雪灯篭の宵一夜

作者:犬塚ひなこ

●雪と灯
 暦の上では春を迎えたといっても、北の大地は未だ雪が深い。
 山の麓に位置するこの地域も例にもれず今年も辺り一帯が白い雪景色のままだ。本当の春が訪れるまで街はしんと静まり返っている。だが、この街には特別な夜の日があった。
 それは雪灯篭祭の夜。
 中央公園には街の人々が其々に作った雪灯篭が並び、夜になると灯が燈される。
 立派な灯篭の形を模したもの、子どもたちがバケツ型で作った雪ぼんぼり。そして芸術的な装飾が施されたもの。それらの形は様々で個性がある。
 凍った噴水までの道標を描くように並ぶそれらはとても穏やかで幻想的な雰囲気に満ちており、皆にひっそりと愛されていた。
 そして今宵もまた、雪灯篭に暖かな灯が宿る。
 しかし――。
 静かに雪と灯を楽しむ人々の最中、騒々しい足音が響いた。
「何だ何だァ? こんな夜中に人間が集まってやがるとは、丁度いいじゃねェか!」
 その声の主は剣を手にした罪人エインヘリアル。
 巨躯の男に驚いた一般人達は危機を察して逃げ出していく。すぐさまそれに気付いたエインヘリアルは雪の大地を蹴って跳躍した後、刃を振り下ろした。
 その瞬間、あたたかな雪灯籠の火が揺らぐ。
 辺りには恐怖に満ちた悲鳴が響き渡り、やがて白い雪は真っ赤に染まった。

●科人の足音
 コギトエルゴスム化から解き放たれ、地球に送り込まれた罪人が事件を起こす。
 エインヘリアルによって虐殺が行われる未来が予知されたらしいと語り、北郷・千鶴(刀花・e00564)は静かに瞳を伏せた。
 桜花が絡む長い黒髪が何処か悲しげに揺れ、その傍らにいた白黒のハチワレ翼猫が心配そうな様子で千鶴を見上げる。すると彼女は、大丈夫、と顔をあげてヘリオライダーから伝え聞いた話を始めた。
「敵は過去にアスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者だそうです。このまま放置すれば多くの人々の命が無残に奪われてしまいます」
 それだけではなく人々に恐怖と憎悪をもたらし、地球で活動するエインヘリアルの定命化を遅らせることも考えられる。何よりも街の人々が愛している雪灯籠の祭夜を穢させたくはない。そう語った千鶴は仲間達に協力を願った。
 今回、倒すべき敵は一体。
 凶悪な犯罪者をそのまま絵に描いたような残虐性を持つエインヘリアルの男だ。相手はゾディアックソードを両手に構え、狙った獲物を執拗に切り刻むことを喜びとしている。
「容赦は不要です。此方も全力を賭してやっとの相手、抜かりなく参りましょう」
 千鶴は真剣な眼差しを向け、紫黒の眼に仲間達の姿を映す。
 幸いにして、自分達はエインヘリアルが公園に到着する直前に迎え撃つことが出来るという。公園前に陣取っていれば向こうから此方を標的として見做してくれるらしいので、後は逃がさぬように気を引き続けて戦えばいい。
 余程のことをしなければ向こうもケルベロスを殺そうと狙ってくるはずだ。
 相手は強敵であり、仲間全員で力を合わせなればならない。しかし連携に関しては心配はしていないという旨を告げた千鶴は傍にいた翼猫の鈴を抱きあげた。
 そうして彼女は、宜しくお願い致します、と告げてからそっと双眸を細める。
「無事に雪灯篭祭を護ることが叶いましたら、共に祭の夜を楽しみませんか?」
 折角ですから、と仲間達を誘う千鶴の眸には信頼と希望の色が宿っていた。自分なら、否、仲間とならば善き未来が掴み取れる。
 強く信じているからこそ浮かべられる微笑みが其処にはあった。


参加者
カタリーナ・ラーズグリーズ(偽りの機械人形・e00366)
北郷・千鶴(刀花・e00564)
巫・縁(魂の亡失者・e01047)
吉柳・泰明(青嵐・e01433)
藤原・雅(無色の散華・e01652)
王生・雪(天花・e15842)
鴻野・紗更(よもすがら・e28270)
蓮村・紅太郎(紅蓮・e46612)

■リプレイ

●雪景色
 夜を照らすあたたかな光は真白な雪に優しい色を宿す。
 心雪ぐ様なこの光景も、きっと彼の心には届かない。目の前に現れた巨躯の戦士を見据え、王生・雪(天花・e15842)は刃を差し向けた。
「穢れ無きこの地を、罪と血に染める所業は許せませぬ」
「何だテメェらは。斬り殺されに来たのか?」
 既に公園入口に居た人々の避難は済んでおり、番犬の近くにいるのは罪人エインヘリアルしかいない。雪は傍らに控える北郷・千鶴(刀花・e00564)と翼猫の鈴と絹達に静かな視線を送り、呼吸を整えた。
 カタリーナ・ラーズグリーズ(偽りの機械人形・e00366)は眼前の敵に注意を払いながらも、身体を震わせる。
「寒い……。景色をつぶすのはよくないけど、戦って体を温めたいね……」
 負けないよ、と告げたカタリーナは仲間達と共に公園を背にする形で布陣した。同様に敵との距離を詰め、身構えた蓮村・紅太郎(紅蓮・e46612)は溜息を吐く。
「哀れなものです、この風情が解らないとは」
 紅太郎に続き、藤原・雅(無色の散華・e01652)と巫・縁(魂の亡失者・e01047)も鋭い眼差しを敵に向けた。
「この見事な雪景色に無用な赤を添えようとは……」
「静かな景色を眺める時に無粋極まりない奴には退場願おうか」
「やる気かよ。良いぜ、ぶっ殺してやる!」
 紅太郎達が身構えると、エインヘリアルはにやりと笑って剣を掲げる。殺意を感じた縁はオルトロスのアマツに気を付けろ、と伝えた。吉柳・泰明(青嵐・e01433)も張り詰めた空気の中で相手の出方を窺う。
「無垢なる景色に罪科を持ち込む、か」
 人々の想いと大切な地を無遠慮に踏み荒らすなど度し難い。泰明が灰色の眸に相手を映した刹那、標的が動いた。そのことに逸早く気付いた鴻野・紗更(よもすがら・e28270)は冷静に敵の動きを見極める。
「いざ、参りましょうか」
「ええ。雪の灯も、命の灯も、護り抜いてみせましょう」
 その瞬間、頷いた千鶴が真正面からエインヘリアルを迎え撃った。
 振り下ろされた刃と構えられた刃が衝突しあったことで戦場に閃光めいた火花が散る。そして、雪景色の戦いは幕明けてゆく。

●始まる戦い
 鈍い痛みに耐えた千鶴へと紗更が癒しの力を放った。
 すぐさま施された回復に安堵を抱きながら、雪は攻勢に入る。先ず狙うは一閃。
「凜冽の神気よ――」
 凍てつく氷雪の霊力を帯びた一太刀で敵を斬り裂き、雪は身を翻した。其処に続けてカタリーナがエネルギー光弾を放ち、縁が轟竜の砲撃を浴びせかける。更に武器に無数の霊体を憑依をさせた雅が標的を斬りつけた。
 雪は絹が援護に回る様を見遣った後、先程のことを思い返す。人々を避難させるとき、自分達はこう告げた。
『この場は番犬にお任せを。皆様も、大切な灯も、必ずお守り致します』
『きっと良い報告を届けよう』
『すぐに良き夜を取り戻します』
 雪と泰明、そして千鶴。其々が人々に約束した言葉を嘘にしてはいけない。泰明もまた自分が伝えたことを胸に抱き、雪と同じ思いで雷刃を振り下ろす。
「ふん、ケルベロスとやらはこんなものかよ!」
 だが、その刃はエインヘリアルの剣によって弾かれてしまった。されど泰明は慌てることなく体勢を立て直して次の一手に備える。
 紅太郎も怯まずに攻撃に向かい、月光の煌めきを宿す一閃で斬り込んだ。
「おっと、これはご失礼致しました。私としたことが貴方の脳まで筋肉と我欲で構成されていることをうっかり忘れておりました」
 なんともお可哀想に、と紅太郎は同情を込めた挑発を紡ぐ。するとその狙い通り、エインヘリアルは怒りの表情を見せた。
「何だと!?」
 敵は衝動のままに剣を振るいあげ、重力の十字斬りで襲い掛かって来る。
 そのとき縁はアマツ、と相棒の名を呼んだ。するとオルトロスが素早く駆け、狙われたカタリーナを身を挺して庇う。縁はアマツにそのまま仲間を守って欲しいと願い、敵を見据えた。
「こうも幻想的な風景を壊そうとするとはな、空気も読めなければ風情もない輩には雪灯籠よりも番犬の牙がお似合いだな」
 其処から放たれた一閃は敵を貫き、僅かに体勢を崩させる。
 千鶴はその間に百識の陣を形成して仲間達に破魔力を与えた。雅も攻撃の機を掴み取り、藤霞の柄を握る。
「ふふ、其方もその程度なのか」
 雅は敢えて笑みを作り、静かな挑発を敵に投げかけた。そして、雅は瞬時に間合いを詰めると同時に早抜きからの斬撃を見舞う。
 カタリーナも今一度銃を構え、凍結光線を発射した。
「少しだけど温まってきたかな」
 それでも寒い、と肩を竦めたカタリーナは片目だけを細める。カタリーナの与えた氷の冷たさが敵を蝕んでいく中、好機を見出した千鶴は今です、と仲間に告げた。
 その合図を受けた泰明は視線で以て応え、雪の地面を踏み締める。
「狼藉者は門前払いとしよう」
 この先には一歩も通さない。強き意志を感じさせる瞳が敵を捉えた刹那、堂々たる一太刀がエインヘリアルを貫いた。
「テメェら、生意気だな……」
 低く呻いた敵は着実にダメージを受けている。それでも未だ倒すには足りないと感じた雪は絹に背を任せ、再び斬り込んでゆく。
 緩やかな弧を描く斬撃に合わせ、紅太郎は拳撃による追撃を加えた。
 敵も刃を振り回してきたが、絹と鈴が清浄なる翼の力で仲間に加護を広げていき、アマツが果敢に仲間を守る。
 紗更は癒しが足りぬ部分を見極め、戦陣を整えていった。
 冷静に戦況を把握する紗更の援護は的確だ。其処には慢心も驕りもなく、丁寧で頼りがいのある支援が戦場を支えていた。
 千鶴は頼もしい仲間達がいることをしかと感じ、背にある雪灯籠を思う。
「あの明かりは希望と静謐の象徴――」
 それ故に護り、繋げてみせる。
 千鶴が放つ雷刃の突きが見事に敵を貫き、カタリーナは深く頷いた。猫のように軽やかに踊るように戦うカタリーナは再び重力の光弾を放つ。そうして、彼女は自分の指輪を見遣りながら思いを馳せる。
 自分は、守る力を持ち続けるために戦う。
 そして、この戦いに勝って絶対に帰る。その為には一瞬たりとも気を抜いてはいけないと考え、カタリーナは攻撃を続けた。
 対するエインヘリアルは徐々に焦り始めている様子だ。
「畜生、何でこんな奴らに……」
「この路、暴虐の刃に譲る訳には行かぬ」
 泰明は凛とした声で告げ、守護星座の力を得た敵との距離を詰めた。重力を込めた刃で加護を打ち破った泰明は雪が自分の影から敵の死角に入ったことに気付く。
 言葉もなく自然と連携する形になった二人の間に宿るのは揺るぎない信頼。
 雪が与えた星座の力が再び敵を貫く最中、アマツが炎を放って敵を燃え上がらせる。縁はオルトロスが好機を作った隙に手袋を外し、精神を研ぎ澄ませた。
「悪いが容赦はしない」
 そして縁が指を鳴らした瞬間、激しい爆発がエインヘリアルを包み込む。
 紅太郎と雅は頷きを交わしてから左右に分かれて駆けた。雪を踏み締め、ひといきに跳躍した紅太郎は達人めいた一撃で敵を穿つ。
「此処でひとつ決めましょうか」
「承知したよ。こうだろうか」
 同時に反対側から回り込んだ雅が紅太郎の穿った部分に斬撃を重ねた。苦しげな声をあげたエインヘリアルは思わず後方に下がる。
 紗更は自分も攻撃に回るべきだと察し、魔斧を強く握った。
「少し、痛いかもしれませんね」
 高く跳びあがった紗更は遠慮も衒いもない一撃を見舞う。紗更が攻勢に回った分は鈴と絹が担い、仲間達の体力を保った。
 千鶴は決着が近いと悟り、罪人エインヘリアルに刀の切先を向けた。
「宿る想いも解さぬ者には、指一本触れさせません」
 そして愛刀を振った千鶴は強く誓う。
 穢れも翳りも祓ってみせる、と。そして――刀閃によって戦いは終幕へと導かれてゆく。

●終わりゆくもの
 敵は確かに強い力を有していた。
 だが、番犬達は相手を遥かに凌ぐほどの連携力を見せている。
「良い感じだね。このままいけば勝てるかな?」
 カタリーナは攻防ともに均衡の取れた戦況を思い返した。元より不安も危惧も何もない。敵の熱を奪う光線を撃ったカタリーナは薄く笑んだ。
 弱った罪人エインヘリアルは喚き、叫び、悪意を撒き散らす。
「何故だ、俺は強いはずなのに! くそ、くそォ……ッ!」
「……」
 雪は敢えて何も紡がず、一瞬だけ目を伏せた。傲慢で傍若無人で、ただそれだけしか持っていない彼の姿は哀れに見えた。
 されど相容れぬのは解っている。雪は首を振り、一気に刃を振るう。
 生じた太刀風は吹雪と成り、氷刃のような冴え冴えとした閃きは凍花を思わせた。其処へ泰明が攻撃を重ねるべく駆ける。
「静けさと安寧を、取り戻してみせよう」
 研ぎ澄まされた重き太刀筋は一切の迷いがなかった。雪と泰明の連携に合わせ、千鶴も鈴を敵に向かわせる。
 更に絹が鈴に続いて尻尾の輪を飛ばして敵を穿った。
「科人には静かな眠りを、人々には穏やかな一時を」
 次の瞬間、千鶴が振り下ろした雷刃が敵を斬り裂く。縁とアマツは動く機を合わせ、炎と衝撃波の波状攻撃を行うべく攻め込んだ。
 縁の掲げた土の竜口部が開き、大きな衝撃が波動となって戦場を揺らした。
 そんな中、紅太郎は鞘から刀を抜き、刃に雪灯篭の光景を改めて見せる。自分の運命を狂わせた氷花、今はその力を借りて戦っている。
「複雑ですが……決して手は抜きません」
 参ります、と宣言した紅太郎が截拳撃で敵の攻撃を捌きつつ攻め込む。エインヘリアルはもはや息も絶え絶えだが、最後まで立ち続けようとする意志は見えた。
「絶対に、許さねぇ……」
「許してくれなくとも構わないよ。覚悟など疾うにしているからね」
 敵の言葉を聞いた雅は首を横に振り、稲妻の突きで以てその動きを縛り付ける。紗更も破壊の力を放出して叩きつけた。
 仲間達の連撃を見守り、千鶴はたおやかに紡ぐ。
「決しましょう」
 千鶴の声を聞き、泰明と雪は其々に刃を胸の前に掲げた。三人は視線すら交わさず、否、交わす必要すらないのだろう。
 お互いを活かすべく、己の力を発揮する為に彼女達は白雪の戦場を駆け抜ける。
 雷を帯びた三人の刃が一撃、二撃、三撃と連続して敵の身を切り裂いた。見事な連携に賞賛めいた感情を覚え、同じくカタリーナも白く輝く鎗を掲げる。
「可哀想なんて思わないよ。最後まで、全力で――」
 流星の名を冠するそれは文字通りの光の筋となってエインヘリアル真正面から貫く。爆発を巻き起こしながら爆ぜた白銀の鎗は主の手に戻り、目映く輝いた。
 畳みかけるならば今しかない。
 アマツが先んじて敵に向かっていく後を追い、縁は牙龍天誓を大きく振り上げた。
 一は花弁、百は華、散り逝く前に我が嵐で咲き乱れよ。
「百華――龍嵐!」
 詠唱と共に大地ごと打ち割るような激しい一撃が放たれる。血飛沫がまるで華が咲くように見えたかと思うと、敵がひといきに天に打ち上げられた。
 痛みに耐えるくぐもった声が相手から聞こえたが、雅は容赦なく追撃に走る。
「それでは、」
 行くよ、と口にした雅が放つのは早抜きからの斬撃。返す刀で敵の不意を突いた彼は手にした鞘で更なる追撃を与えた。
 紗更は己の裡に宿る重力鎖を淡い青色を宿した蔓へ変換し、指先を敵に向ける。
「どうぞ、おやすみなさいませ」
 冷静な言葉と同時に着弾した蔓はひとりでに対象に絡みつき、その動きを封じた。紗更の眸は敵を貫くように向けられている。
 おそらく次の一手で終わりとなるのだろう。
 だが、雅な雪化粧の風景に無粋な剣戟の音は無用。紅太郎は苦しみながら悶える敵に近付き、問いかける。
「……満足しましたか?」
 されどその答えまでは求めていない。
 お覚悟を。そう告げた言の葉が紡がれ終わる前に無数の斬撃が繰り出される。
 そして、剣の軌跡は華の如き閃きを咲かせた。

●灯篭と光
 罪人は倒れ込み、その身体が見る間に消滅していく。
 まるで雪が融け消えていくようだと感じた縁は肩を落とし、戦いの終わりをはっきりと実感する。その傍ではアマツが控え、主と同じ場所を見つめていた。
「さて、これで解決か」
 縁は振り返り、少し遠くに見える灯籠のひかりを見遣る。
 カタリーナも大きく伸びをしてから公園内に目を向け、きれい、と口にした。
「雪灯籠を眺め歩いてから帰ろうっと」
 今回は無理だけどいつか二人で見にこよう、と大切な人を想ったカタリーナはそっと双眸を細めた。そして、雅は公園の中央まで続く灯の路を眺める。
 戦いの余波が心配だったが、見たところ何の被害も出ていないようだ。安堵を覚えた雅は雪と明かりが織り成す光景を暫し瞳に映した。
「冷たい雪と温かな灯と……、こうも優しく幻想的な光景が見られるとは」
 寒いのは不得手だが冬も悪くはない。寒さに腕を抱える雅は小さな笑みを湛えた。
 そう、きっと目まぐるしい日々のケルベロスにも休息の時間は大事だ。紗更は子供達が作ったという小さな灯篭を見下ろして微笑みを浮かべる。
「風流なものでございます」
「人の心を灯す場、護っていきたいものです」
 穏やかな紗更の声を聞き、紅太郎も雪景色と光を見つめた。
 こうしてのんびりと雪と灯篭を眺めるのは何年ぶりだろうか。少しばかり感傷的になっていまった思いは裡に秘め、紅太郎はゆっくりと歩き出す。
 目の前にあるのは、厳しい冬の中に在りながら優しさと温もりに溢れた光景。
「――嗚呼、尊いですね」
 千鶴は寒がる鈴を抱き、先を歩く泰明と雪の背を追う。振り向いて隣に千鶴を手招いた後、雪は抱いた絹の背をそっと撫でた。
「ええ、冬夜の寒さも忘れてしまうような。何と優しい景色でしょう」
「佳景を作った人々に、そして共に守り抜いた皆に、感謝せねばならんな」
 泰明は心が洗われるようだと口にして良き情景を楽しむ。
 傍らの二人と二匹の温もり、そして灯の温もり。静かで幸せな時間を噛み締めた雪は千鶴と微笑みを交わした。
「何一つ消えずに済んだならば、感無量というものです」
「季節は移ろおうとも、この幸いはずっと胸に――」
 二人が雪と灯の景色を見つめる傍、泰明はそっと頷く。仲間と共に居られるこの時間はかけがえのないものであり、守った平和は尊い。
 千鶴は大切な人達との時間や灯を心に焼き付け、瞼を閉じた。
 ――巡る季節の先々にも、変わらぬ笑顔が在りますよう。
 ささやかな願いと優しく揺れる灯の中、冬の宵一夜は穏やかに過ぎてゆく。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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