素直な感想を洩らした。
「かわいいはなんかなー、かっこいいとかがいいし」
 ますますムキになる雄一。余程父と対等になりたいらしい。
「それに俺と父さんだったらちょっと年の離れた兄弟に見えるよ?」
「兄弟ねぇ。まぁ、親子に見えないよりはいいか」

●家族風呂
「なんだか贅沢じゃない?」
 クーガーに案内された家族風呂の広さに、驚くのはイヴリン。
 喜んで温泉に浸かれば、気持ちいい、と溜め息が零れた。
「クーガーも早くおいで」
「おう。花は綺麗に見えるかね……?」
 隣に腰掛けるや、クーガーはそっと恋人の肩を抱き寄せる。
「うん、とても綺麗だ……私に桃の花を見せたかったの?」
「そりゃ俺の恋人さん、花が好きですから。綺麗な桃の花見てえだろ?」
 思わず湧き上がった愛しさが少しでも伝わればと、イヴリンは自分からも身を寄せて、
「暖かい、ね」
 来て良かったと微笑んだ。

「かけらさん……」
 珍しく緊張した声になるのは奏星。
「私はかけらさんが好きです」
 背後から抱き締められ、驚いた小檻が振り向けば、真っ赤になった面が。
 裸の胸へ顔を埋め、言葉を探す小檻。
「ごめん、好きな人がいます。でも、恥も外聞も捨てて嫌らしい欲望でもぶつけてくれたら、あっ凄い本気だって感激してコロッと落ちたかも——ってのが正直な気持ちです」

●混
「ふう、温泉って凄く気持ちよくて、日ごろの疲れを忘れる事が出来ますわね」
 薔薇の柄が入った赤いビキニを身につけ、温泉でリラックスするのはカトレア。
「ここから見える桃は、すごく綺麗ですわ。風情があって素敵ですわね」
「ああ。温泉に浸かりながら花見が出来るとは、正に、日本ならではの贅沢だよなぁ」
 克己も頷いて、湯気に蒸された桃の花からすぐ側にいる恋人へ視線を移す。
(「隣に好きな女がいて、これ以上の幸せはないな」)
「温泉も熱すぎず、ぬるすぎず丁度良いし、逆上せることはなさそうだな」
「ええ。いつもお誘い下さって有難うございますわね。今日の温泉も最高ですわ」
 仲睦まじい恋人達の会話は尽きない。
(「来年もこうしてまた隣で見れたらいいな」)

「満開の花を眺めての露天風呂とは格別だな……」
 セイヤはお盆を浮かべて【星ノ空】を飲み飲み寛ぐ。
「先月はプラブータでサバイバルしたから、余計に極楽に感じる、ね……」
 リーナも、珍しく表情がふにゃっと弛んでまったりしていたが。
「んん……あれ……にいさんやかけらが二人……?」
「ん……?」
 これには、女性陣をなるべく見なかったセイヤも振り返り、
「かけら、ちょっとリーナを見て貰えるか……?」
 流石に妹の不調を見過ごせず、顔を赤らめつつも近づいた。
「御意……あらあら」
「あれ……? 身体がすぅすぅ……?」
 すっかり湯中りしたリーナはフラッと立ち上がった瞬間、折角巻いたタオルがハラリと落ちて、
「!!」
 兄の眼前で全裸を晒してしまった。

 いちごは『「苺の守り人に捧げる、呪いを打ち破る力の唄」』を熱唱した疲労を、のんびりと温泉で癒すつもりだったが。
「お疲れ様でした、ご主人様。お背中流して差し上げますね……皆さんで♪」
 突然、後ろから伸びてきたクノーヴレットの両手に細い身体を撫で回され、驚いてしまう。
「ひゃんっ!?」
 背中を洗われるのは良いものの、素手で擦られるのも手以外の部分を押しつけられるのもいちごには落ち着かない。
「メイドの初仕事がいちごお嬢様のおふろ……恥ずかしい」
 クノーヴレットに促されて、新入りメイドの雫も、一所懸命にいちごの背中を洗っている。
「痛くないですか? 弱くてもオウガですし……」
「平気ですよ、雫さん。ありがとうございます」
「護衛ですからマスター。あまり遠くまで離れたら万一の時、フォローが出来ませんので」
 次はピアディーナが、軽々抱き上げられるほど小さなお嬢様を自分の膝に乗せて、もふもふっと髪を泡立てて洗い始めた。
「あ、ありがとうござ……きゃっ!?」
 頭を洗われる心地好さにようやく気が弛んだのか、ピアディーナの太ももで臀部を滑らせ、手前にずり落ちかけたいちご。
 ぼよんっ……♪
「大丈夫ですか、マスター?」
 咄嗟にピアディーナがぎゅむりと抱き寄せてくれたものの、あろう事か張りのあるアメリカンサイズなGカップに、後頭部を受け止められてしまった。
「御嬢様の腕はほっそりと可愛いですわ」
 その間にも、マイペースにいちごの手足を洗っていたのは蘭華。
「御嬢様、恐れ入りますが立って頂けます?」
 膝の裏を洗いやすい体勢にさせるのは建前で、素直に立ち上がったいちごの腕をIカップの胸へ抱き寄せ、そのまま谷間へ埋めたりと楽しそうである。
「あ、あのっ、一度に来られてもっ?!」
 あわあわしつつも、メイド達のなすがままに遊ばれているいちご。
「はわわ、みなさんおきれいですよねー。お嬢様もかわいらしいです―抱きしめたくなっちゃいますねー♪」
 皆と一緒にいちごの身体を洗うお手伝いをしていたルミナにまで、正面からむぎゅーと抱き締められてしまった。
 更には、
「あ、ま……前も洗いますね……ひゃっ!?」
 足を滑らせた雫の頭が正面に迫ってきて、わざとではないものの、血の滴るような小さなツノを口に含んでしまう。
「んぁ、やぁっ……!」
 雫の甘い悲鳴が艶めかしい。
「温泉を楽しむ事はさておき、小檻様からのお誘いとはいえ公の場。あまり羽目を外しすぎない様に」
 タオルで胸元を隠してお湯に浸かっているエンジュが、控えめな調子で皆へ声をかける。
「お嬢様も皆様も、はしゃぎすぎておみ足を滑らせませんようお気を付け遊ばせ」
 キーラは抜群のスタイルを誇る肢体を無自覚故に惜しげもなく晒して、皆を見守っている。
「キーラさんも、エンジェさんも、見てないで助けてください~?!」
「屋敷のお風呂以外で『裸の交流』は稀ですもの。ちょっとはしゃぎ気味かもしれませんわね……ふふっ♪」
 いちごの悲鳴を余所に、深く頷くのは蘭華。
「私はお嬢様の嬉しそうな顔を見られればそれで良いですから」
 キーラも、すぐには助けそうにない様子である。

「わぁ温泉広いね」
 重ねたフリルやレースが可愛いビキニを着て、イズナは初の温泉に大興奮。
「こんなにひろいお風呂があったら、どっぱーんって熱ーいお湯に飛び込みたくなるけど」
 うずうずして言うものの、いざ愛奈へ本気で頷かれると、年長者として冷静になったのか、
「うん、泳ぎたくなっちゃうね。水着着てると、なんか温水プールみたいだし」
「——し、しないよ。みんなの迷惑になるし……ちゃんと大人しく入るよ?」
 そうきちっと教え諭して、彼女から尊敬された。
「桃のお花も綺麗だし、ゆっくり大きな湯舟はいいよねぇ~」
 と、青いギンガムチェックが可愛い水着を着て、お湯の中で寛ぐのはシル。
「花見って言うと、桜か梅だと思ってたけど……こうしてると、桃もいいものだね」
 桃へ見惚れる陽葉は白いフリルが清楚なツーピース水着。偶然2人ともオフショルダーである。
「うにゃ? 胸がキツい……」
 お湯に浮きそうなほど胸が成長したらしいキアリは、フリルとレースたっぷりの黒ビキニを着ている。
「この桃の花が桜に変わったら、もう高校生じゃなくなりますし、ね……そう思うと、このまま桃の花であって欲しいなって、思わなくもなかったり」
 そんな高校時代への名残惜しさからか、ミライは全然使ってないらしいスク水を着用中。
「本当にずっと見てても飽きない綺麗さですね〜」
 スク水と言えば、リューインもあるまとらと書かれたゼッケンつきのスク水を着て、全身の力を抜くとお湯にぷかぷか浮かんでいる。
「温泉か……元々湯につかるのは体の血行を良くして体調を整える物だ。そうした習慣がこうした形に発展したのだろうな」
 シルの用意したお盆のお茶を飲み飲み、絶華は洩らす。
「乾杯」
「乾杯じゃ」
 コクマはノンアルコールの甘酒でガイバーンと乾杯していた。
「桃源郷という言葉があるが……確か東洋の天国とやらだったか」
「ふむ、桃は仙果と言って神仙の食べ物らしいからのう」
「ふと気になったのだが……ガイバーンの思うダンディとはどういうものだろうか?」
「そうじゃな。年経る程に得られる清濁併せ呑む度量の深さ、かのう」
 他方。
「温泉らしくなくて、気が早いけど、今年の水着、みんなどんな感じにするのかなぁ」
「うぅん、そういえば、まだ考えてなかったなぁ……どんなのにしよう……」
 ふと、シルが他愛ない話を振れば、陽葉も思案を巡らせる。
「わたしは、まだ考え中だけど……ちょこっと、大人っぽい感じになるように頑張ってみようかなーって思ってるよ」
「へぇ、シルは大人っぽい水着に挑戦とな? それは楽しみだね」
 単純に大人っぽいデザインの水着にするのか、デザインはともかく雰囲気のみでも大人っぽさを出すのか……あれこれ想像する陽葉だ。
「あたしも大人っぽいの着てみたいなあ。大人っぽい水着って言うと、ビキニ?」
 と、楽しそうに同調するのは愛奈。
「パレオとかついてるやつも、なんか強そう!」
「え、もう次の水着のことですか……!?」
 こちらは、まだ何も考えてなかったらしいミライ。
「私ももっと大人っぽいのを着てみたいような、今しか着られないのにすべきか」
 考え始めたら始めたで、そこは女性、到底簡単には決められず真剣に悩んだ。
「私は……また新しい物を見繕えればいいな。基本的に前回と方向性は変わらないだろうな」
 その点、男の絶華はさっぱりしたものだが、去年着たのが青いサマードレス。即ち今年も女装のようだ。
「去年も一昨年も黒だったし、今年は別の色にするのも良いかもね」
 キアラは頭上の桃の花を眺めて熟考。
「……ピンク系で花柄……?」
 ふっと女らしいセンスのデザインが思い浮かぶも、
(「……いや、無いわ。わたしには絶対に似合わないもの」)
 と、ぶんぶん頭を振って考えを打ち消した。

●浴
「ねえねえ、僕たちが出逢った運命の日……もうすぐなんだね」
 麻実子は双牙の膝にちょこんと収まって、甘く柔らかな桃色を眺めた。
 背後から優しく抱き締める双牙もまた、膝に掛かる心地好い重みや、共に楽しむ景色に表情が緩む。
「ああ……せつと巡り合い、もうすぐ一年。もう一年……まだ一年、なのか」
「それからもう一つ。とってもとっても大切な双牙のお誕生日も」
 ああ、春ってこんなにも待ち遠しいものだっけ。
 花の息吹に目を凝らす麻実子も、大切で小さな温もりを腕の中に納めた双牙も、
(「冷たく悴んだ僕の心をとかしてくれたあの春の日が、もう、すぐそこまで」)
(「この先ずっと、せつと共に季節の巡りを眺めていたい」)
 同じ春の訪れを夢見ている。

 蒼眞は混浴へ向かう道すがら売店を覘いていた。
「……まあ、本当に全部が地元で作られたものか……あまり深く考えない方が良い事もあるからな……」
 とにかく、と桃酒の瓶を買い求め、混浴へ向かう蒼眞。
 露天風呂に浸かって桃の花を眺めつつ桃酒を愉しむ。
「こういうのは気分の問題だな、うん」
 蒼眞には桃の花のみならず、同じお湯へ浸かる桃を見るのも目的だ。
「かけらちゃん! 髪のお手入れどうしてる? 教えて!」
「高いシャンプー使えばリンスしなくても髪纏まりますよ」
「……」
 何ともズボラな桃である。

 卵を買った若葉は、偶々小檻を見つけて混浴へ。
「……大丈夫、こんな汚い物は誰にも見せないよ」
 フードを被った顔以外は特に体を隠さず、いそいそ卵を湯に沈める。
「ん?」
 顔を上げれば小檻が見てるのへ気づき、不思議そうに首を傾げてから、
「きゃー、エッチ」
 形だけ悲鳴を上げた。
「湯に浸かるのは久々だな……卵、食べたいなら勝手に食べて良いぞ?」
「毎日浸かりなさいよね、頂きます」

「桃の花というのも中々に美しき物だ」
 トートは眼前の桃を興味深く愛でてから、
「肌に色づく紅もまた美しかろう」
「やっ」
 抱き寄せた小檻の胸へ顔をぽふりと押しつけた。
「うむ、これは癒される……実に良い」
 ふかふかすりすりもふもふと感触を愉しんだ後、
「自然の美と人としての美を共に楽しむ事もまた、中々出来ぬ贅沢よ」
「あんっ」
 好色な自称王様は白い湯煙に紛れて、小檻の上に覆い被さった。

 胸元からタオルを巻いてやってきたのはルクシアス。
「……やっぱ恥ずかしいです……肌を見せるの」
 そんな態度やタオルで纏めた長髪も相俟って、遠目には女と見紛う風情だ。
「混浴目当てなんて、小檻さんらしいですね」
 にこにこ笑う小檻を撫でるのもそこそこに、全裸なのを心配してかタオルを巻いてあげる。
(「かけら君は小悪魔なんだから、もう」)
 彼の心労は尽きない。

「お、やっと来たな。一足お先に……」
 散華を待っていた梓は、見事な裸身へ我知らず言葉が詰まる。
「ごっつぁんです」
 とりあえず体ごと振り向くや、顔の前で手を合わせた。
「悪い気はしないが、私は食べ物じゃあないぞ」
「別に食べ物だとは思っちゃぁいねぇがなぁ。鮮やかな桃華と相俟って、正に眼福ってぇ奴だ」
 臆面なく言えるのが梓らしいと苦笑する散華だが、恥ずかしくなるのも事実。
 タオルで形だけでも胸を隠せば、梓の表情がますます弛んだ。
「随分暖かくなったとはいえ、んな恰好じゃ寒いだろ。浸かって一杯やろうじゃぁねぇか」
「そうだな」
(「お酒の酌をしてやっても良いか」)
 湯船に浸かった散華は、同じ岩を背にして梓と並び、空を見上げた。

「……こうして入ってると、戦いの痛みも、何もかも和らぐ」
 バスタオルを巻いた格好で2人寄り添って浸かるのは、フィストと御幸。
「信田はどうなのだ?」
 本当はまだ心細く思っているからこその問い。
「フィストが少しでも安らげるならそれに越したことはないよ」
 恋人と共に過ごす瞬間が幸せとはまだ感じられずに。
「……こういう時くらいは名前で呼んで欲しいな。家でしているみたいにね」
「……御幸。こうして私と一緒に浸かってるのも……幸せ?」
(「せめて誰かと時間を共有できるなら、私は嬉しい」)
「大丈夫。言ったろう。君の幸せが僕の幸せだ」
 湯船の底、御幸の手がフィストの手に触れる。
「……なんてちょっと重いかなあ、やっぱり」
 恋人繋ぎの手を、フィストも確かに握り返して。
「……少し、重いかな」

作者:質種剰 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月12日
難度:易しい
参加:45人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 12
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