●かみの話
人気のない裏通りに、数人の若者たちが集まっていた。
無造作に飲み食いし散らかし、下品な笑い声をあげて騒ぐように話をしている。
「ひゃっはは、お前それやべーって」
「だろだろ? あ、やべーっていえばよ、あいつ最近ヤバくね?」
「ああ、あいつ! だな、まじやべーな! アレになってからじゃね?」
彼らの言うあいつとは、この場にいない仲間のひとりを示しているようだ。
「やべぇ強さだよな……でもそれ以上にやべーな見た目!」
「だろだろ? いくら強くなってもあれじゃ人間として終わりだぜ」
「全くだぜ、あのてっぺんハ……えぐぇ!?」
突如若者のひとりがうめき声をあげた。見れば蔦のようなものが首に絡みついている。
「や、やべっ……!?」
いないと思っていたが、当の本人が近くで聞いていたらしい。そして――。
「バカに……するなぁぁぁぁ!!!」
蔦の奥底で、きらりとてっぺんが煌めいた。
●きらきら
余計なことはなにも言わず曖昧な表情を浮かべたまま、ヘリオライダーであるダンテは説明を続けた。
「ええっとっすね。攻性植物の事件っす、それ自体はよくあるものっすけど……」
かすみがうら市で攻性植物の果実を体内に受け入れて異形化した若者が、悪口を言ったグループの仲間を殺してしまうというものだ。
「なんていうか……芍薬さんが危惧した……危惧? まぁいいっす、危惧したような相手が出てきたわけっす」
全体的に植物っぽい外見になっていて、特に頭の部分から大量の蔦のようなものが生え広がっているが、目立つのはその中央。頭頂部分だけ見事につるんとしているのだ。
「まぁ、これはいわゆる――」
ハゲである。
紛うことなきハゲである。
「攻性植物っすね」
あえてそういうダンテである。
場所は路地裏だがそれなりに広く戦闘に支障はない。人通りもないだろう。問題は放っておくと若者たちがハゲに殺されてしまう点である。
「連中を追い払ってもいいっすけど追いかけられると面倒っす。出来れば敵の注意を引きたいところっすね」
片手を頭に当てて、ダンテが考えるしぐさをする。
「何か、気を引くような言葉でもかけられれば……」
なんか本気で考えている。
怒らせでもして注意を引けば、若者たちの心配をせずに戦えるだろう。
「細かいことは任せるっす。こっちの事件も見過ごせない状況っすから何とか撃破してほしいっすよ!」
そう言ってダンテは説明を締めくくった。
「やだ、攻性植物に憑かれてるのに頭だけ禿げてる……」
とりあえず口元を手で押さえて、唖然とした表情で橘・芍薬(アイアンメイデン・e01125)がそんなこと言ってる。
「いや、まぁ、うん。なんかすごい既視感あるけどまあいいわ。とりあえずやることはひとつね」
にぃっ、と彼女はちょっとワルそうに口端を吊りあげて笑った。
「残ってる髪もまとめて吹き飛ばしてやるわ」
そこに慈悲などなかい。
髪じゃなくて攻性植物だけど。
参加者 | |
---|---|
雨月・シエラ(ファントムペイン・e00749) |
橘・芍薬(アイアンメイデン・e01125) |
エルトベーレ・スプリンガー(朽ちた鍵束・e01207) |
オルネラ・グレイス(夢現・e01574) |
リリウム・オルトレイン(晩成スターゲイザー・e01775) |
ヨエル・ラトヴァラ(清凪ぐ極光・e15162) |
イングヴァル・ヴィクセル(レプリカントの鎧装騎兵・e15811) |
メティス・メドゥサ(オリュンポスゴルゴン三姉妹・e16443) |
●頂点
その頭頂は輝いていた。
「な、なんという事でしょう……!」
あまりにもあんまりな光景をリリウム・オルトレイン(晩成スターゲイザー・e01775)はわなわなと震えながら指さした。
「ハゲてる人にはアホ毛は生えません……つまり、あの人のアホ毛力はゼロ……!」
ハゲとは。アホ毛とは。哲学してたら夜明け前だったアホ毛はそんな結論に至ったとかなんとか。
「カミに見放された哀れな男、なのかもしれないわね」
答えるように橘・芍薬(アイアンメイデン・e01125)がいうと、遊び相手を見つけた子犬のしっぽのようにアホ毛がぶんぶん揺れた。
「あっ、芍薬さん! 前にもこんなことがあった気がします!」
「奇遇ね、私もそう思っていたところよ」
「わたししってます! こういうの、でぶっていうんですよね!」
「違うから。うん、違うから。でもニュアンスは伝わるのがなんか悔しいわ」
きっとデジャビュのことだろう。
一部のケルベロスたちには何か思うところがあるのだろうか。エルトベーレ・スプリンガー(朽ちた鍵束・e01207)もすこし難しい顔をして考え込んでいた。
「そういえば伯父さんに10円ハゲが出来たとき、お母さん大ウケでしばらく伯父さんのことハゲジジイって呼んでたっけ……」
と思ったらなんか思い出に浸っていた。こんな時に考えているくらいだからきっと大事な記憶なのだろう。どうでもいい思い出とかいわせない、絶対。
「10円ハゲ、ねぇ……いつかお兄様も……」
つられて考えちゃいけないことを考え出すオルネラ・グレイス(夢現・e01574)。あの深いフードを脱いだらぺかーっと。
「……ノイア、お願い」
思考停止。とりあえず指示を出す。ご主人様の意図を忠実に解釈したノイアさんはおもむろにエルトベーレのほっぺをひっぱたいた。肉球で。ぱよん。
「はぅわっ、一体何をっ!?」
「必要なことだったのよ……」
「さすがお姉様……思慮深いです……」
肉球でほっぺぐりぐりされながらもなんでかうっとりしてる。
なお、輝くてっぺんに巣を作りたそうにしているリヒトさんを、カイさんが必死で押し止めていたりする。
「てっぺんだけ避けて攻性植物化するなんて……ハゲてる部分だけ鉄壁の防御力だったのかな……」
頂点を中心に不毛の荒野。完全にサイドから垂れ下がっている状態の攻性植物を見て雨月・シエラ(ファントムペイン・e00749)が呟いた。
「全身が鉄壁ガードならこうはならなかっただろうに……」
「ふむ、確かに頭頂部分に攻性植物の影響が及んでいないことは興味深い」
言葉を受けてイングヴァル・ヴィクセル(レプリカントの鎧装騎兵・e15811)も考えを巡らす。
「全身が鉄壁ガード……つまり全身がハゲなら攻性植物には支配されなかった……?」
「あと学校の先生にハゲの悩みって何ですかって聞いたら泣かれた」
すごくどうでも良いことだったのでシエラはあっさり話を変えた。ハゲの悩みなんざわからない。髪が長いとシャンプーの減りが早いとか悩みはわかるのだが。
「ハゲは加齢や疾病、ストレス、遺伝的要因から引き起こされるらしい」
丁寧に説明してくれるイングヴァル。
「相手は若者……であれば疾病かストレス、あるいは遺伝か。どの可能性でも相応の悩みはあったのだろうな」
「そんな真面目に分析することなんでしょうかね」
思わずヨエル・ラトヴァラ(清凪ぐ極光・e15162)がため息をすると、メティス・メドゥサ(オリュンポスゴルゴン三姉妹・e16443)がそっと近づいてきた。
「……これだけハゲハゲいわれれば、ストレス溜まるのも無理はない……そう、ハゲにハゲというなんて……バカにバカと言うようなものよ……」
「それもどうなんでしょう……それより、一般人を助けるためにもそろそろ1発撃ち込んでおこうと思うのですが」
そう言ってヨエルが構えるがメティスは首を振った。
「……まだ距離が遠い。ここからでは、攻撃が鏡面で滑って危険ね……」
「あれ、何気にいちばん酷いこといってません!?」
まだ攻性植物(ハゲ)とは距離がある。もう少し近づいてからが戦い開始だ。
●輝き
攻性植物(ハゲ)が若者たちに近づいていく。敵が彼らに接触する前に注意を引かねばならない。
「ちょっとそこの!」
芍薬が言った。露骨に言った。
当然攻性植物(ハゲ)が振り向く。そのてっぺんに狙いを澄まし、すかさずフリスビーをシュートした。
「わんわんおー!」
わんこの習性でリリウムが追っかけて見事キャッチ。
「いやなんで取ってんのよ」
「そこにフリスビーがあるから……ってこれお皿です!?」
「手元にフリスビーがなかったから代用したのよ」
「お皿じゃしかたないです、どーなつください!」
しょうがないので、どーなつを皿にのせてあげた。
「わたし、引き算わかるからわかります!」
アホ毛ぴょこぴょこ。
「ここにどーなつが1こあります! それを! 1こたべます!」
むぐむぐ。
「すると! もう1こたべたくなりました」
「もうないわよ」
「つまり! 髪がゼロになると! ハゲます!」
「どうしてそうなった」
「バカにするなぁぁぁ!!!」
ここまでおとなしく聞いていた攻性植物(ハゲ)が二文字に反応していきり立った。
「ハゲとは頭髪が薄い又は全く無い頭部の状態を指す。さらに頭頂部が露になっているものを俗に……」
威嚇してくるのを冷静に見据えつつ、イングヴァルは静かに語る。
「かっぱハゲ、という」
「イーさん、わざわざ皿に絡めて解説しなくても!?」
「ハァァァァァァァ!!」
怒りの形相で攻性植物(ハゲ)が突進してくる。ヨエルがクイックドロウで応戦するも勢いはとめられない。
「くっ、まさか単語だけでこれだけの反応を示すなんて……」
「ハゲの方って何でかハゲを隠したがるじゃないですか」
横から声が聞こえて、攻性植物(ハゲ)の動きが止まった。
「私あれが不思議で仕方がないんです。ハゲはハゲなりにつらいことがあるのかもしれませんがいくらハゲを覆い隠そうしてもハゲである事実からはハゲである以上ハゲとして抗えません。つまりハゲはありのままのハゲを……」
「ベーレ……」
とくとくと語るエルトベーレにオルネラが大きくため息をついた。
「何でしょうおねえさ……へぶしっ!?」
「ゲェェェェェ!!」
攻撃目標を変えてきた攻性植物(ハゲ)の一撃を食らってエルトベーレは派手に吹っ飛んだ。
「今度は回復してあげないって言ったでしょう?」
「あれ、前も回復してもらえましたっけー……?」
やっぱりノイアさんが癒してくれました。
「……実際隠したくなる気持ちは、ああならないときっとわからないわ」
改めてオルネラが頭部に目をやる。
「そうね、例えるなら下着を着けた上から服を着ていても下着が見えたら隠すのと一緒よ。私には見えるような下着がないから隠さないけれど」
しれっと言う。
「ただあれは隠そうとして隠すのに失敗しているわね。それも透明度MAXのスッケスケ。今の例えで言うならノーパンと一緒ね」
「さっきから何の話ですか……?」
わけがわからなくなってきてヨエルが口を挟む。
「ノーパンとはつまり下……」
「イーさんもそこ解説要りませんから」
すばやく牽制。
「……」
「……どうしたの?」
こうして戦い(?)が激化していく中、立ち往生しっぱなしのシエラの顔をメティスが覗き込んだ。
「強烈な目眩まし攻撃をしてくるかもしれない」
故にサングラスを装着して備えていた。
「……現実を認められない彼が、個性を発揮した攻撃をしてくるわけないよね……」
メティスはそう言った。
シエラはサングラスを握りつぶした。
●怒髪天
怒り猛り、荒れ狂う。サイドから垂れ下がる髪もとい蔦を振り回し、暴れまわっている。
「この猛攻……抑えるには手が足りないわ。ベーレ、たまには戦ってもいいのよ」
さすがにポジションどおり回復に意識を割きはじめていたオルネラが言った。けどエルトベーレはもともとスナイパーな件。
「わかりました、私はファミリアを応援します!」
そしてなぜかこの返事。
小鳥のリヒトさん、リスのカイさんに続いてうさぎのハイルさんが登場。攻性植物(ハゲ)のてっぺんに執拗にまとわりはじめた。
「みんなー、ファイトですっ!」
応援したのにハイルさんが睨んできた。そしてそっぽ向かれた。つらい。
「じゃあ、わたしもおうえんです! みなさん出番ですよ!」
召喚というとこだけ共通。リリウムが絵本を開くと王子様とお姫様と従者が飛び出した。手を取りあい駆ける王子と王女、見守るように付き従う従者。攻性植物(ハゲ)のもとまでたどり着いた彼らは……。
ずどーん。
いくつかの蔦を巻き込んで粉砕しつつ爆発した。
「なぜなら、かれらはりあじゅうだったからです!」
「なんて悲しいお話……!」
これにはエルトベーレも思わずほろり。
しかし、攻性植物(ハゲ)はファミリアを振り切り爆発をかいくぐり距離をつめてきた。
懐で暴れられれば大ダメージは免れないところだが、すかさず九十九さんが敵を阻み攻撃を受ける。
とはいえ、厳しい攻撃に守りの堅い九十九さんもさすがによろめいたので、あわてて芍薬が駆け寄った。
「大丈夫、九十九!? 毛が無い!?」
もちろんそれ以上の追撃は許さず、襲い来る蔦はシエラが焼き切っていく。
「禿げしい攻撃だね、気が抜けない!」
「互いに禿げ増しながら、攻めていかないとね!」
「ところでさっきからなんかイントネーションおかしくない?」
「気のせい気のせい」
ゆらり、と攻性植物(ハゲ)が立ちはだかる。
「ハァァァゲェェェ……!」
「やっぱり寄生される前からその、そうだったのかな……」
「どうかしらね、そこは分析して……みるのは面倒だからハゲた部分以外の髪も燃やしちゃいましょうか」
シエラの透過した炎と芍薬の赤熱した炎。合わさる熱が蔦を焼いていく。ぼろぼろと蔦が落ちれば、あらわになった頭頂がついに輝きを放つ。
「ここが攻めどころか。行くぞスキルニル!」
「僕も援護しますよ」
イングヴァルともにスキルニルさんが攻性植物(ハゲ)に肉薄していく。攻性植物(ハゲ)は焼けた蔦で迎撃しようとするも、ヨエルに撃ち込まれた氷弾により焼け跡が凍りつき更なる痛みに悶えることになった。
「助かる――が、レプリカントである自分もハゲるのだろうか……ヨエルがかっぱハゲになったらイヤだな」
「考えてることが口に出てますよ、っていうか今考えることじゃありませんよね!?」
イングヴァルが弱点を突き、スキルニルさんがチェンソー剣で蔦を切り落としていく。
「ハ……ゲェェェ……」
立て続けの攻撃に晒され、とうとう攻性植物(ハゲ)が膝をついた。だが、まだ一房残っている。
ふわりと、舞い降りるようにメティスが立った。
優しげな視線。だが、どこまでも憐憫に満ちた瞳でその頭部を見下ろす。
「攻性植物すら生えることが許されない不毛の大地……これが噂に聞く『禿芸』。そんな事にならないといけない境遇なんて……」
地獄の炎が鉄塊剣にまとわりつき、爪鎌の形を成していく。
「可哀想……本当にカワイソウ……代わりに、刈り取った攻性植物の残骸でカツラを作ってお供えしてあげるからね……」
そして、無慈悲にも最後の蔦が宙を舞った。
●不毛
横たわる攻性植物(ハゲ)はまだ息があるようだった。
ひどくばつが悪い様子で後ろ頭をかきながら、芍薬が近づいていく。
「運も髪も無かったみたいだけど、あんたも元は人間なのよね。冥土の土産に名前くらい……聞いてあげなくもないわ」
デジャビュがひどい。すごくいやな感じがする。
少し呻いたと思うと、攻性植物(ハゲ)は腕を伸ばした。ほとんど動かない唇を動かし、最期に自分の名を残そうと――。
「は……げ……」
「待ちなさい、そこで死なないで! しっかり名前は残すのよ!」
がくがくと襟をつかんで胸を揺さぶるも、ぱたりと腕が地面に落ちた。
「ええもう、わかってたわよ、わかってたとも!」
「命の証である髪だけでなく、名前まで残せないなんて、残酷すぎます」
思わずエルトベーレが悲しみに俯いてしまう。
「ところであんたの頭の上で鳥が巣を作り始めているわよ」
「りっちゃああああん!!」
こっちに狙いを変えてきたようだ。
なにはともあれ。
「……どうしよう」
名前については途方にくれるしかなかった。
「どうにもこうにも、男にハゲの悩みはつきものだ」
「なんでこっちを見るんですか」
ちらりとイングヴァルがヨエルを見る。
「おそらく、苦悩も多かったことだろう。もちろんそれで許せる話ではないが」
「だから何でこっちを見るんですか。あの、僕の髪が無くなったら、オラトリオとしてのアイデンティティの危機ですから……」
大事なものなのだ、髪は。
それにつけても一般人の攻性植物化はいまだ続いている。被害者は増えるばかりだ。
「もしかしたら、彼はハゲている悩みにつけ込まれて攻性植物を受け入れてしまったのかもしれないね……髪が生えるって騙されたんだろうか」
シエラはつぶやくが、リリウムは紙を眺めて唸っていた。
「どうしたの?」
「よめないですー」
「なになに……不良達に攻性植物を寄生させている黒幕。近くに存在している筈ですが、いつ姿を現すのでしょうか。一向に尻尾が掴めない現状では、まるで雲を掴むような感覚ですね……ってカンペじゃんこれ」
「漢字はさっぱり読めません!」
「カンペの意味無いよ!?」
「ぶしのなさけですー」
ごまかすように逃げたリリウムは、攻性植物(ハゲ)の亡骸にアホ毛をつきさし始めた。まるで生け花。
その隣にメティスがそっとヅラ(残骸)を添えた。
「……もう、これを被って、つらい思いをしなくていいんだよ……」
手を合わせて黙祷。今はただ、その輝かしい頂点も寂しい光を放つのみ。
「ハゲはハゲ、それ以上でもそれ以下でもないわ」
たったひとつの真理をつぶやいて、オルネラもまた静かに冥福を祈るのだった。
作者:宮内ゆう |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2015年11月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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