菩薩累乗会~わたしの価値

作者:寅杜柳

●望まれない孵化
 とあるアパートの一室、明かりもつけずカーテンを締め切り女が引きこもっていた。
 乾・千紗という名のその女性は、最低限の生存の為の行動以外はここ数日行っていない。
 キャリアウーマンとしてプロジェクト完成の為にその身を削って捧げていた彼女はある日、信頼していた上司が彼女を詰っているところを目撃してしまった。聞くに耐えない言葉と、それに同調する同僚。その場を離れ、暫くして再び見た彼女達の顔は何もなかったように日常の顔。
 けれども、もうそれを人の顔とは思えない。本心を隠し、都合がいいから利用して裏では陰口、用済みになったらきっと顧みもせずゴミのように捨てるか棒で打ちに来るのだろう。
 どうしようもなく他人がおぞましい。それを見抜けずに信じ続けた自分自身も、こんなよくある事で他人にこのような気持ちを抱いてしまう自分も信用できない。
 そんな彼女の元に鳥のような異形――エゴシャナが現れ、告げる。
「誰かのために見返り求めずその身を捧げても、帰ってくるのは罵倒だけ。そんな他人は大事じゃない、自分だけが大事なんだよ!」
 見ようによってはマスコット風味、けれどその言葉は猛毒。そんな言葉を女は何故か、否定することもなくうっとりと聞き入っていた。
「他人の評価なんてくるくるくるくる変わるもの、そんなものの為に自分を偽るのなんて間違いだよ。他人は大事なんかじゃないし、自分を評価できるのは自分だけ。一番大事な自分が評価できるならそれが一番の自分」
 つまりは、あなたは最高なのよ。
「そう、そうよ。私はこの道が好ましいと思ったから進んできた。その道を歩んだ私自身が大好きで、誰かの言葉なんて関係ない。私は私だけが大好きなんだから!」
 その言葉を発した千紗の姿は羽毛を生やした、目の前のエゴシャナにも似た姿。
 エゴシャナの祝福の言葉が部屋に響く。
「大変な事件が予知された」
 雨河・知香(白熊ヘリオライダー・en0259)がどこか焦りを滲ませた声で、ケルベロス達に告げる。
「ビルシャナが『菩薩累乗会』という恐ろしい作戦を計画している。内容は強力な菩薩を次々に地上に出現させ、その力で更に強大な菩薩を出現させ続けて最終的には地球全てをその力で制圧する、というものなんだ。……阻止する方法も今のところ判明していなくて、今できる事は菩薩が力を得るのを阻止して『菩薩累乗会』の進行を食い止めることだけだ」
 そこまで説明した知香は、現在活動が確認されている菩薩についての資料を配る。
「今動きが掴めたのは『自愛菩薩』。自分が一番大事で、自分以外は必要ないという『自愛』を教義としている菩薩で、配下のエゴシャナ達を何らかの理由で自己否定してしまっている一般人の元へ派遣し、甘い言葉でビルシャナ化させ、最終的にその力を奪って合一しようとしているみたいなんだ」
 ビルシャナ化させられた一般人は、自宅でエゴシャナと共に自分を愛する気持ちを高め続けており、このままだと充分に高まった力を奪われて、新たな菩薩を出現させる糧とされてしまうだろうと知香は言う。
「そうさせない為にも、皆に対応を頼みたい」
 知香が資料をめくり、敵について説明を始める。
「場所はアパートの一室、今回の被害者である乾・千紗という女性の部屋だな。彼女は職場で人一倍熱心にプロジェクトに取り組んでいたんだが、信頼していた人が彼女についての陰口を話しているのを聞いてしまい、やってきたこと、そして自分自身についても自信をなくして引きこもっていた。……そこを付け込まれた」
 日中であるからか、近隣住民は不在で戦うための広さも申し分ないのだと知香は補足する。
「この部屋にいるのは千紗とエゴシャナの二体。自分の部屋も自分自身だと思っているのか、ケルベロス達が侵入したら攻撃を仕掛けてくる。千紗の方は部屋自体を結界としてパラライズや体力を奪う広範囲のグラビティを使ってくる。追い詰めたら守りを固めて傷を癒やしてくるみたいだな。エゴシャナの方は教義に絡む言葉や歌声での妨害を得意とするようで、催眠をかけてきたり攻撃力を削いでくるようだ」
 それから大事なことなんだが、と知香が続ける。
「エゴシャナは千紗が倒れると逃走しようとする。自分こそが一番大事みたいだしな。千紗の方はエゴシャナを倒しても逃げないし、エゴシャナを撃破した状態なら自愛菩薩の影響が弱まって、適切な励ましの言葉をかけた上で撃破すれば人間に戻ることができる可能性はある。ただ、強力なビルシャナ二体と戦う上に説得の言葉も大切になるからとても難しく、作戦などの準備が大事になるだろう」
 実際どう対応するか、判断は任せると知香は説明を終える。
「人の心の弱い部分につけこむやり口で最終的には力を奪って合一……命も奪うこのビルシャナの卑劣な作戦を好きにさせるわけにはいかない」
 頼んだぞ。そう締めくくり、知香はケルベロス達を送り出した。


参加者
ズミネ・ヴィヴィ(ケルベロスブレイド・e02294)
ソラネ・ハクアサウロ(暴竜突撃・e03737)
ラギア・ファルクス(諸刃の盾・e12691)
氷鏡・緋桜(矛盾を背負う緋き悪魔・e18103)
モモコ・キッドマン(グラビティ兵器技術研究所・e27476)
アルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の弾丸・e39784)
柏木・美々子(魔法少女マジカルみみこ・e40113)
鷹崎・愛奈(天の道を目指す少女・e44629)

■リプレイ

●虚ろな平穏
 穏やかな陽気に溢れる外とは異なり、自愛を求めるビルシャナが二体その部屋で瞑想に耽っていた。
 どこまでも続くような静寂を砕いたのはドアを蹴破る音。
「参りましょう、ギルティラ」
 真っ先に部屋に飛び込んだのはソラネ・ハクアサウロ(暴竜突撃・e03737)とボクスドラゴンのギルティラ、そして七人のケルベロス達が続く。
「ケルベロスね!」
「西方より来たれ、白虎」
 エゴシャナの声に反応を返さず、アルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の弾丸・e39784)が宣言。呪を込めた弾丸が放たれ、召喚された白虎がエゴシャナへと飛び掛るが、前脚を掻い潜り回避される。そのまま至近距離から経文を唱えようとするが、モモコ・キッドマン(グラビティ兵器技術研究所・e27476)が雷を纏った太刀を突き出したため、慌てて飛び退く。
 追撃に真紅の炎と砲弾が放たれ、炎が命中する。放ったのは父と母譲りの焔色の髪と翼のオラトリオの少女、鷹崎・愛奈(天の道を目指す少女・e44629)と、柏木・美々子(魔法少女マジカルみみこ・e40113)。
 その隙に雷の壁を展開するのはズミネ・ヴィヴィ(ケルベロスブレイド・e02294)。そして、
「必要とあらば何時までも。あなたの手となり、牙となり」
 ソラネの周辺に存在する金属から小型恐竜が生み出され、周囲の仲間達を支援するようそれぞれの足元へと寄る。
「彼女を救うにはあんたを倒さないといけないようなんでね。悪いが……倒させてもらう」
 氷鏡・緋桜(矛盾を背負う緋き悪魔・e18103) が髪をかき上げ、その好戦的な本性を現にする。
「この子は満足してるの! ケルベロスなんかいなくなっちゃえ!」
 エゴシャナの叫びに答えるように、部屋の隅にいたもう一体の異形、乾・千紗が体を起こし、羽を広げ結界を展開する。
「……邪まな策略から彼女を救ってみせる」
 白い、柔らかな毛並みのラギア・ファルクス(諸刃の盾・e12691)はルーンアックスを手に仲間を庇いつつ、そう告げる。その姿は竜の騎士が誓いを立てるよう。
 プリンセスモードによる華やかな姿な美々子も、ハンマーを手に愛猫のらぶにゃん共々表情は真剣そのもの。
「私だけでいい、自分だけが最高なのよ」
 千紗のその言葉を皮切りに、本格的な戦闘が開始される。

●自己愛の鳥は踊る
「まず、元凶の方から集中して撃破しましょう」
 最低限の所作でソラネが短筒型のバスターライフルを構え、グラビティを中和する光弾をエゴシャナに放つ。続けて愛奈の電光石火の蹴りがエゴシャナへと突き刺さるも堪えた様子はない。
 それに続けて美々子が砲撃形態としたハンマーから砲弾を放つがエゴシャナはひらりとそれをかわす。
 反撃とばかりに唱えられた自己愛を賛美する言葉がズミネを惑わせるも、アルシエルがオーラを飛ばしその一部を解除。さらにらぶにゃんの羽ばたきが邪気を祓う風を生み出す。
 天井に触れるか触れないかの高さにラギアが飛び上がり、勢いよくエゴシャナへと斧を振り下ろし命中。
「出て行って!」
 千紗が生命力を奪う結界を展開、それを護り手達が庇いに入る。自分を庇ったアルシエルの隣をすり抜けモモコの空の霊力を纏った斬撃が放たれるも、威力重視のそれは運悪く、エゴシャナを捉えられない。
「まだ間に合います、私たちの言葉を、聞いてください……!」
「そんな風に言っても、もうわたし達の仲間なんだから!」
「臭い口を閉じろ。全身の羽毛を引っこ抜いて口に詰め込むぞ」
「臭くなんかないもん! お手入れ毎日してるもん!」
 ソラネの言葉を軽快に嘲笑うエゴシャナに、ラギアの厳しい言葉。普段は温厚な彼もエゴシャナには厳しい。
 気をとられたエゴシャナの横っ面を緋桜のガントレットが打ち抜く。洗練された技術から放たれるそれは体の芯に重く残るもの。
「……負けないもん!」
 エゴシャナが賛歌を歌い傷を癒す。

 それから数分戦いは続く。
 エゴシャナの言葉が護り手を潜り抜け緋桜を惑わせるが緋桜が吼え、惑わしを吹き飛ばす。
 その勢いを止めぬよう美々子の旋風の蹴りが放たれるが、エゴシャナはそれも回避。足止めをかける事を美々子は意識していたが、それ自体が中々当たらない。
 千紗の結界による圧力が前衛を襲うも、すぐさまズミネが薬液の雨を降らせ傷を癒す。彼女は陣を鉄扇で示した後からは回復に徹している。それに加え、ギルティラやらぶにゃん、そして護り手が回復を意識している為、敵のかける呪縛は大して重ならない内に失効する。耐性も砕かれることなく、徐々にエゴシャナのグラビティに付随する効果を発動前に打ち消していく。
 回復は仲間に任せて大丈夫と判断した愛奈が赤の翼を広げ跳躍し、エゴシャナの頭上から斧を叩きつける。
 アルシエルもスカルブレイカーを見舞い、エゴシャナの肩口に斧が突き立つ。
「自分だけが可愛いといいながら、こいつの甘言にながされてんじゃねーか。それは本当にアンタの意志か?」
 アルシエルが千紗へと振り向き言葉をかけるも、自愛菩薩の影響力の強い状態では千紗は反応を示さず、結界を展開。生命力が吸われる感覚に彼は舌打ちする。
(「面倒くさいが見殺しにはできないからな」)
 自分以外は必要ない、彼はかつてはそう思っていた。だからこそ他人事ではない気がしている。
「人を見る目がないのなら人を見なければいい、そうよね?」
「そうそう! 他人なんて必……」
「黙れ。真の幸福に満たされる者は、他者を貶める言葉は口にしない」
 エゴシャナが千沙の言葉を肯定しようとしたが、怒りを込めたラギアの流星の飛び蹴りが妨害する。
 回復の為の賛歌を歌うエゴシャナに緋桜が音速の拳を叩き込み、さらにギルティラが突撃して加護を砕くと、ソラネが胸部から砲塔を出現させ光線を放つ。
 さらに続いて美々子の砲弾が命中、続く空の霊力を纏ったモモコの太刀がエゴシャナを捉え、呪縛を増幅する。一気に足取りが重くなったエゴシャナに、重ねてラギアの冷凍ブレス、同時に氷を纏った自身の爪の連撃が突き立てられる。砕かれた氷は苦痛を受けたエゴシャナの悲鳴をバックミュージックに、窓から差し込む光に美しく煌めいた。
(「人が人を本当の意味で救う事なんて出来ない。自分を救えるのは結局自分だけなのだから」)
 けれども、その手助けは他人でも出来るはずだとも緋桜は考える。
(「だから……必ず人間に戻してやる」)
「どうしました、何を驚いています。私たちに力で劣るのが信じられませんか? ……意味が分かりませんね!」
 焦りを見せるエゴシャナをズミネが馬鹿にする。
「私たちが弱いと誰が言ったのです? 私たちに勝てると何を根拠に思ったのです?」
 のぼせ上がらないでください半端者、その言葉と共にエゴシャナがよろめく。感覚と現実がずれたような、そんな戸惑い顔。
「あなた、鳥の姿をしている事すら異常な身で。人間にへばりつくだけの塵芥が、手向かいするなど片腹痛いです」
「悪い未来を焼却するよ!」
 ズミネの言葉の終わりと同時、裂帛の気合と共に愛奈が炎を放つ。大いなる力が込められたそれは最期の悲鳴すら上げさせることもなく、エゴシャナをその未来ごと焼きつくした。

●自己愛の監獄
 エゴシャナは倒れたが、戦闘は終わらない。
「お願いです、声を……!」
「うるさい! 邪魔をしないで!」
 ソラネの言葉に感情任せの返答、けれどそれは菩薩の支配力が弱まった証でもある。
「あんたはもう答えを自分で出してるじゃないか。『その道を歩む自分が好きで、誰かの言葉なんて関係ない』んだろ」
 なら何を悲観し、落ち込む事がある? と緋桜はアウトローな口調はそのままに、千紗の迷いを糾弾する。
「ただ闇雲に頑張ればいいってもんでもないだろ。“チーム”でやるべき事を一人先走って空回りしてなかったか……よく思い出してみろよ」
 アルシエルが弾丸を放ちつつそう切り出す。
「ご自身の痛みを鋭く感じているのですね。けれども、そんなあなたは同僚たちの心の機微を理解される努力はされましたか? プロジェクト完成の為と信じ、彼らを犠牲にした覚えなどは?」
 ズミネの言葉に千紗は口を噤む。
「人間の価値とは『未来を見据えて明日を信じ、他者を理解すること』、これに尽きると思います」
 その言葉は正論。けれどもそれは、それができなかった今の千紗の心には届かないもの。
「……誰もがやらずにプロジェクトが潰れる、そう思っていたから他の誰かを待つ余裕なんてなかったわ」
 悪意に気づき、エゴシャナに誘われるまでの絶望していた時間で彼女も、己の行いを振り返っていたのだろう。
 他者を排除する結界がその強度を増し、ズミネ達へと圧をかける。
「違う、そうじゃ……」
「煩い!」
 アルシエルが言葉を継ごうとするも切り捨てられる。彼も今は仲間の大切さも理解し、一人では何も出来ない事もわかっている。それを伝えられない己の不器用さを彼はわずかに恨んだ。
「周りが何もわからない信じられない。なら一人きりでいいの、そうよ」
「今の千紗しゃんは自己愛が強すぎて見なきゃいけない物すらも見えなくなっちゃってる!」
 美々子が叫ぶ。一瞬止まった千紗に、愛奈が言葉を紡ぐ。
「悪口とか言われることがあるかもしれないけど……でも、あたしはいろいろな人に褒めてもらいたい! 一人だけだと寂しいよ!」
 それは人生経験の少ない少女だからこその、声が、手が届くならば届かせ助け出したいというストレートな意志。行為の善悪ではなく、彼女という人間に向けての直接的な熱を持った言葉は心を揺さぶった。
「思い出してよ、生きてる間に会った人皆がそんな酷い事する人じゃなかったでしょ? いじめてきた人達を嫌になってもいいけれど、他の人まで嫌いにならないで」
 全てを切り捨てるというのは酷くない人まで切り捨てる事。美々子の言葉にそれを意識させられたか、僅かに結界の圧が弱まる。
「いらない子って……言われたことある?」
 モモコが語りかける。
「施設にいた頃、施設の人に言われた言葉。……私みたいに両親もいないのに、反抗ばかりの可愛げもない子なんて、いらない子なんだって」
 悲しげに、過ぎ去った時を思い返すように、彼女の言葉は続く。
「だから、裏切られた気持ち……実は少しわかるの」
 不器用ながらも、千紗を救うための真摯な言葉。
「好き勝手、嘘ばっかり!」
「真実です」
 卵の殻のような護りで自身を覆い、ケルベロス達の言葉を否定する千紗の言葉をズミネがきっぱりと切り捨てる。
「虚偽とは敵を欺くものです。地球を愛する私達がなぜ、あなたを欺かねばならないのでしょう。それでは意味が通りません」
 そしてモモコは続ける。
「けれど、私気づいたんだ。自分の価値を決めるのは結局自分だけなんだなって。自分で見つけていくしかないんだって」
 施設を脱走し、都会の中一人生きてきた彼女は自信を必要としてくれる仕事を経て、人々を救う役目に自分の居場所を見つけた。誰かが必要としてくれる事の心地よさ、それを突然に信じられなくなった千紗の絶望はどれ程のものなのだろう。
「ねぇ、こんな悲しい事はやめようよ。周りの事を見ないで引きこもるのも、他人を嫌いになる事も」
 美々子が心配気に千紗へ言葉をかける。
「他人の評価なんてくるくる変わっていくけれど、それは自分自身も同じ事。誰にも評価される必要なんてない、自分を、誰かを評価する必要なんてない」
 だって人に劣悪なんて無いんだから。
「けれども周りの人は私を勝手に評価して勝手に傷つけてくる!」
「……辛かったでしょう、悲しかったでしょう」
 その場に居合わせることができず、周囲の勝手な評価で傷つけられた彼女に手を差し伸べられなかった無力さに、感情移入して千紗の立場に感じ入ったソラネは悲しみを抱く。
「貴女の努力、自己愛、それは決して間違いではありません」
 ただ、量なのだ。薬も過ぎれば身を滅ぼす毒となる。ソラネに続き、ラギアも優しい口調で肯定する。
「けれど、与えられた力で自分自身を愛せたと勘違いしてませんか?」
 全身へと地獄の炎を広げ傷を癒やしつつ、ラギアがそう語りかける。世界がどんなに辛く思えても、世界や誰かを傷つける道を選ばない千紗は、博愛に等しい優しさを持った人であると彼は思う。
「貴女の命は、どんなに貴女を愛している人であったとしても、貴女以外には本当の意味で守る事はできません」
「それでも私は……!」
 生命力を奪う結界を再び展開した千紗。けれどもそれは護り手達が上手く庇いきる。
「……戻りたいと心から思うならそう言え。俺たちが必ず助ける……多少痛いかもしれんが、死ぬよりゃマシだろ」
 そう言い残し、アルシエルは膝を付く。耐性のない防具で何度も仲間を庇っていた事に加え、長期戦になったためとうとう限界が来たのだ。
 けれども、それで稼いだ時間を、仲間達は無駄にしない。
 太陽の大盾を翳し、結界によるダメージから仲間を庇いきったラギアが自身を癒やし、その隙を補うように、モモコが刀を以てグラビティブレイクを放ち、殻の加護を砕く。
「千紗さんも悪いことばかりじゃなかったでしょ? ならさ、一歩、外に出てみようよ!」
 悪い未来を焼くように、祈りをこめた愛奈の炎が千紗の羽の護りを焼き、ソラネの気弾が食いつく。
「大丈夫、貴女は今からでも十分間に合います。まず、私たちの手を取ってはみませんか?」
 今一度、手を差し伸べさせて下さい。それはソラネの本心。
「俺達が貴女の力に味方になる。共に新しい未来を探しませんか?」
 さらに白竜が言葉を重ねる。動きを止めた千紗に、緋桜の気合を込めた異様に重い拳が炸裂する。
「本当に……戻っていいの?」
「憤りも憎しみも悲しみも、鬱憤は全部俺達が受け止めた。だから……大丈夫だ」
「その強い自己愛を少し弱めるだけで、ね?」
 身を床に横たえた弱弱しい千紗の声に緋桜が返し、ズミネが付け加える。
 どこか安心したように鳥の異形はその羽を散らした。

●平穏な心
 倒れた千紗にソラネとモモコがすぐさま駆け寄り、無事を確認する。途中倒れたアルシエルの無事をズミネが確認していたが、彼も命に別状はないようだ。
「よかった……!」
 一命を取り留めた千紗に気が緩んだ美々子が抱きつき、喜びを露にする。
 その衝撃で目覚めた千紗は落ち込んだ様子だったが、気を取り直しケルベロス達に礼の言葉を述べる。
「自分に負けるな。自分の涙は自分で拭え」
 ほんのりと涙を浮かんでいた彼女を励ますよう、緋桜のぶっきらぼうな言葉。
「心に溜め込んだ怒りを吐き出して気持ちはスッキリしたでしょう」
 ラギアは優しく彼女に語る。あとは彼女自身が解決していく問題、けれどもきっと大丈夫だろう。

 そして、部屋のヒールを愛奈が終えた後、ケルベロス達は千紗に見送られて帰還した。

作者:寅杜柳 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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