咲キ乱レ灰ト散リ

作者:ヒサ

 その日、フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)は帰り道に、治安が良いとは言い難い町外れを通り掛かった。
 荒れて顧みられぬ地域には、諍いも少なくないようだ。人同士の些細な喧嘩であるならば、敢えて己が介入する必要も無かろうと彼女はのんびりと──そう見えながらも隙の無い佇まいの彼女に絡むような者はそうそう居らず、特に邪魔される事も無く──歩いて行く。
 が、暗い路地裏に差し掛かった所で彼女は足を止めた。通り道を塞ぐ形で一つ、無視出来ない気配があった。彼女の目は、肌は、手練れと判る眼前の者から己へと、静かなれど確かな殺意を向けられている事を感じ取る。
「あらあらー。物騒ですわねぇー」
 フラッタリーが発した声はおっとりと。その傍ら感覚を広げ、付近に居る他者は、建物の陰になる位置に佇むこの相手のみと知り、では罠かと彼女は相手の出方を窺う。
「それは失礼。……ただ、君なら、と思ったものだからね」
 応じたのは、少年とも言えるほどの若い声。次いで彼が音無く放った礫のような何かを、フラッタリーは抜いた刀で斬り払う。
「ほら、ね」
 相手はそれも想定していたかのよう、声に微笑む色を乗せた。だが対照的に、彼の声が耳に反響するにつれ、次を警戒し構えたままで居たフラッタリーの表情が抜け落ちて行く。
(「……まさ、カ」)
 心を揺さぶる記憶がある。頭の奥で獄炎が熱を上げる。これは、眼前のこの相手はもしや、と、彼女の瞳がその金の色を外気に大きく晒した。闇に沈む相手の姿をよく見ようというかのように。
 ほどなく、流れる雲の隙間から淡く細く差し込む月明かりが知らしめたのは、仮面と黒衣を身につけ長髪を束ねた華奢な少年。上品な笑みを浮かべた彼が再び放った小さな物体を、フラッタリーは今一度斬り落とし。
「嗚呼、アaA唖ァ……ッ!」
 渦巻く感情を理性で抑えつけながら彼女は歓喜とも憎悪ともつかぬ声を零す。弧を描いた唇が喘ぐよう大きく開き悲鳴じみた嗤いを奏で。
「此之時ヲ如何程……! 忘レタ事等御座イマセン、灼キ捨テテ差シ上ゲマセウ!」
 獄炎を噴き上げた彼女の声が軋り掠れ呪詛を謳うが。
「──さあ。僕にとって君は、単なる獲物に過ぎないからね」
 取るに足らぬというよう少年は切って捨て、彼女へと短剣を向けた。

「彼女なら滅多な事には、と、思っていたの、だけれど」
 フラッタリーの『あの』様を初めて視たという篠前・仁那(白霞紅玉ヘリオライダー・en0053)は青ざめて小さく首を振る──無論、回避すべき結末を予知したからという理由も大きいのだが。
「このままでは彼女が危ないわ。だから、あなた達に助けて欲しいの」
 強張る仁那の手の中には携帯電話。当人に連絡を取る事もままならず少女は不安を募らせ眉をひそめた。
 戦場となるのは夜の路地。場所ゆえか当事者達が不穏な空気をまき散らす為か、第三者が付近を通り掛かる事も戦場へ介入してくる事も無し。廃ビルに囲まれ相当に暗く、広くも無い場所だが、ケルベロス達ならば不自由無く戦える筈だ。
 また、敵のドラグナーが扱う武器は魔銃と短剣。特に撃ち出す弾は運動能力や戦意を削る特別製──その程度の効果で済むのはケルベロス達の腕あってこそだろう、と仁那はこの敵を捨て置かぬよう依頼する。冷徹な本質を丁寧な言動で装飾した彼は、明らかに不利と見れば撤退を試みる可能性もあるという。雑な挑発等には乗らぬ性格であろうし、追い込めたならば一気に片を付けてしまうのが良さそうだ。
「申し訳ないのだけど、急ぎでお願い。彼女が無茶をする前に、止め……る必要は無いのかしら? ええと、とにかく全員無事に戻って来て欲しい」
 平静とは言い難い様子ではあれど所作だけは落ち着いた風、ヘリオライダーは己がヘリオンへケルベロス達を誘った。


参加者
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)
木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)
罪咎・憂女(憂う者・e03355)
レスター・ヴェルナッザ(凪の狂閃・e11206)
明空・護朗(二匹狼・e11656)
グレッグ・ロックハート(泡沫夢幻・e23784)
サフィ・サフィ(青彩・e45322)

■リプレイ


 大剣が炎をあげる。汚れた壁に映した影が獣めいた形を取ったのは刹那のこと、豪速で流れ獲物へと喰らいつかんと牙を剥く。
 初撃はかわされた。フラッタリー・フラッタラー(平平里・e00172)の腕を掠めた礫はそのまま過ぎ行き鮮血が噴いた。扱う質量に見合わぬ機敏さで剣を翻しての二撃目には確かな手応え。だが死角から襲い来た短剣が裂いたのは彼女の頬、黒髪が一房舞って熱に焦げる。
 血に濡れた唇から嗤いが零れる。対峙した時点で間合いは彼女のもの。
「貴方ガ斯様ナ手ヲ採ルトハ。嘗テナラバ此ノ赤ノ区全テスラモ供物ニト──それが貴方と思っておりましたが、ダルマー?」
 それを叶えさせる気は元より無いが、と。フラッタリーはその時、最期に一度だけとばかり、言葉を交わし得る相手として敵を見遣った。
 求めたのは意味。過去の、現在の、彼の理由では無く己が腑へ落とす為の。その為に、彼を捕らえるかのよう、彼女の瞳は熱を帯びて気迫を込めて相手を睨めつける。万一にも新たな供物が迷い込まぬよう、彼が目移りする事の無きように。
 呼ばれた名に少年は一度目を瞬いたが、
「彼らは脆過ぎるからね。幾らでも替えがきくとはいえ、使えなくては意味が無い。──特に君達のような者に掛かれば紙屑にも劣る」
「────」
 応える声は揺らがぬまま。凪いだ表情を見詰め返すフラッタリーはその時言葉を失くしたが、額に揺らめく獄炎は一層激しく燃え盛る。
(「嗚呼、コレ、hA。確カニ私ノ知ル」)
「──そりゃまた随分だな、大した下衆野郎だぜ」
 呆れに怒りを交ぜた声は、木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)のものだった。
 人工的な光が射し隅にわだかまる闇をも払う。それはこの場に辿り着いたケルベロス達が持つ照明ゆえ。
「……無事か?」
「──まあまあ、来て下さったんですのー」
 肉体の事ばかりでは無く。灯りに浮かぶ姿へ罪咎・憂女(憂う者・e03355)が問えば、緊張の中それでもそちらへちらり視線を遣ったフラッタリーの声が穏和に発された。だが、ごうごうと燃える獄炎の下ぎらぎらと輝く金の瞳に灯るのは、殺意と狂喜と憎悪と意趣。ほんの一時とて見て取るには十分、捩れ交じるその色に気圧され反射的に小動物のように竦むウェアライダー二名──初見で無いといえど『前回』とは段違いの気迫ゆえ、無理もない事。そして対照的にレスター・ヴェルナッザ(凪の狂閃・e11206)は彼女の様に感嘆交じりの息を吐いた──事情も何も知らずとも、夜気を焦がす彼女の炎だけで事足りた。
「──あ、フラッタリーさま、お怪我を……今なおしますの!」
 その熱気ゆえにか、案じる気持ちが勝ったか。すぐに我に返ったサフィ・サフィ(青彩・e45322)が月色の光を喚び、同じく明空・護朗(二匹狼・e11656)は速やかに彩纏う風を爆ぜさせた──加勢に来たのだと、敵へ突きつける如く。
「フラッタリー。手ぇ、出してイイかね?」
 されど割って入るは未だ。幾秒もは注意を散らす余裕など無く敵へと意識を戻し攻防を重ねる彼女へ向けキソラ・ライゼ(空の破片・e02771)は声を張る。
 今の彼女は自身すらも灼き尽くすかのように炎を燃やす。明けの色を血に染めて揺らぐ艶髪を血に引かれ、ぬるつく手で握る剣を振るい謳うのは敵への害意。だがその姿は、先日共にプラブータへ赴いた面々には危ういものに見えていた──かの夜に心を乱し、想いの逝き場を失くしたかのよう零れた声の記憶が、重なった。
「……大丈夫か?」
 ゆえに、グレッグ・ロックハート(泡沫夢幻・e23784)は憂女と同じ問いをもう一度。言葉に表すには足りぬ意は、躊躇い交じりの呼吸に乗せた。と、彼女の頬肉が応じ紅唇が円弧を描く様が、その場の誰もにはっきりと判る。
「差し支えなければー、ご助力頂けますと助かりますわぁー。私は何としてもアレを殺サИeバ成リ間瀬ヌ乃デ」
 明瞭に示されるのは研ぎたての刃よりも鋭く澄んだ殺意。尽きる事も砕ける事もあり得ぬとばかりの不撓の色。名残で無く、悔恨で無く、ただ往く先だけを見て。軽傷ならぬ身にしてそれでも、逃がしはしないと獲物を追い詰める強者の如く。
 ただならぬ彼女の有り様は、それでも、見守る者達に幾ばくかの安堵を与えた。護朗がほっと息を吐く──彼女の返答ゆえに、独りで無理をさせずには済む。
(「ちゃんと、皆が無事で帰れるように」)
 少年の手がそっと傍らのオルトロスを撫でる。想いは同じとばかり、タマは目を細めた。
「──行儀の良い事だ」
 防御ついでにフラッタリーの体を蹴り飛ばした敵は嘲るように呟いた。相手が複数となるならば本気をとでもいうのか、今宵初めて抜いた銃へ、握る礫を弾と籠めた。


「ところでも一つ訊いてイイ? ──アレ、何」
「私の知る限りではー。龍の僕、銃弾にて人を夢に繋ぐ導き手──」
 知覚を補強する銀の光を散らしながらのキソラの問いに、単なる方向転換に過ぎぬとばかりの動きで跳ね起きたフラッタリーは、落ち着いた声色で答えを返す。
「──私が里を燃した理由でございますわー」
 何でもない事のように、『焼かれた』『殺された』では無く。彼女が失ったもの、差し出したもの、その意味はともかくその実体を察し悼む事は、失くした経験を持つ者達には難しく無かった。
 そして、例えそれが叶わずとも。仲間を顧みる言葉とは裏腹に、敵へと向かう事をやめぬ彼女の身のこなしは戦いに臨む時のそれ。見据える先は決してブレず、そうありながらも手放せぬ理性の上に震え乖離するその様は、敢えて端的な表現に押し込めるならば、痛ましい。
 だから、それで十分だった。
「オッケ。じゃあ遠慮なく」
 何もかもを灰にとばかり盛る業炎を前に、それ以上の何を言えようか。
(「成してみせよう」)
 恩人でもある彼女の為に此度は己がと、憂女の瞳が硬質な光を宿す。獲物を捉える呪いが走り、その力に僅かばかり敵が怯んだ間にグレッグが蹴りを叩き込んだ。纏った白銀は刃めいて標とばかり。星が墜ちるに似て続いたウタの炎が、間髪を容れず標的を襲った。
 逃がさぬと、その為にケルベロス達は敵を包囲するよう動く。四角く切り取られた頭上とて穴とはさせぬと、それを得手とする者達は跳び駆け獲物を翻弄すべく。
 銀流光を重ね、敵の動きを縛る。流れに乗せて彼らは攻めた。その中、身を焦がす女は幼くも強い支えの手達の存在により、自身を顧みる必要も無く、繊手は炎を繰り続けた。
 敵はといえば。元々は遠距離戦を得手とするのか、ケルベロス達に負けぬほどに戦場を駆け回り、僅かな隙を見つけては攻撃を寄越す。散発的なそれは、されど高精度に意識の狭間を通す危害。
 魔銃が音無く爆ぜる。熱無く風を生むそれが、比べればどうしても打たれ弱い護朗目掛けて飛来する。剣を振るったばかりのタマが急ぎ踵を返すが、幾ら彼女でも弾丸より速くは駆けられなかった。代わりとばかり割り込んだのはレスター、少年の身を背に庇った彼の脚肉を弾が抉った。出血ゆえのみならず重くなる脚を抱え、彼はそれでも笑うに似て短く息を。この程度で止まると思うな。
「頭ハ避ケテ下サイナ」
 骨の色と形をした得物に銀の熱を宿し踏み込む彼を、軋る声が追う。忠告の真意を額に燃やしての言は音色の割にはさらりと転がり、あまりの軽さに崩れる均衡の代わりのよう、ウタは敵へと厳しい目を向け口を開いた。
「そんなもので人を操ろうなんざ虫酸が走るぜ。竜の傀儡やってる腹いせかよ」
「…………、発想が貧しいね。もしや定命の者は皆こうなのかな」
 突飛な内容ゆえに理解が遅れたとでも言うよう、嘆息して敵は肩を竦める。その様に少年は不愉快そうに眉をひそめたが。
「──それに殺されるのはてめぇだぜ? その銃二度と撃てなくしてやる」
 一絡げにした侮蔑にこそ腹立たしげに、返す声は地を這った。
「ああ、ならおれはその面泣き顔に変えてやろうか」
 レスターの声は淡々と、けれど鋭い銀の目には、張り詰めた空気に酔うたかの如き高揚の影。その焔は押すべき背へと添う為に、道を切り開く為に敵へと距離を詰める。
 迎えるのは短剣。狙い澄ましたその刃に応じたのは、負担を分散すべく動いた憂女だった。金属がぶつかる高い音と、肉を裂く鈍い音。身を尽くす盾役達を支えるべく、グレッグの手に閃く銀爪が雷を撃った。その音と光の陰でかざしたサフィの手が、月の加護を紡ぐ様を彼は目にする。
「グレッグさまも、どうかおだいじに、してください」
 心の奥底を暴かんとする悪意の刃に侵されていた彼を、ひたむきな青玉が見上げる。かつて病に蝕まれていたがゆえの細過ぎる小さな体一杯に示されるのは仲間への心配と、恩ある一人──例え当時の彼が知らずとも──への敬愛。
「……ああ、感謝する」
 零さず受け取ったその想いを今は、己のそれと同種の痛みを知る女の為に。夢見る幼い瞳もまたそれを望み、前を往く者達を見守る彼女は鎖引く手を強く強く握る。
 キソラが操る銀の光が後衛へ。不足は無いけれど更に、刃をより鋭くと加速する。短剣を血に濡らしながら、その身をも最早主の判らぬ血に染めながら、ひたすらに攻撃的な射手を相手取るゆえもあろうか、戦いは傷と痛みの応酬で、互いに死に向かって走り続けるかの如く。敵が思考する暇を奪うよう無尽に攻める仲間達に迂回路を示すのは癒し手達の役割だった。呪いに冒される四肢に振り切る活力を、戦意を奪う悪夢を晴らす加護を。望むだけ高く、彼らが飛べるように。
「──ライゼさん、避けて!」
 ある時護朗の声が夜を裂いた。炎の爆ぜる音をも制したそれにより、咄嗟に首を捻ったキソラの視界の端で、偽骸の白が数本散った。
 脳を狙う射撃。過ぎた軌跡を刹那追ってフラッタリーが唸る。僅かのズレも無く命中していたならば彼が立ち続ける事は不可能であったろう。
 それは彼や彼女のみならず、彼ら以上に盾役達の疲労が既に色濃い現状、看過し得ない事。
「──痛いの、飛んでけ……!」
「このねがいが、あなたのゆめにとどきますよう──」
 幼い祈りは幾重にも、幾たびも。傷つき行く肉体には限りがあると知りながら、それでも。
「命を弄ぶ者に、俺達が負ける訳が無いだろ!」
 苛烈に舞う炎を御すウタの声がきっと、何よりも強く確かに、彼らの意志に形を与えた。諦めない、逃げない、逃がさない、求め伸ばした手は──必ず届く。
 だから、刃を肉に突き立てられようとも彼らは退かず。銃弾が肉を穿つならばいっそ貫けとただ前へ。
 そうして獲物の、逃げ場を奪う。
「灼いて潰しちまえ」
 レスターの足が、引き倒した敵の喉を踏みつけた。少年の案内など、初めから要らないから。
「フラッタリーさま……」
 重い剣が、担う手を濡らす血に滑る。せめて傷口を塞がんとサフィが今一度祈りの声を。
 猶予は無い。彼の足を縫い留める爪と、威圧すべく向けられた長銃も、保って数秒。解っているから、娘の体は流れるように動く。
 ほどなく、体に置き去られた心が追いついて、必要なコトだけを声にする為に唇が開く。
「…………──」
 此の手で縊る為、腕を磨いた。相容れ得ぬ者にでは無く、愛し愛された里人達により蒔かれ芽吹き咲いた花を望まず散らされる事を厭い、彼女は己の手でそれを捨てた。地獄に換えた。尊い日々も、己に授かった名──その存在の意味すらも。
「掲ゲ摩セウ、煌々ト」
 誇りを穢されるくらいなら、己として殉ずる事も出来ぬなら。彼女の手がきつく握られる。
「種子ヨリ紡ギ出シtAル絢爛ニテ、全テgA解カレ綻ビマスヨウ」
 何者にも奪い得なかった、最後まで差し出せなかった、彼女の奥底に刻まれた務めが、教えが、正しき道をと叫ぶから。逆の手に握る狐炉に熱を灯す。
「──紗ァ、貴方ヘ業火ノ花束ヲ」
 今この時くらいは、遺る『私』の為に、理性では無く衝動のまま。振るった炎は少年の形をしたモノを爆発に呑み。
 熱の彩は、闇の全てを照らし上げた。


 やがて炎華が尽きたのは、燃えるものが無くなったから。平らかな其処に残ったのは砂礫と灰。それは夜風に散って、収められる獄炎はそれすらも見届ける価値の無いものとばかり目を背けてしまって、同様に常温に戻るフラッタリーの目は柔らかく細められた。
「皆様ー、お力添えありがとうございましたのー」
「あ、まだ動いたら駄目。……です」
 ただそれでも外傷は酷いもので、彼女を咄嗟に制止し、遅れて気付き丁寧語に繕って、護朗が治癒を施す。サフィもまた、傷の深い者達から順にと。
 ゆえに早い段階で動けるようになったレスターは、周辺のヒールを手伝った。芥は悉く燃えてしまって、衝撃に傾いたビルを補強する程度ではあったが。一通り済むと、近くに居た憂女に一言ことわりを入れて彼はその場を立ち去る──務めは果たした、遺る全ては炉たる彼女の為のもの、と。
「……ええ」
 見送る声は知らず詰めていた息を吐く。そうして流れた緋色の視線を追ったグレッグはフラッタリーの姿に目を留める。その様は、彼が幾度も目にして来た平時の彼女そのもの──揺らぐこと無き『絶対平常』。果たしたのだと、知らしめた。
「少しは、晴れたか?」
 キソラが問うた。向けた目は、近しい位置に獄炎を抱く者としてか、真摯に案じる、けれどどこか危うさをも孕む、薄曇りの色。
「そう、ですわねぇー」
 彼女と彼女の『理由』を想い、ウタのギターがそっと鎮魂の祈りを歌う。その音に乗せて『平里』もまた眠りへと──微笑む彼女の声はふわり、たゆたいはすれど翳る事は無く。
「──綺麗さっぱり、もう何もー」
 意味も名残も、焚き尽くした。応えと共にひらり振られたからっぽの掌は、灯りに照らされ眩しく白く、羽めいて軽やかに。

作者:ヒサ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
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