菩薩累乗会~愛、ですよ!

作者:天枷由良

●自愛菩薩の教義
 その男は、真昼だというのに部屋のカーテンも開けず、毛布に包まっていた。
 年の頃は二十代後半くらい。比較的整った顔立ちだが無精髭が汚らしく、ここ暫くは外出もしていないであろうことが見て取れる。
 しかしあまり活動していないからか部屋は小綺麗だ。大衆文学の並ぶ書棚、予定を丁寧に書き込んだカレンダー、友人と写っている写真など、見る限りおかしなところはない。
 だが部屋の片隅にだけ、乱雑に脱ぎ捨てられたスーツと鞄があった。粗末に扱っては仕事に支障が出る――そんな心配は、もう男にとって無用のもの。
「……俺なんて必要ないんだよな……」
 だってクビになっちまったんだから。
 何度呟いたかも分からない台詞をこぼして、そこから男は、堰を切ったように自己否定を始める。やれ頭が悪い、顔が悪い、要領が悪い、姿勢が悪い、字が汚い、喋り下手……。
「……だから会社もクビになるんだよな……」
「そんなことはありませんよ!!」
 一人きりの部屋ではありえないものが聞こえて、さすがの男も毛布から飛び出した。
「おおお、お前、どこから!」
「そんなことはいいんですよ!!」
 それよりもあなた! と、侵入者もとい首からスタンプカードを下げたピンクの鳥人『エゴシャナ』は男に詰め寄り、キラキラとした目で捲し立てる。
「所詮他人は他人、他人があなたを否定したって何も気にすることはないのです! だって他人は大事ではないのだから! 一番大事なのは自分だけ! そう大事なのは自分を愛することなのです! 誰かからの評価なんて気にしないで、もっと自分を好きになりましょう! 自分最高! 自分素敵! 自分LOVE! ありのままの自分がいちばん!」
「自分が……一番……」
「そうです! それがあなたの評価、真価! つまりあなたは最高なのよ!」
 全くもって上辺ばかりの酷い論調だが……そこには不思議な力が含まれている。
 男はうっとりとした顔で聞き入った後、両腕を突き上げた。
「そうだ! 会社がなんだ、他人がなんだ! 俺は俺だ! 俺は最高なんだー!」
 そして叫びと共に――男は人からビルシャナへと姿を変える。
「おめでとう!」
 エゴシャナが軽く羽ばたきながら言った。
「それじゃあ私と一緒に、自分を愛するエゴの気持ちをもっと高めていきましょう! いつか自愛菩薩さまの一部となれるまで、自分を愛し続けるの! 必要なのは愛、ですよ!」

●ヘリポートにて
「ビルシャナの菩薩たちが恐ろしい作戦を実行しようとしているわ」
 その名も『菩薩累乗会』。強力な菩薩を次々に地上に出現させた後、その力を利用して更に強大な菩薩を喚び続け、やがては地球全てを菩薩の力で制圧するというものだ。
 そして現時点では、この菩薩累乗会を完全に阻止する方法は判っていない。
「今できるのは、出現する菩薩が力を増さないよう、作戦進行を食い止める事だけよ」
 ミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)はそう言ってから、既に『自愛菩薩』なるビルシャナの活動が確認されていると続けた。
 自愛菩薩の教義は名前の通り、自分最高、自分以外は必要ないという『自愛』だ。
「その教義を広めるため、自愛菩薩は何らかの理由で自己を否定している人のもとへ、配下の『エゴシャナ』を派遣するわ」
 エゴシャナは甘言を弄して人をビルシャナ化させ、最終的には力を奪って自愛菩薩と合一するつもりのようだ。
「よく予知されるビルシャナは信者を集めたりするけれど、今回のビルシャナは自分を導いたエゴシャナと一緒に自宅へ留まり、自分を愛する気持ちを高めて続けているわ」
 このままでは充分に力が高まったところで自愛菩薩に吸収され、新たな菩薩を出現させるきっかけになってしまうだろう。
 そうさせない為にも、この事件は速やかに解決しなければならない。

 戦場となるのは、ビルシャナ化してしまった男性の自宅。敵は先述の通り二体である。
「ビルシャナは『自分だけが大事』だと思い、自分の部屋も自分の一部であると考え、部屋に侵入してきたケルベロスを攻撃してくるわ。自愛を強烈な暴力性に転化してしまうだろうから、大ダメージを受け続けないように気をつけて」
 そしてエゴシャナは、ビルシャナと自身を励ますような、或いはより強い自愛を抱くような歌で支援しようとする。
「ビルシャナを倒してしまえば、一先ずの目的は果たせるわ。けれどその際、エゴシャナは留まる理由を失くすから逃げてしまうでしょう」
 また、撃破までに時間をかけすぎてもエゴシャナは逃走するだろう。
 エゴシャナから先に倒すのであれば、二体を相手取ってしっかりと戦えるように作戦を練らなければならない。
「だけど、エゴシャナを倒すことで、ビルシャナになってしまった男性を『救出』できる可能性も出てくるわ。もちろん、それをしようとすれば戦いはより難しくなるのだけれど」
 男性を救出するには、エゴシャナ撃破後に『男性の事情を考えた、適切な励まし』などを行い、ビルシャナ化から逃れようとする心持ちにさせた後、撃破する必要がある。
 どのような方針で望むかはケルベロス次第だ。
「ビルシャナ化してしまった男性は『会社をクビになったことで自分の存在価値を見失って』必要以上に己を卑下しているように思えるわ。そこをうまく諭して自信を取り戻させると共に、自愛ばかりではいけないとも理解させてあげられたらいいのだけれど……」
 どうしたものかしらね、とミィルも作戦説明を終えて考え込んだ。


参加者
ミライ・トリカラード(夜明けを告げる色・e00193)
レクシア・クーン(咲き誇る姫紫君子蘭・e00448)
八王子・東西南北(ヒキコモゴミニート・e00658)
アイリス・フィリス(音響兵器・e02148)
アイビー・サオトメ(アグリッピナ・e03636)
八崎・伶(放浪酒人・e06365)
イリス・ローゼンベルグ(白薔薇の黒い棘・e15555)
朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)

■リプレイ


 さして広くもない部屋に八人のケルベロスが雪崩込んだ瞬間、楠本・恵太であったはずのビルシャナは狂ったように喚き散らした。
 その隣では、やたらファンシーなカラーリングの鳥人・エゴシャナがほくそ笑んでいる。見た目こそマスコットキャラのようだが、所詮は自愛菩薩なる利己主義の塊に従っている身。それもまた名前の通りエゴイストで、ひとまず無事に布教を終えた自分を『最高』だとでも思っているのだろう。
「……許せません!」
 弱った心に付け込んで同化を唆すなど、なんと卑劣な種族であろうか。
 事件の原因たる自己否定というものに覚えがあるからこそ、八王子・東西南北(ヒキコモゴミニート・e00658)は強い憤りを露わに進み出た。
 思い通りになどさせない。エゴシャナを倒し、ビルシャナを元の人間に戻す。
 それは息巻く東西南北ばかりでなく、この戦場に立った八人の総意でもある。
「まず貴方には、早々にお引き取り願いましょう」
 きっぱりと断じるなり床を蹴り上げたレクシア・クーン(咲き誇る姫紫君子蘭・e00448)が、地獄で補った翼の蒼い燐光を後に残しつつ翻り、天井を蹴りつけて勢いよく降下。戦の幕開けを知らしめる一撃として、エゴシャナの脳天に重力たっぷり威力抜群の脚技を炸裂させる。
 続けざま、アイビー・サオトメ(アグリッピナ・e03636)もレクシアの軌跡をなぞるようにして、狙いすました蹴りを打つ。二人の強襲でエゴシャナは白目を剥きかけるが、息つく暇も与えずミライ・トリカラード(夜明けを告げる色・e00193)が詰め寄って回し蹴りを叩き入れ、東西南北も真正面から踏み込み、握りしめていた拳を今こそぶつける時だと突き出す。
 さらに矢継ぎ早、八崎・伶(放浪酒人・e06365)が砲撃形態のドラゴニックハンマーから竜砲弾を打ち放った。疾風怒濤のごとく押し寄せる攻撃に翻弄されるばかりの鳥人は、破壊という言葉を圧し固めた塊を避けられるはずもない。両の足を折らぬように踏みとどまるのがやっとのことで、イリス・ローゼンベルグ(白薔薇の黒い棘・e15555)が漂う蒼光の残滓に虹色を塗り重ねながら落ちて来てから、苦しみ悶えつつ、ようやく恨み言を吐いた。
「自愛菩薩さまの素晴らしい教義に歯向かうだなんて! ありのまま自分を愛して生きることの、いったい何がいけないというのよ!?」
「別に、自分を愛することそのものがいけないだなんて思ってはいないわ」
「っ、なら――!」
「でも……いいえ、だからこそ」
 エゴシャナを制して、イリスは不敵に笑う。
「自愛菩薩の一部になり下がるなんて死んでもごめんだわ。だって、私も自分が一番大事なのだから」
「自分が一番大事なら、なおさら菩薩さまと一つになればいいのに!」
 狂信とは何たるかを示す不毛なやり取りを打ち切って、エゴシャナは嘴を大きく開いた。
「下がってください、イリスさん!」
 歌声による攻撃かもしれない。アイリス・フィリス(音響兵器・e02148)はイリスに光の盾を纏わせつつ、自らの身体でも仲間を護ろうと最前に躍り出る。
 だが、響き始めたのはケルベロスたちを封じるためでなく、自らの省みない姿勢を正当化する歌。
「それなら、こちらも攻め続けるだけですよ!」
 そのための手段なら既に散りばめてある。朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)はエゴシャナの直上に姿を現した幾つかの小型無人機を操って高電圧の障壁を作り上げると、耳障りな鳴き声ごと敵を押し潰した。
「ただ闇雲に自分最高と推すばかりの主張なんて、受け入れるわけにはいかないんです!」
「ありのままって言葉は立ち止まるための言い訳じゃないんだよ!」
 気持ちの高ぶりを伺わせる環に続いて、ミライも声高に否定しながら拳を振り上げる。
 とかく狙うは、全力攻撃でのエゴシャナ速攻撃破だ。省みない歌で堅固になった防御を崩すべく、ミライは音速の拳撃を打ち込もうとし――。
「侵略者め! 出ていけぇ!!」
「っ!」
 蚊帳の外だったビルシャナが放つ凄まじい閃光に飲み込まれ、一気に部屋の隅へと追いやられた。
 なおも荒ぶるビルシャナは光を撃ち続け、前衛のケルベロスたちを薙ぎ払っていく。
「いいですよー! ああ、こんな素晴らしい力を貴方に与えられた私って、最高♪」
 あくまでも評価対象は自分に、即ち治癒効果も自身に向けた歌を歌いだすエゴシャナ。
 釣られて、ビルシャナまでもが「俺は最高、俺は最高!」と自己肯定を口ずさむ。
 その酔いしれ方は常軌を逸したもの。ビルシャナはともかく、数々の攻撃を受けたことなどすっかり忘れてしまったかのようなエゴシャナの振る舞いに、イリスは顔をしかめる。
 しかし状況は、まだ予想の範疇でもあった。回復するというなら治癒力を下げ、堅固な防御には破剣の力で対応すればいい。まずはエゴシャナを打ち砕くための陣形づくりからだと、イリスは逆叉扇を振るって前衛陣に指示を出す。
 それにいち早く反応したアイリスが、背に庇っていたレクシアの無事を確かめながら紅と翠の炎を広げて、無数の浮遊砲台を喚び出した。
 四方八方に揺蕩うその砲口は全てエゴシャナに向けられている。仲間が攻撃すれば同時に火を噴き、より大きな傷を敵に与えてくれるはずだ。
 そして目論見は、すぐさま結果として表れた。
「――きたれ臨界/破れ限界!」
 テレビウム・小金井からの応援動画を浴びつつ、東西南北が体内で圧縮した指向性の高圧電流を撃ち放った瞬間、浮遊砲台は浴びせられる限りの砲撃で支援を始める。
 その勢いに乗って、ケルベロスたちは初手以上の攻勢に出た。アイビーがオウガメタルに覆われた拳の一撃で作り出した傷にレクシアが気咬弾を叩きつければ、環の鋭い蹴りでエゴシャナが僅かに怯んだ瞬間を狙って、ミライが地獄の炎で描いた魔法陣から赤・黄・青と三色の炎纏う鎖を三連喚んで襲いかからせる。
 一方、手痛い一発を見舞ってくれたビルシャナの対応には伶が動く。得物をハンマーからヌンチャク型に変じた如意棒へと持ち替えて、牽制に飛んでくる細かな閃光を捌きながら一撃。
「まだ聞いちゃくれないだろうが……楠本。ただ自分のコトしか考えられねぇようなら、それこそ嫌なヤツになっちまうぜ」
 おまけで浴びせてやった短めの説教に、ビルシャナは目を剥いて哮った。


 その後も、ケルベロスたちはエゴシャナに集中攻撃を加えていく。
 だが一致団結しての大攻勢に見えた戦い方は、目的を遂げる前に少しずつ狂い始めた。
「早く出て行けぇ!」
「く……ぅ……」
 猛るビルシャナの閃光を浴びて、まずは東西南北が膝を折る。
 盾役を務めるにあたって自己回復の術もなく、癒し手もテレビウム・小金井と伶のボクスドラゴン・焔のみでは彼を支えきれるはずがない。なにより使役修正を受ける身でありながら、閃光にも炎にも耐性を持たない防具であった事実は重くのしかかる。
 そして一枚きりの盾となったアイリスには、より大きな負荷が掛かった。味方の治癒量が心許ない以上、彼女は自身と仲間の治癒に手番を裂くことが増えていく。
 しかし防御と回復に全力を尽くしても、庇える範囲には限度がある。ビルシャナの攻撃はケルベロスたちを容赦なく襲い、ついには猛攻撃の一角を担っていた環までもが回復に回らざるを得なくなった。
 さらにはエゴシャナをイリスが引きつけようという作戦も、十分な効果を得られてはいない。何故なら攻め手を担うのはビルシャナであり、エゴシャナ自身は攻撃を重視していないからだ。
 ケルベロスから集中的に狙われたエゴシャナは、自分が一番大事との教義に基づいて自身への治癒を繰り返した。今日のためにとイリスが会得した『漆黒の薔薇園』を時折受けて回復量が落ちることはあったものの、数々の状態異常さえ「自分最高♪」の一節で吹き飛ばしてしまうエゴシャナは思いの外しぶとく、ケルベロスたちの息切れも相まって、戦いは長引いてしまった。
 そしてエゴシャナは、決断に至る。
「所詮他人は他人、一番大事なのは自分だけ! もうこんなところには残っていられません!」
「っ、逃しはしません!」
「出入り口を塞いで! 包囲して!」
 逃走の気配を察知したアイリスがエゴシャナの行く手を阻むように立ち、イリスの指示を聞くまでもなく動いた環や伶は、扉や窓を背にして構える。
 しかし、それで防げるくらいなら敵も逃走を試みようとはしないだろう。
 エゴシャナは自愛を歌いながら囲いの一角目掛けて猛進した。最後のチャンスはその瞬間に攻撃を叩き込んで撃破してしまうことだったが、ビルシャナの閃光を浴びる毎に感じていたプレッシャーが災いして、最も火力を出せる三人――ミライ、レクシア、環の攻撃は、ピンクの羽毛を掠めるだけに終わった。
 後は為す術などない。エゴシャナは包囲を突破して部屋を飛び出すと、自らを褒め称える歌を歌いながら彼方に消えてしまったのだった。


 にわかに重苦しい空気がケルベロスたちを包む。
 しかし彼らにはまだやるべきことがあり、残されたもう一つの目的に関しては、僅かに光明が見え始めていた。
「や、やっぱり……俺なんて必要ないのか……」
「……楠本、さん……!?」
 朦朧とする東西南北が見やったその先で、自愛から転化した暴力性に任せて荒れ狂うばかりだったビルシャナが頭を抱えている。
 撃破こそならなかったが、教義を説いていたエゴシャナがいなくなったことで、思考に綻びが生じたのだろう。
「ここからが本番、ですね」
 レクシアは言って、気を引き締め直す。
 会社をクビになったことで自身の存在価値を見失った男を立ち直らせるには、いったいどうすべきか。
 ケルベロスたちはそれぞれに考えつつ、一時、銃や刀に代えて言葉を武器とする。

 まず最初に口を開いたのは伶であった。
「なあ、楠本。仕事以外にもアンタの世界はあるんだろ。アンタの良さを分かるヤツは居る、なあそうだろ?」
 発した言葉はただそれだけであり、説得と呼ぶには頼りない。
 しかし少なからずビルシャナを悩ませる契機にはなったようだ。すっかり攻撃の手も止まったところで、次はアイリスが部屋の片隅にある写真を手に取って語りかける。
「クビにされて、とても辛いかと思います。でも、一回だけ、この写真に写る人たちのことを考えてみてください。みんながあなたを不要な存在と思っているなら、写真として残したりはしないでしょう」
「…………」
 まるでそんなものを飾っていたことすら忘れていたと言わんばかりに、呆然と佇むビルシャナ。
 ついでアイビーとレクシアが言葉を重ねる間も、その様子は変わらない。
「独りよがりでは、この人たちすら失ってしまうかもしれませんよ」
「誰かへの愛はきっと周り回って自分へも返ってきます。だからどうかその愛を自分だけでなく身近な誰か、例えばご友人に向けてみてください。このカレンダーやお写真を見れば貴方がご友人に恵まれているのが判ります。少し顔を上げれば、どんなに今が辛くたってそれを思い出せますよ」
「愛が返ってくる……? じゃあ、なんで俺は首になったんだ? 俺は一生懸命、愛を持って働いていたはずなのに」
「首になっちゃったのは残念だったね。けどそれはキミに非があった訳じゃないよ!」
 うじうじとゴネだしたビルシャナに、ミライは大きな声でそう伝えた。
「きちんと片付けもしてるしスケジュール管理もしっかりしてるじゃない! 今回は、ただちょっと会社との相性が悪かっただけだよ! 人がそれぞれ違うように会社もそれぞれ違うんだ、たった一度で諦めないで! キミと相性のいい会社だって絶対にあるはずさ!」
「そうか……? 会社が悪かったのか……?」
「そうだよ!」
 ミライはとにかく勢いで励ました。そこに、環が加わった。
「楠本さん。別に楠本さんの働きを評価してるのって、働いていた会社だけじゃないですよね? たとえばお客さんはちゃんと楠本さんの働きを見ていたはずです。誰かが自分の働きでうれしそうにしているところ、もう見なくていいんですか? 他人に認めてもらうのも、自分を愛することと同じくらい大事なことのはずです」
「……客がちゃんと見て評価してくれてたら、いきなりクビになんてされないと思うんだけどな」
「それは……」
「やっぱり俺がダメだったからクビになったんだろ? 他人に認めてもらえなかったんだから、自分で自分を愛するしかないだろ?」
「ダメじゃないです……!」
 言い淀む環に代わって、東西南北が声を絞り出す。
「もう一度部屋をよく見てください……アナタには一緒に写真を撮ってくれる友人がいて、カレンダーを埋め尽くす予定がある……!」
「そうはいうけど、こいつらだって俺のことダメだと思ってるんじゃないのか?」
「それを友達の前で言えますか……? アナタを心配してるだろうその友達の前で『自分以外どうでもいい、他人はいらない』と言えますか? ……就職できただけで羨ましい妬ましい、アナタはボクにとって憧れの存在、ニートの上位種です……! 素敵な友人に恵まれた一点でもアナタは決してダメじゃないです……!」
 畳み掛ける東西南北。その後にレクシアも「友人に勝る宝はないと私も思います」と、一言付け加える。
「いい? 失敗なんて大なり小なり誰でも経験するものなの。貴方が特別不出来なわけじゃないわ。カレンダー1つとっても貴方が几帳面な事は伝わってくるし、ね。……もし私が信用できないなら両親か、それこそ友人にでも会って聞いてみたら? 自分は必要ない、自分だけがいればいいなんて結論を出すのはその後でも十分よ」
 最後に滾々とイリスが語って、ケルベロスたちは思いつく限りの説得を終えた。
 その時点でビルシャナに変化はなかったが、あとは届いていることを祈るしかない。
 ケルベロスたちは再び攻撃を始める。
 ビルシャナは押し黙っていたが、相応の反撃を返してきた。


 その後の戦いも楽ではなかった。
 まず前半戦で負ったダメージが大きい。盾役として奮闘していたアイリスも仲間を庇い続けて力尽き、彼女や東西南北を戦場外に運ぼうとした隙を突かれて、ミライもあわやという事態に陥った。
 それでも撤退する気などなかったケルベロスたちは、陣形が半壊する頃になって、何とかビルシャナを倒した。
 そして。
「もう大丈夫そうですね」
 仲間たちと共に部屋のヒールを終えて、そう呟いたレクシアの前には、楠本・恵太が座り込んでいた。
 まだ表情は暗い。だがケルベロスたちに「友人」の存在を押されたことで、自愛の教義に拘れなくなるだけの迷いが生じて、彼は辛うじて人に戻ることができたようであった。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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