菩薩累乗会~若ハゲのための滅尽滅相

作者:ハル


「ハゲなんだ……俺はハゲ……ハゲハゲハゲ……」
 薄い頭皮を掻きむしりながら、学生服を着た少年が部屋の隅で小さくなっていた。
 その元凶は、密かに好きだったクラスメートの女子から、頭をナデナデされながら告げられた「君って、私のお父さんよりもハゲてるよね~、うわっスベスベじゃん!」という残酷すぎる一言。
 それは、まだ高校1年生である彼の心を切り刻んだ。おまけに、そのやり取りを見聞きしていた他のクラスメートからは、『若ハゲくん』というあだ名を付けられる始末。
「……ハゲに、生きる価値はないのか……?」
 そんな悲嘆に暮れる少年の前に。

「自分が一番大事、大事なのは自分だけ!」
 突然、メルヘンチックなピンクの鳥が現れた!
「はっ!?」
 困惑する少年に、鳥――エゴシャナは告げる。
「ハゲって言われた? そんな言葉、関係ない! だって、他人なんてどうでもいいじゃない? 所詮、大事ではないのだから。他人の評価の為に自分を偽るのは間違っている!」
 力強い影響力を持つエゴシャナの言葉に、次第に少年は引き込まれ、うっとりと聞き入ってしまう。
「もっと、自分を好きになって。ありのままの自分が一番だから、他人の評価なんて関係ない。一番大事な自分が、自分だけを最高に評価したのならば、それが、あなたの評価」
 他人に言われたハゲ、低俗な悪口など気にする必要はない。何故なら――。
「あなたは、すでに最高なのよ」
 誰かと比べるからショックを受ける。鏡に映るのが自分だけなら、その頭皮が世界のすべて。至高。誰とも顔を合わさなければ、人は自分がハゲであるという現実に気づく事すらないのだ!
「おおおおおお! ハゲがなんだ!! 俺は自分が大好きなんだ! ハゲ? 好きな女子? そんなの関係ねぇ! だって、俺は俺だけが大好きだから!」
 少年はハゲの自分を受け入れると、エゴシャナに深く同意を示しながら、恍惚と己一人の世界に篭もる。
 その瞬間、少年はビルシャナと化した。
 その姿に、エゴシャナは祝福の拍手を送るのであった。


「ビルシャナが、恐ろしい作戦を実行しようとしています。これまでのビルシャナ関連の事案を踏まえても、今回の作戦は最上級に危険なものです。どうやら、彼等はその作戦を『菩薩累乗会』と名付けている模様です」
 山栄・桔梗(シャドウエルフのヘリオライダー・en0233)が、深刻な表情でケルベロス達に告げる。その表情から察するに、これまでのビルシャナ事件とは、一味も二味も違うのであろう。
「『菩薩累乗会』の説明をさせて頂きますと、強力な菩薩を次から次へと地上に出現させた後、その力を利用し、更に強力な菩薩を出現。倍々ゲームで増やし続け、最終的には地球全てを菩薩の力で制圧する……というものです」
 恐ろしいのは、現時点では『菩薩累乗会』を完全に阻止する方法が確立されていない点だ。
「方法が判明するまで、私達にできるのは、菩薩が力を得るのを阻止し、『菩薩累乗会』の進行、増殖を食い止め、引き延ばす事だけです」
 差し当たって、現在の活動がすでに確認されていて、ケルベロス達の相手になるのは、『自愛菩薩』だ。
「自分第一で、自分以外のあらゆる存在を必要としない、『自愛』を教義とした菩薩のようですね」
 自愛菩薩は、配下のエゴシャナを各地へ派遣し、なんらかの事情で自己を否定している一般人を対象に、甘言を弄しながらビルシャナ化させているらしい。
「もちろん、ただビルシャナ化させるだけではありません。ビルシャナ化させられた人は、自発的に事件こそ起こさないものの、ひたすらに自己愛を高め、最終的に自愛菩薩との境界が曖昧になり、すべての力を奪われて同化させられてしまいます」
 その最終段階に達し、自愛菩薩が力を得るため、ビルシャナ化させられた一般人は今もエゴシャナと共に、自宅で自己愛を高めている真っ最中だ。
 今回は、好きな女の子から『ハゲ』と言われ、傷ついていた少年が、エゴシャナにビルシャナ化させられてしまった。
「このままでは、新たな菩薩を出現させるための糧になってしまいます。解決が急務という訳です」
 桔梗が、ビルシャナ2体の戦闘データに関する資料を差し出す。
「今回は、ビルシャナ2体との同時戦闘という形になります。エゴシャナについては、ミュージックファイター的なグラビティを有するようで、どちらかといえば支援型のようですね。対するもう一方の少年を元としたビルシャナは、徹底した暴力を得意としています」
 ……他者への拒絶の現れなのだろう。
「エゴシャナはもちろんのこと、ビルシャナもすでに自分だけを大事に想い、愛している状態です。彼の自室も彼の一部であるという認識がなされているようで、皆さんが部屋に踏み込んだ瞬間、一切の躊躇も容赦もなく襲い掛かってくると思われます」
 部屋にゴキブリが現れた時のような……あるいは、もっと不快な存在として、ケルベロス達は認識される事になる。
「ビルシャナを先に倒した場合、エゴシャナは当然の如く逃げ出しますし、恐らく撃破する事は困難です。2体同時撃破を狙うなら、エゴシャナを優先的に撃破した方がよさそうですね。また、エゴシャナを先に撃破した後ならば、ビルシャナ化した少年への呼びかけ次第で、救出の芽も出てきそうです」
 ただ、後者のエゴシャナを優先的に狙う場合は、作戦の難易度が上がってくるのは留意して欲しい。
「薄毛……と言っては失礼ですが、その少年を救出しようとする場合、デリケートな話題ですので、説得が簡単ではありませんよね? そこで、一つ情報が。彼の薄毛はお父様からの遺伝です。ただし、彼のお母様は、とてもお綺麗な方……という事です」
 希望はある。後はお任せします。桔梗は、そう頭を下げた。
「『菩薩累乗会』は、私達が対応を誤れば、瞬きの内に地球がビルシャナの支配下に置かれてしまう事も十分に考えられる作戦です。それに、自愛菩薩の教義……確かに少年は自信を取り戻しましたが、それは解決には程遠いもの。人は、一人で生きていくことはできないのですから」


参加者
長谷地・智十瀬(ワイルドウェジー・e02352)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
佐々木・照彦(レプリカントの住所不定無職・e08003)
天野・司(心骸・e11511)
月杜・イサギ(蘭奢待・e13792)
マッド・バベッジ(神の弩・e24750)
篠村・鈴音(焔剣・e28705)
八久弦・紫々彦(暗中の水仙花・e40443)

■リプレイ


(気にしすぎじゃないかな……?)
 少年の自室のドアに手を掛けた月杜・イサギ(蘭奢待・e13792)は、そう思案する。
「皆、絶対悪気ないねんけどなー」
 すぐ傍では、佐々木・照彦(レプリカントの住所不定無職・e08003)もイサギと同じような事を考えていた。
「準備はできてる。いつでも大丈夫だ」
 やがて、陽炎を背負う天野・司(心骸・e11511)の言葉を合図に、イサギはドアを開く。
 その瞬間――。
「下がってくださいっ!」
 篠村・鈴音(焔剣・e28705)はいち早く、結界式武装を盾に最前線へと身を躍らせる。それと同時に鈴音の細い身体が、彗星の如く迫る光球によって、部屋の外へと弾き飛ばされた。
「鈴音!」
「……大丈夫です!」
 八久弦・紫々彦(暗中の水仙花・e40443)が鈴音を振り返ると、彼女はすでに体勢を立て直しかけている。
 陣形を整えたケルベロス達は、ようやく少年の姿を目にし、その異様な雰囲気に息を呑んだ。
「……消えろ消えろ消えろ消えろ……世界は俺だけで……いや、俺達『自愛菩薩』だけで満たされていればいいんだ。俺の世界に入ってくるなああああああっ!」
 延々と呟かれるのは、自己以外のすべての否定。羽毛の隙間から覗く瞳は、嫌悪感一色に染められていた。
「これが、『自愛』の教義……か」
「みたいだね」
 長谷地・智十瀬(ワイルドウェジー・e02352)が眉を顰め、マッド・バベッジ(神の弩・e24750)が肩を竦める。
「……お前だな? エゴシャナ……」
 だが、それ以上に目を引いた存在が、少年の部屋には存在した。愛おしむように自身のピンクの毛並みを整えながら、少年の耳元で何事かを囁く鳥――エゴシャナ。玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)が睨め付けると、エゴシャナは含み笑いながら少年の背後に控え、高らかに歌う。
「俺だけが在れば良い!」
 エゴシャナに入れ知恵をされたらしい少年の瞳は、嫌悪感から一転、無関心に。そのすべてをゴミのように見下す視線は、ケルベロス達の心に波紋を残した。
「言祝げ」
 ――始めるぞ! 照彦に庇われた智十瀬を覗けば、唯一自力で視線から逃れた陣内が先陣を。彼の筆で描かれた花弁は実体を伴って顕現すると、猫とテレ坊を含めた後衛を鼓舞するように舞う。
「【怒り】か。だが、俺には関係ないな!」
「同じく! 少年さんには悪いですが、少~しぶん殴らせて貰いますよ!」
 司の心が地獄の焔を燃焼させ、鈴音が眼鏡の位置を直す。二人には、主に少年の行動制限と、エゴシャナへの牽制という役割が。
 まずは司がイサギに「破壊のルーン」を宿すと、鈴音が小手調べとばかりに電光石火の蹴りを見舞う。
「お前の相手は俺達だ。一気に叩かせてもらう!」
「ッ!」
 【怒り】の影響を免れた事を幸いに、智十瀬が遠慮無く刀を振り上げる。雷を帯びた刀は、防御のためにエゴシャナが突きだした両手の羽毛を連続で突き刺した。
「それじゃあオッサンは援護に回らせてもらおか。テレ坊と猫も頼むで?」
 照彦が紙兵を前衛にバラ撒き、BS――主に【怒り】の対策とする。
 その戦術に応じるように猫も翼を羽ばたかせ、テレ坊が動画を流して照彦に癒やしを与える。
「ケルベロスにエンチャントを許したらダメ! あなたはケルベロスの注目を集めないと! それがわたしの――いえ、わたしたちが『自愛菩薩様』のためにできる事!」
「滅尽滅相!!」
「チッ!?」
 エゴシャナが、再び高らかに囀る。
 火力を増幅させた少年の、すべてを滅するという自負に満たされた拳は、前衛中衛の中で、エゴシャナが最も危険視する智十瀬の鳩尾に叩き込まれ、彼の身体が部屋の壁にめりこんだ。
「そう、それでいいの!」
 智十瀬の耐性を吹き飛ばした事で、エゴシャナが歓喜する。それは無論、純粋な称賛ではなく、自分の代わりに智十瀬の次手を少年が受け持つ可能性が少しでも高まったからだ。伊達や酔狂でエゴシャナという名を冠している訳ではない。
「……腐った鳥だね」
 ファンシーな見た目とは対照的に、その内面はどこまでもエゴエゴエゴ!
 イサギは、冷め切った瞳でエゴシャナを見据えると、
「動いてはいけないよ。すぐ、楽にしてあげるから」
 翼飛行で制空権を握り、ゆくし丸で驟雨の如く剣気を降らせた。
「……君のような輩なら、戦う上で一切の遠慮をしなくてよいので、むしろ有り難い」
 ――最も、敵である以上、どんな輩でも手加減などありえないが……紫々彦の殺気と呪力を宿した蹴りが、エゴシャナを襲う。エゴシャナがどんなに少年に挑発を命じようとも、紫々彦達後衛の動きまでは制御できない。
「よくもわたしを!」
「まだ終わってないけどー?」
「なっ!」
 蹲り、歯嚙みするエゴシャナに、続けてマッドが流星の如き蹴りを放つ。
「ぐっ……ぐぐぐっ!」
 吹き飛ばされるエゴシャナは地団駄を踏みながらも、清めの光で一手を消費させられるのであった。


 ケルベロス達の戦術の方向性は、間違ってはいなかった。
「くそっ、好き勝手にやってくれやがる!」
 しかし、カッと目を見開き、少年の周囲を爆散させながらも、司……いや、彼を含めたケルベロス達の表情は、決して冴えない。
「少年の動き、止まりましたね!」
 鈴音が告げる。
 事実、少年は痺れたように動かない全身を不思議そうに見下ろしていた。それは、エゴシャナの支援を受ける少年でも、BSが表面化を始めている証。鈴音が動けない少年に、空の力を纏わせた霊刀で斬り掛かる。
「しっかりするの――ッッ!!」
「余所見している暇があるなんて、随分余裕だね?」
 動けなくなった少年に、エゴシャナが光を浴びせて癒やす。
 イサギはそのタイミングを見計らって、銀の長髪を揺らしながら、ゆくし丸を振るった。
 だが――。
「…………」
 イサギは、静かに目を細めた。その手に伝わる手応えは、エゴシャナの歌の影響か、幾分劣化していたのだ。
 その瞬間、ニヤリとエゴシャナが口角を釣り上げる。まるで、イサギの先の言葉が真実であると告げるかのように……。
「どうしたよ、堕天使。らしくないんじゃないのか?」
「……私よりも、自分の心配をした方がいいんじゃないかい?」
 陣内はイサギに視線を向け、肩を竦めた。イサギも澄ました顔で対応するが、やはりいつもの軽快さはなかった。
(テレ坊と猫ちゃんは懸命にやってくれとるが……)
 照彦の思考通り、テレ坊と猫はメディックとして、懸命にヒールとキュアに力を注いでくれていた。しかし、クラッシャーである少年を有する敵側の攻めに対し、ヒール量が足らず、戦闘が進むにつれ、ケルベロス側も敵側に劣らず自身や仲間のヒールに一手を頻繁に取られる事態となっているのだ。
 陣内が、色とりどりの爆風を上げて、後衛を支援する。
 すると、未だ健在なエゴシャナも囀りを上げ、マッド達の心を掻き乱すのだ。
「消えろ消えろ消えろよ!」
 おまけに少年が挑発繰り返すと、やはり無視はしていられない。成功率自体はそれほどでもないが、前衛が……特に智十瀬が怒りに囚われたままだと、事故もありえる。このように――。
「調子に乗ってんじゃねぇ!」
 智十瀬が怒りに囚われ、猫の長毛で覆われた腕で少年に掌打を叩き込む。
(オッサンかて、『おぅハゲいてまうぞコラ』……ぐらい言いたい気分や)
 つまり、最悪の気分。照彦は攻撃参加を控え、智十瀬にオーラを注ぐ。
(ケルベロスに救われる前の僕も、あんな感じだったのかな?)
 少年を駒のように操るエゴシャナに、今よりも狂気に満ちていた頃の記憶がマッドの脳裏を過ぎる。最も、今も変態の汚名を完全に雪げたとは思っていないマットは、エゴシャナと少年の姿に同族嫌悪のような感情を抱きつつ……。
「僕みたいなのはねー! ちょっとでも自己愛がないとねー! 表を歩けないのよねー!」
 無理にでも笑って、光翼を巨大な杭に再構築した。
「自己愛は自分を満足させるためじゃなくて、挫けそうなときに自分を奮い立たせるためにあるのさ。弩の所以、とくとご覧あれ!」
 ――奮い立たせた心で、その嘴を粉砕してやる!! 語気に力を込めながら、マッドの投擲した杭がエゴシャナを穿つ。同時に、エゴシャナのエンチャントを一つ破壊する事にも成功した。
「な、なんなのよ!?」
 一旦体勢を立て直そうと、エゴシャナが後退しようとする。しかしその後退先には、殺意と絶対零度を爛々と翠玉の瞳に宿した紫々彦の姿。
「お前はここで終われ、エゴシャナ!」
 一喝と共に、紫々彦は荒れ狂う雹を自在に操る獣と化す。エゴシャナは瞬く間に凍り付きかけるが――。
「……不覚……か!」
 ギリッと、紫々彦が憎々しげに奥歯を噛みしめる。
「後はよろしくね、少年!」
 エゴシャナを仕留めるに至らず。ヒール量不足から端を発した手数と火力の減少により、ケルベロスの前からエゴシャナは悠々と撤退していくのであった……。


 エゴシャナを逃した事をいつまでも悔やんではいられない。ケルベロス達には、まだ大事な仕事が残っているのだから。
「次の仕事だ」
 陣内が仲間を制止するように手を上げると、皆が一旦矛を収める。無論その間も少年の攻撃は続いており、陣内は光の盾で防御に努めた。
「このh――!!」
「タマちゃん、それは禁句や。オッサンかて我慢してるんやから」
 それでも時折挑発に乗ってしまいそうな陣内を、照彦が必死に宥める。武器を構えていなかったのが救いか。照彦にしおらしく頭を下げ、後で少年に謝罪する事を誓う陣内。
「ハゲは男の悩みの種だよなあ」
「……」
 まずは説得の糸口を探そうと、紫々彦は共感を狙う。しかし、少年は一切の感心を示さない。紫々彦自身がハゲに無縁だと思っている時点で、それは無理かなぬ事なのかもしれないが。
「どうか私達の話を聞いて下さい!」
 鈴音が、自分を守るために雄叫びを上げながら、少年の重い拳を剣と足技で捌く。
 Dfが奮闘してくれているこの間が、説得のチャンス。
「あんたが自分を愛することは悪くない。けど、だからって他人をおざなりにしていたら、誰もあんたの良い所、頑張った所だって見てくれなくなるんだぞ! 髪だけで価値がきまる程、人は単純なもんじゃない!」
 そうなれば、今度こそ純然たる悪意を持って「ハゲ」と言われるようになってしまう。司が張り上げた声に呼応するように、
「周りの意見なんて関係ないっていうのは俺も同意だ。人生の主役は自分なんだからな。そしてだからこそ、自分を認めるのが自分だけなんて、寂しく思う。司の言うように、誰かが認めてくれるからこそ誇れるものがあるんじゃないか?」
 智十瀬が、華麗な身のこなしで少年の放った彗星を避けつつ、訴えた。
「埒があかないね」
 しかし、少年は苛烈な攻撃の手を緩まず、溜息をつくイサギの眼前で照彦の鳩尾に拳が突き刺さる。テレ坊と猫が大わらわになる中で、しかし照彦は少年の生やした羽毛を離さないよう握りしめた。
「君の顔を、見せてほしいな」
 一瞬の制止。その隙に、イサギは紅い瞳で少年の目を覗き込む。
「人は初対面の時、第一印象をどこに置くと思う?」
 語りかける間、少年の反応は皆無。しかし、彼が聞いていることをイサギは察していた。
「『顔』だよ、顔……髪など顔の付属物に過ぎないんだ。君はそうしてこれから先、何十年物長い人生を自分だけ愛して過ごすのかい? 誰からも愛されず、一人きりそれをね――」
 人は、孤独と呼ぶ。どこまでも続く暗闇だ。
「醜い鶏の皮を脱いだ、君の素顔が見たいよ。だって君は、いい瞳をしているからね」
「……うっ、っっ!!」
 ようやく制御を取り戻した少年の身体が、イサギの瞳から逃れるように弾かれる。その反応に、少年自身が戸惑っているかのよう。一端の小休止に、陣内、鈴音、そして膝を突いた照彦が、大きく息を吐く。
「いいか、少年。俺には嫌いなオッサンがいるが、でもそいつが『オッサンだから』嫌いな訳じゃない。その証拠に、照さんはオッサンだが好きだし、信頼もしてる」
「タマちゃん何やねん~照れるわ~」
 陣内がぶっきらぼうに、そっぽを向きながら告げた言葉に、照彦は痛みも忘れて後頭部を掻きながら恥ずかしがった。
「もちろんハゲもそうだ。嫌いなハゲもいるが、『ハゲ』が嫌いな理由じゃないんだぜ?」
「そうやで、別にキモイとか嫌いとか言われた訳とちゃうんやろ? だったら、いっそ胸張って個性やって言うたったら、周りはもう何も言わんのやないか?」
 照彦の言葉に、少年が歯を噛みしめる。ハゲてもいない人間の言うことなど、少年は信じられないのだろう。ましてや個性などと……。でも、少年が怒りを感じているのは、エゴシャナの支配が弱まっている証でもある。
 照彦は、少し放言が過ぎたかと反省しつつ、鈴音を振り返った。
「確か少年のお父ちゃんは美人のお母ちゃんを捕まえたんやなかったか?」
「ええ、お綺麗な方だと聞いていますよ」
「おお! 要するに君には美人のオカンの遺伝子もあるってことやな!」
「そうですね。そして、そんな方をお嫁さんにしたお父様も、魅力に溢れる方なのではないでしょうか?」
「っ!」
 両親を持ち上げられて、少年が僅かに頰を赤く染める。思春期特有の反応だ。垣間見えた彼本来の姿に、鈴音は安堵したようにクスリと笑う。
「そもそも、いつどこで誰が『ハゲに生きる価値はない』なんて言ったのさ? 弱ったあんたが勝手に思い込んだ事じゃないのかい?」
 少年の変化をマッドも感じている。だからこそ、下手をすれば少年を激昂させたかもしれな一言を発することができた。
「たった一つの隠したい事のために、君という存在そのものを周りから覆い隠すなんて勿体ないと思わない? それに君は、好きだったという女の子に、自分の想いすら伝えてないじゃないか」
「っ! あんな反応をされて、想いを伝えたって!」
 意味がない。少なくとも、少年はそう思っている。
 しかし、マッドも……そして紫々彦も、まったくそうは感じなかった。
「少しだけ考え方を変えてみるといい。君は好きな女の子に撫でてもらえたんだろう? 普通の男子なら、触れてももらえない。だからこそこれはチャンスじゃないかと思う。自分が欠点だと思ってることも、案外と利点になったりするもんだ」
 嫌いな相手に触れようとするだろうか? 答えは否だ。
 少年の想像とまったく別の回答を示した紫々彦に、しばし呆然とする少年。その身体が光を放ち始める。それは、少年とビルシャナの乖離が始まっている証だ。
(この顔で、いい目にも悪い目にも随分と遭ってきた。だけど、見た目に騙される奴なんて――)
 所詮、たいした価値などない。
 イサギは、抜刀しながらそう思った。
 願わくば、少年の好きになった少女が、素敵な子である事を願って。
 ケルベロスは全力を持って、少年を孤独から救済した。

作者:ハル 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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