馬にして鹿!

作者:椎名遥

 兵庫県は神戸市。
 街を見下ろす山の上に、それはいた。
 風になびくたてがみは、しなやかながらも毛先にまで力を漲らせてうっすらと光を宿し。
 すらりと伸びた4本の脚は大地を捉え、二階建ての家にも匹敵するほどの巨体を揺らがせることなく支えている。
 おおよそのシルエットだけを見るならば、巨大な馬と見ることもできただろう。
 だが、その頭部には鹿の特徴を持った二本の角が備わっている上に、体の放つ光沢は生物のものではなく、鋼のそれ。
 機械型デウスエクス『ダモクレス』。
 馬と鹿の特徴を持った巨大ダモクレスこそが、その正体である。
 そして、
「――――」
 眼下に見える街並みに視線を向けると、ダモクレスは崖へとその身を躍らせる。
 断崖絶壁と呼ぶに相応しい崖であっても、その進行を阻むには値しない。
 『鹿は四足、馬も四足。鹿が通って馬が通れぬはずはない』
 かつて、源平の時代にこの地で繰り広げられた合戦において、そう言って部下を鼓舞して自ら馬に乗って崖を下った武者がいたという。
 ならば、馬にして鹿でもあり、身体能力においてオリジナルを凌駕するダモクレスが、この崖を下れない道理など――、
「!?!?!?」
 ――あるに決まっていた。
 あるいは、本物の馬や鹿であれば十分に支えられたかもしれない足場は……軽く見積もっても一桁は違う重量を支えるほどまでの根性はなく、あっさりと崩落。
 盛大に崩れた体勢を立て直すこともできず、大量の土砂とともに、ダモクレスはごろんごろんと崖の下へと転がり落ちてゆくのだった。

「…………」
 しばし遠い目をしていたセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は、ぺちぺちと頬を叩いて気持ちを切り替えると集まったケルベロスに一礼する。
「ええと……先の大戦末期に、オラトリオによって封印されていたダモクレスが復活することが予知されました」
 そう言いながらセリカがファイルから取り出して示すのは、兵庫県を中心とした地図。
「このダモクレスは、兵庫県の神戸市の……こちらの、町を見下ろせる崖の上に現れて、そのまま街を目指して動き出します」
 ダモクレスの動きを示すように、セリカの指は山の端から町の中心へと地図の上を動いてゆく。
 復活したばかりのダモクレスは、長い封印の中でグラビティチェインが枯渇しているために、本来の能力を発揮できない状態にある。
 そのため、機能を取り戻すためにグラビティチェインを得るために人々が集まる場所を襲撃するのだという。
 これを放置すれば、多くの人々が犠牲になるうえに、ダモクレス勢力に合流されればより一層の戦力強化を許すことになる。
 そんなことを許すわけにはいかないと、ケルベロス達は決意を固め……、
「で、その第一歩として崖を駆け下りようとして、足を踏み外して落ちてきます」
「……」
「まあ、グラビティが関わっていないのでダメージにはならないみたいですが……ともあれ、崖下で待ち構えておいて、相手が落ちてきたところを迎え撃つのが良いかと思います」
 即座に緊張感を粉砕されて微妙な表情になるケルベロス達に、そっと視線をそらしつつ補足するセリカ。
 崖下りに失敗するのはグラビティチェインの枯渇による機能不良なのか、それとももともと搭載されている思考回路が残念なものだからなのか……真実を知る者はいない。
「また、戦闘が始まってから七分が経過するとダモクレスを回収する魔空回廊が開かれてしまいます」
 デウスエクスの力が三倍になる魔空回廊に入り込まれてしまえば、相手を撃破することは不可能になると思っていい。
 そのため、この戦いは七分の時間制限が課せられたものとなる。
「このダモクレスですが……姿としては巨大な馬に鹿の角が生えたものになっていますね。そして、主な攻撃手段は目からビームと口からのブレスです」
 どちらも、目を光らせたり口の奥に光を集めたりの予備動作が大きいために、回避することはそう難しくはない。
 だが、それは攻撃一つ一つに全力をこめているため。
 当たった時のダメージは相当なものなので、油断していると痛い目を見ることになるかもしれない。
「それと……先ほども説明した通り、このダモクレスはグラビティチェインの枯渇によって性能が大きく低下しています。ですが、戦闘の中で一度だけであれば全力を発揮した攻撃を行うことができます」
 それは、大量の馬型と鹿型の小型ダモクレスを呼び出して、敵味方問わず周囲のすべてを踏みにじる蹂躙劇。
 使えばダモクレス自身も蹂躙されて小さくないダメージを受けることになる、一回限りの全力攻撃。
 まさに切り札というべき攻撃であり――、
「――そして、初手で使ってきます」
「……」
 思い切りが良いというべきか、何も考えていないことを疑うべきか。
 とりあえず、相手の初手はわかったので対処方法を準備しておくといいだろう。
「戦場となるのは町外れの崖の下になりますが、町の人たちにはあらかじめ避難を呼びかけてありますので、周囲のことは心配しなくても大丈夫です」
 人命さえ守ることができれば、町の被害はヒールによって完全ではなくても取り返すことはできる。
 だから、後は全力で戦うのみ。
「……こう……残念なダモクレスではありますが、万が一にでも逃がしてしまうと将来的にもっと大変なことになる予感がしてならない相手です」
 故障している思考回路が修理されるのであればまだしも、故障していなかった場合は……純粋に火力だけが上がった状態でこれが解き放たれることになる。
 さらに、まかり間違ってこれが量産されるようなことになってしまえば、現在進行中の第二次大侵略期が大惨事大侵略期になりかねない。
 そんな未来を許すわけにはいかない。
「ここで確実に、止めましょう!」


参加者
倉田・柚子(サキュバスアーマリー・e00552)
ロベリア・アゲラータム(向日葵畑の騎士・e02995)
エルモア・イェルネフェルト(金赤の狙撃手・e03004)
熊谷・まりる(地獄の墓守・e04843)
ルピナス・ミラ(黒星と闇花・e07184)
空舟・法華(回向・e25433)
菊池・アイビス(さそりの火・e37994)
鬼塚・彌紗(とりあえず物理で殴る・e50403)

■リプレイ

「……」
 木陰に隠れて攻性植物の蔓を握り締め。
 猟師に倣った心持ちで、空舟・法華(回向・e25433)は息をひそめる。
 思えば、ケルベロスとして戦い始めてから丁度二年。
(「これから始まる戦いは、二年目の試練に相応しい強敵との戦いに……」)
 そこまで考えた時、ふっと視界に影がよぎり、
(「来た――」)
 轟音をあげ、巨大な影が大地を揺らがせ地上へと降り立つ。
 ――頭から。
「…………え?」
 目をぱちくりさせる法華の前で、首を変な方向に曲げて横たわるダモクレスを大量の土砂が埋めてゆく。
「馬に鹿……ですか」
「どのような意図でデザインされたのか気になりますね」
「しかも、巨大なダモクレスですから……つまり大馬k……いえ、何でもありません……」
 馬の体に鹿の角をはやしたダモクレスの、名は体を表すと言うか姿は性格を表すと言わんばかりの光景に、ルピナス・ミラ(黒星と闇花・e07184)と倉田・柚子(サキュバスアーマリー・e00552)は深々とため息をつき、ロベリア・アゲラータム(向日葵畑の騎士・e02995)はそっと目を伏せて、
「えっ、馬鹿なのですか?!」
「うむ。バカでかい馬鹿じゃな」
 決意と期待を粉砕された法華に、からからと笑って菊池・アイビス(さそりの火・e37994)が頷く。
「のっけから体張ったドジっ子披露してくれよって……ダモクレスなん無味乾燥な奴ばかりじゃと思うとったが、中々愛嬌あるやないけえ!」
「……見事に転げ落ちてきましたなー絶景かな絶景かな」
 感心したようなアイビスの隣では、スマホ片手に満足げな熊谷・まりる(地獄の墓守・e04843)。
 今の光景を心のアルバムとスマホの両方に保存して、もう一度思い返し……、
「って、見入ってる場合じゃなかったー」
 そのまま回想しそうになる意識を、まりるは慌てて引き戻す。
 なにしろ戦いはこれからだ。
 時間制限がある以上、のんびりしているわけにはいかないし。見どころも突っ込みどころもまだあるだろう戦いを撮り逃すわけにもいかない。
「おーっほっほっほ! お馬鹿さんですわね! やっっっておしまい!」
「不意打ちというのは少々卑怯な気もしますが……」
 高らかに笑うエルモア・イェルネフェルト(金赤の狙撃手・e03004)に、小首をかしげつつ鬼塚・彌紗(とりあえず物理で殴る・e50403)が応えて、
「こんなのが量産されても困りますから、しっかりと撃破していきましょう」
「そうですね。隙を見せてくれるというのであればさっさと殴り倒してしまいましょう。人々を殺戮するのを看過するわけにはいきませんし」
 柚子の言葉に頷くと、彌紗は拳を構えて地を蹴る。
 そして――、
 柚子の爆破スイッチ――よりカラフルなブレイブマインを目指して改良された『Cynical bomb』――の、いつもよりも鮮やかな気がする爆風を突き破って高空へと飛び上がり、
「なるほど、これが噂に名高い逆落とし」
 羽を広げてダモクレスを見下ろして、ロベリアは得心がいったように頷く。
 頭上からの質量攻撃に、大量の土砂による追撃。
「……確かにこれなら平家の兵はひとたまりもなかったでしょうね」
 無論、実際の逆落としはそうではない……はず。
 見た人は主に寿命的な問題で一人も生きていないけれど……流石にカミカゼアタックではない。多分。
 でも、突っ込む人もいないし、戦いに影響があるわけでもないので特に問題はない。
「あら、残念……」
 先に繰り出した彌紗の指天殺は、ぎりぎりではね起きたダモクレスをかすめるに留まるが、
「貫け!」
 その頭に、急降下したロベリアが槍を構えて突撃する。
 ドラゴンさえも屠る絶大な威力――という脳内設定を持った一撃を受け、スコーン、といい音を響かせてダモクレスの頭が大きく傾いて、
「まずはその機敏な動きを、封じさせて頂きますよ!」
「やっ!」
 飛び上がったルピナスと法華が、その頭を全力で蹴飛ばす。
 カーン、コーンと、打たれるたびに一味違った音を響かせながら、右へ左へと弾かれるダモクレスの頭。
 いい響きなのは頭空っぽだからだろうかと考えつつ、法華は着地して距離をとる。
 その視線の先では、ダモクレスの背後に空間のゆがみが生まれ始めている。
 全力攻撃。
 一度しか使えず、反動で自身も大きなダメージを受ける切り札の予兆である。
「最初から全力攻撃で後先考えないとは……」
 呆れと戦慄をこめて呟くルピナス。
 その間にも空間のゆがみは大きくなり、無数の影が現れる。
「ヒヒーン!」
「メー!」
「ワイヨ-!」
「ニャー!」
 口々に声を上げながら現れたのは、無数の馬と鹿型の小型ダモクレス。
(「わ……♪」)
 大量の子馬と小鹿にほっこりした気分になりつつも、法華は頭を振って意識を切り替えて、
「「「「ヒャッハー!」」」」
 直後、呼び出された群れが、鳴き声を響かせながら走り出す。
 大地をえぐり、木々をなぎ倒し、目の前にいる本体を蹴倒し踏みつけて――、
「――!?」
 声なき悲鳴を蹂躙の足音の中に紛れさせ、次なる獲物はケルベロス達。
「くっ!」
 とびかかってくる一体を、ロベリアは武器を振るって迎え撃つ。
 それは回転しながら吹き飛ばされていくものの、即座に第二第三の馬と鹿が襲い来る。
 武器を引き戻すよりも早く、その蹄がロベリアへと迫り――、
「お前らの相手はわしじゃ!」
 ――それを阻むのはアイビスの振るう斧。
「攻撃の方はよろしくお願いしますね」
 同様に、拳を振るって迎撃しつつ柚子が肩越しに笑いかけ。
 直後、二人に群れが襲い掛かる。
「おらぁ!」
「ここは通しません」
 押し寄せる群れを受け止め、抑え、放り投げ。
 全力で群れに立ち向かう二人のディフェンダー。
 だが、相手の数は圧倒的。
「ここは通さ――ぎゃあああいだだだだ!」
 受け止め、押し返す度、それに倍する数で押し寄せる群れにアイビス達は飲み込まれ、
「ああ、アイビスさん!」
 援護に放ったエネルギー光弾を、綺麗なウェーブを作りつつ飛び上がって回避する群れに、エルモアは目を丸くする。
「ええっ!?」
『我らを本体と同じと思ってもらっては困るな』
 なんとなくそう言いたげな気配を漂わせて、宙を舞う群れは彌紗を見下ろし――、
「あー」
「あら、まあ……」
 ガシャン、と。
 別方向からまりるが伸ばした如意棒を、同じように飛び上がってよけた仲間とぶつかって砕け散る。
 そして――遮られることなく飛んで行った光弾と如意棒はダモクレス本体に直撃していたりするが、それはさておき――、
「痛いわボケー!」
 攻撃を回避したり自爆したりで群れの勢いが落ちた隙をついて、のしかかるダモクレスをアイビスが蹴り飛ばし、柚子が殴り倒して押し返す。
「まだまだ、大丈夫です!」
 いたるところから血を流し、少なくないダメージは受けているが――それだけでしかない。
 柚子のウイングキャット『カイロ』による回復を受けても万全にはならないけれど、倒れるにはまだ遠い。
 ケルベロス達の強化が不十分で、ダモクレスの呪縛もあまりない段階で使われる切り札は、間違いなく脅威である。
 だが……戦いがほとんど進んでいない段階であればケルベロス達の体力は万全であり、耐えきることは十分に可能なのだ。
「――」
「さ、続きやろか?」
 口元の血をぬぐって笑みを浮かべ、アイビスはこちらをうかがう群れに手招きし。
 ――ピコーン、ピコーンと、音を立てて胸元のランプが点滅しだしたのを合図に、群れは一斉に引き返してゆく。
「――!?!?」
 帰りがけにもう一回、本体を蹂躙しつつ空間のゆがみへと飛び込んで。
 後に残るのは、切り札をしのいで相応に消耗したケルベロス達と、切り札を切った上にもっと消耗したダモクレス。
「流石は大戦期の旧世代型ダモクレス、思考回路も時代遅れですわね」
 胸を張って高らかに、エルモアは武器をダモクレスに突きつける。
 切り札を耐えきった以上、ここからはケルベロス達の反撃の番。
「新世代型レプリカントの賢さを思い知りなさい!」
 新しいものは素晴らしい。なんとなく垢抜けていてわたくし素晴らしいと、自信に満ちたエルモアが拳を構えて距離を詰め、突き出す拳がダモクレスに打ち込まれる。
 その背後では、柚子が拡散させる桃色の薄霧の中でアイビスがカラフルな爆発を巻き起こし。
 その中を駆け抜けながら、美しく舞い踊る彌紗は仲間たちに花びらのオーラを振りまいて。
 二重三重に重ねられる癒しのグラビティによって、前衛に立つケルベロス達は初手切り札で受けたダメージを癒してゆく。
 一方で、
「こっち、視線こっちです!」
 前衛がリカバリーできるまで、注意をひきつけようと法華は赤いマントをひらひらと振るう。
 その声と動きに注意を惹かれたのか、法華に向いたダモクレスの目が輝きを宿し――、
 ビーム! と、極めてわかりやすい効果音と共にダモクレスの目からビームが放たれる。
 目が眩むほどの光の奔流が地面を吹き飛ばし、
「オーレ!」
 狙われた本人は余裕をもって回避して、手を打ってさらに挑発を重ねている。
「ええと……相手の方、牛じゃないと思うのですが」
「え? ……ま、まあ、いいんじゃないでしょうか。一字違いですし」
 首をかしげるルピナスに、少し視線をそらしつつ応える法華。
 そんなやり取りを傍らに、まりるは興味深げにダモクレスを観察する。
「目からビーム、ってよく二次元ではお目にかかるけど、現実で撃ってくる輩を見たのは初めてかもしれない……」
 アニメや漫画でおなじみの、目からビームの破壊力は高い。
 直撃すればただでは済まないだろう。
 ――でも、当たらなければどうということはない。
「今から攻撃するって分かり易い予備動作をありがとう、おかげで余裕でかわしますのでー」
 放たれるブレスをよけながら、まりるダモクレスへと狙いをつけて、
(「鹿なのに奈良じゃなくて神戸なのかー……神戸なのに牛じゃないのかー……」)
 どちらにしても、煮ても焼いても食えない相手だけどそれはそれ。
 なんとなく残念な気持ちも込めて、ニートヴォルケイノでまりるが呼び出す溶岩がダモクレスを焼く。
 続けてロベリアが時空凍結弾を撃ち込むが、
『私を随伴機と同じと思ってもらっては――』
「……それ、もうやりました。御業よ、炎弾を放ち、敵を焼き尽くしなさい!」
 華麗に跳躍して弾を避け、何か得意げな雰囲気を纏うダモクレスをルピナスの呼び出す御業の炎が撃ち落とし。
 落ちてきたダモクレスに法華が縛霊撃を打ち込んで呪縛を刻みこむ。
 どちらも頭の中身的にはあまり違いはない様子。
 そして――、
「当たりません」
 ビームをサイドステップでかわしながら柚子が投げる黒色の魔力弾がダモクレスに直撃し、
 垣間見た悪夢に動きが鈍ったところに、アイビスが光り輝く呪力と共に振り下ろす斧が装甲にヒビを入れる。
 ただでさえ低いダモクレスの命中率に積み重ねられてきた捕縛とプレッシャーが重なって、ケルベロス達が被弾する確率は大きく低下していた。
 率にするならば、三度に一度か四度に一度か。
 おかげで、守りと回復を念頭に置いていた柚子も攻撃に専念することができていて。
 さらには、
「さて、ここからは少々手荒く行きますよ?」
 一通り癒し終えて手が空いた彌紗も、両手から鬼の角を生やして微笑む。
 と、同時に、ルピナスがセットしていたアラームが音を響かせる。
 残り時間は二分。
 ここからやるべきことは――ひたすら叩き続けるのみ!
「最初に切り札を使ったのが貴方の敗因です!」
 彌紗の打ち込む大地を震わす程の高速の拳打の嵐『乱震撃』に合わせ、柚子もオウガメタルを集めた拳を叩き付ける。
 ドガガガガ、と響く打撃音に合わせてダモクレスの体も高速で震え、
「ええ、切り札は最後まで取っておくものです。そして――今だ!」
 懐かしくも新しいメロディーと共にエルモアが出すコアブラスターが、振動にぶれながら放たれるビームを迎撃する。
 それは、出力の差から打ち消すまでは至らなくも――、
「これなら――いけます!」
 弱まったビームの中をを突っ切って、ロベリアが走りこむ。
 技巧を凝らさないシンプルなパワーとスピードこそが彼女の本領。
 最短距離を一直線で駆け抜けて、突き出す槍の一撃は、飛び退くよりも早くダモクレスの装甲を貫いて。
 飛び退くロベリアと入れ替わるように、ゆらりと間合いに入り込んだアイビスがダモクレスに手をかざす。
「デカイ図体でデキが悪いちゃあ親しみわくのう……」
 境遇にも中身にも、どうにも憎み切れない相手ではある。
 それでも、相手の目的を果たさせてやるわけにはいかない。
「不憫やが……」
 振るう手刀から放たれるのは細い帯状の螺旋力。
 伸び行くそれは、ダモクレスに辿り着く直前で尖鋭に変化して、装甲の隙間から入り込み、
「目的果たせずサイナラさーん」
「卓越した技術の一撃を、その身に受けてみなさい!」
 辰の一撃が内部を貫き、鋭く踏み込んだルピナスが得物を振るって装甲を切り飛ばして、
「累次せよ 再来せよ 偶然という名の希望よ」
「舞い立ち昇る龍の鳴き声をお聞かせします」
 まりるの声が響くとともに、ダモクレスの周囲に何かが浮かび上がり、同時に、法華の奏でる龍笛の音色がダモクレスを包み込む。
 天地を行き交う龍の嘶きが若干鹿笛風味で響く中、確たる形を持たない『それ』は、ダモクレスへと襲い掛かり、かわされて――再び現れては襲い掛かる。
 それは諦めかけても抑えようとしても終わらず繰り返す希望の具現化。
 現れ、避けられ、また現れては襲い掛かり。
 幾度もの繰り返しの果て、遂には『それ』はダモクレスを捉えて。
 直後、周囲に満ちていた龍の嘶きは咆哮と化してダモクレスを打ち据える。
 そして、
「貴方は――」
 ボロボロになったダモクレスに、エルモアは言葉をかける。
 相手は瀕死。
 おそらくは後一撃で倒れるだろう。
 だからこそ、今問わなければならない。
「――鹿要素は角だけなのですか?」
「!?」
 なんと!? と、戦闘中でも見せなかったレベルでのけぞるダモクレス。
 馬にして鹿といいつつも、その体のつくりは馬そのもの。
 角が折れてしまえば、馬型ダモクレス以外の何者でもない。
「それでは雌の鹿に失礼なのでは?」
 問い詰めながら、エルモアは撃たれたビームを軽くかわして、
「……あら?」
 そして気付く。
 ビームの当たった場所。たまたま吹き飛ばされずに残っていた地面に、何かが刻まれている。
 それは、妙に達筆な書体で焼き付けられた、
『しか』
「……」
 振り返った先で、何やら胸を張る馬鹿に、エルモアは深く頷いて。
 満面の笑顔を見せて。
 特殊兵装『カレイド』を展開して。
「雌鹿だけでなく、世界中の鹿に謝りなさい!」
 降り注ぐ光の雨が、馬鹿を消し飛ばしたのだった。

作者:椎名遥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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