竜牙萌動

作者:刑部

 少し寒さも和らいだ昼下がり。
 足早に歩いていたサラリーマンや、子供の手を引きゆっくりと歩く母親が差し掛かった交差点の中央に、突如大きな4本の牙が突き立った。
 驚いた車がクラクションを鳴らし、ブレーキ音を響かせハンドルをきり、道路に黒い轍を刻んで急停車する。その音に足を止めた通行人達の前で、その牙は無骨な鎧を纏う骸骨の様な姿……竜牙兵へと姿を変える。
「愚劣ナ人間ドモヨ、サァ……ワレらにグラビティ・チェインをヨコセ……」
「ワレらをオソれヨ、そしてキョゼツせよ。その全テガドラゴンサマのカテとナルのだ」
 言うや否や4体の竜牙兵がそれぞれ得物を掲げると、手近な人々に斬り掛る。
 麗らかな午後の日和は女性の黄色い悲鳴に彩られ、阿鼻叫喚の中、逃げ惑う人々の姿。
「オソレよ、ゾウオせよ、オノレのムリョクさをナゲけ!」
 返り血で己の得物と鎧を赤く染めた竜牙兵が、ドラゴンへ奉る様に天に向って吼えた。

「大阪市は北浜の駅前に竜牙兵らが現れて、人々を殺戮する予知が見えたで。ヘリオンかっ飛ばすから、この竜牙兵らがやる凶行を止めて欲しいんや」
 杠・千尋(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0044)が、集うケルベロス達を前に口を開く。
「奴っこさんらが出て来る前に避難勧告をすると、他の場所に出てしまいよるから、事件を阻止出来んようになって被害が拡大してしまいよる。
 竜牙兵が出て来て、みんながヘリオンから降りて戦場に到着した後やったら、大阪府警による避難誘導を始められるさかい、一般人の避難はそっちに任せて、なるべく早う竜牙兵をぶちのめしたってや」
 と、到着後に警察による避難の準備が出来ている事を伝える千尋。

「現れる竜牙兵は4体。全員が無骨な鎧を着こみ、3体が蠍座のゾディアックソードを両手に持っとって、最後の1体が大弓で武装しとる。得物によって役割分担してきよる竜牙兵やろな。
 奴っこさんらは劣勢になって敗北濃厚になっても、戦意を失う事無く戦いを続けるみたいやから、最後まで気を抜かんと十分注意せなあかん」
 とケルベロス達の目を見て千尋が念を押し、
「攻撃を仕掛けて来る自分らを放置してまで、一般人の虐殺を優先するとは思えへんから、まず素早く近くの一般人を庇いながら攻撃を仕掛ける事やな。駅前の大きな交差点のど真ん中やから、戦闘に支障のある様な障害物もない筈や」
 と状況についても説明を加える。

「竜牙兵の目的は、グラビティ・チェインの確保は元より、人々の憎悪と拒絶を集める事や。
 大きな被害が出てまうと、周囲の人々の不安が煽られて、ドラゴン達の思惑通り、恐怖と憎悪とが高まってしまいよる。それを阻止する為にも、最小限の被害で、奴っこさんらを倒さなあかん。みんな頼んだで!」
 千尋の言葉に、多くのケルベロス達が力強く頷くのだった。


参加者
相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)
エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)
嵐城・タツマ(ヘルヴァフィスト・e03283)
彩咲・紫(ラベンダーの妖精術士・e13306)
シフォル・ネーバス(アンイモータル・e25710)
アンナマリア・ナイトウィンド(月花の楽師・e41774)
ノルン・ホルダー(黒雷姫・e42445)

■リプレイ


 大阪は北浜駅前の交差点に突如突き立つ巨大な4本の牙。
 そこから転じた竜牙兵達が、双剣を掲げて咆える。
「愚劣ナ人間ドモヨ、サァ……ワレらにグラビティ・チェインをヨコ……ヌ?」
 その咆哮を掻き消す様に次々と落ちてきた『何か』が、大きな衝突音と砂煙を上げる。
「俺等に邪魔されても懲りないその姿勢だけは評価できるがね。今回も失敗の回数が1つ増えるだけだぜ」
 鵲に似たモノクロの翼を大きく広げ、白いエリカを咲かせた蜂蜜色の短髪揺らして砂煙を突き破ったエリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)は、素早く周囲に視線を奔らせると、大弓を持つ竜牙兵目掛けて焔纏う脚で地面を蹴る。
「ぬおおおおおおおおおお!!!」
 その脚から生じた青炎の鵙を見て、防御陣を築こうとする双剣の竜牙兵達の耳朶を打つのは、相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)のバンプアップされた肉体から放たれるマッスルな波動。
 一瞬の怯みを見せた竜牙兵に砂煙の中からい出たケルベロス達が次々と襲い掛かり、赤色灯を回転させたパトカーたちが周辺の一般人に避難を呼び掛け始める。
「ケルベロス供ガ!」
「自己紹介の必要はないみたいだね。ライトニング・スタンッ!」
 ギリッと牙を噛みながら泰地に矢を放った大弓の竜牙兵に、僅かに口角を上げたノルン・ホルダー(黒雷姫・e42445)が向けた掌から、雷撃が迸ってその身を穿ち、
「迎え撃つだけってのは飽き飽きしてるんだがな……もう少し趣向を凝らして欲しいものだ」
 ピクリと白い片眉を上げた嵐城・タツマ(ヘルヴァフィスト・e03283)が構えたガトリングガンが、軽快な音を立て弾丸をばら撒く。
「皆さん、急いで避難して下さい」
「桐生さん西側は避難完了です」
 その間にアイズフォンで警察と連携しながら、泰地に託され避難を促す桐生・冬馬(レプリカントの刀剣士・en0019)達の頭上、白翼を広げた彼方・悠乃が、上空から見た避難状況を的確に知らせる。

「サセルカ!」
 大弓の竜牙兵が狙われている事を察した竜牙兵達が、防御陣をシフトして大弓の竜牙兵への射線を遮りながら、襲い掛かって来る。
「私に任せて下さいませ」
「反応が遅いのよ」
 彩咲・紫(ラベンダーの妖精術士・e13306)がくるっと回した『雷華の鉄杖』の杖頭を突き付けると、迸る雷撃が先頭の竜牙兵を穿ち、くすりと笑ったアンナマリア・ナイトウィンド(月花の楽師・e41774)が、眼前に広げた光の鍵盤をひくと、背後に立つ御業が射線をこじ開ける様に火炎弾を飛ばす。
「見えたわ、初手より奥義にてつかまつるのッ! ……零式寂寞拳!」
 そのこじ開けられた部分を、将来を嘱望されたバレリーナだけの事はあり、体を回転させ素早く滑り込む様にフィアールカ・ツヴェターエヴァ(赫星拳姫・e15338)が抜けようとするが、
「イカセン!」
 流石に剣を格子の如く合わせて道を塞がれ、その持ち手にミミックの『スームカ』と共に一撃を見舞って距離をとるが、そのフィアールカの跳び退いたところに伸びた如意棒が、大弓を持つ竜牙兵を穿つ。
「ええと、そうそう。上手く弓を持つりゅ……牙なんとかに当たりましたですの」
 シフォル・ネーバス(アンイモータル・e25710)が、如意棒の長さを戻しながら小首を傾げて当たりを見ると、畳み掛ける攻防の内に避難が完了したのだろう。
 赤色灯とサイレンの音が遠のき、冬馬や悠乃達が戦列に参加してきた。


 初手は『後の先』をとる形になり速攻を掛けたケルベロス側が優位になったが、竜牙兵達も度重なる失敗に学習したのか、一時の混乱から立ち直ると、大弓を守る様に防御陣を敷いてケルベロス達に抗する。
「敵前衛の抑えは任せろ、行くぜスームカ!」
 泰地の声に反応したスームカが愚者の黄金をばら撒き、泰地が向けた腕のマッスルアームが展開し、放たれた御霊殲滅砲がその黄金を舞い上げながら防御陣を敷く竜牙兵達に炸裂すると、近接攻撃しかないフィアールカの爪が双剣の竜牙兵の体を裂く。
「ご自慢のゾディアックソードに見えるけど、魚座の私の踊りについてこれるかな?」
 直ぐに殺到する攻撃を、華麗な身のこなしでダメージを抑えつつ後退するフィアールカ。
「要であるてめぇが崩れれば扇は解けて落ちるだけ……だろ?」
 剣の竜牙兵がフィアールカに気取られている隙を突き、大弓の竜牙兵に向けたタツマの筒先が火を噴き、エリオットと紫の攻撃がそれに続く。
「てめぇらは恐怖を植え付ける側じゃねぇ、恐怖する側なんだよ……ぬおおおおおおお!!」
 泰地の咆哮と共に再び剣の竜牙兵達を撃つ波動。
「サッキカラ鬱陶シイィ!」
 その波動に撃たれながらも2体から放たれた蠍のオーラと共に、1体が泰地目掛けて突っ込んで来る。
「ドケィ!」
「あら? 甘く見たら怪我するの!」
 そこに割って入る影に罵声を浴びせる竜牙兵を、金剛石のドールアイで見つめたフィアールカは、その斬撃を受けながらもその吶喊を押し留め、直ぐに後ろからアンナマリアが回復を飛ばし、スームカもエクトプラズムの武器で斬り掛り援護する。
 その間にもシフォルが飛ばした虚無球体とノルンの放った魔法光線を追い掛ける様に、
「そらそらそらそら! 当たらなくても弾幕にはなるだろ!」
 タツマがぶっ放すガトリングガンの弾が、大弓の竜牙兵と周辺のアスファルトを跳ね上げた。

 泰地とフィアールカを中心に前衛陣を引き付け、大弓の竜牙兵に攻撃を集中するケルベロス達であったが、大弓の竜牙兵は自分が狙われているのを悟ったからか回避行動に専念しており、決定打を与えられないでいた。
「逃げ回っているから攻撃を封じている事にはなるんだろうけど……流石にそろそろ面倒くさいかな? さぁ、青炎の地獄鳥よ、我が敵をその地に縛れ」
 戦いの余波で髪留めが飛び、目に掛る前髪を掻き上げたエリオットは、大弓の竜牙兵の注意がタツマの爆ぜる弾丸に向いた隙を突いて青炎の鵙を飛ばすと、続いて冬馬が放ったマルチプルミサイルを回避しようとするその足が、青炎で早贄の如く地面に縫い付けられ被弾する。
「流石です」
 とエリオットに賛辞を送った冬馬は、ミサイルを放ったポットを収納すると、斬霊刀を抜いて距離を詰めてゆく。その冬馬と駆ける大きな黒猫。
「向こうの連携を崩してこっちが連携できれば、それはもう勝ち確定だよね」
 大きな黒猫……ではなかったノルンは、そう言うと冬馬目掛けて矢が放たれた瞬間、紫が放った雷撃に合わせて掌を向け雷を打ち出し、合わさった雷撃が竜牙兵の身を焦がし白煙が上がる。
 右胸に突き刺さった矢を抜きつつ後退する冬馬に、アンナマリアが回復を飛ばす中、シフォルが伸ばした如意棒の石突が、竜牙兵の腕を突き番えようとした矢がこぼれ落ちる。
「ここだな。畳み掛けて!」
「もう逃げる事もままならない筈だよ」
 ほんの僅か緑瞳を細めここが要諦と見定めたエリオットが、仲間達に声を掛け気咬弾を飛ばすと、ノルンも直ぐに反応して魔法光線を飛ばし、次々と飛ぶ攻撃に穿たれた竜牙兵は、大弓を支えに片膝をつき、忌々しげにケルベロス達を睨み付けると、
「オノレ……ドラゴン様スミマ……」
 恨み言を口にするが、口から溢れる血で言葉が続かず、己の血反吐の中へと前のめりに崩れていった。

 大弓使いが倒れた事で、戦場の天秤が大きくケルベロス側に傾いた。
「弓使いは倒れたみたいね。じゃあ早く助けてあげてね」
 鍵盤を弾きつつ体を向けたアンナマリアの紫のカラードレスの裾が揺れる。
 彼女はただひたすら泰地とフィアールカを中心に回復を飛ばし続け、後ろから戦線を支え続けていた。
「時の彼方、空の彼方より来たれ、死をも飲み込む苦しみの水よ!」
 そのアンナマリアの横を駆け抜けたシフォルが、苦痛を力にして乗せた水の礫を投げ放ち、タツマの放つガトリングガンの弾と共に竜牙兵達を穿つ。
「泰地様の攻撃がかなり効いているハズですが、よく動けるものです」
 時空凍結弾を放ち小首を傾げる紫の、ウェーブの掛った髪が揺れラベンダーの花が踊る。
 彼女が言う様に、ジャマーである泰地が重ね塗った麻痺の力が3体の竜牙兵を蝕み、時折硬直した様な動きを見せるものの、此方の攻撃に対し果敢に反撃を行っていた。
 その姿は後ろに控える大弓の竜牙兵が倒れた今も変わる事は無い。
「忌々しシイゾケルベロス。セメテ道ヅレニシテクレヨウ……」
 肩で息をしながら睨み付ける竜牙兵に、
「口を動かす前に手を動かさないと、戯言にしかなりませんよ」
「あなたたち、ひいては後ろのドラなんとかたちの企み、見過ごすわけにはいきませんわね」
 挑発する様な口調で語り掛けたアンナマリアが微笑むと、御業の腕が伸びその竜牙兵を掴み、シフォンの如意棒が風を唸らせ突き入れられる。
 そこに翼を広げたエリオットが突っ込んで隊列を乱し、冬馬とノルンが突出した形になった1体を斬り抜けた! ……その後ろに翻る影纏いの外套。
「それではさようなら……永遠に、ね」
 紫が向けた鉄杖から迸る閃光が、その竜牙兵が最後に見た光景となった。


 竜牙兵は残り2体。
 重ね掛けられた麻痺や石化により著しく行動を阻害されながらも、戦意を失う事無く剣を振るって抵抗していたが、2体同時に体が痺れて振るった刃が空しく地面を穿つ。
「チャンス到来。我が御業よ! 荒ぶる拳で哀しき未来を微塵に砕きなさい! エリミネートッ! ティアァァァァズッ!!」
 優しげに鍵盤を弾き回復に専念していたアンナマリアの指が高速で動き激しく鍵盤を叩くと、竜牙兵の周りの空気が凍結するかの如く冷え、御業がその拳を叩き付ける。
「最後まで挫けないその意志だけは認めてやるぜ。それ以外は全部認めないがな」
 続いて距離を詰め、振るわれた刃をマッスルガントレットで受けた泰地は、そう言って竜牙兵と視線を交錯させると、そのまま刃を弾き上げ、竜牙兵の胸人差し指を突き入れる。「ゴガ……」
 その一撃に呻く竜牙兵に悠乃の死響が叩き込まれ、続いた冬馬も刃を突き入れたところに、
「次からはもう少し考えてから来るがいい……っと、お前に言っても仕方ないか。じゃあな!」
 タツマのオウガメタルが鋼の鬼と化し、その拳を思いっきり叩き付ける。
 拳がめり込んだ竜牙兵の体が泰地の指と冬馬の刃から抜けて吹っ飛ばされ、後頭部から地面に落ちてそのまま首が折れる様に三回転し、大地にその身を投げ出して動かなくなる。

「憎悪だの拒絶だのじゃなく、守るべき皆に希望と光を……ってね」
 最後の一体の腹にはエリオットが突き入れた穂先。
「これなるは女神の舞、流れし脚はヴォルガの激流! 喰らえ! サラスヴァティーサーンクツィイ!」
 その槍の柄を掴んでカウンターを見舞おうとする竜牙兵に、ワルツを踊る様に舞ったフィアールカが連続で蹴りを叩き込む。
「オノレ……」
 竜牙兵も双剣を以って撓った鞭の如く叩き込まれるフィアールカの脚を裂こうとするのだが、その腕にスームカが齧り付き、麻痺の影響も出て刃は虚しく虚空を斬る。
「えっと……そうそうとどめ、とどめ」
 虚空を斬って耐性を崩した竜牙兵の体を、シフォルの飛ばす水の礫が次々と穿つ。
「もうお腹もすいてきたし帰ってくれないかな? 帰り道は地獄とかそっちの方だけ、ど、ね!」
 ノルンが振り上げたシュヴェルトラウテの刃が、竜牙兵の片剣を弾き飛ばし、開いた胴目掛けて雷を溜めた掌が向けられ、
「あなたを送るのはまどろみの世界ではなく、煉獄の世界です」
 逆側に距離を詰めた紫が、火花の華を咲かせる鉄杖の杖頭を突き付ける。
 次の瞬間、閃光が視界を覆い思わず眩んだ眼をこすった仲間が見たのは、黒焦げになって白煙を上げる竜牙兵の骸であった。

 走り回るパトカーが規制の解除をアナウンスし、難を逃れた人々がケルベロス達に手を振っている。
 その歓声を受けながら破損個所をヒールしていくケルベロス達。
 ちなみに、タツマのばら撒いた弾丸による損傷が一番多かった様である。
「ドラゴン、いずれ次の手を打ってくるのかしら……でも、今はこの場所を守れたことを、喜んでもいいわよね」
「えぇ、配下を惜しげもなく投入していてもわたくしたちが守り続けていればいつかは尽きるはず。その時まで負けませんわ」
 くるっと振り返ったアンナマリアの言葉にシフォルも決意を新たにする。
 その横ではフィアールカが軍神ペルーンに祈りを捧げていた。
「だれか近くの甘味処知らないかな? お腹すいちゃったよ」
 ぐ~♪
 言葉と共に鳴ったノルンのお腹の音に笑いが漏れる中、手を振る人達に見送られ、ケルベロス達はお土産に貰ったわらび餅を手に帰還するのだった。

作者:刑部 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。