飫肥城での決闘

作者:秋津透

 宮崎県日南市飫肥。
 この地に復元されている飫肥城は、伊東氏と島津氏が長年にわたって激しい争奪戦を行った場所として知られるが、近年は、デウスエクス・アスガルドことエインヘリアルに占拠されて対神機関デュランダルの拠点とされていたものを、ケルベロスが数回にわたる襲撃の末に解放。その後、なぜか螺旋忍軍の姫が籠ってなぜかドラゴン軍団の襲撃を受けるという、ややこしすぎる戦争の舞台になったりして、日本でも指折りの高名な地になっている。
「この地は、激しい闘争を呼ぶのだろうか……」
 飫肥城解放に尽力したケルベロスの一人、皇・絶華(影月・e04491)は、南九州ののどかな冬景色を眺めながら呟く。景色そのものからは、激闘の片鱗もうかがえないが、絶華の脳裏には激しい闘いの光景が蘇り……。
「むっ?」
 微妙な違和感に気づき、絶華は油断なく身構える。満開の桜が見事な時期をピークとするが、飫肥城には一年を通じて、多くの人が訪れる。実際、つい先ほどまでは、少なくない一般人観光客がいたはずなのだが、なぜか今は、周囲に誰もいない。
「ふふ。さすがに、気づいたか」
 笑みを含んだ声とともに、一体のエインヘリアルが、復元された石垣の陰から姿を現す。そんな近くにいながら、絶華ほどの戦士に気配を感じさせない。それだけでも、尋常ならない力量の持ち主であることは明白だが。
「……銀静か。エインヘリアルと化したというのは、本当だったのだな」
 硬い口調で、絶華は自分と瓜二つの顔をしたエインヘリアルに告げる。
「ほう? 僕の前世を知っているのかい? まあ、どうでもいいことだが」
 無雑作に言い放つと、エインヘリアルは大剣を構える。
「地球人に毛の生えた程度のケルベロスなんか、まともに闘うには値しない相手と侮っていたけど、ここに根城を構えていたデュランダルの連中を、軽く一蹴してくれたそうじゃないか。その力、ぜひとも僕に見せてくれよ」
「……変わらないな、お前は」
 瞬時、懐かしさと切なさと強い痛みを含んだ表情になり、絶華は呟く。しかし、次の瞬間、妥協なき戦士の顔になり、彼は言葉を続けた。
「よかろう。お前の方も、いったいどれほどの腕前になったのか、久しぶりに見せてもらうとしよう」

「緊急事態です。皇・絶華(影月・e04491)さんが、宿敵であるデウスエクスの襲撃を受けることが予知されました」
 ヘリオライダーの高御倉・康が、蒼白な表情で告げる。
「急いで連絡を取ろうとしたのですが、連絡がつきません。絶華さんは、宮崎県の飫肥城にいるはずなので、これから全速で急行します。一刻の猶予もありません」
 そう言って、康はプロジェクターに地図と画像を出す。
「現場はここです。飫肥城については、皆さん、だいたいご存知だと思います。絶華さんを襲うデウスエクスは、絶華さんと同じ顔をしたエインヘリアルです。以前、絶華さんから伺った話からすると、双子の弟さんがエインヘリアルにされてしまったらしいのですが、恐ろしいことに、人間であった頃、その剣技は当時の絶華さんと互角以上だったという、何というか、とんでもない相手です」
 それがエインヘリアルと化してしまったとすると、いくら絶華さんでも、一対一では絶対に勝ち目はありません、と康は唸る。
「エインヘリアルが装備しているのは、巨大な斬霊刀です。一本の刀のように見えていますが、必要に応じて二本に分かれるのではないかと思います。また、刀剣士の技能は、すべて使えるようです。ポジションは、どうもキャスターのようです」
 予知から読み取れるデータだけでも、厄介すぎて泣きたくなるような相手です、と、康は続ける。
「幸いというか何というか、敵は単体で、増援は呼ばず、撤退もしません。相手を斃すか、絶華さん……と、救援に入った皆さんが全員斃れるか、どちらかになります。どうか絶華さんを助けて、宿敵を斃し、皆さんも無事に帰ってきてください」
 よろしくお願いします、と、康は深々と頭を下げた。


参加者
リィン・シェンファ(蒼き焔纏いし防人・e03506)
皇・絶華(影月・e04491)
鏑木・蒼一郎(ドラゴニアンの執事・e05085)
樒・レン(夜鳴鶯・e05621)
カヘル・イルヴァータル(老ガンランナー・e34339)
リアナ・ディミニ(一人ぼっちのアリア・e44765)
晦冥・弌(草枕・e45400)
ソールロッド・エギル(影の祀り手・e45970)

■リプレイ

●純粋戦士の対決
 宮崎県飫肥城。
 エインヘリアルに占拠され対神機関デュランダルの拠点とされていたが、ケルベロスが数回にわたる強襲、激戦の末に解放。地球人の手に取り返した地で、皇・絶華(影月・e04491)は自分と同じ顔を持つエインヘリアルと対峙していた。
 彼の名は、銀静。絶華の双子の弟で、兄に勝るとも劣らない剣士として互いに切磋琢磨していた仲だったが、かなり以前に消息を絶ち、今、ここにデウスエクス……エインヘリアルに転生した姿を現わした。
 そして銀静は、絶華の背後、上空にちらりと目を向けて告げた。
「どうやら、大急ぎで援軍が駆けつけてきたようだね。意外に、人望があるんだな」
「……先に仕掛けないのか」
 絶華の問いに、銀静は凄みのある、しかし嫌みのない笑みを浮かべて応じる。
「お前の本領は仲間との共闘戦らしいというのは、デュランダルの戦闘報告で聞いている。僕は、仲間とともに万全の態勢を整えた、お前と戦いたい。……見くびるつもりはないが、エインヘリアルと地球人、一対一じゃ、勝って当たり前だろ?」
「……嬉しいよ私は。どのような形で在れ、お前が生きていてくれた事にな」
 寸毫の油断もなく相手を見据えながらも、絶華の声が心なしか潤む。
「そして……そうなってしまっても……私を覚えていなくても……お前が、昔のままのお前で在る事が」
「へえ、そうなのか。転生前の僕は、今の僕と、同じ性格だったのか」
 面白がっているような調子で、銀静は絶華に告げる。
「それじゃあ、昔の僕も、常に全身全霊をぶつけるに値する熱い闘いを求め、そんな闘いのできる相手を探してたってことかな?」
「その通りだよ。そして私とお前は、何度もそんな闘いをしてきた」
 口元に微かな笑みを浮かべ、絶華は応じる。
「だから、私は嬉しいんだ。お前が、お前のままで生きていて、私と闘おうとしていることが……」
「ご歓談中、失礼いたす」
 ヘリオンからいちはやく降下してきた樒・レン(夜鳴鶯・e05621)が、少々ためらい気味に告げる。
「夜鳴鶯、只今推参。義によって、皇・絶華殿に助力いたす」
 続いてドラゴニアンの鏑木・蒼一郎(ドラゴニアンの執事・e05085)が、自前の翼を鳴らして絶華の横に降り立つ。
「どうやら、間に合ったようだな。不肖、鏑木・蒼一郎。義によって助太刀させていただく」
「義によって、か。まあ、僕としては理由はどうでもいい。全身全霊をぶつけてきてくれればね」
 銀静が応じ、蒼一郎が吠える。
「言うには及ばぬ! お前達デウスエクスを噛み裂く我らケルベロスの牙、その身に受けてみるが良い!」
「ふむ……絶華もじゃが銀静もわしの旧友の顔によく似ておるのう……?」
 まあ、同じ顔しとるんだから当たり前か、と、続いて降下してきたカヘル・イルヴァータル(老ガンランナー・e34339)が、少々とぼけた声を出す。
「ケルベロスの力は個だけにあらず。協力し合う仲間が居てからが本領じゃからな」
「同じ地獄の番犬として、仲間の危機をほっとく訳にいかん。私達も助太刀させて貰う!」
 降下着地したリィン・シェンファ(蒼き焔纏いし防人・e03506)が胸元の赤水晶のペンダントトップに触れ、そのまま銀静に斬りかかりそうな勢いで叫ぶが、相手と絶華の佇まいを見て自制する。
 続くリアナ・ディミニ(一人ぼっちのアリア・e44765)は、無言のまま後衛に位置取り身構えるが、その次に降り立ったソールロッド・エギル(影の祀り手・e45970)は、着地の瞬間に銀静に向けオウガメタルから黒光を放つ。
「……ふぅん」
 黒光を受けた銀静は、平然とした表情のまま、手にした大剣を二つに分ける。
「口火を切る……それだけの覚悟あってのことでしょうね?」
 呟くと同時に、銀静は二本の斬霊刀を無雑作に振るい、凄まじい衝撃波をソールロッドに向けて放つ。
「!」
 直撃されたら一撃で死……なないまでも戦闘不能必至な攻撃を受け、ソールロッドは声も出せずに凍りつくが、間一髪、カヘルのサーヴァント、テレビウム『アイボウ』がディフェンダーポジションから飛び出してきて身代わりになる。
(「こ……こりゃ難儀じゃのう」)
 声には出さなかったが、カヘルが表情をわずかに歪めて唸る。『アイボウ』のHPはソールロッドよりもカヘル自身よりも高く、しかもディフェンダーポジションでダメージは半減されている。にもかかわらず、『アイボウ』のHPはたった一撃で底をつく寸前まで減らされ、古いブラウン管テレビに映る画像のように存在そのものが揺らいでいる。
(「うわ……」)
 最後に降下した晦冥・弌(草枕・e45400)がアニミズムアンクを振るって強力な治癒をかけ、何とか危ない域は脱するが全治には程遠い。
「……では、いくぞ」
 まずいな、何とか銀静の攻撃を私に集中させられないか、と、絶華は言葉に出さずに唸る。むろん、それは後衛を守るためなのだが、銀静の目をできるだけ他に向けさせたくないという潜在意識の発露なのかもしれなかった。

●天秤はどちらへ傾くか 
「お前は……デュランダルに属していたのか?」
 惨殺ナイフ『三重臨界』に空の霊力を帯びさせて斬り込みながら、絶華が訊ねる。
 すると銀静は斬霊刀で応じながら、あっけらかんとした口調で答える。
「まあ、割と好き勝手にやらせてくれるし、強い敵……たいていはデウスエクスの情報も入ってくるのでね。エインヘリアルの社会もけっこうややこしくて、なかなか一匹狼というわけにもいかない」
 そう言うと、銀静は少々嘆くように続けた。
「生まれながらのエインヘリアルは別だけど、僕らみたいな転生組は、もともとは自分を選んだヴァルキュリアとの繋がりが強かったんだ。それがまあ、ザイフリート王子がやらかしてくれて、ヴァルキュリアがいなくなっちゃったもんだから、もう滅茶苦茶さ。デュランダルにもぐりこんでいた僕は、運のいい方じゃないかな」
「……そうなのか」
 この言葉をそのまま受け取っていいのだろうか、と、絶華は呟く。銀静に、自分を騙す意図はないと思うが、人間の頃から本人大真面目だが客観的にはナナメ上の見解が多い弟だった。
 一方、レンは分身の術で蒼一郎を治癒し、蒼一郎は自分を含む前衛にオウガ粒子を撒いて治癒を行う。
 銀静は揺らぐことなく、後衛……二撃目からは治癒役の弌に対する一撃必殺の攻撃と自己治癒を交互に繰り返しており、今のところは、ディフェンダーの蒼一郎と『アイボウ』が弌をかばうことで、どうにか事なきを得ているが、ディフェンダーのかばいは自動発動で確率によるので、このまま戦闘が続けばいつかはかばい損なう。
 更に、かばい続けていればいたで、ディフェンダーの負担は加速度的に重くなる。メディックの弌のみならず、治癒グラビティを持つ者が総力で回復しているが、それでも完全回復には程遠い。
(「まだ効果は出んのか? こちらの攻撃は……」)
 カヘルが声には出さずに唸り、クイックドロウで銀静の斬霊刀を攻撃する。カチン、と硬い金属音がするが、武器が壊れた様子はない。
「くらえ!」
 怒りの形相も凄まじく、リィンが剣を振るって踏み込む。しかし銀静は、優雅な身のこなしで難なく躱す。オウガ粒子の散布などで開始時よりは上がっているが、リィンの銀静に対する攻撃命中率はおおむね50から60%。恒常的に当たる、というわけにはなかなかいかない。
(「まだ、回復が……足りない。まったく、足りない」)
 リアナが舞い、前衛へ花びらのオーラを送って癒す。ソールロッドは魔導書を開き、蒼一郎へ魔道治療を行う。そして弌が『アイボウ』に大治癒を施したところで。
「そろそろ……誰か一人ぐらいは「仕留め」たい、ところですね」
 絶華ではなく、後衛に向かって言い放ち、銀静は二本の斬霊刀から凄まじい衝撃波を放つ。狙うは弌、直撃すれば戦闘不能必至だが、『アイボウ』が飛び出してかばう……が、衝撃波を受けた瞬間、『アイボウ』の姿が揺らいで消えた。
「……やられた!?」
「回復が、足りんかったか……」
 もっとも、銀静の『アイボウ』に対する命中率は100%を確実に超えておる、と、カヘルは声にはせずに唸る。いつクリティカルで吹っ飛ばされても、不思議はなかった。むしろここまで、よくもったというべきだろう。
 そして絶華は、血の噴き出るような眼差しで、銀静を見据えた。

●四門の賭け
(「ディフェンダーが一体欠けた……天秤は、明らかに銀静へ傾いた」)
 言葉にはせずに呟きながら、絶華は銀静を見据える。脳裏に浮かぶ情報は、命中率のみ。オリジナルグラビティ『四門封印』を使った場合、72%。
(「外れるかもしれない……当たったとしても、それで終わりにできるかどうかはわからない……銀静の残り体力は不明だ。しかし、これを使わないまま押し切られたら……悔いても悔いきれない」)
 ディフェンダーを一体やられたといっても、負けが決まったわけではない。自己治癒にキュアのない銀静には相当な数のバッドステータスが付与されており、戦闘を続ければ更に悪化していくのは確実だ。
 しかし、そういう削り合いで勝った場合、『四門封印』でとどめを刺すことができない可能性もある、と絶華は思考を巡らせる。それでは……勝っても意味がない。
(「賭けるなら、今だ。外れたら……その時は、また考える!」)
 呟くと、絶華はオリジナルグラビティ『四門封印』の構えを取る。
「ぐ……玄武門……顕現」
「……む? その技は?」
 眉を寄せ、銀静が唸る。絶華は自分の胸を自分で切り裂き、その血を以て本来呼べぬ四神の門を召喚する。
「朱雀門……顕現……白虎門……顕現」
「待て! その技は……その技は……!」
 出現以降、ずっと余裕を保ってきた銀静が、何かに打たれたような表情になって絶叫する。そうだ、銀静、これはお前の技だ、と、絶華は内心で告げる。
「青龍門……顕現……四門展開……! ……結!!」
 技が完結し、銀静の周囲に四神の門が立つ。門から放たれる土の槍、炎、竜巻、水が圧倒的な量で対象を押し潰し、抹殺する。この技を受けた者は、通常はひとたまりもなく絶命するが、絶華の血筋「皇」に連なる者の場合は何らかの物体として「封印」される事があるという。
 そして、四門に囲まれた銀静が叫ぶ。
「思い出した!……思い出したよ!……よりにもよって、この技で僕が……『四門封印』の継承者、皇・銀静が封印されるなんて……そんな馬鹿な……馬鹿な!」
 そして銀静は絶華を見やり、微かに笑んで続ける。
「ああ……そうか……兄さんの仕業か……馬鹿だな兄さん……それ……兄さんに本来使えない技なのに……無茶……しやがってさ……本当に……相変わらず馬鹿……ぜっ……か……兄……さん」
「ああ、馬鹿だ! 馬鹿だとも、私は! ……私は嫌だ……こんなのは嫌なんだ! せっかく生きていて……しかも、そのままでいたお前を……失う事等許されるかっ! だが、今の私には……この方法しか出来ないっ!」
 抑えに抑えていた感情がついに決壊したのか、涙をぼろぼろと手放しに流しながら、絶華が叫ぶ。
「だから……私は待っている……銀静……お前の帰りをっ!」
「は……どこまで……無茶を……」
 銀静が呟いた瞬間、四門からそれぞれのエレメントが発動、エインヘリアルの巨体をも、圧倒的なグラビティで押し潰す。
 そして、怒涛の圧壊が終わり、四門がそれぞれの力を飲み込んで消えた、後。
 そこには、黄金の柄を備えた斬霊刀が一振り、傷も汚れもなく残されていた。

●闘い終わって
「……銀静」
 絶華がよろよろと進み出て、黄金の柄の刀を拾い上げる。
 そして彼は、崩れ落ちるようにうずくまって、呻いた。
「皆、ありがとう……心から感謝する……済まないが……少し一人に……させてくれないか」
「わかった」
 いつか元に戻せる日が来ることを、封印を解除できる日を願っている、と声には出さず呟き、レンが片合掌してその場を離れる。蒼一郎とカヘル、リィンもその場を離れ、あまり絶華と縁の深くないリアナ、弌、ソールロッドらを促して立ち去る。
 そしてリィンは、無言のままハーモニカを取り出し、故郷に伝わる鎮魂歌を吹き奏でる。南九州ののどかな冬景色の中を、哀愁に満ちたメロディだけが渡っていった。

作者:秋津透 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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