空泳ぐ機械亀

作者:七尾マサムネ

 河川敷の草むらに、使い古された家電がいくつも転がっていた。不法投棄、という奴だ。
 その中に、小さな亀が混じっていた。水を泳ぐ、機械式のお風呂用玩具だ。表面はひび割れ、緑色はくすんでいる。
 誰からも顧みられる事のなかった玩具に目を付けたのは、デウスエクスだった。
 小型ダモクレスが入り込んだ玩具は、修復を開始した。本来の形状を越えて巨大化すると、ロボットへと変貌を遂げたのだ。
 大気を水に見立て、ダモクレス・タートルが虚空を泳ぐ。再び動くことが出来た喜びを表現するように。
 だが、ダモクレス・タートルは、おもむろに人気の多い市街地を向いた。
「カメー……」
 子どもを楽しませるはずの玩具は、グラビティ・チェインを集めるための走狗と成り果てたのである。

「お風呂を泳ぐ亀の玩具が、ダモクレスに変化してしまう事件が起こるっす」
 黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)が、今回の任務についてのミーティングを開始した。
 ヘリオンの片隅には、情報提供者である花道・リリ(合成の誤謬・e00200)が静かにたたずんでいる。
「家電がダモクレス化する事件はたびたび起きるっすけど、今回は、とある河川敷に捨てられていた亀型のお風呂用機械式玩具がダモクレスに取り込まれて、人々からグラビティ・チェインを奪い取ろうと暴れ回るんす。皆さんには、これを阻止して欲しいんすよ」
 今回の敵、ダモクレス・タートルの出現地点は、河川敷。周囲にマンションなども立ち並んでいるエリアだ。更にその先には市街中心部があり、攻撃を受ければ多くの命が失われるだろう。
 だが、ダンテの予知により、被害が出る前に、河川敷で敵と接触する事が出来る。
 ダモクレス・タートルは、常に空中を浮遊しているものの、その高度はさほどでもない。ケルベロスの身体能力をもってすれば接近戦も十分可能だと、ダンテは言う。
 ダモクレス・タートルの主な攻撃方法は、口から鉄砲魚のように放つビーム。また、甲羅に格納された小型ミサイルで周囲を爆砕し、ヒレをブーメランのように射出して対象物を切り裂く事も出来る。ポジションはスナイパーである。
「おもちゃをその辺に捨てる人間も褒められたもんじゃないっすけど、一般人が殺されるのを見過ごすわけにはいかないっす。なんとか襲撃を止めて欲しいっす!」


参加者
藤咲・うるる(メリーヴィヴィッド・e00086)
花道・リリ(合成の誤謬・e00200)
繰空・千歳(すずあめ・e00639)
ギヨチネ・コルベーユ(ヤースミーン・e00772)
ジゼル・フェニーチェ(時計屋・e01081)
平坂・サヤ(こととい・e01301)
海野・元隆(一発屋・e04312)
ハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)

■リプレイ

●フライングタートルデラックス
 今回の現場となる河川敷に到着した一行は、早速準備に取り掛かった。
「さぁ、危ないから逃げてちょうだい」
 周囲の民間人が繰空・千歳(すずあめ・e00639)の剣気を受けたところに、隣人力を生かして避難を促す平坂・サヤ(こととい・e01301)。
 周辺に人気がなくなったのを確認すると、手分けをしてキープアウトテープを張り巡らせるハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)と藤咲・うるる(メリーヴィヴィッド・e00086)。
 ウイングキャットのミルタと一緒に、準備の完了を待っていたジゼル・フェニーチェ(時計屋・e01081)の頭上に、ふと影が落ちた。
「あれが亀さん、ね」
 空を覆う、大きな亀。ケルベロスたちの頭上に、ダモクレス・タートルが出現したのだ。
(「空を泳ぐのは心地好いかしら。今のうちに満喫しておきなさい」)
 ヒレで大気をかく巨大亀を眺める花道・リリ(合成の誤謬・e00200)。玩具だった頃はきっと、カタカタとヒレを回して、ぱしゃぱしゃと水面を泳いでいたのだろう……。
 ……少々和んでしまった。気を引き締めないと。
「ふむ、日本人の方は入浴時に玩具を使用することが多いのですな。……ところで、このカメは食べられるものでございましょうか」
 解体も血抜きも得意にございまする、と掌に拳を打ち付けるギヨチネ・コルベーユ(ヤースミーン・e00772)に、ハンナが言う。
「それじゃあお手並み拝見と行こうか。……ああ、あたしの分はいらないが」
 そうこうするうち、ケルベロスたちのグラビティ・チェインを感知した巨大亀が、首をもたげると、兵装を展開した。
「サヤには、捨てられた玩具のきもちはわかりませんが、知ったからには捨て置けませんねえ」
(「今の『捨て置けない』っていうのは、捨てられていたおもちゃに掛けてるのか……?」)
 海野・元隆(一発屋・e04312)は、サヤに確かめたい衝動に駆られたが、そういう雰囲気ではなさそうなので、疑問は酒と一緒に飲み込んだ。
「きっとたくさん遊んでもらった玩具でしょうに、その末路がダモクレスだなんて報われないわ」
 機械化された亀のボディを見つめ、うるるはそうつぶやいた。立派な姿にはなったもの、その分、玩具の頃にあった親しみやすさは失われてしまっている。
「でも、だからって見過ごすことはできないもの」
 うるるの決意に、仲間たちは、うなずき、返答し、あるいは黙って構えを取ることで同意とした。
 戦闘開始だ。

●ケルベロス空中決戦
「カメー」
 アイデンティティを主張するダモクレス・タートルの鳴き声を聞きながら、ジゼルがスイッチを押した。味方の背後に立ち上る、カラフルな煙。その爆風の勢いを受けると、何やらテンションの高まりを感じる。
 敵の対地攻撃に備え、ミルタは翼を広げて抵抗力を固める。「さぁ働きなさい」と言わんばかりの上から目線気味なのは、女王様気質のためか。
 ミルタと連携して、サヤがオウガメタルから、煌めく粒子を散布した。仲間たちの狙いを研ぎ澄ませ、攻撃精度を高める。
「捨てられるのはかなしいことですが、お役目を曲げられてしまうことだって、同じくらいに苦しいことです」
「不法投棄の結果が自分たちに返ってくるというのも、皮肉なものね。だからって見過ごせるわけでもないもの、しっかり終わらせるわよ」
 頼れる仲間に言葉を投げると、千歳が切りかかった。ぶつかる装甲と刃。響く金属音、飛び散る火花。
 千歳の背中からひょこっ、と現れたミミックの鈴が、亀の体に飛び移ると、硬質の表皮に歯を立てた。
 こんなもん蚊に刺されたようなもんじゃあ、と思ったかどうか。ダモクレス・タートルは身をよじり、ケルベロスたちを振り払う。
 その流れに逆らうようにして、うるるが、電柱を足場に跳躍した。空中で身を振ると、細身とは裏腹のパワフルなモーションで、腹部目がけ蹴撃を浴びせる。傾く巨体。
 その下方、元隆が力を解き放つと、川がざわめいた。遠き嘆きの海峡より引き出された怨念・亡霊の群れが、巨大亀を取り巻いていく。それから逃れようと上昇するも、簡単には離してくれない。
 高度を下げるダモクレス・タートルへ、太陽を背に、ギヨチネが降下した。怨念が霧散したタイミングで、甲羅を蹴りつける。空中に虹がかかるのと同時、表面の装甲がはがれていく。
 四方から攻撃にさらされながら、亀の甲羅を構成する装甲がスライドした。露わになったのは、ミサイル発射管だ。
「カメー!」
 ばしゅばしゅばしゅ、と破裂音を振りまいて、ボムが射出された。一発一発が異なる軌道を描いて空を翔けると、ケルベロスたちに熱と衝撃の雨をお見舞いした。
「あらあら、こんなもの? ちょっと張り合いが無いんじゃあないかしら」
 ボムの雨を二刀で受け流した千歳が、煙を払って現れる。後は後方の女性2人にお任せ、と身を引く。
 入れ替わりにリリのかざした刀が、陽光を反射した。無駄を削ぎ落した剣閃が、巨大亀を切り裂く。損傷を受けた可動部は、思ったように動かない。
 ぎこちなく首をもたげる巨大亀に、ドラゴニックハンマー射撃モードでハンナが狙撃した。黙っていても安全圏に離脱するものという確信があるから、仲間に合図は送らない。
「機動力がありそうだからな、自由に動き回らせはしないさ」
 竜の吐息を模したエネルギーの奔流が、敵の進撃を押しとどめた。

●亀型軌道兵器攻略戦
 ダモクレス・タートルが、不意に手足をひっこめた。ケルベロスたちの息の合った連携に手も足も出ないことの表明……ではなかった。
 四肢を格納した穴から火を噴くと、旋回。ケルベロスたちを押し返したのだ。
 そして巨大亀は、再び出したヒレを分離させ、投げつけた。
 内蔵ブースターの出力で回転しつつ襲来。その先にジゼルがいるのを見るや、ギヨチネが駆けた。回転するブレードを、バトルガントレットで受け止める。力比べだ。
 強引に勢いを殺し、ヒレを投げ返してやる。もっとも、その頃には、ギヨチネの体のあちこちから炎が噴き出している。
 燃えて悔いなし。盾役を自認するギヨチネ本人はともかく、そのままというのもしのびない。サヤが、魔法を紡いだ。まばたき1つの後、傷口はふさがっていた。あたかも、傷を受けた事象そのものを書き換えたように。さすがは魔法使い、といったところである。
 なおも飛翔してくる巨大亀をかわし、リリが力をためた。
(「さて、回遊は満足のいくものだったかしら。人を殺してうらみを買う前に、玩具のままでお眠りなさい」)
 『癇癪玉のカムクァット』……リリの編み出した絶技が、巨大亀を追い、貫き、空に爆破の花を咲かせた。
 金属の花弁が散った後、露わになったのは、ひしゃげた装甲。千歳の刀が目指すのは、その損傷ポイントだ。
「さぁさ、悪さはこれでお終いよ」
 逆手に握った一刀を突き立てると、重力に任せて斬り下ろしていく。
 着地する仲間をフォローすると、喰らいつくように殴り掛かるギヨチネ。外装を剥ぎ取りつつ、降魔の力をこめた拳が、巨大亀の腹を食い破り、砕く。
「解体して、喰らう、か。有言実行とは律儀な奴だ」
 ハンナが、担いでいたハンマーを放り投げた。武器は素手……だが、繰り出された打撃は、槌よりも重く、弾丸より速かった。
 殴る、殴る。何やら拳祭りが始まったようだ。自らも刀を納めると、元隆が拳を握りしめた。
 ずぅん、と重く速い一撃が、巨大亀を揺るがした。一拍の後、氷結が亀の半身を覆う。
「氷で冷やしてやれば、亀だけに冬眠は……せんか」
 などとつぶやく元隆の視線の先、ぱきぃん、と氷塊を打ち砕いて突き進む巨大亀。
 しかしその行く手には、ジゼル。敵の下部に取りつくと、オウガメタルにコーティングされた一撃を加えた。どぉん! 衝撃が巨体すべてを震わせ、打撃を受けた箇所がクレーターを形成する。
 ジゼルに弾かれ、落下してくる巨体へと、うるるが飛ぶ。握りしめた拳に、ばちり、光が走る。ダモクレス・タートルと正面衝突すると、内部に突入。
 降魔の打撃が、内部機構を喰らいつつ、全身を貫き通す。うるるの体が脱出を果たすのと、敵が爆散するのは、ほぼ同時であった。
 残骸は消失し、小さな亀の玩具だけが川のほとりに浮かんでいたという。

●BBQタイム
 周囲のヒールや片付けを終えたら、帰投……ではなく、河川敷でバーベキューの時間だ。
 元隆がバーベキューセットを展開していると、リリの視線に気づいた。
「…………」
「なぜに魚屋を見るような目を……。確かに魚は持ってきちゃいるが、こいつは酒の肴、さかな違いだ」
 割といつもなにがしかの魚を持ち歩いているから、外れとも言えない。いや、他にも色々取り出しているので便利屋かもしれない。
 皆で持ち寄った食材や飲み物が、どんどん並んでいく。賑やかである。
 大人組と未成年組、それぞれにいい感じの飲み物を手元に準備したら、
「かんぱーい!」
 皆のコップや杯が、景気よく鳴った。
「この一杯のために頑張ったのよね」
「あんま飲みすぎんな。送る手間が増えるからよ」
 満足げな千歳に釘を差していたハンナに、肉が振舞われる。
「あら、送ってくれるの? なら、もっと飲もうかしら。魚屋さん、おかわり」
「おい」
「おい」
 2方向からツッコミが来た。
 傷の治療もそこそこに、肉を焼いていくギヨチネ。その手際の良さを称賛されると、故郷でもよく焼いておりました故、とにこりともせず応じるが、まんざらでもないのかもしれない。
「この肉はいい塩梅でございましょう」
「ならそれもらうわ」
 肉を求めるリリ。任務完了後、すぐに帰るつもりだったが、肉と酒があるのなら、話は別。
 知り合いばかりとあって、普段の頑な態度も軟化している。いつもをツンツンツンとするなら、今はツンツンくらい。軟化。
 オレンジジュースをこくこく飲みつつ、うるるはローストビーフサンドや、美味しく焼かれたお肉をもぐもぐ。みんなで食べると美味しい。
 普段は食が細いサヤだが、楽しい雰囲気も手伝って、箸が進む。
 ついでもらった一杯を飲み干すと、まあそっちも飲め、とつぎ返す元隆。
 食材は、肉や野菜だけではない。ジゼルの用意したあんぱんも、好評を博している。仲間内からは、あんぱんの妖精だと思われているふしがある。
 ひとしきり食欲を満足させた後。
 せっかくの河川敷というロケーションを生かさない手はない。食後の運動といったところだ。さっきまでも運動していたけど。
 現地調達できそうなものといえば、河原の石くらいだが、
「石合戦はだめ。ぜったいだめ」
 ジゼルが、腕でバツ印を造った。石合戦。それは血で血を洗う、石の投げ合い。伝統的風習だからといって、よい子が真似したらよくない。というか、内容を調べた皆が割とおののいてる。
 というわけで、石切である。
「かような遊びは良く存じませぬ故、是非ともご教授いただきたく」
「こうして水面を跳ねさせるのよ」
 教えを請うギヨチネに、千歳が投じて見せた。ひとつ、ふたつ、みっつほど跳ねた後、静かに沈んでいく。
「それでは」
 ギヨチネが実践した。なかなか筋がいい、と褒められた。
「よーし、賭け事だってどんとこいですよ! ふふー、うなれサヤのビギナーズラック!」
 やる気満々のサヤが、ていやー! と投げた。
 …………。
(「とばない」)
「……賭け事以前の問題ね」
 しょぼーん、とするサヤを見て、千歳が言った。大丈夫、まだまだ石はあるよ!
 皆を真似て、うるるも挑戦した。石切は初めてだ。勢いが良すぎたせいか、初回はあまり跳ねずに沈んでしまう。ならもう一度、である。
「要はこう、気合で飛ばす、んだ、ぞ」
 元隆が石を投じてみせるのをお手本にしながら、ひょいっ、と投げるジゼル。ミルタが、自分ならもっとうまく飛ばせる、という顔をしてる。
 皆が果敢にチャレンジする様子を見ながら、風下で一服していたハンナが、手ごろな石を拾った。
 二度三度と、リズムよく石が跳ねる様に、おおー、と歓声が上がった。
「モノを投げるのは得意でね」
 オーバーにアンダー。ハンナは、自在の投てきスタイルで、次々と水面を跳ねさせる。
 おもむろにリリも石を適当に見繕うと、川に向かって投球した。全力で。
 ドボン。
 勢いよく上がる水柱を見て、あー……と、一同が何とも言えない表情になった。
「……もしかしてこれ芸術点を競うかんじです?」
 サヤが小首を傾げた。
「違う」
「違う」
 違うらしい。
「よく飛んだな。種目は砲丸投げに変更した方が良い」
 どや顔中のリリに、ハンナが言った。
 多分これ褒めてない。でも楽しかった。

作者:七尾マサムネ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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